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使い魔を買いに-04


 闇が割れた。
 表現としては詩的だが、あくまでも散文的な意味合いで闇の黒色が薄まった。
 オーク鬼という明確な危機からわたしを救い出そうとしてくれる救世主に対し、乙女心
という濾過装置を通して見た結果、そのような錯覚を感じてしまったわけではない、はず
だ。その女性が登場することで、確かに闇の黒色が薄まった。
 躊躇することなく歩を進め、闇と同じ色のスカートを揺らめかせて年若い女性が近寄っ
てくる。腰に提げた短杖は彼女がメイジであることを示し、ところどころがひび割れ、柿
色に日焼けした木の肌が、メイジとしての年季を如実に物語っていた。

 踵の高いミュールを鳴らし、オーク鬼の前にまで来ると腰に手を当て相手を見上げた。
それだけで言い寄る男もいそうなくらいに見事な色艶のブロンドと同じ色の柳眉を逆立て、
「出かけたと思ったらこんなところで女の子相手に油売り? 何様のつもりよ」
「いやいやいやいや、違うんだよ」
 オーク鬼の語調から怒気が失せている。わたしの挑発により赤みがかっていた顔色も元
に戻っていた。
「あんたは見てなかったから知らねえだろうが」
「あんた?」
 薬指の先で眼鏡の縁を持ち上げるその仕草は反論を許さない。
「あ、いや……姐さんは見てなかったから知らねえだろうが、このガキから先につっかけ
てきやがったんだ。オレぁむしろ被害者なんだぜ?」
 鎧兜に身を固め、二メイルを超える巨体を有し、野生動物の俊敏さと精鋭兵の手練、鬼
の腕力を合わせ持つオーク鬼の傭兵が、一見柔弱にも見える一人の女性に押されている。
 わたしはふわふわと夢見心地で傍観していた。確かな実力に裏打ちされた自信が啖呵を
小気味よくしているのか。ただ感情に任せて喚くだけのわたしとはものが違う。
 安っぽい言葉で言い表すとすれば、姉さまとは別の意味でのわたしの理想がそこにいた。

「だったら何よ。それくらい笑顔で受け止めてあげればいいじゃない。お客様は神様だっ
て商いの基本をお忘れ?」
「いや、だけどよ」
「だけども何も無いよ使い走り風情が。あんたの仕事はここじゃなくて出張先でしょう。
それ以上口答えするようなら借金倍に増やすからね」
「そ、そりゃ無法ってもんだ」
 なるほど、金貸しと債務者の関係だったのか。それにしても強気が過ぎる。
「どっちが無法だか。暗がりで女の子をいじめたりして」
 まくし立てながら、わたしとオーク鬼の間に割って入った。
「あんたが夜市から裁かれるようなことになってみなさい。こっちにだってどれだけ迷惑
がかかってくるか」
 わたしの手をとり、引き寄せる。
 胸ポケットから取り出したハンカチでゴシゴシと顔を拭われた。見るからに子ども扱い
だが、オーク鬼の時とは違い、不思議と逆らう気になれない。されるがままに顔の泥を綺
麗に落とされ、ついでに涙の跡までふき取られた。
「ごめんなさいね。うちの馬鹿、本当に馬鹿でのろまで乱暴者で。夜市の中でぐずぐずす
るなって口を酸っぱくして言い聞かせてきたのに聞きゃあしない。後でお仕置きしておく
から許してね」
 髪についた土埃をはたかれ、服の乱れを整えられ……本当に子ども扱いだ。
「ほら、あんたはさっさと仕事に行く! そんな所で突っ立ってたら百年たっても借金が
減らないよ!」
 オーク鬼の巨大な尻を蹴飛ばし、わたしの手を引きさっさと歩く。

 強引だ。だが逆らえる気がしない。オーク鬼を圧倒しているから? 違う。もっと根本
の部分で逆らえないような気がする。出会ったばかりのこの人に頭が上がる気がしない。
どこかで会ったような……しかしこれだけ印象的な人間を思い出せないわけがない。
「あまり慣れていないようだけど、夜市は初めて?」
 眼鏡の淵が闇を受けて銀色に光った。
「ああいう手合いは少なくないから気をつけてね」
 握られた手が温かい。この温もり、やはり覚えがある。初対面のはずなのに。
「私の名前はエレオノール。あなたは?」

「えっ……ルイズ」
「ルイズね。いいお名前」
 後ろを振り返ると、すでにオーク鬼は見えなくなっていた。貸主にせっつかれて仕事に
出たのか、それとも闇に隠れてしまっただけか。どちらにせよ二度と会わないことを祈る。

 後方が暗くなるに従って前方がひらけてきた。おとぎ話に出てくる鬼火じみた青い光が
目に入る。あれが夜市?
「今日のご用事は?」
「えっと、あの、わたし、使い魔を召喚しようとして、それで」
「ああ、使い魔を買いにきたのね」
 半ば駆けるように進めていた脚の動きを緩め、手をつないだまま、エレオノールはわた
しの横についた。まるで仲の良い姉妹が散歩をしているかのような状態になり、ここでわ
たしはようやく気がついた。
「そうよね、あなたみたいな魔法使いさんなら使い魔は必須だものね」
 闇の中でもそれと分かる美しいブロンド。若干釣りあがった眼が確かな意志を感じさせ
る。体積にして数倍はあるオーク鬼をものともしない勝気な態度に、どちからといえば細
身の体。間違っても口には出せないが、控えめな胸周り。黒を基調とした服装。
 あらゆる点で対極にあるが、それでもわたしは思わずにいられなかった。
「実はわたしも夜市で店出してるのよ」
 この人は、姉さまに似ているんだ。
 何も似ていないのに似ているとはおかしな話だが、似ているものは似ているのだから仕
方がない。雰囲気が似ているというわけでもない。では何が似ているのかというと……分
からない。強いて言うとすれば、けして強く出ているわけでもないのに逆らいがたいとこ
ろだろうか。

 わたしが没意義な考え事に精を出している間にも、夜市と思しき灯りがずんずんと近づ
いてくる。そうだ、肝要な事はエレオノールと姉さまの共通点ではない。エレオノールが
夜市で店を出しているという一点だ。
「あの……夜市って……ええと、その……何なんですか?」
 少しだけ悩んだが、敬語を使うことにした。助けてもらったということだけではなく、
使い込んだ杖から推測されるメイジとしての力量、服の仕立てや眼鏡、換金性の高そうな
装身具等から平民ではないであろうことを推し量ってのことだ。命の恩人を値踏みしてし
まう自分のせせこましさが哀しい。
「夜市は夜市でしょ。読んで字のごとく夜の市場」
 説明になっていない。
「そうじゃなくて」
「取り扱うものは不可思議な物からつまらないガラクタまで。店主は基本的に人間じゃな
い。客にはたまに人間がいる。でもほとんど人間じゃない。例えばルイズちゃんみたいな
魔法使いとかね」
 メイジも人間の範疇に入ると思うが、わたしは人間ですなどと言って恐ろしいことにな
っても困るので黙っていることにした。それよりも質問だ。
「ルールがあるとかそういう……」
「ああ、ルールね」
 この点は絶対に確認しておかなければならない。オーク鬼がルール云々と言っていたの
は忘れていない。種族単位のルール破りで知られたオーク鬼が気にするくらいだから相当
なものだ。
「そうねえ。盗んじゃいけないとか、殺しちゃいけないとか。詐欺も駄目だね」
「だからそうじゃなくて! 夜市独特のルールが知りたいんです」
「夜市が嫌うようなことをしちゃいけないってのがルールになるわね。逆に言えば、それ
以外のことなら何したってかまわない」
「夜市が……嫌う?」
「そう。虎の客が小鹿の店主を食べるようなことがあっちゃ困るでしょ? 夜市はちょっ
と特殊な客、ちょっと特殊な物を扱う市場として、粛々と運営していくことを望んでる」

 ここでようやくオーク鬼がわたしを食べなかった謎が解けた。蝙蝠から吸血鬼まで参加
する市場であれば、そのような決まり事があるのも頷ける。しかしエレオノールの説明に
一つだけ気になることがあった。
「夜市って生きてるんですか?」
「そりゃもちろん夜市だからね」
 やはり答えになっていない。
「どこにあるんですか?」
「どこでもないどこか」
 とりあえずハルケギニアのどこかではあるのだろう。今はそれで充分だ。
「夜市自体は動かないけど、入り口はいろんなところを移動してるらしいわよ。ルイズち
ゃんもそこから来たのよね?」
 材料が揃いつつある。臆断が推断に変わろうとしている。
「ここから帰る方法って……」
「用事さえすませば夜市が送り帰してくれる。ただし」
 エレオノールの表情が変化した。恐ろしげ、おどろおどろしい雰囲気を出そうとしてい
るが、根本の部分ではおどけている。妹にせがまれた姉が曰くありげな怪談を話してやる、
そんな表情だ。
「何も買わずにグズグズしてると夜市に取り込まれる。気をつけてね」
 どこまで本当かは分からないが、夜市が生き物である以上はそんなこともあるのかもし
れない。せいぜい心に留めておこう。

 さて、情報が集まった。
 わたしはサモンが失敗した結果ここに飛ばされたと思っていた。だがそれは乏しい材料
から無理やりに導き出した推測であり、エレオノールの説明やオークの台詞などを加えて
考えれば当然結論も違ってくる。わたしは移動したのではなく、夜市の入り口を召喚して
しまったのでは? サモン以外は爆発、サモンは転移という形で失敗する、というのは今
考えてみると少々無理がある。それよりは夜市を――正確にはその入り口を――召喚した
と考える方がしっくりくる。市場とはいえ、生きているのだから。

 もしそうだとすれば、わたしの人生で初めて呪文が成功したという記念すべき事態を迎
えているわけだが、市場を使い魔に……というのはちょっと御免こうむりたい。秩序だっ
た市場運営を目指している夜市としても本意ではあるまい。使い魔になってしまえば、ま
ず市場としての機能を果たせない。強引に契約したとしても、確実に夜市の機嫌を損ねる
ことだろう。そうなれば、オーク鬼やエレオノールでさえ恐れる夜市の力が闖入者たるわ
たしに向けて振るわれることになる。論外だ。
 そもそもわたしが呼び出したものはうつろう入り口であり、夜市そのものではない。夜
市は動かないし動かせない。勝手気ままに居場所を移す入り口だけを使い魔にしてわたし
に何のメリットがあるというのか。ツェルプストーやマリコルヌにも笑われる。

 では契約はできないのか? サモンを成功させたものの、呼び出したものがあまりに埒
外だったため、わたしの力量では押さえつけることができず、このまま適当な物を購入し
てスゴスゴ帰らざるをえないのか? そうは思いたくないというか思わない。これはサモ
ン・サーヴァントの解釈の問題だと思う。
 夜市の入り口を召喚した。人間ではまず行くことができない不可思議な市場だ。当然市
場には人ならぬ存在が闊歩している。闊歩しているどころか店頭に並んでいることだって
あるだろう。それらも全てひっくるめての夜市だ。夜市を召喚したということは、中の者
も同時に召喚したということになる。

 エレオノールの言っていた言葉を思い出す。「ああ、使い魔を買いにきたのね」これだ。
夜市の中の者もわたしに召喚された。ということは、わたしと契約することができる。た
だし誰でもいいというわけにはいかない。店主や客を捕まえて契約するなどという行為を
夜市が気に入るとは思えない。無法な真似は、災いという形でわたしに返ってくることだ
ろう。
「ルイズちゃん」
 だが夜市の法に従って購入した生き物と契約を交わすのであれば? 客に対しても店主
に対しても夜市に対してもわたし自身に対しても引け目が無い。大手を振って学院に帰還
を果たすことができる。
「ルイズちゃん?」

 他の人間が無料で使い魔と契約する中、わたしだけが金銭を必要とするのは業腹だが、
選択肢の多さは他の追随を許さない。洪水の誰かさんのように、丸っこくてヌメヌメして
いて気色の悪い水棲生物を使い魔にすることもない。
「ルイズちゃんってば」
 これはわたしが他者に比べて劣っているのではなく、あくまでも他者とは違っていると
いうことだ。他者とは違う形でサモンを成功させ、他者とは違う形でコントラクトも成功
させる。使い魔を手に入れるため対価を支払うというのも立派な個性。
「ルイズちゃん!」
 始祖ブリミルよ、わたしのようなゼロのルイズにもチャンスをお与えくださりありがと
うございます。この機会を逃すことなく、見事……。
「ル! イ! ズ!」
「……え?」
「何を考え事してるのよ。何回話しかけても上の空なんだから」
 自分の世界へこもってしまう。それは自覚している悪癖だが、自覚しているからといっ
て改められるわけではない。

 足が止まっていることに気づいた。
 辺りが薄明るくなっていることに気づいた。
 自分達のいる場所が、道程ではなく、すでに目的地だったことに気づいた。
 目で見、鼻で嗅ぎ、肌で感じ、ああ、所謂市場とは違うんだな、と思った。
 金臭さ、薬臭さ、土や植物の匂い、香料、染料、各種香辛料に人の汗や果物の匂い、そ
れら既知の物をはるかに上回る量の未知の匂いが混ざり合って混沌としている。市場一つ
があらゆる匂いを網羅していて、エレオノールの言っていた「夜市ではなんだって売って
いる」という大袈裟な謳い文句に真実味を与えていた。
 幾本かの棒を組んで作られた簡易的な篝火。太い木の枝にぶら下げられたランタン。ゆ
らゆらと宙で揺れる鬼火。石に立てかけられた松明。それぞれの店舗が必要と思われるだ
けの灯りを使っているせいで、ぼんやりとした照明が点在している状態にある。自然、そ
れぞれの店もぼんやりとしか見えないことになり、獣ならざるわたしの目では大まかな形
を見て取る程度しかできない。
 客の入りはごく寂しく、市場特有のざわめいた空気、喧騒めいたものが取り払われてい
る。とるにたらない些事で盛り上がる常連と店主、買い叩こうとする者、素性の悪い客を
適当にあしらう故売屋、冷やかしを追い払う苛立った声……それら市場の活気を形作る騒
音が無い。

 聞こえるのはどこからともなく耳に入る歌ばかり。声に聞き覚えがある。この声は……
道で出会った蝙蝠だ。空を飛ぶ二匹の蝙蝠が、甲高い声で交互に歌を歌っている。曲調か
ら判ずるに、どこかの地方の童歌だろうか。まるでわたしの燦然たる未来を祝ってくれて
いるようで、少なからず興奮してきた。
 世界最高の使い魔を買って帰ろう。事が事だけに、父さまだって一万エキュー……は無
理にしても、八千……いや五千……うん、三千エキューくらいは出してくれるはずだ。わ
たしは使い魔と力を合わせてアカデミーに入る。アカデミーで成果をあげて、姉さまの病
気も癒してさしあげる。もう誰もゼロのルイズなどという二つ名で呼んだりはしない。

「イキハヨイヨイカエリハコワイ……」
「コワイナガラモトオリャンセ……」
「トオリャンセ……」


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