あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

第四話 疑問


 ミス・シュヴルーズが倒れてしまったため、授業は中止・自習となった。もちろん、こういう場合、教室に残って自習をする学生というものは天然記念物並みにいない。
 そしてルイズは罰として後片付けを一人で、かつ魔法抜きで行うように命じられた。
 もっとも、事実上まともに魔法の使えないルイズにとってはペナルティになるのかは疑問であったが。本来は秘薬の取り扱いに失敗した時などの規定であって、該当者が魔法をまったく使えないと言うことは想定外ということだろう。
 ちなみに使い魔はメイジと一体なので、手伝うのはむしろ当然である。
 結論として、ルイズとなのはは二人で一生懸命に教室を片付ける羽目になった。



 ルイズは黙々と瓦礫を部屋の隅に片付け、埃をほうきでまとめていく。
 その間、始終無言。
 そしてなのはもまた、窓や机の上をぞうきんで拭いたりしながらも、一切口を開かなかった。
 沈黙の中、先に根負けしたのはルイズの方だった。
「……そうよ、これがわたしの二つ名、『ゼロ』の由来よ」
 地の底からわき出るような、暗く、冷たい声音。
 なのはは何も答えない。
「昨日教えたわよね。貴族は魔法を持ってその精神と成す。でもわたしは魔法を使えない。そういうこと」
 意味わかるでしょう、と言いたげな、突き放したような言葉。
 なのはは答えない。片付けを続けつつも、ただルイズを見つめている。
 その目にはさげすみも、呆れも、絶望もない。ただ、今までと変わらないものだけがあった。
「……何よ、なんか言いなさいよ! どうせわたしは半人前の、平民からも同情されるような、出来損ないの貴族よ!」
「そうみたいですね、ご主人様」
 お互いの手が止まる。視線がぶつかり合う。
 そしてなのはの表情が変わる。浮かぶのは、笑み。
「一つだけ、聞いてもいいですか?」

「なによ」
 ルイズはとまどう。今までにない反応だった。今までルイズの知る人間がこのことを知った時、その反応は、きれいに二つに分かれていた。
 大半は侮蔑。程度の差こそあれ、ルイズに対して失格者の烙印を、表に出す出さないの差違はあれ押していた。
 ごく少数が同情。ルイズに対して、愛情を持つ一部の人間は、こういう反応をした。
 だがむしろそちらの方がルイズには堪えた。相手によっては怒りすら覚えた。
 だが自分が無能であること、『ゼロ』である事実は覆らない。
 それを覆さない限り、自分には一切の反撃は許されないのだ。
 ルイズは貴族だった。魔法的に無能な分だけ、より貴族であった。
 それは歪んでいたかも知れないが、それ故にもたらされた祝福であり、呪いであった。
 メイジと貴族がイコールでなければ、ルイズは魔法が出来ない部分を、他の能力で補うことによって貴族であろうとしたであろう。現に魔法以外の分野において、ルイズの成績はどれもきわめて優秀である。
 貴族が魔法使いとは限らないゲルマニアのような国柄であれば、それもまた有りであっただろう。
 だがルイズはトリステインの貴族であることに誇りを持っていた。
 ただの貴族ではない。王の庶子を出自とするヴァリエール公爵家は、トリステインにおいてほぼ最高位の貴族である。
 父も、母も、長姉も、皆優れたメイジである。次姉だけは生来の病弱故微妙であるが、メイジとしての資質は優れている。
 ルイズだけが公爵家の名誉に泥を塗っているのであった。
 故にルイズは耐える。ツェルプストーに関しては別の理由があるため例外ではあるが、クラスメイトのような間柄では時に声を荒げても、名誉をかけた決闘のようなことはしない。
 そうでなければ。たとえ成功率が0に近くとも百に一つは成功するのならば。
 ルイズは『ゼロ』の二つ名を素直に受け入れることは無かっただろう。
 そして今、自分をきちんと立ててくれた使い魔にも、自分が無能であると知られてしまった。
 過去何人かいた、実家で自分を立ててくれた新米のメイドのことを思い出す。
 彼女らは例外なく、期待と、同情と、わずかな悲嘆を持ってルイズに応えた。
 なのに。
 このちょっと変わった使い魔は。

「どうしてこんな教室で授業してるんですか? 危ないじゃないですか。こういう危険に備えるのは、学院側の義務じゃないかと思うんですけど」

 自分の予想の斜め上を行く質問をぶつけてきたのだった。

 十秒ほど時が止まった。
 そして質問の意味がルイズの頭にとけ込んだ時、何もかもが頭の中から吹き飛んだ。
「それってどういう意味よ! そんなにわたしが無能ってこと? そこまで馬鹿にするなんて、どういう使い魔よ! このっ!」
 手にしたほうきでルイズはなのはをポカポカとしばき倒す。
「え、ちょ、ちょっと、落ち着いて、ご主人様!」
 なのはには何故ルイズが怒り狂っているのか判らなかった。珍しくも、本当に判らなかったのだ。
 そのすれ違いは、ほうきを振るいつつ放たれたルイズの言葉が繕ってくれた。
「そりゃわたしはいつもいつも失敗して爆発してるわよ! でもなによ! その言い方はないでしょ! わたし一人のために教室じゃなくてどっかもっと広いところとかで授業しろっていうの!」
「え、ちょっとまって? あの、ご主人様」
 あわてているなのはの声。
「ちょっと確認しますけど、失敗した時爆発するのって、ご主人様だけなんですか?」
「そうよ! どんな呪文を唱えてもいつもいつもどっかんどっかん、どうやったらそんな失敗できるんだって、いっつもいっつも言われてきた……!」
 そこまで叫んだとき、ルイズは思わず口をつぐんでしまった。
 とてつもなく真剣な目で、なのははルイズを見つめていた。
 落ち込みも激高も、何もかも押さえつけてしまうような、重い目。
「どうかしたの、なのは」
「もう一度、確認します、ご主人様」
 ついさっきまでとはがらりと声音が変わる。最初にルイズが出したような、冷たく、低く、重い声音。
 ごくり。ルイズは思わずつばを飲み込んだ。それほどなのはの言葉には力がこもっていた。
「失敗して爆発するのはご主人様だけなんですね? ほかのメイジの方は、仮に魔法に失敗しても、爆発したりはしないんですね?」
「そ、そうよ」
 桁違いの迫力に押されつつも、ルイズは答える。
「普通はそのまま何も起こらないで、ある程度精神力が消耗するだけよ」
「だとしたら……変です」
「なにが?」
 ルイズにはまるで見当が付かなかった。このやたらに好奇心旺盛な使い魔は、なんでこんなことにここまでこだわっているのだろう。
「魔法は基本的に個人の才覚だけではなく、こういう場所で学習することによって使えるようになるんですよね」
「そうよ。両親に教わったり、家庭教師だったりといった違いはあると思うけど」
「教わる内容は、基本的に同一ですよね」
「ええ、系統別の違いはあると思うけど、それが同じなら内容に差はないと思うけど」
「だとすると……ご主人様、一度、根本から考え方を変えてみないといけないかも知れません」
「???」
 この時点でルイズには使い魔の言いたいことがさっぱり判らなくなった。
「結局何が言いたいの?」
 その答えは、ルイズが内に秘めてきた何かを吹き飛ばす爆弾であった。
「もしご主人様が自分で言うような無能で駄目な落ちこぼれなら」
 そこでじっとルイズを見つめるなのは。ルイズののどが再びごくりと音を立てる。
「魔法を失敗したとしても爆発するはずがありません。そして同時に、あなたの教師となった人は、何故魔法が失敗したかを指摘し、改善を要求したはずです」

 ルイズは完全に硬直してしまった。考えたこともなかった。
「それとも、あなたが過去魔法を教わった教師というのは」
 そう、確かに自分は失敗した。だがそれなら、当然『どこか』で自分が間違ったはずである。
「あなたの過ちを指摘できない無能揃いだったのですか?」
 とどめの一撃が来た。
 そう。いくら思い返しても、自分が『何故』失敗したかを指摘した師はいなかった。
 両親も、姉も、家庭教師も、学院の教師も、誰一人。
 その誰一人をとっても無能なはずはない。そのことはルイズ自身がよく知っている。
 そして思い出す。ルイズか失敗するたびに見せた、彼らの怪訝そうな、困ったような表情を。
 今までそれは、単純に出来の悪い自分を嘲笑するものだと思っていた。けれども、考え方を変えてみれば。
 あれは困惑だったのではないだろうか。
 よくよく考えてみれば父も母も姉も、直すべきところがあるなら容赦なくそれを指摘し、繰り返しおさらいをさせるはずである。母や姉が、
 『ルイズ! また呪文間違えたわね! 復唱百回!』
 とか言う場面が鮮やかすぎるくらいにルイズの脳裏に浮かぶ。
 だがルイズは過去、爆発させたあとにそういうことを言われた覚えがない。
 というか、間違いを指摘されたことがない。だとすればあれは。

「呪文は完璧だったのに、何故か爆発してしまったから……?」

 ルイズの口から思考がこぼれる。そして今こそルイズにも、この使い魔が何を気にしているのかがはっきりと判った。
 そう、彼らにも判らなかったのだ。何故ルイズが『失敗』するのがが。



「やはりそうだったのですね、ご主人様」
 使い魔の声が、ルイズの意識を現実に引き戻していく。
「言われてみて判ったわ。あなたはこういいたいのね」
 ルイズの顔が、上を向いていた。単に自分より背の高い使い魔の顔を見るという事実以上に。
「わたしは魔法を『失敗している』のではない。魔法を使った結果が、何故か『爆発』という現象にすり替わってしまう、と」
「はい。ご主人様の事を論理的に考えると、そういう結論にならざるを得ません。原因はわかりませんけど」
 同じ失敗でも、これには天と地の差がある。努力が足りないが故の失敗は恥ずべきものである。だがほかの理由があるのなら恥じらっている場合ではない。
 理由を明らかにせねばならない。もしそれがルイズにとっての絶望を意味するものであったとしても、それならばそれ故にルイズはあきらめることも出来る。
 無駄な努力であっても、何故無駄だったのかが判ればそれには価値がある。
 いちばんよくないのは、無駄な努力をそれと知らぬまま積み重ねることである。
「そうよね。簡単に判るくらいなら、きっと誰かが気がついていたはずだわ。ここの教師は、ちょっと個性的な人が多いけど、魔法に関してはトリステインでも有数の人達なんですもの」
「原因の究明については、後にいたしましょう。授業の前にお見せしたあれ、そういうことを調べるのにも使えますから」
「そうね、今は教室を片付けないと」
 そう答えるルイズの姿から、影は完全にぬぐい去られていた。

 教室の片付けが一段落したとき、時間はすでに昼食時になっていた。
「あ、もうこんな時間ですね。ご主人様、わたしは厨房の方の手伝いに行ってきますね」
「ん、いいわ」
 二人はいったん別れて、それぞれの目的地へと向かう。ルイズは食堂へ、なのはは厨房へ。
 幸い多少遅れたものの、問題なく昼食にありつけた。なのはが持ってきてくれたデザートを食べ終え一服していたルイズの耳に、せっかくの幸せ気分をぶちこわす声が入ってきた。
「あ、ここにいたの、ルイズ」
「なによキュルケ」
 隣に立つキュルケを、椅子に座ったままねめつけるように見上げる。
「おおこわ……? ルイズ、なにかいいことあったの?」
「別に」
 内心ぎくりとしながらも、とりあえずは無難な言葉を返す。
「別にって……でも、うれしさが隠しきれなくて耳に出てるわよ」
 みみ? 反射的に手を伸ばすルイズ。手が耳たぶに触れた瞬間、はたと気がついた。
「あ、はめたわね!」
「やっぱり何かあったんだ。ま、いいわ」
 古典的な手段でルイズをからかったキュルケは、ちょっと居住まいを正す。
「何があったかは聞かないけど、いい事よ。それでこそいじりがいがあるってものよ」
「なによそれ」
「宿敵に勝つのは気持ちいいけど、宿敵が自滅するのは今ひとつおもしろくないって事。そうね、今のあなたからだったら、あなたの恋男を奪う価値がありそうね」
「!!」
 言葉に詰まるルイズ。キュルケはそんなルイズを見て、
「あら、男じゃなかったか」
「なんでそう言いきるのよ!」
「男がらみだったら怒るより先に赤くなるもの、あなた。あ、そうそう、こんなことしてる場合じゃなかったんだっけ」
 怒りが沸騰しかけて赤くなったり青くなったりしているルイズ。が、その時、キュルケの後ろで彼女の服の裾を引っ張っている、青髪眼鏡の少女がいるのに気がついた。
「あら、あなたは」
「そうそう。この子があなたに話があるって」
「あなたが?……あ、教室では見るけど話すのは初めてね。あらためまして。わたしはルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエールよ」
「タバサ」
 名乗りを上げたルイズに、彼女は短く答えた。
「タバサ?」
 普通人間に付ける名前ではない。現代日本で言えばポチとかタマとか、ペットに付ける語感の名前である。
 おまけに家名を名乗らない。これは生徒=貴族であるこの学院においてかなり訳ありであることを意味している。
 だがルイズはあえてそれを流した。誰だって言いたくないことはある。おそらくは偽名である『タバサ』という名乗りをこの場で上げるからには、よほどの裏があるということになる。
 だがそれは初見のルイズが詮索していいことではない。
「で、わざわざわたしになんの用事が?」
 ルイズがそう言ったとき。

「なんだってぇぇぇっ!」

 食堂中の注目を集める叫びが上がった。
 ルイズもキュルケもタバサも、思わずそちらに注目する。注目して……ルイズは頭を抱えた。

 事の起こりは、些細なことであった。
 なのはが最後のデザートを配り終えたとき、ハンカチを取り出した金髪の少年のポケットから、ガラスの小瓶が転がり落ちた。見た目より丈夫だったのか、その小瓶は床に落ちても割れることなくそのままころころと床を転がり、丁度なのはの足にあたって止まった。
 このとき少年――ギーシュに取って不幸だったのは、小瓶が落ちるところまではなのはが見ていなかったことであった。
「あら、なにかしら」
 転がってきた小瓶を拾う。中に紫色のきれいな液体の入った瓶だ。瓶の意匠もなかなか凝っており、香水か何かに見える。
「あの、すみません」
 なのはは瓶の転がってきた方にいた、少年達の集団に声を掛けた。
「どなたかこちらを落としませんでしたか?」
 そう言って小瓶を見せる。
「ん?」
「ボクのじゃないな」
「違うけど……どっかで見たことあるような」
 返ってきた答えはどれも否定的なものだった。
「失礼いたしました」
 そう言ってなのはは振り返る。その背後で、ギーシュはほっとため息をついていた。
 それは彼のものだったが、この場であれを持っていることがばれるのはまずい、そういう状況だったからだ。
 だがそれは早計であった。
 振り返ったなのはは食堂中に響き渡る声で、小瓶を高く掲げながら言ったのだった。

「失礼いたしま~~す! これを落とした方はいませんか? 紫色の液体の入った小瓶で~す」

 それに反応したのは、その液体の制作者、『香水』のモンモランシーであった。
 優秀な水系統のメイジである彼女は、その二つ名『香水』の名のとおり、香水の製作に長けていた。ブランドとして人気があるくらいである。
「ちょっと見せていただける?」
「あ、はい、どうぞ」
 なのはは素直に小瓶を手渡す。モンモランシーは一瞥しただけで、それが彼女がギーシュに贈ったものだと判った。
「これをどこで?」
「はい、あの辺から転がってきたんですけど」
 彼女が指し示す方には、ギーシュをはじめとする何人かが寄り集まっていた。
 その中に、最近ちらりとよくない噂を聞いた、栗毛の下級生の姿が見える。
 思うところのあったモンモランシーは、瓶を持ったまま、そちらに吶喊していった。

「ギーシュ」
 ヤバい、とは判っていても、結局のところ彼は逃げ遅れた。
 モンモランシーが小瓶をつい、と彼の鼻先に突きつける。
「落としたらしいわよ。せっかく彼女が拾ってくれたのに、それを無視するなんて、ちょっとひどくないこと?」
「い、いや、モンモランシー」
 あわてる彼の耳に、追い打ちを掛ける言葉が入った。
「ギーシュ様……」
「ケ、ケティ!」
「ギーシュ様はやっぱりミス・モンモランシーと……」
 前門の虎、後門の狼。見事なまでの挟み撃ちである。
 彼は反撃しようとした。が。
 結果は彼の両の頬に、大きさの違う紅葉が二つ浮かぶことになった。



 あらあら、と、成り行きを見守っていたなのはは思った。
 かっこつけるのはいいけど、二股はよくないわよね、などと思いつつ、その場を離れようとする。
「待ちたまえ、君」
 と、そこに声が掛かった。ギーシュと呼ばれていた少年だ。
「君はもう少し品位というものをわきまえた方がよくないかね? 君が大声を上げたものだから、二人の乙女が傷つくことになった」
「は?」
 なにを言っているのだろうか、この少年は。
「わたしが何か? 明らかにその場で落ちたと思われる落とし物です。すぐに確認を取らなければ、誰のものだか判らなくなってしまうと思いますけど」
 ギーシュのまわりの少年達も、うんうんと頷いていた。
「だが現実にはそのせいで二人の乙女が悲しむことになった」
「二股男に引っかからずにすんでよかったと思いますけど」
 さすがになのはも少年の言動に呆れてツッコミを入れた。これがツボに入ったのか、まわりの少年達が爆笑する。
「そういうときは気を利かせるものだ」
 一人ギーシュが憮然として言う。が、
「いえ、むしろあの場合は即座に確認することの方が気を利かせることになるかと。わたしには誰が落としたかまでは判りませんでしたから」
「だからといって食堂中に聞こえるような大声を出すことは!」
「いちばん近くにいたあなた方から反応がなかったので」
 ギーシュの言葉は、なのはの返答にことごとく撃墜されていた。
「おいおいギーシュ、彼女のいうとおりだぜ」
「ま、二股かけてたおまえが悪い。早いところ二人に謝るんだな」
 まわりの友人達にもいわれて、ギーシュは渋々と腰を下ろした。

 むかつく。
 ものすごくむかつく。
 だが、なのはが『女性である』という一点が、このいらつきを暴走させることを押さえていた。
 相手が男なら貴族の優越をその身に教え込んでやるのも一興だったが、女性相手にそんなことをするのは社会的にも個人的にもとうてい出来ないことであった。
 忌々しい、と思いつつ、ふとギーシュは、このメイドが意外に美人であることに気がついた。貴族と一緒にするわけにはいかないが、高い背とメリハリのあるボディは、平民にしてはかなりそそる。実際学院に勤めているメイドの中でも1、2を争うのではないだろうか。
 一度気にすると素性が気になり、ギーシュは追い払いがてらなのはに問いかけた。
「まあいい。ここは僕が引こう。ところで君、よく見るとここでは見かけない顔だが、新人かい? 名前は?」
「わたしですか? 高町なのはと申します。昨日からルイズ様の使い魔をいたしております」
 その時、まわりの少年達は、彼女が昨日の儀式で現れた女性であることに気がついた。
「あ、そういえば」
「メイド服着てたから判んなかったよ」
 ギーシュも記憶を照合してみて、その事実に気がついた。
「言われてみれば確かに。この僕としたことが服が違ったぐらいでその事実に気がつかなかったとは、不覚だったな。でも何故メイド?」
「これですか? 使い魔になった以上、ご主人様をお世話しないといけませんから。そのための勉強の一環です」
 なのはの言葉に、何人かの少年がぐっと手を握りしめていた。何かを刺激してしまったのだろうか。
 マリコルヌとか。
 それはさておき、彼女があのルイズの使い魔だと気がついたギーシュは、ついうっかり言ってしまった。

「ふっ、ま、あのルイズの使い魔ならこんなものか。いいよ、行っても」

 地雷だった。ピンポイントな対人地雷だった。
 実質1日しか経っていないとはいえ、なのははルイズのことを結構気に入っていた。
 ルイズがどこかのパラレルワールドで平凡な少年にしたような接し方をしていたら、さすがになのはも少し引いたかも知れない。
 もちろんそんなことをされても、それがある意味自分に対する自信のなさと貴族としてのプライド、ついでに背伸びを含んだものであることくらいすぐに気がついたであろうが、いかんせん1日で判る道理はない。
 が、なのはがルイズにとって最も丁寧な態度に出やすいやや年上の女性である点がルイズにとって幸いしていた。何となく強く出られず、少し控えめな態度で接していたため、なのははルイズの美点に、欠点より先に気がついたのだった。
 なのはから見ればルイズの欠点は、本人の資質ではなく、環境から来る圧力にある歪みに見えていた。
 そんな彼女に対する侮辱は許し難い。なのはにしてみれば親友を馬鹿にされたようなものだ。
 それでも、ここは押さえるべきだとなのはは思った。むらっと沸いた怒りを押し殺し、意図的にぷんすかという程度の怒りを表現するようなポーズを作る。
 激怒はまずいが怒らないのも変だからだ。
「失礼いたしますが、今の言葉はどういう意味ですか」
 ここでギーシュは決定的な失敗をした。地雷に触れた足を踏み込んでしまうという暴挙を。
「まあまだ君は聞いたことがないかも知れないね。我々の間にはこういう言葉がある。メイジの力量は使い魔をみれば判るってね」

「……そうですか」

 珍しいことだが、なのはがキレた。基本的に明朗快活、どんなに怒っても彼女の怒りは明るい。明るく怒鳴りながら容赦ない攻撃が飛んでくるのが彼女の怒りだ。滅多なことで彼女の怒りが内にこもることはない。
 彼女は人には譲れない何かがあることをよく知っている。そしてそれ故に人がぶつかり合うことも。そういう志を胸に秘めた相手には、たとえ相手がどんな卑怯者であっても、どんなにひどいことをされても、なのはは相手を憎んだり恨んだり出来ない。
 自分もそういうタイプであるからだ。力を持って向かってくる相手には、こちらも遠慮無く力を持って当たる。全力でたたきのめした上で改めて話を聞く。それが彼女のポリシー。
 なお、誤解されやすいが、決着が付いた後の彼女は信じられないくらい公平だ。自分の言い分は通そうとはするが、相手の気持ちを力を持って封殺することはまずしない。むしろ譲れる部分は出来るだけ譲る。
 どこまでも漢前、それが高町クオリティである。

 だが、それ故に。

「わたしの至らなさは、ご主人様の無能故と」

 勘のいい少年数名が、素早くこの場から離れた。何人かいた女生徒も。
 だが大半の少年達は、この雰囲気の切り替わりに気がつかなかった。もちろんギーシュも。
「なんだ、判ってるじゃゅない。使い魔の方が上?」
「言えてるな。ゼロの使い魔にふさわしいと思えば、この程度で腹を立てていた自分が嘆かわしいよ」
 それは傷ついた少年が必死になってプライドを癒そうとした言葉。優越感はプライドを満たす特効薬だが、危険な麻薬でもある。その効き目に頼ったものは容易に人徳を失う。
 彼は痛みから逃れようとしてサインをしてしまった。
 己の死刑執行書に。

「なら、見せてもらえますか? あなたがどれほど優秀かを。この卑しき私めに」

 この言葉をかつての機動六課の人間が聞いたら、いや、ミッドチルダでなのはと面識があるものが聞いたら間違いなくその場から全速待避することは間違いない。
 彼女が儀礼的な場以外で自分を卑下する言葉を使うことなどまず無いのだから。
 そんなことを知るよしもなかったのが、ギーシュにとって最大の不運であった。
「たいそうな自信だな。しかし困ったな。君が男なら、決闘でもするのがいちばん判りやすいのだが、まさか美しい女性を傷つけるわけにも行かないからね」
「決闘、ですか?」
「ああ。物事の由緒正しき決着法だ。残念ながら貴族同士の決闘は建前として禁じられているけどね」
「そうですか」
 後にギーシュの近くにいた某少年は語る。心底怒った女性とはあんなに美しくも恐ろしいものなのかと。

「なら、私、ゼロのルイズの使い魔たる高町なのはは、主の名誉をかけて、あなたに決闘を申し込みます」

「なんだってぇぇぇっ!」

 ギーシュを含むまわりの少年達が、一斉に悲鳴にも聞こえる大声を上げていた。


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