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虚無の王-20-1


 日差しの暖かな時間になると、トリステイン魔法学院学院長オスマンは、少しばかり早く、ほんの少しだけ長い午睡に身を委ねる。
 そんな時、秘書のロングビルは主人を起こしてしまわない様、そっとサイレントの呪文を唱えて、席を外す。
 毎日の様に繰り返される光景。ロングビルは毎日の様に、一つ下の階に降りる。重厚堅牢な鉄扉の前で足を止める。
 宝物庫だ。ここには、学院設立以来の秘宝が収められている。
 小さな杖を取り出し、ロングビルは魔法を唱える。
 アンロック。効果無し。練金で扉の破壊を試みるも同様――――。
 思わず、溜息が漏れた。
 魔法学院はメイジの巣だ。守りの堅固にかけては、並の城塞など及びもつかない。
 だが、それ故に管理側の注意にも綻びが見える。
 齡100とも300とも囁かれる老オスマンにしても、どれ程、油断ならない男かと思いきや、単なるセクハラ爺。時折、こうして抜け出しても、全く気付いた様子が無い。
 宝物庫の秘宝――――特に名高い、学院長秘蔵の“圓月杯”を奪って見せれば、富と名とが一度に手に入る。
 そう踏んで、この学院に秘書の身分で潜り込んだのは、一体、いつの事だっだろう。ロングビルはもう一度、溜息をつく。
 宝物庫には容易く近寄れるものの、その先は手も足も出ない。
 ロングビルは焦っていた。
 もうすぐ、夏季休暇だ。人が減れば仕事はし易い。しかし、それでは“数多の貴族を出し抜いた”事にはならなくなる。
 何とか、この一週間で片を付けなければならないのだが……。

「ったく……」

 ロングビルは歯噛みする。まさか、オスマンに直接探りは入れられない。
 かと言って、この手の話に詳しそうなコルベールは、偶に姿を見かけても、大抵、あの空とか言う平民に付きっきりと来ている。

「おぞましいホモじゃないのかね。あいつは」

 空――――思い出すと、本気で腹が立った。誰が年増だ。誰が。
 秘宝を頂いた暁には、あの男も潰して行こう。ロングビルは心に誓う。さもないと、腹の虫が治まらない。
 と、足音が響いた。ロングビルは何事も無かったかの様に杖を隠す。

「いや。今日も暑いですなっ」

 現れたのは、ミスタ・ギトーだ。杖を翳して、自身の周りに微風を起こしている。

「風はこの通り、暑さ寒さからも術者を守ってくれる。やはり風の系統最強っ!……気の毒な土メイジの貴女にも、風の恵みをお裾分け」
「こ、これはどうも……」

 頬を撫でる風に、ロングビルは内心で歯軋りする。
 いけ好かない貴族の中でも、一際気に喰わない男だった。

「所でミセス」
「わ、私は 独 身 です」
「そうですか。いやいやいや、実に意外だ。意外。その年まで独身ですか。やはり土系統はよろしくない」
「私はまだ、20代ですっ」
「おや、そう言う事にしておいででしたか。しかし、一年は13ヶ月、384日間ですぞ、ミセス。時に、宝物庫で何をしておられるのかな?」
「ほほ、宝物庫の目録を作っていまして……」

 さて、どうしてくれよう――――もとい、どうする。声を震わせ、米神に拍動を覚えながらも、ロングビルは迷う。
 宝物庫の防備について、ギトーは何かを知っているだろうか。だが、聞き出そうにも、趣味と言うか、性癖がアレだ。
 極限まで言葉を選んで“年下好み”。率直に言えば変態性欲者。その上、性格はこの通り。
 下手に話を振っても、心のデスノートに記された死因が、むごたらしさを増すだけではなかろうか。

「ほほう。所で、宝物庫と言えば、御存知ですかな?ミセス」

 と、頼んでもいないのに、ギトーは唐突に語り出した。
 トリステイン人と言う奴は揃っておかしな使命感に燃えている。
 ことごとに忠告し、知識を伝授して、人の誤りを糺し、迷いの道から救い出してやらなければ気が済まない。
 おまけに、事実に惑わされるを潔しとしない人種と来ているからタチが悪い。
 宝物庫の防備の堅牢無比なる事、その一方で弱点も有る事について、ギトーは延々長広舌を振るう。
 ロングビルは内心でほくそ笑みつつも、同時にうんざりとした。
 全く、風メイジと言う奴はろくな物じゃない。取り分けトリステイン人は。



 ルイズは不機嫌だった。
 それ自体は別段、珍しくも何とも無い。何しろ、箸が転んでも腹の立つ年頃だ。
 そんな乙女にとって問題なのは、自分が何故、腹を立てているのかが、判らない事だった。
 同じ年頃のボーイフレンドを作った方がいい――――
 何故だろう。空にそう勧められた時、無性に腹が立った。
 その晩、帰って来なかった事にも気分を害した。

「なによ。お付き合いなんて、所詮、お遊びじゃない……」

 ルイズは唇を尖らせる。
 今は大事な時期。それ所では無いのだ。
 三年間の学院生活で、きちんと魔法を、諸々の教養を身につけ、一人前の貴族にならなければならないのだ。
 来る夏季休暇には、今季の成果を両親に披露し、ヴァリエール公爵家の一員として、恥ずかしくない人間に育ちつつある事を示さなければならないのだ。

「なのに、あいつったら……あ、あんな事勧めて……あ、あんな――――不真面目な事……」

 そうだ。だから、自分は腹を立てたのだ。
 ルイズはそう言う事に決めた。
 決めたのだが、どうにも釈然としない。
 机上の手鏡に、ふと目が止まる。そこでは、桃色の髪をした少女が頬を膨らませている。
 可愛くない女の子だ――――我ながら、そう思った。作りは悪く無いとは思う。内面が可愛くない。
 自覚はしているのだ。現実にそれを突きつけられる度に、ルイズはへこむ。
 身内を除いて、こんな自分を可愛い、と言ってくれる人が居るのだろうか。
 脳裏に二人の姿が浮かんだ。
 僕の可愛いルイズ――――
 いつもそう呼びかけてくれたワルドは、半ば遠い記憶の中に霞んでいる。
 空は聞いてて気恥ずかしくなるほど、可愛いを連発してくれる。
 一体、自分は何が不満なのだろう。何を怒っているのだろう。思考が狭いループにはまる。
 と――――
 ドアが控え目に叩かれた。
 ルイズは椅子を蹴って小走りに駆け寄り――――誰に対するでも無く、小さく咳を払った。
 机に引き返して、

「誰?」
「ワイ」
「――――開いてるわよ」

 空は小さくドアを開くと、顔を覗かせた。

「未だ、怒っとる?」
「別にっ。最初から怒ってなんかいないわよ」
「そら良かった。実は助けて欲しい事が有るんやけど」
「……何?」

 一瞬、振り向きかけて、ルイズは前に向き直った。

「実はな、今からラグドリアン湖ちゅう所、行かなアカンのやけど……知っとる?」
「我が国最大の湖よ。それが、どうかしたの?」
「ちょいとした手違いでな。ボーズがマルガリの作りよった薬飲んでもうて、おかしくなってもうたんや」

 肝心の部分を、空は暈かす。
 ルイズは決して口が軽くは無い。だが、隠し事は決定的に苦手だ。
 迂闊な事は教えない方がいい。

「そんで、解毒剤作るんに、水精霊の涙言うたかな?そんな名前の原料が必要なんや」
「お店で買えばいいじゃない」
「それが品切れで、次の入荷も絶望的なんやと。なんや、よう判らへんけど、その水の精霊ちゅうのと連絡が取れへんとかでなあ」

 それで、ラグドリアン湖に直接飛んで、水精霊の涙を手に入れて来よう、と。そう言う事か。

「あの娘の風竜で飛んで行けば、すぐなんじゃないの?」
「それがな。雪ん子の奴、朝から見当たらへんねん。コッパゲに聞いたら、なんや、帰省しよった言う話でな」
「帰省?」

 奇妙な話だった。
 来週からはもう夏季休暇。この時期に帰省?
 何事だろう。おまけに、キュルケが付き添った、と言う。
 全く、訳が判らない。

「そんな訳でな。馬車で行かなアカンのやけど……」
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ」

 ラグドリアン湖まで馬車。片道三日はかかる行程だ。
 目的の物が滞り無く手に入ったとしても、四泊五日。一週間の授業を殆ど休む羽目になってしまう。
 無理に決まっている。本来なら、一言の下に断る所だ。
 しかし、ギーシュがおかしくなっていると言う。どんな風に?

「女に興味が無うなった」

 あのギーシュが?一体、何を飲ませた?

「それだけ?」
「……男に興味を持つ様になりよった」

 ちなみに、目下のターゲットはワイ――――そこまで聞いて、ルイズは頭が痛くなった。

「惚れ薬なんて作ったの!?」
「あ、ばれてもうた?」
「それだけ言われたら、判るわよ。もう、何考えているのよ、あの娘!」

 惚れ薬に限らない。人間の精神を操作、変容させる薬は制作も使用も厳禁だ。
 禁制品に、没落貴族ならともかく、モラモランシ家の令嬢が手を出した。全く、冗談では無い。
 効果が切れるまで、放っておく訳にはいかないのか――――そこまで考えて、ルイズはカレンダーを思い出す。
 なるほど、おかしくなったままのギーシュを実家へ帰す訳にはいかない。モンモランシーの犯罪は間違いなく露見する。

「それで、今すぐにでも出発しないといけないわけね」
「使い魔の菊座を守るんは、御主人様の義務違うんか?」
「黙れ。菊座言うな」

 第一、立場が逆だろう。

「それで、助けて欲しい、て……私は何をすればいいのよ?」
「水精霊の涙を手に入れる事自体は、マルガリがやる言うてる。と、言うかあいつにしか出来へん事らしい。とにかく、火力が欲しいんや」
「火力?」
「ほら。なんや、最近よう判らへんけど、あちこちで暴動起きとる言う話やんか」

 その噂なら、ルイズも聞いた事が有る。
 平民が暴力的な手段で貴族に圧力をかける事は、それ程珍しくない。
 例えば、ギーシュの実家グラモン家が領民の家屋に屋根を葺いてやる事にしたのも、さもなくば暴動を起こす、と脅迫された為だ。
 だが、基本的に平民が本当に暴動を起こす事は少ない。貴族と本気でぶつかり合えば、勝ち目が無い。
 貴族が平民を暴動止む無しの状態に追い込む事も、また極めて稀な事だ。統治能力に疑問符が付けば、地位が危うくなる。
 平民は貴族に背いてはならない。
 貴族は実行不可能な命令を下してはならない。
 貴族と平民は、時として嫌悪や憎悪を交えながらも、結局の所、予定調和の中、互恵関係を保って来た。
 何故だろう。最近、その約束事が崩れ始めている。
 平民から箍が外れ始めている。
 貴族からは、不安を囁く声も聞こえて来る。
 暴動が散発。周辺地域では治安が悪化し、盗賊が横行している。

「原料はマルガリやないと手に入れられへんし、あいつやられたらアウトやろ。ワイ一人やと、もし大勢さんで来られたら、どうにもならへん」

 その点、ルイズの爆発は広域を火制出来るし、大抵の相手は肝を潰して逃げ出すだろう。

「要は道中の安全確保の為、人数が欲しい、と……」

 なるほど、事情はよく判った。
 ルイズは内心で溜息をつく。これは、手を貸さない訳にはいかない様だ。
 モンモランシーは裁きを受けるべきとしても、ギーシュを見捨てておけない。

「そう言う話なら、仕方が無いわね。行っていいけど……」

 事情を理解しつつも、素直に承諾するのは、何だか癪だった。

「でも、ギーシュを連れて行けばいいんじゃない?ワルキューレなら、一体一体、平民の兵士よりずっと強いし、数も頼めるわ。それに、あんたが行けば、絶対に着いて来るでしょ?」
「おいおい、勘弁して欲しいわ。ワイ、あいつに後狙われとんのやで。そないなんと一緒に、旅出来る訳あらへんやろ」
「だったら、モンモランシーと、ギーシュと二人で行かせたら?」
「自分がおかしゅうなっとる自覚のあらへん奴が、治る努力する訳無いやろ」

 いや。寧ろ、自分をおかしくしようとしている、と捉えて妨害しかねない。

「な、頼むわ、ルイズ」
「でも、五日間は長いし、やっぱり授業はサボれないし……」

 ルイズは初めて、空に振り向いた。見ると、両手を併せて、こちらを拝んでいた。
 思わず、口元に笑みが漏れる。なんだか、不機嫌で居るのが馬鹿馬鹿しくなった。

「他の材料は揃ってるの?」
「水精霊の涙でコケて、帰って来た言うとったからな。多分、足りとらん物、帰りがけに街で買う事になるやろ」
「ねえ、空。私、お芝居が見たいわ」
「おう。帰りな」
「クックベリーパイ食べたい」
「評判の店知っとる」

 好物と知って、調べておいた。その一言に、ルイズは頬を弛める。

「折角や。服も買うてこ。工房覗くついでに、着替えてけばええ」

 それが決定打となった。元より、断る理由も無かったのだ。
 ルイズは勢い良く立ち上がった。杖を腰に提げると、勢い良くドアを開く。

「さ、急ぐんでしょう。行きましょっ」
「準備とかええんか?」
「馬鹿ね」

 ルイズは笑った。

「本物の貴族はね。いついかなる時でも王命に応じられる様、常に旅立ちの準備が出来ているものなのよ」


   * * *


 トリステインとガリアの国境に、広大な湖が横たわっている。
 ラグドリアン湖。緑深い山林と、青空とを鏡の様に映し出す高地の湖は、ハルケギニア随一の名勝として知られている。
 この湖には、一つの伝説が有る。
 凡そ600万平方メイルにも及ぶ巨大な湖は、水の精霊の楽園であると言う。
 水底に巨大な城と街を、独自の文明を築き、その歴史は人類のそれよりも尚深い物である、と言う。
 水の精霊は喩えようも無い程、美しい。
 その姿には、どんな悪人と雖も改心する。
 その御許において交わされた誓いは、決して破られる事が無い――――伝説に長々と尾ひれが付くのは世の常だ。
 益して、水の精霊は人前に全く姿を現さない。
 数十年に一度、トリステイン王家と盟約の更新を行う時が、唯一の例外だ。

「で、その際の交渉役を、“水”のモンモランシ家は何代も務めて来た訳だけど……」

 モンモランシー、そして空とルイズがラグドリアン湖畔に辿り着いたのは、出発から二日後の昼過ぎだった。
 少なくとも、往路の道中は平穏その物で、同時に退屈でもあった。

「相変わらず、綺麗ねー」

 湖面に浮かぶ山にも、森にも、歪みは見られない。ラグドリアンの湖面は、時を止めたかの様に静かだ。
 丘から見下ろす眺望に、ルイズはうっとりと息を漏らす。

「ルイズ、来た事有るんか?」
「ええ。三年前、太后陛下御誕生祝賀の園遊会でね。思い出すわ。あの時は、姫殿下の身代わりになって――――て、キャメラなんて持って来たの?」
「コッパゲに頼まれとるんや。とにかく使うて、気付いた事が有れば教えろ、て」
「どうせ撮るんなら、出来るだけ綺麗な所にしなさいよ」
「ええ所、知っとる?せやったら、そこで一旦馬車停めて――――」
「ちょっと、あんた達!」

 御者台からの鋭い声が、二人の歓談を遮った。

「人の話聞いてるの?遊びに来たんじゃないのよ!」

 手綱を握るのは、モラモランシーだ。
 予算は節約したいし、余計な人間を増やしたくも無い。そして、彼女は一番立場が弱い。

「とにかく、早く済ませて帰りましょっ」

 道中、とにかくモンモランシーは急いでいた。
 恋人を早く元に戻してやりたいの一心だけでは無い。
 放っておくと、何をしでかすか判らないので、ギーシュは部屋に縛り付けて来た。
 世話はシエスタに任せてある。さすがに、あの油断ならないメイドとて、この状況で無理矢理既成事実を作ろうとまではしないだろう。
 それよりも、空から借りた材料費、十一の利子が何よりの問題だ。

「で、あれがさっきのジイさんが言うとった村か」

 空は湖面に顔を覗かせる藁葺き屋根を、目線で嘗めた。
 湖畔に差し掛かった時だ。一人の老農夫が声を掛けて来た。
 なんでも二年前から水位が上がり、村は完全に飲み込まれてしまったと言う。

「水精霊が悪さしよったんですわ」

 貴族が水精霊と交渉に来た。てっきり、そう思いこんでいた農夫は、それが誤解と知ると、すっかり落胆した。
 領主は宮廷での社交ばかり考えて、領地の経営を省みない―――― 一頻り愚痴を零して立ち去る。

 その話に、空は革命前のフランスを思い出した。
 貴族制度は兵権を分散させると共に、地方自治を担保する。もともと、地方の殿様と領民と言うのは、それなりに巧くやっている物だ。
 所が、極度に王権が強大化すると、それが崩れる。地道な領地経営で地盤を築くよりも、中央でおべっかを使う方が富と地位への近道となれば、地方は忽ち荒廃する。
 フランス革命は異常思想に取り憑かれた一部の主義者と、王政の絶頂期であるルイ14世以来の歪な中央集権体制による社会不安とが化学反応を起こして生まれた社会の破裂だ。
 まあ、マルティニーやタルブは平穏その物だった。
 ルイズやギーシュを見る限り、この国はまだまだ当分、大丈夫だろう。

「何事も無ければ、やけどな……」

 一同は馬車を降りた。
 モンモランーは湖畔に寄ると、水面に手を翳した。

「やっぱり。水の精霊は怒ってるみたいね」

 困惑した様に首を振る。

「わあ、冷たーい」
「ホンマ、ええ所やわ。一日くらい、ゆっくり……」
「あんた達っ!」

 静謐な水面に両手を沈めてはしゃぐルイズと、両腕を伸ばして深呼吸する空を、モンモランシーは再び叱り付けた。

「水の精霊はプライドが高いんだからっ。機嫌を損ねたら大変なのよっ。大人しくしててっ」

 モンモランシーは馬車からリュックを降ろす。蓋を開け、顔を出したのは一匹の蛙だ。
 のそりと地面に降り立つや、主人に向けて敬礼する。

「カエル!」

 その姿に、ルイズは砂煙を上げてバックステップ。5メイルばかりも後に退いた。

「なんや、ルイズは蛙怖いんか。可愛ええとこ有るやん」
「失礼ね。私の大事な使い魔よ」

 モンモランシーは取り出した針で指を突くと、蛙に一滴、血を垂らす。

「いいこと、ロビン。あなたたちの旧い友達と連絡がとりたいの。水の精霊を見付けて、旧い盟約の持ち主が話をしたい、と伝えてちょうだい」

 ロビンと呼ばれた蛙は、了解でありますっ、と言わんはがりの敬礼を一つ残し、湖に消えた。

「これで、ロビンが水の精霊を連れて来てくれる筈よ」
「その辺は任せといて、大丈夫なんやろ」
「いーけど。絶対、水の精霊の機嫌を損ねる様な事しないで。と、言うか、あんたは傍に居るだけで不安だわ。あっちに行ってて。あっち」
「そない、邪険にするなや」
「水の精霊、てそんなに怒りっぽいの?」

 まるであんたじゃない――――ルイズは余計な一言を付け加えた。

「あんたに言われたくないわよっ。もう静かにしててっ。前は大変だったのっ。父上ったら、『床が濡れる。歩くな』なんて言うもんだから……」

 モンモランシーは領地の干拓が失敗した事について、ぶつぶつ漏らし始めた。
 余程、恨みが深いのだろう。十年も前の出来事が祟って、モンモランシ家は未だに貧乏なのだ。
そんな様子を見ていると、ルイズは少し不安になった。空はハルケギニアの常識にいまいち欠ける。

「おいおい……」
「モンモランシーに任せるんでしょ。離れて見てればいいわ」

 ルイズは有無を言わさず、車椅子を押して森陰に身を潜めた。

 湖面が輝いた。岸辺から、凡そ30メイルの場所だ。水が意志を持つ者の様に蠢き、渦を巻く。
 その光景を、モンモランシーは微動だにもせず眺めている。
 水が盛り上がった。
 何かが現れたのでは無い。水、それ自体が盛り上がった。
 無色透明の水塊が蠢く様は、水飴を思わせた。

「綺麗……」

 モンモランシーは水飴と何やら話している。
 と、水飴は様々にうねり、歪み、そして目の前の水メイジそっくりの姿を形取る。

「……でもない」

 途端、ルイズは前言を翻す。

「お前ら仲悪いなあ」

 尤も、空も同意見だった。出来の悪いCGを見せられている気分だ。
 正直、あまり綺麗だとは思えない。

「ま、写真撮っとくか」
「止めなさいよ。気付かれたら、きっと怒るわ」

 そんな事よりも――――少し距離を置き過ぎた。一人と一体の声が、さっぱりと聞こえない。
 一体、何を話しているのだろう?

「あんたはどう?何話してるか聞こえる?」
「んー……」

 空は耳を澄ませる。何を話しているのかは聞こえるが、それが何を意味するかは判然としない所も多い。
 メイジでもなければ、ハルケギニア人ですら無い身としては、致し方無い所だ。

「あ……」
「どうしたの?」
「いや、ちょい待ち」

 モンモランシーが両手を大きく振り回して、必死に交渉……と言うよりも懇願している。
 ロマリア人は両手が無しには喋れないが、トリステインにも時折、この手合いが居る。
 程なくして、モンモランシーの等身大アクリルフィギュアは湖面に溶けて消えた。

「不首尾だったの?」
「いや。条件付けられよったわ」
「条件?」

 湖畔に戻る。
 モンモランシーは、青ざめた顔で立ち尽くしていた。

 ラグドリアン湖は美しい湖だ。
 ルイズは靴を、ニーソックスを脱いで波と戯れている。
 細く白い脚が湖水を蹴立て、無邪気な笑顔に併せて飛沫が踊る。
 その様を、湖畔の空は目を細めて眺めている。
 手にはカメラが在る。さすがに、動く人間を撮れる代物では無い。ルイズが遊び飽きたら、どこを撮影するか相談しよう。
 そんな二人の様子を、モンモランシーは苦虫を噛み潰す様に睨め付ける。

「どしたんや、マルガリ。滅多に来れへん所やで。お前も楽しんだらどや?」
「あんた達、どうしてそんなに暢気なのよ。もう……」
「相手が来るのは夜やろ」
「それはそうなんだけど……」

 モンモランシーは溜息をつく。
 水の精霊は襲撃者に悩まされている、と言う。
 相手は夜になると、ガリア側の岸辺へ現れる。そして、自分の体を削って行くのだ、と――――
 自分は水位を上げる事に手一杯で、襲撃者への対処には手が回らない。
 代わって退治する事が、水の精霊の涙――――その実態は水精霊の一部――――を譲る条件だった。

「密猟者、て所かい」
「相手は二人だそうよ。多分、風と火のメイジ」

 湖に侵入する為、風のメイジが空気の球を作る。
 火のメイジが水精霊の体の一部を蒸発させる。
 水精霊は巨大な一個の生命であり、分断されても意識の連絡は続くが、一度気体となった部分とは、繋がる事が出来なくなる。

「ちゅうと、湖の底に有るっちゅう城とか、街とかは?」
「迷信よ。御伽噺」

 夢の無い話だった。

「全く、私は平和主義者なのよ……」

 モンモランシーは肩を震わせた。
 一対一では最強の系統とされる風。乱戦では無類の強さを発揮する火。
 どちらも、戦闘に特化した系統だ。水メイジが相手取るには荷が重い。

「ワイとルイズが居るやろ。元王さまと、“王”候補やで。そう、心配すな」
「呆れた……“破烈の王”とか、まだ言ってたの?」
「まあ、見とき。ルイズは誰もが認めるメイジになる」
「“ゼロ”のルイズが?」

 そう言いかけて、モンモランシーは口を閉ざした。戻って来るルイズに気を使った事もあるが、何より、空の前でこの一言は禁句だった。
 湖畔の空気は割合、涼しかった。
 ルイズは馬車の荷台に濡れた脚を伸ばす。
 夏の厳しい日差しも、今ばかりは心地よい。

「とりあえず、あっちに移動しない?馬車を停めておく場所も、探さないといけないし」
「せやな。行こか、マルガリ」
「はいはい」

 促されて、モンモランシーは御者台に登る。
 全く、どうして貴族である自分が、平民に言われて手綱を取らねばならないのか。金が無いのは、首が無いのと同じとは良く言った物だ。
 おまけに今回は弱みまで握られている、と来ている。
 湖に沿って、馬車はゆっくりと進む。
 ルイズは脚を揺らしながら、湖をじっと眺めている。
 空は指で作った枠を覗き込み、撮影箇所を探している。

「ここなんか、ええかもな」
「綺麗ねえ」
「おーい、マルガリ。停めやあ」
「いい加減にしてよっ!」

 モンモランシーは軽くキレた。
 水精霊が指定した地点に到着。停車する場所を探す。
 どの道、今夜はここで一泊するしかない。あまり目立たず、キャンプも張れて、湖にも近い方がいい。
 場所は案外簡単に見つかった。時間は未だたっぷり有る。
 三人は偵察がてらに、散歩と洒落込む事にした。とは言っても、モンモランシーは終始硬い面持ちだ。
 日が傾き始めた。
 食事は保存食で早目に済ませる。味気ないが、こればかりは仕方が無い。
 食事を終えると、ルイズの表情にも緊張が浮かび始めた。
 決闘禁止令にも関わらず、学院では時折決闘騒ぎが起こる。魔法の撃ち合いなら、パーツ・ウォウで経験している。とは言え、所詮は子供の喧嘩、ゲームの延長だ。
 しかし、今夜経験するのは実戦。その上、密猟に手を染めるメイジが相手とあっては、名誉ある戦いは期待出来ない。

「作戦やけど……」
「私は平和主義者ですからね。平和的に解決するわ」

 モンモランシーが高らかに宣言した。

「平和的、ちゅうとなんや。話し合いでもするつもりかい」
「ええ。平和的な話し合いで解決するわ」

 ルイズは目を丸くした。おかしな物を見る目だ。
 密猟者と平和的な話し合いとやらが通じるなどと、この頭が平和な水メイジは、本気で考えているのだろうか。

「通じますとも!まず、私の平和的な水の魔法が有るわ。それに、ルイズのとても平和的な爆発があって、あんたの剣なんて、会話出来るんだから、もう平和的もいい所ね。これだけ平和的な手段が揃っているのに、平和的に解決出来ない理由なんてあるのかしらっ?」
「……マルガリ。お前、なんでも平和的、て付ければ通ると思ってへんか?」
「平和は何より尊い物なんですよ、ええっ。平和的に解決する為にはまず、相手に平和の尊さを身をもって知って貰う必要が有るわっ。これは当然の理屈ではなくってっ?」
「ボーズも苦労しそうやなあ……」

 さて、作戦。
 相手が二人揃っている所を、爆発で吹き飛ばしてしまえれば楽でいい。

「問題は夜、と言う事かしら」

 爆発の利点は空間に直接作用する事。従って、回避手段が存在しない事。
 対し、欠点は爆心点の設定が難しい事だ。距離感の掴み辛い夜間、確実に相手の行動力を奪えるかどうか。
 魔法は詠唱に時間がかかる。メイジ同士の戦いは、初手の成否が決着まで影響する。

「近付けば、大丈夫だと思うけど……」
「あちらさん、人間様が傭兵になっとるなんて、考えてへんやろ。待ち伏せ出来るさかい、距離詰めるんは、難しくないんと違うか?」

 飛翔の行程が無い爆発は、仮に外したとしても、術者の位置が特定される危険は少ない。
 相手がまるで無傷は考え難いから、残る二人が仕留めればいい。

「相手が場所変えよったら、話も変わるけどな」
「じゃあ、その場合、まず私が比較的平和な手段で接触をするから――――」

 反撃はルイズが“爆発の盾”で阻止。二人を囮として、空が樹々を足場に頭上から襲いかかれば片が付くだろう。
 作戦が決まると、配置につく。
 地形は昼間の偵察で頭に叩き込んである。

「それにしても、マルガリ、思うとったより過激やなあ」
「私は平和主義者よっ。平和的でない人達が我慢ならないのっ」

 空は肩を竦めた。全く、平和を声高に叫ぶ連中ほど、攻撃的かつ排他的なのは何故だろう。

 三人は息を潜める。
 待ち伏せは根気が大事だが、ルイズと言い、モンモランシーと言い、至って短気だ。
 空は少し心配になったが、まあ失敗したら失敗したで、やり様も有る。
 一時間ばかり時を置いて、湖畔に人影が現れた。
 嫌に体格差の有る二人組は、漆黒のローブを頭からすっぽりと被っている。
 水辺に進むと、杖を掲げて何やら呪文を詠唱する。
 モンモランシーは杖を構える。
 相手は火と風のメイジだ。恐ろしい戦闘メイジだ。何故、平和主義者の自分が、こんな物騒な連中と戦わねばならない。
 原因を作った少年への、理不尽な怒りが胸を焦がす。

「青銅をも砕く乙女の激流!受けてみなさい!」

 詠唱が完成する。比較的平和な呪文アクア・ストリーム。
 湖面が爆ぜる。数百㎏の水塊が一尾の竜に化ける。岩をも打ち砕く圧力をもって、目標に襲いかかる。
 長身のメイジは、一瞬、身を強張らせながらも、杖を突き出す。先端に生まれる小さな小さな火の球が、激流に飲み込まれる。
 刹那だ。
 水の竜が内から弾けた。小さな火の球が、忽ち巨大な火柱に成長。数トンの打撃を蒸気に変える。
 同時に、小さな影が身を捻る。杖を向ける先は、モンモランシーでは無く――――

「アカン!」

 空は飛び出す。
 杖の先にはルイズが居る。モンモランシーが先走った御陰で、伏兵の位置が特定された。
 二つの空気が膨張した。一箇所は襲撃者が突き出す杖の先で。もう一箇所はローブとローブの間で。
 閑静な夜の森に、爆音が響いた。



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