――嬉しそうだなぁ、■■■■。
――ええ、嬉しいですとも■■■■。
――それで、どうする?お前が出るのかい?
――いいえ。それはまだ、まだなのですよ。
――意外だな、■■■■。お前の気性からして仇敵を前に出ないなんて。
――私はね、■■■■。もう二度とあんな惨めな思いはしたくないのですよ。
徹底的に、完璧に、付け入る余地など欠片も見せず、敵は叩き潰さなければならない。
徹底的に、完璧に、付け入る余地など欠片も見せず、敵は叩き潰さなければならない。
――だが、その上でいたぶるのだろう?
――ク……クククク……。
――ふ。お前が警戒するほどの手練……。
しかもアルター使いとくれば生半可な者を差し向けるわけにはいかない。と、なると。
しかもアルター使いとくれば生半可な者を差し向けるわけにはいかない。と、なると。
――ええ、使わせていただきますよ。北花壇騎士団、二名。
――許可はしよう。ただな、あれが殺されては困る。
あれには、まだまだ苦しんでもらわねばならない。
あれには、まだまだ苦しんでもらわねばならない。
――もちろんです、もちろんですとも。
最速の使い魔 第五話 雪風
虚無の曜日の翌日。丁度この日はフリッグの舞踏会にあたる。
当然のことながらフーケ騒ぎなど起きず、結果として例年通りの舞踏会が行われることとなった。
当然のことながらフーケ騒ぎなど起きず、結果として例年通りの舞踏会が行われることとなった。
「……どこの世界でも支配者たちがやることは変わらない、か」
バルコニー。本来なら会場から逃れて恋人たちが愛を語らうのに使われるような場所だが、現在そこを占領しているのはストレイト・クーガー。彼一人だけだった。
ドットとはいえメイジを破った平民。
メイジではないが、妙な術を使う使い魔。
メイジではないが、妙な術を使う使い魔。
それが、彼に対する周囲の評価である。貴族の覚えは悪くなり、平民からは異質なものとして見られる。結果として、彼の周囲には誰も近寄ろうとはしていなかった。
「クーガー」
「おや、ユイズ様」
「ルイズよっ!」
「あぁ、申し訳ありません」
「……まったく」
「おや、ユイズ様」
「ルイズよっ!」
「あぁ、申し訳ありません」
「……まったく」
彼の主、ルイズだけを除いて。
「クーガー、何も食べてないの?」
「平民が貴族様の食事を食べていれば何かと面倒なことになるでしょう?」
「……」
「平民が貴族様の食事を食べていれば何かと面倒なことになるでしょう?」
「……」
ルイズも分かってきてはいる。クーガーに対する他の貴族たちの見方が。そして、これがクーガーの気遣いであることも。
目立つ場所にいて、貴族の食事を平民が食べていれば。いかに使い魔といわれても納得しがたいのだ。
目立つ場所にいて、貴族の食事を平民が食べていれば。いかに使い魔といわれても納得しがたいのだ。
「……クーガー」
「はい?」
「貴方、帰りたくはないの?」
「ふむぅ。確かに帰りたいかと言われれば帰りたいのでしょう」
「そう」
「しかし――」
「はい?」
「貴方、帰りたくはないの?」
「ふむぅ。確かに帰りたいかと言われれば帰りたいのでしょう」
「そう」
「しかし――」
ルイズの背に嫌な予感が走る。この感覚は、彼が暴走する予兆だ。なんとかして、話題を変えなければ強烈な早口トークの直撃を受ける。止める手立てがないか考えるのに0.1秒、思いつかないことに絶望するのに0.2秒。今日もまたとめれないのか、と空を仰ごうとして、
「……(くいくい)」
「私はこう考えているんです――っと何か?」
「……誰?」
「私はこう考えているんです――っと何か?」
「……誰?」
クーガーの口上は、小柄な少女が服のすそを引っ張ったことにより止められた。
「……」
「手紙ですか?あ、これはどうも」
「ってクーガー!誰よその子!」
「いや、全く知らないんですが……」
「知らないって……ま、まさか……ら、ららららぶぶぶれたーなんて……」
「手紙ですか?あ、これはどうも」
「ってクーガー!誰よその子!」
「いや、全く知らないんですが……」
「知らないって……ま、まさか……ら、ららららぶぶぶれたーなんて……」
問い詰めようとするルイズ。まあまあ、と落ち着かせようとするクーガー。
そんな主従を尻目に、少女は――タバサは、会場に戻ろうとする。
そんな主従を尻目に、少女は――タバサは、会場に戻ろうとする。
「待ちなさいよ!一体クーガーに何を渡したの!?」
「……」
「……」
が、その小柄な影はまったく止まろうとせず、会場の人ごみにまぎれていく。
「っ……!!!!!クーガー!それ、見せなさい!」
「あ、いやぁ流石にそれはどうかと思うんですよ」
「なんでよ!」
「ユイズ様、私はこう考えているんです!人間は自由だ~と!」
「あ」
「あ、いやぁ流石にそれはどうかと思うんですよ」
「なんでよ!」
「ユイズ様、私はこう考えているんです!人間は自由だ~と!」
「あ」
一気にルイズの顔が青ざめる。なまじ真面目なだけに早口トークを理解しようとしてしまうから頭が痛くなる。適度にスルーすればいいのだが、生真面目な彼女はまだそれができない。
ならば、彼女が取るべき手段は一つ。
ならば、彼女が取るべき手段は一つ。
「無理な命令や願いには拒否権を発動することができる嫌なことは嫌だと言い切る、悩んでいる時間は無駄以外の何ものでもない!即決即納即効即急即時即座即答!それが残りの時間を有意義に使う方法!ってユイズ様?」
彼女が用いたのは、逃走。スルー出来ないのならば、それが聞こえない場所までいけばいい。そんなシンプルな手段だった。
――結果として、クーガーに渡された手紙が何だったのか、彼女は知らぬまま。
舞踏会も終わりに近づき、楽団の演奏もクライマックス。貴族たちは互いに意中の相手に踊りを申し込み、一喜一憂する。振られたもの、カップルとして成立したもの。悲喜こもごもだが、最後の盛り上がりを見せていた。
その音楽が遠く聞こえる、門の外。木立の間を歩くのはストレイト・クーガー。
「……」
手にした手紙を改めて開く。
『貴殿の異能を知るものなり。詳細は今夜、舞踏会が終わりに近づいた時、門の外の森にて』
それだけの簡潔な文面と場所の地図。それが“日本語で”記されていた。
「……で、いつまで待たせる気だ?」
不機嫌さを隠そうともせずに疑問を漏らすクーガー。その背後。森の中に少女はいた。
構えた杖が震える。自分の気持ちを落ち着けようと目を瞑る。と。あの使い魔との会話が脳裏によみがえった。
昨日。自室に戻ったタバサを待っていたのは、あの使い魔の声で喋るガーゴイルだった。
「次の任務?」
「ええ、そうですとも。こちらに詳細は書きとめてあります」
「……!?」
「ええ、そうですとも。こちらに詳細は書きとめてあります」
「……!?」
受け取ったタバサの手が震える。ガーゴイルが銜えていた紙に書かれていたのは。
「あの男を、殺すこと?」
「おや、どうされました?今更人一人殺すのに抵抗でも?」
「……」
「ふむ、乗り気ではない、と……」
「おや、どうされました?今更人一人殺すのに抵抗でも?」
「……」
「ふむ、乗り気ではない、と……」
タバサが考えたのは、彼の主人を友人が気にかけているということ。その使い魔を殺すことは、少なからず友人の機嫌にさわるだろう。下手をすれば嫌われてしまう可能性もある。
そして、なによりも。
「あれは……何?」
「アルターですよ。……あぁ、なるほど」
「アルターですよ。……あぁ、なるほど」
ガーゴイルに話しかけるあの使い魔が、どんな顔をしているのか。タバサにははっきりと分かった。
「確かに、あの男は強い……ですが、その力の大半を失っています。大丈夫、貴女ならやれますよ、“タバサ様”」
ぞくりと肌があわ立つ感覚。じわじわと毒を打ち込む蛇のような爬虫類じみたその瞳。皮肉気な、小ばかにしたようなその口調。
「……」
「ああ、このナイフも持っていってください。」
「ああ、このナイフも持っていってください。」
ガーゴイルの体が割れ、その中から柄に入ったナイフが出てくる。
「魔法がかけられています。いいですか、負けると考えたら迷わずこのナイフに触れなさい」
「……何故」
「あなたが知る必要などあるのですか、“タバサ様”?とにかく、伝えましたよ」
「……何故」
「あなたが知る必要などあるのですか、“タバサ様”?とにかく、伝えましたよ」
ばさり、とガーゴイルが翼を広げる。
「失敗したときは、それなりの罰を受けてもらいますよ。成功すれば……そうですねぇ、お母上の病状を少し回復させる薬をあげましょう」
「!」
「ククク……頑張って下さることをお祈りしていますよ!」
「!」
「ククク……頑張って下さることをお祈りしていますよ!」
目を開く。震えは収まっていた。
(――母さま)
使い魔が本当に薬を渡すのかは分からない。嘘かもしれない。だが、チャンスではある。
決意が、その小柄な体に満ちる。クーガーはまだ気づいてはいない。
小声でルーンを紡ぐ。名乗りも、一言もかけぬまま。彼女の呪文が完成する。
“ジャベリン”水系統の魔法の中でもかなりの攻撃力を持つ魔法。氷の槍がタバサの杖に導かれる。
小声でルーンを紡ぐ。名乗りも、一言もかけぬまま。彼女の呪文が完成する。
“ジャベリン”水系統の魔法の中でもかなりの攻撃力を持つ魔法。氷の槍がタバサの杖に導かれる。
そして、ほんの僅かな迷い。後ろめたさを振り切って。杖が振り切られる。
一度放たれた魔法を避けるのはほぼ不可能。さらに不意打ちと言う要素まで加えたのだ。避けられるはずは、ない。
一度放たれた魔法を避けるのはほぼ不可能。さらに不意打ちと言う要素まで加えたのだ。避けられるはずは、ない。
(……!?)
だが、氷の槍は虚しく大地を抉るのみ。幻のようにクーガーは消えていた。
「ずいぶんと手荒い挨拶だなぁ、お嬢ちゃん」
その言葉がどこから紡がれたのか。それを確認もせず体を前に投げ出し、タバサは次のルーンを紡ぐ。ちら、とだけ背後に見えたのは少し驚いたような顔で後ろに立つ男の影。
(これで、弱っている?)
使い魔の言った言葉がよみがえる。
――『確かに、あの男は強い……ですが、その力の大半を失っています』
身を起こし、さらにバックステップ。それを追おうともせずにタバサを見つめるクーガー。
(――どうすれば、勝てる?)
呪文が完成する。十分な魔力が込められたそれは、アイス・ストーム。氷の粒を伴う竜巻を作り出す魔法。一点集中型のジャベリンが不意打ちで避けられた以上、“敵”の速さはこちらの放つ魔法では到底及ばない。ならどうすればいいのか。
単純な話、逃げ場もないほどの広範囲呪文を唱えればいい。加えて竜巻には“吸い込む”という要素も含まれている。敵の速度を封じ、且つ逃げ場も封じる。
だが、必勝に思えたその魔法も――
「――なるほど。確かに強い。だが……俺を捕らえることなどできはしない」
自分の横からかけられる声に、タバサの背筋が寒くなる。杖を持つ腕が捕まえられたのだ。
(負ける!?)
敗北。すなわち、罰があの使い魔から下されるということ。自分ならばともかく、もしかしたらその矛先が向かうのは。
(母さま……っ!)
決断する。あの使い魔から持たされたナイフ、腰に無造作に下げられたそれに手を伸ばす。
――そして、誰かの哄笑が聞こえて。“タバサ”の体が“別の何か”により動き始める。
――タバサは人形の名。それは、これを暗示していたのだろうか――