あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

使い魔を買いに-09


 暗く生暖かい場所から、白くうららかな場所へ。
 暗雲ではなく、太陽が隣にいる。
 何かを囲みざわめく生徒達。触らないように注意してまわるミスタ・コルベール。
 俯瞰から見ているということに気がつく。
 ツェルプストーがハンカチをかたく絞っていた。マリコルヌが横目で覗き込んでいる。
 マントを枕代わりにし、草原の上に仰向けで寝ているわたしを認識する。意識が帰る。

 数時間ぶりの太陽は斟酌ない輝きで全てを照らしてくれていた。隠そう隠そうとする闇
を打ち払い、一切の例外を認めない。傲慢だが有難かった。
 手の甲を太陽にかざし、瞼を閉じても視界が白い。身じろぎし、横を向いた。二度三度
と咳き込む。空気が新鮮だ。生暖かさに包まれてきた身としては刺激が強い。
「ルイズ? あんた意識が戻ったの?」
「……見ればわかるでしょ」
 額が冷たい。手を当てると濡れたハンカチに触れた。
「これ、あんたがやってくれたの?」
「ありがたく思いなさいよ」
「ええ……ありがとう」
 ツェルプストーが顔をゆがめた。
「ありがとう?」
「ええ、ありがとう」
「あなたが、あたしに?」
「何かご不満?」
「いいえ別に……ミスタ・コルベール! 寝ぼすけのヴァリエールが目を覚ましました!」

 腰を曲げ、尻を押し上げる要領で半身を起こした。掌をつき、肘を伸ばし、今度は全身
を起こしにかかる。痛みはないが、どこか気だるい。手についた土を払う。落ちていく小
石、草の切れ端、乾いた泥、それら一つ一つが教えてくれた。ここはトリステイン魔法学
院、今は使い魔召喚の儀式。息を吸うと草いきれの匂いが鼻をつく。
 横を見るとマリコルヌがにやにやしていた。
「さすがはゼロのルイズだな。サモン・サーヴァントで気絶するなんて聞いたこともない」
「それを言うためにここにいたの?」
「いや、べつにそういうわけじゃ」
「わたしの傍らでじっと待ってたのね?」
「そ、そんなこと……」
「ねえマリコルヌ」
 そっと近寄り耳元に口を寄せた。
「あんたわたしのこと好きでしょう」
「ち、ちが、何言って……おい! 聞けよ人の話!」
 マリコルヌをからかうのは楽しいが、今すべきことではない。こちらに向かって小走り
で駆けてくるミスタ・コルベールの姿を認め、わたしは自分が何をしていたのかも思い出
した。コモンを唱え、サモン・サーヴァントを実行すべく杖を振るい……。

「いや、大変なことをしてくれたねミス・ヴァリエール」
 開口一番、穏やかならぬことを言ってくれる。
「大変なこと……ってなんですか」
 聞きつつ、召喚のこと以外ではないだろうと考えていた。召喚に関わることで大変なこ
といえば失敗だろうか。それ以外の並外れた事態だろうか。視界の中のものがはっきりと
した姿を持ち、頭の中が澄んでいく。鼓動が徐々に激しくなる。
「これだよ」
 ミスタ・コルベールは小さな皮袋を持っていた。中には液体が入っているらしく、水音
をたてて揺れている。口を広げられたその中を覗いて見ると、金色の小さな魚が泳いでい
た。ちゃちな仮住まいに不満を見せることもなく、楽しそうに遊泳している。
 ああ、そうか。夢じゃなかったんだな。
 今さらそんなことを考えた自分がおかしくて、小さく笑った。
「これを、わたしが、召喚したんですか」
 指先を水の中に入れてみた。金魚は恐ろしい怪物とでも思ったのか、慌てて袋の隅に逃
げていく。
「これを、わたしが」
「いや、それがそういうわけでもなくてだね」
 ミスタ・コルベールは頭をかきむしろうとしたらしい。金魚を抱えたままでそんなこと
ができるわけもなく、数秒の逡巡の後、靴の踵を地面にこすりつけ、人垣に向かって大声
をあげた。
「君達! ちょっと場所を空けてもらえないか! ミス・ヴァリエールにも見えるように
してくれたまえ!」
 ざわめきが静まり、人垣が割れていく。
 皆がわたしを見る目、目、目。かろうじて小さな魚を召喚した劣等生に向ける眼差しでは
ない。単なる羨望や嫉妬でもない。同情や哀れみをたたえつつも、驚き、悔しさ、意外な
人間に宝をとられてしまったような……だがその宝は凶事を招き寄せる。そんな目。

 人垣に隠されていたものが姿をあらわした。一台の荷車が、人の輪の中心に鎮座ましま
している。
「これ……」
 台車の上に置かれていた陶器の壷を手にとった。中にはどろっとした粘液状の液体が詰
まっていて、指先ですくって舐めるとほのかに甘い。
「これを……」
 台座にくくりつけられた鉢植え……これは植物を売る店で見た。このアンティークドー
ルは射的で落とし損ねたものだ。オーク鬼……エレオノールが良いものだと言っていた本
もある。錆びた刀剣はどこで見たものだったろう。これも、これも、全て夜市にあった。
 けして小さくはない、優しい飼い主なら荷馬三頭に引かせてもおかしくはない大きな荷
車。その荷車いっぱいに荷物を積み、さらにその上に重ねて積み、さらにもう一段重ねて
積む。車軸が歪み、車輪が地面に沈み込んでいた。もはや荷馬五頭でも動くまい。
「これをわたしが……」
「いや、それがまた微妙な話でね。ええと……どこに行ったんだあの人は」

 あの人?
 荷車に詰まれた品物をもう一度、二度、三度と見た。
 使い魔にするなら生き物がいい。物言わぬ物品よりはそちらの方が断然いい。友情を育
むことも、痛みを分かつこともできる。だがこの物量と比べてみてはどうだろう。ツェル
プストーのサラマンダーと、これら蟲惑的な異界の品々。一品二品ならともかく、これだ
け数があれば大概のメイジがこちらを選ぶだろう。わたしだってこちらの方がいい。
 では級友達の視線は何を意味していたのか。異界の品々が山と詰まれた荷車を召喚した
というだけのことであれば、羨望と嫉妬だけあればいい。だが、彼らの目は口よりも雄弁
に物を語っていた。異界の品物は羨ましいが、厄介事はごめんだと。

 ミスタ・コルベールはたしかに『あの人』と言った。
 あの人。生徒相手にこんな呼び方はしまい。ミスタ・コルベール以外の教師が来る理由
はない。強いて言えばわたしの救護をするための要員を呼ぶ必要があったかもしれないが、
わたしの傍らにはツェルプストーがいた。つまりはそれもありえない。

 右を見た。左を見た。人垣を押し分け、『あの人』を探した。

 この場にいて、ミスタ・コルベールから『あの人』と呼ばれ、わたしに引き合わされよ
うとしている。そんな人間がいるとすれば、それは……わたしが召喚した人なのでは?

 ぶつくさ言う級友達を押しのける。生徒達とは服装からして違うはず。すぐ目につく。

 人を召喚すれば厄介だ。平民なら金ずくで片付くかもしれないが、メイジであれば面倒
なことこの上ない。ヴァリエールの名がそれなりに物を言うトリステインならともかく、
他国のメイジを召喚したとすれば、外交問題にまで発展しよう。監督官や召喚者だけの責
ではすむまい。ミスタ・コルベールならずとも腰が引ける。

 人垣から離れたところでおしゃべりに興じる二人を見つけた。
 片方は知っている。モンモランシーだ。もう片方も知っている。そう、知っている。
「お、ちびルイズ。ようやくのお目覚めか。またえらく重役出勤だな」
 息が止まった。息の根が止まったわけではない。
 モンモランシーとの会話を切り上げ、軽快な足取りでこちらに向かってくる。艶やかな
ブロンドを風にまかせ、ずり落ちた眼鏡を人差し指で持ち上げた。
「へっへっへ。どうだい大したもんだろ。慰謝料と給料と退職金をがっぽりせしめてよ。
まあ首刎ねられるよりかはそっち選ぶわな。おかげさんで夜市買占めそうな勢いだぜ」
 答えようとしたが、今声を出せばきっと震える。それはとても恥ずかしいというか格好
悪いというか……難しい。掌を開き、握り、もう一度開き、ゆっくりと時間をかけて握り
なおした。下唇を強く噛む。
「知識もたっぷり買ったからな。今のオレは歩く最高学府ってなもんだ。緑の姉ちゃんから
薬だのなんだのも必要なだけ仕入れた。これだけありゃカトレア百人分は治してみせるさ。
あ、そうそう。緑の姉ちゃんがサービスで茶ぁくれたぞ。飲むと心が落ち着くそうだからち
びルイズにゃちょうどいいだろ」
 歩いて三歩の位置で対峙した。斜め上三十度付近を見上げ、瞬きを繰り返す。皆が見る
中で涙など見せてたまるものか。
「本当にお知り合いだったのですか」
「何度も言ったじゃねえかコルベール先生よ。オレとルイズは……あれだ、一緒にソバす
すった仲だ」
 小さく杖を振り、口の中でコントラクトのコモンを唱える。素早く、正確に。
「だよな、ちびルイズ。見目が違ってるから分かりませんなんて言わせねえぞ」
 三歩の距離を一跳びで縮め、有無を言わせずに唇を重ねた。うっすらソバのスープが匂
ったが、たぶんお互い様だと思う。



 突然の乱行に、ミスタ・コルベールからかつてない譴責を受けた。
 メイジがメイジを召喚してしまったどうしよう、と困っているところにあの行動では、
温厚で知られるミスタ・コルベールといえども怒らずにはいられなかったことだろう。
客観的に見てわたしの所業は「使い魔召喚が失敗とされるかもしれないゼロのルイズが、
そうはならないように力業で哀れな被召喚者を使い魔にした」ように見えるからだ。エレ
オノールがとりなしてくれなければ色々とまずかった。
 そしてそのエレオノールは終始ご機嫌だ。左手には使い魔のルーンが輝いている。
「すげえもんだろ。トライアングルのメイジ様だぜ。見目と魔法の才能が戻ってきたおか
げで楽々だ。前の身体も気に入っちゃいたがね」
 一歩進むだけで身体の芯にまでズシンズシンと響き渡る。皆がフライで飛び去ってから
エレオノールが作り出したゴーレムは、荷車を抱えて歩けるだけの膂力を持ってはいたが、
静かに移動する繊細さを欠いていた。主と同じだ。
「聞きたいことは山ほどあるけど、とりあえず一ついい?」
「どうぞどうぞ」
「何をどうやったらわたしの使い魔になれるのよ?」
「例の使い魔屋で『桃色の髪を持つメイジ見習いの少女。魔法が常に失敗することを気に
病んでいる公爵家の次女』なんて短冊を見つけてね。いや、詐欺師もたまにゃ役に立つ」
「無茶苦茶するわね……」
 わたしの許可なく、わたしの使い魔になる権利が売られているこの現実。結果的にはそ
れがよかったわけだが、結果がよければ全て良いと言えるほどわたしの器は大きくない。
「それと。その言葉遣い。わたしの使い魔になるんならきちんとしなさいよ」
「そりゃオレだって昔はきちんとしてたよ。何せあのおふくろに躾けられたわけだからな。
でもあんなナリで『わたくし』とか『ですわよ』とか使ってられるか?」
「今なら使えるでしょうに」
「おいおい使うよ」

「それよりちびルイズ。オマエ休学手続きしとけよ。そんなに長くはかからねえだろうが」
「分かってるわよ。姉さまのご病気でしょ」
「もう一つあんだろうが、重大事」
「……何かあったっけ?」
「バーガンディのバカ野郎をぶん殴りにいかにゃならんだろうが」
「それ誰から聞いたの……ってモンモランシーね! あんの洪水現地妻!」
「友達のこと悪く言ちゃダメだぞ。皆いいやつらじゃねえか」
「口だけは上手なのよ。また騙されたりしないでよね……姉さま」
 最後の「姉さま」は蚊が鳴くよりまだ小さな声だったため、ゴーレムの足音に打ち消され
てエレオノールの耳にまで届くことはなかった。ひょっとしたら聞こえた上で黙っているの
かもしれないが、その可能性は無いことにしておく。今はまだ耳に届かなくとも……彼女風
に言えば「おいおい使えば」いい。

 エレオノールがあぐらをかいた、その中央にちょこんと座り、もたれかかる。金色の髪の
毛が鼻をくすぐって鬱陶しいが、文句を言う筋合いでもないので自重する。
 ゴーレムはズシンズシンと道を行く。
 わたしの子供時代を踏み越えて。



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