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使い魔を買いに-07


 生意気な小娘に杖を渡すため、わざわざ夜市まで戻ってきてくれた。
 自分の時間を潰してまでその小娘の買い物につきあってくれている。
 ありがた迷惑云々は抜きにして、説教やおせっかいも親切心からきているのだろう。

 悪い人間……もとい悪いオーク鬼ではないようだが、客観的な目で見てどのように見え
るかと問われれば答えるまでもない。わたしの手を引くその姿は、人攫いか女衒か、はた
また携帯用の食料を持ち歩く人食い鬼か。
「あの店はダメだ。しょっちゅう釣銭ごまかしやがる」
 射殺さんばかりに睨みつける店主は目に入らないのか、したり顔で解説している。世間
から自分がどう見られているかということに頓着していない。それはいいが、人並に頓着
しているわたしは本当にいい迷惑だ。居心地悪く乾物屋の前を通り過ぎた。

 ずれた親切心という微妙な長所と引き換えに、短所は両手で余るほど。短気、説教癖、
乱暴者、空気を読まない、おせっかい、ふと気づくとわたしの顔を盗み見ている、口うる
さい、顔が怖い、口が悪い、面倒くさい、金に汚い、偉そう、その他その他。一つしかな
い長所に比べ、あまりにも重過ぎる短所の数々が……ああ、そういえばもう一つ長所らし
きものがあった。

「本はどうだ? ここにゃ珍しいのがたっくさんあるぞ」
「召喚されし書物ねえ……生きてる方がいい」
「ちびルイズは贅沢だな。見ろよ、これなんてけっこういいこと書いてあるぜ」
 背嚢のポケットから眼鏡を取り出し、慣れた手つきで頁を手繰る。大きすぎる顔に合わ
ないサイズの眼鏡が少しかわいらしかったのだが、それを長所と呼んでいいものかどうか。

「ここの水あめは頬っぺたが落ちるほどうめえらしい」
「ちょっと美味しそうかも」
「だが舐めたら死んじまう毒が入ってる」
「意味ないじゃない」
「しかしそれは小坊主に舐めてほしくない坊主の嘘だという説もある」
「どっちなのよ」
「試してやろうかって勇気のあるやつはいねえそうだ。所詮水あめだからな」
 所詮呼ばわりをされた水あめ屋の店主がわざとらしく咳払いをした。オーク鬼も夜市の
住人だろうに、そこかしこで喧嘩を売っている。エレオノールが怒るわけだ。

「ここはすげえぞ。夜市きっての店だ」
「どうすごいの?」
「ゴミためから拾ってきたモンしか置いてねえのに、一エキューからとりやがる。ここま
でくると、もうぼったくるなんてレベルじゃねえやな」
 慌てて腕を引き、その場から離れた。こんな役割を担うべき立場ではないはずなのだが、
否応なしに社会性を鍛えられる。
 このオーク鬼はごく自然体で周囲に喧嘩を売っていた。自覚していないぶん、頭に血が
のぼりやすいだけのわたしよりも数段タチが悪い。

「あのね。どの店にどんな問題があるかという話はもういらないの」
「オレはちびルイズのためにだな」
「わかったから! わたしのためはわかったから! 本当にもうありがたく思ってるから!」
「ふん。分かってりゃいいんだがね」
 詐欺や恐喝が横行する夜市のただ中、海千山千の商売人を相手に、乳母日傘でぬくぬく
と暮らしてきた……それは言い過ぎか。わたしだってそれなりに苦労してきた。貴族の令
嬢として、勤勉な学生として、商売とは関係なく暮らしてきたわたしが渡り合えるとは思
えない。事実、オーク鬼の介入がなければまんまと騙されていた。
「わたしはね、使い魔が欲しいのよ。水あめやガラクタの話は後でゆっくり聞くわ」
「使い魔ねえ。一口に使い魔っつっても色々いるぞ」
 相手が選ばせてくれるかどうかはさておき、同行を断るという選択肢もあるにはあった。
「そうね……姉さまのご病気を癒してさしあげる使い魔がいいわ」
「具体的なのはいいが難しいだろうな」
「次点でわたしがアカデミーに入る助けになる使い魔」
「ちびルイズはいちいちワガママでいけねえ」

 しかし、今のわたしに選り好みをする余裕はない。夜市を熟知し、猛者を相手に一歩も
退かない面の皮の厚さを持つ。立っているだけで威圧感を撒き散らし、何が得で何が損か
を嗅ぎとる嗅覚は本物の豚よりも鋭い。
「姉さん孝行は悪くねえが……仲ぁいいのか?」
「たった二人の姉妹ですもの。悪いわけがないじゃない」
「親は元気か? 上手くやれてるか?」
「父さまは厳しい方だし、母さまはもっと厳しいけど……でも、わたしを思ってのことだ
もの。優しい時は、そりゃもうさっきの水あめより甘いんだから」
「……そりゃいい。家族仲はいいにこしたことねえ」

 各種問題点に目をつぶらざるをえない程度には同行者として心強かった。
「もうちょっと背筋伸ばして歩け。背ぇ丸めてるのはみっともねえ」
 心強かった。
「口開けてんじゃねえ。馬鹿に見えんぞ」
 心強かった。
「キョロキョロしてんな。カモだと吹聴するようなもんじゃねえか」
 心強かったといったら心強かった。
「目に力がねえんだよ。そんなことだからなめられんだ」

「アカデミーなあ……あそこに白衣着た兄ちゃんがいんだろ」
 指差した先には他にもまして小さな露店があり、学者然とした白衣の男が立派な装丁の
本に目を落としていた。胡乱な市場より象牙の塔が似合いそうな雰囲気だ。
「この辺じゃそこそこの優良店だ。いろんな『知識』を売ってる。馬鹿でもアカデミーに
入れるような『知識』があるかもな」
「わたしは馬鹿じゃない。知識なら充分にあるわ。だいたい知識だけで使い魔無しじゃア
カデミー以前に留年するんだけど?」
「そうだな……何事も運だと考えるなら……」

 全体的に生暖かさが漂う夜市で、その店には場違いな艶やかさ、爽やかさがあった。露
店のスペース全体を利用して浅い生簀を作り、その中に魚を放流し、清涼感をもたらすこ
とに成功している。店主の全身がくまなく鱗に覆われているという浮世離れした事実を差
し引いても気持ちがいい。
「どうだい、大したもんだろ」
 オーク鬼が誇るべきかどうかはともかくとして、中々どうして大したものだ。生簀は木
の板を組み合わせただけの簡素かつ簡易的なものだが、水の中で泳ぐ魚の一匹一匹に個性
があった。大きな目を持つカラス色の魚、金色に光り輝く流線型の魚、白地に赤を散らし、
巨体を揺らしてたゆたう魚。
「金魚だ。読んで字のごとく、幸運を招く魔法の魚……ってことになってる」
「幸運?」
「運さえよけりゃ何事もうまくいくもんだ。病気も治るしアカデミーにも入れる」
 『幸運を招く魔法の魚』で終わっていればそれでいいだろうが、その後に『ってことに
なってる』を付けたということは、まず迷信、よくて気休め、最悪駄法螺、実のところは
全て同じで、わたしは役に立たない観賞用の魚をつかまされる。店主が『ってことになっ
ている』に対し、反論するでもなく目を逸らしたことによりダメ押しをくれていた。
「大将、とびっきり頑丈なポイを一つくんな」
 背嚢から新緑色に輝く石を一つ取り出し、鱗付きの店主に放った。篝火の火を水面が照
り返し、照り返した光を受けて鈍く煌く。素人目で見ても高価な代物だ。その宝石と引き
換えに店主が取り出したものは、針金をよじって作った輪の中に薄紙を一枚張った網で、
宝石一粒に対して釣り合うはずもなかったが、類推される用途を考えれば悪くない取引と
言えなくもないだろう。
「その網……ポイ? で金魚を捕まえるわけね」
「学があるだけあって理解ははえぇな。破れりゃそれでおしまいだが、破れるまでなら百
匹でも千匹でも捕まえられるって寸法よ」 
 軽い口調とは対照的に、寸分の油断も無く水面に目を向けている。手つきにはぶれも淀
みも無く、斜め二十度から流れるようにして水面を打ち、紙を破いて帰ってきた。
「……あれ?」
「……破けてるわね」
「いやいやいやいや……おっかしいな。大将すまねえがもう一つ頼む」
 おかわりのポイは前任者に輪をかけてあっさりと破れ去り、一人と一匹が見つめる輪の
中を橙色の金魚が通り抜けていく。店主が鼻の頭を掻いている。

 オーク鬼は三歩後退り、手を引かれたわたしもそれについていく。
「なあちびルイズ。一つ相談があるんだが」
 こいつとしては類を見ない小さな声で話しかけてきた。
「あの店主の気ぃ逸らしてもらえねえか」
「何するつもり?」
「ここにちょっとした薬があってだな、それを水に何滴か垂らすとあら不思議、魚が浮い
てきて取り放題という……」
「絶対に嫌」
 前後不覚に酔っ払っているとはいえ、王家への忠誠よりも娘への愛情をとると放言する
父上。しつけのつもりで愛娘の命を脅かす母上。生き物との触れ合いを求め、気づけば部
屋の中を動物園にしてしまっていた姉上。言をまたないわたし。ヴァリエール家の血筋は
勇猛さを隠れ蓑にした精神的な視野狭窄性を持つ傾向があり、それゆえに手慰みでは散々
な敗北を喫することが多々ある。
 そのヴァリエール家の中にあり、誰よりもヴァリエールの性質を象徴していると笑われ
……ではなく、謳われたわたしでさえなだめ役にまわらざるをえないほど熱くなりやすい。
夜市では冷静になどと偉そうに説教してくれたのはどこの誰だったろう。
「夜市での違法行為はご法度だって言ってたのはあんたでしょ。だいたいね、そこまでや
ったら詐欺じゃなくて強盗よ?」
「クソッ……しかたねえ。こうなったら別口でいくしかねえか」

 オーク鬼のいう別口は、非常に分かりやすく即物的な遊興だった。
「銃口にコルクを詰めてだな」
「ふんふん」
「台から落ちるギリッギリまで身ぃ乗り出す」
「はいはい」
「で、狙いをつけてパン、だ。寝かしただけじゃもらえねえぞ、後ろに落としてようやっ
と手に入るんだからな。ところで射撃の経験はあんのか?」
「こんな玩具の銃、経験なんて関係ないわよ」
 台座の上に並んだ各種景品に目を凝らす。どれが一番価値あるものだろう。この一発に
宝石一粒が賭かっているのだから軽々に撃ってしまうわけにはいかない。一番大きい物を
狙うべきか。一番大きいといえばそこの椅子に腰掛けた枯れ木のような老婆だが、店主を
撃っても怒らせるだけだ。よし……あれにしよう。精緻な細工が施されたアンティークド
ール。召し料だけでも平民の家族が丸々一年は楽に暮らせるほどだ。たぶん。
 狙いすましたコルクの弾丸は人形の額に命中し、バランスを崩しかけた人形が前後に揺
曳する。飲み過ぎた酔っ払いほどではなく、釣り合い人形ほど安定しているわけでもない。
けして小さい揺れではないが、お姫様を台座から落とすためには不足している。「ま、こ
んなものよね」という負け惜しみとともにはにかんだ笑顔を浮かべようと後ろを振り向い
た先ではオーク鬼が脚を振り上げていた。その意図するところに気づき、止めようとした
が間に合うものではない。
 馬鹿力で振り下ろされた脚は地を揺らし、揺れた大地は足場を通じて台へ、台の上の台
座へと伝わり、結果、お姫様は引き摺り下ろされた。船を漕いでいた老婆が目を覚まし、
慌てて左右を見回している隙をつき、玩具の鉄砲を置いて、脱兎のごとく逃げ出した。後
ろからオーク鬼が追いかけてきたことを確認し、
「だからね、何度も言わせるんじゃないわよ! 夜市での違法行為がご法度だって言った
のはあんたでしょうがあああ! さっきのが強盗ならね、これは万引きと同じよ!? し
かも年寄り相手なんて最悪じゃないの!」
 一気にまくし立てた。
「いや、もう少し揺すりゃ落ちるかなっと思ってやったんだが」
「お願いだから余計なことしないで。わたしは普通に使い魔が欲しいの。勝負事をしたい
わけでもないし、ましてやイカサマなんてもってのほか」
「そりゃ、ま、そうだわな。ああ……それじゃあれにしとくか」

 音を立てずに物を食べることは最低限の礼節である。これは同席する者に対してのこと
だけではなく、製作者から材料まで含めた全てに対して敬意をあらわしてのことだ。母さ
まから、父さまから、姉さまから、わたしはそう教わってきた。
 そのわたしが、筋金入りの貴族であるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・
ヴァリエールが、行儀悪く音を立てて麺をすすり上げている。しかも座らずに立ってだ。
「……うめえか?」
「……まあまあ」
「そりゃよかったな。とりあえずここで腹ごしらえした後は……エレオノールの店にでも
顔出すか」
 夜市のマナーがあれば、できる範囲でそれに従う。二本の木の棒で麺をすするし、音だ
って立ててみせよう。たかが半日でここまで変化……いや、あえてこの言葉を使おう。成
長。この半日はわたしを成長させた。オーク鬼に組み伏せられ、オーク鬼に恫喝され、オ
ーク鬼に小突かれ、オーク鬼に耳を引っ張られ、オーク鬼に邪魔され、オーク鬼のフォロ
ーにまわり、成長したのだ。……成長したはず。単に染められただけとは思いたくない。
「うめえだろ? ここの蕎麦は絶品だ」
「しつこい」
「……ちびルイズはかわいくねえな」
 むせぶほどの湯気に包まれ、満員の屋台を囲むは連れも含めて人外魔境の者ばかり。そ
れでもこの麺料理は美味だった。


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