あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

Phoenix Saga episode ZERO-2

「お嬢様ぁ! どこに居られるのですか!?」
「ルイズ様! お出でになってください!」

 御付のメイドと家庭教師が彼女のことを探している。
 その声を聞きつけた屋敷の雇用人達がわらわらと集まり、事情を聞きつけて泡を食って走り出す。
 別に、メイドも召使も、教師ですら、彼女が居なくなったことに狼狽しているわけではない。
 勉強の途中で抜け出されると言う不始末をしでかしたことが、雇い主であるヴァリエール夫妻に知られてしまえば、叱責されるのは自分たちだからだ。
 現在声を張り上げているその内誰一人とて、心の底から彼女の安否を気遣っているものなど居ないと、彼女は確信していた。
 そう、現に……。

「まったく……ルイズお嬢様にも困ったものだ」
「ほんと、上のお二人のお嬢様はあんなにも優秀なのにどうして……」
「生まれてくる時に吸い取られちまったんだろ」
「まあ、顔だけは良いからな……まあ政略結婚にゃ持って来い――」
「しっ! 滅多な事言うんじゃねえ!」
「おっと……そうだな、くわばらくわばら」

 すぐ足元の茂みの中で話題の張本人が屈辱に震えているとも知らず、二人の召使はそれ以上の無駄口はたたかず、ソロソロとその場を離れていった。
 怒りと屈辱、そしてあの二人の言葉を何一つ否定できない自分自身に対する、どうしようもない悲哀を胸に抱きながら、彼女はふらふらとお気に入りの場所に歩き出した。
 ヴァリエール公爵家の邸宅に存在する中庭には、一流の庭師が完璧な計算のもと作り出した素晴らしい景観の人工池が存在する。
 その水面にボートを浮かべ、何も考えずにぼおっとするのが、彼女の心が休まる瞬間で――或いはそれは、一緒の逃避か、精神防御であったのかもしれない。
 齢六つという年齢の少女に、日々突き刺さる叱責と困惑の視線はあまりにも過酷に過ぎたのだ。

「っ……くっひっ……ッ、うぅぅ!」

 それまで何とか耐え切ってきた涙が遂に溢れ出し、少女は小船の中で声を殺して泣き崩れた。

 どうして! どうして! どうして! どうして!

 何度も何度も繰り返したその問いに、まともに返したものは終ぞ現れなかった。
 貴族である事とメイジである事はイコールで、その逆もまた真であった。
 ならば、一切の魔法が使用できないこの少女は貴族たり得ない存在なのだろうか? 
 これがもし、貴族名鑑の端の端にようやく名前が載るような弱小貴族ならば話は違った。
 長女ならまだしも三女という立ち位置であるなら、とっとと出奔して自分の好きな事でもして――例えば商人になるなりゲルマニアで技師として学ぶなり、幾らでも選択肢はあった。
 しかし、この少女はトリスタニアの王族にすら血縁関係のあるヴァリエール公爵家の息女。
 そのような事はたとえ転地が逆さになっても有り得ない事であるし、許されなかった。

「うっく……ひっうあぁぁ!」

 何も見たくない、聞きたくないと言うように、ボートの底に蹲り、両手で体を抱きしめながら彼女は息を殺したまま泣き続けた。

「ひっ、く……っ?」

 ふと、誰かに見られているような気がして、彼女は顔を上げた。内心、いつも彼女を励ましてくれる青年の事を期待しながら。
 しかし、そこにいたのは彼女の全く知らぬ顔だった。

「どうしたの? 何を、泣いているの?」
「え……あ、あなたは、だれ?」
「私? 私はアルテナ」

 目の前でアルテナと名乗った少女はどうやらルイズより十は年上のようで、短く切り揃えた紅の髪と、紅玉のごとき輝きを放つ印象的な瞳が彼女を惹き付けた。
 顔は見た事がないが、貴族である事はその絹の衣服から見て取れた。
 が……。

(なんで寝巻き……?)

 正午はとうに過ぎたが、まだ寝るような時間ではない。
 もしかしたら彼女の敬愛する姉のように、一日中寝巻きを着ていなければならないような体なのだろうか、と彼女がぼんやり考えていると、その目線がばっちりと相手のそれとかち合った。
 その後に及んでようやく、相手の顔をじろじろ眺める失礼に気付き、ルイズは慌てて顔を俯けた。

(また怒られる……!)

 次の瞬間やってくるであろう叱責の言葉に耐えるように、ぎゅっと体を縮ませるが、いつまでたっても彼女を叱る言葉は降ってこなかった。

「……? わっ!」

 恐る恐る顔を上げると、その瞬間を計っていたかのように、彼女はアルテナに抱きしめられていた。

「大丈夫……」
「え……」
「大丈夫、誰もあなたを責めたりしない」
「……」
「子供が、泣くのを我慢してはだめ」
「っ……!」

 その言葉が最後の引き金だったのか、それまで必死に殺していた泣き声を今や隠そうともせず、わあわあと大声で泣きじゃくりながらルイズはアルテナの胸に顔をうずめた。
 時々、耐えられないほどストレスが溜まった時に一つ上の姉に対してするように……。
 まるで溺れる者が必死にしがみつくかのように、アルテナの背中に回された小さな両手は渾身の力で彼女を抱きしめていた。
 アルテナは耳元で幼い少女をあやす言葉を紡ぎながら、左手は優しく背中を抱きしめ、右手でゆっくりと桃色に色付く髪の毛を撫でている。
 見るものが居れば、まるで宗教画の中に迷い込んだかのような錯覚に陥っただろう。
 やがて、彼女は憑き物が落ちたかのように気の抜けた顔でアルテナを見上げ、今一度彼女の端整な顔つきを至近距離で眺め回した。

「なぁに?」
「あ……ごめんなさい、その、あの、き、きれいな目ですね」

 あれこれと悩んだ末に出てきた言葉は、どこか抜けたものだったが。

「ありがとう、この瞳の色は私も気に入っているの。それに、貴女の髪と瞳の色も可愛らしいわ」

 微笑を湛えながら返された言葉に、ルイズは羞恥以外の何か――まだ幼い彼女にはよく分からないものによって、顔を真っ赤にした。
 そんな彼女の初々しい反応に、一人っ子だったアルテナは心の中で「ああ……もし私に妹が居たらこんな感じなのかな。テラモエげふんげふん、癒される……」と、いささか台無しな事を呟いていた。

「それじゃあ、取り合えず貴女の名前を教えてくれる?」

 その言葉に、相手に名乗らせておいて自分は一度も名乗っていない事に気が付いた彼女は、慌てて自らの名を告げた。
 その時ルイズは自らの家名を含めた正式な名を告げずに、ただ一音「ルイズ」とだけ口に出した。
 「相手が家名を名乗っていないので自分も」という事ではない。
 ただなんとなく、この邂逅に長ったらしい家名――個人を認識するのに冗長に過ぎると言わざるを得ないそれ――は、邪魔者のように彼女は感じたのだった。

 互いの名を交換した後、アルテナはルイズにどうして泣いていたのかを訊ねた。
 それを聞いてルイズがさっきまでの事を思い出し、またしてもその胸中にえもいわれぬ虚無感が到来したが、散々アルテナの胸の中で泣きはらしたので思ったほど涙は出なかった。

 所々つっかえながらではあったが、彼女はアルテナに自らの身の上を話した。
 その話が「全く魔法が使えない」という件に差し掛かった時、ルイズはそっと彼女の顔を窺ったが、その顔に浮かんでいるのは侮蔑でも困惑でもなく、一字一句聞き逃すまいとする真剣な顔で、
その表情に逆に困惑させられながらもルイズは話を終えた。

「なるほど……」
「…………」

 ルイズの話を聞き終えた後、真剣な表情のままでアルテナが口を開いた。

「幾つか聞かせてもらっていい?」
「は、はい!」

 その返事に少しだけ表情を崩して「敬語は無しで」と柔らかく言い聞かせると、そのままルイズに問いかけた。

「貴女は貴族なのね?」
「うん」
「そして将来は、この家を継ぐこともありえる」
「……うん」

 次女のカトレアは病弱で、長女のエレオノールはそんな妹を何とかする為にアカデミーに就職しようと、領主としての勉強よりも魔法の勉強に忙しい。
 当然、ルイズにお鉢が回ってくる事も在り得た。

「そして、あなたの周りの人々は全く魔法が使えない貴女を、「貴族失格」と思っている……そこまであからさまではなくても、そのような事は感じている」
「…………うん」

 答えれば答えるほど惨めな気持ちになっていくが、ルイズは返答をやめる事はなかった。

「貴女も……そう思っている?」
「……………………うん」

 ルイズは俯きながらぎゅっと両手で服のすそを握り締める。

「ルイズ……」
「……?」

 ふわりと優しく彼女の頬に両手が添えられ、決して強くはないが有無を言わせぬ力でアルテナの正面に引き起こされる。
 何かを言おうとルイズが開いた口は、怖いほど真剣なアルテナの表情を見て噤まれた。

「貴女、今いくつ?」
「……五歳」
「五歳…………」

 彼女はしばし眩暈がしたかのような顔をしたが、すぐに立ち直ってルイズの顔を覗き込んだ。

「私が五歳の頃なんか、魔法の腕なんてカスみたいなもんだったわよ。今でもそんなに変化があったかと言えばそうでも無いし」
「え、でも――」

 貴族らしからぬ俗語(スラング)に少し驚きながらも、思わず口を付いて出た反論の言葉を、アルテナは首を振って押しとどめた。

「そうね、それは私の事情で、今の貴女の現状には何の関係も無い。だから、これから話す事が、本当に貴女に伝えたい事――分かっていて欲しい事」
「……」
「今此処でほんの少し話しただけじゃあ、あなたの事情は万分の一も把握できない。けど、私には理解できない理由で、あなたの家が魔法技能に並々ならぬ重きを置いているのは分かったわ。
 それこそ、貴族としての存在意義に関わってくるぐらい」
「うん……」
「でもね、私は敢えて言わせてもらうわ」
「……?」


 そこで彼女はすうっと一つ大きく息を吸い込んだ。



「そんな物はねッ、クソッ食らえよッッ!!」



 それまでの静寂を全て吹き飛ばすかのような一喝と、遂にその口から飛び出した、あまりにも外見と差がありすぎる平民のごとき口汚いスラングに、
ルイズはぽかんと阿呆のように目の前の少女を見上げた。
 そんな状態のルイズに、彼女は「ガシッ!」と音が出そうな勢いで両肩を掴むと、鼻と鼻が触れ合いそうなほど双方の顔を接近させた。

「いい? 人間の価値って言うものはね、たった一つの要素で決定付けられるような、そんなちゃちいものじゃない。
 もっと複雑で、難解で、醜悪で、美しくて――素晴らしいものじゃなければいけないの」

 まるで一瞬にして燃え上がった魔法の火を見るかのように、ルイズは彼女の両目の奥にちろちろと輝くものに圧倒された。
 ただ、今彼女が語っている言葉は聞き逃すまい、聞き逃してはいけない、という奇妙な確信と共に口を挟まずにいた。

「でもこの世界にはたった一つの価値しかない人々や――そもそも生きる必要性すら否定され、人知れずこの世の闇に消えていく人々が数え切れないほど居る。
 そんな人達の末路は総じて悲惨で、目も当てられない。
 最初からそんな人々を救い上げようとしても、次々に両手から零れ落ちていく。
 そもそも、そんな人々が居る事そのものに価値を見出している人からすれば、「救い上げる事など論外」と斬り捨てるでしょう……。
 でもね、ルイズ。貴女は違う。貴女は違うのよ。貴女はまだまだ幾らでも進むべき道が選べる、自分だけの「存在証明」を探し出す事ができる。
 たとえ周りがどんな型を押し付けようとも貴女は貴女以上にも以下にもなれないし、なる必要は無いの。
 魔法の才能が無いのは、凄く芽が出にくい種を貴女が持っているのか、そもそもそんな種は存在していないのかもしれない、それは私には分からない。
 でもね、ルイズ。そんな所で、蹲っては駄目なの。一つの道が険しいから、塞がっているからといって、足踏みしたり、諦めて座り込んでは駄目。
 回り道が無いのか、梯子は無いか、誰か手伝ってくれないか――そもそも、わざわざその道を進む必要があるのか、道を一つだけに絞る必要があるのか……。
 思いつく限り、試せる限り、全ての道を視野に入れなさい。誰かが押し付けたクソの役にも立たない「貴族の価値」なんて物に囚われて、大切な、貴女だけの、貴女にしか持ち得ない、素晴らしい賜物を駄目にしないで」

 滔々と彼女の口から流れ出た言葉の数々は、いまだ五歳かそこらの少女に理解しろというには酷な、難解な物を含んではいた。
 しかし、ルイズは幼いながらにその言葉を自らの乏しい語彙で変換しながら、その大元の意味を理解した。

「今はまだ、全部は理解できないと思う。けど、理解しようとする事をやめないで」
「うんっ、うんうん!」

 いつの間にか、ルイズは大粒の涙を流していた。さっきまでの涙とは違う、心が正の方向に大きく揺れ動いた時に溢れ出る、「感動」の涙だった。
 せっかくさっき涙を拭いたのに、またも顔中を涙でぐしゃぐしゃにするルイズに、アルテナは「泣き虫ね」と小さく笑った。


「落ち着いた?」
「うん、ありがとう」
「あーあ……こんなに目を真っ赤にして」

 袖を使ってルイズの顔を拭いながら、クスクスと笑ってアルテナがルイズの頬を撫でる。

「ねえ」
「うん?」
「こんどはアルテナのお話をきかせて?」
「私の話?」
「うん、そう」

 キラキラと期待に輝かせた目を見ながら、アルテナの脳裏には「今泣いた烏がもう笑った」という言葉が浮かんだ。
 子供らしい喜怒哀楽の急激な変化に微笑ましげな顔をしているが、内心では生まれて初めての「妹」との会話に、ルイズ以上に興奮していた。

「そうね……じゃあまずは私の故郷の話から……」

 そうして始まった彼女の話に、ルイズはかぶりつきになった。
 見た事も聞いた事もない異郷の王国と、それにまつろわぬ民達――エルフ、ドワーフ、アイスマン、ゴブリン、海賊、数え切れぬほどの魔物たち、そして……リザードマン。
 それぞれがそれぞれの領域で生きて、生まれて、死んでいく。
 ラムソン将軍率いる精強無比なファルシスタ騎士団。
 宮廷魔導師ムクガイヤ率いる魔導師団。
 国王トライトⅤ世直轄、最強の誉れ高い近衛騎士団。
 アルテナの故国リュッセル領国が擁する竜騎士軍団。
 焼け付く砂地と灼熱の太陽を味方につける砂漠の民。

 聖なる森を守り続ける、森の番人たるエルフの一族。
 ガルガンダ山にて広大無比な地下都市を建設する土の妖精ドワーフ族。
 北方地帯に群れを成す、不思議な生物アイスマン。
 その旺盛な繁殖力で大陸中に見る事が出来るゴブリン達。
 国家の定めた法に従わぬ、大海原のアウトロー……海賊。
 系統付ける事すら困難なほど、大陸中に分布する多種多様な魔物。
 沼地に潜み、強固な鱗と比類なき勇猛さを兼ね揃えたリザードマン……。

 それらの魅力的な話の数々は、あっという間に彼女を虜にした。
 もっともっとと続きをせがむルイズに、アルテナも興が乗ったのか面白いように舌が良く回る。
 自らが見聞きし、読み込んだ歴史書の内容と共に、その土地の文化、風習、風俗、民族、何から何まで思いつく限り話して聞かせた。
 気が付くと、今まで誰にも話した事の無かった幼き日の邂逅――あの、誇り高きリザードマン・ゲルニードの話まで語って聞かせていた。

 何から何まで全く違う、完全な異種族間に結ばれた友誼の絆と一瞬の邂逅……。
 ルイズに言わせれば「人間とエルフが国交を結んでいる」という話だけでも驚きであったのに、二足歩行する蜥蜴人間との出会いと別れの物語は、まさに驚天動地の代物だった。

「そ、それで、そのゲルニードとは今どうしてるの? 元気?」
「えっ、と……」

 わくわくしながらそう聞くと、アルテナは言葉を濁しながら中空を眺めた。

「もしかしたら、明日の朝、出会うかもね……」
「ほんと! どこで?」

 その無邪気な質問に一瞬暗い表情を見せ、彼女はその単語をポロリとこぼした。

「戦場……」
「え……」

 一瞬何を言われたのか理解できない顔をした後、ルイズの脳裏に自責の念が沸き起こった。一体自分は何を聞いていたのだろうか、彼女がさっき言っていたではないか、彼女の故国とリザードマン氏族は長年争い続ける因縁の仲だと!

「ご……ごめんなさい、わたし」
「ううん、いいのルイズ。彼と出会った時から、分かっていたから」

 先ほど一瞬見せた暗い表情は既に無く、その顔にはどこか吹っ切れた、晴れ晴れとした物が浮かんでいた。
 ふう、と一息つくと、彼女はルイズに向かってニコリと笑いかけた。
 幼いルイズが見たところ、そこに自らの感情を押し殺した者特有の翳りは見られず、何か悪い物が抜け切ったような、初めて見る不思議な表情だった。

「ふふ……貴女に説教したのに、全部自分に跳ね返ってきたわね。全く、誰に向かって言い聞かせてたんだか……」
「アルテナ……? どうしたの?」

 幼い彼女の言葉には答えず、アルテナはニコリと彼女に微笑みかけて立ち上がった。

「さてと……そろそろ時間みたいだし、行くわね」
「じかん?」

 不思議そうにアルテナを見上げた彼女は、アルテナの足元を見てあっと声を上げた。
 彼女のつま先から脛の半ばにかけてが、ゆらゆらと景色に同化しながら消えていく様が見えた。

「足が、き、きえ、て……!」
「時間切れみたいね」
「じかん、ぎれ?」

 胸中の不安を隠そうともせずに、ルイズはその小さな両手でアルテナの体を掴んだ。
 まるでこの場に踏みとどまらせようとするかのようにギュッと力を入れて、ルイズは驚愕に目を見開いた。
 彼女の両手に伝わってきた感覚は、先ほどまでの暖かさを伴った確かな物ではなく、どこか非現実的な、ふわふわとした不確かな感触だった。

「い、いや! 行っちゃやだぁ!」
「私も……出来ればこんな中途半端な終わり方はしたくないけど。向こうでやらなくちゃいけないことが出来たから……それに、私がいなくなったらお父様も騎士団の皆も困る」
「そんな、そんな、でも……!」

 自身も貴族であるが故、そして何よりアルテナとの出会いがもたらした心の成長が、それ以上のわがままを口にする事を躊躇わせた。
 しかし、理性が納得して、それで感情も同じようになる訳ではない。
 幼いルイズの心を救った「紅い王子様」は、今まさに二度と会えないであろう異界の地平線へと消えようとしている。
 そう、彼女は幼心ながらに悟っていた。アルテナが――この素晴らしい人が、この世界の住人ではないであろう事を。

「十年……」
「え?」
「十年たったら、もう一度あいにきて! わたしが今のアルテナの歳になったとき、きっと、アルテナが言ったみたいになって見せるから!!」
「ルイズ……」

 幼いルイズの、恐らくは彼女自身果たされぬと理解しながらの約束の言葉に、アルテナは思わず感動で息が詰まった。

「ええ、約束。十年後ね?」
「うん、十年後!」
「もしその時、「どうせ私なんか」って腐ってるようだったら許さないからね?」
「しんぱいしないで、貴族のほこりにかけて、アルテナみたいな「いい女」になるから」
「ふふ……生意気言っちゃって」

 既に胸元まで消え始めながら、アルテナは優しく微笑み、彼女の柔らかい桃色の髪を梳った。
 いつの間にか、二人の瞳は涙をこぼしていた。

「またね、ルイズ」
「またね、アルテナ」

 そんな短い言葉を交わして、このあり得ない出会いは幕を閉じた。
 アルテナはルイズに軽くキスをすると、微笑と共に風の中に消えた……。



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