あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

虚無の王-22-2


 一同は風竜で帰還した。
 空が施した応急処置。そして水メイジならぬ身の不慣れな治癒魔法で良しとするには、ロングビルの負った傷は深過ぎた。
 馬車を置き去りにする羽目になったのは、止むを得ない所だ。
 盗まれさえしなければ、後で誰かに回収して貰う事も出来るだろう。
 一人の教師に命じて圓月杯を宝物庫に戻すと、オスマンは報告を求めた。
 ロングビルがフーケであった事実は、老学院長に少なからぬ衝撃を与えた様だった。

「美人だったもので、何の疑いも無く秘書に採用してしまった」
「どちらで採用されたんですか?」

 聊か思慮の無い独白に、ルイズは当然の質問を返した。

「街の居酒屋じゃ。わしは客で、彼女は給仕じゃった」

 オスマンが語った事の経緯と採用の理由――――愛想良く酒を勧め、散々におだてあげては媚びを売りに売り、ついには少々おいたをしても怒らない――――は、それなりに男の浪漫を含んでいたが、それ故に、年頃の女生徒には決して理解されない物だった。
 ルイズは軽蔑的な目線で沈黙を守り、キュルケは呆れ返り、ギーシュは紳士らしい謹みでコメントを避ける。タバサは窓の外を眺めて、ただ一言呟いた。

「死ぬには手頃な日」

 何時が?誰にとって?
 それは語るまでも無い事だった。
 オスマンは態とらしく咳を払い、厳めしい顔を取り繕った。

「さて、君達は良くフーケを捕らえ、“圓月杯”を取り戻して来た」

 フーケ=ロングビルには医務室で治療を施している。
 城の衛士にも報告を送ってあるから、今日の内にも引き取りに来るだろう。

「それにしても、フーケは何故、学院に戻って来たのでしょう?」

 そのまま逃げていれば、こうして捕縛される事も無かった筈だ。

「さてのう……」

 ルイズの疑問に、オスマンも首を捻る。
 まあ、その辺りは、衛士なり判事なりが聞き出すだろう。取り立てて気にする事でも無い。

「君達の“シュバリエ”の爵位申請を王宮に出しておいた。追って沙汰が有るじゃろう」

 その言葉に、ルイズは目を輝かせた。帰省前、家族に最高の手土産が出来た。
 ギーシュとキュルケも、同じ様に喜悦の表情を浮かべている。
 既にシュバリエであるタバサには精霊勲章を申請した、と言う。
 嬉しいのか、どうでも良いのか、鉄面皮の少女はいつもながらに無反応だった。
 と、ルイズの目に、自分以上に嬉しそうな空の顔が止まった。

「オールド・オスマン。あの……空には何も無いんですか?」
「残念ながら、彼は貴族では無い」
「なーんも要らへん!なーんも要らへん!」

 空は陽気に手を叩いた。
 いかなる恩賞も得られなかった異邦人は、この場の誰よりも御機嫌だった。

「ルイズの栄達はワイへの御褒美同然やろ。こんな嬉しい事、あらへんっ」
「さてと、今夜は“フリッグの舞踏会”。今日の主役は君達じゃ。せいぜい着飾るのじゃぞ」

 一同は一礼して立ち去る。

「ああ、ミスタ・空。少しいいかね?」

 オスマンは空を呼び止めた。

「ああ、ルイズ。先行っとってや。女の子は色々と時間かかるやろ」
「あんたも、ちゃんと準備しなさいよ」

 ルイズは一言言い置いて、立ち去った。
 学院長室には、空とオスマンだけが残された。
 オスマンは厳めしい顔のままだが、相変わらず、とは違った。少なくとも、それは取り繕った表情では無い。




「で、なんやオスマンの爺さん?」
「なに、ちと昔話を聞いて欲しくての」
「は。雪ん子やないけど、ホンマ今日死ぬんと違うか?」
「あの“圓月杯”を手に入れた時の話じゃ」

 空の悪態を無視して、オスマンは続けた。
 30年前の出来事だ。
 森を散策していたオスマンは、ワイバーンに襲われた。
 その危機を救ってくれたのは、一人の少年だ。
 一体、どんな技術を用いたのか判らない。ただ、彼が走り抜けただけで、恐るべき怪物は地面に墜落、そのまま動かなくなった。
 よく見ると、少年は傷だらけだった。オスマンは学院に招待した。
 少年は傷が癒えるまでの間、逗留した。
 立ち去る際、礼として置いて行ったのが圓月杯だ。

「彼は言っておったよ。遠い未来に現れるであろう、全てを背負って尚、飛べる翼を持つ者の為、自由と言う言葉の本当の意味を識る者の為に、わしにあの“圓月杯”を託す、と」
「詩的な奴っちゃ。で、その阿呆の名前は?」
「“石の王”キリク」

 思った通りの名だった。そして、恐らく自分の知るキリクでは無いだろう。
 タルブに没したと言う“渡り鳥”同様、平行世界の人間だ。

「彼はこうも言っておった。八人の“王”に一人、極めて危険な男が居る、と」

 あの男が欲していたのは、大空でも自由でも無い。ただ己一個の欲望だ。
 そのためだけに、あの男は全ての者達から大空を、自由を奪い去ろうとした。
 自分はそれを阻む為に戦ったのだ、と。
 その言葉を、空は黙って聞いていた。
 どこの世界に行っても、自分とあの生真面目一本な堅物は、対立する運命に有るらしい。
 水と油。とことん合わないのだろう。

「で、そのキリクは、どこ行ったんや?」
「東へ行く、と言っておったよ。そちらに、元の世界へと帰る手掛かりが有りそうだから、と」
「なるほど。やっぱり東かい……しっかし、爺さんも意地悪いのう。そう言う話有るんやったら、もっと早う教えてくれても、ええような物やったんと違うか?」

 自分が元の世界に帰れる様、協力する。元々、大して当てにはしていた訳では無い。
 だが、こうも重大な情報を隠していたとあっては、約束を守る気が無い以前に、妨害の意図さえ持っていたかの様ではないか。

「わしも歳でな。今まで忘れとったんじゃ。悪く思わないでくれ」

 全く悪びれた様子も無く、オスマンは言った。

「所で、ミスタ・空。君は元“王”じゃったな」
「せや」
「何の“王”だったのかね?」
「前も言うたやろ。“空の王”や。実際には、“空の王”に最も近い、止まりやったけどな」

 話は終わった。空は一礼して、車輪を返した。

「ミスタ・武内」

 ドアノブに手をかけた時、オスマンが言った。
 空は扉を開けて、辺りを見回したが、どこにも人影は無かった。

「……誰も居らんへんで?」
「そうか。気のせいじゃったか。今夜の舞踏会。君も楽しんでくれたまえ。ミスタ・空」




 空は学院長室を後にした。
 全く、偶然とは有る物だ。ルイズに召喚されて以来、自分は『空』としか名乗っていない。
 ただの気紛れで、特に理由は無かった。
 そして、六年前の決裂以来、キリクは決して自分を名前で呼ぼうとはせず、依怙地に『武内』と呼び続けた。
 最近では完全に他人と言わんばかりに、『武内空』とフルネームで呼んでいる様だ。
 勿論、平行世界の人間のやる事だから、一から十まで全てが一致しているとは限らない。
 それでも、オスマンはキリクの語る『危険な風の王・武内』と『ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔・空』を結びつける事が出来ずにいたのは確かだった。
 そう過去形だ。オスマンの中で、疑念は確信へと変わっている事だろう。

「やれやれ……さすがワイの曾爺さんやわ」

 ある時点から疑われているとは思っていたが、最初から確信的に疑われていたのは、全く想像外だった。
 アルヴィーズの食堂、上階のホールは、舞踏会の準備に追われる使用人達で大わらわだ。
 どうやら、料理人達も学院側と和解したと見える。
 辺りを見回すと、道行く少年少女は誰もがそわそわと落ち着かない様子だった。
 “フリッグの舞踏会”で共に踊った男女は結ばれる、と言う伝説が有るらしい。
 夏季休暇を前にして、意中の相手が決まっていない者など、そうは居ない。
 なるほど、巧いタイミングに、巧いイベントが有る物だ。

「ミスタ・空!」

 それは、女子寮塔に向かおうとした矢先だった。
 振り向く先には、コルベールが立っている。
 ロマンチックなイベントから予め除外されているであろう男は、やはりロマンチックとは程遠い表情を顔に貼り付けていた。



「一体、どう言う事なんですか?ミスタ・空っ」

 コルベールが案内したのは、研究所の裏庭だった。
 複雑怪奇な掘っ建て小屋の融合体と、高い本塔の陰になった手狭なスペースは、人目を避けるにはお誂え向きだ。
 室内に入ってしまえば良い様な物だが、生憎、今はとても人が入れる状態では無い。
 空を招き入れるや否や、コルベールは詰問を始めた。
 空は怪訝な顔をした。
 後めたい事なら、山とやっているが、それだけに特定してくれないと、反応のしようが無い。

「貴方の銃と、“空飛ぶ蛇くん”ですっ。何故、それが内乱に使われているのですか!」
「は?」

 空は首を傾げた。本当に、身に覚えの無い事だった。
 あの二つは、自分にとっても極めて重要な兵器だ。そう、おかしな所に流出させるつもりは無い。

「……身に覚えが無いのですか?」

 怒りが半ば、疑念が半ば、と言う声だった。何か誤解しているのだろうか。

「何の事やねん。一体?」
「これです」

 コルベールから一通の書簡を受け取る。
 空はぎょっとした。先日、起きた叛乱事件。叛乱側の使用した兵器として、後込め式の長銃と、魔力を探知して誘導する魔法兵器の記述が有った。

「こう言う真似するんは、あいつやな……」


 空は額を叩いた。
 兵器を開発したなら、それを的確に運用出来る人材が必要だ。空は“白仮面”と共に、めぼしい人間を集めて、促成の訓練を施した。
 その中に、没落貴族が居た。リッシュモン高等法院長の食客だ。
 男の名をした女メイジ。父は嘗て法院に地位を得ていたが、冤罪により爵位を失った、と言う。
 両親は国家を怨んで自殺。その後、一人で生きて来た、と言う件の女は、王家を仇として憎んでいた。
 この手の人間は、正直に厄介だ。目的や忠誠よりも、復讐を優先する。
 それでも使っていたのは、短期に人材を確保する必要に迫られたが為だが、どうやら裏目に出たらしい。

「……はー。やられたわ」
「では、これは何かの間違いなのですか?」
「あの二つ使われたんは、間違いないわ。新しい物売るんやったら、教官も用意せなアカンやろ。訓練しとった奴の一人が、持ち出して荷担しよった」
「なるほど……」

 疑念が残らず消えた訳では無いが、コルベールは半ば、安堵した。
 空が悪意を以て叛乱や暴動を煽っている。その明白な傍証が、少なくとも、自分の中では消えた。

「……ま、でも丁度ええん違う?」

 だが、オスマンにとっては、そうでは無い。空の雇用した人間が、叛乱に荷担したのは事実だ。
 どう納得させる――――そう考えた矢先だった。
 コルベールのささやかな安堵を、空は一言で打ち砕いた。

「……それは、どう言う意味ですか?」
「貴族は機械の価値を認めてへん。せやかて、自分らが痛い目に遭ったら話も変わって来るやろ。或る意味、お前の発明品広める、良いチャンスやんか」
「じょ、冗談ではありませんっ!」

 コルベールは叫んだ。
 確かに、パトロンは欲しい。発明品を認められたい。魔法のあり方を変えたい。
 だが、血が流れる様な事態を引き起こしてまで、その夢を叶えたいとは思わない。

「何、言うとるんや。お前、そう言う事も考えた上で、発明しとったんやなかっんか?せやなかったら、“空飛ぶ蛇くん”なんぞ作らへんやろ」
「私はただ、貴族、平民問わず部隊の火力を底上げして、犠牲者を減らす為に……」
「あんなあ、コッパゲ……」

 コルベールが作成する様な発明品は、最初、教育が有る一方で、伝統への拘りが薄く、上昇志向の強い下級貴族に普及する。
 それはやがて、平民の所まで降りて行く。

「下級貴族が上見たかったら、下克上しか有らへん。それに、平民は訓練しても魔法使えへんやろ。連中にして見たら、6000年の間、人間の格好した異生物に支配されとった様な物や。半端に力を手に入れたら、貴族に向けたくもなるわい」
「それは、彼等を決して幸せにしないっ!」
「阿呆っ。連中に後先考える頭なんぞ付いとる訳あらへんやろ。あー言うんはな、世に出したらそうなる。そう言う物や」
「だから、それは様子を見ながら、少しずつ……」
「世の連中でも、おかしな方向行かん様に、コントロールしながら、か?」

 空は笑った。
 嘲笑とは違う。今日の彼は極めて上機嫌だ。
 この瞬間、暴漢に刺されても、まだ笑っているかも知れない。

「思うとったより、ゴーマンな奴やったんやなあ、コッパゲ。神にでもなったつもりか、おのれはー。まあ、お前はホンマモンの天才やさかい。自覚有るのはええこっちゃけど」

 寧ろ茶化す口調で、空は言った。
 コルベールに言葉を失わせるには、充分な一言だった。

「た、確かに私は傲慢なのかも知れません……だが、細心の注意を払わなければ、世が混乱する。多くの人が不幸になる。それは断じて避けねばならない……」
「お前の夢を棄てても、か?」
「時間をかけるだけです。私の代で駄目なら、後継者を捜す事だって……」
「お前、ホンマ人がええなあ」

 苦笑しながら、空はコルベールの肩を叩いた。



「あんな。世の中っちゅうのは、ぱんぱんに張った水バケツみたいな物やろ。なんやそこに新しい物入ってくりゃ、細波も立つし波紋も出来る。そら零れ落ちる者かて当然、出て来るわな」
「だからこそ、その波を最小限に抑える為に……っ!」
「阿呆っ。ワイもお前も神様違うんやで。んな落ち零れたクズの面倒なんぞ、人間様がいちいち見切れるかい。ボケッ」

 笑顔の空に、コルベールは今度こそ凍り付いた。
 笑って言うべき言葉とも、笑える言葉とも思えなかった。

「ワイの世界に、フランス言う国有ってな。昔、平民が貴族と坊さん皆殺しにして国乗っ取ったんやけど、そん時は悲惨な物やったわ」

 フランス革命は欧州の大国に拭い難い傷跡を残す事となった。
 莫大な資産が流出した事も有るが、知識層が軒並み消えた事が何より大きかった。
 最も危険な甲板で指揮を執る勇敢な士官達を失った海軍は、正常な機能を失った。
 陸ではナポレオンが一人気を吐いたが、将軍として一軍を統括出来る人材は、彼自身を置いて、とうとう他に現れる事が無かった。
 勿論、二○年に満たぬ政権で、無教養な樽屋の息子を師団長ならともかく、将軍にまで育成出来るだけのシステムを構築出来る筈も無い。

「ま、この国は貴族が強いし、政体にも今の所、破綻は見られへん。どうあっても、平民にやられる事なんてあらへんやろ。その点は安心してええけどな……
お前がやっとるんは、或る意味、同族を滅ぼすんに荷担しとる様な物やわ。ええ加減、腹括っとき」

 その言葉を、コルベールは全く聞いていなかった。
 魔法学院の中年教師は、空が立ち去った後も、凍り付いたかの様に立ち尽くしていた。

「『技術に善悪は無い。使い手が決める』――――何か有ると、科学者、技術者は大抵この一言で逃げよる」

 空の言葉が、脳裏を過ぎった。
 研究には必死なっても、それが世に与える影響には目を向けない。
 客観的な事実についてはペラペラと喋るが、自分自身の考えについては、子供同然の事も言えない。
 お前がそうした人間で無いのは有り難い――――
 あの時は、嬉しく思った物だった。
 自分が評価されたからでは無い。空が自らを、そうした人間では無い、と宣言してくれた様に感じたからだ。
 なるほど。確かにそうだ。空は、自身の行為が世に与える影響を考えもしない人間では無かった。
 知って尚、断行する人間だった。
 コルベールはまた、共に“ディスク”を飛ばした日の事を、あの時、共に見上げた“空”を思い出した。

「東方、ですか」
「東方や」
「東へ!」
「東へ!」

 無意識の内に涙が零れた。
 二人で同じ“空”を見上げていたのだと思っていた。
 同じ理想を抱いていたのだと思っていた。
 体の奥からわき起こる、未来への希望に胸を押されて、共に叫んだのだと思っていた。

「なのに……あなたは……あなたは……」

 嗚咽が漏れた。
 彼はただ、己一人の欲望の為だけに、世界を血で染め上げようと言うのだろうか。
 そうまでして、何を欲しているのだろうか――――
 気付くと、研究室だった。
 何とか片付けた作業机。その上では、新式の蒸気機関に関する設計図が乗っていた。
 コルベールは机を叩いた。繰り返し叩いた。涙が設計図に落ちる。
 設計図を掴み上げると、コルベールはズタズタに引き裂いた。無惨に荒れ果てた研究室に、紙片が雪と舞った。
 42歳の少年は、声も無く泣き続けた。




 空は本塔に向けて、車椅子を漕いでいた。
 先の戦いでジーンズはズタズタになってしまったが、幸い似た物を用意してあった。
 羽織袴とまではいかないにしても、異邦人たる者、正式な場では異邦人らしくしておくべきだろう。
 車椅子の背で、デルフリンガーが鳴った。鞘に収められたインテリジェンスソードは喋る事が出来ない。
 それでも、しつこく身を震わせる。

「なんやねん、一体」

 空は仕方なく、鞘を払った。

「相棒は本当に酷い奴だねえ」
「何言うとんのや。今更」
「なあ、相棒。あの御主人様はいい娘だと思わないかね?」
「それも今更や。何言いたい?」
「泣かせる様な真似は、して欲しくないねえ。気が滅入っちまうよ」
「ワイかて出来れば、そうしたい思うとるんやけどなあ」
「何、企んでるね?」
「なーんも。ワイはなーんも、企んでへんよ。せやかて、オスマンの爺さんが、夏季休暇です、はいさよなら、てな具合に解放してくれるヘタレにも見えへん」

 空はバルコニーに続く階段へと乗り付けた。会場から、明かりと歓談の声が漏れて来た。
 舞踏会はもう始まっている。中を覗くと、着飾った生徒や教師達が、見た目ばかりは豪華な料理を囲んでいた。
 ホールの中央では、キュルケが何人もの男達に囲まれ、笑っている。

「あら、ダーリン。後で踊りましょう」
「おう」

 男子生徒達は怪訝な顔をする。
 空は車椅子だ。にも関わらず、ダンスを誘った方にも、応じた側にも、その遣り取りに疑問を覚えた様子が無い。
 空は会場をゆっくりと横断する。
 何だか、おかしな雰囲気だ。恋の花咲くフリッグの舞踏会。男子生徒の数が聊か少ないのはどう言う事だ。
 そう言えば、キュルケの周りに居るのは、一年生が主だった。
 時折、舞踏会と言うよりも、出征前の様に緊張した面持ちの上級生を見掛けるのも判らない。

「――――なーんや、嫌な予感がするわ」

ぐるりを見回す。
 大きなテーブルでは、黒いパーティドレスに身を包んだタバサが、一心不乱に料理と格闘を続けている。
 小柄な体躯に似合わぬ驚くべき健啖ぶりだ。一人で鮭一尾を丸ごと使った冷製を平らげかねない。
 その足下を見て、空は肩を竦めた。
 ヒラヒラと舞うスカートの影に見え隠れするのは、“牙の玉璽”だ。そこまで、気に入ったか。
 空の姿に気付くと、タバサはウィールをコロコロと転がして寄って来た。
 空はその顔に手を伸ばすと、眼鏡を外し、また戻した。

「……何?」
「いや。折角、めかしこんどる訳やしな。眼鏡外したらどうかと思うたんやけど……どっちも可愛ええやん。よう似合っとる」

 タバサは体ごと顔を逸らすと、両頬に手を当てた。
 空は苦笑した。その顔を窺い知る事は出来ないが、多分、この娘は、こんな時でも無表情なのだろう、と思った。
 と、タバサは後向きに空の横まで滑ると、耳元に口を寄せた。

「聞きたい事が有る」
「なんや?」

 そっと囁く声につられて、空も小声になった。

「宝物庫に戻した圓月杯の事」
「あれが、どないした?」
「私は“宝物庫に戻した”と言った」
「戻しとらんのが有るとでも?」


 タバサは目を細めた。
 圓月杯の特長は三つ。
 エアトレックのウィールに酷似している事。片面には見た事も無いルーンが記されている事。片面中央にはスカルマークの浮き彫りが有る事。
 あの小屋で見たそれを、空はルイズに手渡した。その筈だ。
 なのに、どうしても違和感が払拭出来ない。

「もし、お前が考えとる通りやったら?」
「貴方は以前、言った。何か有れば、手を貸してくれる、と」
「ああ。憶えとる」
「貴方には恩が有る。また頼る事が有るかも知れない」
「いつでも言いや」

 二人はそこで別れた。タバサは再び鮭への攻撃を再開した。
 重厚壮麗な樫の扉が開いた。

「ヴァリエール公爵家が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~り~!」

 控えの衛士が主役の到着を告げる。
 空は溜息を漏らした。
 ピンクブロンドの髪をバレッタで束ね、純白のドレスに身を纏ったルイズの可憐な美しさには、素直に感心させられた。
 胸元が大きく空いている事だけが、少し心配だった。引っかかる場所も無い癖に。ゴテゴテのデコレーションドレスにでもした方が良かったのではないか。
 楽士達はまずは静かに、そして流麗に音楽を奏で始めた。
 ルイズの周りには、多くの男子生徒が群がり、盛んにダンスを申し込んでいる。
 フーケの一件、シュバリエの爵位授与の噂を耳にしていた事もあったが、なにより、着飾った少女の愛らしさは、少年達の思考を麻痺させ、“ゼロ”の悪名を忘れさせるに充分な物だった。
 あちここちらでパートナーを見付けた生徒達は、優雅にダンスを始めていた。
 キュルケは社交ダンスと言うには、聊か情熱的が過ぎる身のこなしで、相手を振り回している。
 まあ、相手もまんざらでは無さそうなのだから、それで良いのだろう。
 タバサは料理だけが相手と決めているらしい。
 ルイズは誘いと言う誘いを断わり、静かな歩調でホールを泳いでいる。
 空の前で、その足を止める。
 二人は満面の笑みを交わした。

「やったやん、ルイズ」

 どこにそんな余地が有ったのか。ルイズは益々顔を弛めた。
 シュバリエは功績に対してのみ与えられる爵位。実力の証明だ。
 これで、胸を張って帰省が出来る。自分の“道”は“爆風”――――今なら、両親の前でも、そう言える気がする。

「ありがとう」

 少し照れた様子で、ルイズは言った。
 空を召喚した時は、絶望もした。
 契約に至るまでには、面倒も有った。
 契約をしたらしたで、ろくに役立つ気が無いかの様だった。
 そんな空が言ったのだ。

 ワイが“空”の飛び方、教えたるっ――――

 それまで、“塔”に閉じこめられている気分だった。一切の光が差さぬ、暗く冷たい塔だ。
 そこに、風が吹き込んだ。
 風を辿ると、細い亀裂が見えた。亀裂から差し込む光が見えたのだ。

「あんたの御陰だわ」
「ワイは大した事、しとらへん。そら最初は、上手に育ててやるつもりやったけどな」
「実際、そうしてくれたでしょう」
「違う違う。ワイは結局、ちいとばかり手添えてやっただけやったわ。そしたら、ルイズは自分でぶっ飛んでいきよった。それこそ、爆風みたいにな」
「ありがとう」

 ルイズはもう一度、言った。



「それにしても、あんたがラグドリアン湖で立てた誓い。もう叶っちゃったわね。今度は私の番ね」
「ワイが帰るんを、手伝ってくれる、て言う?」
「冬が来たらね」
「冬か……」

 周囲では少年少女達が踊っている。
 不思議と顔を強張らせていた上級生の男子も、今は手を取るパートナーだけに目を向け、笑みを浮かべている。
 空は車輪を僅かに引くと、恭しく一礼した。

「一曲、踊って下さいませんか?レィディ」

 ルイズは一瞬、困惑した。車椅子の相手にダンスを申し込まれるのは、想像外だった。
 それでも、結局の所は笑顔で差し出された手に応じた。
 今まで、この男がして来た事を考えれば、踊るくらいの事は造作も無いだろう。
 奇異の視線が、ホールの中央に集中した。
 清楚可憐な少女と、車椅子の男が踊っている。
 小気味良く駆動輪を退き、進め、軽やかに回転さえして見せる。
 なるほど、確かにダンスになっている。寧ろ、健常者以上に優雅な動き。
 ルイズは歓声を上げた。空はその細腰を頭上高く抱え上げるや、独楽の様に回転した。
 視界が飛ぶ様に回る。モーターホイールを利した高速回転。鳥になった気分で、ルイズは大きく腕を開く。
 回転が止まった。
 空はほっそりとした体を抱き止めた。
 ルイズは声を上げんばかりに笑っている。最高の気分だった。
 空もまた、御機嫌だ。
 この日、二人はそれぞれ違う物ではあるが、一つの念願を果たしたのだ。
 幸福な二人に、方々から拍手が上がった。
 この時、数人の男子生徒がそっと退室した事に、ルイズは気付かなかった。
 拍手が止んだ時、観衆が割れた。恐ろしく派手で悪趣味な服装ながら、整った容姿の少年。ギーシュだ。
 女生徒達は一斉に振り向いた。
 グラモン元帥の子息もまた、フーケ捕縛に一功あり、爵位を得ると聞いている。
 その事実は、権威主義の貴族達をして、平民に敗れた過去を忘れさせるに充分な物だった。
 一人の女生徒が歩み出た。ケティ・ド・ラ・ロッタ。以前、二股をかけられた事を知って、ギーシュを振った過去が有る。
 移り気な少女は、そんな過去を綺麗に忘れていた。

「私と一曲踊ってい――――」
「すまない。急いでいる」

 ケティは唖然とした。ギーシュは少女を一顧だにせず通り過ぎた。今までに無かった事だ。
 ギーシュはホール中央に向かっている。目当ては同じく爵位を得た、ヴァリエールの息女と言う事だろうか。

「ミスタ・空」

 ケティの予想は外れた。
 ルイズが飛び切りの笑顔で振り向いた時でさえ、ギーシュは目線の一つも送る事が無かった。
 その目はまっすぐ、車椅子の平民に向けられている。

「話が有る。申し訳ないが、お付き合い願いたい」
「なんや、ボーズ。また決闘かい?」
「……そんな所だ」

 ホールは騒然とした。
 ギーシュの態度は、あまりに唐突だった。舞踏会の最中に決闘を挑む不作法も信じ難い物だ。
 一体、何が起きているのだろう。ルイズの顔に、この時、初めて陰が差す。
 ギーシュの表情。そこには決闘に挑む騎士の勇気も、聖戦に挑む戦士の義憤も見られない。
 青ざめた顔は、まるで、断崖を見下ろす遭難者の様だった。


 ――――To be continued


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