あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロの英雄-1


 それは無情なまでに蒼く晴れ渡った、春の日の午後のことだった。
 吸い込まれそうな青空の下で行われているのは、春の使い魔召喚儀式。
 言うまでもなくメイジのこれからの人生を大きく左右する重大なイベントのただなかで、
 私はもう何度目になるか分からないサモン・サーヴァントの呪文を唱えていた。

「我が呼びかけに応えし、使い魔を召喚せよ!」

 ぼかん

 また爆発した。
 何度やっても、これだ。
 どれだけ頑張っても、どれだけ努力しても、帰ってくるのは人を馬鹿にしたような爆発だけ。
 お前はコモンマジックすら使えない落ち零れだと、突きつける無慈悲な宣告だけだった。
 周りのギャラリーが囃し立てるなか、『ゼロ』でしかない自分に悔しさで一杯になる。
 それでもくじけてなんてやらないんだから!

「召喚せよ!」

 また一振り、だがやはりボンと音を立てて爆発が響くばかり。
 唇を血が出るほど噛み締めながら、それでも私は諦めず何度も何度も繰り返す。
 一度で駄目なら二度、二度で駄目なら三度。
 渾身の精神力を込めて、周りであざ笑う奴らを見返せるような使い魔に向かって呼びかける。
 だが帰ってくるのはやはり爆発――それでもどうしても私は諦められなかった。

 諦めると言うことは自分自身を<ゼロ>だと認めること。
 貴族に相応しくない存在だと認めること。

 そんなことは絶対に出来ない。
 出来るはずが、ない……
 ―――だって、魔法を使えない貴族である私を愛してくれる人なんて絶対にいない。

 いやそもそも、魔法が使えなければ貴族でさえないんだから……


 けれども絶望はいつだってすぐにやってくる。
 呆れ顔のコルベール先生にこれで最後にしなさいと言われ、豆だらけの腕で渾身の力を籠めて杖を一振り。
 それも何時ものようにただの爆発となって消える……
「残念でしたねド・ヴァリエール。それでも貴女ならきっといつか……」
 白々しい型どおりの慰めの言葉、それが一層私の惨めさに拍車を掛けた。
 周囲の人間が<ゼロ>だ、やはり<ゼロ>だと囃し立てる。

 それが悔しかった。
 それが悲しかった。

 その罵声は私だけではなく私が背負ったものにまで馬鹿にする言葉。
 けれど魔法が使えない私は、満足に反論することさえ出来ないのだ。
 そんなのはふざけている。

「私は!」

 心の中に真っ黒な塊が炎となって燃え上げる、血が沁みた杖を力任せに握る。

「<ゼロ>なんかじゃ!」

 ヤケクソとばかりに杖を振った。
 世界全てが爆発してしまえとばかりに、残った力全てを込めて。

「ない!」

 詠唱も、ルーンも、まるで滅茶苦茶な言葉を叩きつける。
 晴れ渡った空へ向かって、その向こうにいる残酷な「運命」と言うものを定めてた誰かに向かって。
 でもきっとこの時の私は、そんな小難しいことなんて考えていなかったように思う。
 どうせ爆発させることしか出来ないのなら、いっそすべて吹き飛んでしまえ。
 そんな風に思っていたように思うのだ。

 そしてやっぱり私はいつも通り特大の爆発を生み出し……
 もうもうと立ち上がる爆煙の向こうから、私の絶望を切り裂くように『彼』は現れた。
 この時のことを私は絶対に忘れないだろう。
 絶対に、死んだって忘れるもんか。




 もうもうとあがる土煙の向こうに見え隠れするのは、見上げるような巨獣の体躯だった。
 暫く呆然として、ゆっくりと頭のなかに理解が追いついてくると、心の中一杯に歓喜が満ち溢れた。
 成功したのだ、やっとやっと成功することが出来たのだ。
 周囲のざわめきも耳に入らず、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ルイズはその巨体に向けて駆け出した。
 近くで見ると一段と大きい夜を押し込めたような漆黒の体躯。
 血で染めたような深紅の瞳。
 額に生えた山羊のような雄雄しい角。
 それは巨大な竜だった、ただその存在だけで他の獣を圧倒する魔獣の王であった。
 タバサと呼ばれた少女が召喚した風竜より一回りも二回りも大きい、大当たりだ、やはり自分にはこんな神聖で強大で美しい使い魔こそが相応しかったのだ。


 “まさか、そんな、何かの間違いだ”
 “ゼロのルイズがドラゴンだなんて”
 “インチキだ! こんなことあるはずが無い”

 周りの者たちの言葉さえ今のルイズには自分を祝福するファンファーレのように聞こえた、こんな使い魔を召喚したのだもう“ゼロ”などとは言わせない……

 そんな思考もろともルイズの体は凍り付いた。
 幾つもの弾痕が刻まれ引き裂かれた翼。
 今にも途絶えそうな弱々しい吐息。
 体中に刻まれた幾多の傷から流れ出る血潮。

 それは幻獣・魔獣の跋扈するこのハルケギニアに於いてすら恐らく比するモノなき魔獣の王であった。
『魔王竜』
 かつてハルケギニアから遠く離れた世界で、「暴虐」と「理不尽」とそして「絶対の死」の代名詞として使われた存在だ。
 その口から数千度にも及ぶ炎を吐き、角の一振りで落雷にも匹敵する稲妻を降らせ、その巨体でおおよそ地上に存在するどのような鳥よりも速く空を舞い、そして人語を解し、しかし好んで人を食らう。
 勿論ルイズはそのようなことを知らない、だがその秘めたる力の一端はただ一目見るだけ誰もが理解する。
 ただ其処にあるだけでその肉体そのものが他者を威圧するのだ、それは見るものの意思に関わりが無い。
 大いなる存在を前にして人がひれ伏さずには居られないように、理由はないのかもしれない。
 ともかくそのような存在を使い魔として呼び出したとしては、とんでもない程のメイジになる可能性があるに違いない――普通はそう考える。
 メイジの実力を見るにはその使い魔を見よ、と言う格言がある。それは使い魔の力がすなわちそれを御すことの出来る主の実力であるからだ。
 ――ならば果たして、もしその呼び出したドラゴンが死にかけていたとするならば?


 煙が晴れ、やがて周囲の者たちも状況を理解した。
 ルイズが呼び出した黒いドラゴン、それはもう虫の息であとどれほども経たないうちに息を引き取るであろうことに。
 だがそうと理解しても彼らは何も言わなかった、言えなかった。
 違いない、娯楽程度に家柄だけが優れた劣等生を小馬鹿にする程度の気持ちでルイズのことを“ゼロ”と呼んでいたような連中には、目の前の死に掛けた巨獣の姿は刺激が強すぎた。
 どうすればいいのか分からないまま立ち尽くす彼ら、そんな彼らを尻目に真っ先に動いたのはやはり血の匂いを一番嗅ぎ慣れた人物に他ならない。
「まだ息がある、手当てをすれば助かるかもしれません」
 そう言ってコルベールは比較的落ち着いた生徒達に指示を出すと、当直の水のメイジを呼びに渾身の“フライ”で舞い上がる、彼が去り後に残されたのは呆然と立ち尽くすルイズとそのクラスメイトたち。

「ドッ、ドラゴンを召喚した時には驚いたけど、そんな死にかけを呼び出してどうするつもりなんだ?」
 クラスメイトのなかの一人が突然そんな風に声を上げたのは、痛いくらいに突き刺さる沈黙に耐えられなかったから。
 彼とてルイズのことをクラスメイトの一人として気に掛けていた、なぜなら彼女だけが彼の言葉にまともに反応を返してくれる同年代の女の子だからだ。
 だからこんな風に憎まれ口を叩いてしまう、その後に返ってくるムキになった否定の言葉が聞きたくて。
 ――でも彼にだってわかっていたのだ、いくらなんでも今だけはなんとかして励ましてやらねばならないと。
 それでも何を言えば分からなくて、なんとか何かを言おうとして……結局口から出てきたのは何時も通りのそんな酷い言葉だけ。
「やっぱり“ゼロ”じゃないか!」
 その言葉にルイズが振り向いた。
 僅かに俯いているせいで長い桃色のブロンドが影となってその表情は伺えない。
 果たしてルイズはどんな顔をしているのか? 自分であれほどのことを言っておいて彼にはそれがたまらなく恐ろしかった。
 だが次のルイズの行動はあまりにも周囲の予想を裏切っていた。 
「お願い、します」
 頭を下げたのだ。
 ルイズが、まるで体中がプライドで出来ているようなあの誇り高いヴァリエールの娘が……
 眼を丸くする周囲をよそにルイズはなおも言い募る。
「私の使い魔を、助け――っ! 助けて、く、ください」
 その言葉がたどたどしいのは血が滴り落ちるほど唇を強く噛み締めているせい。
 ルイズは、死にたくなるほど屈辱に耐えながら頭を下げたのだ。
 目の前の大切なものを守るために。






 ○月△日



 同級生たちに借金してまで水の秘薬を買い漁った、あの日から一睡もせずに看病を続けている。
 それでもまだ私の使い魔は目を覚まさない。
 コルベール先生に、覚悟だけはしておきなさいと言われた。
 嫌だ、せっかくこの子は私の呼びかけに応えてくれたのに。
 こんな傷だらけになりながらも<ゼロ>の呼び声に応えてくれたのに。
 こんなところでお別れなんて絶対に嫌だった。
 元気になったらあれもしてあげよう、これもしてあげよう、そんなことばかり頭をよぎる。
 今更他の使い魔なんて呼ぶ気になれない、絶対助けるんだって決意の証。
 その唇にそっと口づけ……




 胸に走る痛みにスピノザは目を覚ました。
 ぼんやりとする頭で周囲を見回すと、見慣れない桃色の髪の少女が自分に取りすがって泣いていた。
 状況が分からず、スピノザはおたおたする。
 確か、自分はバートラントの戦車部隊からエチカ達を守って死んだ筈ではなかったか?
 何故この場所にいるのか、目の前の少女は誰なのか、とりあえず手っ取り早く目の前の少女に聞いてみることにした。
「ええと、ごめん君は誰かな?」
 少女の泣き声が一層激しくなる、スピノザの困惑が一層激しくなる。
 少女は震える声で「馬鹿馬鹿っ……」とか「こんなにご主人様を心配させて……」とか言っていたがやがて自分の名前を名乗った。
 ハルケゲニア、トリステインが貴族ヴァリエール家が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと。
 泣きじゃくり、自分の体に取りすがるその姿はどこかエチカに似ているな。
 スピノザはそんなな風に思った。






 ○月□日



 呼び出したドラゴンが元気になった、しかもドラゴンは韻竜だった!
 喜ぶ私に向かってドラゴンは戦車部隊がどうの、エチカはどうなっただの聞いてきた?
 何それ? と言うか私がどれだけ心配したと思ってるの?
 この馬鹿竜!
 呆気に取られる私を前にドラゴンはちょっと周辺を見てくると言い置いて空を飛んでいった。
 ちょっと!? まだ傷が治ったばかりなのに何無茶なことやってるのよ!?
 もう、帰ってきたらご飯抜きなんだからね!
 で、でも「ご主人様」って呼ぶなら特別にお父様にお願いして霜降りのロマリア牛を取り寄せてあげてもいいかも……




 見覚えのない街と、見知った場所のない地形。
 何より見上げる空に浮かぶ月が二つ。
 それが何よりも雄弁にこの世界が今まで居た世界と違うことを物語っていた。
 使い魔をやることは問題はない、ルイズが召喚してくれなかったらおそらく自分はあの場でで息絶えていただろう。
 どうせ長くても百年だ、あまりにも長い寿命を持つ竜からすればちょっとした午睡程度の時間でしかない。
 それに何より竜である自分を恐れることなく接してくれる相手はとても貴重だったから。
 ――しかしながら心配ごとが一つ。
「エチカは大丈夫、かな……」
 スピノザの心中に沸き上がるその気持ち、どこまでも闊達で優しくてそして何よりもスピノザのことを求めてくれた少女のこと。
 スピノザを恐れることなく付き合ってくれた、勇者の代理人。
 アタラクシアは大丈夫だろう、なんだかんだ言って彼女は強い。きっと自分の死を受け入れて生きていくことが出来る。
 だが自分は傷だらけの状態の召喚されたと聞いた。
 それならば、意識が途切れる寸前まで自分に取りすがって泣いていたエチカはきっと物凄く心配していると思うのだ。
 あの優しい優しい金髪の娘は……
 スピノザの心に郷愁が過ぎる、二人で会って他愛ない話をした日々が胸を掻き乱す。
 彼女にもう一度会いたかった、会ってまた他愛ない話をしたかった。
「けど、多分無理なんだろうな……」
 最強の魔竜は、ただ一人哀しく月に吠えた。
 元の世界に残してきた、大切な友人のことを想って。




 ○月◇日



 ドラゴンの名前はスピノザって言うらしい。
 種別は魔王竜? 魔王竜って何よ? って聞き返したら変な顔をして喜んでた。
 やっぱり変な奴だ。
 とりあえずご主人様との壁を教えるために貧相な餌を出したらつまみにちょうどいいって言われた。
 え、なに? 生でも気にしない? ちょっと、あんた待ちなさいよご主人様を!?
 ひぃぃぃぃぃ!? なま暖かい舌がべろんって……



「やりすぎたかな……」
 気を失ったルイズを前にしてスピノザはぽりぽりと頭を掻いた。
 冗談のつもりだったのだが、思ったより彼のご主人様は気が弱いらしい。
 もっとも腕ほどもありそうな牙を突きつけられ、丸太ほどもある蜥蜴のようなざらついた舌で舐められることに耐えられる人間は決して多くないだろうが。
 さてどうしようかと、とルイズを抱えてうろうろしているといきなり話しかけられた。
「きゅいきゅい、お仲間なのねー、いっぱいお話できるのねー」
「あ、どうも。こんにちは」
 自分に話しかけてきた蒼いドラゴンは背中から一人の人影を下ろすと、嬉しそうに上空を旋回する。
 蒼いドラゴンの主は無表情なその顔を僅かに歪めると、仕方なしと言った感じで自己紹介した。
「タバサ、この子はシルフィ」
「きゅいきゅい」
 タバサの話によると仲間を見つけたと思ったシルフィが浮かれて思わず話しかけてしまったのだと言う。
「あなたも韻竜だとは……あなたの故郷ではともかくこのあたりでは韻竜は稀少」
「きゅいきゅい、バレたら面倒なことになるってお姉さまはシルフィに全然喋らせてくれないの! シルフィ欲求不満なのね!」
 タバサははしゃぐシルフィードの頭をこつんと杖で一回小突くと、浅い溜息を一つ吐いた。
「とにかく無駄なトラブルを避けたいなら注意すべき――それと、もしよければ時々でいいのでこの子の話相手になってあげて欲しい!」
「きゅい!ほんとお姉さま、シルフィお話していいの!」
 タバサはもう一度こつんとシルフィの頭を叩く。
「毎日は駄目……ばれない様に、ときどき……」
 タバサは一度会釈すると、膨れっ面のシルフィードと共に去っていった。
 その背中に一言「ありがとう」と言い、ふと、スピノザは腕を組んで考える。
「けどドラゴンって普通話せるものだと思うんだけどなぁ……」
 暫し考えて、そしてポンと手を叩く。
「そっか、気がつかなかったけど、ルイズちゃんたちの国の言葉を無意識で使ってたんだ」
 長い間ずっと一人で暮らしてきた変な竜の思いつきは、やっぱり何処かズレていた。





 ×月○日



 スピノザが自分はあまり喋らないほうがいいと言ってきた。
 タバサから忠告されたらしい、そりゃそうだ韻竜だって知られたらえらいことになる。
 けどさんざんサラマンダーのことを自慢してくるキュルケに対して自制心を発揮させるのは正直辛かった。
 頑張った自分にご褒美をあげたい。
 とりあえずスピノザに相応しいご主人様になるために頑張ろうと思った、いつまでも<ゼロ>のままじゃいられない――と頑張ろうとした矢先に教室が吹っ飛んだ。
 気合を入れすぎたせいか机や黒板はおろか、壁や窓まで全部跡形もなし。
 クラスメイトから『グラウンドゼロ』の二つ名を賜る――って、嬉しくもなんともないわよこんなもの!
 なによ、いつもみたいにちょっと失敗しただけじゃないの……私だって好きに失敗してるわけじゃない、のに。
 落ち込んでいたら励まされた、僕だって落ち零れの魔王竜だ? うるさいうるさいうるさい!
 それって私も落ち零れってことじゃないの!
 ただでさえムシャクシャしているのに食堂の一件以来ギーシュが突っかかってきた、せっかく気を利かせて香水を拾ってやったのに酷い奴だ。
 <ゼロ>だなんだと言われても放っておけばいい、そう思ったけれど、ただ一つだけ許せない悪口があった。

「あんまりにも駄目だから、使い魔に見限られたんじゃないのかい?」
 ――うるさい!
「僕とヴェルダンテは決して断ち切ることは出来ない固い絆で結ばれているのさ、君とは違ってね」
 ――うるさいうるさい!
「そもそも、『ゼロ』のルイズが召喚するような使い魔なんてろくな……」
 ――うるさいうるさいうるさい!
「決闘よ!」
 気づけば、私はそう叫んでしまっていた。




「きゅいきゅい、大変なのねー」
 自家製のカップでシエスタに淹れて貰った紅茶を楽しんでいたスピノザの元に、シルフィが血相を変えて飛び込んできたのはその日の午後のことだった。
 慌ててすっ飛んでいくと、そこには七体のワルキューレに囲まれながら杖を持つルイズの姿。
 爪の一振りで襲い掛かるワルキューレからルイズを救った後、スピノザはギーシュに頭を下げた。
「悪いけど、急用を思い出したから!」
 ぎゃーぎゃー喚く主人を抱えると、呆気に取られるギャラリーを残し、スピノザはルイズを抱きかかえて逃げだした。
 再勝負を一週間後に控える使い魔品評会に約して。
 ウインドブレイクのような衝撃波を残し、風のような速さで飛び去っていく。
 呆れるキュルケ、呆れるタバサ、呆れるギャラリー。
 そんななかで初恋の微熱が燃え上がっちゃったのが一匹。
「きゅいきゅい、スピノザさますっごく強いのねー」

 結果から言えば、スピノザが一番苦労したのは。
 懐いてくる幼竜の相手と、愚図る主人を宥めることだった。





 ×月△日



 学院に土くれのフーケが盗みに入ったらしい。
 もっとも私達は使い魔品評会に向けての特訓で山籠もりしていたから詳しくは知らないのだが。
 しかし先生達は何をしていたんだろう? ミス・ロングビルがフーケの居場所を見つけてきたと言うのに一人も追撃隊に手を挙げずみすみすフーケを取り逃がすなんて。
 私がいたなら絶対フーケを捕縛隊に志願したのに、悔しい。
 『どらごん殺し』の秘宝が盗まれたとか。
 そして山籠もりして分かった、スピノザは凄い奴だ。
 もっとも平和主義者だから絶対に戦いの為にその力を使わないらしい。
 なんて無駄な……と思ったけど私は文句は言わなかった。
 それがスピノザの誇りだと分かったから、優しい魔竜になりたいとスピノザは言った。
 ところでエチカって誰よ?
 ――ぎゃーぎゃー騒いでいたら剣の稽古に来たとか言うメイドに見つかった。



 特訓は酸鼻を極めた。
 主にルイズの吐瀉物的な意味で。
「次、いくよー」
「ば、ばっちこーい」
 スピノザが大地を駆ける、ぐんぐんあがるスピードにルイズ悲鳴をあげる。
 鞍に跨りながら必死で手綱を握る、滑空のために加速しているだけだと言うのに今にも吹き飛ばされてしまいそう。
 炎の吐息、雷の乱舞、雷の隠れ蓑、色々検証した結果優勝を狙うにはライバルであるシルフィの飛翔に打ち勝つのが最良であると判断した。
 そしてスピノザはそれに勝てる飛翔が出来る、二人はそう判断した。
 ついでにシルフィも、あれにはさすがに勝てないきゅいきゅいと白旗を振った。
 だが使い魔品評会は使い魔と主人が一組になって行う競技によって決する、如何にスピノザが速く飛べてもルイズがそれに耐えられなければ意味がない。
 そのためにこの一流の竜騎士〈ドラゴンライダー〉もかくやと言う特訓法が生まれた。
 要はひたすらルイズがスピノザの速度に慣れ、それに耐えられるようにすると言う訓練である。
 やることは簡単だ、気を失うまでスピノザの背で耐えるだけ。
 最初はゆっくり、そして次第に速度を上げていき、やがては最高速度に。
 レビテーションさえ使えないルイズは振り落とされれば命はない、それでもルイズは今まで体験したことないほどの酔いと疲労によく耐えた。
 だがルイズの必死の努力に関わらずサイレントにより風防を施したタバサ&シルフィード組のほうがまだ速かった。
 落ち込むルイズにスピノザは言った。
 魔法には、魔法で対抗だと。







 ジョゼフの手記-1




 ○月×日



 弟を謀殺し、玉座に着いてもこの胸の虚無は埋まらなかった。
 だからゲームに没頭した、より強い相手を求め、戦い、そして勝利する。
 ただ次の手をどうするべきか考えている間だけは、胸のうちの空虚を忘れられた。
 だがそんなこといつまでも続けられる訳はない、私にはこう言う方面の才能はあったのかすぐ周囲に私と対等に指せる相手はいなくなった。
 空虚だ、どこまでも空虚だった。
 胸に開いた風穴は何時になっても埋まらず、吹き抜ける雪風が心を冷やしていく。
 やがて何も感じなくなった。
 望むのはただ対等な相手、私が私として戦うことの出来る相手だった。
 それが現れるまで暇さえ潰せればそれでいい……
 そのためオルレアン公派の者達を泳がせる、シャルルの娘、可愛い姪がいずれこの胸に懐剣を突きつけてくれることを夢見て地獄のような任務に送り込む。
 それでも胸のうちに燻った燃え残りの炎は、ガリアの凍てついた冬のように冷たく私を燃やし続ける。
 ――嗚呼、シャルルよ。お前は何故あの程度の刺客に殺されてしまったのか。

 そんなある日、姪が使い魔を召喚したとの知らせが入ってきた。
 姪が呼び出したのは鱗が蒼く煌めく風竜だと言う、さすが我が自慢の弟の娘だと一人笑った。
 そうなると私からはいかな使い魔がでてくるのか? 興味が湧き過去何度も失敗したサモン・サーヴァントを詠唱してみた。
 今度は一発で成功した。
 出てきた使い魔を見て、私は爆笑した。
 奇妙な服装をした平民の少年だったのである、平民程度がこの無能王ジョゼフには相応しい使い魔と言うことか。
 そう思った私はその少年にコントラクトサーヴァントを行う。
 以前適当な野生のドラゴンで試した時は失敗したから、今度は失敗しないようにねっとりじっくりと、舌まで入れて念入りに。
「な、何すんだ、おっさん!? うおぇぇぇぇぇえええ!?」
 少年が、ゲロを吐いた。
 ――王家の者の口づけをなんだと思っているのか、この少年は。
「お、おお、お父さま!?」
 娘に見られた、凄く気まずい……
 しかし顔を真っ赤にして走り去っていく娘の姿は存外に可愛いものだ。
 そう思って笑っていると、配下の者に見られてしまった。
 気まずい、すごく気まずい。
 ごまかす為に少年の左手に刻まれたルーンが見たことのないものだったので、配下のものに調べさせることにした。





「あれがジョゼフの召喚した……」
「まさか本当に平民を……」
 耳の端を掠める影口にサイトは眉を顰めた。
 普段はおちゃらけているものの、或る程度は心根の真っ直ぐな少年である。
 さんざん普段は媚びを売っておいて、見えないところで陰口を叩くと言う人間には我慢がならなかった。
「へぇ、あんたが父上の召喚した平民かい」
 突然呼ばれて振り向いたサイト。
 そこにはご立派なおでこがあった。
「へぇ……」
 ご立派なおでこはサイトをじろじろと眺める、それはもう吐息の掛かりそうな距離である。
 いくら相手がご立派なおでこといえど、年頃の女の子にこれほど距離を詰められたことのないサイトは思わず赤面した。
「やっぱりただの平民じゃないか! 父上も大したことないね!」
「へ?」
 ご立派なおでこは「見てらっしゃい父上やガーゴイルより凄い使い魔を召喚してやるから!」と言いながらのしのしと王族とは思えない足取りで去っていった。
 サイトは途方に暮れた。
 その鼻先に残り甘い石鹸の匂い。

 サイトは知らない。
 彼に会う前にイザベラ様がいつもより念入りに体を洗っていたことを。
 わざわざ偶然を装うために、二時間もサイトを探してグラン・トロワの宮殿をうろついていたこと。

 ――このイザベラ様、平民に舐められるのは我慢できない。
 だがしかしまだ見ぬ相手を想像して胸を高鳴らせたり、体を磨いたり、とっておきの香水を付けてみたり、挙句相手を待ち伏せたり。
 その行動が周囲の人間にどう思われているかなど、案の定「自分に魔法の才能がないから従姉妹と比べられるんだ!」 と言うイザベラ様には全然気が付いていなかった。

 数日後、ガリアの宮殿に広まる噂は「無能王が平民を召喚した」「無能王は両杖使い」から
 「わがまま姫が略奪愛をしようとしている」に変わったのは、果たして幸か不幸か。





 ○月△日



 少年の手の刻まれたルーンは伝説のガンダールヴのルーンだった。
 と言うことは、私は虚無の担い手と言うことになる。
 ははー、そんなまさかと思って土のルビーと秘宝の香炉使ってみたら反応しやがったよコンチクショウ。
 なんでもっと早く確かめなかったのか……
「ははー、しょうがないだろ兄さん所詮兄さんなんだからさ」
 頭のなかでシャルルのさわやかな笑顔が過ぎる、くそ、お前はいつもナチュラルに私を馬鹿にして。
 お前の哀れむような目がどれだけ私を傷つけていたかわかるか! この誘いドSめ!
 この私が、私がどんな気持ちでお前のことを……
 悶々としていたら使い魔の少年に声を掛けられた、ええい五月蠅い――ってなんだそれは? パソコン? 異世界の技術?
 そこまで言うなら特別に見てやらないことも……って、すげぇ、○○○で×××で△△△だと!?
 毎月大量のゲームがリリースされるうえに、回線を繋げれば世界中の猛者達と部屋にいながらにして勝負出来る!?
 うはっ、夢がひろがりんぐwww
 はっ、拙い、一瞬王族としての威厳が崩壊しそうになった。
 しかしサイトの世界の技術は興味深い、配下に命じて調査させることにしよう。
 アルビオンのクロムウェルが泣きついてきた? そんな奴知らん、無視無視。
 いい暇つぶしのネタができたことに喜ぶ、配下の者たちに適当に暗躍させて暫く異世界の“科学”とやらに触れてみよう。




 サイトはプチ・トロワの中庭で一人剣を振っていた。
 サイトの身長よりも二倍もでかいおおざっぱな作りの大剣をぶるんぶるん音を立てて振る度に左手のルーンが輝き、そのたびにサイトは驚きの声を漏らす。
 こんなでっかい剣を振ることが出来るなんて本当にガンダールヴ様々だ!
「暫く頑張ってみるか、ジョゼフって言う王様はひねくれてるけど悪い奴じゃないっぽいし……」
 ぶるんともう一度剣を振るう。
 刃の中心に填った蒼い宝石、無骨ななかに流麗さを秘めたこの剣はガリアの盗品市場に流れていたものだ。
 出来は良いのになまくらと言う不思議な剣で、ゲームのなかの剣みたいだ! と言う理由でサイトが欲しがった為「か、勘違いするなよ、余のコレクションにするのだ。お前の為に買ってやる訳ではないのだからな」と現金一括でジョゼフが買い上げた。
「一度、こんな剣振ってみたかったんだよな!」
 さすがサイト、お人好しである。
 もっともサイトがこうして余裕を見せていられるのは、ジョゼフが元の世界の帰るのを是非協力させて貰いたい! と乗り気になっているからだ。
 それほどサイトの世界の科学技術は魅力であったらしい。
「母ちゃん、心配してるだろうな……」
 そう思って剣を置いた途端、巨大な竜の遠吠えと蛇に飲み込まれる蟾蜍の断末魔みたいな悲鳴が聞こえる。
 慌てて剣を担いで向かった先に。

「ひぃ、うん……ひゃ、あっ、あっ、やめて、そこっ……ひんっ!?」
 ――綺麗なイザベラ様がいた。
 頬は真っ赤に染まり、口の端から涎が零れる、着ていた衣服はビリビリに破けておりかろうじてキワドイところだけが隠れていると言う状態。
 その姿に普段の勝気さ、意地の悪さは微塵もない。
 本来なら歓迎すべきであろう、イザベラ様が赤い竜の口の中でべろんべろんと飴玉のように舐られているのでなければ。
「やめぇ……離ひへぇ…………」
 奇妙に鼻にかかった声に、サイトはゴクリと唾を飲み込んだ。
 このイザベラ様、舐められているだけだと言うのに異常に扇情的である。
 或いは、これこそが普段の姿に隠されたイザベラ様の真の魅力なのか!?
 周囲の騎士達も状況が状況ゆえに手出しできずに顔を真っ赤にして、微妙に前屈みになって固まっている。
 それは果たしてイザベラを人質に取られているせいかだろうか?

 ただイザベラ様のこそばゆい嬌声だけが響くなか、ドラゴンはゆっくりとイザベラ様の柔らかい乳房に牙を突き立てようとし……
「お、お前。イ、イザベラをはっ、離せ!」
 刹那、正気に戻ったサイトによって阻まれた。
 サイトの左手のルーンと、右手に掲げた大剣が蒼い光を放つ。
 その輝きにドラゴンは粟を食ったように慌ててイザベラを吐き捨てた。
 「ぺっ」と言う食べかすでも吐くような音と共に、やたらと生臭くなったイザベラ様が涎塗れで吐き出される。
 慌ててイザベラを抱き留めるサイトを一顧だにせず、真紅のドラゴンは一散にプチ・トロワの宮殿から逃げ出していいった。
「なんなんだ、一体……」
「ふぇぇぇ、サイト、サイト!」
 王族の威厳も、普段築き上げた虚勢も何もかも放り捨ててサイトに抱き泣きじゃくるイザベラ様。
 縋りついてくるイザベラをサイトも思わず抱き返す。
 だが次の瞬間、イザベラ様は今更ながらに自分がほぼ全裸と言うことに気づき……
「な、なな、何見てんだい!!」
 猛烈なエルボーがサイトの顎に食い込む。
 そのまま気を失ったサイトから服を奪い取り、イザベラ様は浴場へと走っていった。
「いくらなんでもデレが短すぎるって……」
 そう呟いてサイトの言葉を理解できる者は、前屈みになった者たちのなかには誰もいなかった。





 コルベールの手記


 ヴァリエール嬢が召喚したドラゴンはどうやら韻竜だったようですな。
 内密にしてくれと言われてるのも納得です、こんな素晴らしい使い魔アカデミーが放っておく訳ありませんからね!
 しかしヴァリエール嬢ならいつか必ずやると思ってました、努力はいつか必ず報われるものだと。
 一人の少女が<ゼロ>と心無い中傷を浴び続け、それでも怠らなかった努力によって最高を使い魔を得た。それが自分が受け持った授業であったと言うのは教職にある者として心底嬉しいですぞ!
 しかし使い魔の胸に刻まれたルーン、あれは一体なんなのでしょうか?
 見たことがないために色々資料を漁ってみましたが、一つも該当するルーンなし。
 形として伝説のガンダールヴが一番似ていますが、しかしガンダールヴのルーンは神の左手の名の通り左手に刻まれるものの筈。ともかく要調査です。
 しかもあのドラゴン君が私の蛇君の真価を分かってくれるとは!
 本当にヴァリエール嬢は凄い使い魔を召喚したものです。
 なんでも彼がもと居た場所には蛇君の技術が発展していて、馬なしに走る鉄の車や魔法なしに空を飛ぶ船があるのだとか。
 特に蛇君の発展の基礎となった“蒸気機関”というものに興味が出ました、大まかな原理は教わったのでためしに作ってみることにしましょうか。


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