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Mr.0の使い魔 第三十三話

 ぐらりと傾くルイズの体。倒れ込む彼女を前に、クロコダイルは何も
できなかった。助ける気がなかったから、ではない。
 全く同じタイミングで、クロコダイルの視界も黒一色に染まったのだ。
咄嗟に右手をつかなければ、今しも甲板に投げ出された死体のように、
グリフォンから転がり落ちていた。このように自分の事で手一杯であり、
他の行動ができなかったのである。
 後ろの【遍在】が弾けて消える音で、不規則に揺れるクロコダイルの
意識はようやく安定した。血相を変えたワルドがルイズを抱き起こす様
を視界に捉えつつ、疑問を漏らす。

「何が、起きた……?」

 戦いで傷を負った訳ではないし、特に体調が悪いなどという事もない。
だと言うのに、何の前触れもなく意識が飛んだのだ。不審に思わない方
がどうかしている。

「気を失っただけ、みたいですね」

 クロコダイルの疑問が聞こえたのだろう、ワルドが幾分安堵した声で
答えた。どうやらルイズの身を気にかけての言葉だと受け取ったらしく、
クロコダイルの変調にはまるで気づいていない。
 望んでいた返事ではなかったが、不調を悟られるよりマシか、と考え
直した。既に雨で力が使えない場面を見られているのに、これ以上弱点
を晒すなど論外である。
 今のワルドの勘違いを利用できるように、クロコダイルは次の言葉を
選んだ。

「魔法の使い過ぎ、か?」
「それもありますが、一番の原因は皇太子の死でしょうね。
 今まで精神的に無理を重ねていたところに、強いショックを受けて気絶した」
「ふむ……港に着くまで、休ませた方が良さそうだな」
「ええ。船長!」

 足早に船内へ向かうワルドの背を眺めながら、クロコダイルは小さく
唸った。ルイズが気絶したのは心労が積み重なった故にで説明がつくと
しても、自分については心当たりすら浮かばない。まさか本当に『呪い』
という事もないだろうが、理由がわかわからないままでは困るのだ。事
は自分の命に関わるかもしれないのだから。
 思考を巡らせるクロコダイル。
 その下では、彼を乗せたままのグリフォンが、居心地悪そうに甲板を
引っ掻いていた。


 Mr.0の使い魔
  —エピソード・オブ・ハルケギニア—

     第三十三話


 小綺麗なベッドにルイズを寝かせ、ワルドは傍らの丸椅子に腰掛けた。
ルイズは規則正しい呼吸を繰り返しており、平穏そのもの。うなされる
様子もない。
 しかしながら、ワルドは未だ不安を拭いきれなかった。息をするたび
上下する胸の動きはごく僅かで、顔も多少青ざめている。少し離れれば、
死体と見間違えそうだ。
 死んだように眠る、という表現はワルドも聞いた事がある。しかし、
実際にワルドが思い浮かべたのは、眠るように人が死ぬ場面であった。
あの時、握った手が温度を失い、冷たく重くなる感覚は、思い出すだけ
でも震えがくる。
 急に怖くなって、ワルドはルイズの手をとった。温かい。冷たくない。
そこにある命を確かめるように、ワルドはじっと目を閉じる。

(……む)

 瞼の裏に、甲板の光景がぼんやりと浮かび上がった。いつもの癖で、
使い魔と感覚を共有してしまったようだ。あるいは、見たくない現実、
不吉な可能性から逃げるために無自覚なまま行ったか。どちらにしても、
感傷を振り払う手助けになった事に苦笑する。空を映し出すグリフォン
の視界では、見覚えのあるフネがゆっくりと近づいていた。


「おい、ありゃあ『レキシントン』号じゃねぇのか?」

 水夫の一人が発した声に、クロコダイルはふとそちらを向いた。雄大
なアルビオン大陸を背にして、大きな軍艦がこちらにゆるゆると近づき
つつある。向きの関係で片舷しか見えないが、側面に突き出した何十門
もの大砲は壮観だ。一斉射でどんな相手でも撃破できるだろう。
 その『レキシントン』号から、四頭の竜が飛び立った。タバサの引き
連れているシルフィードとは違い、くすんだ紅色の鱗で体を覆っている。
青い鱗のシルフィードは風竜、では、赤は火竜か。

「船長はいるか!」

 一頭が甲板に降り立ち、鎧兜を着た竜騎士が船長を呼びつける。残る
三頭のうち二頭は空賊船の検分に向かった。最後の一頭が上空を旋回し、
いざ事あればすぐさま対応できるよう警戒している。
 竜騎士はへつらう船長と二言三言交わすと、今度はクロコダイルへと
歩み寄った。フルフェイスの兜の中に、鋭い瞳の光が垣間見える。

「空賊共と戦ったのは、お前か」
「行きがかり上だ。アルビオンに着く前に空賊に殺されるなんて冗談じゃねェ」

 グリフォンの背から降りると、クロコダイルはそう嘯いて不敵な笑み
を浮かべた。相手に侮られず、かといって強く警戒もされないように、
匙加減を調節した態度。思い通りに事を運ぶには、こうして使いやすい
駒を選び、それに適した対応をしてみせなければならない。
 竜騎士はクロコダイルの内心に気づいた様子もなく、兜の奥で小さく
笑った。味方だとわかってすっかり安心している。

「違いない。まぁ、理由はどうあれ、このフネを守ったのだ。
 ここ最近は空賊騒ぎが続いて、少なくない物資が奪われていてな。
 それを討ち取ったとなれば、港で何かしらの報償が出るだろう」
「そいつは結構。働いた甲斐があるってもんだ」

 思惑を隠して笑い合う二人。と、そこでグリフォンが身じろぎする。
次に気づいたのは竜騎士だ。グリフォンの嘴が向いた先を目で追ったか
と思いきや、途端に不機嫌になった。クロコダイルもまたそちらに目を
向け、甲板に出てくるワルドを見つける。
 一瞬の沈黙。
 最初に開いた竜騎士の口から、多分に嫌味を含んだ言葉が飛び出した。

「これはこれは、ワルド子爵ではないか。
 クロムウェル閣下直々の御命令を受けたと聞いたが、こんなところで油を売っているとはね」
「その御命令故に、だ。彼と協力して任務を遂行した」

 切り返すワルドは淡々としたものだ。やはり元々が部外者であるから、
組織内での風当たりも強く、すっかり慣れてしまったのだろう。

「まさか空賊退治などと言うまいな」
「説明するより、見た方が早い」

 ワルドはグリフォンに向かって右手を挙げる。意図を理解した使い魔
が数歩後ろに下がり、体躯の影から覗くウェールズの亡骸。
 それまで余裕綽々だった竜騎士が、あからさまに狼狽えた。

「なッ!?」
「これが僕の受けていた命令だ。ついては、至急閣下に連絡して頂きたい」
「……承った」

 動揺をひた隠しに短く答え、竜騎士は愛竜の背に跨がる。二度、翼を
波打たせた竜は、逃げるように『レキシントン』号へと飛び去った。


「何も、仰らないのですね」

 遠ざかる竜の見送りもそこそこに、ワルドはクロコダイルに向き直る。
抑揚のない声を聞いたクロコダイルの口が、三日月を描いた。

「少なくとも、今どうこうする気はない。利害はぶつからん筈だからな」
「利害、ですか」
「そうさ。クロムウェル閣下とやらの覚えめでたい子爵なら、口利きぐらいは簡単だろう?」

 さも当然と言わんばかりのクロコダイルに、気を張っていたワルドの
方が面食らった。忠誠を誓うとまでは言わずとも、クロコダイルは一応
トリステイン側の人間である。加えて、裏切るに足るような理由もない。
そんな男が敵への紹介を要求するなど、ワルドの想像の枠の外だ。

「確かに面会ぐらいなら……まさか、首でも狙うのですか?」
「それこそまさか、だ。落ち目ならともかく隆盛の今、貴族派を潰すのはもったいない」
「もったい、ない?」

 妙な口ぶりに、ワルドは思わず聞き返した。クロコダイルの言い草は、
とても人間や組織に向けたものではない。金の浪費、食材の無駄遣いを
戒めるような。あるいは道具、それも消耗品の類いを効率的に使え、と
言っているようだ。
 クロコダイルはそれ以上この話を続けようとはせず、別の問いかけを
ワルドに向けた。

「それより、子爵。ルイズはいいのか?」
「【遍在】を一人残して来ましたから、何かあればすぐわかります。
 今は容態も落ち着いていますし、安静にしていれば大丈夫とは思いますが」
「そうか。なら、いいさ」

 満足げに頷くクロコダイルを、ワルドは冷たい目で見つめる。現状は
可もなく不可もなく。少なくとも、トリステインへ、ルイズへと裏切り
行為が発覚する可能性は減った。不本意だが、ルイズが眠っている事が
ワルドにとって幸いしている。
 今のうちに、クロコダイルの真意を見定めなければならない。相手の
計画や行動原理を知らなければ、戦場では容易く足下を掬われるのだ。
ワルドから見て、クロコダイルは頼もしい味方ではなく、狡賢く難解な
敵であった。


 王都トリスタニア。
 間もなく正午を回ろうかというこの時間、表通りであるブルドンネ街
は活気に満ち溢れている。しかしながら、一つ路地を入った別の通り、
チクトンネ街に人気は皆無だ。このチクトンネ街はいわゆる“夜の顔”で
あり、昼間に人がいないのは当然と言えば当然なのだが。
 その数少ない人の中に一人、眠たげにあくびをする美女がいた。長い
髪をそよ風に揺らすのは、ロングビルその人。

「くぁ……久しぶりの徹夜は、少しツラいねぇ。考えたくないけど」

 ロングビルはクロコダイルの指示通り情報を集めるため、前の職場に
顔を出したのである。改めて着た下着じみた給仕衣装は非常に羞恥心を
煽ったものの、仕事のためだと割り切った。色仕掛けに便利だとは言え、
以前はよく平然と着ていたと思う。あの格好でオスマンに尻を揉まれた
時、爆発しなかった過去の自分を褒めてやりたい。
 その後秘書に転職した結果が日々のセクハラ三昧、さらには大悪党に
従えられる現在に繋がっていると考えると、全力ではり倒して御破算と
していた方がマシだったかもしれないが。
 これ以上思い出を穿り返すとネガティブな方向へ突っ走りそうなので、
ロングビルは軽く頭を振る。気持ちを切り替え、集めた情報を整理する
事にした。身分の貴賤を問わず、酔っ払い客数十人から聞き出した情報
を、順序立てて並べ替え組み立てる。

 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。二十六年前、地方領主
の一人息子として生まれ、両親の愛を受けて育つ。快活な少年時代。
 約十五年前、元々持病を患っていた母親が他界。その後半年ほどは、
ひどく塞ぎ込んで別人のように陰鬱だったと言う。
 母の死から半年後、隣であるラ・ヴァリエール領内で開かれた園遊会
にて、公爵の娘達と交友関係を持つ。これをきっかけに、以前の活力を
取り戻した。特に仲が良かったのが、ルイズの一つ上の姉、カトレアだ。
 その後は積極的に魔法を学ぶようになり、加えて魔法以外の分野にも
広く興味を持ち、貪欲に知識を吸収した。この時期に屋敷で働いていた
というある衛士は、真夜中になっても灯の消えない部屋を見て感心した
そうだ。
 十二年前、十四の時にトリステイン魔法学院に入学。この頃には、既
に優秀な風のトライアングルメイジとして噂が広まっていた。なおかつ
勉学一筋という訳ではなく、他の生徒と良好な交友関係を築いている。
ちなみに、当時からモテたそうだが、全ての求愛を即座に断ったとの事。
それで『閃光』のあだ名がついたと、同級生らしい貴族の青年が苦笑を
交えて語ってくれた。
 十年前、父である子爵がランスの戦で戦死し、爵位と領地を相続する。
魔法学院三年生だったワルドは学院を中退して仕官、魔法衛士隊に配属
された。魔法学院で契約した使い魔であるグリフォンを伴っていたため、
グリフォン隊の見習いとして職務に励む。それと前後して、懇意だった
ヴァリエール家との交流が疎遠になり始めた。
 その後は訓練と任務を繰り返す中で功績を重ね順調に昇進、三年前に
副隊長のポストを得る。また魔法の実力も成長し、トライアングルから
スクウェアへと昇格した。
 一年前、前任のグリフォン隊隊長が加齢を理由に軍を退職、引き継ぐ
形でワルドが同隊隊長に任命されている。以後、それほど目立つ活躍は
ないが、政情不安定なアルビオンを探っているらしい。

「——酒飲み話じゃあこれが限界かね。
 それにしても……よりにもよって、アルビオンか」

 眩しい陽光に手をかざしつつ、空を見上げるロングビル。少しの間、
彼女は雲の彼方を見つめていた。


   ...TO BE CONTINUED

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