ゼロの魔人――1話
少女は、爆風に乱れ、焦げてしまった、
桃色の艶やかなブロンドを気に留めるでもなく。
振り下ろした杖が消し炭と化し、
爆裂四散した事に気を病むでもなく。
爆発の衝撃で煤に塗れ、割れてしまった綺麗な爪の痛み、
ボロボロの衣服に気が立つでもなく。
まして、幾人かの親しくも無い学友が、
先の爆発に巻き込まれ昏倒している事に気が差すでもなく。
唯、目前に広がる結果に嬉嬉と、不安をない交ぜした様な、
何とも形容しがたい感情に囚われ、戦慄いていた。
桃色の艶やかなブロンドを気に留めるでもなく。
振り下ろした杖が消し炭と化し、
爆裂四散した事に気を病むでもなく。
爆発の衝撃で煤に塗れ、割れてしまった綺麗な爪の痛み、
ボロボロの衣服に気が立つでもなく。
まして、幾人かの親しくも無い学友が、
先の爆発に巻き込まれ昏倒している事に気が差すでもなく。
唯、目前に広がる結果に嬉嬉と、不安をない交ぜした様な、
何とも形容しがたい感情に囚われ、戦慄いていた。
今日は、トリステイン魔法学院に於ける春の使い魔召喚の儀式その日であり、
今後の魔法使いとしての属性を固定。専門課程への移行。
更には、二年への進級試験も兼ねる重要な役割を担うものである。
例年通り執り行われたそれは、稀に見る優秀な成果を呈し。
一抹の心配事を内包するも、つつがなく儀式は進行していった。
そして、此度の担当教員、額の後退も著しい中年の男コルベールは、
召喚儀式最後となる生徒の名を呼び上げる。
今後の魔法使いとしての属性を固定。専門課程への移行。
更には、二年への進級試験も兼ねる重要な役割を担うものである。
例年通り執り行われたそれは、稀に見る優秀な成果を呈し。
一抹の心配事を内包するも、つつがなく儀式は進行していった。
そして、此度の担当教員、額の後退も著しい中年の男コルベールは、
召喚儀式最後となる生徒の名を呼び上げる。
「ではミス・ヴァリエール、前へ」
「はいッ!」
「はいッ!」
呼ばれて少女は、桃色のブロンドを揺らし、その鳶色の瞳を決意の炎に燃やして、
意気揚々と広場の中央に踊り出た。
そして、同時に蔑みと嘲笑が巻き起こる。
しかし少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、
外野の物言いを燃料に殊更燃え上がり、朗々と召喚の呪文を詠唱した。
意気揚々と広場の中央に踊り出た。
そして、同時に蔑みと嘲笑が巻き起こる。
しかし少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、
外野の物言いを燃料に殊更燃え上がり、朗々と召喚の呪文を詠唱した。
“ゼロのルイズ”
つまりは、魔法成功率ゼロの蔑称。
コルベールは喧騒を諌めながら、それを見守っている。
コルベールは喧騒を諌めながら、それを見守っている。
(見てなさいッ! アンタ達なんかとは次元の違うッ!
神聖でッ! 気高くッ! 美しいッ!
ハルケギニア史上最強にしてッ!
至高の使い魔を喚んでやるんだからッ!)
神聖でッ! 気高くッ! 美しいッ!
ハルケギニア史上最強にしてッ!
至高の使い魔を喚んでやるんだからッ!)
唱え上げる呪文に、あらんかぎりの願望と欲望を練り込め、
掛け声と共に力の限り杖を振り下ろす。
掛け声と共に力の限り杖を振り下ろす。
――ルイズは正気を取り戻した。
失敗かと思われた禍禍しく、青黒い放電を纏った大爆発は漸く静まり、
突き出していた、脈打ち疼く指先を意識せず庇いながら、面前に佇むそれを値踏みする。
失敗かと思われた禍禍しく、青黒い放電を纏った大爆発は漸く静まり、
突き出していた、脈打ち疼く指先を意識せず庇いながら、面前に佇むそれを値踏みする。
(成功……した? なにこいつ? 平民?
あの身体中の斑紋様はなに? なんで上半身裸なわけ?
何処の辺境から来た部族よ?
えっ? 首の後ろ……ツノ?
えっ? オーク? 亞人なの?
こんな幻獣や魔獣、見た事も聞いた事も……あぁーもぉーッ!!)
あの身体中の斑紋様はなに? なんで上半身裸なわけ?
何処の辺境から来た部族よ?
えっ? 首の後ろ……ツノ?
えっ? オーク? 亞人なの?
こんな幻獣や魔獣、見た事も聞いた事も……あぁーもぉーッ!!)
「アンタなんなのッ?!」
言葉尻もぶっきらぼうに、沸き立つ怒りを、己が目睫の先に立ち尽くすそれへぶつけた。
一見すれば青年の様であるそれは、その肢体を覆い尽くす呪咀的なラインの刺青。
首の後ろから飛び出る黒く不気味な、鋭い突起物。
そして全体から滲み出る妖婉な雰囲気が、正体の判別を更に難航させる。
ルイズは、何も応えないそれにやきもきしながら、次いで言葉を投げつけようとして阻まれた。
一見すれば青年の様であるそれは、その肢体を覆い尽くす呪咀的なラインの刺青。
首の後ろから飛び出る黒く不気味な、鋭い突起物。
そして全体から滲み出る妖婉な雰囲気が、正体の判別を更に難航させる。
ルイズは、何も応えないそれにやきもきしながら、次いで言葉を投げつけようとして阻まれた。
「僕の名は人修羅……魔人、人修羅」
「ッア……なんだ、ちゃんと喋れるんじゃない。“ヒトシュラ?”って、変な名前。
アンタ魔人なの? 通りで見た事も聞いた事も無いはずだ……わ?」
「ッア……なんだ、ちゃんと喋れるんじゃない。“ヒトシュラ?”って、変な名前。
アンタ魔人なの? 通りで見た事も聞いた事も無いはずだ……わ?」
油断していたのだろう。
地を丸出しに、自然と受け答えながらルイズ。
月まで吹き飛びそうな意識の手綱を引き絞り、
今し方聞いた言葉の意味を、自慢の頭脳総動員で以て咀嚼する。
地を丸出しに、自然と受け答えながらルイズ。
月まで吹き飛びそうな意識の手綱を引き絞り、
今し方聞いた言葉の意味を、自慢の頭脳総動員で以て咀嚼する。
(良かったぁ、平民じゃ無いのね。
ヒトシュラって、なんかダサいけど、この際まぁ良いわ。平民じゃ無いんだし。
ところで平民じゃ無かったらなんなの?
……そう魔人よ。コイツが自分で、そう云ったじゃないッ!
じゃあ魔人ってなに?
そのくらい知ってるわ。神話や伝承に登場する神にも近しき存在よッ!
じゃあ、この目の前に居るコイツはなに?
そんなの決まってるわッ! 私が呼び出した神にも近しき使い魔よッ!
ヒトシュラって、なんかダサいけど、この際まぁ良いわ。平民じゃ無いんだし。
ところで平民じゃ無かったらなんなの?
……そう魔人よ。コイツが自分で、そう云ったじゃないッ!
じゃあ魔人ってなに?
そのくらい知ってるわ。神話や伝承に登場する神にも近しき存在よッ!
じゃあ、この目の前に居るコイツはなに?
そんなの決まってるわッ! 私が呼び出した神にも近しき使い魔よッ!
嘘……でしょ?……)
「ミスタ・コルベ――」
ルイズは、己の許容量を容易く崩壊させる事態に助力を求めるべく、
教員の名を呼びかけて、周囲の異変に気付いた。
突如として現れた伝説的存在に、羨望と疑惑入り乱れる喧騒の最中、
魔人を中心として、一触即発の空気が立ちこめているのだ。
実力上位の生徒は然る事ながら、コルベールに至っては、日頃の温厚な表情を忘れる程に、
険しい表情で顔をしかめ、今にも飛び掛からんばかりである。
ルイズは唐突に理解した。
己の喚びだした魔人を御せなかった後、訪れるであろう惨劇を。
魔人と云う強大で未知な存在に、気後れてる場合では無い事を。
教員の名を呼びかけて、周囲の異変に気付いた。
突如として現れた伝説的存在に、羨望と疑惑入り乱れる喧騒の最中、
魔人を中心として、一触即発の空気が立ちこめているのだ。
実力上位の生徒は然る事ながら、コルベールに至っては、日頃の温厚な表情を忘れる程に、
険しい表情で顔をしかめ、今にも飛び掛からんばかりである。
ルイズは唐突に理解した。
己の喚びだした魔人を御せなかった後、訪れるであろう惨劇を。
魔人と云う強大で未知な存在に、気後れてる場合では無い事を。
(チョチョチョ……チョット皆、私の使い魔をどうする気よッ!
だッ……大丈夫よルイズ。自分で喚びだしたんじゃないッ!
きっと上手くいく。神にも近しき存在がなによッ!
カカカ軽く、傅かせてみせるんだからッ!)
だッ……大丈夫よルイズ。自分で喚びだしたんじゃないッ!
きっと上手くいく。神にも近しき存在がなによッ!
カカカ軽く、傅かせてみせるんだからッ!)
「ちょっとアンタッ!」
一際大きな声を上げ、魔人との距離を一気に詰め寄ると、
視界の隅で狼狽する、頭髪寒々しい教員の事は歯牙にもかけず、言葉を続ける。
視界の隅で狼狽する、頭髪寒々しい教員の事は歯牙にもかけず、言葉を続ける。
「アンタは私が喚びだした使い魔なんだからッ! 早く私の前に跪きなさいッ!」
一部の生徒とコルベールは凍り付いていた。
触れてはならぬ逆鱗に、剰えド級の破壊魔法を打ち込んだのだ。
天に御座す神も許してはくれまい。魔人ならば尚更の事だろう。
しかし、皆々の不安は良い意味で裏切られ、一同は愕然とした。
魔人が跪いたのだ。
その赤く揺らめく漆黒の瞳からは、憤り、憂い、共に無い事が窺い知れる。
ルイズは気を落ち着かせると、徐に予備の杖を抜き出し、召喚時と同様の調子で、契約の呪文を詠じた。
触れてはならぬ逆鱗に、剰えド級の破壊魔法を打ち込んだのだ。
天に御座す神も許してはくれまい。魔人ならば尚更の事だろう。
しかし、皆々の不安は良い意味で裏切られ、一同は愕然とした。
魔人が跪いたのだ。
その赤く揺らめく漆黒の瞳からは、憤り、憂い、共に無い事が窺い知れる。
ルイズは気を落ち着かせると、徐に予備の杖を抜き出し、召喚時と同様の調子で、契約の呪文を詠じた。
(マッ……魔人に初めてのキスを捧げるなんて、
なんだか凄い悪い事してるみたい)
なんだか凄い悪い事してるみたい)
胸中の検討違いな考えとは裏腹に、主従を契る口付けも滞り無く終り、
魔人の左手には、契約の証し足るルーンが刻まれる。
魔人の左手には、契約の証し足るルーンが刻まれる。
「終りました」
水を打った様に静まり返った広場に、儀式終了の言葉が響く。
唖然としつつも顛末を認め、いち早く我に返ったコルベールは、
しどろもどろにルーンを確認した。
唖然としつつも顛末を認め、いち早く我に返ったコルベールは、
しどろもどろにルーンを確認した。
「ふむ……こッ……これは珍しいルーンですね。その刺青も……あぁーいゃ失礼ッ!
さッ……さぁ皆さん、儀式は終了です。速やかに教室へ――」
さッ……さぁ皆さん、儀式は終了です。速やかに教室へ――」
責任者である職務を全うするコルベールの声を受け流し、
ルイズは再び、使い魔に目を向けようとする。
しかし、己が全身から、赤い光の粒を噴き出している事に気付き、
手足を見やり、それを観察した。
ルイズは再び、使い魔に目を向けようとする。
しかし、己が全身から、赤い光の粒を噴き出している事に気付き、
手足を見やり、それを観察した。
「なに……これ?……」
徐々に収束されたそれは、魔人の佇む其処へ光の川となり流れ、
少女の視界は突如、暗転する。
朦朧とする意識の中で凛とした声を聞きながら。
少女の視界は突如、暗転する。
朦朧とする意識の中で凛とした声を聞きながら。
「僕の名は魔人、人修羅……今後とも宜敷く……ルイズ」