あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

策略の神

前ページ   /   表紙へ戻る   /   次ページ


 彼は満足げにうなずいた。
 日に数十回も唐突に現れては消える小さな『裂け目』を調べていた彼は、予想どおりの場所に現れた『裂け目』をくぐり抜け、まったく未知の世界に降り立ったのだ。
 数日を費やして――彼は自らがもたらした『時』の影響を受けない存在なのだが――この世界を隅々まで巡り、多くのものを見て、多くのことを聞いた。
 すべてを知った彼は、ほくそ笑んだ。
 この世界は絶好の『遊戯盤』だ。
 ここには過剰なまでに厳格で小うるさく、創造や諧謔の精神に欠けているくせに力だけは強い、あの『天の王宮』の神々は居ない。
 ≪大いなる意思≫と呼ばれる土着の神――もしくは神に近いものは存在するらしいのだが、それが彼に力を振るうことはない。
 彼のような強力かつ危険な『異物』の侵入を許し、なんの対策も講じようとしないのがなによりの証拠だ。
 つまり、彼の遊びは何者にも邪魔されることはないのだ。
 すでにひとりの人間の男が、彼に先んじて遊戯を始めているので、さっそく対手の名乗りを上げてやろう、と彼は考えた。
 だがその前に、駒を盤上に並べねばならない。
 大国の支配者である相手の操る駒は多いが、それに対して彼が直接に指示を与えて動かす駒はごく少数でよい――人と神の絶対的な差を考えれば、
遊戯を心ゆくまで楽しむためにはこれくらいの手加減が必要だ!

「ああ! 恐ろしい! 恐ろしい!」
 クロムウェル議長は、枯れ木のように痩せこけた全身をがくがくと震わせながら、熱病にうなされる病人を思わせる口調でひとりごちた。
 天蓋つきの豪奢な寝台に腰かけ、両手で顔を覆う。
「あの女は、これ以上わたしになにをさせようというのだ? にっくき王家を打倒すれば、それで終わりではなかったのか?
『王党派を殲滅したのち、ハルケギニア統一の手始めとしてすみやかにトリステインに侵攻せよ』だと!?
そんなことをすれば、世界中を敵に回すことになる。あの女など、いや、ガリア王など信用できるものか。邪魔になれば血を分けた兄弟さえ容赦なく抹殺する、
情けを知らぬ冷酷なけだものではないか!」
 クロムウェルはそう言うと、大きく溜息をついた。
「しかし、もう後戻りはできない。わたしは、奴らなしにはなんの力も策もない無力な存在なのだ。あの女に逆らえば、すべては終わってしまう!」

 ここは、アルビオンの王都ロンディニウムの中心にそびえ立つ、ハヴィランド宮殿の一室だ。
 かつて国王その人が寝起きしていた広々とした部屋で、クロムウェルは悲鳴じみた声で愚痴を漏らしていた。
 今の彼に、アルビオン全土に革命の嵐を巻き起こした≪レコン・キスタ≫の首魁、反乱軍総司令官としての威厳と自信に満ちた態度はない。

「わたしの≪虚無≫の力が偽りのものだと知れれば、あの頭の弱い将軍どもも離反してしまうに違いない。ああ、このハルケギニアのどこかに、
本心からわたしに忠実なる者はいないのか? この哀れな男に、二心なく従ってくれる者はいないのか?」

「この世界には、おらぬな」
 なんの前触れもなく響いた低い声を耳にして、クロムウェルは跳び上がる。
 慌てて顔を上げた彼の正面に、ひとりの男が立っていた。
 それは奇妙な男だった。
 ただでさえ背が低いのにひどい猫背とがにまたであり、大きさの合わないぼろぼろの服を身にまとっている。
 髪はぼさぼさで、頬のこけた貧相な容貌に軽薄そうな笑みを浮かべているが、その瞳には真剣な光が浮かんでいた。
 風貌だけとれば物乞いか狂人とみなされて当然の姿なのだが、この男にはどこか人間離れした雰囲気が漂っていた――信じられないほど年経りた巨木のごとく、
ただそこに在るだけで他を圧する、神秘的な眼に見えない力を発散しているのだ。

「き、きさま何者だ! どこから入った! 警備の者はどうした!?」
 なんとか威厳を取り繕おうとするクロムウェルだが、その声は震え、うわずっている。
 戦時の常として、指導者の死を願う者は多い――それは敵対者たちだけではなく、友軍や民衆のなかにさえ存在するのだ。
 暗殺をなにより恐れるクロムウェルは、自身の周辺の警備を可能な限り厳重なものとした。
 ハヴィランド宮殿には常に数十人の歩哨、立哨を立て、自室の窓は鎧戸と鉄格子によって念入りに封鎖されている。
 それなのに、この男はクロムウェルの前に立っているのだ。
「この世界には、きさまに心からの忠誠を誓う者などおらぬ」
 男はクロムウェルの質問には答えず、現れたときの言葉を繰り返す。
「しかし、世界を隔てる壁の向こうを探せばどうであろう? そこには幾多の驚くべき種族が存在する。そのなかから、とっておきの強さと
忠誠心を誇る連中を見繕ってきてやったぞ。とある野心的な魔法使いが自らの手で作り出した、恐るべき下僕……ああ、こちらの呼び方にならえば≪使い魔≫になるのかな?
とにかく、そやつらはきさまの最も忠実な部下となるであろう」
「な、なにを訳のわからぬことを言っておるのだ! 衛兵を呼ぶぞ!」
 クロムウェルは男を怒鳴りつけた。
 男がどうやら暗殺者ではないようなので安心すると、遅ればせながら、相手の無礼な言動に対する怒りがふつふつと湧き上がってきたのだ。
「まあ見てみよ、議長殿。これがきさまの≪使い魔≫どもだ。遥けきカーカバードの地より、わざわざ拾い集めてきてやったのだぞ」
 男はそう言って口の両端を吊り上げると、懐からごみの塊のようなものを取り出し、それを毛足の長い絨毯の上に放り出す。
 それをおずおずと見つめたクロムウェルは、男の言う≪使い魔≫が何匹もの蛇の死体であることに気づいて激昂する。
「ふざけるのもいい加減にしろ! 死んだ動物が部下になどなるものか!」
「きさまには、死者をよみがえらせる手段があろう? きさま自身のものではない借り物の力、魔法の指環の力ではあるが」
 男は人を不快にさせる、皮肉に満ちた笑顔を崩さずに答える。
「な……なぜそれを知っている!? きさまはいったい……?」
 自らの最大の秘密を告げられて呆然とするクロムウェルをよそに、男は言葉を続ける。
「忠実なる下僕が欲しくば、指環をこれらの屍に用いよ。こやつらは、この惨めな姿からは想像もできぬ強大な力と知性をもっておる。
その力を持ってすれば、きさまは真(まこと)のアルビオン王、いや、ハルケギニア王となることさえ不可能ではない」
「この蛇どもに、≪アンドバリの指環≫の力を使えと言うのか? これを人間以外に用いたことはない、なにが起こるかわからんぞ!」
 指にはめた指環をじっと見つめながら、クロムウェルはうめいた。

 この指環は、かつてシェフィールド――忠実な秘書の皮を被りながら、裏では彼に命令を下すあの女――にそそのかされてラグドリアン湖の精霊から奪った秘宝なのだ。
 シェフィールドは、指環には伝説の≪虚無≫の力が秘められているのだと彼に告げたが、それが具体的にどのようなものなのかは、いまだ知らされていない。

 うろたえるクロムウェルを見据える男の瞳が、異様な輝きを帯びる。
「なに、心配いらぬよ。それの本質は、この世界を構成する力の結晶にすぎぬ。強大な≪水≫の力が秘められておるのだ」
 すべてを知りつくしているかのような男の言葉の前に、クロムウェルは先刻までの怒りも疑いも忘れ、真剣に聞き入る。
「もちろん、ブリミルとかいうきさまらの神がもたらした魔法ではない。この世界には、より恐るべき魔法がある」
「せ、≪先住の魔法≫なのか?」
 クロムウェルが問いただす。
「さよう。きさまはあの魔女めにたばかられておったのだ。あやつはなにひとつ、きさまに真実を告げぬ。ただ主人の意向を伝え、きさまがそのとおりに動くよう見張るだけだ。
奴らにとって、きさまは盤上の駒にすぎぬ。必要とあらば――いや、不要とならば、かな――簡単に切り捨てるであろう。
秘密を漏らさぬよう、きさまの口を永遠に閉ざしたうえでな」
 不思議なことに、男の言葉はまったく正しいものだとクロムウェルには感じられた。
 今までずっとこらえてきた、シェフィールドとその背後に居るガリア王ジョゼフに対する怒りを爆発させる。
「おお! おのれ、おのれ! ガリアの毒虫どもめ! 前々からそうだろうとは思っていたが、やはりこのわたしを陥れるつもりだったか!
さんざん見下し、こき使っておいて、用済みになれば捨て去るつもりなのか? 許せん、奴らもアルビオン王家と同じだ! わたしを侮辱し、
恥をかかせ、最後には命まで奪おうとは!」
 クロムウェルは怒りに顔を赤く染め、呪いの言葉をわめき散らす。
 それを冷ややかな眼で見つめていた男は、咳払いをひとつして、クロムウェルの注意を向けさせる。
「しかし、この蛇どもは嘘はつかぬ。一心に主人であるきさまに仕えるであろう。こやつらの前では、あの魔女もただの女にすぎぬ。
ゆっくりと、甘美なる復讐の果実を味わうがよかろう」
「おお……し、しかし、シェフィールドを傷つければ無能王の怒りを買ってしまう! あの大国、ガリアを敵に回しては、アルビオン一国ではどうにもならないぞ」
 復讐の光景を想像して顔を輝かせるクロムウェルだが、その後に訪れるであろう身の破滅を思い、身震いする。
「なにひとつ問題はない。余の秘策、神の偉大なる叡智を授けようぞ。しかしそれは、きさまが≪使い魔≫を従えてからよ。物事には順序というものがあるゆえ」
 そう言って男は背筋を伸ばし、偉大な国王か大司教のように両腕を広げて仰々しく語るが、その貧相な姿には似合わない、いささか滑稽な動きだった。
 しかし、男を取り巻く神秘的な空気は先刻より強まっている。
 男は愚者の外見をとってはいるが、人間以上の存在であることは疑う余地もなかった。
「か……神? きさま、いや、あなたが?」
「余は神よ。ただし、ふたつの世界を隔てる壁の向こう側のな。神であるがゆえ、卑小な人間のごとく嘘をついたりはせぬ」
 驚きに眼を見張るクロムウェルに歩み寄り、男はなにごとかを耳打ちする。
「そ、そのようなものが本当に……?」
「嘘はつかぬと言ったはずだ。よいか、クロムウェルよ。この≪策略の神≫ロガーンに従え。さすればきさまは、すべての敵を打ち倒し、
王のなかの王となるであろう。ハルケギニアのすべての民は、きさまの前にひれ伏すのだ。そして余は、一切の見返りを求めぬ。
我が名代であるきさまが≪聖地≫のさらに彼方、東のさいはて、ハルケギニア全土にあまねく威光を示すことこそが、我が喜びよ」
「は、ははっ! あなた様に従います!≪策略の神≫よ! 大いなるロガーンよ!」
 クロムウェルはロガーンと名乗る男の前にひざまずき、床に額を擦りつけた。

 気がつくとクロムウェルは寝台に横たわっていた。
 眼をこすって上体を起こし、そこですべてを思い出す。
「あれは夢だ」と力なくつぶやく。
「わたしの気の迷いが生み出した、くだらん夢にすぎん。なにが神だ、使い魔だ……壁の向こう側? ≪門≫? そんなものがあるはずは――」
 そこまで言って、寝台の脇の床になにかが落ちているのを見出す。
 それはもつれ、絡みあった、何匹かの蛇の死体だった。
「ば、莫迦な……あれが、あんなことが、あんな存在が現実のはずは……」
 クロムウェルは震える声でそう言うが、蛇の死体から視線を逸らせない。
「やめておけ、愚かなことだ……貴重な≪虚無≫の……いや≪先住≫の力を、よりによってこのような長虫に!」
 その言葉とはうらはらに、彼はゆっくりと指環をはめた手を掲げた。

 数日後、アルビオン反乱貴族連合のあいだでは、奇妙な噂が流れていた。
 ――総司令官であるオリヴァー・クロムウェルが、誰も見たことがない奇妙な幻獣を使い魔として召喚したらしい。
 ――クロムウェルの使い魔は凶暴な人喰いの化け物であり、すでに幾多の捕虜や平民の奉公人が犠牲になっているそうだ。
 ――その中には忽然と姿を消したクロムウェルの秘書、ミス・シェフィールドも含まれている。

 彼――≪策略の神≫は、ハルケギニアと呼ばれる『遊戯盤』に最初の一手を打った。
 大陸全土を震撼させる、人と神の対局が始まったのだ。


前ページ   /   表紙へ戻る   /   次ページ

新着情報

取得中です。