あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロの英雄-後日談


 朝の光にスピノザは目を覚ました。
 のろのろと体を起こし、近くに作った巨大な水桶で顔を洗う。
 心地よい水の冷たさ、スピノザはぶるぶると顔を振って水の雫を飛ばした。
 朝食代わりに収穫籠に入れていた野菜を適当に口に放り込むと、そのまま鈍った体をほぐすように軽く伸びをした。
 体調は良くもなければ悪くないと言ったところ、少なくとも飛ぶのには支障はあるまい。
 スピノザはそう判断すると、二本の角ゆっくりと帯電させていく。雷が力場を形作りまるで羽根のようにスピノザの体を持ち上げた。
 滑るように、スピノザは空を飛ぶ。
「スピノザさーん」
 手を振ってくるメイドに鳴き声を一つ返し、スピノザは学院から少しだけ離れた場所へ着地する。
 そこは花園だった。
 赤、青、黄色、季節の花が咲き誇る一面の花畑だった。
 スピノザはその凶悪な爪を使って咲き誇る花を一本一本摘んでいく。
 僅かな時間が過ぎ去った後、スピノザの手の中には色とりどりの花を纏めた大輪の花束が収まっていた。
 スピノザはそのまま近くの森のなかに分け入っていく、獣道を五分ほど辿った先には急に拓けた場所があった。
「君とはほんと短い間しか一緒に居られなかったね……」
 ギーシュ謹製の錬金によって作られた小さな小さな墓。
 誰が知ろう、そこには小さな英雄が眠っていると言うことに。
 スピノザはゆっくりと黙祷を捧げる、その背中にいくつかの声が飛んだ。
「スピノザー」
「スピノザさーん」
 長く伸ばした桃色の髪を黒いリボンで編み上げた少女と、短く整えた黒髪のメイド。
 言うまでもなく、スピノザの主と大切な友人である。
「私を置いて行くんじゃないわよ」
 ぷりぷりとルイズは怒る、その姿を見てスピノザはくすくすと笑った。
 この一年で随分大人びた彼の主が怒る姿はとても可愛らしく、出会った頃のルイズの姿を思い出させたからだ。
「本当ですよね、赤ちゃんもいるのに」
 メイドはその手のなかにすやすやと眠る赤子を抱いていた。
 柔らかな金髪のその男の子は、どこかルイズと似た面影がある。
「しかし意外だったわねぇ、エレオノール姉さまがコルベール先生となんて……」
「――誰が趣味悪いですって、ちびルイズ?」
「い、いはははは、いはいれす、エレオノール、ねーはま……」
 子を産み、若干ふっくらとした体型になったエレオノールがルイズの頬を思い切り抓る、両親の反対を押し切って結婚したエレオノールは産休の休みを愛しいコルベールと共に過ごすために魔法学院に身を置いていた。
「まったくもう……」
 エレオノールはルイズの頬を引っ張るのをやめて、墓に手を当てた。
 瞳を閉じ、その下に眠る者に黙祷を贈る。
「有り難う、私のルイズを守ってくれて」
 そう言ったエレオノールの頬は、若干赤く染まっている。
 あの騒ぎに関わった皆の手によって作られた墓の下、そこには一人の英雄が静かに眠りについている。
「ところでまだ魔法は使えないの?」
「ええ、最後の一滴まで使い切ってしまったみたいで……」
 <ゼロ>のルイズに戻ったと言うのに、ルイズの顔は晴れやかだった。
 その瞳には何かを振り切ったような強い意志の力がある。
「それでも、私は私です」
「言うようになったじゃない、ちびルイズが……」
「いはは、おねーはまー」
 エレオノールは再びルイズの頬を引っ張る、痛い痛いと言いながらルイズは笑っていた。
 エレオノールも笑っていた。
 スピノザだけが申し訳なさそうな顔で、借りてきた猫のように縮こまっていた。
「ごめん、ルイズ……」
 そう言って頭を下げたスピノザの顔をルイズの鞭が思いっきり引っぱたいた。
「ふひゃ!?」
 驚いた顔のスピノザを見て、今度こそルイズは吹き出した。
「馬鹿ね、私が自分で選んだの。貴族である私が、二度と魔法を使えなくなっても友達を助けるって自分で決めたの」
 だから二度とそんな馬鹿なこと言うんじゃないわ、ルイズはそう言ってスピノザの鼻先に口づけた。
「ル、ルル、ルルルルイズ!?」
 人間だったら確実に真っ赤になっていただろう様子で慌てふためくスピノザ。その仕草は背後に竜の翼が風を切る音を聴いた途端より一層大きくなった。
「スピノザさま、見つけたのねーきゅいきゅい」
 蒼い肢体が謳いながらスピノザの隣へと舞い降りる、別にスピノザもシルフィが嫌いな訳ではないのだが、状況が状況である。
「シルフィ考えたの、やっぱりスピノザさまの子供欲しいな、るーるーるー」
「ええと、あの……その…………」
 こんな風に迫られては、スピノザは硬直するしか出来なくなる。
 そしてそんなスピノザの態度を良く思わない者も居るわけで……
 背後から聞こえてくる言葉に恐る恐るスピノザは振り返る。
「あんたはそんな牝餓鬼を選ぶって言うのね? だったらあたしにも考えがあるわ」
 そこには逆鱗に触れられたようにらんらんと瞳を輝かすアタラクシアと

 「スーピーノーザーーー!」
 髪を逆立てんばかりに猛烈な怒気を放つルイズの姿が!

「「こんの、馬鹿竜!!!!」」
「きゅいきゅい♪」
 追い立てられるスピノザと、それを追い立てる娘達。
 彼女たちの顔は怒りに彩られつつも、どこか嬉しそうだった。
「本当に何やってるんですかねぇ、デルフちゃん」
 シエスタは笑いながら、抱きしめた赤ん坊に笑いかけた。
 赤ん坊は空っぽのその手に世界を掴もうとするように、晴れ渡った真っ青に空に向かって腕を伸ばす。

 ――誰もがはじめは<ゼロ>だった。
 そんなのはこの世界に生きる者にとっては当たり前の話だ。
 人はその空っぽの手に大切な何かを掴み取るために、この世界に生まれてくるのだから……

「おやおや、騒々しいねぇ」
「待ってください、マチルダ姉さ~ん」
 背後から聞こえる喧噪、これは賑やかになりそうだとシエスタは笑う。
 楽しげに、そしてほんのちょっぴり哀しげにもはや居ない相棒へ向かって語りかける。
「それじゃあ行ってきます」
「だーだー」
 腕の中の赤ん坊が声を上げ、シエスタは今度こそ満面の笑みを浮かべた。
「ルイズ様ー、スピノザ様ー、お茶の時間にしましょうかー」
 声を上げながら、ゆっくりとその場を離れていく。
 その背中に懐かしい相棒の声を聞いた気がして、シエスタは去り際に一度だけ振り返った。

 ――学院の傍にぽつりと立つ小さな小さな石の墓。
 ――そこには口が悪いことだけが欠点の優しい英雄が、今も静かに眠っている。








「いい加減目ぇ覚ましなさい、この馬鹿竜! どんだけ私を心配させる気よ!」

 少女はそう叫び杖を振るった。
 まるで額に剣を突きつけられたかのように、魔王は苦悶の声を漏らす。
 だが虚無の三乗を持ってしても、スピノザから伝説の使い魔のルーンを引っぺがすには足りなかった。
 力尽きて地面へと落ちていく赤き竜王、その背中にしがみつきながらジョゼフはあらん限りの力を注ぎ込む。
 怯えるように黒竜から放たれる雷の乱舞、ライトニングクラウドに換算すれば何発分になるかも分からないその一撃を、
「デルフリンガーさん!?」
 宙に舞った剣が受け止める。
 メイドは力一杯自らの相棒を放り投げた自分の腕を呆然と見ていた、まるで自分のものではないかのように動いた二本の肉の塊を見ていた。
 そして気づく。
「まさか、デルフ!?」
 その問いかけに、剣はカタカタと笑顔で応えた。
「あばよ、ダチ公!」
 デルフリンガーはそう叫ぶと、まっすぐに魔竜に向かって飛んでいく。
 イカヅチを切り裂き、吸い込みながら向かっていくその姿は異なる世界で七万の大軍に挑んだ一人の少年の如く。
「思い出した、思い出したぜ相棒よ!」
 際限なくデルフリンガーは神の雷を吸い込み続ける、その刀身に罅が入っても陽気な魔剣は雷を吸い込むのを止めようとしなかった。
「約束した、約束したんだったよな! お前が化け物になったならこの俺が必ず息の根を止めてやるって!」
 パキリと刀身がまっぷたつになる。
 それでもデルフリンガーは魔法を吸い込むのを止めようとしなかった。
 折れた剣身にさらに殺到する破壊の光。
「やめて、やめてくださいデルフリンガー!」
「何やってんのよあんたは!」
「黙ってろ娘っ子、これでも俺っちは“神の盾”だ!」
 必ず守りきってやる、言って笑い――デルフリンガーは砕け散った。
 光の中で微細な欠片へと消えて行く。
 その光のなかでデルフリンガーは残った最後の力でこの世最期の思念を飛ばす。
「だがな約束は守れそうにねぇ、だって俺達はもうこの世界にゃいらねーんだからよ!」
 人は自分自身で生き方を選んで生きていくことが出来るのだ、と。
 桃色の背中に、自分が守る背中に、希望を夢見て。

 その瞬間ルイズは確かに見た。
 砕けた粒子が形作る、左手に剣を右手に槍を構える至極平凡な青年の姿を。
「ルイズゥゥゥゥゥ、いけぇぇぇぇぇえええええええ!」

 刹那、あらゆる力が中和した。
 全てが<ゼロ>になるその瞬間ルイズは飛んだ。
 エルフのおっぱいとジョゼフの顔を踏み台に、実に無様な格好で宙を飛んだ。
 魔法などなくとも、人は空を飛べるのだ。
 思わずそう信じたくなるほど、それはあまりにも無様な奇跡のような跳躍だった。
 その場の誰もが少女に見惚れる、そのあまりにも僅かな隙に少女は黒竜の顔にへばり付き、
「帰ってきて……スピノザ!」
 泣きながら、その顔に口づけた。

 解呪によって緩んでいた虚無の使い魔のルーンは次の瞬間掻き消え、その左手に至極ありきたりで平凡な使い魔のルーンが浮かぶ。
 恐らく無意識で行った契約の上書き、いくつもの奇跡の連続と言いようがない現象をただ一言で言い表す言葉がある。
 ――悪い魔法使いの魔法はお姫様のキスで解けたのだ。

「スピノザ……」
 もっともこれで奇跡は打ち止めだ。
 少女は力尽き、地面に向けて真っ逆さまに落下していく。
 ――落ちる。
 その時ジョゼフは気づいたのだ、自分は生まれて初めて自分以外の者のことを心底から心配していると言うことに。
 一秒が何時間にも感じる焦燥のなかで、ふわりとした感覚がジョゼフを包む。
 シャルロットの使い魔が自分のことを受け止めてくれたのだ、そう気づき「私よりもあの少女を」と言おうとしたが掠れきった声が喉から出てこない。
 再び生まれた巨大なゴーレムが黒と赤の竜をその両手に拾い上げるが、指の間から少女はこぼれ落ちる。
「死ぬな!」
 その瞬間、知らずジョセフは叫んでいた。
 そのジョゼフの隣りを閃光のように駆け抜ける疾風。
「なんとか間に合ったか……」
 少女があわや地面に叩きつけられるかと思った瞬間、グリフォンに乗った一人の青年が少女のことを救い出していた。
「閃光のワルド、只今参上」
 はぁ、と息を吐いたジョゼフの目の前で青年の顔がぐにゃりと音を立てて見知った相手のものへと変化する。

「ははは、油断したね兄さん!」
 ――シャルル!?
「いやぁ、あの兄さんがそんな可愛い顔出来るなんてねー。言ってやろー言ってやろー全国民に言ってやろ」
「ま、待て。シャルル」
「ああ、兄さん、大好きな兄さん。駄目だよ、兄さんの嬉し恥ずかし可愛らしな顔は、コッパゲが一晩でやってくれた“映る蛇君二一号”によってカラーで美しく保存したからね」
「シャ、シャルル――シャルル!」
「まったく、兄さんは可愛いなぁ……」
 そう言うとシャルルは腕のなかの少女をぽいっと捨てると、その細腕をジョゼフの背中に回しその逞しい体を抱きしめる。
「い、いやだ。シャルルやめ……」
「兄さんの胸板、兄さんの瞳、兄さんの唇……ああ、兄さんは本当に……」
 そうしてシャルルは拒むジョゼフに整った顔を近づけ……



 そこでジョゼフは目覚めた。
 なんと言う悪夢だろう、寝間着の下にはびっしりと珠の汗が浮き呼吸はどこまでも荒い。
「なんだ最後のは……」
 途中までは変わらない、ルイズは力尽き真っ逆さまに地面に落ちた。
 そこにグリフォンを駆る騎士が助けに入ったのも変わらない。
 だがグリフォンが彼女を拾い上げたと思った瞬間破裂した虚無の力が何もかもを吹き飛ばしたのである。
 まったくよく生きていたものだ。

 そこまで考えて、もう一度悪夢が頭をもたげた。
 ぞくりと体中が粟立ち反射的に下半身をまさぐる、無事であることを確かめてジョゼフは安堵の息を漏らした。
「何を考えているのだ、私は……」
 そう思って寝返りを打つと、安らかに眠るシャルルと目が合った。
 思わず後退る。
 何か柔らかいものに手が触れた。
「ん?」
 ふにょんふにょんと押し返してくる確かな弾力、この感触はどこかで触ったことがあるような……
「あんっ」
 その声に布団を捲る。
 ――そこには頬を真っ赤にし、ネグリジェ一枚ですやすやと眠る娘の姿が!
「うわっ、ととと……!?」
 自分が娘の胸を鷲掴みしていたことに気づいたジョゼフは顔を真っ赤にして立ち上がった。
 胸に手を当て、跳ねる心臓を意志の力で押しとどめる。
 すやすやと子供のように眠るイザベラの横顔にかつて愛した女の面影を見出したのだ。
 同じベットの上で獣のように交わ――あっははー、可愛いわ、もっともっと無様によがって私を楽しませてねジョゼフー!……ったことを思い出す、異論は認めない。

「はぁ、どうしたのだ私は……」
 よくよく確かめて見れば、シャルルかと思ったのは彼の姪のシャルロット。
 シャルロットをシャルルと間違えるとは、いい加減頭がおかしくなっているのかもしれない。

 彼の姪は、彼の前で初めて見せる安らかな寝顔ですやすやと眠りに入っていた。
 敵であるはずの彼の前で、あどけない寝顔を見せていた。
 それを見て、ジョゼフは思わず笑みを浮かべる。
 ――シャルルの娘が、私の前でこのような無防備な姿を見せるとは……
 ジョゼフはシャルロットが風邪を引かないように、捲れたスカートと毛布を元に戻そうとその先を摘んだ。 


「ジョゼフよ、サイトに教わった地球の菓子を作ってみたのだ……が………」
 扉を開けて入って来たビダーシャルは、あまりの光景にエプロン姿のまま固まった。
 ジョゼフが下着一枚で筋骨隆々たる肉体を晒しながら、自分の娘と姪を毒牙に掛けようとしていたのである。
 顔を真っ赤にして横たわる姪のスカートを剥ごうとしている姿を目撃されてしまったのでは、もはや言い逃れは出来ない。
 そしてビダーシャルはエルフの癖に酷く純情なところがあり……
 ビダーシャルの悲鳴に集まってきた護衛の騎士達によって、ジョゼフの二つ名が無能王から変態王に変わるのはそう遠い未来の話ではない。

 以後、変態王によって統治されたガリアは末永く栄えたとか栄えなかったとか。
 サイトは元の世界に帰り地球とハルケギニアとの間の架け橋となったと言われているが、今となっては真実は定かではない。
 後に残るは、ただ一つの物語だけ。
 手に入れた虚無の力も何もかも振り捨てて、大切な友達と一緒に生きる事を選んだ少女の物語だけだった。
 彼女の物語は後世に語り継がれる。
 <ゼロの英雄>と言う名のタイトルで……



                      おしまい





 ――その時、誰かの手記の切れ端が風舞った。


 慌てるビダーシャルを宥め、駆け寄ってくる騎士達を持ち場へ戻し、私は再び視線を寝台へと戻した。  
「まったく……」
 人の気も知らずに互いに抱き合って眠る娘と姪、それを見つめていると胸の内に苦いものが過ぎる。かつて私とシャルルもああやって互いに抱き合って眠ったものだ。
 その関係が崩れたのはいつだっただろう?
 私とシャルルが殊更に意識せずとも周囲は勝手に劣った兄と優れた弟とを選り分ける。
 それは構わなかった、出来損ないとして生きていくのは悔しかったが、ただシャルルを憎んでいれば耐えることが出来たから。
 いつか必ず魔法が使えるようになって見返してやると、唇を噛みしめながら前へ進むことが出来たから。
 きっかけはやはり父上が次代のガリア王を私に選んだ時だったか……
 誰もがシャルルが王ならばいいと思った、シャルルこそ王に相応しいと思った。だがシャルルはあまりにも優しく、そしてあまりにも無垢に過ぎたのだろう。
 持てる者たるシャルルが持たざる者である私を一片の曇りもない心で祝福していた。
 私にはそれが許せなかった。
 だが今になって思うのだ、私が許せなかったのはシャルルではなく――私自身だったのではないか?
 そうでなければああも簡単に露見するような暗殺計画は練るまい、私は弟の命を狙った薄汚い兄としてシャルルに殺されたかったのではなかったか……
 だがシャルルは死んだ、まるで自ら飛んできた矢に身を投げ出すように息絶えていた。
 その時から、私の胸の中の<憎悪>は何処に行くべきか行く当てを無くしたのだ。
 このハルケギニアを手中に収めようとしたことは、すべては単なる暇つぶし。今なら分かる、私は行く当てのない<憎悪>を誰かにぶつけたかったのだろう。
 だが私を急き立てていたものは既にない、あの黒いドラゴンに全て吸い取られてしまった。
 残ったものはただぽっかりした胸の穴。
 ひたすら空っぽな虚無だけだった。

 そうなってしまえば、生きていることもただ虚しいだけ。
 せめてこのカスのような命、シャルロットにくれてやろうかと思ったがシャルロットはいらぬと言う。
 空っぽなままでこの俺にどう生きろと言うのだ!
 返せ! 俺のあの狂おしいまでの<憎悪>を返せ! ただ一散に地獄へと向かって突撃するための業火をこの胸に返せ!
 俺は叫ぶ、ただこの胸の空虚を埋めようと叫ぶ、誰も来ないグラン・トロワの屋根の上に立ち、埋まらない空っぽな自分を消し去ろうと狂ったように叫び声を上げる。
「馬鹿だな、兄さんは」
 風に紛れ、俺は確かにシャルルの声を聞いた。
「僕を殺したから罰を受けないと駄目だとか、勘違いも甚だしいよ」
 顔を上げた先にシャルルが立っていた。
 あの頃と全く変わらぬ姿で、不遜な眼差しで俺のことを見つめている。
 ――ああ、どうやら俺はついに頭までおかしくなったらしい。
「なんだとっ!」
「僕は兄さんが王に相応しいと思ったから王位を任せた、世継ぎ争いを起こすことがガリアの為にならないから毒矢に身を晒した!それなのに何馬鹿なことしてるんだよ、兄さん!」
 シャルルの幻影は今まで一度も見せたことがない憤怒の形相で俺の事をなじる。
「ならばどうしろと言うのだ、シャルルよ。我が弟よ!」
「そんなことは知らないね、兄さんは色々あったけど結局は“王位”を継いだんだ、だったら自分で考えろ!」
「言ったなシャルル!」
「ああ、言ったよ兄さん。こんなことなら兄さんを殺して僕が王位に就くべきだったとね!」
 そしてその言葉に俺は激怒した。
 狂った自分の頭が生み出す幻影が、弟を穢すことに激怒したのだ。
「ならば目にもの見せてやろう、誰もが認める王となってやる! 誰にもシャルル様のほうがよかったなどとは言わせない様にしてやる! 余こそがガリアだ。見ていろシャルル、この俺を怒らせたこと地の底で後悔させてやるからな!」
 息も荒く俺はそう言い切った。
 俺の啖呵に、シャルルは……
「約束だよ、兄さん」

 その言葉こそ魔法だったのか。
 気がつけば私はグラン・トロワの最上階の屋根の上に馬鹿みたいな顔をして立っていた。
 ――あれは夢か? 幻か?
 シャルルが立っていた場所に突き刺さっているのは私の身の丈ほどもある一振りの剣。
 まるで鉄板のような大雑把な構造の、刃の根本に蒼い宝石が嵌め込まれた、私自身の身の丈の倍以上の大きさの破竜剣と言う名の剣。
 ただ竜を殺すためにこの世に産み落とされる、哀しき私生児。
 聞いた話によれば、この剣はまるで意志を持つが如く必要とされるべき時に主に相応しい者の元へと現れると言う。
 だが私は過去に一度この剣を見たことがあった。
 十年前、シャルルの部屋で……
 だがシャルルが死んだ後遺品を整理しても、この剣はどこにも見つからなかった。
 私は操られたようにその剣に手を伸ばし、そして触れる。
 刹那、硝子を擦り合わせるような音が耳を打った。

 あまりにも呆気ない幕切れ。
 数日前にサイトが振るったその剣は、あの悪夢のような攻撃さえものともしなかったその剣は――澄んだ音を立てて粉々に砕け散った。
 まるで幻想であったかのように宙に消えていく刃の欠片と、吹き抜ける風に流されていく蒼い宝石の欠片。
「シャルル……」
 私は、何故か頬を伝う熱い雫を止めることが出来ず……


 元々は手記であった筈の薄汚れた頁の切れ端は再び風に吹き流されて行く。
 その後に何が記されていたのかは、もはや誰にも分からない。
 はたしてジョゼフが見たものは、一体全体なんなのか?
 彼自身が生み出した幻か、それとも本当に奇跡が起きたのか?
 それすらもう分からないのである。

 最後にその頁を拾い上げた、一人の少年以外には……



                        Fin


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