あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

使い魔を買いに-01


 子供時代の終焉というものは、どのような形で告げられるのか。それには諸説ある。
 実際には諸説などというほど大層なものではなく、先輩ぶりたい年長者が教化と謳って
もっともらしいことをでっちあげているだけなのだが、それでも一応は諸説あるというこ
とになっている。 先達曰く、諸々諸々……。
 精神的な面で高みに達した時、大人になる。
 肉体的に成熟すれば、それで大人といえる。
 幼い頃の夢を失った時、人は大人になるのだ。
 なるほど、といちいち頷かされる。人生の先輩達が考えたもっともらしい条件は、いか
にももっともらしくわたしの耳を打つ。

 わたしが精神的な高みに達しているとは到底思えない。『ゼロ』という忌まわしい二つ
名で呼ばれれば、つい『風邪っぴき』だの『洪水』だのと、童子のような憎まれ口で言い
返してしまう。
 寝台に潜り込んでからつらつらと思い返し、昼間とった態度を反省することしきりなの
だが、こぼれた乳を嘆いても無駄で時間は二度と戻ってこない。
 マリコルヌに対しては「そんなにわたしのことをかまうなんて……ひょっとして、あん
たわたしのことが好きなんじゃないの?」とでも言ってやればいい。
 モンモランシーなら「他人にかまう前にきちんと彼氏の舵取りしておきなさいよね。ギ
ーシュが一年生の子と仲良さげに歩いてるのを見たわよ」これで黙ることは確実だ。
 しかしこのやり口はまるでキュルケのようであり、よりにもよってツェルプストーの真
似をしているなどと思われることはわたしの気位が許さず、結局わたしは後悔の涙で枕を
濡らすことになる。

 肉体的な面はあえてあげるまでもない。成長が遅いのはわたしのせいではないからだ。
 薄いながらも体毛は生え揃っているし、その気は無くとも赤子を授かる準備だってでき
ている。それで充分だ。乳牛のごとき肉体を見せつけて恥じる様子もない隣人よりはよほ
ど大人だ。

 幼い頃の夢はどうだろう。
 物心つかない頃の漠然とした夢は、皆から祝福される美しい花嫁、巨大な竜を退治する
騎士、平民から慕われる優しい王女、精強な軍隊を指揮してトリステインを世界一の大国
に導く名軍師。見事に一貫性が無いのは子供だからということで勘弁してほしい。
 それら絵物語的な夢が鳴りを潜めた頃、代わって鮮明な色でわたしを迎えたのは「アカ
デミーの研究員」というしごく具体的な職業だった。
 具体的な夢は具体的な達成方法を伴っているため、子供が夢想しているだけはすまない。
相応の努力を必要とした。

 わたしには、病身の姉さまに代わって領地を治めていくことが宿命づけられている。
 魔法を使う才能の一切を持たずに産まれてきたというマイナス要素も相まって、とんでも
ない重圧として重く重くのしかかってくる。
 魔法が使えないからといって逃げることは許されず、無能な自分を冷笑して隠遁するほど
人生に絶望しているわけでもない。
 劣等生扱いされることを我慢できるようなプライドの持ち主であれば、もう少し自分自身
を御しやすかったことだろう。
 実技を練習することが許されないぶん、その情熱は理論へと向かい、机上で学ぶものに関
しては学年トップの成績を維持し続けている。
 実践より理屈をこねることが癖になってしまった気もするし、このまま研究員になんてな
れば嫁かず後家の大年増ができあがるような気もするが、夢をかなえる代償としてはまずま
ずだろう。
 形ばかりの婚約者だったバーガンディ伯爵は別の人と結婚しちゃったらしいし。ああ、本
格的にオールドミスへの道を歩みつつある。まだ十六なのに。

 いや、しかし、でも! 今日この日この時間からわたしの人生は花開く。
 何一つとして根拠はないが、サモンとコントラクトは成功する気がする。気がしなくても
成功させなければならない。
 そのメイジに見合う使い魔が召喚されるということは、メイジの足りない部分を補完する
使い魔が召喚するともいえ、魔法に関して無能なわたしがアカデミーの研究員になるという
難事を可能にする何かを召喚するということ……かもしれない。
 ひょっとしたら一足飛びに姉さまの病気を治す使い魔を呼び出してしまうかもしれない。
そうなれば研究員になることさえ必要なく、でもそれはそれで寂しくはあり、もはや何が目
的で何が手段なのか見失いつつ、わたしは杖の角度と声のトーンを慎重に選んで……。
「……ミス・ヴァリエール」

 杖の振りと発声、これだけが魔法を魔法たらしめているということはもちろんなく、慎重
に慎重を期し、そもそも成功したことがないものを成功させようという無茶を通す事実を忘
れてはならず……。
「ミス・ヴァリエール」
 頭の中でクラスメイト達の召喚模様を繰り返す。一番の大物は青髪の……なんとかいうツ
ェルプストーの友人が召喚した風竜か。二番目は悔しいけど認めたくないけどツェルプスト
ーのサラマンダー。
 あの二人の共通点……声が若干抑え目だったような……なるほど、そういう部分にコツが
あるのかもしれない。ただただ逸る心に任せて勢いのまま召喚してはいけないということか。
これは人生に通じることがある。そもそもわたしの人生において……。
「ミス・ヴァリエール!」

「は? ……ええっと、お呼びでしょうかミスタ・コルベール。サモン・サーヴァント前の
精神集中を乱されたくはないのですが」
 教師でさえわたしの邪魔をするというのだろうか。どこまで壁は高く聳え立つのか。
「いやいや、気持ちはわかるよ。使い魔召喚の儀式は神聖にして不可侵なものだ。しっかり
と準備をしてのぞむべきだろう。ただね」
 禿頭の教師は人差し指の先で頬をかいた。その態度から言いにくいことを言おうとしてい
ることは馬鹿でも分かり、つまりはわたしにも分かる。その内容も容易に推測することがで
きた。
「順番が最後とはいえ、授業時間にも限りがある。なんだったら放課後に付き合ってもいい
から、この場は手早く済ませてもらえないだろうか」
 なんだろうか、この失敗することを前提とした物言いは。言葉を選んでいる風なのがかえ
って腹立たしい。

「さっさとしろよゼロのルイズ! こっちは爆発見物するほど暇じゃないんだぞ!」
「うるっさいわね風邪っぴきのマリコルヌ!」
 ああ、また反射的に侮辱し返してしまった。しかもあちらが言うゼロは事実だが、風邪っ
ぴきはただの低レベルな言葉遊びだ。反省しよう。
「そうよルイズ。潔く諦めることも時には重要よ」
「引っ込んでなさいツェルプストー! あんたのサラマンダーなんか及びもつかない使い魔
召喚してやるんだから。びっくりして腰抜かすんじゃないわよ!」
 客観的どころか主観的な視点で見てさえ大言壮語……というよりは強がり、法螺話寄りの
発言を耳にしてさえ、ツェルプストーの余裕は崩れない。あきれるように肩をすくめるその
ポーズが、あからさま過ぎてわたしの癇に障る。

「ねえルイズ」
「なによ!」
「無理したっていいことないわよ」
「なにがよ!」
「あなたって嘘をつくとき耳たぶが震えるのよねぇ。この癖、知ってた?」
 一瞬にして頬が、次いで耳の先までが朱に染まる感覚を覚え、声は上ずり、動揺が外に滲
み出した。巻き起こった笑い声がわたしの耳たぶを揺らす。
 自分自身が自覚していなかった癖を指摘されると、しかもその癖がわりと恥ずかしいもの
であったりすると、人はこのように慌てふためいてしまうものだ。
「ううううっ、うるさいうるさいうるさい! いいから黙って見てなさい!」

 もはややぶれかぶれだ。失態を誤魔化そうという思いも手伝い、手早くコモンを唱えた。
 クラスメイトの嘲笑の只中という実によろしくないシチュエーションではあるが、贅沢を
言っていてはきりがない。
 せめてずらり並んだ顔――わたしを指差し嘲笑う顔――が目に入らないよう瞼を閉じて、
おそらくは起こるであろう爆発にそなえて身を縮めながら杖を振るった。

 始祖ブリミルよ、どうか、どうか、どうかどうかどうかお願いします。ルイズ・フランソ
ワーズ・ル.・ ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、最初で最後のお願いです。ハエやゴキブリ、
イモムシでもかまいません。クラスメイトのさらなる笑いを呼ぶようなものだって我慢しま
す。わたしの夢につながる使い魔、姉さまのご病気を癒してさし上げることができる使い魔
をどうかどうか、どうかどうかどうか……!

 果たしてわたしのか弱い祈りは聞き届けられたのか。気がつけば、心無いクラスメイト達
の罵声と嘲りが止んでいた。そういえばいつもの爆発音も聞こえなかったような。
 爆発が聞こえないということは、召喚は成功したということではないか。
 クラスメイト達が静まっているということは、連中の減らない口を封じるだけの素晴らし
い使い魔が召喚されたということではないか。
 胸の高まりは狂おしい鼓動に代わってわたしのかわいらしい双丘を千々に乱す。
 双丘などという使い慣れない詩的な表現をさりげなく用いてしまうあたりどうしようもな
い興奮が、ああ、ああ、神様、神様、始祖ブリミル、わたしの願いを聞き届けていただけた
のでしょうか。

 もったいつけたわけではない。ただ単なる不安から、ゆっくりと、少しずつ、両のまぶた
を開いていった。開ききる前から辺りは暗く、目を閉じ続けていたせいかとも思ったがそう
ではなかった。何が起きたのか確認しようとしたが、それもできなかった。何が起きたのか
説明できる人間がいなかったからだ。
「……なに?」
 これはベテラン教師であるミスタ・コルベールでさえ説明できない怪現象が起こったとい
う意味ではない。ミスタ・コルベールもその他有象無象もわたしの視界内にはいなかった。
「なんなの?」
 答えは無い。わたしの脳内に建築されたルイズ図書館には推測する材料となるだけの蔵書
が無い。
「なんなのよ! なんなのよこれは!?」
 ヒステリックに叫んでみても誰も助けてくれない。分かってはいても叫ばずにはいられな
い。
 わたしは草原にいた。確かにいた。それは絶対に間違えの無いことだったはずなのに、こ
こは草原ではない。ここは、道。
 どこかと問われればどことも答えることはできない。まばらな木々……なんという種類だ
ろうか。それさえ分からない。
 獣道に毛の生えた程度の道を守るようにして背の低い樹木が生え、木々の向こうは色の濃
い暗がりで覆われて視線を塞いでいる。
 どこか生臭い匂い……それに湿っぽい。長雨の最中としか思えないほどじめついている。
なんだろう。上を見てみたが、月も星も無い。分厚い雲が地平線の向こうまで空を隠しきっ
ている。
 地平線? ……おかしい。学院がなくなっている。いや、でも、そもそも場所が違ってい
るのだから当たり前といえば当たり前……なぜ?
 どう考えても時間帯が違う。わたしは昼間の草原にいた。でもここは夜道。どこかの街道?
この規模なら間道? どこに続いている? 先には街が? 学院が? 前を見れば長々続く
道、後ろにも長々続く道。先は見えない。
 いたはずの皆はどこへ? わたしを残してどこかへ行った? いくら薄情な連中とはいえ
それはない。だいたいこんな短時間に、音も立てず気配も感じさせずに不可能だ。
 罵声と嘲りはいつ消えていたのだろう。どんなに耳をすませてみても、風が木の葉をそよ
がせる音さえ聞こえない。

 首筋を撫でていくような風が吹いた。マントの裾を寄せたが寒気が去ってくれない。分か
らない。分からないことが恐ろしい。分かることなら恐れるまでもないが、何も分からない
ことが恐ろしい。
 誰かの悪戯だろうか。だがあの場にはミスタ・コルベールがいた。頼りないところもある
が、教育に対して真摯な教師だ。このような真似を看過するとは思えない。
 足を踏みしめてみるが、いつもと変わらない地面の感触があるだけだ。空気は少し違うよ
うだが……なんだろう、この生臭さは。魚とも違う……不愉快というわけではないが、どこ
か気になる……分からない。
 落ち着かなければならない。落ち着かなければならない。落ち着かなければ。冷静に。冷
静に。後から後から絶え間なく落ちてくる塩辛い体液を袖口でぬぐい、自分を抑えようと、
理性を取り戻そうとするが上手くいかない。
 しゃがみこんでしまいたいが、こんな所でそんなことをして、後ろから誰かに襲われでも
したら……後ろから?

 ここでわたしが振り返ったのはただの偶然だ。怖気に襲われた小娘がビクビクしていた、
それ以上のことではない。
 浴場で洗髪の真っ最中に視線を感じて振り返る、それと同程度のことだ。そこに何かある
はずもなく「まさかね……」という自嘲とともに洗髪作業に戻る。
 世界はそのようにできているはずだし、そうあるべきだとわたしは思う。だがすでに異常
が発生していることは明白であり、わたしの願いがかなえられるはずもなかった。


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