あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

使い魔を買いに-05


「それじゃ私は店の準備があるから失礼するけど……後で絶対に来てね。エレオノールの
店っていえば知らないやつはいないから」
 繋がれていた手と手が離され、高揚していた心に一抹の影が差し、意識しない部分でエ
レオノールの庇護を期待していた自分に気づいた。こんなことではいけない。子供扱いを
甘受するのは仕方がないにしても、自分から求めてはみっともない。一個の大人として恥
ずかしくない振る舞いをしなければヴァリエールの家名に傷がつく。
「何を買うか決める前に寄るのよ? 絶対にね? 約束だからね」
 わたしの手をとり、小指と小指を絡めて何やらぶつぶつと唱えていた。詠唱ではないよ
うだ。民間に伝承される呪いの類だろうか。針千本飲ます……? 物騒な話だ。
「それじゃね。詐欺師に騙されたりするんじゃないわよ」
「あ……えっと……」
 他に聞かなければならないことはなかったか。
 思いつく前にエレオノールは薄明かりの中に消えていった。その行動力は見習いたいが、
もう少し人の話を聞く癖をつけてもらいたい。

 エレオノールと別れたわたしは、とりあえず市場を散策してみようと考えた。事はわた
しの一生に関わってくるわけだし、慎重に慎重を期す必要がある。これだけ客足が少なけ
れば狙いの使い魔が他の誰かに購入されてしまうこともそうそうは無いだろう。ざっと見
回り、エレオノールの店に寄り、その上で決めればいい。あまり長引かせると恐ろしいこ
とになるとも言われていたが、これくらいなら通常の買い物の範囲内だ。ケチをつけられ
る余地はない。

 まずは手近な店に立ち寄った。
 永久放浪者が貝殻や石を黒い布の上に並べ、ぷかぷかと紫煙をくゆらせている。店の中
で一番高級に見えるのがふかしている煙管というあたりはいかにもな永久放浪者。永久放
浪者がなんであるか分からないわたしも得心がいくというものだ。
「夜市へようこそ小さな魔女さん。石や貝ならなんだって置いてあるよ」
「使い魔にできそうなのはないの?」
「使い魔ね……これなんてどうだい。あの世の石だ」
「ただの丸石にしか見えないけど」
「たったの百万エキューだ。安いもんだろ」
 永久放浪者の例に漏れず、はなから商売をするつもりがないらしい。わたしは黙って石
と貝の店を後にした。

 次の店では敷地いっぱいに鳥かごが並んでいた。どの鳥も拗ねた目つきで俯いている。
小鳥といえば間断なく愛の歌をがなりたてているものだが。
「さあいらはいいらはい、鳥ならなんでも揃ってる、おまけにどこより安い」
 鳥と同じく不景気そうな襤褸を纏った男が、格好とは裏腹な掛け声で呼びかける。
 鳥か。使い魔としては少しありふれている。脚が三本のカラス、鱗で半身を覆われた鶏。
見たこともないものばかりだが、食指が動くほどのものではない。
「使い魔向きの鳥はいない?」
「ついこの前まで鷲獅子がいたんだがね。なんたら子爵とかいうヒゲのおっさんに売れち
まったんだ」
「ワシジシ?」
「頭が鷲で翼の生えた獅子のことさ。獅子より強いし鷲よりも速く飛ぶ。こいつを使い魔
にすれば便利至極なんだが……残念だったね」
「そう」
 気の無い風を装いながらも、内心ではすれ違った宝物への未練に地団太を踏んでいた。
わたしの知る限り、鷲の頭と翼、獅子の身体という特徴を持った生き物はグリフォンをお
いて他にない。グリフォンであればこの上ない立派な使い魔になってくれたはずだ。わた
しの使い魔になるはずだったグリフォンが横合いからさらわれてしまった。どこの髭かは
知らないが、後で目にもの見せてくれよう。

 その店では頭髪の代わりに頭から草を生やしている少女が植物を売っていた。夜市に来
る途中で見た、頭頂部から毒々しい草を一本生やしていた少女の縁者だろうか。
「マリファナ欲しくない? トリカブトなんてどう? これは最近南米で見つかったって
いう癌の治療薬でね……」
「く、く、く、薬!? どんな病気でも治す薬はないの!?」
「そんなものあるわけないでしょう」
「ええっと、そのね……体のどこかが悪くなって、そこを治すとまた別のどこかが悪くな
る……っていう病気」
「あたしはお医者じゃないもの。病気の名前言ってもらわなきゃ分かんないわ」
「名前って……何よ役立たず!」
「あのねぇ。お客じゃないならさっさと帰ってもらえる? 商売の邪魔」
「言われなくたって帰るわよ! 誰がこんな店で使い魔買ったりするもんですか!」
 店側に非が無かったことに気づいたのは、頭に上った血が下りて数分経過してからのこ
とだった。
 草髪の少女には申し訳の無いことをした。他者との折り合いを欠いたまま社会に出ては
爪弾きにされてしまうこと請け合いだ。幸いにも自覚はあるのだから、詫びも兼ねて心を
落ち着けるお茶でも買おう。予算が余ったらという注釈つきで。

 どこよりも盛況な店が棺桶屋というのはどうかと思う。客のほとんどが歩く死体とくれ
ば尚更だ。
 衣服という次元を通り過ぎて久しいであろう布切れを腐りかけた身に纏い、蛆が云々、
皮膚がどうこう、内臓があれこれといった記すにはばかる状態にある亡者達が、整然と並
び立てられた棺桶の前で群れをなしている。時折棺桶屋の店主が出てきて亡者達を追い払
うも、連中はすぐに戻って棺桶の前でぐずぐずとしている。
 元いた場所でこのような光景を目にすれば、逃げるなり叫ぶなり胃の内容物を外に出す
なりしたことだろうが、夜市で見る腐った死体には哀れみを感じるだけだった。
 濁った瞳で棺桶を見る。眠る場所が欲しい。だが金は無い。けして手に入ることのない
宝物を前にして他所へ移る気にもなれない。死んだ後も眠ることさえ許されない悲哀を感
じる。そう思うと、緩慢な動作から愛嬌にも似た可愛げを感じてしまう。
 棺桶を約束すれば簡単に使い魔になってくれそうだ。しかし棺桶の中で眠りっぱなしの
使い魔を手に入れても意味が無い。意味が無い以上、手に入らない寝床に羨望の視線を送
る彼らを見続けるのは悪趣味というものだ。口の中で一言詫びてその場を後にした。

 幟旗に描かれた記号が一つ。初めて見る代物だが、その記号が「刀剣」を意味している
ことが飲み込めた。推理するまでもない。ゴザで剣呑にきらめく刃の数々を見れば誰だっ
て分かる。武器に用事は無いのでちらりと目をやるだけで通り過ぎた。どこからかオレを
買えという声が聞こえたのはきっと気のせいだ。

 普段ならつい長居してしまいがちな装飾品の店。
 洗濯した形跡がない服しか置いていない古着屋。
 不可思議な材質の品々が置いてあるガラクタ屋。
 子供なら喜ぶだろうが、生憎とわたしは子供を卒業したおもちゃ屋。
 美味しそうだが腹の虫に喝を入れてやり過ごした駄菓子屋。
 怪しげ、いぶかしげ、胡散臭げな物を各種取り揃えているものの、わたしが欲している
使い魔は扱っていない。夜市には何でも揃っているはずではなかったのか。脚を筆頭にし
て肉体は疲れ果て、慣れない事ばかりで精神も疲弊している。水分と栄養を補給したい。
それが無いとしてもせめて腰を下ろして休息したい。
 わたしが「使い魔屋」を発見したのはそんな時だった。

 他の店とは違い、使い魔を店頭に並べているわけではない。ではなぜその店が使い魔屋
であると知れたのか? 答えはいたって単純、立て看板にそうしたためられていたからだ。
幾百もの言語が延々と並んだ中、よく見知ったハルケギニアの公用語を認めた時、それが
どれだけ嬉しかったことか。しかもその内容が使い魔屋であると知った時、わたしの嬉し
さは歓喜から至福へと昇華されたのだ。

「ちょ、ちょっと! この『使い魔屋』って本当!?」
「……ああ」
 首に物々しい縫い跡のある無愛想な男が、えらく物憂げに首肯した。その言を受けて店
先を見渡すが、肝心の使い魔らしき影はどこにも見当たらない。ずらずらとぶら下がった
札のようなものがあるだけだ。
「どこに使い魔がいるのよ?」
「……そこに書いてあるだろ。品書きと注文書を兼ねている……」
 物憂げというよりは陰気臭い態度でそう言った。
 見れば、札の一枚一枚に恐ろしく細かい文字で説明書きのようなものがある。九分九厘
は未知の言語だったが、立て看板と同じく、ごく自然な形で公用語も紛れていた。
「本当に、本当に使い魔屋なのね?」
「……そうだ」
 ふむ。よく考えてられている。他の店に比べて商売の方法が洗練されている。このやり
方であればより多くの商品を扱うことができるわけだ。興奮のあまり上滑りしがちな頭で
考えた。
 深呼吸を一度。深呼吸を二度。深呼吸を三度。落ち着こう。落ち着いて探そう。目当て
の店に行き着いたのは行幸だが、ここでハズレを引いてしまえばその幸運もふいになる。

 なになに……平安時代に生きる陰陽師? どういう意味だろう。
 こちらはクレステリアの暗黒魔法使い……カトハの魔界に住まう魔王の子……第七世界
の年若き魔女……サンティケイブの邪神を退治することになる勇者……倶裡阿陀のアルキ
ー見習い……なんたかかんたらのどうたらこうたら……云々のかんぬん……あれのこれ……
どれのそれ……どれもこれも意味からして分からない。
 できたらわたしでも分かる境遇にある者がいい。文化の違いは軋轢を生み、軋轢は争い
を生む。トリステインとまでは言わないが、ハルケギニアで暮らす使い魔を呼び出したい
ところだ。ハルケギニア、ハルケギニア、ハルケギニア……。
 うん? アルビオンで孤児の世話をして暮らすハーフエルフの少女? ハーフエルフか。
人間の血が混ざっていれば、エルフ特有の凶暴性も多少は抑制されているかもしれない。
先住の魔法は強力極まりないものが多いと聞くし、エルフの秘薬を使えば姉さまの病気だ
って……。問題があるとすれば孤児と暮らしている点か。頑是無い子供達から保護者を奪
い去るのは流石に気がひける。姉さまも悲しみはすれ喜びはすまい。
 他のもの、他のもの……桃色の髪を持つメイジ見習いの少女? 魔法が常に失敗するこ
とを気に病んでいる公爵家の次女……どこかで見たような気がする。しかし本人の承諾無
しで売り物にされることもないだろうから他人の空似か。
 おっとこっちにもう一つ……従兄弟の才能と裏切りへの不安に押し潰されかかっている
ガリアの王女……ガリアの王女!?
「ちょ、ちょっと! これ本当なの!?」
「……何度も聞くな」
 店主の無礼な態度をとがめるだけの余裕はない。頬に熱が溜まり、額から汗が滴り、髪
の毛が乱れに乱れた。興奮がさらなる興奮を呼び、感情の高まりは極地に達しようとして
いる。
 ガリアといえばハルケギニア随一の大国だ。マジックアイテムに関する技術ではトリス
テインをしのぐと聞く。そんな国の王女を使い魔にすれば、金銭的な面でも技術的な面で
も多大な協力をあおぐことが可能になり、それによって姉さまの病を癒してさしあげ
る……前に空前絶後の外交問題になってヴァリエール家は断絶の憂き目に……いやいやい
や、そうではない。店先に並んでいるということは、本人が使い魔になることを承諾して
いるということだ。それならば……いや、それでも外交問題になる気がする。しかしこれ
だけのチャンス、逃してしまえばもう二度と……。

 悩みあぐね、自分の中に没入しようとしていたわたしは、肩に置かれた掌の感触で現実世
界に引き戻された。その硬さ、分厚さ、無骨さ、全てに覚えがあり、しかも記憶が新しい。
もう一つ付け加えるとすれば、新しい上に忌まわしい。
「いようチビ。探したぜえ」
 ヨダレを垂らさんばかりの凶悪な笑顔を浮かべ、オーク鬼がわたしを見下ろしていた。


新着情報

取得中です。