あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

凶鳥

 「くそ、くそ、くそくそ!」
 森をかけながら、セレスタンは何度も叫んだ。
 荒い息の中、幾度も後ろを振り返る。
 何故だ、何故こんな目に。
 右の手首が、ひどく寒かった。
 おかしなものだ。
 もう、そこには何もないのに。
 無残に手首から先を失った右腕を見て、セレスタンは思わず笑いそうになった。
 血が噴き出ている。
 急いで治療をしなければ、ならないが――そんな余裕はなかった。
 逃げなければ。 
 あいつが、くる。
 右手をも、あいつに奪われたのだ。
 「くそう……!!」
 セレスタンは恐怖の中で叫ぶ。
 何なんだ、何なんだよ、あいつは。
 このような目にあうなど、ほんの二、三日前までは、想像さえしなかった。
 その時は、自分はまだ騎士のはしくれだった。
 ただし、日の目を見ない汚れ仕事専門の、だったが。
 北花壇騎士団。
 表に出ることのない非公開組織の騎士団である。
 そこに所属していたセレスタンは、他の騎士団と揉めたことが原因で今日解雇された。
 もともとそこでの仕事や立場に思い入れがあったわけではないセレスタンは、傭兵でもやっていこうかと、城を出たのだが――
 出てからしばらくもしないうちに、襲われた。
 正体は、わからない。
 敵の姿はおろか、その位置さえもわからなかったのだ。
 気がついた時には、杖を持った手首が地面に転がっていた。
 一体いつやられたのか、まるでわからなかった。
 ただ、びゅうと風の音が聞こえたような気がしただけだった。
 風の魔法?
 あわてて左手で杖を拾おうとした途端、杖が砕けた。
 ほぼ同時に、右の耳が落ちた。
 悲鳴を上げようとした途端、何かが全身を打った。
 打たれた箇所全てから、血が噴き出す。
 それでも、セレスタンは死ななかった。
 当たり前だ、全て急所をはずされていたのだから。
 だがそれがわかった時、セレスタンは震え上がった。
 ただ打ちまくっただけではない。
 全て、致命傷にならないように急所をはずして打ってきたのだ。
 そこで、相手の姿は見えないが、意図はハッキリと理解できた。
 なぶり殺しにするつもりだ。
 気がついた時には、セレスタンは逃げ出していた。
 裏の仕事で培ってきた技術も、自信も、全て流れ去っていた。
 死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
 頭にあるのはそればかりだった。
 再び振り向いた時、セレスタンはふわりと浮きが上がった。
 魔法を使ったのではない。
 何者が、セレスタンの首をつかみ、軽々と持ちあげたのだ。
 この時セレスタンはようやく、追跡者の顔を見ることができた。
 途端、その瞳が驚愕に歪む。
 それを見て、そいつはにぃと笑った。
 何かを叫ぼうとしたが、声の代わりに出たのは、ごぼごぼという嫌な音と、血の塊だけだった。

 数分後、リュティスの路上で、傭兵らしき一人男の死体がさらされていた。
 一体誰がいつ、そんなものを投げ捨てたのかは、わからない。
 男は、まるで巨大な猛禽類にでも襲われたかのように、全身を引き裂かれていた。
 その死に顔は、凄まじいまでの恐怖で歪んでいた。

 ああ、またこの不快な時がきた。
 シャルロット――タバサは内心深く深く嘆息した。
 できることなら、さっさとこの場から逃げ出し、使い魔のシルフィードに乗って飛んでいってしまいたい。
 しかし、それはかなわないことだ。
 プチ・トロワの一角。
 清潔な造りのその部屋には、白いテーブルの上に良い香りのするお茶とお菓子が並んでいた。
 タバサは席に座り、身動き一つせずにいた。
 その後ろでは控えのメイドたちが居心地わるげに、あるいは心配そうな目で彼女を見ている。
 しばらくしてから、その部屋に一人の少女が入ってきた。
 その瞬間、ほんのわずかだがタバサの瞳に険しいものが宿る。
 「お待たせ、シャルロット」
 少女はタバサを見て、微笑した。
 大きく派手な王冠と、体のラインが見えにくい青いドレス。
 イザベラ。
 今現在のガリアの王女。
 タバサ――シャルロットにとっては従妹であり、父を奪い、母の壊した憎むべき男の娘。
 「どう、調子は?」
 席についたイザベラはにこやかに話しかける。
 「――」
 タバサは応えない。
 しかしイザベラは気にするでもなく、話し続ける。
 あの貴族がどうだとか、最近はやりの服はどうだとか、誰と誰が怪しいだとか、年頃の少女がするような、たわいのないの話題。
 それら全てをタバサは無視する。
 カップに注がれたお茶にも、お菓子にもまったく手をつけない。
 イザベラもまるで気にした様子はなく、一人で話して一人で笑ったりむくれたりしている。
 それはまるで、人形に話しかける幼い子供のようで、一種不気味でさえあった。
 「そういえば――」
 お茶のおかわりをしてから、イザベラは話題を変えた。
 「最近、お母上の調子はどうかしら?」
 その言葉に、かすかにタバサの眉が動く。
 「相変わらず、心を壊されたままなのね――?」
 「――」
 「お気の毒ね、あなたも」
 イザベラはタバサを見ながら、ふうとため息を吐く。
 「私としても、何とかしてはあげたいんだけれど……。下手なことをしたら、私が父上に殺されてしまうのよねえ」
 「――」
 「あなたも知ってるでしょうけど、父上は邪魔になれば実の娘だってあっさり殺す怖い人なのよ」
 「――」
 「まあ、仮にそうでないとしても、あなたのお母様が正気に戻ったら、戻ったで、私の命が危ないのは変わりないんだけれどねえ」
 イザベラはお菓子を一つ摘んでから、天井を見上げる。
 「――」
 「叔母様が正気に戻ったとして、それでメデタシメダタシ……ってわけにはいかないでしょ? ほら、私も父上も嫌われ者じゃない? おまけに、父上は魔法の使えない無能だし、私も似たようなもんだしー」
 これでもけっこー辛いのよねえ、とイザベラは首を振る。
 「叔母様が直ったら、それいけー!ってなもんで、あなたを立てて私ら親子をやっつけようって人たちがわんさかいるのは確実だしさ。いや、直らなくってもそういう人はいっぱいいるわけだし」
 「――」
 「ほんでまあ、反乱とかが起こって父上が殺されたら……ま、それは自業自得としてもよ? 私がどうなるか、わかる? これよ、これ」
 と、イザベラが手首で自分の首をはねる動作をしてみせた。
 「仮に命は助かったとしても、簒奪者の娘ってことで、石投げられて国を追われるのが関の山じゃない?」
 「――」
 「たとえ、あなたや叔母様がそんな気なくっても、周りがそれを熱望してたら、無視できるかしら?」
 「――」
 「無視しても、周りが勝手に暴走したら?」
 「――」
 「そうなったら、こっちは悲惨だわ。いざとなれば、味方なんかほぼゼロだろうし……人徳のあった叔父様の娘で、かつ魔法でも天才があなたがお姫様、いえ、女王様になってほしいってのは、貴族だけじゃなく、平民だって多く望んでいるんだから」
 あー、つらいつらい、とイザベラは首を振る。
 「簒奪者はつらいわ」
 と、そこでイザベラは自嘲的に笑ってみせる。
 何とも言えない、底冷えのする笑みであった。
 「時々ねえ、思うわけよ」
 イザベラは笑みを浮かべ、タバサを見つめる。
 「いっそさあ……。いっそ、王女なんかやめて、どっか遠くにいきたいなあって……というか、むしろ――」
 イザベラはくくく、と獣がうなるような笑い声をあげる。
 「むしろさあ――この国の貴族も、平民も、みーんな死んじゃえって思ったりするわけよ? ちょっとやばいかしらねー。いやー、やばいわね、こりゃ実際」
 からからと笑ったかと思うと、ぴたりとそれが止まる。
 「みんな、私をいらないんだ。だからみんな死んじゃえ」
 感情のこもらない、人形のような顔つきでイザベラは言った。
 タバサは一瞬、部屋の空気が全て凍てついたような、そんな錯覚を覚えた。
 「私がいてもいなくても誰も同じなんだ。何も変わらない。だからみんな死んじゃえ」
 「――」
 タバサは無表情を保っているが、メイドたちはみんな顔面蒼白になっていた。
 耐え難い空気が、イザベラを中心に広がっていくようだった。
 「むしろいないほうがいいんだ。だから、私も死んじゃえ」
 感情のまるで見えない目が、タバサを見つめる。
 しばらく、不気味な見つめあいが続く。
 「なーんてねえ? 冗談よ、じょーだん。びっくりしたあ?」
 イザベラはおどけた表情となり、きゃははと笑う。
 「――」
 「……でもねえ、私はまだしも、父上は似たような気持ちを何度も味わったはずよ。下手をすれば、それ以上にハードなね」
 「――」
 「ねえ、シャルロット? 父上が……憎い?」
 イザベラは何気ない声で、そうたずねた。
 「……」
 「聞くまでもないか……」
 イザベラは無表情なタバサを見て、苦笑する。
 でもね――と、イザベラは続ける。
 「叔父様が、あなたのお父上が悪いとは言わない。でもね……ことの原因は、叔父様にも一因があるのよ」
 「――!」
 タバサはキッとしてイザベラを睨んだ。
 「あなたのお父上は、天才だった。幼い頃から優れたメイジだった。周りからの信望も厚く、多くの人間が玉座の座ることを望んでいた……」
 「――」
 「それに対して、私の父は王族でありながら魔法をまったく使えない無能者だった。そんなに人間がどんな評価を受け、どんな風に見られ、どんな風に呼ばれるか、聞くまでもないわよねえ?」
 イザベラはカップを取り、お茶の香りをかいだ。
 「有能で人望厚い弟と比較されて、蔑まれる続ける毎日。生き地獄とはこのことでしょうね……」
 「――」
 「でもねえ、言っちゃあ悪いけれど、これで叔父様が父上を見下したり、バカにしてたら、まだ良かったのよ」
 イザベラはカップを置いて、
 「でも、叔父様は優しい人だった。人を思いやる気持ちもあった。だから、父上を何度も励ました……そう聞いているわ。けれど、そんなものがどれだけ救いになったのかしら?」
 その時、イザベラは初めて悪意らしきものをみせた。
 「叔父様はそんなつもりは微塵もなかったでしょうよ。でも、結果としてさらにお父様は引き立て役になったのよ、叔父様のね」
 「――」
 タバサはイザベラの顔から視線をそらし、その手元を見た。
 白い手袋が見えた。
 イザベラは常に手袋をしていて、まず人に素手を見せようとはしない。
 理由は良くわからない。
 「叔父様は、聡明なかたであったようだけど、決定的に欠けているものがあった。何か、わかる?」
 「――」
 「それはねえ、悪意よ」
 悪意、とイザベラは繰り返す。
 「怒り、憎しみ、嫉妬。そういったものが、叔父様にはあまりにも足りなかった」
 「――」
 「無理もないわね。王族として生まれ、魔法の才能にも恵まれ、多くの人から、慕われ、愛される――」
 「――」
 「それが当たり前の生活を送ってたのだから……。そんな人間に、蔑まれ、見下される続ける人間の気持ちを、理解できると思う?」
 小さな子供に尋ねるように、イザベラは言った。
 「わかるわけがないわ。わかるというなら、それはとんでもない思い上がり。そして、その無垢な優しさや純真さが、父上をさらに歪ませたのよ――」
 がたん!
 たまりかねて、タバサを立ち上がった。
 ひい、とメイドたちから悲鳴を上げる。
 「どしたの?」
 「次の任務を――」
 「ああ、それね……。別にそんなにあせらなくてもいいわよ? 特に急ぐわけでもないしね。せっかく帰ってきたんだし、二、三日ゆっくり……」
 「次の任務を」
 タバサは鋭い声で繰り返す。
 「わかったわよ……せっかちね」
 イザベラは肩をすくめ、今回の任務について語り出した。

 「相変わらず、あそこは嫌なのね……」
 空を飛びながら、シルフィードはかすかにプチ・トロワを振り返り、身を震わせた。
 「お姉さま、あそこ、すっごく不気味で怖いのね、お姉さまも近づかないほうがいいのね?」
 「わかってる」
 同感だとばかりに、タバサは使い魔である愛竜の上でうなずいた。
 「シルフィにはわかるのね。あそこには、ものすごく強くて、ものすごく怖いのがいるのね! きっととんでもない怪物なのね!」
 青い韻竜の言葉には、強い恐怖の念がこもっている。
 「……」
 「だから、お姉さまも近づかないでー!」
 タバサとて、できればそうしたい。
 いく度にあの従妹の『お茶会』につき合わされるのだから、憂鬱極まりない。
 あれなら、ガーゴイルと罵られるか、腐った生卵でもぶつけられるほうがまだましだ。
 イザベラ。
 妙な少女であった。
 あまり人前に姿を見せず、たまに見せてもすぐにどこかにいってしまう。
 それ以外ではベッドの上に寝転がっているかだ。
 時には王族としての公務の場さえさぼることがあるようだ。
 さらに、素肌を見せることを極端に嫌がり、着替えなどでも絶対にメイドなどには手伝わせない。
 それは手にも及び、いつも手袋をつけてはずさない。
 いつもどこに隠れて、何をしているのか。
 少しばかり調べてみてが、皆目わからなかった。
 部屋に引きこもっているのかとも思ったが、それにしても何か変だった。
 宮殿でも、イザベラはどちらかというと疎まれている。
 ヒステリーを起こすとか、傲慢だとか、そういうわけではない。
 物腰そのものは、どちらかといえば柔らかである。
 しかし、その反面、ひどくやさぐれていて、嫌なことを笑顔で言ってくれる。
 「どーせ私のこと、死ねとか思ってるんでしょ?」
 「無能王の娘は、やっぱり無能って言いたいわけ? ま、事実そうだけどね」
 「叔父様の代わりに、父上が死ねばよかったと思ってるんでしょ? わかってるのよねー、こちとらだって」
 そんな台詞がぽんぽん出るのだから、たまったものではない。
 嫌味の言い方がものすごく陰険だ。
 魔法の才能にめぐまれず、すっかりいじけてねじまがった嫌味姫。
 周囲の、イザベラに対する評価はおおむねこんなところだろう。
 けれど、タバサの評価は違う。
 時折、イザベラの顔がひどく仮面じみて見えることがある。
 その態度も、ひどく芝居じみて見えることがある。
 イザベラの態度も言葉も、全て偽り、フェイクではないかと思えることがある。
 そして、その仮面の下には得体の知れない素顔があるような、そんな気持ちにさえなる。
 それにシルフィードの警告。
 もしかすると、シルフィードが脅える城に潜む恐ろしいものは、イザベラの使い魔なのかもしれない。
 イザベラがサモン・サーヴァントを行ったという情報はない。
 だが、気になる情報はある。
 数えられぬ北花壇騎士団員――ロストナンバーズ。
 団長すなわち、イザベラの直属であり、他の騎士からもその存在を隠された騎士、ロストナンバーズが存在する。
 そいつは、裏切り者や使い者にならない騎士を始末することを任務にしているという。
 実在するのかどうかは、本当のところはわからない。
 何しろ北花壇騎士はおのれ以外の団員の顔を知らないのだから。
 だがその噂は、無言の圧力が団全体にかけているようだ。
 裏切り者・離反者は必ず殺すという無言の脅迫が。
 もしかすると、ロストナンバーズというのは、イザベラの使い魔なのではないか。
 少し前に、リュティスで見つかった傭兵の変死体。
 あの死体は、もと北花壇騎士だったものではないか。
 シルフィードの背中で、タバサはそんなことを考える。
 イザベラの顔を思い出し、タバサは身震いした。
 あの女は、嫌いだ。
 今日の『お茶会』でさらに嫌いになった。
 ――お前の父は偽善者だ。
 遠まわしに、そんなことを言われたような気分だった。
 ――お前の父の、薄っぺらな優しさで、私の父は歪んで、壊れてしまった。
 ――さあ、どうしてくれる?
 イザベラの言葉の裏には、そんな意味がこめられているような気がした。

 バッソ・カステルモールは緊張を感じていた。
 全身から嫌な汗が噴き出す。
 暗闇の中、明確な殺意がこちらを見ている。
 だが位置はわからない。
 杖を構えながら、用心深く周囲を見回す。
 血のにおいと鼻についた。
 先ほどまで自分が駆っていた馬。
 今は、首と胴が切り離されて地面に伏している。
 何という不覚。
 カステルモールは自分で自分を呪った。
 オルレアン公の残した姫君――シャルロット。
 彼女へ自らの意思、否、東薔薇騎士団の総意を告げ、別れた直後、いきなり襲撃を受けた。
 人目を避けるための単独行動が仇になったのか。
 だが、それも無意味だった。
 すでに尾行されていたのである。
 いきなり攻撃を受け、馬をやられた。
 追跡者は森の闇に溶けこみ、姿を見せない。
 「出て来い、卑怯者め!」
 無駄であろうと思いつつも、カステルモールは叫んだ。
 と、前面で何が動いた。
 (女?)
 黒いローブに身を包み、フードで顔を隠しているが、どうやら女であるらしい。
 杖を手に持ち、カステルモールを見ている。
 「何者だ」
 問いかけるが、返事はない。
 代わりに、女は杖を突き出す。
 呪文が詠唱され、風の刃が飛んだ。
 カステルモールも呪文を唱え、風の幕でそれを防ぐ。
 幾度魔法の攻防が続いた後、カステルモールは訝しさに首をかしげた。
 このメイジは、てんで大した相手ではない。
 様子見の魔法ゆえに一見互角勝負が続いているが、カステルモールが本気を出せばあっという間にかたがつくだろう。
 それだけなら問題ではない。
 カステルモールはちらりと馬の死体を見る。
 最初に受けたあの攻撃だ。
 この程度のメイジに、あの鋭く恐ろしい風の刃が放てるわけがない。
 と、すれば、第二の敵がいると見てよろしい。
 何故沈黙を続けているのかはわからないが、そいつはどこか近くでこちらを見ているとみていい。
 (こいつは、囮か)
 カステルモールは杖に魔力をこめた。
 エア・ハンマー。
 風の槌が、メイジを吹き飛ばした。
 (これで――!)
 次の敵が動きを見せる。
 しかし、カステルモールの予想に反し、第二の敵はいっこうに現れない。
 どうなっている? そうカステルモールが思ったとき、
 「あー、やめやめ! やっぱ魔法じゃダメだわ」
 さばさばした声が響く。
 と、思うと、吹き飛ばしたメイジがふわりと起き上がった。
 まるで重さを感じさせない動きだった。
 「やっぱり、得意分野でいかしてもらうわ」
 笑みを含んだ声で、女はローブを脱ぎ捨てる。
 「……!!」
 カステルモールは息を呑んだ。
 「バカな……」
 そこに立つ女。
 そいつは、カステルモールにとって打倒すべき敵の一人。
 「イザベラ!!」
 「様をつけろよ、様を」
 にいぃ、とイザベラは凶悪な笑みを浮かべた。
 カステルモールは上から下までイザベラを見る。
 普段の素肌を隠したドレス姿ではなく、動きやすさを重視した軽装だ。
 両手、それに二の腕が露出している。
 腕はカステルモールのそれと比べると細い。
 けれど、そこには引き絞ったように鍛え上げられた筋肉が隆起していた。
 さらにその手……。
 幾度も爪をはがせばこのようになるのではないか。
 人間の手ではない。
 まるで、猛禽類のそれだった。
 これを隠すためか。
 カステルモールはイザベラが人に素肌をさらさない理由を理解した。
 残虐な輝きを帯びた青い瞳が、カステルモールを見ている。
 「私を討ってみるかい、忠誠の騎士」
 イザベラが笑い、一歩踏み出す。
 無意識のうちに、カステルモールは後退していた。
 「逃げるなよ、チャンスだよ。簒奪者の娘を討つ絶好のチャンスじゃないか。ここなら、他に誰もいない。鼻の曲がるような臭い猿芝居をする必要もない」
 サディスティックな声で、イザベラは笑う。
 プチ・トロワでのひねくれ、いじけた態度とはまるで別物。
 いや、むしろ――
 (こっちが本性か)
 同時に、自分の本意を見抜かれていたことに動揺する。
 それを悟られぬため、忠誠を誓うシャルロットに無礼な態度をとってさえいたというのに。
 「いつから気づいて――」
 「最初っから」
 カステルモールの途中でさえぎり、イザベラは鼻で笑う。
 反射的に、カステルモールは魔法を放つ。
 魔力で生み出された電撃がイザベラを襲った。
 イザベラはすっと手を突き出し、それを受け止める。
 閃光が消えた後、イザベラの手のひらからかすかに煙が上がる。
 でも、それだけだった。
 「――で?」
 つまらなそうな顔でイザベラは言う。
 「これで終わり?」
 バカにしたようなその声が、カステルモールから冷静さを奪った。
 頭に血を上らせ、続けざまに攻撃魔法を放つ。
 結果は全て無駄だった。
 ある時はひょいとかわされ、ある時はハエでも追い払うように打ち払われる。
 怒りはやがて驚愕に、驚愕は恐怖に変わっていた。
 「打ち止めかい?」
 知る限りの攻撃魔法を打ち尽くした後、イザベラの青い瞳がカステルモールがせまっていた。
 その瞳を覗いた時、カステルモールは反射的に顔をかばっていた。
 衝撃が腕に走る。
 骨の砕ける感触が、嫌というほど明確に伝わってくる。
 右腕はもう使えない。
 (不覚)
 カステルモールは奥歯を砕けんばかりに噛み締め、イザベラを睨んだ。
 「魔法がチャチすぎるよ。なあ、バッソ」
 青い髪の王女は、酷薄な視線をカステルモールに注いでいる。
 「そんな魔法じゃ、私は獲れないよ」
 「~~~~~!!!」
 「ウサギ狩りに使うような矢が、虎やライオンには通じないようにね」
 認識を誤っていたと、カステルモールは自覚する。
 驚きの中で、自分はこの相手をなめていた。
 所詮は簒奪で王位を得た無能者の娘。
 だから、楽に勝てる相手だと――
 先ほどの、魔法の応酬もそれに拍車をかけていた。
 だから、ああもう無様に片腕を砕かれたのだ。
 左手で杖をつかみ、ゆっくりと間合いを計る。
 イザベラの所作をあますところなく観察する。
 魔法ではない――おそらくは、武術。
 隠し武器でないとすれば、素手に特化した格闘技であろう。
 その動き、体つきからそのように推測する。
 (そうか)
 あの馬を切り裂いたのも、魔法ではなく、武術によるものに違いない。
 だが、人が素手であんな真似ができるのだろうか?
 できるのだろう。
 カステルモールはイザベラの猛禽のような手を見て、冷たい汗を流す。
 恐ろしい。
 カステルモールは改めてそう思う。
 隙を見せれば、イザベラは一瞬で間合いを飛び越え、あの馬のように自分を引き裂くだろう。
 人の速度をはるかに超えた速さで。
 油断してぼやぼや呪文を唱えていれば、あっという間に終わりだ。
 生半な魔法は精神力の浪費に終わる。
 なめてかかるな。否、人と思うな。
 巨大で、獰猛で残忍、狡猾な魔獣と思え。
 カステルモールはおのれに言い聞かせる。
 もう認めよう。
 こいつは、今までであった敵の中で最大最強の相手だ。
 魔法の力で劣る?
 だから、何だ。
 そんなものは、ライオンに対しナイフがフォークが持てないといって優越感に浸るようなものではないか。
 自分の最強の魔法で、討つしかない。
 「本気の、本気か――」
 イザベラの顔から笑みが消えた。
 「なら、こっちも本気だ」
 すう……と息を吸い、吐く。
 「臨技・殺殺爪」
 呪文とも何ともつかない言葉と共に、イザベラの全身から暗い紫に似た光の奔流が走った。
 「アイス・トルネード」
 その時には、カステルモールも詠唱を終えていた。
 無数の氷刃からなる竜巻、いや、疾風の槍がイザベラに向かって放たれた。
 それに応えるように、イザベラは紫の光を放った。 
 それは巨大な猛禽類――鷹へと姿をとり、カステルモールへと襲いかかった。
 風の槍と、紫の鷹が、ぶつかりあった。
 爆発が、森を揺らした。
 (やったか!?)
 土煙が上がる中、カステルモールは杖を握る。
 その前に、青い髪がなびいた。
 「……!?」
 ふわりとイザベラの手がカステルモールの胸に触れる。
 「臨技・疾風砲」
 言葉と共に、ドンと大砲のような音が響いた。
 自分の胸が妙にすーすーとするのを感じながら、カステルモールは崩れ落ちた。
 胸にぽかりと大きな穴をあけて。
 「正直……驚いたよ」
 二度と目を開かなくなったカステルモールを見つめながら、イザベラはつぶやく。
 左腕にいくつもの氷が突き刺さり、しばらくは使えなくなっている。
 「……メイジもバカにしたものじゃないね。いや、私がまだ未熟なだけか」
 しかし、悪くない。
 ぞくぞくとするような悦びがイザベラの中を駆け巡る。
 これを得るために、地獄のような修行を重ねているのだ。
 いや、それが何ほどのものであろうか。
 初めて自然石を割れた時。
 初めて猛犬を素手で殺した時。
 初めて岩を砕けるようにになった時。
 初めてトロール鬼を叩き殺した時。
 初めてメイジをその手で引き裂いた時。
 修行の苦しみが、痛みが、その何百倍もの悦びと変わった。
 そして、これからもその悦びを得るために――

 グラン・トロワの中。
 イザベラは父であるジョゼフの前にかしずいていた。
 「謀反の企みを持つ者を、討ってまいりました」
 イザベラの前には、カステルモールの首が無造作に置かれている。
 「殺したのは、早計ではなかったかな、イザベラよ」
 娘を見下ろしながら、ジョゼフが感情の見えない声で言った。
 「ご安心を」
 イザベラは微笑み、
 「すでに謀反人どもの動きはつかめておりますわ。父上からご命令さえいただければ、いつでも一網打尽にできます」
 「皆殺しにすると?」
 「いつまでも、過去の記憶にとらわれて現状を見ることの出来ぬ馬鹿者です。さっさと死んでくれたほうが綺麗さっぱりです」
 「イザベラのやり方は、血生臭くていけない」
 「これはこれは……。実の弟を謀殺されたかたのお言葉とは思えませんわね?」
 「言葉がすぎるぞ、青鷹よ」
 「………!」
 その言葉に、イザベラは口を閉じ、顔を伏せる。
 ただし、それはジョゼフの口から出たものではなかった。
 王座の背後から現れた亜人のものである。
 「若い血が滾るのは仕方ないとしよう。だが、今は我らの存在を表に出す時ではない」
 異国の装束をまとった、鳥のような亜人であった。
 「はっ……」
 「メイジの多くはその特異な力で増長し、堕落した輩だが――油断はならぬ。お前に傷を負わせたような、剛の者も数多くいよう。それに、虚無の使い手のこともある……」
 「父上以外の者、ですわね?」
 「左様。すでにそれらしき者の情報も入っている。そやつらが小癪なことをせぬとも限らぬのでな――」
 「はい」
 「お前の従妹である、シャルロットという娘、あやつの級友が人間の使い魔を召喚したという話は聞いているな?」
 「それが、伝説の使い魔であるらしいとか」
 「いずれ――そやつと戦うことになるやもしれぬ。青鷹よ、油断なく、技を磨け」
 「ははっ」
 ジョゼフは亜人と娘のやり取りを、他人事のように見ていた。
 もはや、娘の心が自分から離れていることは明白だった。
 自分が召喚した恐るべき使い魔。
 拳法という、未知の武術を操り、メイジの魔法はおろか、エルフの先住魔法さえものともしない。
 というより、メイジもエルフも、その速度にはついていけず、その破壊力に抗することは出来ない。
 さらに面倒なことに、油断のならない狡猾さも身につけていた。
 メイジの魔術など児戯に等しい――そんな傲慢な言葉とは裏腹に、メイジたちを極めて冷静、いや、冷酷に観察し、その能力の把握につとめる。
 メイジの弱点を知り尽くそうというわけだ。
 亜人は使い魔となること当初は鼻で笑っていたが、ジョゼフの狂気を知るや、
 「面白い。憎しみこそが力を生む。貴様の野心に力を貸そうではないか」

 空の拳魔・カタ。
 それが亜人の名だった。
 やがてカタは、娘であるイザベラを弟子とし、自らの操る武術を教えだした。
 臨獣ホーク拳。
 そのような名前であったか。
 「お前の娘は、素晴らしいな」
 幾度となく、カタはそんな言葉を口にする。
 「我も多くの拳士を見てきたが、あれほどの素質を秘めた者は見たことがない」
 「まさに、臨獣拳を極めるために生まれた娘だ。我がこの世界に召喚されたのも、うなずけるというものよ」
 これは、親として喜ぶべきことなのか。
 魔法の才に恵まれなかった娘。
 だが、拳法の才は凄まじいまでのものであった。
 常人なら死、良くても発狂するような過酷な修行を繰り返し、師であるカタの教えを見る間に吸収していく。
 拳を振るうたびに、命を奪うごとに、その力は増大しているようだった。
 ジョゼフは、イザベラの背後に眼をやる。
 騎士らしき姿をした者たちが、控えている。
 イザベラと同じく、カタから教えを受けた臨獣拳使いたち。
 国内外から密かにかき集めた数多の候補者の中で、修行に耐えられた者はイザベラを含め十人そこそこ。
 後はみな、過酷な修行に耐え切れずに死んだ。
 もっとも死しても、彼らはそこで終わりではない。
 道半ばで斃れた者たちは、カタの秘術によって生ける死者・リンリンシーとして蘇生している。
 北花壇騎士団の尖兵として。
 「……伝説の使い魔『ガンダールヴ』。どれほどのものか――」
 詩でも吟じるように、イザベラは言った。
 「とても、楽しみですわ……」
 その瞳はすでに、まだ見ぬ強敵『ガンダールヴ』に、そして、
 「……あの子も、シャルロットも。これから、どれだけ強くなるのかしら?」
 くふふ。
 イザベラは笑う。
 「どんなすごい力を見せてくれるのかしら? 天才と呼ばれた叔父様の娘だもの、これからどんどん強くなってくれるのは間違いないわあ……」
 強敵の存在に、シャルロットは歓喜していた。
 「楽しみよお、シャルロットぉぉ……。すごく待ち遠しいわ、あなたと殺し合える日が…………」
 まるで遠くの恋人に呼びかけるように、イザベラはつぶやく。
 ジョゼフはその時、ひどく娘が――イザベラが羨ましくなってしまった。

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