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虚無の王-22-1


 本塔と火の塔の間に、コルベールの研究室が在る。
 実験時の騒音と異臭が原因で、職員寮塔を追い出された発明家の根城。それは、見るも粗末な掘っ建て小屋だ。
 空との出会いを切っ掛けに、小屋はみるみる歪な成長を遂げた。
 増築に増築を重ね、改築に改築を加えた末に生まれた木造の怪物は、至る所から黒煙を吐いている。
 局地地震を奇跡的に生き延びた研究所だが、その内部は無事に程遠かった。
 どこへともなく逃げ出した数多の実験動物供は、毒を持っている事を除いて比較的無害な連中ばかり。
 それよりも、化学系の研究室が問題だ。
 結局、学院の水メイジが総動員で凍結処理。その間に漏れ続けた七色の煙は、42歳独身の教師から、嫁候補に加えて、老若男女を分け隔て無く遠ざけた。
 書物は堆い山を作り、その内の三割は火災なり、水没なり、奇怪な化学変化なりで、永遠にその価値を失った。
 制作途中にあった、様々な機械も災禍は免れ得なかった。
 空から預かったエアトレック関連の品々が、概ね無傷で済んだ事だけが、不幸中の幸いだった。

「で――――」

 オスマンは窓枠に肘をついた。屋外が必ずしも安全とは言い切れない。それでも逃げ場はおろか、足の踏み場すら無い室内よりはマシだろう。

「間違いは無いのかね?」

 答えは無い。それでも、オスマンは重ねて問う必要を覚えなかった。
 コルベールが見せる表情。苦渋と驚愕とに表情筋の悉くを引きつらせる顔は、百言を費やすよりも雄弁に、その心情を物語っていた。

「これは何かの間違いです」

 震える声が言った。コルベールは喘ぐ様にして、息を飲み込んだ。
 書簡に記された情報を、正しく解釈しなければならない。誤解を避けて、適切な事実に辿り着かなければならない。
 その為にも、兎に角、頭に充分な酸素を送り込んでやる必要が有る。

「間違いとは?」
「それは……我々の工房は、設立から未だ半年を経ていません」

 その発展と膨張は急激な物だった。雇用した職人は大半が外国人。
 そして、コルベール、空、二人の経営者は、現場に常駐している訳でも無ければ、当直も無い。

「なるほど。君達の預かり知らぬ所で、何かが起きている可能性も否定出来ない、と」
「兎に角、時間を頂きたい。ミスタ・空に確認を取り、調査する時間を……」

 コルベールは両手を振り回して訴えた。
 これは、彼個人に限らない。興奮したトリステイン人が共通して見せる癖だった。

「もし、望ましい結果が出なかったら?」

 答えは返って来ない。今度はオスマンも黙っている訳にはいかなかった。
 コルベールは、考える事を避けている様に見える。その背中を叩いてやる必要が有った。

「明後日の終業式、姫殿下が行啓される」

 それまでに、問題を解決しておかなければならない。最低限、その目処を付けておかなければならない。
 魔法学院の存在意義は、貴族の子弟をして王権への奉仕者として育成する事にある。それは決して、王政府に盲従する木偶を育てる事では無い。
 王家と門閥貴族は一定の緊張関係に有る。それ故に、王政府は絶えず学院の経営に介入を目論んでいる。
 その名分を与える事は、何としても避けなければならない。

「成果の有無に拘わらず、捜索隊は午後の内に帰還する」

 何しろ、ロングビルと空を除いては、全員が学生だ。
 今夜には舞踏会が有り、週明けの終業式を経て、そのまま夏季休暇に突入する。この時間制限は当然の理だった。
 空が帰ったら、思う存分、確認をすればいい。その答えに応じて、調査の計画を相談するのもいいだろう。
 だが、事の如何によっては、その余地も無い。

「その時は、“炎蛇”の力を当てにさせて貰うよ」





「これが“圓月杯”?」

 偵察に当たっていた空とタバサ。そしてルイズとキュルケの四人は、小屋の中で合流した。
 何しろ、外は日差しが強い。鎧戸を開け放ったばかりの室内は、ひんやりと涼しかった。
 ギーシュは一人、庇の下で見張りに立っている。
 一同は空が手にする一対の円盤を見下ろす。
 結局、小屋の中には、他に何も発見出来なかった。フーケの影や形は勿論、ここ最近の内に誰かが利用した痕跡も見当たらない。

「確かに、これで間違い無いけれど……」

 キュルケは宝物庫を見学した事が有る。当然、圓月杯も目にしている。この円盤は、確かに目的の品だ。

「とても杯には見えないわよ」
「私も、あの時は、そう思ったわ」

 何故、これが杯なのか。その疑問が解消された訳では無い。今はそこに、もう一つ感想が付け加わる。

「これ、ウィールじゃないの?」

 その呟きに、タバサはコクコクと頷く。
 学院長秘蔵のマジックアイテム“圓月杯”。それはキュルケの言う通り、どこからどうみても、エアトレックのウィールにしか見えなかった。

「なんで、そんなのが秘宝なのよ?」
「珍しかったからじゃない?」

 タルブで大量に部品が見つかったとは言え、今でも充分に珍しい。
 とは言え、その稀少さが、必ずしも価値に直結するとは限らない。
 “土塊”のフーケはマジックアイテムを好む盗賊として有名だ。苦労して盗んだお宝には、何の魔法も付与されていなかった。
 その事実に失望し、遺棄したのだろうか。

「で、これからどないする?」

 圓月杯を手の中で弄びながら、空は尋ねた。
 それが何であれ、盗まれた秘宝は取り戻した。
 ここで引き返すのか。それとも、時間一杯フーケを探索するか。

「決まっているでしょう。フーケを探しましょう」

 国中を荒し回り、魔法学院にまで手を伸ばした盗賊を放置は出来ない。ルイズは勇ましくも言い放つ。
 これは、トリステイン貴族の沽券に関わる問題だ。図らずも、その犯行を幇助してしまった、自責の念も手伝った。

「撤退」
「タバサに賛成一」

 二人は当然の様に言った。
 トリステイン貴族ならぬ身としては、その名誉も沽券も知った事では無い。手掛かり一つ無い相手を、延々捜すなど馬鹿げている。

「何か知らへんか、秘書さんに聞いてみるか」

 質問では無く、訊問の意味で、空は言った。タバサだけが、それを理解した。
 タバサは鎧戸から、そっと外を窺う。
 ロングビルは一人、馬車の番。何らかの目論見が有るなら、絶好の機会だ。
 そろそろ、何か仕掛けて来ても良い様な物だが……




「うわぁああっっ!!」

 不意に、ギーシュの悲鳴が聞こえた。
 何事だ?
 一同は色めき立つ。

「いい声」

 最初に動いたのはタバサだ。エアトレックで加速した蹴りを一閃、鎧戸を破るや、窓から飛び出す。
 着地の際、目にした影が、敵の位置と、なによりその巨大さを教えてくれた。
 小屋の向こうに、巨大なゴーレムの姿が見えた。全長凡そ30メイル。
 肩の上には、黒ローブのメイジが佇んでいる。

「急いで」

 土塊の巨人がゆるりと脚を上げるのを見て、タバサは言った。
 小屋を踏み潰される危険は無い。相手の巨大さ故に距離感が掴み難いが、まだ大丈夫だ。
 だが――――
 大地が爆ぜた。
 ゴーレムの超重量に土飛沫が小屋よりも尚高く舞い上がり、砂煙が巻き起こった。
 勿論、立ってなどいられない。小さな体が1メイルも浮き上がり、タバサは手を付いて着地する。
 二歩目よりも早く、タバサは駆けた。
 “牙の玉璽〈レガリア〉”は加速性能が高い。忽ちトップスピード。ライダーが未熟とは言え、その対地速度は70㎞/hを超える。
 跳躍。小屋の三角屋根を蹴って、更に跳ぶ。
 出入り口から、二人を抱えた空が飛び出した。
 ゴーレムの二歩目――――。
 丸太が踊った。粗末な掘っ建て小屋は、その震動に耐えられなかった。
 最初から釘の一本も打たれていなかったかの様に、バラバラに崩れ落ちる。
 ギーシュの悲鳴は物音にかき消されて、誰の耳にも届かない。
 タバサは杖を振るう。このゴーレムに有効打を与えられる攻撃魔法は持ち合わせていない。
 使うのはレビテーション。足場を作って、更にもう一っ跳び。
 小さな影が、ゴーレムの巨体に吸い込まれた。
 刃にも似たウィールがみっしりと密度の高い土壁を捉えた時、タバサは一瞬にして、肩の高さまで駆け抜けた。
 黒ローブのメイジに動揺が走った。ゴーレムの死角に消えた相手が、いきなり、眼前に“出没”した。その俊敏は、人を超えている。まるで、鳥だ。
 黒メイジは迷わず退いた。機先を制された。相手の方が、呪文の完成が早い。
 大気中の水蒸気が凍り付き、無数の刃に変わる。タバサ得意のウィンディ・アイシクルだ。
 ゴーレムの肩が抉れた。二桁の刃が次々と着弾。堅固な体躯を削り飛ばした。
 黒メイジはゴーレムの影に身をかわしていた。背に対し、垂直に立っている。
 相手の攻撃魔法を凌いだ事に安堵したのも束の間、肩を乗り越え、少女が現れる。
 激痛が走った。使い手の背よりも長い杖に備えられた、四本の皮ベルト。先端のフックが柔らかい肉に食い込んだ。
 そして襲い来る“牙”のウィール。
 血風が生まれた。刃状のウィールが黒メイジの体に“道”をきっかり三周刻み付けた。皮ベルトでその体を引き摺り、ゴーレムの背を疾走する。

「がっ……!」

 苦鳴を上げながらも、黒メイジは呪文を完成させる。ブレイド。杖に魔力を渡らせ、剣と変える魔法だ。皮ベルトを切断。
 タバサは真っ逆様に転落した。反転、着地。敢えて、ゴーレムの股下を抜ける。
 黒メイジからは、ゴーレム正面が死角。体勢を立て直すなら、距離を取るよりこちらの方が安全だ。

「やっぱり」

タバサは呟く。トリックの瞬間、引き裂いたローブの下に、黒メイジの顔が見えた。確かにロングビルだ。
 タバサの姿を確認して、キュルケは杖先から火球を解き放った。ゴーレムの真横目掛けて放たれた炎は、そのまま熱源を追って背後に消える。
 キュルケは舌打ちした。火球はゴーレムの肘に弾けて消えた。
 誘導性能を持ち、障害物越しの攻撃も可能な魔法だが、さすがに動く盾をかいくぐれる程の能力は無い。



 ギーシュは丸太の下から這い出した。
 ワルキューレを盾にした御陰で、殆ど無傷で済んだ。

「……とは言え、僕に出来る事は無さそうだな」

 ギーシュはゴーレムを見上げた。上半身が嫌に遠く見えた。頭部は青空に霞んでいる。
 この怪物を相手に、ワルキューレが何の役に立つだろう。
 土塊の巨人がもたらす圧倒的な威圧感は、自分とフーケとの間に横たわる、土メイジとしての格の差その物だ。

「いや、そうでもあらへん」

 茫然自失の呟きに、答える声が有った。空だ。この期に及んで、笑みを浮かべている。
 空は興奮していた。
 純粋にライダーとしての実力で言えば、タバサは決して優れていない。
 だが、彼女には魔法が有る。レビテーションを利用する事で、中空に擬似的な足場を作り、本来不可能なトリックを可能にする。
 同時に思い出したのが、同じくレビテーションを水平に作用させる事で、車輪を持つワルキューレに高速性能を与えていたギーシュの姿だ。

「雪ん子!ボーズ!」

 空は二人を呼び寄せ、耳打ちする。
 キュルケは再び火球の呪文を唱え――――ゴーレムの頭部が変形してゆく事に気付いた。

「おかしな土メイジが増えたこと!」

 全く、ゴーレムは人間型が相場だ。なのに、ギーシュは訳の判らない形のワルキューレばかり作り、今、フーケは頭部に見張り台をこさえている。
 放った火球は、案の定、防壁で止まる。
 ルイズは杖を構える。昨晩、ゴーレムの片腕を斬り飛ばした凝集爆発。
 狙うは膝だ。あれだけの巨体が、片脚で自重を支えきれる訳が無い。
 と、ルイズは呪文を躊躇した。ゴーレムが一歩を進めようとしている。今、脚を破壊すれば、間違い無くこちらに倒れて来る。
 体を貫く震動に、ルイズは悲鳴を上げた。浮き上がった体は、とうとう落下する事が無かった。
 空だ。ルイズの柳腰を抱えて、降り注ぐ土砂の下を突破する。
 広場を濛々と土煙が覆った。
 ルイズは激しく咳き込む。辺りは何も見えないが、それはフーケも同じだろう。
 空は両手を翳した。風の境界面に手を添え、空気の積み重なりを崩す。
 森の中を泳いでいた微風は、突風に姿を変え、砂煙を忽ちに洗い流す。

「凄いっ……」

 その光景を、ルイズは呆然と見つめていた。
 空は笑みを零した。
 左手の甲で、ルーンが怪しい光を放っている。伝説の使い魔“ガンダールヴ”のルーン。
 その名称を知ったのは、三月ばかり前の事だ。
 一同は二手に分かれていた。
 片や空とルイズ。
 もう一方には、残る三人。
 タバサがキュルケを助け、ギーシュはワルキューレで脱出した結果だ。

「ルイズ、魔法用意しとき」

 空に促されて、ルイズは呪文を詠唱する。
 ゴーレムは左右に散らばる目標を、順繰りに睥睨した。攻撃目標の選定には、さしたる時間を要さなかった。
 今、この中で、有効な打撃力を持っているのは一人だけだ。なら、その相手を潰せばいい。

「迷わんでええ。面白い物が見れるで」

 自身に向けて身を捻るゴーレムを凝視しながら、ルイズは呪文を続けた。腰に回された腕が、今は心強かった。
 いざとなれば、空は自分の翼となってくれる。ならば、恐れる必要は何も無い。
 ゴーレムを挟んで対面。
 タバサが身を屈めていた。何をしているのだろう。
 空が言う様に、面白い物かはともかく、奇妙な姿勢なのは確かだ。
 杖を握る手は地面スレスレ。頭を低め、腰を持ち上げる。クラウチング・スタートと言う用語を、ルイズは知らない。
 そしてギーシュが杖を振るった時、一枚のマントが、はらりと舞い落ちた。
 ルイズは唖然とした。
 タバサが消えた。どこに行った?どうなっている?
 ゴーレムに向かって、タバサは真っ直ぐに駆けた。
 ギーシュはレビテーションによる、車体の加速に慣れている。
 その助力と、自身の脚力、“牙の玉璽”が小さな体を100km/h超まで加速する。
 死角に飛び込んだ事。何より、想像を絶する速度が、ルイズにタバサの姿を見失わせた。
 タバサは自身の足下で起こる変化を感じ取った。
 刃の様なウィールが走行しながらに展開、外径を増して刃その物へと変わって行く。
 “玉璽”が地面を噛んだ。
 勿論、少女の細脚でその運動エネルギーを吸収し切れる訳が無い。タバサは杖を振るう。レビテーションを、今度は制動に使う。
 タバサは利き足を振り抜く。
 刹那、“玉璽”が吠えた。猛烈な制動エネルギーを転換、大気を斬り裂く衝撃波を生み落とす。
 土塊が弾けた。いかなる風よりも速く、鋭い超音速の“牙”はゴーレムの足関節を後方から噛み破った。
 ゴーレムの動きが止まった。頭部から巨人を操るフーケは、鋭敏に異変を感知した。
 フーケは迷った。
 足関節は完全破壊に至っていない。だが、このまま活動を続けて、影響が無いかどうか。同じ攻撃を連発されれば、両断される恐れも有る。
 ゴーレムの腕を一撃で破壊した、恐るべきメイジ。
 脚部を噛み破った“牙”の担い手――――奴には顔を見られている。
 どちらを優先して始末するべきか。
 その迷いが、ゴーレムの動きとなって現れた。
 ルイズに迫ろうとしていた巨人は、タバサに向き直ろうと身を起こす。

「今や!ルイズ!」

 その時、ルイズは呪文を完成させていた。
 爆発のエネルギーを一点に凝集する“爆風の道〈ブラスト・ロード〉”必殺の魔法。“無限の爆轟〈インフィニティ・デトネーション〉”。
 ジェット噴流が大気を貫き、ゴーレムの膝が爆音と共に砕け散る。
 片膝を失ったゴーレムは、右後方へ向けて、ゆっくりと倒れ込んだ。
 あれだけの巨体が地面に叩き付けられて、無事に済む筈が無い。濛々たる土煙の中、一瞬、へし折れた腕が踊って見えたのは、決して錯覚では無いだろう。
 タバサは屈み込んでいる。杖を振るう、その表情は苦痛に歪んでいる。
 魔法の助力有りとは言え、トップスピードから殆ど0距離で停止する急制動。その負荷は大腿の筋繊維を容赦無く破壊した。
 ギーシュは自らを治癒する少女に駆け寄り、その肩にマントをかけてやる。
 キュルケは土煙の隙間から、“空”を見上げている。頭上を影が過ぎる。タバサの風竜シルフィードだ。
 万が一に備えて、後を追わせていたのだろう。帰り道は快適そうだが……さて、馬車はどうする?

「空!風を!」

 ルイズは叫んだ。
 折角、ゴーレムを倒したのだ。この土煙に紛れて、フーケ当人に逃げ出されては目も当てられない。

「いや……」

 大気の動きを介して、空は異変を感知した。
 フーケが逃走を図る心配は無い。だが、それは決して良い報せでは無かった。
 影が落ちた。土煙が晴れた時、一同は声を失った。
 そこには、何事も無かったかの様に、巨大なゴーレムが屹立していた。

「再生した……?」

 さしものキュルケも、顔色を失った。
 超重巨大にして堅牢無比。挙げ句、再生能力まで持っている。
 こんな化け物を、どう相手取れ、と言うのか。

「退却」

 タバサは呟く。
 最低限の目的は果たした。欲を張っても良い結果に繋がらない事は、経験で知っている。
 今なら、安全に退ける手段も有る。
 風竜が降りて来る。二人は迷わず、その背に飛び乗る。ギーシュも後に続く。

「どーする?」

 圓月杯を見せつけながら、空は尋ねた。退くか、それともフーケ逮捕に拘るか。
 ルイズは杖を手に、一歩踏み出した。

「空、あんた言ったわね。私を誰もが認めるメイジにする、て」

 このゴーレムを倒し、フーケを捕らえれば、誰もが認めてくれる。誰も自分を“ゼロ”とは呼ばなくなる。

「勝ち目はあるんか?」
「私は貴族よ。魔法が使える者を貴族と呼ぶんじゃないわ。後を見せない者を貴族と呼ぶの」
「答えになってへん。こないな所で、盗賊相手に死んだら犬死にや」

 ルイズは唇を噛んだ。それでも、退きたくは無かった。
 空の御陰で、幾ばくかは自信を持てる様になった。仲間達は、自分を“ゼロ”と蔑む事も無くなった。
 だからこそ、彼がラグドリアン湖で立てた誓いを果たしたかった。
 もう、自分の知らない所で、得体の知れない事を考えて欲しくは無かった。

「勝ち目はある!」

 頭上から風が降って来た。背後の声に、ルイズは弾かれた様に振り向いた。
 三人を乗せた風竜が降りて来る。
 ギーシュは二人のすぐ後に飛び降りた。

「ボーズ。なにか考えが有るんか?」
「考え、と言う程の物じゃないが……」

 ギーシュは土メイジだ。フーケとゴーレムの恐ろしさは誰よりも理解している。
 同時に、その限界も察している。

「無償の再生能力など存在しない。あれはゴーレムが勝手に再生したんじゃない。フーケが修復したんだ。破壊を続ければ、いずれ精神力が底を尽く」
「無茶よっ!」

 キュルケは叫んだ。
 タバサの脚は治り切っていない。本来が風メイジ、秘薬等の触媒無しとあっては、治癒にも限界が有る。
 “牙”はもう撃てない。
 頼れるのは、ルイズの爆発だけだ。

「トライアングルと消耗戦をする気!?」

 同じ魔法を使う場合でも、階位が上がれば精神力の消耗は半減する。
 現状、ルイズのメイジとしての格が何れに該当するかは不明だが、トライアングル以上は考え難い。
 ルイズは固唾を飲む。
 凝集爆発は何発も撃てる魔法では無い。対し、ゴーレムの作成はどうだろう。
 “ゼロ”の身とあっては、それがどれだけの精神力を要求する物なのか、見当も付かなかった。


「どないする?チャレンジしてみるか?」

 その問いに、ルイズは微笑を返した。

「フーケはトライアングルよね?」
「そう聞いとる」
「トライアングルに勝てるなら、私はそれ以上のメイジ、て事よね?」
「そうなるな」
「私が勝ったら、“王”と認めてくれる?」
「せやなあ……」

 “道”を極めた者を“王”と呼ぶ。
 “爆風の道”がルイズ一人の道である以上、“王”を称するなら、他系統のトップと対等の力を示す事が条件だろう。
 トライアングルでも上位であろう、フーケに勝てるなら、辛うじて条件は満たしている。

(ま……“爆風”はルイズ本来の“道”とは違うけど――――)

「ま、ええやろ!」

 空は快諾した。
 今後を考えるなら、自信と、なにより欲を付けさせた方がいい。

「こいつに勝ったら、お前は“破烈”の王様や!」

 ルイズは頷くと、ゴーレムに向き直った。

「股関節を狙うんだ。的の動きが小さいし、修復には手間がかかる」
「倒れる方向は計算せんでええ。拙い思うたら、ワイがフォローする」

 二人の声に背を押されて、ルイズは呪文を詠唱する。ゴーレムの脚が上がるが、お構いなしだ。
 線で目標を捉える事が出来る凝集爆発は、手持ちの魔法の中でも比較的狙いが付け易い。杖先より迸った閃光は、過たずゴーレムの腰を粉砕する。
 視界が弾んだ。
 巨人の上半身はそのまま落下、自らの脚に浴びせ倒しを喰わせて崩れ落ちた。
 その衝撃は、歩行時の比では無い。地上のルイズとギーシュは堪らず転倒する。
 波の様に迫り来る土砂は、とうとう二人に振りかかる事は無かった。空が両手を翳して、風を作る。
 精神力が怪しくなれば、フーケは逃亡を図るだろう。視界は出来る限り、確保しておいた方がいい。

 さあ、どうだ――――?

 これは半分、作り直すも同じだろう。フーケはあの巨大なゴーレムを、再び立ち上がらせる事が出来るのか。
 今度の震動は軽かった。空が土煙を吹き飛ばした時、ゴーレムは片膝に手を付き、立ち上がろうとしていた。
 乾いた唇を嘗めると、ルイズは再び杖を握り締めた。


   * * *


 荒い呼吸に、ルイズは肩を揺らしていた。
 吹き飛ばす度に、ゴーレムは地響きと共に立ち上がった。
 無償の再生など有り得ない。ギーシュはそう言った。こうもしつこく立ち上がられると、その言葉を疑いたくなる。
 本当にフーケは精神力と言う代価を支払って、このゴーレムを修復しているのだろうか。
 タバサの風竜は上空を遊弋している。いざとなれば、三人を攫って逃走に移る構えだ。
 翼上の二人は目を皿にして、ゴーレムとルイズの姿を見守っている。
 ギーシュは空の横に立っている。ゴーレムが歩行する度、崩れ落ちる度、強かに転倒する。

「ボーズも竜の上、居ったらどうや?」
「戦う事を奨めた身だからね。今回は大した事も出来てないし、ここで付き合うよ」


 ルイズは再び、呪文を唱える。
 元々、メイジと言う兵力自体が、持久力に乏しい。恐らく、この一発で決着が付く。気迫と共に、杖を振るう。
 と、視界がぶれた。膝から不意に力が抜けた。
 ――――気付いた時、ルイズは後から空に抱えられていた。

「……あれ?」
「ここまでやな」

 空は上空の二人に合図を送った。ルイズはよく頑張ったが、この辺りが退き際だろう。

「空?」
「もうちょいやったと思うたんやけどな。ま、これも経験や」
「わ、私は大丈夫よ。ちょっと蹌踉けただけで……」
「もう、凝集爆発は撃てへんやろ」

 ゴーレムが迫る。ルイズを抱えて、空はその足下から飛び出した。
 風を捉えて滑空を始めた時、震動に弾むギーシュと高速型ワルキューレの姿が見えた。良し。転倒はしていない。
 風竜に接触する為、ゴーレムと距離を取る。
 ルイズは肩を落とした。
 フーケを倒せば、自信が持てる。そう思った。胸を張って、家族に会える。そう思っていた。
 だが、結局、自分は土のトライアングルメイジに、全く太刀打ち出来なかった。
 これでは、空に出会う前と、何も変わっていないではないか。

「僕は君を大した物だと思う」

 目に見えて落ち込むルイズを慰めたのは、ギーシュだった。

「あれほど巨大なゴーレムを作り出す事の出来る土メイジは、トライアングルにも滅多に居ないんだ。それと、ここまで戦った。少し前は“ゼロ”と呼ばれていた君がだ。もう、誰も君を馬鹿に出来る筈が無い」
「でも……」

 地響きが下腹を打った。
 ゴーレムは動きが鈍い。その歩幅にも関わらず、歩行速度は人間と大差が無い。
 これなら、追いつかれる前に、風竜に乗り込めるだろう。最悪、森に逃げ込む手も有る。
 風竜が降りて来る。まずギーシュが乗り込み、翼上からルイズに手を伸ばした。
 ルイズは背後を振り向いた。
 ゴーレムがゆっくりと、だが圧倒的な威圧感を以て迫って来る。よく見ると、その形状には歪みが見える。
 フーケも限界が近かった。ギーシュの言う通り、無償の再生など存在しなかったのだ。
 後一度、あの巨体を打ち砕く事が出来ていたら、もう修復は不可能だったに違いない。
 後、一発。後、一発で勝てた。たったそれだけの魔法を放つ意志の力が、自分には足りなかった。
 そう思うと、悔しくてならなかった。ルイズは桜色の唇を噛み締める。
 と、砂で汚れた桃色の髪に、大きな掌が乗せられた。

「あー、そないな顔すな。ワイが何とかしたるさかい」
「空?」
「使い魔の手柄は、御主人様の手柄やろ。まあ、見とれ」

 ルイズは呆気にとられた。
 確かに、空は極めて高い戦闘力を持っている。だが、その特性は抜群のスピードと、変幻自在の運動性だ。
 とてもでは無いが、ゴーレムを沈められるだけの攻撃力を持っているとは思えない。

「大丈夫や。こいつを使わせて貰う」
「て、それエアトレックのウィールでしょう!?」

 空が差し出して見せたのは、圓月杯だ。
 そんな物で、どうゴーレムを破壊するのか。それ以前に、エアトレックが何処にあるのか。仮に有ったとして、義足の空がどうやって、それを使うのか。
 さて――――空は迷った。
 まともに説明する時間は無さそうだ。なんと言おう。



「あー……そう見えるかも知れへんけどな。こいつは違うねん」
「え?」
「せやから、ウィール違うねん」
「じゃ、なんなのよ?」
「“狂風神の雫〈Moon struck drop〉”」

 ルイズは怪訝な顔をした。
 それはなんだろう?水精霊の涙と同じ様に、精霊の一部だろうか。どんな力が有るのだろうか。
 空はルイズを翼上に押し上げた。

「危ないから、目一杯離れとき。こいつの効果範囲は半端やない」
「あんたは大丈夫なのっ?」
「使い手吹っ飛ばす武器もあらへんやろ。雪ん子!」

 空は身振りで離陸を促した。
 タバサは黙って従った。不安を感じないでは無いが、出来もしない事を口にする男でも、ましてや自殺志願者でも無い事はよく知っている。
 と、車椅子が浮いた。
 ゴーレムが歩調を早めた。逃走を阻止するつもりだろう。
 空は反転。ゴーレムへと車輪を進める。見せつける様に、圓月杯を頭上に掲げる。

「空!」

 ゴーレムの動きが止まった。風竜が飛び立ったのは、同時だった。
 空は頬を掻いた。
 どうやら、圓月杯は遺棄されていた訳では無いらしい。また、自分を除く、捜索隊の誰かが目当てと言う訳でも無いと見える。
 一体、フーケは、ロングビルは何を考えているのだろう。

「と、と……」

 再び、大地が揺れた。ゴーレムが進撃を再開した。
 この圓月杯を使うには、ちょっとした作業が要る。その余裕を、フーケが与えてくれるかどうか……。
 空はデルフリンガーを抜き放つ。
お喋りなインテリジェンスソードは一言も発しなかった。

「ん?どないしたんや、デル公」
「――――……ああ、久しぶりだねえ、相棒。俺の事を忘れちまったのかと思ってたよ」
「まあ、そう拗ねるなや。仕事や仕事」
「で、俺は何を斬ればいいんだね?あのゴーレム?ぞっとしないねえ」
「いんや。何も斬らへんでええ。時間稼いで来いや」
「時間稼ぎ?」

 空は答えなかった。車椅子を加速させるや、デルフリンガーを思い切り放り投げた。
 エアトレックの加速、ガンダールヴの能力、空の膂力が重なり、3㎏超の大型剣は殆ど直進弾道で城塞状に築かれたゴーレムの頭部、その内壁に突き刺さった。

「わっ!」

 フーケは声を上げた。
 地上30メイルの目標に剣を投げつける人間は勿論、それが実際に届くと言うのも想像を絶していた。

「こいつは、おでれーた。まさか、ぶん投げられるとはねえ……て、秘書のおばちゃんじゃないかね」
「誰がおばさんだっ!」

 フーケ=ロングビルは激高した。
 このインテリジェンスソードなら、空が鞘にも入れずに学院内をうろちょろしていた頃、目にしている。
 まさか、こうも口が減らない奴だとは思わなかった。
 全く、剣を喋らせようなどと、こいつをこさえたメイジは、一体、何を考えていたのだろう。


「おばちゃんよ、気を付けた方がいいぜ。相棒は本当に酷い奴なんだ。絶対、何か企んでる」
「お・ね・え・さ・んっ!」
「そいつは図々しくないかい、秘書さんよ。四捨五入したら三十路だろ」
「するな!」
「小母様とか御婦人辺りで妥協する気はないかい?」
「それよりも、空の奴が何だって?何を企んでる、て?」
「そいつは、俺にも判らねえけど……目離さない方がいいんと違うかい?」

 それもそうだ。所詮、インテリジェンスソードに喋る以上の真似など出来はしない。
 ゴーレムの堅固を頼って、つい、気が緩んでいた。
 ロングビルは銃眼から眼下を覗き込む。
 刹那、浮遊感が体を襲った。



 空の忠告に従い、タバサは目標から距離を取った。車椅子の姿を、瞬く間に森が飲み込んだ。
 小高い樹々の上から、ゴーレムの上体だけが覗いている。

「これじゃ、様子が判らないじゃない」
「大丈夫」

 ゴーレムの動きさえ見えれば、大体の状況は読める。その姿が消えた時は、どんな形にしろ、決着した時だろう。
 淡々と呟くタバサと対照的に、ルイズは不安そうに眼下を見下ろしている。
 それは、ギーシュとキュルケも変わらない。
 四人の誰一人として、圓月杯の能力は知らないのだ。本当に、あの巨大なゴーレムを破壊出来るのだろうか。
 と、内耳が悲鳴を上げた。不意の気圧変化に、一同は思わず耳を押さえた。
 ――――顔を上げた時、森の中央にゴーレムの姿は無かった。
 どんな物も見えなかった。
 ただ、真っ黒な壁が、天まで立ちはだかっていた。
 一同は唖然とした。それが、巨大な竜巻である事を理解するまで、数秒が必要だった。
 猛り狂う竜が、土砂を巻き上げ、森を飲み込み、天へと登って行く。
 ルイズは震えた。歯の根が合わなかった。圓月杯――――“狂風神の雫”の力は、想像を絶していた。これほど強力な魔法兵器は、見た事も聞いた事も無かった。
 最早、ゴーレムも広場も跡形も無い。放っておけば、森を根刮ぎ吹き飛ばしかねない勢いだ。

「空は!?」

 狂風神の力を解き放ったのは空だ。広場に居た空だ。
 使い手を吹き飛ばす兵器は無い。空はそう言った。
 この地獄の様な光景を前にしては、とてもそんな暢気な言葉を信じる事は出来なかった。

「空を助けて!」

 その声に、タバサは青ざめた顔で頭を振った。風メイジの彼女には、あそこで何が起きているのかが、よく判った。
 荒れ狂う突風は、どれほど控え目に見積もっても風速80メイル。その暴風下では、飛び交う小石や木片でさえ、甲冑や城壁を容易く穿つ凶弾に化ける。
 あんな所に飛び込んだら、命が無い。

「そんな……」

 茫然自失の声に、答える者は無かった。
 誰もが凍り付いたかの様に、ただ眼前の光景を見つめていた。




 自分が倒れている事に気付くには、時間が必要だった。
 自分がどこに居るかに気付くには、更に時間が必要だった。
 一体、何が起きたのか。それはとうとう理解出来なかった。
 ロングビルは地面に倒れ伏していた。体が言う事を利かなかった。手足が悴み、耳が千切れそうだった。
 吹き荒ぶ風が体温を奪い去り、神経と言う神経を凍り付かせていた。

「くっはあ~っ……たまらへんっ!ひっさしぶりやあ~。どっこもイカれてへんし、こら、ごっつラッキーやわ」

 頭上から声がした。聞き慣れてはいるが、耳にはしたく無い声だ。足音と共に近付いて来る。
 足音……?
 ロングビルは目を見開いた。驚愕が、グズグズと言う神経を引っぱたいた。
 この男の声は聞き慣れている。何故、足音がする?
 身を起こそうとした時、激痛がそれを拒んだ。腹部に手を当てると、ぬるりとした感触が帰って来た。
 まずい――――焦燥感がロングビルを襲う。
 水系統は得意では無いし、この傷を治せるだけの精神力も残ってはいない。

「いや、ホンマ、感謝感激やわ!まさか、あないな所にこいつが在りよるなんてなあ……秘書はんが盗み出してくれへんかったら、ずっと気付かへんかった所や」

 背後で足音が止まった。
 おかしい。この男は車椅子の筈だ。
 何故、足音がする?何故、こんな高い所から声が降って来る?

「感謝の標言うんも、なんやけどな。チャンスくれたる。ホンマなら、助ける義理無いんやけど」
「……チャンス?」

 漸く、声が出た。

「こいつはウィールやあらへん……咄嗟に出たけど、悪う無い設定やわ」

 何を言っている?
 足音が頭の方に移動した。首を返すと、屈み込む様にして覗き込む、空の顔が有った。

「さて、取引と行こうか」



 森を蹂躙した竜巻も、長くその場に留まっている事は無かった。
 徐々に力を弱め、雲間から森へと頭を降ろし、そして単なる風に変わった。
 タバサは風竜を飛ばした。
 ルイズは無意識の内に、手を組んでいた。
 空は無事だろうか?

「空!」

 その面積を倍に増した広場の真ん中で、空が手を振っている。
 ルイズは歓喜の声を上げた。三人の顔にも明るさが戻った。
 風竜の着地を待たず、ルイズは飛び降りた。
 空はにこにこと上機嫌に笑っていた。隣に横たわる人影。あれが、フーケだろうか?
 傍まで駆け寄った時、ルイズは意外な物を目にした。
 空は脚を黒い布地で覆っていた。どうやら、フーケのローブの様だ。

「ああ、これか?実は脚がちと、巻き込まれてもうて……」

 元々義足だからどうと言う事も無いのだが、ズボンが千切れ飛んでしまった。
 あまり見た目の良い物でも無いので隠している、と言う。

「別に怪我した訳やあらへんし、心配要らへんで」



 ほっとしたのも束の間、ルイズは再び仰天した。
 空の隣に横たわる女性は、ロングビルだ。意識が無い。深手を負っているらしい。
 あの竜巻に巻き込まれたのだろうか。思えば、彼女の事はすっかりと忘れていた。

「ああ、こっちも心配要らへん」

 相も変わらずの笑顔で、空はアッケラカンと言った。

「こいつがフーケや」
「え?」

 ロングビルがフーケ?どう言う事だ?

「そう。彼女がフーケ」

 困惑していると、背後から声が寄って来た。タバサだ。

「ダーリン、大丈夫!?」
「ミス・ロングビルがフーケ?どう言う事だね?」

 キュルケにギーシュも、次々風竜から飛び降りて来る。

「どうもこうもあらへん。そう言う事や」

 ルイズは困惑した。どうなっているのか、いまいち良く判らなかった。
 学院長の秘書が盗賊。そう言われて、俄に信じられる筈も無い。

「ま、詳しい事は帰り道にでも話す。取り敢えず、事件解決や」
「……そうなの?」

 戸惑いながらも、ルイズは圓月杯を受け取る。
 その表面には、マジックで文字が記されている。

『Welcome to nightmare』

 その文字を、ルイズは読む事が出来なかった。


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