あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

使い魔を買いに-06


「悪いねえ、大将。生憎だがこのチビは予約済みなんだ」
 むんずと襟を掴まれて後ろに引きずられていく。指を引き剥がそうと試みても無駄、脚
をばたつかせたところで疲れるだけ、
「ちょっと使い魔屋! 止めなさいよ!」
 声を張り上げてみたが、使い魔屋の店主は何の感慨も無い目でわたしを見ている。通行
人が通るわけでもなく、他の店から助けが来ることもない。誰も彼もオーク鬼に怯えてい
るのだろう。貴族であるわたしとて当事者でなければ積極的に関わりたくない相手だ。
 警吏はいない、自治団さえいない、防犯対策や治安への意識があるかどうかさえあやし
く、人情は紙風船で少女の叫びが空しく夜のしじまを切り裂く。
 自分の身を守る術は自分のみというわけか。エレオノールは秩序ある市だと言っていた
のに、戦地もかくやの無法地帯ではないか。……そうだ、エレオノールだ。我関せずを決
め込む薄情者が多い中、彼女だけはわたしを助けてくれるという希望めいた確信があった。
危機に陥ればどこからともなく駆けつける、とまでは言わない。しかし悲鳴の一欠けらで
も届けば、きっとここまでやってきてオーク鬼をこてんぱんにのしてくれる。
 渾身の悲鳴をあげるべく、肺が張り裂ける限界ギリギリまで空気を吸い込んだところで
「あいつにゃ関わるな」
 耳元でオーク鬼に囁かれ、反射的に唾液を飲み込もうとしてしまったため、盛大にむせ
返った。
「この界隈じゃちょいと名の知れた鼻つまみモンさ。奴さんの首は見たか?」
 オーク鬼は後ろを振り返り、店が薄闇の中に溶け込んだことを確認しているようだ。わ
たしはオーク鬼が襟首を離してくれないためにまだ咳き込んでいた。
「ちょいと前、ヤツがまだ人買いやってた頃の話だ。どこぞの爺さんをカモってやろうと
したんだとさ。その爺さん、見た目に反して筋金の通った古ツワモノだった。で……」
 右手を猪首の前に構え、すっと横に引いた。
「すっぱーんだ。死なずにゃすんだらしいがあの通り」
「ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ……ふう……べ……別に元人買いだろうと元詐欺師だろうとか
まうもんですか。今まともな商売してるならそれでいいじゃない」
「へえ。まともな商売ねえ」
 肩をすくめてため息をつかれた。褐色肌の仇敵にも通じるその仕草は、あきらかにわた
しを軽んじていて、オーク鬼ごときに侮られる憂き身を嘆く前に舌鋒が火を吹いた。
「馬鹿にしないで下賤な馬鹿豚! あんたなんかに言われなくたってやすやすと騙された
りするもんですか! 分かったらさっさと手を離して……いたいっ!」
 身体が傾いでいた状態で予告なく手を離されたため尻餅をついた。自重のみとはいえ、
それなりに痛い。

「なにするのよ馬鹿豚!」
「離せって言うから離してやったんじゃねえか」
「だからって急に……」
「チビ、オマエすうぐ頭に血ィのぼらせるタイプだな?」
 上から顔を寄せて一言切りつける。言葉に詰まった。 
「しかものぼった後は突っ走るタイプだ」
 反駁しがたい。
「無茶苦茶やってから後悔する。図星だろ」
 正確にわたしを評している。ごく短期間に敵対しただけの間柄でここまで分析できると
は、オーク鬼ながらに優れた観察眼の持ち主だ。わたしが分かりやすい人間であることを
抜きにしても。
「だったら……だったらなによ」
「要は騙されやすいってこった」

 悪口や批評といった短所の指摘は、真実に近いほど人を怒らせる。
 わたしがハゲと呼ばれれば、怒るよりも先に困惑する。だが、わたしではなくミスタ・
コルベールがそう呼ばれたのであればどうだろう。怒るか笑うかそれとも悲しむか。何に
せよ、わたしとはまた違った反応を見せるはずだ。ツェルプストーにただ乗せ娼婦、マリ
コルヌに酸っぱい匂い、モンモランシーに現地妻……言い合いになったとしても自重しな
ければならない。本気で怒らせれば、次に危ういのは他ならぬ自分自身になるからだ。
 それゆえに人は正面きって他人の本質を突かないという不文律が存在し、陰口が陰湿で
あるとされる理由の一端が垣間見える。皆からゼロだゼロだと面と向かって言われるわた
しがどれだけ軽侮されているか丸分かりになってしまう理屈だが、その辺は見なかったこ
とにして先に進もう。

 つまり、中傷ではなく非難でもない、親切心からの指摘であったとしても、言われた側
には怒る権利があるということだ。わたしはその権利を行使すべく、腕を振り上げ、唇を
とがらせ、気道を打ち震わせて反論した。
「勝手に決めつけないで! なんでわたしがあんたみたいな豚に痛い痛い痛い痛い痛い!」
 襟首を掴んだのは彼なりの思いやりだったらしい。耳を引っ張られ、なす術なく引っ立
てられるわたしの悲鳴などどこ吹く風、市場から外れた場所まで悠々とのし歩き、古木の
切り株――直径がわたしの身の丈ほどもある――の上に大きな尻を下ろした。背嚢を脇に
置き、槍を手元に寄せてわたしを見ている。
 腰を下ろしてようやく目の高さが同じくなった。

「まあオマエも座れや」
「なんでわたしが」
「まあ座れ」
「あのね、わたしは忙しいの」
「座れって」
「人の話聞きなさいよ」
「夜市で……いや、これから先、元いた世界に戻った後も役に立つことをレクチャーして
やろうってんだよ。金も時間もとらねえからさっさと座れ」
 依然として読み取りにくい造作の顔貌だったが、抑えられた言葉の抑揚といい、それな
りに真面目な表情を浮かべているようだ。
「……どうせろくなことじゃないんでしょ」
 押し問答をしていても時間を浪費するだけだ。熱くなってしまっては、先ほど指摘され
た性質を証明することになる。しぶしぶながらも隣に腰掛けた。

 オーク鬼がわたしの性質を見抜いたように、わたしもこいつのことを理解しつつある。
出会ったばかりの印象では無法者、その後のやり取りで得た印象は荒くれ者、エレオノー
ルが現れてからはへつらい者、使い魔屋との取引を中断させられて乱暴者。とにかく良い
印象が無かった。
「妙だとは思わなかったのか?」
「何が?」
「オマエのいたとこじゃ魔法使いが魔法使いを使い魔にするんかね?」
「……あ」
「『あ』じゃねえだろ、『あ』じゃよ。もうちょっと注意してりゃ気づきそうなもんじゃ
ねえか。どうせ脳みそゆだって前しか見てなかったんだろ。そこがガキだっててんだよチ
ビすけ。赤ん坊だってもう少し疑い深いぜ」
 こいつは乱暴者でへつらい者で荒くれ者かもしれない。だがそれ以上に――
「もっと真剣に生きなきゃならねえ。ふわふわと浮かれてやがるからそんなことになるん
だ。ビシッと腰をすえて、熱くならず注意深くだな」
 ――説教好きだ。

「で、でも。おかしいわよ。夜市は詐欺師を許さないはずでしょう」
「そこがあいつの巧妙なとこさ。一度首を落とされてから詐欺はしてねえんだ。詐欺まが
いの真似はしてやがるがね」
 使い魔にならない者を使い魔として売る。これを詐欺と言わずに何を詐欺というだろう。
少なくとも詐欺まがいとは称さないはずだ。明確に、詐欺、だ。
「やっぱりおかしいわ。だって詐欺そのものだもの」
「詐欺じゃねえ。使い魔屋って看板かかげて、使い魔になる権利を売ってるんだ。いいか、
使い魔じゃねえ。使い魔になる権利だぞ。オマエが手ぇ出してたらどこぞの誰かの使い魔
にされちまったってこった」
 ……少なくともトリステインの法に則って裁けば立派な詐欺だ。翻って言うと、これく
らいでは詐欺にも数えられないということだろうか。夜市恐るべし。
「そりゃ使い魔買おうってやつが使い魔なんぞになりたかねえやな。野郎もそれはよおく
分かってる。取引が決まった後で、実は使い魔を売る店じゃなく使い魔になる権利を売る
店だったと明かす。相手は嫌がる。嫌なら違約金と詫びの一つももらおうじゃねえか、こ
うなるって寸法よ」
 詐欺の上に恐喝だ。重ね重ね夜市恐るべし。

「その報いを受けて夜市からはすげなく扱われてる。それでもまだ店出そうってんだから
よくよくのもんだ」
「冷たくされる? 店の立地条件とか、そういうこと?」
「いいや、もっと分かりやすくハブにされてる。あの馬鹿長い短冊があったろう? 看板
もご同様に長ったらしかったはずだ。普通ならあんなに書き連ねる必要はねえんだよ。ど
こから来た客だろうと夜市が翻訳してくれるからな」
 言われてみれば思い当たる節がある。刀剣商の看板は、見知らぬ記号が描かれているだ
けだったが、それでも意味するところが把握できた。並んだ刃物を見て察したのだろうと
考えていたが、よくよく思い出すと、幟旗を目にした時点で意味を解していたかもしれな
い。
「古株だかなんだか知らねえが、そこまで邪険にされてんだからさっさと立ち退きゃいい
もんを……意地になってんだろうねえ。何にもいいことなんてねえのによ。なあチビ」
 オーク鬼のつぶらな双眸が、小うるさいほど雄弁に語っていた。意地を張るのはお前と
同じだ、と。
「……なによ」
「オマエも意地になるタイプだろうから忠告してやってんのさ」
 やはりか。わたしもオーク鬼を観察する術に長けてきたような気がする。その技術が今
後の長い長い人生においてどの程度役に立つかは想像もつかない。
「余計なお世話よ。わたしはね、怒っているふうに見えても冷静に事を運ぶことができる
の。貴族たるものそれくらいできなくちゃいけないわ」
「どの口が言うんだか……ほらよ」
 隣から放られた一本の棒。小ぶりのタクトにも似て、わたしの手によく馴染んでいる。
 情けないことに、手渡されるまですっかり忘れかえっていた。メイジとしては到底考え
られないことで、才能ゼロのルイズとしても恥ずべきことだ。トリステイン……もとい、
ハルケギニア広しと言えど、自分の杖を置き忘れてくるメイジが他にいるとは思えない。
 頭に血がのぼっていく。憤激ではなく、羞恥がわたしの頬を朱に染めた。
「注意力散漫ってやつだ。そんなことじゃケツの毛まで抜かれて放り出されるぜ。夜市っ
てなそういう場所だからな」
「お尻に毛なんて生えてないもん……」
「チビが下品なたとえを真に受けるんじゃねえや。若さを買うやつ、知識を買うやつ、能
力を買うやつに見目を買うやつもいる。ボケボケしてると全部奪い取られちまうんだよ」
 杖の置き忘れは取り返しがたい失態だ。それに関してはどう責められようと、その責め
手が説教好きのオーク鬼であろうとも、甘んじて受け止めよう。だが、それ以外のことに
関して看過するつもりはない。事実でない部分は断固として訂正する。

「……チビじゃない」
「チビじゃねえか、おチビ」
 中腰で向き直り、声を高くした……というよりは、怒鳴りつけた。
「チビじゃない! さっきから名前みたいに人のことチビチビチビチビ……わたしには両
親からもらったルイズという立派な名前があるんですからね」
「ああん? ルーズ?」
「ル、イ、ズ!」
「ルイージ?」
「そんな名前じゃない!」
 鼻がきく分、耳が遠いのか。ならば聞こえるように教えてやろう。
 中腰の体勢からさらに腰を上げ、垂れた耳の近くに口を運んだ。
「耳の穴かっぽじってよおっく聞きなさいよ。わたしはチビなんかじゃなくて……」

「ルイズ! フランソワーズ! ル! ブラン! ド! ラ! ヴァリエェェェェル!」

 ヴァリエール家といえば王家とも縁戚関係にある有力な貴族として内外に知られている。
代々受け継がれた勇猛さで敵には恐れられ、篤実な領地経営で領民から慕われていた。
 家の権勢を誇って悦に浸りたいというわけではないが、オーク鬼の驚く姿が見られれば、
少なからず鬱憤をはらす事ができる。このオーク鬼、装備や物腰からいって傭兵を生業に
しているはずだ。それならば、亜人とはいえヴァリエール家の力を知っていてもおかしく
ない。
 ここまで考えていたのだが、案に相違し、オーク鬼はぼうっとわたしを見るだけだった。

「ちょっと」
「……」
「ちょっと!?」
「……」
 大声が過ぎたか。淑女に相応しくない大きさの声だった。しかもそれが耳から数サント
の位置で発せられたのだ。鼓膜が破損することも充分に考えられる。
「聞こえてる……の?」
「ああ……いや……そうだな。聞こえてる」
 大声で一時的に脳震盪でも起こしたのかもしれない。
「ルイズ……なんたら……どうとか……エール? 長過ぎて覚えられねえな」
 名前を脳が処理仕切れずにぼうっとしていたらしい。大きな頭の中には筋肉がぎゅうぎ
ゅうに詰まっているのだろう。

「しかし聞いたことはあるかも」
 む、やはり知っているのか。
「母親の名は?」
「カリーヌ」
「兄弟姉妹の名は?」
「カトレア。わたしの姉さま」
「カリーヌにカトレアね……覚えがねえ」
 このオーク鬼が俗に言う無知蒙昧の輩というやつなのか、それともわたしが思っている
ほどヴァリエール家に知名度は無いのか。意見のわかれるところだ。
「どうせオレも貴族の名なんぞにゃ詳しくねえしな」
 前者だったらしい。
「ちびルイズは気楽な二人目ってわけか。こんな妹がいたんじゃ世継ぎの姉さんも大変だ」
 チビからちびルイズに昇格することができた。これっぽっちも嬉しくはない。

「誰がちびルイズよ。それに気楽なんてとんでもない。わたしはね、ヴァリエール家を受
け継ぐ身なの。あんたの考えてるような気楽な身の上じゃないの。プレッシャーで押し潰
されそうなくらいよ」
 オーク鬼の口が中ほどまで押し開けられた状態で静止した。目は見開き、眉間に細かな
皺がたまり、圧し掛かるような姿勢でわたしを見ている。
「な、なによ。なにか文句でもあるって言うの?」
「誰が、何を、受け継ぐって?」
「わたしがヴァリエール家をよ」
「はあああ?」
 今日、こいつの前で何度醜態を晒してきただろう。怒りっぽく騙されやすいという性質
まで見抜かれ、メイジたる身で杖を置き忘れ、こいつならずとも領主としての才覚に乏し
いと喝破するだろう。
「そりゃわたしには荷が重いわよ。あんたなんかに言われなくたって嫌ってほどわかって
ます。魔法の才能もあるし、皆から好かれてるし、姉さまが家を継ぐのが一番いいんでし
ょうけど……でも姉さまは小さい頃からずっとご病気だもの」
 開いた口が奇妙に歪んだ形で閉じられ、眉間の皺はさらに深くなり、見開いていた目が
細められた。オーク鬼の百面相は見ていて面白いものではない。
「そうか」
 一言。
「そうか……」
 二言。
「ちびルイズも大変だな……」
 振り絞るようにして発せられた三言目。ひょっとしてわたしはオーク鬼に同情されてい
るのだろうか。貴族以前に、人間としての尊厳にも関わってくるような……。

「よし……そうだな。一肌脱いでやるとするか」
 わたしは一つ思い出した。
「これ以上たぶらかされねえように、オレがついてって口出してやるよ」
 説教好きは、往々にしておせっかい焼きも兼務している。


新着情報

取得中です。