レンタルルイズ訂正版「レンタルみかん」
プロローグ「団欒、後の騒然」
sideいつき
「書きかけの業務日誌より」
青天の下、僕らはアストラルで焼肉パーティーを開いています。
というのも、先日のロンドンにおける騒動の後、あのユーダイクスさんとラピスちゃんが一時的にですが本社の方で休養を取ってくれることになったからです。
あの二人の文字がこの日誌に加えられることが今から楽しみです。
この日誌を読むであろうお二人に、…おかえりなさい。
これからも旅を続けられるということですが、いつでもここを訪ねてください。
アストラルは、いつでもお二人を歓迎いたします。
パタリと、本を閉じる音がする。
普段のスーツ姿ではなく、学校帰りの制服姿のままの彼の右目には、大きな眼帯がある。
しかし、その黒髪やなんとも言えない柔和な笑みを合わせるとその眼帯ですらどこかユーモラスな感じに見えてしまうのだ。
襟首に届く程度の後ろ髪も清潔感があり非常に受けが良い。
数奇な運命により、社長としての地位と、なにものにもかえがたい人脈を手に入れた彼、伊庭いつきはこの幸せを噛みしめていた。
何度も死にかけた、これからも死にかけるだろう。
魔法使いという異形、なによりも自身の右目にある「妖精眼(グラムサイト)」という異形が彼を歪な運命の輪に閉じ込め続けるはずだ。
にもかかわらず、彼は今のこの一時の幸せを全身全霊をもって感じることができる。
もし、一人でも欠けるようなことがあれば、彼はその要因に全力を持ってして立ち向かうだろう。
いつきが感慨深げに窓の外を眺めていると、庭から声が上がる。
声の主は葛城みかん。
魔法使い派遣会社の神道課契約社員、つまりアルバイトである。
未だ小学生であるが、その身を包む巫女服はじつにうまく着こなされており、ツインテールにまとめられた桃色の髪は陽光を反射し彼女の笑顔を一層引き立てる。
「お兄ちゃん社長!!早く焼肉のたれ持って来てよ!!お肉焦げちゃうよぉ!!」
「ごめんごめん!すぐ行くから待ってて!!」
大きな声でそう返すとすぐに踵を返し階下へといそぐ、途中、ユーダイクスとすれ違いとっさに軽い会釈をする。
ユーダイクスもそれに手をあげて返す。
ユーダイクスは自動人形だ。
整備などを行いやすいようにあえて巨体であるその体、武骨ともいわれそうな顔、消して長くない赤い髪とその眼には、心が宿るはずがない。
しかし、その自然すぎる動作には生身の人間しか連想できない。
いつきからは見えなかったが、手を挙げた際の微笑は我が子をいつくしむようですらあった。
「遅いよお兄ちゃん社長!!焦げそうだからオルトロスにあげちゃったよ!!」
「ごめんってば、ほら、タレ持って来たよ」
みかんの横で焼肉を頬張るのはケルベロスの亜種のオルトロスだ。
体調が三メートルもある割には臆病な性格で人懐こい。
過去縁のあった存在であり、今回は仕事の一つとして預かり世話をしている。
みかんが皿にタレを注いだのを口切りに、各々焼肉を食べ始める。
いつきは、自身もその輪に混ざろうとしたその瞬間にみかんを突き飛ばした。
右目が、異端である右目がそれ以上の異端を捉えたのだ。
刹那、少し前までみかんがいた位置に鏡が出現していた。
穂波はヤドリギの矢を構え、猫屋敷は札を構え、使い魔に命じ屋敷のまわりに結界を張る。
とっさの行動が取れていない黒羽を尻目にオルトヴィーンが鏡に対し攻撃を仕掛けようとした矢先、オルトロスの叫びがこだました。
みかんに寄り添うようにしていたので逃げ遅れたのだ。
鏡に捉えられ引きずり込まれるオルトロスにとっさにみかんが飛び付き禊を行うが、その鏡は消えるどころか輝きを増し、ついにはみかんをも捉えてしまう。
鏡の中に取り込まれていくみかんが最後に目にしたのは血の涙を流す赤い瞳。
穂波やアディリシアに取り押さえられた社長が叫んでいた。
「必ず、迎えに行くから!!」
第一夜「唐突の召喚、横暴な契約」
春の使い魔召喚の儀式、それは進級のためのテストであると同時に、始祖ブリミルの名の下生涯を共にするパートナーを呼び出す大事なものだ。
抜けるような青空をバックに喜びを隠せないでいる少女の姿があった。
ゼロのルイズ。
彼女は初歩の魔法ですら原因不明の爆発しか引き起こせないというおちこぼれのメイジであり、今回のことに関しても留年確実と言われていた。
それが体長3mもあるみたこともない犬を召還したとあれば周りが驚くのも仕方がない。
その犬はおびえているのか、体をまるめている。
何かを守ろうとしているようにみえなくもない。
「ミスタ・コルベール!!やりました!!百回目の挑戦にしてついにやりました!!」
「…………」
「ミスタ?」
喜びを全身で表現するルイズであったが、コルベールの表情を見て怪訝な顔になる。
なぜ黙っているのか?もしかして自分は何か間違いを?いや、自分は確かに召喚できている!!じゃぁ…なんであんな顔を……?
他の生徒もその様子に気づいたのか、また一人、また一人と押し黙って行く。
誰一人として口を開かなくなり、少し経った後、コルベールは口を開いた。
「女の子だ…」
「は?」
その言葉に生徒一同は改めて召喚された犬を見る。
その巨体からわずかにはみ出しているのは衣服だろうか?
なるほど、近くで見ればそこには女の子が見えるのかもしれないなどと考えていると、その犬がのそりと動きだしたために杖を握りこみぐったりとしている少女が目に入る。
コルベールは落ち付きを取り戻したのか毅然とした態度を、ルイズは状況についていけず、まず口を開いたのは遠巻きに見ていた他の生徒だった。
「ルイズ!!メイジを召喚しちまってどうすんだよ!!」
「ゼロのルイズが普通の使い魔を召喚できるとは思ってなかったけど…まさか人の使い魔を召喚するなんてな!!恥を知れ!!」
的を得た嘲笑から、単なる罵詈雑言までがルイズを攻め立てる。
ルイズは、助けを求めるようにコルベールを見て、現実を突きつけられる。
「ミス・ヴァリエール。これは神聖な儀式だ。使い魔召喚の儀式にやり直しはない。犬の方がすでに使い魔であるなら、そちらのメイジの方を使い魔にしなさい」
「そんな!!人を使い魔にするなんて聞いたことがありません!!」
「これは伝統なんだよ。そちらのメイジの方には悪いが、神聖な儀式を汚すわけにはいかない」
「そんな!!」
青ざめていたかが次第にいらいらしたものへと変わってくる。
なんであんたがゲートをくぐったのよ?!
これがどれだけ神聖な儀式か分かってるんでしょ?!
…そうよ、よく考えたら自分の意志でこっちに、私の使い魔になりにきてるんだからせいぜいびしびし顎で使ってやるわ!!
大股でずかずかと近づいて行くと、驚いたのか犬は逃げ腰になる。
なによ!!ご主人様すら守れないなんて、本当に駄犬ね!!これなら私の使い魔になるこのメイジの方が立派に決まってるわ!!
メイジを見るなら使い魔を、その考えに反する発想すら出てくる、完全に開き直っていた。
呪文を唱え、寝起きのようなそのメイジの顔を自分の方に向けると、ためらいなく口づけを交わす。
その痛みは常ならば幼い人間の意識など軽く刈り取るもののはずだが、絶食をはじめとする苦行を乗り越えたみかんはその痛みで完全に覚醒する。
「いった~~~い!!」
「「「え?!」」」
「おい、今の声…」
「ああ、そっくりだったな…」
「使い魔を見れば主人が分かるってやつだな」
よく見れば声だけでなく髪の色も似ている。姉妹と言われれば信じただろう。
軽い嘲笑を含んだ感想が飛び交う中、ルイズはみかんの前で仁王立ちを続け言い放つ。
「私があなたのご主人様よ!!名前を名乗りなさい!!」
「へ?」
状況を飲み込めていないみかんは、オルトロスに寄り添いながらあたりを見回す。
(穂波お姉ちゃんみたいな人たちばっかり…ここどこ?お兄ちゃん社長が迎えに行くって言ってくれてたから、遠くに呼び出されたのかな?)
そう考えながら、自身の左手にある文字を調べる。
(うう~、呪力の解析は苦手だけど…身体能力を強化してる…のかな?あと、多分服従と…)
すこしづつ嫌な現実を理解しかけてきたみかんは、先ほどから震えっぱなしのオルトロスを気遣いその顔を見上げ、さらに嫌な現実である二つ並ぶ月を見た。
(違う……星?ううん、違う世界?!)
いくら魔法でもそんなに長距離を一瞬で飛べるはずがない、それなら、近くて遠い場所であると言われてる異世界の方がまだわかる。
もう、認めるしかない。
自分は、異世界の魔法使いに使い魔として強制的に召喚されたのだ。
(神隠しの正体…かな?)
思い返すのはかつてアストラルが関わった神隠しの事件。
あれ自体は偽りのものであったが、家柄神隠しの話はよく聞いている。
いつまでも考え込んでいるみかんに業を煮やしたルイズが大声で詰め寄った。
「ちょっと!!いつまでもご主人様のことを無視してじゃないわよ!!いい加減名乗りなさい!!」
「むっ、名乗らせるなら先に名乗りなさいよ!!」
「なっ!!!」
辺りから失笑が飛び交う。
それはそうだ、いくら使い魔とはいえ相手は絶対にゼロのルイズよりも格上のメイジだ。
「…!!わ、私はルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。あんたは?」
「私は葛城みかん。魔法使い派遣会社アストラル神道課契約社員」
「いいこと?あなたは私の召喚に応えたんだから、今日から私の命令を絶っ対に聞くこと!!いいわね!!!」
みかんは、あんなものに応えるだの応えないだのあったものかとも思ったが、元来魔法使いとはそんなものだ。
そういった人間には慣れているため、特に感情も動きはしない。
ただ、今の命令のさいの左手の文字の呪力の動きを考えて、逆らったところで特に害になるものではないと冷静に分析をしていく。
再度詰め寄ろうとするルイズを制し、コルベールがルーンを覗き込んだ。
「ふむ、珍しいルーンだね…。皆!!もう教室に帰りなさい!!ミス・ヴァリエール。よくやったね、進級おめでとう。ミス・ミカン。見たところずいぶん遠くから来たんじゃないかね?分らないことがあればいつでも聞いてくれたまえ」
「え?」
「どうしたんだい?」
「…ここの人たちは使い魔をどこから召喚するんですか?」
「どこって…このハルケギニアのどこかに決まってるじゃないか」
なら、自分はイレギュラーということだろうか?この文字、ルーンも珍しいというし…。
「ところで、そちらの使い魔のルーンも見せてくれないかな?」
「使い魔?」
指されているほうを見るとオルトロスがいくらか平常心を取り戻した様子で座り込んでいる。
「おるとろすは使い魔じゃないのでルーンはないです」
「はぁ?!」
それに驚いたはルイズだ。
それなら、自分がこのおるとろすとかいうのと契約するはずだったのに。
考えるよりも先に杖を構えを呪文を紡ぐ。目標はみかん。
それを見てあわてたコルベールはとっさにみかんの前に立とうとするが、それ以上の速さでみかんは懐の社員手帳を取り出しページを一枚破る。
ルーンが自身に付与した能力に驚きつつ、切り取ったページを構え呪力を込める。
猫屋敷の作った水の力を借りた呪符であるそれは、薄い水の膜を作りだし、あらゆる穢れを祓う神道の魔術特性を持ってして即席の壁となる。
壁の完成とともに一部が爆破される。
その破壊力にぞっとする。
小口径の銃であれば弾丸すら防ぐ結界を破壊するのであれば相当なものだ。
形を保てなくなり拡散しようとするするそれに無理やり呪力を注ぎ込み凝縮させ打ち出す。
ルイズの手前で破裂したそれは杖をはじき全身に打撃を与え数メートルも吹き飛ばした。
みかんは、主人であるルイズに対する攻撃を行ったにもかかわらずルーンからなんの制約を受けないことをみて、服従の効果はなかったのかと安息する。
気絶したルイズを無視してあたりをみまわすと、コルベールも気絶していた。
どうやらルイズの魔法にやられたらしい。
ここにいてもしょうがないので二人をオルトロスにのせて学院に向けて歩き出した。
しばらく歩いていると巨大なモグラと戯れながら進んでいる生徒がいた。
…不気味だ。
邪魔しないようにこっそり後ろをついて行く。
目的地は同じはず。
そう思っていたが途中でメイドにとめられる。
コルベールを他のメイドに預け、女子寮の部屋に案内される。
暇つぶしにこの世界のことをそれとなく確認しているとルイズが目を覚ました。
正直、もう少し確認したいこともあったが、だいたいは分かったのでメイドには帰ってもらい、ルイズと向き合う。
「目は覚めた?」
「ん…。あ、あんた誰よ!!」
「呼び出しといてそれ?!」
「あ…そっか、私サモンサーヴァントで…。って、さっきはよくもやってくれたわね!!」
「そっちが先にやったんじゃない!!」
「あんたは私の使い魔なのよ!!」
「その使い魔を攻撃するってどんな了見よ!!」
そう言われてルイズは一瞬言葉に詰まる。
というのも傍らにあった杖に手を伸ばしそうになったからだ。
ここで戦ってもまた負ける、悔しいけど。
食事や寝る場所を提供する側だというアドバンテージこそあるが、その気になればメイジにはいくらでも働き口があるだろうし、実力では押さえつけられない。
正直ここを出ていかれると非常に困る。
「ねぇ…あんた自分が使い魔ってことは分かってるのよね?」
「うん」
「(なんだ、案外素直じゃないの)じゃぁ、使い魔の仕事って分かる?」
「知らない」
即答するみかんにルイズは疑問を抱いた。
一緒にいる幻獣が使い魔じゃなかったり使い魔の仕事を分かってなかったり。
そういえばさっきの魔法も見たことがない。
「あんた本当にメイジ?」
「うん。ただルイズお姉ちゃんの知らない魔法を使ってるだけ」
「なにそれ?先住魔法?」
「違うよ?ずっと遠くの魔法」
これは結構あたりではないだろううか?
落ち着いて話せば言うことは聞いてくれるしこの地の誰も知らない魔法を使う。
自分の失敗魔法は威力だけならむちゃくちゃに高いことを実感している分、それを防いだということは実力も申し分ない。
そう考えると前向きになってきた気がする。
「いい?使い魔はまず間隔を共有できる存在で…って、なんかできないわね。あんたがメイジだからかしら?」
「さぁ?」
「…後は秘薬を見つけたりご主人様を守ったりすることね。これは問題ないでしょう?」
「うん。じゃぁ、これにサインして?」
「なにこれ?」
ルイズはみかんが取り出した紙切れを覗き込む。
ミミズがのたくったような文字のそれはルイズの知るどの文字にも当てはまらない。ずっと遠くの文字とやらだろう。
「これは、契約書です」
「な!!」
使い魔の分際で契約書?!…まてまて、落ち付け、私。ここで暴れたら二の舞だわ。
「それで、なんて書いてあるの?」
「私は使い魔に自分の考える人並みの扱いを約束しますって書いてるよ」
「ふぅん…(ふざけんじゃないわよ!!こんなの無効よ無効!!あとで主従関係をはっきりさせてやるんだから!!)」
ルイズは軽い気持ちでそこに名前を記したが、それはゲッシュ(契約)と呼ばれる魔術であり、もしその誓いを破った場合は不幸になるというものだ。
今回のこれは簡易版であるためせいぜいが激痛を伴う程度だが、みかんはこの土地の魔法を聞く限りそれで十分だろうと考えていたし、実際それで十分だった。
純粋な破壊力を除けばみかんは現在ハルケギニアでもっとも有能なメイジだ。
こと呪術にかんしては対抗しうる存在はエルフのみのはずである。
適当な呪いをまけばここは死の大陸に変わるだろう。
ルイズがどうやって主従をはっきりさせようかと考え込んでいると、いい加減眠くなってきたみかんがその思考を遮った。
「ねぇルイズお姉ちゃん。もう寝ない?どこで寝ればいいの?」
「!!(ふふ、早速来たわ!!)もちろんあんたは床で、きゃあああああ!!!!」
ルイズが悲鳴をあげ、オルトロスがそれに驚き逃げる。
「な、なんなのよ!!」
「契約を破ろうとするからだよ!!契約を破ろうとしたら効果が発動して何度でもそうなっちゃうからね!!」
契約…?!ハッ!!あの時!!
ルイズは自身のうかつさを呪いながら、とりあえず二人で寝ることを提案する。
みかんはそれを了承し、オルトロスはベッドの隣で寝そべる。
ルイズは使い魔と同じ場所で寝なければならない屈辱に涙が止まらないでいた。
「(くそぉ!!明日から!!明日からは違うわよ!!何度でも蘇ってやる!!そしてこいつをゴミのように扱ってやるのよ!!)」
目的のために何が必要かを考えながら、ルイズは明け方ようやく眠りについた。