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ヘルミーナとルイズ3


 トリステイン西部の海岸沿いに位置する辺境部に、ダングルテールと呼ばれる一帯がある。
 そこに点在するいくつもの廃村。その中でも、別段の不吉さをもって語られるものが一つ。
 かつて起こった新教徒狩りを目的とした政府による住民虐殺事件、通称『ダングルテールの惨劇』。
 その忌まわしい歴史の爪痕を残す廃墟。事件から四十年が経過した現在も、住み着くものがいない闇へと葬られた地。

 今はそこに、一人の魔女が住み着いていた。

 呪われた地に住まう魔女。
 魔女の住む一帯には常に深い霧に包まれており、彼女に会おうとした誰かが足を踏み入れたとしても、必ず道を見失い、霧の外へと戻ってきてしまうという。
 そんな不気味な場所に居を構える魔女に対して、人々は様々な噂をた。

 ある人は言う、邪悪なる人食い魔女と。
 ある人は言う、死者を冒涜する術を使う忌まわしい魔女と。
 ある人は言う、すべての知識を持ち合わせた、万能の力を得た魔女と。

 彼女に関する噂は枚挙にいとまがなかったが、ただ一つ共通するのはその呼び名。
 人は彼女を『ダングルテールの魔女』と呼ぶ。



 春が来た、夏が来た、秋が、冬が、そしてまた春が来た。
 四季は巡り、止まることなく時間は流れ続ける。

 アルビオン崩壊から二十年。
 七万の兵士に立ち向かった使い魔の少年が命を落とし、人々の記憶からもその勇姿が忘れ去られるのに、十分なほどの時間が流れていた。
 多くの人から『ダングルテールの魔女』と呼ばれているかつて少女であった女性は、今は少数の人々から『錬金術師ルイズ』とも呼ばれている。


 当時から近隣の住人であっても近寄りたがらなかったダングルテールの廃村を、住処と定め工房を構えてから早十年。
 ルイズに錬金術の教示を与えたもう一人の錬金術師、ヘルミーナの姿はもう隣にはない。
 彼女はルイズに己の知りうる限りの知識を授けたあと、己の世界へと帰っていった。
 すべての機材と資金を引き継いだルイズは、その後数年間に渡り、ガリアに工房を構え続けた。

 ヘルミーナがいなくなってから最初の一年目にしたことといえば、世界をまわり、四人の弟子をとることだった。
 ルイズはヘルミーナと過ごした数年間で、錬金術というものが実に広大な海原のようなものであると理解していたし、故に己一人の手での目的へと辿り着くことができないであろうことも理解していた。

 ルイズは四人の弟子たちに、己の納めた錬金術の知識と技術とを、四年の年月をかけて教え伝えた。
 それも全員に同じものを教えたわけではない、それぞれの弟子たちには適性ごとに別々の事柄を教え込んだ。
 自分の限られた時間では辿り着ない境地へと、弟子の誰かが辿り着く未来を願って。
 そうして四年間かけて、彼らを一人前の錬金術師に育てたあと、彼女は弟子たちにこう言ったのである。
「錬金術を、世に広めなさい」と。

 その一言から、十年以上の歳月が流れた。


 たった二十年、それだけの時間で世界は容易く変化する。
 様々な部分で、小さく、大きく。
 人は年をとったし、真新しかった石畳は薄汚れた。
 美味しかったパイの店は主人が引退して息子に代替わりしてから評判が落ち、草木が育たないと言われていた荒れ地も、開墾と土壌改良によって実りをえた。

 トリステイン王国は貴族によって寡占されていた職種の一部で、広く平民を登用することを決定した。
 ガリア王国では国が分裂し、その片方が共和政府を名乗り今でも内乱を続けている。
 ゲルマニアは相変わらずらしいが内部での政争はその激しさを増しているらしい、ロマリアでは弾圧され力を失っていたはずの新教徒たちが力を盛り返し、年々その発言力を増していると聞く。
 ここ数百年なかったような、急激な変動が世界に起こっている。
 そして、その一端には錬金術の存在があった。
 魔法を使えない平民でも容易に扱うことのできる錬金術によるアイテムの存在。更には平民出身でも錬金術師にはなれるという事実そのものが、絶対的であった貴族の権威を揺るがし、貴族に対する平民の地位の向上へと繋がりつつあるのである。
 が、このことはルイズとしては別段どうでも良いことである。
 ヘルミーナとルイズがガリアにいた頃から平民に貴族に、表に裏にばら蒔いた錬金術とその成果は、やがては四人の弟子たちにも受け継がれ、世界各地へと波及していった。

 四人の高弟たちは、各地に錬金術を広める傍らに弟子をとり、更なる錬金術の広まりに貢献した。
 最初は争いの場に、やがては貴族たちの社交の場に、そしてついには平民たちの生活の場にまで錬金術は手を伸ばした。
 早くから錬金術が広まったガリア王国には、錬金術を専門で研究する機関を設立する気運が高まっているとも聞く。
 分裂し、国力を殺がれたとはいえ、格式と伝統の国ガリア。彼の国で錬金術が認められたとなれば、各国ともそれを追随せざるをえまい。

 それもこれも何もかも、すべてはルイズの思い描いた通りに。



 工房地下に作られた廃棄処理施設、ルイズはそこで失敗作を破棄する作業を行っていた。
 かつては美しかった桃色のブロンドも今はくすみ、その鮮やかさの面影を残すのみとなっている。
 三十路半ばの盛りを過ぎた体は全盛期の美しさは失っていたが、逆に円熟した大人の女性を感じさせる。
 露出を抑えつつも色気を発露させている黒いイブニングドレスを身に纏った姿は、妖しいとか、艶やかという言葉がよく似合う。
 だが、それらの魅力と氷のように冷たい眼光とが合わさって、一種近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

 失敗作を炉に放り込んで再生成し、新たなる錬金術の礎とする。錬金術師なら誰でも行っている行程である。
 薄暗い地下で、こぼれ落ちる汗も気にせずに、根気よく作業を続ける。
 錬金術というものは、これでなかなか力仕事が多い、今回のそれもなかなかに重労働であった。
 弟子がいた頃にはこういった面倒な作業はすべて彼らに任せっきりにしていたことが、今は懐かしい。

 手の平大のものから一抱えもあるものまで、様々な失敗作や欠陥品を焼却台の上へと並べていく。
 そうして、最後の一体に取りかかろうとしたところで、光源を最低限に抑えてある地下に不意に光が差し込んだ。
「ん……?」
 ルイズは視線を上げて階段の上、闖入者の姿を確認しようとする。
 逆行になってその顔は確認できなかったが、背格好とほのかに香った香水の匂いで、それが女性であることだけが知れた。
「『ダングルテールの魔女』さん、であっているかしら?」
 ヒールの音をたてながら降りてくる声には女性的な瑞々しさが溢れており、推測が正しかったことが証明された。同時、ルイズはその声に引っかかるものを感じたが、そちらの方は無視することにする。
 ルイズがじっと見つめる中で人影は石段を下り、残りが数段になる頃には、その姿をはっきり見て取ることができた。
 燃えるように赤いロングウェーブに褐色の肌。身長はルイズよりも高い、百七十サントほどはあるだろうか。
 どこか見覚えのあるような青いのローブと緑のマントを着用したその女性は、口元に不適な笑いをたたえている。

「ふん……初対面の相手を前にしたら、まずは自分から名乗りなさいってこともゲルマニアでは教わらないのかしら?」
 先ほどの違和感を表へと出さぬように、『ダングルテールの魔女』は普段通りの対応で客を出迎えた。
「あら、随分と変わったなと思ったのに、悪態の付き方だけは昔のままなのね。ゼロのルイズ」
 久しく耳にしていない名前で呼ばれ、面食らうルイズ。
 『ゼロのルイズ』自分をそう呼んだ赤髪の女性、古い古い記憶の中に一人だけ心当たりがあった。
「……キュルケ?」
 遠い記憶の肖像画と、目の前の女性とが重なった。
「あの高名な『ダングルテールの魔女』に名前を覚えていて貰って光栄だわ」
 あの頃と変わらずに、腰に手を当てて、自信に満ちた顔と仕草で微熱のキュルケが微笑んでいた。
「その派手な特徴を忘れろって方が無理があるわね。それで一体何のようかしら、同窓会の誘いならお断りよ」
 皮肉げな声と表情で、作業を続けようとするルイズ。
 半ば予想していたとはいえ、目の前の女性の過去と現在の差異にキュルケは小さく嘆息した。
「ふう……それにしてもここは熱いわね。長くなりそうだから上で話したいんだけど、駄目かしら」
 キュルケの言葉にルイズは作業の手を止める。
「さっさと上に行きたいならそっちの方を持って頂戴。これをそこの台の上にのせるから」
 そう言ってルイズが失敗作の端を指さすと、キュルケもそちらの方へ目線を移した。
「これ? ええと、この辺を持てばいいのかしらね?」
「それで良いわ。合図をしたら持ち上げるわよ。……いち、にぃ、さんっ!」
 重い何かを二人で持ち上げ、少し離れた場所にある台まで運んでいってその上にのせる。今日の分はこれでお終いである。
「ところで、これって……」
 キュルケが自分が持ち上げた袋状のものに入れられた何かを指さす。渡り百五十サント以上はありそうな大きな長細い袋、中には所々弾力のあるごつごつしたものが入っているようだった。
「ただの失敗作さ」
 応えるルイズであったが、たまたまキュルケの指さしたその袋の一部が破れており、中身が覗けるようになっていることに彼女は気がついた。
 好奇心で中にあるものを覗き込むキュルケ。
 直後、彼女はそのことを後悔することになる。

 そこから見えたのは、眠るように目を閉じたあの使い魔の少年の顔だった。

 作業を終わらせたルイズはキュルケを伴って階段を上り、彼女の居住空間も兼ねている工房へと戻っていた。
 煩雑にものが散らかった工房に、申し訳程度に置かれている丸いテーブル、そこに向かい合い座っている二人。
 周囲には色とりどりの瓶や良く分からない鉱物の欠片、果てにはバナナの皮なんかも落ちている。
 ふと何かが動いた気配を感じてキュルケがそちらを見ると、箒とちり取りがひとりでに動き回り掃除をしているところだった。
 訪れる前に想像していた以上に、そこは『魔女の住処』じみていた。

 失敗作の正体と、それを無造作に炉へ放り込むルイズに顔色を失ったキュルケだったが、今は立ち直ったのかそんなことはおくびにも出していない。
「それで、長くなる用向きとは何かしら?こう見えても暇じゃないものでね、さっさと済ませたいのだけど」
「そうね。さっさと用件を済ませたいのはこちらも同じだわ」

 そう言ってキュルケが続けようとしたとき、工房の奥から小間使いの少年が現れて二人の前に紅茶の入ったカップを置いていった。
 その小間使いの少年は、サイトの顔をしていた。
「……」
 それを見て、開きかけた口を再び閉じて押し黙るキュルケ。
「ここは魔女の工房さ。そんなことで一々驚いてちゃ身が持たないよ」
 言いながら優雅な仕草で、運ばれてきたカップを口元へと運ぶルイズ。
 その姿は確かにあの頃の片鱗を思わせたが、それ以上に『魔女』の凄みを感じさせた。

「ええ、あなたがとびっきりイカれてるってのはよく分かったわ」
「あらそう。ありがとう」
 運ばれてきた紅茶に手をつけぬまま、キュルケは懐から一通の書簡を取り出して、それをルイズに手渡した。
「これは?」
「読めば分かるわ」
 ごもっとも、と答えて封筒の端を手でちぎり、その中に入っていた一通の手紙に目を通す。
 そこにはキュルケの服装を見てから予想していた通りの用件が、事務的に書かれていた。
「こんな用件のためだけにあの霧を抜けてきたなんてね、とんだ酔狂がいたものだわ」
 くすりと声を漏らしてから、白魚のような指で手紙を破り捨てる。その様子を見てもキュルケは何も言わなかった。
「伝えて頂戴。答えはノー、私には余計なことに関わっている時間はないと言っていたと」
 細かな紙切れとなって床に落ちていく手紙に書かれていた内容は、ルイズをトリステイン魔法学院の教師として迎え入れたいという旨の打診であった。
 魔法学院とはいえ、国の抱える高等教育機関。その教員ともなればそれなりの名誉には違いない。
 けれど、ここ数年このような願いが各地からルイズの元へと寄せられる度に、彼女はそのすべてを断っていた。
 その多くはルイズの持つ錬金術の奥義を己がものにしようとする政府や組織の意向によるものばかりで、本当の意味で教師や職員として迎えようなどというものは一つとして無かったからである。

「私は誰かの子飼いになって研究するつもり気はさらさらないわ。別に援助なんて受けなくとも資金面での苦労なんてしていないもの」
 そう言い放ち、話はこれまでと腰を浮かせるルイズの手を、キュルケがさっとつかんだ。
「学院はあなたを子飼いの研究員にしようとなんてしてないわ! ただあなたを純粋に錬金術の講師として雇いたいと言っているの!」
「ふん、口だけなら何とでも言えるわね。手を離しなさい、話は終わったわ」
「終わってないわ!」
 振りほどこうとするルイズだが、キュルケはつかんだ手を頑として離そうとしない。
「良いから聞きなさい! 学院は来年度新設される平民向け教育カリキュラムに、錬金術を取り入れる予定よ」
 平民向け教育カリキュラムという聞き慣れない単語に、ルイズの目が細まった。
 キュルケはその仕草でルイズの興味を引けたことを確信すると、話をたたみかけた。
「トリステイン魔法学院は来年度、出自を問わない専門課程として錬金術を中心としたクラスを設立することに決定したの。生徒の数は十五人、修学期間は三年間。教育費用は王国が大部分を負担、その上で奨学金制度を用意するわ」
「離しなさい」
 今度こそキュルケの手を振り払い……腰を下ろす。
「ガリア王国で三年後に設立される予定のアカデミー、それを受けてトリステイン王宮内でも錬金術教育を進めるべきという声が上がって、その先駆けとしてトリステイン魔法学院に錬金術教育部門が新設されることになったのよ。
 そして、その目玉として『ダングルテールの魔女』であるあなたを、教師として迎え入れたいというのがオールド・オスマンのお考えよ」
「……正気かい?」
 『ダングルテールの魔女』と言えば、確かに最初に錬金術を伝えた『旅の人』より直々に手ほどきを受けた、その道の第一人者。錬金術を少しでも囓った人間でその名を知らなければモグリであろう。
 しかし同時に、多くの戦争兵器や毒薬を生み出した残虐な魔女としても名が通っている。
 彼女が歩いてきた道は、決して綺麗な道などではない。屍に屍を重ねて作った血塗られた道だ。
 そんな人間だと知ってなお教師として雇おうなど、ルイズが学院長の正気を疑うのも無理はなかった。

「ええ、正気よ。大真面目よ。だからあなたも真面目に答えて頂戴。トリステイン魔法学院で、錬金術の教鞭を執るつもりはないかしら?」
「……考えさせて貰うわ」

 途端、キュルケが右手を握ってテーブルを叩いた。

「これはあなたのためでもあるのよ! 確信したわ、あなたはここにいたら駄目になる」
 キュルケの激昂にもルイズは動じない、ただ小間使いの少年にお茶のお代わりを持ってくるように言いつけるだけ。
「さっきのアレは何? お人形さんにサイトの格好させてサイトの顔させて、おまけに失敗作って言って眉一つ動かさずにゴミ扱い!」
 彼女自身こんなことを言うつもりはなかったのだが、キュルケの二つ名は微熱。その名に恥じない情熱と感情の迸りを、思うがままに放埒に言葉にのせる。
「もう二十年よ!? 忘れたって良い頃合いだわ! 第一彼があなたのそんな姿を望んでると思っているの!?」
 年を重ねても、そんなところこだけは当時のままだった。
 懐かしい、と思わないでもない。
 しかし、

「黙りなさい」


 そんなことでは揺るがない。

 静かに言ったその一言は、ルイズがそれまで積み重ねてきた二十年、その重みを感じさせるような暗く淀んだ声。
「あなたに何が分かるって言うの?
 私はこの二十年間、必死にサイトを取り戻そうと努力してきた。私はあなたが二十年をどう過ごしてきたか知らない、でもあなただって私がこの二十年 をどうやって過ごしてきたのか知らないはずよ。あなたは何をもってそれを否定しようとするのかしら?
 あなたの正しさはあなたが決めなさい。でも、私の正しさは、私が決めるわ」

 この二十年、一日たりともサイトを忘れた日はなかった。
 それでも年月は人の記憶を薄れさせる。
 嬉しかったことも、悲しかったことも、苦しかったことも、全部、全部。

 ある日気づいた。サイトの声が思い出せなくなっている自分に。
 はっきりと覚えていたはずのサイトの顔も、おぼろげになっていることに気づかされ、そんな自分に愕然とした。
 忘れないと、サイトを忘れないと誓ったはずなのに、月日の流れは残酷にも岩を削る川の流れのようにして、彼女の記憶を風化させていた。
 ルイズは恐怖した。
 いつか自分がサイトの顔も、サイトへの想いも忘れてしまうのではないかと気が狂ってしまいそうなくらい恐怖した。
 だから作ったのだ、サイトの写し身を。
 彼を忘れないために。



 サイトのパーカーから抽出した血を用いて、ルイズは人工生命を作り出した。
 彼はサイトの声で喋り、サイトの顔で微笑んだ。
 だが、それはサイトではなかった。
 肉体の複製は作れても、そこに宿る魂はサイトのものではない。
 サイトの魂の復活なくしては、それはただのサイトの形を模した人形に過ぎないとルイズはこのとき知った。
 加えて彼は、かつての恩師ヘルミーナがルイズに教えた通りの欠陥を抱えていた。
 それは寿命。
 人の手により生み出された彼のそれは、人間のものに比べて余りに短かったのである。

 最初のサイトは、二十日で動かなくなった。
 改良を加えた二人目も、三十日でその生を終えた。
 ルイズはそれからもサイトを生み出し続けた、何人も、何人も。
 けれど、どれほどの業を用いたかも分からぬ今になっても、その問題は解決できないでいる。

 今この工房で生きているサイトは、都合百二十五日目を迎えていたが、ルイズの予測ではあと四十日ほどで寿命を迎えるはずであった。
 欠陥だらけの失敗作、それがルイズの下したサイトたちへの評価だった。
 だが、それでもルイズは彼女の作品たちを愛した。
 彼らに罪はない。罪があるとすれば、それは己の無力さが罪なのである。

 そうしてルイズは何度も何度もサイトを失った。
 最初は一人のサイトが死ぬ度に、心が軋み、悲鳴をあげた。発狂するような痛みが心を貫いた。
 だが、二人、三人、やがて何十人と繰り返すうちにそれも慣れてきた。
 折れた骨が太く硬くなるように、ルイズの心もまた堅く強ばっていった。


 ルイズは工房の窓から、霧の中へと去っていくキュルケの後ろ姿を黙って見つめていた。
 その背中は何かを語っているようであったが、キュルケの最奥を知らぬルイズがそれを理解することなど、適うはずもない。
 周辺を覆う霧は推薦状無しに訪れたものを拒む効果があったが、それがあろうとなかろうと、出て行くものには干渉しない。
 キュルケがこの工房へと辿り着たのは四人の高弟の一人、今はトリスタニアに工房を構えているらしい彼女の推薦状があったからだったのだが、それも既に取り上げた。
 これを燃やして話を聞かなかったことにすれば、今回の件は終わりだ。
 二度とキュルケがここを訪れることはないだろう。

 窓辺を離れる。

 この先やらなくてはいけないことは山積みされている。
 工房の機材の中、持っていくものと残していくものを選別しなくてはならない。
 大き過ぎるものや取り扱いが難しいものは、推薦状を渡した高弟のところへ出向いて巻き上げる算段をたればいいだろう。
 以前自分がヘルミーナから渡されたレジュメも探さなくてはいけない。
 まあ、何よりもまず工房の中を整頓するのが最優先に違いない。

 保留ということでキュルケに返事をしたが、実際のところ、ルイズは今回の誘いを引き受けるつもりでいた。
 彼女が言っていたことは実に傲慢かつ正論ぶった内容で、とても気に入らなかった。
 だが、その中で一つだけルイズにも同意するところがあるとすれば、それは「ここにいたら駄目になる」という部分。

 それはルイズ自身にとっても、本当は気がついていたことだったのだ。
 この工房には定期的に世界に散った高弟たちから、各地で行われている錬金術研究の成果が送り集められてくる、そういう仕組みになっていた。
 ダングルテールにいながら、ルイズの元には常に世界中の最新の情報が集められてくる。
 正に隠者として過ごすならば理想的な環境、研究をするだけならば工房にいるだけでことは満ち足りる。
 人目を避けて外界を拒絶し、孤独に一人研究を続ける。あるいはこれが自分の終着点であると思った時期もあった。

 けれど、この工房で十年を過ごし、何人ものサイトと触れあって分かったことがある。
 これでは、駄目なのだ。
 ただ一人で過ごし、サイトの死を諾々と受け入れ続ける自分。
 そんなことを続けていけば、サイトへの想いはやがて変質する。
 本来あるべき形を失って、歪んだ何かへと変わってしまうかもしれない。
 それは到底認められないことだった。

 人間は摩耗する。気力は衰え、在り方は変容する。
 人は外部からの刺激無しに己を貫くことはできない。
 だが同時、刺激に対して反応し、変化せずにはいられない。
 ルイズは自分がなぜこんなところに隠れるように住まうようになったかを分かっていた。
 怖かったのだ、何もかも変わっていく風景が。
 恐ろしかったのだ、サイトを忘れろと語りかける周りの声が。
 だから逃げ込んだのだ、何も見えず、何も聞こえないこの場所へと。

 しかし、孤独は彼女を救いはしなかった。
 変化を避けて逃げた先に待っていたものは変質であった。

 そのジレンマに気がついて以来、ルイズは如何にすれば自分を保つことができるかを考え続けていた。
 朝も夜も昼も考えた。
 そうして今、彼女は一つの答えへと辿り着いている。

 それは、伝えること。
 サイトのことを漏らさず余さず、すべてを伝えること。
 自分の気持ちと共に、それを伝えるということが、ルイズの見つけた答えであった。
 例え自分の中でサイトが薄れても、伝えた誰かが覚えてくれている。
 分からなくなったら、誰かの中にあるサイトを確認すればいい。
 伝えられた人の中でもきっとサイトの姿は変化するだろう。
 だが、何百人何千人と伝えることで、彼らの中にある真実の断片を繋ぎ合わせて、本物に近いサイトを見つけることができるはずだ。
 そうして、伝えながら常に自分でも確認するのだ、サイトへの想いを。


 キュルケの誘いは、外の世界へ踏み込めないでいたルイズへの、最後の一押しとなった。
 孤独の中で変質するか、困難であろうとも人の中で自分を貫くか。
 ルイズが選んだのは後者。
 もう恐れはしない、変化する世界を、人々の声を。
 だから伝えていこう、錬金術を、サイトへの想いと共に。
 いつの日か、本当にサイトが蘇るその日まで。

◇◇◇

「先生! ツェルプストー先生! またルイズ先生が!」
 火の塔、キュルケの研究室への扉を騒々しく開けて飛び込んできたのは、錬金術科の女生徒。
「あらら、どうしたのかしら?」
 ある種の予感をもって、キュルケの手が机の引き出しの一番上、書類などを納めたそこへと滑る。
「先生! ルイズ先生ったら酷いんです! 魚をとりたいって言ったら薬をくれて……それを使ったら川の魚が全部浮かんできたんです!」
「また人騒がせな……」
 こめかみを抑えてキュルケが呻く。
 伸ばした手で引き出しの金具をつかんで引く、そうしてそこから一枚の書類を取り出すと、そこには「始末書」の文字が躍っていた。
 ルイズは錬金術科の統括教師、一方キュルケは一年生の学年主任をしている。
 駆け込んできたのは錬金術科とはいえ一年生、キュルケの管轄には違いない。
 加えて彼女はルイズがこの学院へと赴任して以来、何か問題を起こした際にはその後処理を行う役目も任されていた。
 そもそも、当初学院において評判の悪い魔女であり、不名誉きわまりない退学者であるルイズを召致するという思い切ったことを主張したオールド・オ スマンを強く支持したのは、このキュルケくらいだったのである。
 学長が自分の権限を使いルイズを呼び寄せた今、自然とルイズが何か問題行動を起こした場合に、面倒ごとに巻き込まれるのはキュルケというのが、一つの決まり事となりつつあった。
「まったく酷いんですよルイズ先生ったら! この前はこの前で畑の収穫を増やしたいって言ったら……」
 そこから先はキュルケが続けた。
「畑の養分をすべて作物に変える苗を渡した、だったかしらね」
 ルイズの問題行動はこれが初めてでも、ましてや二回目や三回目というわけでもない。
 無論、それぞれオスマンからのフォローも入っていたが、細々とした書類上の処理などはキュルケが行っている。
 何か起これば一蓮托生、それが現在のルイズとキュルケの関係なのである。

「そうなんです! あの人は魔女です! きっと悪魔に魂を売り渡してるんです!」
 そう言って地団駄を踏む生徒を見ながら、キュルケは嘆息した。
 そして更に詳しい事情を女生徒から調書する。まあ、それによれば自分で調合せずに手抜きをしてルイズを頼った生徒の自業自得とも受け取れる内容であったのだが……
「あー、はいはい、落ち着いて落ち着いて。そっちの方は私の方から彼女に言っておくから」
「ツェルプストー先生! 確か先生とルイズ先生って同期なんですよね? ルイズ先生ってば昔からあんなに根性ひん曲がった人だったんですか? あんな性格が異次元な人、わたし他に知りませんよ!?」
 半泣きになりながら訴える生徒をぼんやり聞き流しつつ、指先でペンをくるくると回す。
「んー……昔はだいぶ違ったんだけどねぇ……」
 キュルケにすれば何の気は無しに漏らした一言だったのだが、それがいけなかった。
 とたんに女生徒の目は輝き、おもちゃを見つけた子猫のように、その動きをピタリと止める。
「え? ルイズ先生って昔からあんな感じだったんじゃないんですか?」
 女生徒の顔が好奇心に燃えるのを見て、キュルケは先ほどの自分の失言に気がついた。
「あちゃー……」
「いいじゃないですか! 教えてくださいよ!」
「うーん、そうねぇ……」
 しばし頭をひねって考える。するとキュルケの頭に何とも素晴らしい妙案が思い浮かんだ。
「話しても良いけど、これから聞いたことを絶対誰にも口外しない、勿論ルイズにも。あとそれから今回の件は忘れること」
 ルイズの過去と、今回の面倒事とを秤にかけて、結局後者が勝ったのだ。
「いいですいいです! それで先生、昔のルイズ先生ってどんな感じだったんです?」
「そうねぇ。どこから話せばいいか迷うけど、彼女と最初に会ったときのことから話しましょうか……」
 椅子を引っ張り出してきて、その上にある書類をどかして勝手に座る女生徒。
 彼女を前にしてキュルケは語り始める、長く切ない過去の話を……



 これはとある女性の人生の、ほんの一部分だけを抜き出した物語。
 彼女は色々なものを失って、ほんの少しを手に入れた。
 長い時間の中で、姿や考え方、性格まで変わってしまった彼女。
 けれど、変わりゆく流れの中で、己の本質だけを守り通そうとした、そんな強い彼女の物語。

 最後に、この物語を閉じるにあたり、彼女が初めて教壇に立った際に口にした言葉をここに記し、幕引きに代えることとしよう。



 初めは誰もが無力だった。

 不死身の勇者も、高名なる錬金術士も王室料理人も

 初めは何の力もないごく普通の人間だったのだ。

 だが、彼らは誰よりも夢や希望を強く抱き、追い続けた。

 だからこそ世に名を轟かすほどの存在になれたのだ。

 夢は、追いかけていればいつか必ず叶うものだから……

                     ――ルイズ


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