あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ベルセルク・ゼロ-06


 トリステイン魔法学院の学院長を務める『偉大なる』オールド・オスマンは学務長室に備え付けられえたデスクに肘をついて、ひとつ、大きく欠伸をついた。
 長く伸びた自身の髭を指でいじる。
「ふ~む、退屈じゃのう…何か刺激的なことがおこらんかのう…このまま退屈が続いてはすぐに呆けてしまうわい」
 年齢不詳の(少なくとも百歳は軽く超えていると思われる)御大は再び出てきた欠伸をかみ殺しつつ、そんなことをのたまった。
 そんなオスマンの願いが天に届いたのかは知らないが、学務長室にドアを激しくノックする音が響いた。
 オスマンは髭をいじる手をおろすと居住まいを正し、そこはかとなく偉大なオーラを放ち始めた。
「入りなさい」
 オスマンの許しを得てドアが開かれる。
 そこにいたのはルイズ達のサモン・サーヴァントの監督を務めた教師、コルベールであった。
 何やらひどく慌てているように見える。
 果たして彼は入室するやいなやオスマンの座る机の前まで駆け寄ると、その机の上に一枚の紙を差し出した。
「ミス・ヴァリエールの使い魔が珍しいルーンで召喚されて彼自身はどこかで傭兵でもやっていたかのような出で立ちでそれ自体珍しいんですが彼というのはミス・ヴァリエールの使い魔のことですがその使い魔のルーンが」
「よし、一度深呼吸じゃコルベール君」
「すうう~~~……はぁ~~~………」
「よし、ワンモアトライじゃコルベール君」
「ミス・ヴァリエールの使い魔のルーンが珍しい形をしておりまして―――」
 以下要約。

 ルイズの召喚した男の首筋に刻まれたルーンは今まで見たことが無い物だった。
                 ↓
 図書館でめっちゃ調べたけど該当無し。伝説の『虚無の使い魔』まで調べてみたがやはり該当せず。
                 ↓
 やべ、これ大発見じゃね?

 ということらしい。
 ルーンには様々な形があれど、必ずその使い魔の属性ごとに規則性がある。
 属性―――このハルケギニアのメイジは『火』、『土』、『水』、『風』の四つの属性のどれかに大別される。
 『虚無』という伝説の属性を入れれば五つということになるが―――始祖ブリミル以降その例は無い。
 そしてメイジが召喚する使い魔はその属性が大きく影響される。
 『火』のメイジには『火』の。『水』のメイジには『水』の使い魔が召喚される。
 そしてルーンにはそれぞれに決まった規則性があるのである。
 だが今回ルイズが召喚した使い魔に刻まれたルーンはその基本をまったく無視したものだった。
 コルベールはここに『火』、『土』、『水』、『風』に続く『第五属性』の発見の可能性を見たのである。
 そうすればまさに大発見。これまでの魔法の常識が変わる。組み合わせ如何によって新たな魔法を次々に生み出すことも可能になる。
 興奮し、そう述べるコルベールとは対照的にオスマンは冷静だった。
「アホウ、これは使い魔のルーンでは無い。あまりに形が基本を無視しすぎとる」
 例えばだが、『△』を指差して「これはなんて読むの?」と問うものはいない。
 それは『言語』を熟知している我々は『△』が『言語』とは異なる『図形』であると認識できるからだ(あくまで日本語に限った話である)。
 オスマンはハルケギニアでも屈指の大魔術師である。
 故にコルベールによってスケッチされたガッツの『烙印』が使い魔のルーンとは異なる物だと即座に看破した。

「それで、ヴァリエール嬢の使い魔には他にルーンらしき物は刻まれていなかったのかね?」
「はあ…なにぶんこちらがルーンだと思い込んでおりまして……全身くまなく調べてみたわけではございませんから……」
 すっかり意気消沈したコルベールはがっくりと肩を落としていた。
「そう落ち込むことは無いぞコルベール君。ちょっとこの呪印については今後も継続して調べてみてくれ。何か大きな発見があるかもしれん」
「はあ……はい、わかりました。調べてみます」
 そういってコルベールが烙印のスケッチに手を伸ばした時、再び学務長室のドアがノックされた。
「では私は退室いたします」
「かまわんよ、コルベール君。多分ミス・ロングビルじゃ。面識はあるじゃろう? ワシの秘書を務めてもらっている…あぁいかん、入りたまえ」
 ドアが開き、緑の髪が美しく伸びた理知的な女性がそこにいた。
「おお、やはり君かミス・ロングビル。君にしては多少ノックが乱暴だったように感じたが?」
「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒がいるようです。何人かの教師が止めに入りましたが、ギャラリーの生徒たちが多すぎてにっちもさっちもいかないようで」
「まったく、貴族の坊ちゃま方は血気盛んなことじゃのう。で、誰が暴れておるんだね?」
「一人はギーシュ・ド・グラモン」
「相手は?」
 今度はコルベールが問いかけた。ロングビルがちらりと視線を向ける。
 美しい―――コルベールは素直にそう思った。
「相手はミス・ヴァリエールが召喚した使い魔です」
「なんとまあ」
 オスマンとコルベールは顔を見合わせた。
 噂をすればなんとやら、だ。
「教師たちは決闘を止めるため『眠りの鐘』の使用を求めております」
「たかが生徒の決闘騒ぎに秘宝を使えるか馬鹿モン。決着がつくまで放っときゃええ」
「しかしオールド・オスマン―――」
 そこでロングビルは唇の端を持ち上げ、笑みの形を作ったが―――どう見てもそれは、苦笑い以外の何物でもなかった。
 よく見ればロングビルの頬を汗が伝っている。これも、どう見ても、冷や汗じゃなかろうか?
「早く止めないと―――ギーシュ・ド・グラモンの命が危ういでしょう」
 再び顔を見合わせるオスマンとコルベール。
「そんなに?」
 オスマンが杖を振るうと壁にかけられた大きな鏡にヴェストリ広場の様子が映し出された。



 オオオオオオオオオ―――!!!!!
 歓声と悲鳴でヴェストリ広場はパニックに陥っていた。
 ギャラリーの視線の先には、先程鉄塊を振り回してワルキューレを粉砕したガッツの姿がある。
「ひ…うわ……!」
 ギーシュもその例に漏れずパニックになりながら再び薔薇を振るう。
 次は三体のワルキューレが同時に現れた。
 ワルキューレの突撃に一瞬遅れてガッツが反応する。
 一体目のワルキューレのランスを楽々とかわし―――

 ――――ドゴォンッ!!!!

 轟音と共に、再びワルキューレは二つに分かたれ、宙を舞った。
「シッ!!」
 残りの二体がガッツに突撃するよりも早くドラゴン殺しは切り返され―――
 今度は二体同時に吹き飛ばされた。

 ―――戦場におけるゴーレムの有用性とは何だろうか?
 この問いに対する答えはいくつか挙げることが出来る―――が、相対する相手にとって最も脅威であるのは『死なないこと』である。
 つまりは、人間にはありえないタフネス。
 腕をもがれようが胸を貫かれようが、原型を留めている限りゴーレムは戦闘を継続することができる。

 だがガッツのドラゴン殺しを前に、その長所は長所足りえなくなっていた。
 ガッツのドラゴン殺しの前では人もゴーレムも等しく平等に、一撃で土に還っていく。


 ルイズは目の前の光景に声を失っていた。
(ああ―――あいつ―――ホントに凄い剣士だったんだ)
 目の前でギーシュを圧倒するガッツを何故か直視することが出来ず。
 ルイズは決闘に背を向けて走り出した。
「あ、ルイズ!!」
 パックが走り去るルイズに声をかけた時、すでに彼女の姿はギャラリーの中に埋もれて見えなくなっていた。


 自室に戻ったルイズは再び魔法書に目を通し始めた。
 先程、ドラゴン殺しを振ってみせたガッツを見て、思ったのだ。
 彼はきっと―――どこかの世界で英雄になるべき男だったのだ。
 それを自分の拙い召喚のせいでこちらの世界に引っ張り込んでしまったのだ。
 だから一刻も早く、彼を戻してあげなくちゃ。
(ホントに私ってば……失敗するだけならまだしも、それで周りに迷惑ばかりかけちゃってる……これじゃゼロどころかマイナスだわ。マイナスのルイズだわ私)
 おかしいな。笑ってるのに涙がこぼれてくる。
 いけない、魔法書が汚れちゃう。早く涙をぬぐわなきゃ。
「う、うぅ…ふえぇ~……!!」
 けれども意思とは裏腹に、涙はとめどなくあふれ続けた。


 ヴェストリ広場は驚愕に満ちていた。
 ではガッツの戦いを見る者たちの中で最も驚いていたのは誰なのか?
 ギャラリーの生徒たち?
 ―――違う。
 では先生か?
 ―――違う。
 では、目の前でそれを見せつけられたギーシュ・ド・グラモン?
 それも―――違う。
 はたまた遠見の鏡でこの決闘を様子見るオールド・オスマン、『炎蛇』のコルベール、『今は』ミス・ロングビル?
 もしくは、走り去ったルイズ?
 否。今、この広場で最も信じ難くガッツの戦いを見るもの―――それは、

 他でもない、ガッツ自身である。

(……これはッ!?)
 最初の一撃、ギーシュのワルキューレを一刀で屠ったその時、違和感ははっきりと形を成した。
 大剣が、軽すぎる。
 ガッツは思わず顔に手をやった。
 違う、『鎧』は発動していない。
 左手。そう、左手だ。左手がなにかおかしい。
 ぼんやりと、何か光が左手の義手の甲に浮き出ていた。
 文字―――に見えなくもない。
 脳裏にルイズの顔が浮かんだ。
(まさかこれが―――使い魔のルーンとやらか!?)
 気づけば再び青銅の騎士が三体、迫ってきていた。
 戦闘中に他のことに気をとられるなど愚の骨頂。
 目の前にワルキューレのランスが迫る。多少かすることは覚悟したその一撃も―――気づけば無傷で潜り抜けていた。
 二撃続けて振るい、ワルキューレ三体を六つの鉄くずに変える。
 ギーシュというガキに目をやればその前に再び三体のワルキューレが現れていた。
(キリねえな……)
 とりあえずルーンのことは後回しだ。今はこれを片付ける。
 こういった場合、とる手段はひとつだ。ゴーレムを操る術者を叩く。
 実はギーシュが生成できるゴーレムは7体が限度であり、今居る三体を叩けばもうタネ切れなのだがそんなことガッツは知らない。
 ガッツは初めて攻めに転じた。
 ガッツが近づくとワルキューレはご丁寧に三体横に並んで突進してきた。
 通常の相手ならば、三体のゴーレムによる同時攻撃、それは当然とるべき戦略である。
 だが、ガッツを相手にそれをすることは愚策だった。

 ドラゴン殺しが横になぎ払われる。
 一体目の胴に食い込み、そのまま勢いは衰えず二体目へ。
 剣が三体目に届いた時、すでに分かたれた一体目は大きく回転を始めていた。
 鉄塊が振り切られ―――三体のワルキューレは宙を舞い、土に転がった。
 たった一振りで、三体のワルキューレを粉砕したのだ。
 ギーシュにとって、それは悪夢に等しかった。
 ただの平民だと侮っていた。あんな剣、振れるはずがないと高をくくっていた。
 結果がこれだ。
 無残に転がる、彼を守るはずの勇壮な『戦乙女』。
 無残に転がるその様を、彼は無様だとすら感じた。
 カチカチカチ。
 あごが揺れて歯がかみ合い音を立てている。
 目の前には黒い男が迫っている。
 ギーシュの目には右目だけが輝く黒い影が迫ってくるように見えた。
「あ…はう…う……!」
 恐怖で舌が回らない。「参った」の一言が出てこない。
 いや、たとえ「参った」と言ったとして、この男は止まってくれるのだろうか?
 すでにギャラリーはシンと静まり返っている。
 黒い悪魔がギーシュの命を奪いにやってくる。
 ギーシュは自分が涙を流しているのを自覚した。
 すでに男は目の前に。ギーシュはその巨躯を見上げた。
 男の額に、毬栗が刺さった。
「へ…?」
 思わずギーシュの口から間抜けな声が漏れる。
 男の頭上に、栗の妖精が現れていた。
「はいそこまで!! こんな子供にムキになっちゃいかんよチミィ? 大人げないったらありゃしない」
 ガッツの頭上にむん、と腰をすえてパックは説教にかかった。
 ガッツは額に刺さったままの栗を取る。実はけっこう痛かった。
「お前なあ……」
「ドロピーとかシールケとかに言っちゃうよ? せっかく築き上げた大人のイメージが木っ端微塵になっちゃうよ? 大体こんな見知らぬ土地で早々に敵増やしてどうすんのさ。元の世界に帰るためには友好的になっとくに越したことはないと思うよ?」
 別にイメージなんかはどうでもいい。が、後半は一理ある。
「けっ…あいかわらず、てめえがいるとマジでやんのが馬鹿らしくなってくるぜ」
 ガッツは微かにだが間違いなく笑った。そして目の前で固まったままのギーシュに向き直る。
「どうする? まだやるか?」
 ギーシュはものすごい勢いでブルブルと首を振った。
「と、とんでもない。まいった。まいったよ……!」
 ギーシュのその言葉をきっかけに再びギャラリーから歓声が起こった。
 うるせ、と小さく口に出してガッツはその場を立ち去ろうとし―――思い出したようにギーシュの方に振り返った。
「お前、ミッドランドかクシャーンって国知らねえか?」
「い、いや、すまない。聞いたこともないよ」
「知ってるやつに心当たりは?」
「う、う~ん…この学院の学院長を務めているオールド・オスマンならもしかしたら知ってるかも…? あとは図書館で調べてみるって手もあると思うけど…」
「ありがとよ」
 ガッツは今度こそ広場を去ろうと歩みだしたが―――再びその足が止まった。
 目の前に二人の少女が立ちふさがっていたのである。
 一人は燃えるような赤毛に褐色の肌、魅惑的なそのボディラインを隠そうともしていない。
 一人は水面のような青髪に透き通るような白い肌、その体はまだまだ未成熟であるようだ。
 ひどく対照的な二人だった。青髪の方は野外だというのに本を読んでいる。
「キュルケにタバサじゃないか。何の用だい?」
「ちょっとそちらのお兄さんにご挨拶に」
「付き添い」
 赤毛の女がガッツに歩み寄ってくる。
 香水の匂いが漂ってきた。
「こんにちはルイズの使い魔の…妖精を連れたお兄さん」
 ずいぶんと親しげに話しかけてくる。
 だがこれ以上面倒ごとはごめんだ。ガッツは無視して傍を通り過ぎた。
「あらずいぶんな態度じゃない。一応私はあなたの恩人にあたるんだけど?」
 その言葉にガッツの足が止まる。
「どういう意味だ?」
「もしかしてルイズから聞いてないのかしら? まったくルイズったら礼儀も義理もゼロなのね。召喚の時に気絶したあなたをここまで運んだのは私なのよ」
「そりゃあすまなかったな。ありがとよ。で、用はそれだけか?」
「せっかちなのね。でもそこがまた素敵。今日はね、あなたに挨拶をしにきたの。どうやら私、あなたに燃え上がっちゃったみたいだから」
 その言葉で察したのか、ギーシュはやれやれと首を振った。
 ガッツはまだ理解出来ていないようだった。
「私はキュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプトー」
 長い。ガッツは覚える気すら起きなかった。
「二つ名は『微熱』。『微熱』のキュルケ。これからよろしくね…ええと…」
「ガッツだ」
「素敵な名前。よろしく、ガッツ」
 そう言ってキュルケは右手を差し出した。
 差し出されたものを拒否するもの何だし、ガッツはその手を握った。
「すごいわ…本当に頼りがいのありそうな手。ギーシュとの決闘は見させてもらったわ、ガッツ。体の方はもうすっかり大丈夫みたいね。ルイズのお財布もゼロになった甲斐はあったってことかしら?」
 キュルケは自分のジョークがお気に召したのかくすくすと笑っている。
「ちょっと待て。金が無くなったってのはどういうことだ?」
「あなたは」
 今度は青髪の少女が口を開いた。ただ、本から目は切っていない。
 確か―――タバサといったか。
「召喚されたとき、立っていられたのが不思議なほどの重傷だった。それをルイズが水の秘薬を買って治療を施した」
「ちょっと待て、秘薬? 魔法で治したんじゃないのか?」
「魔法はそんなに万能じゃない。治療には秘薬が必要」
「秘薬ってのは―――」
「高価」
 まいった―――どうやら自分は随分とルイズに対し借りを作ってしまっていたらしい。
 ガッツはポリポリと頭を掻いた。
 いつになく饒舌に喋るタバサにキュルケは驚いていた。
(この子が自分からこんなに喋るなんて―――なにかガッツに感じるものがあったのかしら?)
 そのやり取りを終え、ガッツはようやくヴェストリ広場を後にした。

 ガッツは考える。
 左手にルーンとやらが輝いたとき、おそらく、自分の身体能力は上がっていた。
 もちろん、『鎧』を発動させたときほどの上昇はみられなかったが―――そう、『鎧』だ。
 この力と『鎧』の力を併用したらどうなるのか?
 もし、この力を『あちらの世界』に持ち帰ることが出来たなら。
 もしかすると―――『あいつ』に届くことが出来るかもしれない。


 決闘の顛末を見届けたオスマンとコルベールは共にう~むと唸った。
「圧倒的じゃったなコルベール君」
「圧倒的でしたオールド・オスマン。それに…」
 なおも続けようとしたコルベールを手で制し、オスマンはロングビルを見やった。
 それだけでロングビルは雇い主の意図を汲み、頭を下げると退室した。
 秘書の有能ぶりに満足しつつ、オスマンはコルベールに向き直る。
「君も気づいたかね? コルベール君」
「はい、彼の左手…黒い義手でありましたが、決闘の間、確かにルーンが輝いておりました」
「うむ、どうやらヴァリエール嬢はコントラクト・サーヴァントを無事成功させていたようじゃな」
「それに、あのルーンの形……」
「む?」
 コルベールのメガネがきらりと光った。
「私の記憶に間違いがなければ……あれは伝説の『ガンダールヴ』のルーンですぞ!」
「やはり、そうではないかとは思っていたが……であるならばヴァリエール嬢は『虚無』の担い手であるという可能性もある」
「しかし彼女は魔法を使えません」
「『虚無』を扱う授業などやっとらんからな。まあ…あくまで可能性の話じゃ。この件は他言無用に頼むぞコルベール君」
「心得ております、オールド・オスマン」
 退室しようとしたコルベールの背中に、オスマンはもう一度声をかけた。
「コルベール君。彼の首筋に刻まれた呪印の調査もよろしく頼むぞ」
 コルベールは頷くと、ゆっくりとドアを閉め、退室した。
 一人部屋に残されたオールド・オスマンは深く、椅子に腰掛け、その背もたれに身を預けた。
 ―――あの呪印、どこかで見たことがあるような
 何故だろう。あの使い魔の青年を見ていると脳のどこかがちりちりと焼けるような感覚がする。
 鉄塊を振るう、烙印を刻まれた、黒い剣士。
 何か――どこかで――――
 思案するも、答えは出ない。
「とにかく、退屈はしなさそうじゃの」
 オスマンは満足げに呟くと、再び自身の髭をいじり始めた。



 ガッツがルイズの部屋を訪れたのは日がとっぷりと暮れてからだった。
 ガッツが再びルイズの部屋を訪れたのは決闘の後、半日に渡り思案した結果を伝えるためだった。
 ルイズは眠っていた。
 ベッドではなく、机に突っ伏している。
「また机で寝てる…無理しすぎだよまったく」
 パックは心配そうに呟いた。ちなみにパックはガッツの腰につけられたバッグの中にいる。
 ガッツはルイズに近づいた。ルイズはすやすやと寝息を立てて、こちらに気づく様子はない。
 よく見れば目の周りが腫れぼったい。どうやら泣いていたようだ。
「…ごめんなさい……」
 寝言だろうか、ルイズの口からそんな言葉が漏れた。
 ガッツは肩にかけようとしていた手を止め、やれやれ…とため息をついた。

「ん…」
 目をあける。どうやらまた机で寝てしまっていたようだ。
 どれだけ不眠不休で魔法書を読み込もうとしても、どうしても睡魔に抗えない。
 ルイズは思いについてこない自分の体を不甲斐なく感じた。
(でも寝るときはちゃんとベッドに入るようにしないと風邪ひいちゃうわ…)
 起きて気づいたが今日はけっこう冷え込むようだ。
 ぶるっと身震いしてルイズは肩にかけられた黒いマントを引き寄せた。
 ―――黒いマント?
 はっとして自分の肩を見る。見覚えのあるマントがかけられていた。
 黒く、大きなそのマントは―――そこでルイズはようやく気配を感じて振り返る。
 初めてこの部屋で話したときのように、ガッツは壁に背を預けて立っていた。
「起きたならマントを返しな」
 ガッツの言葉に慌ててルイズは肩にかけられていたマントを取るとガッツに差し出した。
 ガッツは無言でそれを受け取り、身につけていく。
(起きるの……待っててくれたのかな……?)
 どうしたんだろう。ガッツが自分に優しくしてくれるなんて。
 ガッツは自分を憎んでいるとばっかり思っていたのに。
 正直、ちょっと嬉しかった、かも、しれない。

 ―――なんて思っているとガッツがドラゴン殺しを構えていた。

「なによーーーーッ!!? なんなのよぉ!? 優しくしたり、突き落としたりぃ~~!!」
「落ち着け。俺の左手を見ろ」
「え?」
 言われて剣を構えるガッツに近寄り、左手を見る。
 初めて見たときと同じ、鉄の義手―――その甲に、ルーンが浮かび出ていた。
「これって…!?」
「剣を握ると出てくるみたいでな、これがお前の言っていた使い魔のルーンとやらか?」
「うん…多分、そうだと思う…けど……」
 ルイズは複雑な気持ちだった。
 コントラクト・サーヴァントが成功していたというのは素直に嬉しい。
 でも、それでこれ幸いとガッツに使い魔の役を押し付けるような気はもう起こらなかった。
「もう一つ、このルーンが出てる間はどうやら体が軽くなるらしい。それも使い魔になった特典なのか?」
「う…ん…人間を使い魔にした例がないからよくわからないけど、使い魔に何か特殊な力が付与されるっていうのは、うん…あると思う」
 ガッツはルイズの答えを聞くと剣を背中にしまった。
 左手のルーンが輝きを失う。
「最後だ。主人が死ねば使い魔ってのは解約されちまうのか?」
 この質問にはルイズも背筋が凍った。
 もももも、もしかしてわたし、ころされる? ころされちゃうの?
「ま、まってまって! 確かにそうだけど!! もう少し待って! 私も頑張ってあなたが帰れる方法探すから、だから!!」
 慌てふためくルイズをよそに、ガッツは今の答えを得て、腹を決めていた。
 続くガッツの言葉はルイズのまったく予想外のものであった。

「いいぜ。帰るまでの間、お前の使い魔とやらをやってやる」

 ガッツの言葉にルイズは完全に動きを止めた。
 大きな瞳をくりんとさせてガッツを見つめる。

「ホント?」
「ああ」
「ホントにホント?」
「…ああ」
「ほんとにほんとにほんと?」
「……しつけえぞ」

 なおも信じられず口をぽかんとあけるルイズにガッツはにやりと笑いかけた。
 そして皮肉をたっぷりと込めて―――

「よろしく頼むぜ、『ご主人様』」

 ―――そう言い放った。


 こうしてガッツの、ハルケギニアでの使い魔生活が始まった。


 当面の問題は―――
「俺はこの部屋でお前と一緒に住むのか?」
「え、あ、あのあの、そ、そうなるんだけど……」
(ガッツの眠るとこどうしよう!? 床―――なんて言えるわけないじゃない! じゃ、じゃあ、え、ベ、ベッド!? で、でもでもベッドは一つしかないし、え、じゃあ一緒に!? む、無理よ無理、無理無理無理!!)
 ガッツを相手に男を意識するなというのが無理な話だ。
 ルイズの思考はガッツを置いてどんどんぶっ飛んでいった。
 顔を真っ赤に火照らせて「で、でもしょうがないじゃない! それしかないんだもの!」とかなんとかぶつぶつ言ってるルイズを尻目にガッツはさっさと床に座り、壁に背を預けた。
「問題ないんならここで寝させてもらうぜ」
 どっちみち夜は眠れない。ならばどこであろうと変わりはない。
 ガッツは静かに目を閉じた。
 一人取り残されたルイズは顔を赤く火照らせたままベッドに飛び込んだ。
(あ…ッ!?)
 そこでルイズはとんでもないことに気づく。
 わたし、制服のままじゃないの。
 着替え、どうしよう?
 ルイズはガッツが目を瞑って眠っているのを確認しながら(実際ガッツは眠っていないのだが)、出来るだけ音を立てぬようにコソコソとネグリジェに着替え始めた。
 ルイズは着替えている最中も、何度も何度もガッツの様子を確認するのであった。
 ちなみにパックはガッツのバッグの中でベッチィーを抱きしめてとっくに眠っていた。

   ※ ベッチィー=「ベヘリット」

 もそもそとルイズが動いているのを感じながら、ガッツは仲間たちの事に思いを馳せていた。
(すまねえシールケ、セルピコ、ファルネーゼ、イシドロ。しばらくの間、キャスカを頼んだぜ)
 ―――この力は必ず持ち帰る。
 ガッツは自身の左手、鉄の義手の甲を見つめた。
 ガッツに応えるように、ルーンが淡く輝いたような気がした。
 ―――もうひとつ、ガッツには気になることがあった。
 召喚される前、ガッツの世界は確かに夕方、日暮れ前の時間帯だった。
 だが、召喚されたその時、この世界は真昼間だったように思える。
 その違いが、少し気になった。


新着情報

取得中です。