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第四部 第五話 『虚無』


 ~アルビオン戦四日前 深夜

 ガリア王都リュティス郊外、ヴェルサルテイル宮殿。薄桃色の小宮殿『プチ・トロワ』
では、ベッドに腰掛けた王女イザベラが訪問者を出迎えていた。
 北花壇騎士として『トリステイン~アルビオン戦争が始まる前に、ヴァリエール家三女
ルイズの使い魔達をヴェルサルテイル宮殿へ連行せよ。殺してはならない』という命令を
受けたタバサは今、王女の目前でこれを達成した。

 イザベラはジロジロと、天上から垂れ下がった分厚いカーテンをめくってきた来訪者を
観察した。
 タバサは、ジュンと真紅と翠星石を、生きたままイザベラの部屋へ連れてきた。メガネ
の少年、ジュンは剣もナイフも持っていない。代わりに右手に真紅、左手に翠星石を抱え
ている。左手にはルーンを隠す包帯。左手薬指には、異様に大きな薔薇の指輪…外見上、
ただの子供。とても報告書にあるような剣士には見えない。

 王女の部屋には東薔薇騎士団団員バッソ・カステルモールを筆頭に、東薔薇騎士団の精
鋭三名が王女の左右の壁際に控えている。先ほどまで、王女を寝間着に着替えさせようと
していた侍女達も、既に待避。そして緞子の奥、部屋の入り口、窓の外にも、残りの東薔
薇騎士団員が音もなく展開し、潜んでいる。
 さらには、上空には竜騎士が十数騎滞空している。プチ・トロワ宮殿周囲にも、何重に
も渡ってヴェルサルテイル宮殿全体から集結した騎士達の包囲網が築かれていた。


 そしてこの事実は、グラン・トロワの一番奥の部屋に暮らす長身美髯の美丈夫、ガリア
王ジョゼフにも伝えられた。その隣にかしずく王の愛人、庭園に咲き乱れる薔薇のように
美しい貴婦人、モリエール夫人は、顔面を蒼白にした。
「な・・・何と言う事でしょう!あの、恐るべきガーゴイル達が!この宮殿へ堂々と乗り
込んでくるなど、なんと大胆不敵な!!陛下、すぐに捕らえましょう!」

 ガリア王は落ち着いて報告を、ジュン達の状況と包囲網の配置を聞いていく。そして小
姓と騎士達に次々と指示を飛ばす。
「・・・よし、その通りに配置せよ。
 ヴェルサルテイル宮殿の全体図をここへ、一番大きなヤツだ。駒もだ、チェスのでも人
形でも何でもありったけ、ここへ…いや!天守だ!プチ・トロワが一番よく見渡せる部屋
へだ!ヤツらに関する報告書も、全て持ってこい!アルビオンの、ニューカッスルでの戦
闘記録も、全てだ!!」
 そして、オロオロするモリエール夫人を従えて、ジョゼフは天守へ駆け出した。

 天守からは、プチ・トロワ周囲のかがり火や部屋の光などが見える。その上空には竜の
影が幾つも舞っている。グラン・トロワ天守から見下ろすと、プチ・トロワを包囲する騎
士団がよく分かる。
 窓から見渡すジョゼフの背後では、床にひかれた全体図の上に、小姓達がプチ・トロワ
内部と周辺に展開する騎士に合わせてチェスのナイト、ポーン、竜のオモチャなどを手際
よく並べていく。
 端に移動された机の上には、運び込まれる報告書が山と積まれていく。

「へ、陛下…もっと騎士を送らなくてよろしいのですか?それに、王女も危険では…」
 ハンカチで頬の汗を拭きながら、モリエール夫人がジョゼフの背に声をかけた。そして
振り返った王の眼は、まるで新しいオモチャを得た子供のように輝いていた。
「いや、まずはヤツらの話とやらを聞くのが先だ。それに、あの部屋や廊下の広さでは、
これ以上の人員を送ると、狭くて動けなくなるのだよ。同士討ちにもなるし、強力な魔法
を大量に撃ち合えば、城自体が崩れて全て灰燼に帰す。精鋭4名のみを室内に配置…これ
が限界…いや、部屋の上下からさらに…」

 ジョゼフは窓から離れ、運び込まれた大量の人形や駒を漁っていく。その口からは止め
どなく言葉が溢れてくる。
「イザベラに会いたい、か。何か企んでいるな?捕らえるには、まず足を止めねば。土系
…いや、人形は飛べる。まずは少年を捕らえるか。武器が無いのは気になるな、こちらの
意図に気付いていないはずがない…隠し武器?だが小さなナイフ程度では、この包囲を破
れんぞ。人形だけで戦う気か?他にも何か、未知のアイテムを隠しているのやもしれん。
いっそ、あの少年は殺して、人形だけを…いやしかし、エルフとも異なる技の数々…面白
い。…まずはこのゲーム、ルールを知らねばならんな。ヤツらがいかなる駒か、ただの阿
呆なガキ共か、見極めねば。まずはやつらの出方を・・・それとも、いや、まずは・・・」

 そして全体図上、イザベラの部屋に王自身の手で9つの駒が置かれた。青髪のお姫様の
陶器人形が二つ、緑と赤の少女の小さなぬいぐるみ、チェスのナイトが4つとポーン。
 その他、大量の人形が所狭しと配置された全体図を前に、ガリア王はどっしりと椅子に
座った。
 王の周囲には、多くのメイジ達が控え、ルーンを唱えている。風系魔法『遠見』を使っ
て、イザベラの部屋とプチ・トロワ内部の状況を調べ、逐一報告しているのだ。そして小
姓達は、その報告に従って駒をどんどん移動させている。
 さらには大鏡が、全体図を挟んでジョゼフの正面にドンと置かれた。鏡面にはジョゼフ
ではなく、イザベラの室内が映っていた。『遠見の鏡』だ。
 次々と来室する近衛隊隊長、騎士、大臣等が全体図を前に、様々な指示を飛ばす。
「ここの配置が近すぎる!もっと・・・」「・・・ての跳ね橋を上げろ。城門も閉・・・
宮殿全体を封・・・」「・・・眠りの鐘を・・・外の騎士に持たせよ」「城外へ連・・・
連隊を呼べ・・・宮殿外郭を包囲・・・」
 プチ・トロワを見渡す天守は、今や即席の司令室だ。

「さて、布陣は整った。次はお前達のターンだ…トリステインの人形共よ、その力、見せ
てもらうぞ!余を楽しませよ!!」




 魔法のライトでおでこを光らす王女イザベラの前には、ひざまづくジュンがいた。その
右に真紅、左に翠星石、二人もひざまづいている。その後ろではタバサが、やはり無表情
で立っていた。
 椅子に腰掛け、手にワイングラスを持つイザベラ。その横にカステルモール、さらに王
女の左右の壁には、3人の騎士が直立不動で立っている。
 室内には豪奢なベッド、年代物の小さく愛らしい机、椅子、全身をうつせる大きな鏡、
天上から下がるきらびやかな照明、etc...。部屋の入り口のカーテンすらも含め、魔法大国
ガリアの王女として相応しい絢爛豪華な部屋だった。

 タバサが、ぼそっと呟いた。
「任務完了」
 あまりに普通に言うタバサに、イザベラはキョトンとした。
「ちょ、ちょいとお待ちよ・・・あんた、どうやってこいつらを連れてきたんだい?」
「シルフィードで」
「…あたしをおちょくってるんだろ?なんでこいつ等が、あたしに会いに来るなんて話に
なったのかって聞いてんのさ!」
「僕がタバサさんにお願いしたのです」

 口を挟んだのは、頭を垂れたままのジュンだ。

「王女イザベラ様におかれましては、ご機嫌麗しゅう」
「平民風情が!許しもなく口を開くとは何事かっ!」
 ジュンの頭に、イザベラが手にもっていたワインがぶちまけられた。だがジュンは顔色
一つ変えず、頭を伏せたままだ。人形達も微動だにしない。

「ふんっ!まぁいい。平民、話すがよい」
「光栄至極」
 ジュンは、したたるワインを拭こうともせず、まるで何度も練習したかのような流ちょ
うさで話しだした。
「実は、レコン・キスタとの戦争について、我が主もトリステインの敗北は必至と案じて
おられるのです。他国の援軍を得ようにも、ロマリアは遙かガリアの南の国。ゲルマニア
は、我らのせいで国交断絶のありさま」
「あぁ~あ、聞いてるよぉ。あんたらがアルビオンのバカ王子をかっさらって来たせいな
んだってねぇ?」

 イザベラはニヤニヤと下品に笑いながら、ジュンを見下ろしている。

「はい、これも僕の浅慮ゆえ、弁解のしようもありません。そこでどうにかガリアの援軍
を得て、この祖国存亡の危機を乗り越え、主の名誉も回復させようと、思案しておりまし
た」
「はぁ~ん?・・・ああ、もしかしてえ」

 イザベラは、わざとらしく顎に手を当てて考え込む振りをする。

「ガリアからの留学生の、そこのガーゴイルに声をかけた…そういうワケかい?」
「ご明察にございます。聞けば、タバサ殿はガリアの王族に知人がおり、謁見の席を設け
てくださるとのこと。これは渡りに船と、こうしてまいった次第です。それがよもや、王
女様とは、これも始祖ブリミルのご加護かと」
「ああ、なるほどねぇ・・・」

 イザベラはチラッとタバサを見る。相変わらず、その瞳は冷たく、何の感情も読み取れ
ない。
 そして部屋に入ってきた時と同じく、ぼそっとつぶやいた。
「終わったから、帰る」

 一瞬キョトンとしたイザベラは、くるりと背を向けたタバサを引き留めようとした。だ
が、任務を完全に達成しているため、引き留める理由がどこにも無い事に気が付いた。

「ちっ・・・なんて運の良いヤツだろうねぇ、まったく。まぁ、いいわ」
 イザベラのセリフを最後まで聞く事もなく、タバサはさっさと出て行った。そして窓か
らは、飛び去るシルフィードの影が、闇夜の中に消えていくのが見えた。

 忌々しげにタバサを見送ったイザベラは、ふんっと鼻で笑いながらジュン達を見下す。
「さてと、話を戻そうかねぇ・・・要は、トリステインを助けて欲しい、てわけだね?」
「御意」
「さぁってぇ・・・どうしようかしら、ねぇ?」

 イザベラは悠々と空のグラスを持ちなおす。カステルモールがうやうやしくワインをつ
いた。そのままジュンの前まで歩いてきて、クイッとワインを飲み干し、ぶふぁ~と酒臭
い息を、ジュンに吹きかける。

「まぁねぇ・・・別にあんた達を父様に取り次ぐくらい、大した手間じゃあ…ないんだけ
どねぇ?」
 ジュンも人形達も頭を垂れたまま、黙ってイザベラの次の言葉を待つ。

「んなことして、あたしが何の得をするのかねぇ?言ってご覧よ」
「無論、トリステイン王家よりガリア王へ相応の礼が」
「違う違う、あ・た・し・が!何の得をするのかって聞いているのさ!」

 イザベラは、優越感に顔が緩みっぱなしだ。ハルケギニア全土が注目する魔法兵器が、
自分の足下でしおらしく跪いている。なかなかの剣の達人と聞く所有者の少年も、ガリア
の援軍欲しさに頭を下げに来たのだから。


「さすれば、僕が持つ東方の技を捧げましょう」
「ほほう?そりゃ、どんなのだい?」
 イザベラの口の端が醜く歪む。
「例えば、これにございます」
 そういってジュンが服のポケットに手を入れた。その瞬間、騎士全員が杖を引き抜き構
える。
 ポケットに手を入れたまま、ジュンの動きが止まる。
「ご安心を。武器でも危険物でもありません」

 ゆっくりとジュンが取り出したのは、懐中時計。以前ジュンが蒼星石の元契約者である
時計職人の老人、柴崎氏の時計屋で受け取ったモノだ。

 イザベラは拍子抜けしたように、肩を落とした。
「なんだいそりゃ?時計なんて持ってるよ」
「はい、ただの時計です。ですが、これは僕の故郷で作られた時計です。ハルケギニアの
モノとは、材質も構造も全く異なる、珍品でございます。・・・ついでに示す時間も異な
るのが困りものですが」
「意味ねーだろ!」
「はい、時計そのものとしては役に立ちません。ですが、これを調べあげれば、ここガリ
アの工業は更に発展することでしょう。また、東方産の珍品として部屋の隅に飾るも一興
かと存じます」
「ふーん・・・だが、これじゃあ全然足らないねぇ」
「無論。それはただのご挨拶の品にございます。お納め下されば幸い」

 イザベラは受け取った時計をパカッと開けた。確かに中は時計だ。ただし、見た事もな
い金属の上に、見た事もない文字が刻印されている。金属以外の、正体不明な素材もいく
つか見える。
「ま、これはこれでもらっとくよ」
 懐中時計を騎士の一人に手渡す。騎士はすぐに外へ行き、他の者に時計を手渡して戻っ
てきた。

「確かに、あんたの持ってる東方の技は魅力だ。エルフとも全く異なる、未知の技…興味
あるねぇ」
「さすれば、是非ガリア王へお取り次ぎ願いたく」
「だがっ!あんたが持ってる、東方の別のアイテムを渡してくれたら…だねぇ」
「…それは、即ち、何でありましょうか?」

 ジュンは礼儀正しく、だが、どうみても棒読みのセリフで尋ねてきた。そしてイザベラ
も、さも当然という風に言い放った。

「あんたの左右にいるガーゴイルさ!そいつを渡してくれれば、父様に取り次いでやろう
じゃないの!」

 腕組みするイザベラは、不適に笑いながらジュンを見下ろす。
 ジュンは、左右の真紅と翠星石も、何の反応もせずひざまずき続ける。
 沈黙が流れる


「さぁ、どうすんだいっ!?」
 イザベラが杖を引き抜き、ジュンに向ける。
 だが3人とも怯むでもなく、全くの平静だ。
「いきなり、人形達ですか。・・・杖まで抜くとは、少々性急ではありませんか?」
「あいにく、夜更かしはお肌の大敵なんでね。下賤な平民の相手なんぞさっさと終わらせ
て、早く寝たいのさ」
「これはこれは。気付きませんで、お恥ずかしい」
「やかましいっ!さぁ返答は!?」
「できませぬ」
 顔を伏せたまま、さも当然のように答えた。
 イザベラも、予想通りという感じで笑い出した。
「おほ!おほほっ!おほおほ!!おっほっほっほっほー!」

 イザベラは高笑いをしながら、杖でジュンの後頭部をぐりぐりとつく。

「いいのかぁい?そんなこと言って、主の名誉はどうすんだぁい?」
「援軍の確約を得たならともかく、ただお目通り願うだけでは、割に合いませぬ」
「はっ!平民風情が、王族と口をきけただけで有難いと思いな!」
「では、残念ながら、話はこれまでという事に」
「ああ、そうだねぇ・・・話は、これまでだね!お前達、こいつ等を捕らえな!!」

 イザベラが命じるが早いか、部屋の全ての入り口から騎士達が飛び込んできた。
 杖を構え、ジュン達を完全包囲する。

 だが、それでもジュン達は頭を下げたまま、ひざまずいていた。逃げようとするどころ
か、慌てもしないジュン達に、さすがに居並ぶ騎士達もイザベラも訝しむ。

「あ~ん?どうしたんだい、何の抵抗もせずとっつかまるつもりかい?」

 やっぱり顔を伏せたまま、ジュンが答えた。
「このような無体をされては困ります。我らに何の非がありましたか?」
「はぁ?何言ってンだい。あんたは平民だ、それで十分だね!・・・ああ、そういえば、
こんな深夜に押しかけてきて、あたしの眠りを妨げたねぇ。うん、こりゃ死に値する」
 おほほほほーっと下品な高笑いでジュンを小馬鹿にする。
「深夜のお目通りをお許し下さったのは、イザベラ様ご自身にございますが?」
 それでもジュンの言葉は、全く冷静だ。

 全く動揺も恐怖も見せないジュン達に、イザベラはだんだん不愉快になり始めた。
  ごすっ!
 イザベラの靴が、ジュンの後頭部を思いっきり踏みつけた。
「気に入らないね、その態度!平民風情が!このイザベラ様をバカにしてるのかい!?」
  ごすごすっ!
 さらに思いっきり踏みつけるイザベラだが、それでもジュンは怒ろうともしない。人形
達も、未だに顔を伏せている。

「イザベラ様・・・僕がミス・ヴァリエールの使い魔ということは、ご存じですね?」
 踏まれながらも、ジュンは尋ねてくる。
「はん、そんな事は知ってるよ!それがどうしたい?」
「使い魔は主の目となるもの・・・僕を非も無しに捕縛すれば、それは即座にヴァリエー
ル家への」
「おほほほほーっ!!何を言うかと思えば!もうすぐ消えちまう国のことなんか、知らな
いね!」
「では、どうあっても我らを捕らえ、研究材料にでもすると?我らは主の下へ帰らねばな
りませんが」
「まぁさぁかぁ、無事に帰してもらえると、本気で思ってたのかぁい?
 ああ、ここでとっつかまった方があんた達のためカモよ?なんせ、アルビオンとトリス
テインが散々やりあって、どっちもボロボロになったところでガリアがぜーんぶ頂いちま
うんだからね!」
「なるほど、ガリアは漁夫の利を得ますか」
「そーゆーことさ!んでもって、あんたらも当然ガリアがいただき!つまり、あんたらは
ガリアに来るのがちょっと早くなるだけなのさ!!」
「その際、我が主は?」
「はぁ?あんたの主ぃ?もし生き残っていたら、改めて縛り首かねぇ」
「そして、もうすぐトリステインは滅ぶので、これらの話が全て我が主に、そして女王陛
下へ伝わっても構わぬ、と?」
「そおのとおーりぃっ!おっほっほっほっほ!おーっほほほおおほおっほほほっ!!」

 イザベラは、ジュンの頭をごすごすと踏みつけながら、高笑いをし続けた。周囲の騎士
達も勝利を確信し、その光景を見続けた。
 さらにはグラン・トロワ天守にいるほとんどの者が、遠見の鏡を見ていた。噂の魔法兵
器を手にする瞬間を、今か今かと待ちわびていた。「所詮は平民の子供、愚かな事よ」と
あざけり笑っている。
 だが、ジョゼフ王だけは、あまりに無抵抗で、危地にも関わらず冷静すぎる彼等に、疑
念を強めていた。

 いずれにせよ、彼等は気付かなかった。王女の部屋の輝く照明の中に、小さな二つの光
が混じっていた事を。いや、例えジュン達がいなくても、もともとキラキラと輝いてる照
明の光に、ほんの小さな小さな光が、ジュン達が来るずっと前から、二つだけ増えている
事など、気付くハズがない。
 そして、その二つの光は光量を増し、赤と緑の光が、音もなく垂直に落下した――イザ
ベラの目の前に、顔を伏せるジュン達の真上に、包囲する騎士達の真ん中に。そして、遠
見の鏡にも、それは映っていた。


  カッ!


「うぉっ!?」「な!」「何だぁ!?」「め、眼がぁ!!」「し、しまったぁ!!」「え!エ
ア・ハン」「撃つなぁ!味方に当たる!!」


 それは、刹那の出来事。恐らくは、1秒にも満たない。それら全てが同時に起こったと
言って良い。
 二つの光がいきなり目の前に現れ、一瞬ほとんどの視線がそれらに向いた。室内で光を
見ていなかったのは、顔を伏せていたジュン達だけ。
 皆の視線が光に向いた瞬間、ジュンの指輪が光り出す。右手は胸元の、ネックレスにつ
けた小さなメリケンサックに触れた。ルーンが発動し、指輪の光がさらに強まる。
 光玉が、太陽の如く輝いた。
 薔薇乙女の体からも光があふれ出す。紅い光を放つ真紅の両手から、まるで破裂した水
道管のように薔薇の花びらが吹き出している。
 ひざまずいていた3人は、一気に飛んだ。ジュンの頭に足を乗せていたままだったイザ
ベラは、まるで安物の人形のように跳ね飛ばされ、クルクルと宙を舞う。

 3人は、包囲する騎士達の頭上を飛び越えた。出口に向かって――入ってきた部屋の入
り口ではなく部屋の奥へ。イザベラが着替えに毎日使っているのであろう、大鏡へ。

 3人がイザベラの大鏡からnのフィールドへ突入する瞬間は、誰にも見られなかった。
室内にいた全ての人間は、ホーリエとスィドリームの光に目をくらまされていた。また、
グラン・トロワ天守にいるほとんどの者も、鏡を通して光を直接見てしまった。『遠見』
を使用していたメイジ達までも、視力を一時奪われた。

 光を直接見なかったのは、ごく少数。伝令に走っていた下級士官や、周囲に控える小姓
達。そして、ニューカッスルでの戦闘記録から、人形達が操る光玉は目くらましを使う、
と知っていたため即座に目を伏せたジョゼフ王だ。
 すぐ鏡へ視線を戻したジョゼフ王も、ジュン達がどこへいったのか分からなかった。大
鏡には、既に彼等の姿は映っていなかった。見えたのは、イザベラの部屋にみっちりと詰
まった薔薇の花びらで、真っ赤になった鏡のみ。


 王女イザベラの部屋では、全ての扉・穴などから、薔薇の花びらが溢れだしていた。
 中にいた騎士達と王女は、むせかえるような薔薇の香りの中、真っ赤なプールで溺れて
いる。
 プチ・トロワ内部に居たが、王女の部屋に入らなかった騎士、及びプチ・トロワ周囲に
待機していた騎士達が、大慌てで王女の部屋から薔薇を取り出していく。窓を破り、壁を
魔法で打ち抜き、ようやくイザベラ含め、全員の救出に成功した。

「ぶふあぁっ!!じ、死ぬかとおぼったっ!
 ・・・あ、ああ、あいつらあああああ!!!!、?・・・?なんだ、これ?」
 騎士に助け出され、怒りに我を忘れたイザベラだったが、自分の額に何か、紙が貼り付
けてあるのに気が付いた。
 ひょいと紙をはがし、その紙片を見ると、そこにはヘッタクソな文字で一文が書き殴っ
てあった。

[やーいやーいデコパッチ、オデコまぶしくて顔あげれねーっての]

 プチ・トロワに王女の雄叫びがこだました。




 別名『薔薇園』とも呼ばれる、季節の花々が咲き乱れるヴェルサルテイル宮殿。森を切
り開いて建設された宮殿には、壮麗で広大な庭園の中に無数の花壇、森、泉、東屋、そし
て庭師達が使う倉庫なども存在している。
 その中の一つ、庭園のはずれにある古い倉庫の中、忘れられたように置いてある大きな
鏡が輝き出す。鏡からはジュンと真紅と翠星石は飛び出した。そして、彼等を出迎えたの
は赤髪褐色の女、キュルケだ。
「はぁ~い、ジュンちゃぁ~ん。どうやら、上手く行ったようねぇ?」
「こっちはオッケーですよ。他の人はどう?」
「大丈夫よ、全員配置に付いたわ。うっふふふふ~!なんせあんた達のおかげで、警備が
ぜーんぶプチ・トロワにいっちゃったんだもの!動きやすくてしょうがないわぁ」
「それじゃぁチチオバケさん、トランシーバーくぅださいですぅ」
「あ、あのねスイちゃん…そのチチオバケって、やめてよね」

 微妙な笑顔と共に、キュルケが3人にトランシーバーを配る。ジュンはインカムを着け
るが、真紅と翠星石は体のサイズが合わないので、トランシーバーにヒモを付けて、肩か
らさげる。
 真紅がトランシーバーに口を近づけた。
「あーあー、聞こえる?みんな、準備はいい?」




『いいわよぉ、いつでも始めなさぁい』
「へへへへ!おでれーたなぁ。すげえぞ姐さん、もう宮殿中が大騒ぎだぜっ!」
 水銀燈は、グラン・トロワにいた。グラン・トロワ天守の屋根の上で、白銀の長い髪を
自らの黒い羽で覆い隠し、黒いドレスと共に闇へ溶け込んでいる。足下でジョゼフ王が指
示を飛ばしている声を、傍らに持つデルフリンガーが彼女に通訳している。
 さらに、黒く塗られた皮布に包まれたデルフリンガーが、水銀燈が肩からさげるトラン
シーバーから、指示の内容を皆に伝えていた。
『うふふふ・・・なぁんておばかさん達なのかしらぁ。ジュンはちゃあんと話してたじゃ
ないの、ローゼンメイデンは全部で7体だってぇ。
 他のドールが来るって、どうして気が付かないのかしらねぇ?』
「ははっ、『東方から』かい?そいつぁ無理な話だろうよ!」

 『自らは貴族・王族であり、選ばれし民であり、愚かで無力な平民達を支配する存在で
ある』
 そう信じて疑わないガリア王宮のメイジ達の上では、人形と剣が愚かで傲慢な人間共を
笑っていた。



 ヴェルサルテイル宮殿の厩舎、その一つに小さな人影があった。子供ほど大きさの人影
は、全身を黒いローブで覆っている。
 厩舎には多くの馬・グリフォン・マンティコアなどが眠っている。警備の人員は、ほと
んどがプチ・トロワ包囲網に参加してしまい、ごく数人しかいない。ましてや子供ほどの
大きさしかない黒い影など、発見のしようもない。
 ローブの子供が、小さなヴァイオリンを取り出す。
『うっふっふっふ・・・薔薇乙女一の頭脳派、この金糸雀が、悪人共をこらしめてあげる
のかしら!』



 トランシーバーから、全員の準備が整った事が東屋へ告げられた。東屋にいるのはジュ
ンとキュルケだけだ。
 腰にナイフ、右手にメリケンサックを装備したジュンが、インカムのマイクを口に寄せ
る。
「では…現時刻をもって、2ndフェイズ終了。これより、3rdフェイズへ移行する!
総員、隠密行動を心がけよ!付近の『出入り口』のチェックを忘れるなっ!」
 トランシーバーから、偉そうねぇ、声がでかいですぅ!、やっぱり似合わないかしら?
うるさいわよぉ!、等の返答が返ってきた。



 金糸雀は、ヴァイオリンを構えた。
『いっくわよぉ!追撃のカノン!!』
 黒板を爪でかきむしるような、神経を逆なでする大音響が厩舎全体に鳴り響き、熟睡し
ていた動物たちを叩き起こした。


 プチ・トロワの宝物庫内部。
 年代物の大鏡から、如雨露を持った翠星石と、絵の具を手にした草笛が降り立った。
「にひひひひぃ~~~~~。さっきの恨み、たあっぷり返してあげるですぅ~~~」
『うわあー!すっごいお宝だらけえ!まずは写真をたっぷり撮って、それからあ~』


 グラン・トロワ食料庫。
 真っ暗で誰もいない倉庫内。使用人用の手洗い場の鏡が輝いた。出てきたのは、真紅と
タバサだ。
「さてと、派手にやるとしましょうか」
 タバサはとっくに杖を構えてルーンを唱え始めていた。


「た!大変です!!厩舎で馬やらグリフォンやらが暴れ出しています!!綱は切られ、扉
も破壊されています!動物たちが半狂乱で走り回り、誰も近づけません!押さえられませ
んっ!」
「プチ・トロワの宝物庫に賊が侵入しましたぁ!!ひ、被害は、被害わ・・・落書きされ
てます!!全ての絵画に意味不明の落書きがされ、彫刻類もデタラメな傷だらけにされて
ます!!宝石類は、ネックレスも指輪もバラバラにされて床に散乱しています!恐らく、
かなり紛失してます!!」
「ぐ、ぐらっグラン・トロワ食料庫が破壊されましたぁ!!全ての食料が凍り漬けの、水
浸しで、食器も椅子も全て破壊されました!!なお、なお・・・高級食材の棚が、全部空
にっ!!食われたぁ!!」
「ヴェルサルテイル宮殿の、階段の各所に、その、ロウが塗られています!通ろうとした
者達が次々と転倒し転落、負傷者が続々と」
「庭園各所に、小さな落とし穴が大量に掘られていますぅ!」
「宮殿各所に、子供の口ゲンカみたいな罵詈雑言が書かれてます!どんどん増えてます!!」
「トイレが破壊されました!汚物が、一面に散乱して・・・」
「木々や廊下の間に、ヒモが・・・」
「靴の中に画鋲が・・・」
「あ、お前、背中に、張り紙・・・バカって書いてあるぞ」
「そういうお前、顔にらくがきが・・・」



 グラン・トロワ天守は、既にパニック状態だ。
 この微妙すぎるイタズラをしまくっているのは、明らかにあの使い魔達。だが、誰もそ
の姿を発見出来ない。これほど大規模にやっているというのに、だ。
 しかも、その被害の規模が大きすぎる。この広大なヴェルサルテイル宮殿全体に、どれ
ほどの人員を使えば、これほどふざけた規模のイタズラを出来るのか?これは、人形達が
スクウェアの強さを持っていても、絶対に無理だ。第一、宝物庫の扉は開けられた形跡す
らない。
 竜騎士隊は全て飛び立ち、宮殿全体を監視している。もう全騎士隊員が血眼で捜索に当
たっている。なのに、全くその姿を、大量に居るはずの侵入者達を発見出来ない。フクロ
ウやヘビなどの使い魔達も総動員しているのに、だ
 それどころか、彼等の掘った落とし穴や、木々の間に結んだヒモやら、階段に塗ったロ
ウやら、転んで怪我したとか『フライ』で飛んでてトリモチにひっかかったとか、しょー
もない負傷者が増える一方。

 ただの平民、それも子供にガリア全てがコケにされている―――もはや天守に居並ぶ重
鎮達は半狂乱だ。額に血管を浮かべ、顔色を赤白青と様々に塗り替え、必死でジュン達を
探せと怒鳴り散らす。

 ただ一人、ガリア王ジョゼフだけは、笑っていた。世界を手の平に乗せて遊ぼうかとし
ていた王が、逆に遊ばれている。手も足も出ずに、弄ばれている。富と権力を欲しいまま
にしてきた周りの有力貴族達が、慌てふためいて走り回る。
 全体図上の人形達は、踏みつぶされ、蹴り飛ばされて、部屋一面に散乱していた

「く、くくくくくく・・・・ふはははっははあはははははっっ!!!」

 ガリア王は腹を抱えて笑い出した。だが、そんな事すら気付かなくなるほどの狼狽が、
宮殿全体に広がっている。
 ひとしきり大笑いしたジョゼフが、おたおたする小姓に紅茶を持ってこさせた。ジョゼ
フ王がカップに口をつけると、その美しい眉の間に深いシワが刻まれる。
 砂糖壺の中に入っていたのは、塩。


 頭上では、ふんぞり返ったお偉いさん方の醜態に、必死で声を殺して笑っている水銀燈
とデルフリンガーがいた。




「さーって、最後の仕上げと、いきましょうかねぇ」
 プチ・トロワを眺める林の中に、古い本を持つルイズの姿があった。その背後にはジュ
ンと真紅もいる。
「オッケー。・・・みんな聞こえる?3rdフェーズ終了、帰るよー」
 ジュンが作戦の終了と撤退を告げる。
 真紅は、興味深そうにルイズの持つ本を見ている。
「それが、例の?」
「ええ、『始祖の祈祷書』よ。6000年前、始祖ブリミルが神に祈りを捧げた際に詠み
上げた呪文が記されている・・・つまり、虚無の書」

 ルイズの指輪と本が光を放つ。ページを開き、杖を構え、ルーンを唱え始める。


  エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ


「これが、ルイズさんの系統、虚無か・・・」
「6000年ぶりの発動ってワケね。今夜は試し撃ちに最適だわ」


  オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド


 ルイズの中をリズムが駆けめぐる。神経が研ぎ澄まされ、宮殿内のパニックも耳に入ら
ない。
 体の中で、何かが生まれ、行き先を求めてそれが回転していく感じ・・・。


  ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ


 ルイズは、杖を向けた。先ほどまでジュン達を、自分の友達をいいようにいたぶってく
れた、あの王女の城を。


  ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル…!


 長い詠唱の後、呪文が完成した。その瞬間、ルイズは呪文の威力を、理解した。そして
今回の作戦を思い返す。

『ガリアに、うかつにジュン達へ手を出そうと考えれないほどの恐怖を与える。同時に、
今回の戦争にアルビオン側で参戦しようと考えない程度に、笑って済ませれるくらいの被
害で済ます。
 だが、ガリアに宣戦布告させる口実を与えないため、全ての非をガリアになすりつけれ
るネタを得る事が必須』

 そのために、昨日の夜からずっと作戦会議を開き、プチ・トロワとヴェルサルテイル宮
殿へつながるnのフィールドを、みんなで探し続けた。ジュン達に、わざわざイザベラへ
頭を下げさせた。ホーリエとスィドリームを朝のウチからイザベラの部屋に待機させてい
た。

 なら、私がやる事は一つ!



 ヴェルサルテイル宮殿に居る全ての人が、見た。
 上空を飛び回る竜騎士達も、地上を捜索する花壇騎士達も、グラン・トロワの大臣も、
厩舎周辺を走り回る馬も。皆、空を見上げた。
 プチ・トロワ上空に突如現れた、太陽を。

 闇夜に突如現れた光の塊が、プチ・トロワの上部を包んだ。


 光が消えた時、プチ・トロワの上部が、消えていた。いや、吹き飛び、砕け散り、チリ
になったのだ
 闇の中にイザベラの部屋が、壁も天井も全て失い、床だけがむき出しになっていた。床
一面がススだらけになっている。そして、その部屋の中にいた人物も。
 部屋にいたイザベラと、その警護の騎士達は、ススだらけになっていた。服はボロボロ
で、杖も消し飛び、髪は真っ黒のチリチリな縮れ髪になっていた。
 特にイザベラの有様は酷い。服はほとんど消失、下着もパンティが僅かに残っているだ
け。代わりに白い肌は、ススで顔まで真っ黒になって地肌が見えない。長く青い髪も、当
然チリチリの縮れ髪となって、頭の上にまん丸の大きな黒い毛玉を作ってる。
 全員、あまりの事態に、呆けていた。



 その様を、ジュンも見ていた。
「うあ、あああ・・・すっげぇ」
 真紅も、唖然としている。
「まさか、虚無、これが虚無の系統なの!?」
 ルイズは、大きく息を吐いた。
「エクスプロージョン・・・虚無の中でも初歩の初歩の初歩、よ。これでもかなり手加減
したのよ。・・・さ、帰りましょう」
 3人は林の中へ消えていった。




「ひ・・・ひぃめぇ~、王女は、ご無事かぁ・・・」
 放心状態から、ようやくどうにか我に返ったのは、カステルモール。
 彼は、自分の主であるイザベラが、純粋に正直に、本当に大嫌いだった。傲慢で粗暴で
狭量で酷薄で、シャルロット様が叛旗を翻せば、全団員と共に呼応する気だった。
 だが、少なくとも今は、彼は東薔薇騎士団の団員だ。職務上、非常に気にくわないが、
今のイザベラの無様な姿を、腹を抱えて大爆笑したいが、ともかくイザベラの身を案じて
いた。



 その王女は、カステルモールに肩をゆすられ、ようやく正気を取り戻す。カステルモー
ルに顔を向ける。いつもテカテカ光るおでこも、今は見る影もない。

「ふ・・・ふぇ・・・」

 王女の真っ黒の顔の中、青い目から涙が流れ出す。

「王女よ、もう大丈夫、です。はい、大丈夫・・・です」
 言ってる自分は杖も失い、もうボロボロだ。だがそれでも、とにかく立場上、王女を安
心させるため、優しい言葉をかけた。
 だが、つぎに見たのは、大嫌いな王女の初めて見せる姿。

「ふえ、ふええええん、うえええ、えええん。うわああーーーーーん・・・」

 イザベラは、いつもの虚勢も何もかも忘れ、カステルモールにしがみついて泣き出して
しまった。
 あの横暴極まりない王女が見せた、年相応の少女の姿。

「大丈夫、大丈夫ですよ。私が守りますから、安心して下さい」
 カステルモールは優しく王女を抱きしめ、背中をさする。
「ふええええ、ぐす、ええええん、うわああああああああん」

 ようやくのぼり始めた朝日が、二人を照らす。
 真っ黒になった王女を抱きしめ慰めるボロボロの騎士。
 爽やかな朝の、美しい朝日に照らされた、若い半裸の男女…なのに、あんまり美しくな
かった。


      第五話    虚無   END

第四部  終


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