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姫と龍

 これはもうずっと昔むかしのことだ。
 ガリアという国に、イザベラという姫がいた。
 イザベラは王族の証である青く美しい髪をした、それはそれは可愛らしい姫であった。
 王宮の中で姫君として育ち、まずは何のよどみもなくすこやかに大きくなっていった。
 こう言いたいが、実のところその頃のガリアは目の見えないところで大きな争いが起きていた。
 ガリアにはジョゼフとシャルルという二人の王子がおって、イザベラは上の王子であるジョゼフの娘だった。
 ところがジョゼフというのは王族であるにも関わらず、どんな魔法が使えなかった。
 どんな簡単な魔法でもぼかんと爆発させてしまう。
 反対に下の弟のシャルルは、童の頃から魔法の力に長けて、すいすいと呪文を唱え、多くの人から尊敬されていた。
 おろかで出来の悪い兄と、賢く出来のいい弟。
 王子たちがまだ手足の伸びきらぬ頃から、王になるのはシャルルであろうと多くの人が考えていた。
 王子たちの母である王妃でさえも、そのように望んでいた。
 ところが、年老いた王が玉座を譲ったのは、暗愚と呼ばれるジョゼフ王子であった。
 この頃から次の玉座をめぐる争いは炎に油が注がれたように激しくなっていった。
 しかし、まだ幼いイザベラはそんなことなど知るよしもなかった。
 醜い争いが続く中、シャルルは胸に矢を受けて、死んだ。
 誰が弓を射たのか、それは闇の中だ。
 シャルルの妻と娘は王家の名と権利を奪われた。
 血なまぐさい争いの後、ジョゼフは王となり、イザベラは王位の後継者となった。
 だが、このような争いの恨みつらみは決して消えはしないもの。
 シャルルを慕っていた者たちは、声にはならぬ憎しみと呪いをジョゼフに向け、その娘であるイザベラも無関係ではいられなかった。
 ここでまた不幸なことがある。
 それはイザベラがジョゼフほどではないが、魔法の力が著しく劣っていたということだ。
 それに比べて、シャルルの娘であるシャルロットは父親と同じく優れた才を幼い頃から発揮した。
 無能と呼ばれる姫と、素晴らしい姫。
 親同士の暗い関係は、そのまま娘にまで受け継がれていた。
 その頃になると、イザベラも自分がどのような場所にいるのか嫌でもわかるようになっていた。
 自分に向けられる目。
 声にこそ出さないがはっきりと聴こえる声。
 無能王の娘。
 簒奪者の娘。
 幼い頃から陰でささやかれる声はじわりじわりとイザベラの心を蝕んでいった。
 貴族たちのみならず、城の使用人たちまでが姫であるイザベラを蔑み、そのくせシャルロットたちに同情する。
 これに対して、イザベラも何もしなかったわけではない。
 何とかしてそういう連中を見返してやろうと努力もしたし、勉強もした。
 だが、自然の采配は残酷なもの。
 蟻がどれだけもがこうが、鷲のようには翔べぬように、イザベラがどれだけあがこうとシャルロットの才能の前にははかないものでしかなかった。
 これに対して、シャルロットを擁護している者たちは手を打って喜んでいた。
 所詮は簒奪者よ、無能者の娘よ、やはり王位はシャルロットにこそふさわしいと。
 そいつらの嘲笑を肌で感じるごとに、イザベラの心から優しさとか思いやりという、人間らしい心が引き剥がされていった。
 やがて、イザベラはシャルロットや他の人間を激しく憎むようになっていた。
 だが、それは哀れな恐れの裏返しでしかった。
 いつか自分は殺される。
 そんな恐怖に身を震わせて、それを隠すようにまわりの者に当り散らし、ますます一人になっていった。
 頼りになるはずの父も、何事か一人でやっているだけで、イザベラに関心を向けようとしなくなった。
 王国の姫という輝かしい立場にいながら、イザベラの心は冷たく荒み続けていた。
 そんなある日のこと。
 イザベラはシャルロットが使い魔としてドラゴンを召喚したという話を聞いた。
 さすがシャルロット様と噂しあう者たちを苦々しく思いながらも、イザベラは自分も召喚の魔法を行ってみようか。
 そう思った。
 本音を言えば、すごい使い魔を召喚してまわりを見返してやろうなどと、そんな気持ちはなかった。
 メイジの実力を見るなら使い魔を見ろ。
 魔法の力に乏しい自分がドラゴンやグリフォンという幻獣など呼べるはずもない。
 そんなことはわかっている。
 それでも、イザベラはサモン・サーヴァントを行った。
 使い魔とは主と常にあり、主人を守るもの。
 まわりの人間のように陰口を叩くわけでもなく、寝首をかこうと懐に刃物を潜ませることのない、自分の味方となるもの。
 それを求めて、イザベラは召喚を行った。

 その使い魔が現れた時、イザベラの視界は暗くなった。
 比喩ではなく、本当に暗くなった。
 どうせ大したものなど呼べはしないと、腹の中で蔑みを浮かべていた者たちも、我が目を疑った。
 一見しただけではどんな姿をしているのかさえ判らない、それほど巨大なものがそこにいた。
 全体の印象はドラゴンである。しかしその姿は、ハルケギニアで知られるいかなるドラゴンとも違っていた。何より翼が無い。
 蛇のように長い胴は、伸ばせば100メイルほどもあるだろうか。
 その胴に比して短い、しかし鋭い爪を備えた四本の脚。頭には大木のような角が二本生えている。
 その恐ろしげな目でじろりと睨まれた途端、気の弱い者は泡を吹いて倒れてしまった。
 呼び出したイザベラも最初は震え上がっていたが、ドラゴンがどうとその頭を地面に落とした途端に、転んでしまった。
 ようく見ると、ドラゴンはあちこちに傷を負い、ひどく苦しげな様子であった。
 うっすらと開いた目は、何とも言えぬ哀しみに満ちていた。
 その目に、イザベラは忘れかけていた優しさを揺り動かされたが、それでもまずは契約をしなくてはならない。
 契約のキスを、そっとドラゴンにすると、苦しげであったドラゴンは次第に元気になっていった。
 体の傷はそのままだったが、ぜいぜいとしていた息は落ち着きを取り戻していた。
 やがて、ドラゴンはぬうと大きな首をもたげて、イザベラを見下ろした。

 「娘っこよう、ここは一体どこだあ?」

 大きな声でそう呼びかけたではないか。
 何としたことか、イザベラが呼んだのは人の言葉をしゃべる韻竜であった。
 このことは、またたく間に広まった。
 もとから隠しようもなかったのかもしれぬ。
 何しろ山のように大きなドラゴンが、いきなりヴェルサルテイルの中に現れたのだから。
 これについては、さまざまな噂が飛んだ。
 無能姫に韻竜など召喚できるわけがない、あのドラゴンはガーゴイルではないのか。
 しかしそうなると、あんな巨大で精巧なガーゴイルをどのように作り、いかにして宮殿の真ん中に出現させたのか。
 本当は別の人間が召喚したものを、イザベラが横取りしたのではないかのか。
 もろもろの噂はすべからくイザベラに否定的なものだった。
 不自然なほどに。
 このへんも、人間のいやらしい心理というものが働いていたようだ。
 人間というやつは往々に何かしら他人と自分と比較して、下位にあるものを見下して精神の安泰を図ることがある。
 けれども、下位にあると思っていた相手が実は大変に価値のある人間であったり、実力のあることがわかった場合はどうか。
 素直に認めるということはもちろんあるが、逆に色々と理屈をつけてそれを否定しようとする場合もある。
 イザベラの場合、少々乱暴のくくってしまえば無能な簒奪者ジョゼフの娘であり、同じく無能でかわいそうなシャルロット姫をいじめる下劣な悪というとらえかたをされていた。
 そのようなものがすごい実力を発揮した場合、さてどうであろうか。
 ここでいちいち書く必要さえないように思われる。
 そんなまわりのことなどかまうことなく、イザベラは毎日のようにドラゴンのもとへ通っていた。
 単純に言葉が話せるとか、すごい使い魔だからという理由でもなかった。
 接してみると、このドラゴンは恐ろしげな外見に似合わず、まるで童のような純朴さを持っていた。
 優しく頼もしい使い魔と一緒にいるうちに、イザベラの心に突き刺さっていた氷の棘は少しずつ溶けていくようだった。

 傷がいえるとドラゴンはイザベラを頭にのせ、空を飛んだ。
 翼がないのにどうして飛べるのかはわからないが、雲を呼び、風を起こして空を駆けるその姿はまるで神々の物語のようだった。
 次第にイザベラは、宮殿よりもドラゴンと一緒にいる時間のほうが多くなっていった。
 宮殿の侍女たちは、イザベラが癇癪を起こすこともなくなったので多くの者はほっとしていた。
 けれど、イザベラとドラゴンを憎々しく睨みつける者たちもいた。
 オルレアン派と呼ばれる、シャルルを擁していた者たちだ。
 彼らにすれば憎いジョゼフの娘があんなドラゴンを使い魔にしたことが憎らしかった。
 シャルロットも見事な風竜を召喚したのだけれど、こちらはまだ幼生。
 威容を誇る巨大なイザベラのドラゴンと比べれば、あまりに頼りなかった。
 何よりも、自分たちが考えている決起の時、もしもあのドラゴンがたちふさがれば。
 あの巨体が猛り狂い、暴れまわればどれほどのことになるか。
 生半可な魔法など屁のツッパリにもならない。
 自分たちが踏み潰され、蹴散らさせる光景が容易に想像できる。
 だから、空飛ぶドラゴンを睨みつけることくらいしかできなかった。

 しかし、イザベラたちにとって、そんなことはどうでもいいことだった。
 毎日のようにドラゴンが空を行く光景はだんだんとガリアの日常になりつつあった。
 このため、イザベラはシャルロットと顔を合わせることはほとんどなくなっていった。

 そんなある夜のこと、宮殿のそばでぐうかぐうかと寝ていたドラゴンは、何かうるさい物音を聞いてむっくと起きた。
 何か自分の近くをおかしなものが飛んでいる。
 コウモリにしてはでかいし、はて何であろうとドラゴンは目を凝らした。

 「きゅいきゅい、はじめまして」

 見ると青い翼の生えたドラゴンである。
 小さなドラゴンはドラゴンのまわりを飛びながら、きゅいきゅいと鳴いていたのだ。

 「あなたもドラゴン? 私と同じ韻竜なのね。こんな立派な姿のドラゴン見たことない。でも、何だか変わった姿。きゅいきゅい」

 「おめ、だれだ」

 「私はシルフィード。竜の名前ではイルククゥ。そよ風って意味ですわ。おにいさまのお名前は?」

 「おらぁ、八郎だ」

 「ハチロー? 変わったお名前なのね」

 シルフィードはドラゴンにあれやこれやと聞いたりしていたが、

 「おにいさまは、従妹……イザベラ姫の使い魔なのね……。ねえ、意地悪とかされてない?」

 「いやあ、そんなこたぁね」

 「そうなの? 何だか信じられないのね。あの従妹姫、とっても意地悪なのね!」

 そう言って、シルフィードは自分の主人とイザベラについてあれやこれや、ぺらぺらとしゃべった。
 しかし、ドラゴンは何を聞いても、黙ったままであったが、

 「おめの言うこたあ、いっこ嘘があるなあ」

 「嘘? シルフィ嘘なんてついてないのね、失礼しちゃうわ! きゅいきゅい!」

 「いや、嘘だ。まんず、おめの主人はひとりぼっちだったっていうけど、そこが嘘だ。きゅるけとかいう友達もいるし、それができる前から忠誠の家来がいる」

 この家来というのは執事のペルスランのことらしい。

 「よく見えねえだけで、あちこちに仲間がいる。ちっともひとりぼっちでね」

 「………そういえば、そうなのね。きゅいきゅい、それにシルフィもいるの!」

 「うんだ。きっと、ずっと前からそうだ。だから、おめの主人はひとりぼっちなんじゃねえ、ひとりぼっちのふりをしているだけだ」

 そう言われて、おしゃべりな風竜は黙ってしまう。

 「本当のひとりぼっちになる気持ちは、おめらにゃわがらね」

 ドラゴンはそう締めくくって、眠ってしまった。
 おめえら、というのはシルフィードだけではなく、シャルロットのことも含んでいるのだろう。
 シルフィードはしばらくドラゴンを見つめていたが、やがてそうっとそこから飛び去っていった。

 夢の中で、ドラゴン――八郎は遠い昔のことを思い出していた。
 八郎は生まれついての龍などではなかった。
 その頃、八郎は力自慢ではあるが、気の優しい人間の若者であった。
 古い掟を破ってしまうまでは。
 仲間と山へいった時、八郎は仲間の分までとった魚を食ってしまった。
 山でとったものはみなで同じ数だけ分ける――それは貧しい中で生きていくための、いにしえからの古く厳しい掟だ。
 それを破った八郎への罰はあまりにも厳しいものだった。
 八郎は人であることを剥奪され、恐ろしい龍の姿へ変えられた。
 そこから、八郎の苦しくあてのない放浪は始まった。
 喉を渇きに苦しみ、水を求めてあちこちをさまよった。
 最初に落ちついた湖では、湖面の奥底で過ごすことができた。
 けれど、ある時南祖坊という恐ろしい法力を持つ僧によって住処を追われた。
 その後あちこちで人に追われ、神々に追われ、そのたびに心は荒んでいった。
 そんな日々が永遠に続くかと思われた時、八郎は空に広がる大きな鏡のようなものを見た。
 何かに招かれるようにそれに飛び込んだ時、そこには見たことも景色が広がっていた。
 傷つき、渇いた体に耐え切れず、頭を下ろしたところ、水のような髪の毛を持つ美しい乙女が、八郎に口づけをした。
 するとどうであろう。
 あれほど身を苦しめていた渇きが嘘のように引いていったではないか。
 これが、イザベラとの出会いであった。


 「ねえ、ハチロー、海の向こうには何がある、あんたはわかる?」

 ある時、空を飛んでいる途中にイザベラが言った。

 「わがらね」

 「へー、あんたもそうなんだ」

 「おら、海に住んだことはねえ」

 「なら、いってみる?」

 イザベラは遠くを見ながら、微笑んだ。

 「私はねえ、今までずっと王女ってことにこだわってたんだ。それしか、頼るものがなかったからね。でも、今はお前というやつが一緒だから……」

 そこでイザベラは少しばかり頬を染める。

 「だから、王女だ、国だ、そんなのはどうでも良くなってたきたよ。それだからねえ、何かずっと遠くのほうにいきたくなった……。どうだい?」

 そう語るイザベラの心には、また別のものがあった。
 今は放っているが、父であるジョゼフはいずれ八郎を利用するに違いない。またシャルロットの神輿にしようとする連中も、敵になるかもしれない八郎に何をするかわからない。
 誰にも話してはいないが、八郎はその気になれば稲妻を呼び、嵐や洪水を引き起こすことができる。いざとなれば父もオルレアン派の者どもも敵ではない。
 だが、今や何よりも大事な存在である八郎を、そんな奴らの血で汚すなど、イザベラには耐えがたかった。

 「姫さんがええなら、おらぁどこでもいい」

 「そうかい……。ありがとう」

 イザベラと八郎がガリアから消えたのは、それからすぐのことだった。
 二人がどこへいったのかは、誰も知らない。
 一説には、海の彼方へと巨大な龍が飛んでいったという話もあるが、それが八郎であるのか、それはわからない。


 すべては、遠い昔のことである。



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