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虚無の王-18-1


 ゲルマニアとの国境沿いに、ヴァリエール公爵領が有る。王家に次ぐ権威を持つ、古い家系だ。
 邸のバルコニーから広大な庭園を、領地を睥睨して、ヴァリエール公は溜息をつく。
 誰にも聞こえない声で、そっと陰鬱な声を漏らす。

 遊び上手な奴に 騙されていると聞いた
 噂だけだね?ルイズ
 ルイズ 便りをおくれ――――

 背後で扉が開いた。
 姿を現した少女は、ルイズと良く似ていた。年の頃では10近く上だろう。
 素直になれない女学生と比べて、その表情は柔らかく、均整の取れた肢体も色々と柔らかそうだ。

「カトレア。風に当たっては体に触る。中に入っていなさい」
「大丈夫です。今日は何だか、調子が良くて……」

 カトレアは楚々と足を進めて、父の隣に進んだ。

「あの娘の事が心配なのですか?」
「最近、手紙が減っているのだ」

 公爵は嘆息した。
 愛する三女が、最近、めっきりと手紙を寄越さなくなった。
 返事も遅く、時折返って来ても、頗る短く、内容は時候の挨拶に毛も生えない程度。

「もうすぐ夏季休暇なのでしょう。そう心配なさらなくても」
「しかしだね……」
「あの娘も年頃ですもの。色々忙しいのですわ。お友達が出来たり、ボーイフレンドが……」

 出来たり――――その言葉を、カトレアは口にしなかった。
 一瞬、振り向いた公爵が、そのままバルコニーの下へ転落せんばかりに肩を落としたからだ。

「だ、大丈夫ですわ……」
「何がだね?」
「そ、その……根拠は有りませんけれど、兎に角大丈夫ですわ」

 説得力の無い慰めに、公爵は益々肩を落とす。

「ルイズ~……」

 声に涙が混じった。


 床に両掌を付くと、空はゆっくりと車椅子を離れた。
 倒立。その姿勢から、体を腹部の方へと倒す。
 腕立ての姿勢で、足を浮かせた様な、不自然極まる体勢。
 掌を強力な吸盤として作用させる“風を掴む力”、そして並外れた膂力あってこその芸当だ。
 隣にはタバサが居る。
 倒立。短いスカートが捲れる。白いタイツを履いている為か、お構いなしだ。
 下着の色が表面に響かない所を見るに、その下もまた、純白なのだろうか?

「そのまんまや。掌集中!……乳揉む時くらいの気合いで、どんな僅かな感触も見逃すんやないで」
「意味……不……」

 タバサもまた、体を倒す。
 声に余裕が無い。優れた風系統のメイジとは言え、空に匹敵する技術は持っていない。何より腕力が足りない。
 腕が、脚が、腹筋が、プルプルと震えている。
 それでも、なんとか空と同じ姿勢を取って見せる。

「……今日は……負けない……!」
「アホォ……返り討ちで血ダルマにしたるわ。ボケェ」

 奇妙奇天烈なポーズで二人は睨み合う。
 時報の銅鐘が鳴った。



 石造りの校舎に、悲鳴が響いた。
 乙女の恥じらいを含んだ黄色い声が、廊下を駆ける様に伝染する。
 それも、その筈だろう。
 高貴な生まれ少女達に可憐な悲鳴を上げさせ、男子生徒達を唖然させる元凶。それは、地を這わんばかりに低い姿勢で、廊下を疾風の如く駆け抜ける。
 スカートを抑えつつ、不埒な痴漢に反撃を試みる女生徒も居るが、犯人は恐るべき速さで、忽ち姿を消してしまう。

「7パンツ!!」

 空だ。
 両脚を浮かせたまま、両手で廊下を疾走。
 行き違った運の無い女生徒の、短いスカートの中を次々覗いて行く。

「っ……!」

 その数メイル後方にタバサが続く。
 同じ様にして必死で走るが、この姿勢で居る事さえやっとの身だ。とても空には追いつけない。
 決められた時間内に、何人の女子のスカートを覗いたかを競うパンツゲッター勝負。
 極めて破廉恥かつ、迷惑な行為は、最早慣例と化しつつ有る。

「この馬鹿っ!」
「死になさいっ!」

 後方から火の球が、風の刃が襲い来る。
 直撃を受けたらゲットパンツリセットのルールだが、狙われているのは空だけだ。尤も、未だ一度として掠めた例すら無い。
 空は走る。手で走る。
 前方にすらりとしたローブの女性。

「ぬっはぁぁ、美尻レーダーロックオン!しめて18パンツ!今日もワイの圧勝やなァァ!」
「!――――っっ」

 空は勝ち誇る。
 タバサは痺れる両腕に鞭打つが、最早挽回の余地は無い。
 連敗記録更新の瞬間に内心で歯噛みした――――その時だ。
 鈍い音が耳朶を打った。

「あうっ?」

 その声に、タバサは脚を降ろした。
 空のターゲット、ローブの女性が何時の間にか振り向いている。
 鋭いヒールが、空の額に突き刺さっている。

「学院内での破廉恥な行為は禁止した筈ですが?ミスタ・空」

 眼鏡に長髪を垂らした女性。オールド・オスマンの秘書ミス・ロングビルだ。
 と、隣を桃色の髪が通り過ぎる。

「空~っ!あんた、て奴はねえっ!」

 額を蹂躙するヒール続いて、小さな足が痴漢の背を踏みつける。

「毎日、毎日、毎日、毎日っ!どれだけ御主人様に恥をかかせれば気が済むのよっ!」

 二人に踏みつけられるがままに、空は無言で床に張り付いている。がっくりと項垂れている。
 だが、それは思わぬ所で捕縛されたからでも、二人に痴漢行為を糾弾されているからでも無さそうだ。

「あかん……」

 力の無い声を漏らす。

「年増のケツにコーフンしてもうた……ワイのエロレーダー錆びついとる……」

 刹那、取り澄ましていたロングビルの表情が一変した。

「っんだと、ゴルァァアアァァッッ!!」

 一際、強烈な一撃が、空の脊髄を貫いた。

「がっ!」
「誰が年増だっ!私はまだ20代だよ!学生の嬢ちゃん達がそんなにいいかい!それともなにか!ミス・ヴァリエールやミス・タバサみたいに小さな娘じゃないと興奮出来ない、てかい!このロリ!ペド野郎っ!死ね!氏ねじゃなくて死ねっ!」

 這い蹲る痴漢の頭に、首に、背に、尖ったヒールを落とす。落とす。落とす。落とす。

「がっ!……ちょっ!……待ち!……ルイズ、助けろやあ!……ワイ、このゴリラに殺されてまうっ!……」
「誰がゴリラだっ!」

 普段の冷静で上品なロングビルからは、想像も付かない凶悪な一面に、ルイズは唖然とした。
 その迫力に飲まれたか、普段なら必ず使い魔を庇う所、それすらも失念する。
 と、自分を見つめる女生徒の視線に気付いたか、学院長の美人秘書は足を降ろすと、小さく咳払いをした。

「ミス・ヴァリエール。使い魔の“調教”はメイジの義務ですよ。今後はこうした事が無い様、厳重にお願いしますね」

 態とらしく眼鏡の位置を直すと、ロングビルは返事も待たずに立ち去った。
 さて、どうした物だろう――――足下で痙攣する使い魔に、ルイズは悩む。
 罰ならロングビルが十分に与えた気がする。取り敢えず、他の女生徒に掴まらない内に、運んでやるか。
 車椅子はとこだ?松葉杖は?

「居た!」

 そこまで考えた時だ。背後で声。
 振り向くと、複数の女生徒が或いは腕を組み、或いは杖を手にして睨んでいた。

「ちょっと、ヴァリエール!いい加減にしてよね!」
「どうなってんのよ、あんたの使い魔はっ!」
「もうっ!なんとかしてよっ!」

 ルイズは溜息をついた。使い魔の行動はメイジの責任だ。

「判ったわ。“なんとか”するわ」

 ルイズは杖を手に取る。空の身柄を引き渡さずに、この場を収める方法は他に無い。

「……ちょい……ルイズ……」

 漸く気付いたのか、空は声を漏らした。

「罪には罰が必要ね。せめて御主人様の手で裁いて上げるわ」
「……それよりな、ルイズ」
「何?命乞いは無駄よ」
「いや……その、なんや。お前も年頃なんやし、もうちと気の利いたの選んだ方がええと思うぞ」

 この時、ルイズは始めて空の視線がどこを向いているのかに気付いた。
 頭から血の気が引き、続いて顔が真っ赤に染まる。杖を握る手に力が篭もる。
 石壁に爆音と断末魔の絶叫が響いた時、タバサは低い姿勢で、こっそりとその場を離れていた。
 捕まれば、女の自分とて不問とはいかないだろう。
 三十六計逃げるにしかず――――良し。ここまで来れば、大丈夫だ。

「!――――」

 と、背後に気配。いきなり、両頬を摘まみ上げられた。

「学級文庫、て言ってみて」
「ガ、ガッキューウンコ」
「あんた、素直ねえ……」

 解放されて振り向くと、そこには呆れ顔のキュルケが居た。
 身長差の為だろう。眼前には、巨大な惑星同士がその質量故に接近しつつも衝突しない“ロシュの限界”の様に、二つのたわわな膨らみが、絶妙な均衡を保って揺れている。
 その光景に、先刻の空の言葉が、ふ、と脳裏を過ぎる。

「何……?」

 不意に友人見せた奇行に、キュルケは声を漏らす。

「……別に」

 タバサは手を離した。
 空言う所の、掌に集中し、どんな僅かな感触も見逃さない気合いは、実際に試して見ても判らなかった。
 キュルケはすぐ背後に空の車椅子を引いていた。座席背部には、鞘に納められたデルフリンガーと、タバサの杖が掛けられている。
 杖を受け取り、早速魔法。
 無理な動作で剥けた掌の皮が、みるみる治癒して行く。

「風メイジのあなたが、ダーリンの技術を修得したいのは判るけどね……」

 キュルケは嘆息した。
 “風を掴む力”。極めれば呪文を必要とせずに風を操り、魔法や刀槍の一撃すら逸らす事が出来る。
 一対一の戦闘に特化した風メイジにして見れば、喉から手が出る程、欲しい能力だろう。

「でも、この特訓方法はどうなの?親御さんが見たら泣くわよ。冗談抜きに」
「判った。もうしない」

 タバサは素直に答えた。
 キュルケは車椅子を押した。空の所まで運んでやろう、と思った。
 きつい折檻を受けた身で、同じ様にして同じ道を戻るのは辛いだろう。

「それにしても、最近のあなた、ちょっと心配だわ」
「何故?」
「エアトレックの練習の時だけど……」
「あなたもやっている」
「ええ。そうね。でも、私はのんびりとした物よ。まだ“ラン”の段階だもの。あなたはもう、“壁走り〈ウォールライド〉”をやっているでしょう」

 キュルケが気にかけているのは、その点だ。
 タバサは驚くべき勢いで上達している。なのに、少しも楽しそうでは無い。

「最初はそうじゃなかったわ。初めて“エア”を練習した時なんて、本当に楽しそうだったじゃない。どうして?」

 その問いに、タバサは答えなかった。
 理由は判っている。
 最初は自分も楽しんでいた。それは、エアトレックがキュルケにとってそうである様に、遊具だったからだ。
 実戦派のメイジにとって、魔法の技術は勿論、肉体的な鍛錬も急務。そして、モチベーションを維持する為にも、メニューは多彩で楽しい方がいい。
 考えが変わったのは、初めてウォールライドに挑戦しようとした時だ。
 空は見本にと小さな機械を見せた。携帯動画――――小さな枠の中で、六年前の空が走っていた。
 イメージトレーニング用にDVDの動画を圧縮した物、と言っていたが、意味はよく判らない。
 走っている間に、予感は有った。その映像にタバサは確信を得た。
 エアトレックは武器になる――――
 平地では大した意味は無い。
 だが、市街地で、城内で、いかなるメイジがストームライダーに追随出来るだろう。
 映像に残された頃の空なら、誰一人に捕捉される事も無く、グラン・トロワの正門から玉座までを駆け抜けて見せるに違いない。
 自分の“道”が見えた。
 その瞬間、タバサにとって、エアトレックは娯楽の対象では無くなった。
 風を、壁を、そして敵手を足場に換えて蹂躙、血飛沫と共に目標へと走り抜ける“血痕の道〈ブラッディ・ロード〉”。

「まあ、いいけどね……」

 キュルケは嘆息した。
 だんまりを決め込んだ友人から無理に聞き出す悪趣味を、彼女は持ち合わせていない。

「私の練習にも付き合いなさい。技術差が有り過ぎて、退屈かも知れないけど」
「判った」
「ふふ、有り難う。私も早くウォールライドに挑戦したいわ」
「何故?」
「また、ダーリンにあの機械を見せて貰えるでしょう」

 特A級ライダーが魅せるトリックの数々は、飛行可能なメイジを、素直に興奮させた。
 シルフィードの背に身を委ねて以来、あの晩、空に抱かれて飛んで以来、キュルケにとって、フライは飛翔の魔法ではなく、あくまで空中歩行の魔法と化している。

「それに、あの機械で見られる頃のダーリン、可愛いじゃない」
「時の流れは残酷」

 その言葉に、一瞬、キュルケは目を丸くし、続いて苦笑を漏らした。

「確かに、あの頃のダーリンなら、あなたと年が釣り合うわね」
「違う。そうじゃない」
「はいはい」

 タバサはそれ以上、抗弁しなかった。
 誤解をしているのなら兎も角、誤解を楽しんでいる相手に、反論はあまり意味が無い。


   * * *


「空ーっ」

 ルイズは声を張り上げた。高く澄んだ声が、平原の上を伸びて、緑深い森へと消え行った。

「空ーっ。どこに居るのーっ。空ーっ」

 八日に一度の虚無の曜日。授業は勿論、合同での特訓もお休みだ。適切に休養を取らなければ、どんな事であれ、集中力が続かなくなる。
 朝起きた時、空は居なかった。伝言用に設えた木板には、ただ出掛ける旨だけ記してあった。
 二ヶ月前のルイズなら激怒しただろう。個人的な活動に文句を付ける気は無いが、使い魔としての本分を忘れられては堪らない。
 だが、今のルイズが見せるのは、怒りでは無く、焦燥だ。

「空ーっ」

 急いで身支度を終えたルイズは、部屋を飛び出すや、目についた学生やメイドに空の行方を聞いて回る。
 とは言え、相手は選ばなければならない。最近、車椅子の使い魔は、絶え間ない決闘で学院に敵を増やしている。
 空の行方は程なくして判明した。普段なら、あまり関わり合いになりたくない相手――――ギトーが知っていた。
 釣り具を抱えて、近くの川に向かった、と言う。釣り具を貸した、と言う当人が言うのだから、間違い無いだろう。
 それにしても、ギトーが釣りを趣味にしている、と言うのは意外だった。
 そこまで考えて、何も釣るのは魚ばかりとも限らない事に気付いたが、その先は敢えて考えない事にした。
 ともあれ、どこに行って、何をしているのかが判れば、安心して良いだろう。
 安堵すると、今度は少し腹が立った。
 学院内での護衛は免除しているが、出掛ける時には付き添う様、言い付けてある筈だ。
 あの使い魔は、たまの休日に御主人様が街に出掛ける可能性を考えなかったのだろうか。
 これは是が非でも、注意を与えなければならない。
 朝食を終えると、出掛ける準備。適当に時間が潰せそうな物と、料理人に用意させた弁当――――と言っても、簡単なサンドウィッチくらいの物だが――――をバスケットに詰め込んで、女子寮塔を後にする。
 途中、タバサと出会した。空を探している、と言う。
 エアトレックの練習がしたいのだろう。あの“飛翔の靴”のオリジナルを動かすには、バッテリーに充電をしなければならない。
 目下、その手段は、ソーラーパネルを備えた空の車椅子から、電力を移す事に限られる。
 言っている意味は良く判らないが、ともあれ、空が居ない事には、使えない、と言う事だ。
 コルベールがタルブに残された部品や、空から提供された物を使って色々研究を進めているらしいが、形になるには恐らく時間がかかる。
 空は釣りに出掛けている。そう教えてやると、タバサはあっさりと諦めた。
ルイズは学院を後にする。
 タバサは驚く程、上達が早い。空はそう言っていた。傍目にも、それは判った。
 同時に練習を始めたキュルケが、友人に手を取られて歩く練習を重ね、つい最近、ようやく走り出している状態だと言うのに、あの小柄な少女は、目にも止まらぬ速さで学院内を縦横無尽に駆け回っている。
 壁を蹴り、塔から塔へと飛び移り、宙を舞うその姿に、ルイズも一瞬、自分もやって見ようかと考えた事が有る。
 その考えは、タバサを下から見上げた瞬間、消え失せた。
 同時に、決して挑戦しない、と決めた理由――――
 時速四○リーグ余で壁に激突、寝込む羽目になったギーシュ。
 “飛翔の靴”の経験から順調に滑り出したはよいが、エアの踏切に失敗して転倒。危うく大怪我をしかけて、結局、エアトレックを断念したシエスタ、
 二人の姿が、脳裏に浮かぶ。
 治療代も馬鹿にならないし、長期に渡って仕事を離れれば、職が危うくなる。
 メイドの判断は、全く賢明な物と言うべきだろう。

「空ーっ」

 ルイズは声を上げる。川のせせらぎが耳朶を擽る。
 そろそろ、見つかっても良いと思うのだが――――
 と、ルイズは足を止めた。遠くから声が聞こえた。
 耳を澄ます。微かな声が、草原の上を滑って届く。

「空っ」

 ルイズ、こっちや――――その声を聞き分けると、ルイズは小走りに駆け出した。

 水の匂いがした。
 茂みの間に伸びる獣道を抜けると、鏡の様に緩やかな、幅の広い河が、大きな弧を描いて緑の地平線に消えていた。
 砂利と丸い小石との転がる河畔に足を進めると、大きな石に腰掛ける釣り人の姿が目に止まった。

「ようっ。どうした?」

 声をかける前に、相手が振り向いた。

「……何しるのよ。こんな所で」
「釣りや」
「それは、見れば判るわ。今日は虚無の曜日じゃない」
「虚無の曜日やからかな」

 何故、勝手に出掛けてしまうのか――――空が答えたのは、そう続けようとした時だった。

「どう言う事?」
「授業が無いさかい、ガキンチョ供が閑そうにしとるやろ。最近風当たり強いし、学院は居辛うてなあ。また、決闘でも挑まれたら面倒やし」
「……その事、ミスタ・コルベールには相談したの?」
「した。オスマンの爺さんにもな。なんとかしてくれる様な事は言うとったけど……」

 空は河面に釣り針を投げ入れる。

「なんや。最近、爺さんの目が冷たい気がしよる」
「気のせい、て事は無い?」
「顔では笑っとるんやけどな。判るんや、そう言うの。ワイ、なんか睨まれる様な事したかいな、て考えとるんやけど……」
「何言ってるのよ」

 ルイズは呆れた。

「睨まれる様な事なら、しょっちゅうしてるじゃない」
「せやけど、オスマンの爺さんやで?」

 ちょっとやそっと、学院の秩序を乱した所で、目くじらを立てる人間だろうか。
 空のパンツゲッター行為なら、齡300とも言われる学院長のセクハラの方が、余程悪質だ。
 第一、無言で睨みを利かせる、と言う性分でもあるまい。

「今、男子の間で変な遊びが流行っているせいじゃない?」

 ルイズが言う、変な遊びとは、グラインドシューズだ。
 靴底に練金の魔法で金属のプレートを形成、レールやカーブをグラインドする。
 広めたのはタルブ返りのレイナール。村で浴びた喝采に調子に乗ったマリコルヌは、靴では無く、帽子に練金、頭でグラインドを決めている。
 御陰で建物のあちこちに傷が入り、衝突事故まで起きる始末だ。
 男子が喜び、調子に乗る一方で、女子からは抗議が殺到している。

「あれは、ワイのせい違うやろ」
「誤解されたのかもよ。例のエアトレックが出所だ、て」
「そうかいなあ……?」
「さあ?でも、変な物が出たら、真っ先にあんたが疑われるのは、有りそうな話じゃない?」
「ま、余所者やからな」

 ルイズは魚籠を覗き込む。
 中には、一尾の魚が身をくねらせている。銀の鱗が、角度に併せて釉にも似た光彩を弾く。

「朝からやってて、これだけ?」
「釣りはノンビリやらんとな。坊主やないだけ、良しとせな」

 車椅子はすぐ傍に停めてあった。背面に固定されたインテリジェンスソード、デルフリンガーはいやに静かだ。
 そう言えば、最近、声を聞いた記憶が無い。どう言う事だろう。

「ああ、デル公は鞘に入れとけば喋らへん。教えとらんかったか?」

 そう言えば、以前は殆ど抜き身の状態、鞘とは到底呼べない様な代物に入れた上で固定していた。

「どうして容れ物変えたの?」
「飽きた」
「飽きた、て……可哀相じゃない」

 ルイズは柄に手をかけた。
 とは言え、長さ1.5メイルもの長剣だ。上に引き抜こうにも難しいし、重量も半端では無い。

「座席の方から前に引けば抜き易いで」

 言われた通りにすると、鞘が前に傾いた。両手で引き抜く。重い。錆びた刀身が、座席を弾む。
 ルイズは一瞬、ひやりとしたが、幸い、車椅子に傷は付いていなかった。

「ぷはっ」

 刀身が震えた。久方ぶりに空気を吸ったかの様な声だ。

「いや、有り難え、娘っ子。可哀相、か……そうか、そうか。お前さんにも、そんな心優しい心根が有ったんだね。こいつは、おでれーた。いや、本当に」
「……やっぱり、元に戻そうかしら」
「ま、そう言う奴さかい。気にせんこっちゃ」

 ルイズはデルフリンガーを乾いた小石の上に横堪えた。この剣を片手で振り回して見せるのだから、空の膂力は人間離れしている。
 小柄なメイジの少女には、両手で持ち上げる事さえ不可能だ。

「デル公。要らん事、言うなや。大人しゅうしとき」
「相棒は本当に酷い奴だねえ。ま、前からだけど。よく知ってるけど」

 それきり、デルフリンガーは口を閉ざした。
 自身では身動きの出来ない身。使い手には従順であるに越した事は無い。相手が“酷い奴”とあっては尚更だ。

「所でルイズ。何か用かい?」
「用が無いと駄目なの?」

 ルイズは腰に両手を当てる。
 空にして見れば何気なく聞いただけなのだろうが、その言い草にはカチンと来た。

「前に言ったじゃない。学院の中は構わないけど、私が出掛ける時は、きちんと着いて来なさい、て。なのに、あんた、てば朝から居なくなっちゃって」

 平日なら兎も角、虚無の曜日にそれだ。まるで、約束を守る気が無いみたいではないか。

「あー、そらスマンかった。せやったなあ。休みの日や。予定無くても、そんな気分になる事も有るか――――用事有るなら、これから付き合うけど……どないする?」
「いーわ。別に、本当に行きたい所が有る訳じゃないし――――ただ、ちょっと憶えておいて欲しかっただけ」
「ホンマ、悪かったわ」
「もう、いいけど……ここで見てていい?」
「ええけど……今日、日差し強いで。帽子とか、被って来てへんのか?」

 言われて、ルイズははっとなった。
 ピンクブロンドの髪は陽に炙られて、熱を帯びていた。頭上を仰ぐと、強烈な日差しに、青い筈の“空”が白茶けて見える。
 季節は初夏を過ぎて、夏本番に片足を踏み入れようとしていた。気温は午前中の内にも、三○℃を超える。
 どうしよう――――ルイズは辺りを見回した。河畔だけあって、日陰はどこにも見当たらない。
 と、桃色の髪が柔らかく弾む。
 頭の上に、野球帽が乗せられていた。

「貸しとく」
「え……で、でも……」
「暑さには慣れとる。それに、なんちゅーの?御主人様守るんが使い魔の仕事やろ」

 戸惑いを見せていたルイズは、結局、その好意を受け取る事にした。
 メイジと使い魔。その関係を、空が明言してくれた事が、嬉しくもあれば、安堵も覚えた。

「そうね。当然よね」

 少し、生意気な口調で言った。
 空の奨めで、ルイズは車椅子に腰掛けた。駆動輪とモーターホイールにはロックが掛かっているから、動き出してしまう心配は無い。
 座席の座り心地は悪く無かった。
 とは言え、空の体格に併せた物だ。ステップが遠い。ルイズは足をプラプラと揺らしながら、釣り竿の先を眺めた。
 穏やかな河に“空”が映り、水面を雲が流れていた。

「それにしても、暑くなったわね。夏もいよいよ本番かしら」
「これから、もっと暑うなるんやろ。バカンスとかあらへんのか?」
「夏季休暇なら、もうすぐよ。フリッグの舞踏会のすぐ後」
「そか……休みの間は、やっぱ実家に帰るんやろ」

 魔法学院は全寮制。家族とは、もう、何ヶ月も顔を合わせていない筈だ。
 ルイズはきっと楽しみにしているだろう。第一、夏休みが楽しみでない学生など、どんな世界にだって居る訳が無い。
 所が、そんな空の予想と裏腹に、ルイズは浮かない顔だった。

「どした?久しぶり、家族と会えるんやで。楽しみやないんか?」
「えっと……実はね。あんたの事、未だ報告してないの」

 いかにも気が重そうな表情に、重い声だった。
 召喚と契約に成功し、進級した事だけは、当然告げたが、使い魔については一語たりとも手紙に書いていない、と言う。

「なんや。そないな事か。品評会にも出た訳やし、お前の親父さん、偉い貴族やろ。とっくに知っとるんと違うの?」
「そうは思うんだけど……」

 人伝で耳に入るのと、直接報告するのでは、大分違う。
 使い魔と同じ部屋で寝起きしています――――さて、“使い魔”を“男”に変換してみよう。
 父が卒倒しかねない。

「大丈夫、大丈夫。心配し過ぎやって。なんなら、次に手紙出す時、一筆添えよか?――――お嬢さんは、初めての男として、大切にしとります、て」

 聞き捨てならない一言だった。顔から火が出そうになった。
 ルイズは慌てて身を乗り出す。

「ななななに言ってんのよっ!あああ、あれは魔法なんだからっ!儀式なんだからっ!ノーカンよ!ノーカン!」
「なんや、自分、物覚え悪いんとちゃう?ほら、姫さんが来よった時――――」
「あああ、あ――――あれもノーカンよ!あれはダメ!ナシ!」
「なして?」

 冷静に聞き返されて、ルイズは益々狼狽した。もとより、しっかりとした論拠が口にした言葉では無い。

「そそそれは――――ええと――――だって――――だって、姫様と一緒だったもの!いきなりだったもの!だからナシ!忘れるの!わかった!?」
「他に人居らへん時で、いきなりやなかったらOK、ちゅう事?」
「なななんでそう言う結論になるのよっ!」

 全く、訳の判らない理屈だった。

「まあまあ。では、これから可愛ええルイズに色々してしまいたいと思うんやけど、宜しおまっかあ?」
「……ダメ」

 ルイズは言った。迷わず、きっぱりと断ったつもりだった。

「なんや、残念」
「何言ってるのよ、もうっ……初めて会った時の事、忘れて無いんだからっ!」
「せやった。ワイ、落ち着いたんやった。すっかり忘れとったわ」

 空は誤魔化す様に笑う。
 相変わらず、自分の事は子供扱いしている様だったが、元来は子供でも構わない質の様でもあった。

「……ケダモノ」
「その科白は言われ慣れとる」

 全く、それはそうだろう。

「あー、もう、本当、心配だわ。お父様やお母様があんたの事知ったら、て思うと……」
「大丈夫や。巧くやれる、て」
「どうして、そう自信満々で居られるのよ」
「ほら。ワイな、この前まで、この国では貴族と平民は仲悪い物やと思っとった。最初の方――――最近、またやけど――――風当たり強かったさかい。せやけど、ボーズ達と、タルブの若い連中、仲良うやっとったやん。あれ見てな」
「お父様とギーシュ達とじゃ違うわよ。それに、あの村の子達と、あんたじゃもっと違うわ」
「どう違う?」
「あの子達は普通の平民。寧ろ、礼儀正しい平民、と言ってもいいわね。で、あんたは、非常識で無礼な平民」
「あー」

 空は納得した。
 そうか、自分が当初、学生達から冷ややかな目で見られていたのは、“平民”だからでは無く“無礼”だから。
 要するに、“貴族をコケにする平民”と見られていたのだろう。

「あんた、その年だからまだよかったけど、同年代だったら、もっと大変な事になってたわよ」
「なるほど。そう言う事かい。ルイズも最初はおっかなかったしな」
「それは……しょうがないじゃない」

 拗ねた様に、唇を尖らせる。

「ああ。コッパゲから聞いたわ。本来、さもんさーう゛ぁんと言うんは、ハルケギニアの生き物召喚する魔法や、て」
「そう。だから、最初話した時は、異民族かとも考えたけど、後でその事、思い出してね」

 そうなると、猛然、腹が立って来た。
 ハルケギニアの平民なら、貴族に敬意を払い、服従するべきだ。
 所がこの男は、散々無礼な態度をとったばかりか、“異世界から来た”などと言う愚にも付かぬ嘘を吐いて服従を拒否した。
 あまつさえ、神聖なる契約の儀式に条件まで付けて来たのだ。
 全く、冗談では無い。

「そう考えると、エラい話やわ。よくワイを始末して、新しい使い魔召喚しよう、てせんかったなあ」
「コントラクト・サーヴァントは神聖な儀式だもの。それに、一度契約した以上、ヴァリエールの一門に従属する人間なんだから」

 扶養は勿論、ヴァリエール家の従者として恥ずかしく無い様、躾を与え、まともに生きて行けるようにするのは自分の義務。ルイズはそう考えた。

「ルイズはええ奴やな」

 素直にそう思った。
 理屈ではルイズの言う通りだ。だが、人間は理屈で生きてはいない。
 気が短かったり、性酷薄な人間であれば、間違いなく自分を抹殺しようとした事だろう。
 そう言えば、他の使い魔達は主人とどんな関係を築いているのだろう。主人がルイズの様な人間であれば、どう捉えるのだろう。
 ふ、と考えて、空は馬鹿馬鹿しくなった。人間様が獣の考えを参考にしようなどと、お話にもならない。自分が獣並だと言う様な物だ。

「躾は巧くいかなかったけどね」
「はは。悪い」
「いいのよ。あんたはそれで馴染んじゃったんだから。それでいいんだわ」

 ルイズはふ、と表情を弛めた。諦観の境地だが、不愉快ではなかった。

「ま、せやったら、ワイは余計な真似せえへん方がええな」
「そうね」

 異世界から来た――――今では、ルイズもそれを信じている。空の様な人格は、ハルケギニアの文明下では決して生まれ得ない物だと判る。
 そして、物証であるエアトレックと“玉璽〈レガリア〉”……。

「しっかし、そうなると……ルイズが帰省してる間、ワイ、何してよ」
「何言ってるのよ。あんたも一緒に帰るのよ」

 使い魔はメイジと共に在る物だ。それを学院に置いて来ました、などと言える訳が無い。
 ルイズは溜息を漏らす。

「心配なんは、ワイの事だけや無いやろ」

 その様子に、空は言った。

「うん……」

 未だ、どんな系統魔法も、コモンマジックさえも使えない。その事ならいい。
 決して開き直った訳でも、自尊心が鈍磨した訳でも無いが、追求される事には或る意味慣れている。最近は両親も諦め顔だ。
 それよりも、系統魔法に見切りを付けた事の方が、圧倒的に言い難い。
 “爆風の道〈ブラスト・ロード〉”などと言っても、伝統あるヴァリエール公爵家の人間が納得する可能性は皆無だ。

「爆発がコントロール出来る様になった事見せれば、多少は認めてくれるんと違うか?凝集爆発に匹敵する殺傷力なんぞ、キュルケでさえ出せへん訳やし」
「使い物になればいい、て言う訳じゃ無いわよ。体面が有るわ」

 それに――――ルイズは続ける。
 得意の系統を唱える時は、体の中に“何か”が循環し、リズムを作る。それが最高潮に達した時、魔法は完成する――――姉の言葉だ。
 どんな魔法を唱えても、ぎこちなさだけを覚える。そんな状態こそ脱したものの、自分は未だ、そんな感覚を味わった事は無い。

「自分にはどんな才能も無い……そんな風に思ってた。今も、自信が持ち切れないの。だから、家族にも言い難いんだわ」
「その辺の感覚とやらは、どうでもええんでないか?四つしか系統が無い以上や。才能なんて、誰しも持っとる物、違うで」

 例えば、キュルケ、タバサに大きく水を空けられた形のレイナール、マリコルヌはどんな気分でいるだろう。

「ルイズかて出来る事が有る。それで十分やろ」
「そうかしら?」
「せや。頑張って来たんやろ。それ見せたればええんや。そんでも一切合切認めへん、言う親やったらな、そん時はワイが連れて逃げたるさかい。安心しとき」
「え――――?」

 ルイズは硬直した。空の言葉を理解するのに、数秒が必要だった。

「ちょちょちょちょちょちょちょちょ――――」

 ちょっと――――っ!
 舌が縺れた。思わず舌を噛んだ。ルイズは真っ赤な顔で涙を零す。
 今、何と言った?今、何と言った?

「ん?どした?」

 狼狽するルイズと対照的に、空は至って暢気な物だった。

「知っとるやろ。ワイ、逃げ足速いで。本気で走ったら、追いつける奴なんぞ、この国には居らへんわ」

 肩から力が抜けた。
 そうだ。この男はいつもこうだ。
 態とにしろ、無意識にしろ、平気で冗談では済まない事を言い、当人はケロリとしているのだ。

「ま、心配し過ぎんこっちゃ。頑張っとる娘見捨てる親なんて居らへんやろ」

 自分の事も心配要らない。空は、そう続けた。
 元の世界では異国の将官とも付き合いが有った。偉い人の相手は慣れている、と――――。

「そ、そう……そうならいいんだけど――――」
「そう言えば、家族の事、あまり聞いた事あらへんかったな」
「五人家族よ。両親と二人の姉と私と……」
「そこまでは聞いた事有るわ。親父さんどんな人や?」

 ルイズは一人一人、紹介する。
 厳格な父。輪を十重二十重にかけて厳しい母。
 辛辣な長女のエレオノールに、優しい次女カトレア――――

「親父さん大変そうやなあ……」
「なんで?」
「んー……なんか、野球嫌いでアンチ巨人の妻と娘に囲まれた、巨人ファンのおっさんみたいな匂いがするわ」

 いやに具体的な例えだった。但し、日本なら。

「何それ?」

 ルイズは当然、首を傾げた。


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