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Phoenix Saga episode ZERO-1

plorouge 10yeas ago


「それでは、アルテナ様。お休みなさいませ」
「ええ、お休みなさい」

 従者がドアを閉めると同時に、部屋のランプが消される。アルテナと呼ばれた少女は先ほどの返事とは裏腹にベッドに腰掛けたままため息をついた。
 取り立てて豪勢ではないが良質の寝巻きに包まれた彼女の肢体は、二次性徴を迎えたばかりの、少女から女性へと変わりつつある体つきである。その髪は燃えるような真紅の色で、何時もならば勝気な表情を浮かべる同色の瞳は、しかしこの時ばかりは不安に染まっていた。

「大丈夫……上手くやれる」

 そうして自らに発破をかけるのも何度目になるのか覚えていなかった。「大丈夫、大丈夫、訓練通りにやれば……」そう何度もぶつぶつと呟くが、彼女の不安は減るどころか増すばかりであった。

 王都ルートガルドから北東に位置する火山島。そこには大陸で唯一の竜騎士団を抱えるリュッセル領国がある。領地の殆どが険しい高山と火山地帯であり、必然的に歩兵や騎兵に頼った騎士団を廃する事となったこの領国は、その騎士団の戦闘員の約7割が竜騎士で占められている。
 城壁や荒地、川や海といった地形を難なく無視して敵の後方や側面を突く事の出来る竜騎士は、数が少なく、維持に費用がかさむことを除けば非常に強力な兵種といえるだろう。

「そうよ、リュッセル竜騎士団は最強なんだから……」 

 しかし、そんな彼らにも天敵……いや、宿敵といっていい相手がいた。リュッセル建国当時からひたすら争い続け、今なお争いの火種が無くならない忌々しい相手が……。

「リザードマン……!」

 緑、もしくは茶色の鱗を泥に塗れさせ、その姿のまま用心深く沼地に潜む。幾ら視力のいい竜騎士といえども、本気で沼地に隠れた彼らを空中から発見することは困難を極めた。
 必然的に騎士たちは低空を飛行して彼らを捜索することになったが、そうなると今度は相手の独壇場だ、恐ろしい跳躍力で飛び掛るや否や数人がかりで沼地に引きずり込まれ、気付いた頃にはまさに文字通り、泥沼の消耗戦に陥る……等といった事がこれまでも頻発してきたのだ。
 彼らを侮ってはならなかった。数百年にもわたってエルフと人間の国家に挟まれながら、一度として彼らの縄張りである沼地を他国が征服したことがないという事実が、それを物語っている。
 むろん、彼女とて彼らを侮るつもりなど毛頭なかった。しかし、彼らの残虐性、凶暴性、唾棄すべき存在であることを教師や父、騎士団長から聞くたびに、彼女の脳裏には幼い頃のある記憶が蘇って来るのだった。



 5年前、当時のアルテナは10歳の幼い少女だった。子供特有の旺盛な好奇心に突き動かされた彼女は、「行ってはならぬ」と口をすっぱくして何度も注意されていたリザードマン達の沼地に、こちらもまだ幼生体だった騎竜のラスタスに飛び乗ってこっそり出かけてしまったのだ。

 その無謀な遠出の原因は一体なんだったのか?

 来る日も来る日も剣術や政治学、魔法の訓練で嫌気がさしていたのもある、たった一人の愛娘に向ける、父のいささか行き過ぎた過保護具合にもほとほと参っていた。が、彼女の相棒で、親友でもあるラスタスがブレスを吹けるようになったというのが、もっとも大きな理由だっただろう。

「この子と私が力を合わせれば、沼地のモンスター何て目じゃない!」

 事実、一人と一匹で繰り出したこの遠乗りは、当初は大成功を収めた。沼地のモンスターは基本的に火に弱く、彼女を丸々飲み込めそうな大きさのスライムすらブレスのひと吹きで泡を食って逃げ出していったのだ。
 これならもっと奥に行っても大丈夫かもしれない……。そう錯覚してしまうのも無理はない話だった。そして……彼女はそれに出会ってしまう。

「うわぁ、珍しい花。お父様に持って帰ってあげたら喜ぶかしら、ねぇラスタス」
「…………」
「ラスタス? どうしたの?」

 いつもなら彼女の言葉を無視する事などまずない彼が、険しい表情で沼地の奥の茂みを睨み付けている。

「KYUOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 生まれたときから共にある彼女ですら、めったに聞いたことのないドラゴンの威嚇の咆哮。その声に応えるかのように、それは茂みから姿を現した。

「SHUUULLLLLLLLLLLLLLLLLL!」
「っ! ヒュドラ!」

 茂みから現れたのは、先ほどまでのスライムや大烏などといったモンスターとは比べ物にならない相手。五つの首を持つ大蛇、全長は四メートルほどもあり、その五本の首にはそれぞれに、人間など容易く絶命する猛毒が含まれている。

「ラスタス!」
「KYUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!」

 彼女の判断は早かった。ひとまずブレスで相手の出鼻をくじき、その隙にすばやく竜に飛び乗って離脱。すぐさま手の出せない上空へと逃げ込むという手段が一瞬にして頭の中で組み立てられる。

 唯一誤算があったとすれば、思った以上にヒュドラは強かったというそれだけである。

「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「そんな!」

 燃え盛るブレスをものともせずに、ヒュドラはラスタスに襲い掛かった。彼女の相棒は己が主人を守らんと必死にヒュドラに食いつき、三本の首を相手に奮戦したが……残念ながらヒュドラの首は五本あった……。

 唸りを上げながら迫り来る二本の首に、彼女はなんら構えを取ることすら出来ずに硬直する。「死んだ」そう諦めにも似た思考が頭の中を閉めたその時、力強い声が彼女を突き動かした。

「伏せろ!」
「っ!」

 考えている暇などなかった、膝から崩れ落ちるように伏せた彼女の、先ほどまで頭があった場所を一本目の首が通過し、
今度は胴体に向かって突き進んできた二本目の首は、白い「ナニカ」によって受け止められた。

「無事か!」
「え……あ、うん」

 「なんだろうこのしろいかべは……」何処かぼんやりと、今度はそんな阿呆のような疑問が彼女の頭を占めた。
何もかもが高速で過ぎ去っていき、彼女の思考が追いつかない。
 目の前の白い壁が逞しいリザードマンの鱗だとか、別に白い壁が受け止めたわけではなくて彼の持つラウンドシールドが受け止めたのだとか、
なにこれバカみたいに強いんだけど面白いくらいに首が飛んでく、あれリザードマンって緑か茶色じゃなかったっけというかそもそも彼らは敵じゃなかったかしら何かラスタスの手当てまでしてもらっちゃてるんだけど。
 ……などといった事に思考が流れた頃には、全て終わった後だった。

「一匹だけか……運がよかったナ。もしメデューサが付いていたらやばかった」

 まるで巨人が使う鉈の様な、馬鹿みたいに大きくて切っ先のない大刀を一振りして血糊を払いながら、目の前のリザードマンはそんなことを言った。

「…………」
「どうした、怪我でもしたカ?」

 彼女があまりの事態に黙っていると、今度はそんな事を言い出した。
 真っ白な外見によく栄える真っ赤な目。彼女とおそろいのその紅玉にも似た輝きは、真っ直ぐこちらを見据えている。

「い、いえ。怪我は、してないわ。あなたのおかげで」
「そうか、それはよかっタ。わざわざこンな所までやって来て、死なれちゃたまらン」

 そう言うと今度はガハハハハと豪快に笑い出す。
 この時点で、ようやく彼女は理解した。
目の前のリザードマンは、死に瀕していた彼女とラスタスを間一髪で助け、さらには怪我がないか心配までしているのだ。敵であるはずの、彼女を……。
 そこまで理解した彼女は、大きく息を吸い込み、腹に力をこめる。
 来る日も来る日も教師に教え込まれた礼儀作法を、まさか始めて実践する相手がリザードマンなどと、彼女の教師が聞いたらどう思うだろうか。
 姿勢を正し、はっきりと意思のこもった両目で見返してくるアルテナに、彼は声にすら出さないが訝しげな視線を送り、そして……。

「わたくしの名はアルテナ・アルブレヒト・フォン・ドラクル・リュッセンベルグです。立場上、貴方に正式な謝辞をのべることが出来ぬゆえ、この場で済ませることをおゆるしください」

 いきなりの口上にうろたえる様子を見せるが、彼は黙って聞いた。

「まずはこの奇跡のような出会いを神に感謝します。そして、敵であるはずのわたくしの命を助けてもらった貴方に大しては、最上級の感謝を。
この日の出来事は一生忘れることはないとここに誓います……。誓いの証にこれを」

 そこで口上を区切ると彼女はおもむろに自らの首からネックレスを取り外す。

「これを受け取ってください。命を物で購うようで心苦しいのですが、今のわたくしにはこれくらいしか差し上げるものがありません」
「え、ちょ、ちょっとまってくレ」

 今度は彼が慌てふためく番だった。てっきり人間の少女がドラゴンとヒュドラに襲われていると思ってやってきたのに、そのドラゴンはどうやら少女を守るように戦っていて、鞍まで装備している。少女の身なりも裕福なもので、これはもしや竜騎士の娘かと思ってはいたのだが。

(なンとまあ、リュッセン辺境伯の娘とは……)

 彼らリザードマン氏族と延々争い続けている、因縁など掃いて捨てるほど余りある敵対勢力の姫様だった。
 当然ながら彼も竜騎士団とは何度もやりあった経験がある。友人を殺されたこともあるし、憎いと思ったこともある。
 しかし、それを目の前の少女にぶつけるのは流石に何か違うのではないかと彼は考えた。
 残念ながらこんな考え方は異端もいいところで、しょっちゅう長老であるジェイクに怒られているのだが、彼は直す気はなかった。
 一瞬、彼の脳裏に彼女をつれて帰って「どうだ、人間にもこんな高潔な魂の持ち主がいるんだ」と言ってやろうかという考えがよぎったが。

(うーン……つれて帰ったら殺されちまうなぁ)

 当然のことながらその案を一瞬にして却下した。
 ここまで来て、考えるのが面倒になってきた彼は「もともと気まぐれで助けたんだし、ジェイクには黙っていよう」と結論付けたのだった。

「分かった、じゃあこれは貰っておくことにしよウ」

 そういって彼がネックレスを受け取ると、彼女は明らかにほっとした顔をする。

「それじゃあ俺はそろそろ行くヨ」
「はい、さようなら。……あっ」

 背を向けて立ち去ろうとした彼の背中にアルテナの声がかかる。

「うン?」
「あの、あなたのお名前を教えていただけませんか?」
「ン……名前か……」

 しばらく悩むと、彼はその名を告げた。

「ゲルニードだ。忘れてくれてかまわン」
「ゲルニード様ですね。絶対に忘れません」

 彼女の応えに苦笑いを浮かべながら、彼は右手をゆらゆら振りながら去っていった。その印象的な後姿が沼地の藪に隠れて消え去るまで、アルテナは彼女の騎竜と共に確りと見送っていた……。

 時に、リオーム暦539年。後の『Phoenix Saga』大叙事詩、第六篇にて語られる「赤龍将軍アルテナ」と「リザードキング・ゲルニード」の勇壮なる闘争の始まりは、このような心温まるものであったが、その事実は後世には伝わっていない……。



 ふと気が付いて柱時計に目をやると、さっき従者が出て行ってから一時間ほどがたっていた。どうやらぼんやり昔を思い出しているうちに無駄な時間を浪費してしまったようだ。

「いけない……このままだと本当に明日に差し障る」

 しかし、いざ寝ようと思っても既に目は冴え切ってしまっていて、どうしたものかと考えていると、なんとなく這わせた目線が、彼女の文机の引き出しに止まる。
 何かを思い出した顔でそれを開けると、中には掌にすっぽりと納まるほどの大きさの小瓶が、銀で縁取りされた小箱の中に納まっていた。

「これ……使ってみようかな」

 小瓶の中にはどろりとした蛍光紫色の液体が収まっている。
 実は彼女自身、この液体がどんな種類の薬なのか、そもそも本当に薬なのかすら分からなかった。
 これを彼女に渡した錬金士はこの液体について何ら具体的な効能を教えなかったのだ。

「貴方がどうしようもなく精神的に参ったとき、誰にも言えない秘密をずっと抱え込んでいるとき、
この残酷でどうしようもない現実から一時だけでも逃げ出したくなったとき……そんなとき、眠る前にこれを飲み干すんだ。
そうすれば、翌朝にはスッキリと迷いが晴れて爽快な気分になってるぜ、アルテナ様」
「へえ、どれどれ」
「ああ、ところでこの小瓶を見てくれ、どう思う?」
「すごく……毒っぽいです」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの」

 …………今思い出しても、なんというか印象深すぎる人物だったが、決してリュッセンの――アルテナの不利益になることをしない人間だった。何故か彼が尋ねてくる日には男性の従者が始終ビクビクしていたのが今でも謎だが。

「明日の初陣でへまは出来ないし……女は度胸、何でも試してみるものよ!」

 「うほっいい女」という幻聴が何処からともなく聞こえたような気がしたが、アルテナは聞こえなかったことにして一気に小瓶の中の「毒っぽい何か」を飲み干した。

「うえ……何も味まで毒っぽくなくても……」

 なんとも形容しがたい味のそれを飲み干すと、唐突に眠気が襲ってきた。

「流石に効き目は凄いわね……」

 急速に襲い掛かってくる睡魔に身をゆだねながら、彼女はベッドに身を沈める。
 程なくして、さっきまでの目の冴えようが嘘のように、自然と下りてきたまぶたをそのままに、やがて小さな寝息が部屋の中を満たした。

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