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零魔娘娘追宝録 11 後編

 そして再び仕切りなおし。また戦場はぐるぐると動き回る。
 ルイズが魔法の先読みの種明かしをしたせいか、ワルドの動きはより慎重になっている。
 ある程度自分の動きを読まれることを前提とし、どう動いても全体を攻めれるようにしたもの。
 しかしそれはどこか硬直的であり、それまでの流れるような動きとは違う。
 静嵐はそこにつけこもうとし、ワルドもまたそれを誘いにしようとしていた。

『来るわよ、セイラン。右前方、ウインドブレイク! デルフを――』
 ルイズの言葉に反応し、静嵐がデルフを掲げようとする。だがその静嵐に迫るものがあった。
「させん!」
 白仮面をつけたワルドが空気の渦を纏った杖で静嵐に斬撃を浴びせる。
 静嵐は咄嗟にそれをデルフリンガーで受け、そのまま弾こうとする。だが、

「ぐっ……!」
 相手の攻撃が重い。ルイズの膂力では受け止めきれない力で押さえつけられる。
 これは魔法ではない。白仮面の手には血の色をした指輪が光る。
『鬼神環か!』
 鬼神環は己の生命力と引き換えに、限界までの力を引き出す宝貝だ。
 ルイズとて静嵐の機能で本来以上の力を発揮してはいるが。ワルドとルイズではもともとの力、文字通りの腕力が違う。
 なんとか全力で相手の剣戟に押し切られぬよう拮抗するが、それは一対多の戦いでは致命的な隙だ。

『デルフを封じられたわ!』
 それがワルドの狙いだ。デルフを使えない状態にさせ、その隙を突いて魔法で攻撃するつもりなのだ。
 空いている右手の武器、静嵐刀は使えるが、それで魔法を防ぐことはできない。
「吹き飛ばされるがいい!」
 白仮面は言い、別のワルドが唱えた魔法。ウインドブレイクがルイズに迫る。だが、
「……なん、のっ!」 

 静嵐は自らの刃でウインドブレイクの魔法を『斬る』。この世のいかなる剣より鋭い武器の宝貝の刃は、
 それが実体を持たぬものであってもその力と速さで叩き斬ることができる。
 二つに分かれた『風』はそのまま静嵐を襲い――すり抜ける。
 そして静嵐は、すっと己の体の力を抜く。
 それまで全力で相手を押し切ろうとしていた白仮面のワルドは肩透かしを食らったようになり、体勢を崩す。

 機を逃さず、ルイズは白仮面のワルドを斬り、
 さらに必殺であったはずのウインドブレイクをすり抜けられ、棒立ちになっていたワルドを斬る。
 二人のワルドがその魔法を維持できず掻き消え、白仮面のワルドが見につけていた鬼神環が宙を舞う。
 それすら逃さず、静嵐は返す刃で鬼神環を破壊した。
 三度、またしても予想外の方法で魔法を防がれたワルドは驚く。

「か、風を受け流したというのか?」「だが、いくら武器のパオペイの切れ味でも完全に魔法の威力を殺すことはできんはず!」
 そう。これが他の武器の宝貝であれば斬った『風』にそのまま飛ばされ、致命傷とはいかなくても傷を受けることは免れない。
 だが静嵐刀は違うのだ。
「これが僕の宝貝としての特製さ。僕は、自分の周りの空気の動きをある程度制御できるんだ」
 それは静嵐と、静嵐とよく似た手法で生み出された三本の刀たちに共通する能力。
 すなわち、ある種の自然現象の一部を微弱に、しかし自由自在に制御できるのだ。
 そして全く都合のいいことに、静嵐が操れるのは『風』。ワルドの得意とする魔法系統であった。

「流石に『風』の魔法そのままを逸らすわけにはいかないけど、ぶった斬って弱めた『風』くらいならなんということはないよ」
 純粋な威力で迫る魔法を受け流すことはできない。しかし、斬ることによってある程度弱められた『風』ならば制御可能だ。
 肩を竦め、得意げに静嵐は言う。
「デルフやルイズに負けていられないからね。静かなる嵐の刀……武器の宝貝、『静嵐刀』の名は伊達じゃないってことさ!」

                  *

 残ったワルドは二人。一人は遍在、一人は魔法を使った本体だ。
 ワルドはごくりと唾を飲み込み、結論づける。
(認めなければならん)(この相手は『最悪』だ……!)
 ワルドは事ここに至り、ある致命的な事実に気がついたのだ。
 彼の敵対しているもの、すなわち『ルイズ』、『デルフリンガー』、そして『静嵐刀』。
 どれもそれほど大した相手ではない。だが、それぞれの持つ役割が厄介だった。

 ルイズが対メイジの知識を持ち、デルフリンガーが対魔法能力を持ち、静嵐刀が達人の技を持つ。
 これが上手く噛みあっている。噛みあいすぎている。

 それがただの対メイジの知識を持った少女であったならば、ワルドは簡単にねじ伏せただろう。
 それがただの魔法を封じる剣であったならば、ワルドは己の卓越した剣技をもって圧倒しただろう。
 それがただの達人の技を持った剣士であったならば、ワルドは魔法でそれを追い詰めるだろう。

 だが、今ワルドの前に立つ敵はそのどれでもあり、そしてどれでもない。
『究められた技』と『有効な道具』、そしてそれらを統べる『高い知識』。
 能力の組み合わせの妙とでも言えるだろうか。それぞれの長所と短所が完全に補われ、一つの強力な『力』となる。
 つまり、静嵐刀とデルフリンガーの二つの剣を持ったルイズは――

            『風』のメイジ、ジャン・ジャック・フランシス・ワルドの天敵であるのだ。

 ワルドの経験則は語る。このままではマズイ、と。
 他の相手ならばいざ知らず、この敵を相手にしていては勝ち目が全くと言っていいほど無い。
 ちらり、とワルドは祭壇を見る。
 祭壇の上では、震影槍にその身を貫かれて血を流すウェールズ皇太子がいる。
 目的の一つは果たした。目的の二つは果たせていない。
 二つの目的、すなわち『ルイズ』と『手紙』だ。

 この二つのうち『ルイズ』はもう手に入らないだろう。彼女が未だ精神的にも幼い子供であることを失念した自分のミスだ。
 それは仕方無いと諦められる。そしてもう一つ、『手紙』だ。
 これは彼の属する組織『レコン・キスタ』にとって優位に働く、トリステインとゲルマニアの同盟を阻止する材料となる。
 だがこれは必須のものではない。もっと他の、搦め手を用いれば十分に達成可能である。
 よって、『手紙』に固執する必要は無い。ウェールズを殺したことで、レコン・キスタへの手土産は十分なのだ。
 もはやここにとどまる必要は無い。だが――

 ワルドは歯軋りする。
「こうまで虚仮にされて…………!」
 杖を振るい、もはや最後の精神力となった精神力を消費し、今果たしうる最大の魔法で奴らを殺す!
「引けると思うかっ!」

                  *

 前方に巨大な空気の渦が巻き起こる。それは先ほどのまでの単発的な『点』の攻撃ではない、逃げ場ない『面』の攻撃だ。
 その魔法、見ただけで何の魔法かは簡単に判別がつく。
 驚きと焦りとともに、ルイズは言う。
「エア・ストーム……!」
 それは『風』のトライアングルスペル。
 巨大な竜巻でもって敵を捻り潰す、攻防両方に優れた『風』の魔法の中でも折り紙つきの攻撃力をもったものの一つだ。

 左手のデルフリンガーが言う。
『かなり強力な呪文だな。俺一本じゃとても吸収しきれないぜ』
 右手の静嵐刀が意思を送る。
『デルフ一本じゃないさ。こっちには』
 そしてルイズは叫ぶ。
「静嵐刀がある!」
 腰だめにデルフリンガー、そして静嵐刀を重ね合わせるように構え、抜き打ちの姿勢を取る。

 ルイズは左手を見る。白く輝く刃、ブリミルを守りし伝説のガンダールヴの剣がある。
「ボロ剣――デルフ」
『おう』

 ルイズは右手を見る。鋼色の刀身、異界の仙人が鍛えし尋常ならざる道具、武器の宝貝がある。
「バカ剣――静嵐」
『何だい?』

 ルイズは笑う。勝ち目なんか全く無いと思っていたワルドを追い詰め、この最大の攻撃すら引き出させて見せた。
 それはかなりの危機であることに変わりはないというのに、ルイズは歌いだしたくなるほどの上機嫌だ。
 少し前までの、悩んでいた自分がバカらしい。
 何を悩む必要があった? 力がどうだのと考える前に、剣一本握って走り出せばよかったのだ!
 ルイズはにやけてしまいそうな自分の表情を抑え、しかし笑みを浮かべ言う。
「何か、何かね――私達って、けっこう『いい』じゃない?」
 左手の剣と右手の刀も笑う。
『だな』『かもね』

「じゃあ、行くわ――!」
 そしてルイズは駆け出す。その様を見たワルドが唸る。
「バカな……! 真正面だと!?」
 真正面。エアストームの渦に向かって全速力で突っ込んでいく!

 実質、狭い屋内での戦いの場においてルイズとワルドの位置は十数メイルしか離れていない。
 そこを駆け抜けるのには一秒もかからないはず。だが妙に、ゆっくりとした感覚でルイズはそれを見ていた。
 エアストームの渦がルイズに触れるその時、まずは跳ね上げるようにデルフリンガーを逆袈裟に振るう。
 輝く刃はエアストームの魔力を吸収しながら渦の中を進み、振りぬかれる。
 だがそれでもエアストームは消滅しない。いかに伝説の剣デルフリンガーといえど、ただの一撃でトライアングルの魔法は消せない。
 しかしその勢いは若干弱まる。そしてルイズにはもう一本の刀、静嵐刀が手にある。
 デルフリンガーを振り抜いた勢いをそのままに、くるりとエアストームの渦に逆らうよう身を回転させ。
 一回転して体勢を立て直し、再びエアストームに向き直り。静嵐刀を渦の中心に刺し入れる。
 静嵐刀は己の周囲の空気の流れを操り。エアストームに「穴」を空ける。
 そしてルイズの身はその穴に突入し――完全にすり抜けた。

 エアストームを抜けた先には二人のワルド。一人は祭壇の上で魔法を放ったもので。
 もう一人はエアストームの影でルイズを迎撃せんとしていたものだ。その顔は驚愕に染まっている。
 ワルドとて、エアストームがルイズたちに通用するとは思っていなかったのだろう。
 こちらがエアストームを大きく回避したその一瞬を突こうとしていたのだ。
 だがルイズはあえてその渦に真っ正面から飛び込み、すり抜けて見せた。それがワルドにとって予想外だったのだ。
 驚き。それは戦いの中では致命的な隙になる。ルイズはデルフリンガーを投擲し、ワルドの胸に突き刺す。
 遍在のワルドはそれだけで消滅。デルフリンガーは金属音を立てて落下する。

 そしてルイズ自身はそのまま、ワルド本体へと駆け寄る。
 最後のワルドにはもはや精神力は残っていない。ただの一発の魔法をも打つことができない。
 あとは悪あがきのように、ただの杖でルイズを打とうとする。
 ルイズの体を操った静嵐は、それを悠々と回避し、自身の刃でワルドを狙う。
 静嵐刀がワルドの左腕を切断し――

                  *

 静嵐刀がワルドの左腕を切断するその刹那。
 切っ先が彼の腕に触れた時、ルイズは静嵐から己の体の制御を取り戻す。
『ルイズ!? 一体何を!』
 突然に体の制御を戻された静嵐は戸惑いの声を上げる。
 ルイズは静かに告げる。
『これが私なりのけじめ。ワルドを斬るのは『静嵐刀の操るルイズ』じゃない、私が私自身の意志で彼を斬る』
 ぞぶり、と肉を切り骨を断つ感触がルイズの身に、ルイズの心に伝わる。
『さようなら、ワルド』
 静嵐刀を振りぬいたルイズは、即座に静嵐へと体の制御を任せ、

                  *

 ――返す刀で静嵐刀は彼の杖を両断する。片腕と杖を失ったワルドにはもはや戦闘能力は残されていない。
 それが、静嵐刀とデルフリンガーを持った『ゼロ』のルイズと、『閃光』のワルドの戦いの終焉であった。
 その結果は言うまでも無く、

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの完全な勝利だった。

                  *

「……!」
 左腕を斬られたワルドは残った片腕で傷口を押さえながら言う。
「今は素直に負けを認めよう。――だが、二度は無いと思え……!」
 怒りに顔を歪ませながら、どこにそんな体力があったか一気に壁際まで跳躍し、壁に空いた穴へと身を投じる。
 追おうにもルイズの体はもう満足には動かない。エアストームを突破した際の衝撃が今になって響いてきたのだ。 
「そして静嵐刀! 貴様は私が必ず破壊する」
 飛来した自らの使い魔、グリフォンに飛び乗り。ワルドは逃亡する。

「逃げた、の……?」
『みたいだね。追撃する余裕はないか。……ひょっとしてまたなんか余計な恨み買っちゃった?』
「かもね。……それよりむしろ問題はここからどうやって逃げ出すか、だけど」
 こうしている貴族派による攻撃開始の時間は迫っている。逃げ出そうにもここは大陸の突端の城。
 空と敵に挟まれた状態だ。船で逃げようにも、すでにイーグル号もマリー・ガラント号も避難民を乗せて出発している。
 当初の予定ではワルドのグリフォンに乗せてもらうつもりであったが、それももはや叶わない。

「攻撃開始までまだ時間はある。だけど……もう逃げ出す余裕は無い、か。ここまで、なの……?」
 もはやこれまで、とルイズが覚悟を決めたその時。
「――諦めるのはまだ早いんじゃないかしら?」
「!?」
 何処からか、若い女の声が響く。この声は――
「キュルケ!」
「はぁい。下から失礼するわね」
 ゴトリ、と礼拝堂の床石を下から持ち上げてキュルケが顔を出す。
「……」
 続いてタバサが無言で顔を出す。土まみれになったのが不快なのか、どこか不機嫌そうだ。

「タバサまで……あんた達どうやって」
「どうやってもこうやっても無いよ。下からここまで穴掘ってきたのさ」
 そして最後に顔を出したのがギーシュだ。
「ギーシュ! ……あんたも居たの?」
 すっかり忘れていた。そう言えば旅に出た当初から着いてきていたのだ。
 ルイズの、失礼と言えば失礼な言葉にギーシュは苦虫を噛み潰したような顔をして言う。
「人をオマケみたいに言わないでくれないか! この僕が居なかったらここまで辿り着けなかったよ」
 その言葉をタバサとキュルケは否定する。
「役に立ったのは貴方じゃなくてこの子」
「そうよね。ヴェルダンデちゃん?」

 そう言ってタバサとキュルケは穴の中で待機しているモグラ――ギーシュの使い魔ヴェルダンデを撫でる。
 なんというモグラだ。学院からの移動に遅れずについてきていたのか? それも早駆けの馬や空を飛ぶ竜に追いついて。
 静嵐やシルフィードなんかより、よっぽどこのモグラのほうが凄いんじゃないかしら? とルイズは慄く。
 痛いところをつかれたギーシュは呻く。
「うぐっ……。そ、そうだ。そんなことよりあの手紙は? ウェールズ皇太子様はどうしたのかね?」
「そ、そうだわ! 王子様!」
 慌ててルイズは祭壇の上に倒れた王子の元に駆け寄る。それを追ってキュルケたちも走る。
 祭壇の上の血塗れの青年を見て、キュルケが驚く。
「この人は、ウェールズ皇太子!?」
「ワルドに……殺されたのよ」
「あの子爵が!?」
 血の池にあるウェールズに物怖じせず、体を検分していたタバサが声を上げる。

「! ……まだ息がある」
「なんですって!」
 ルイズとキュルケもまた、ウェールズを覗き込む。
 その顔はひどい土気色をしていて、とても生気があるようには見えない。
 しかしかろうじて、穴の空いた胸はかすかに上下している。

「急所が微妙に外されているせいね。これはたぶん、故意に外したんだわ。……趣味が悪い」
 暗器の宝貝を用いれば、急所を外すなどということはまずありえない。
 ならばこれはわざと外されたものに違いない。暗器に限らず武器の宝貝ならば人一人生かすも殺すも自在である。
 だがこの傷は違った。傷の位置は即死する急所を外してなお致命傷となる場所であったのだ。
 しかも、槍を抜き取れば出血はさらに拡がるようにされている。
 その意図はおそらく嬲り殺しにするためのものであろう。
 ルイズは何か手は無いかと考える。このままでは以下に高位の水のメイジであろうとも治療は間に合わない。

「血が止まらないわ――そうだ、静嵐! あなたなら体内の血流を制御できるんでしょ!? それで止血できる!」
 武器の宝貝である静嵐は、使用者の体を制御することができる。
 それは何も筋肉や関節の動きだけにとどまらず、呼吸や血流など、
 本来は人間が自分の意思で制御しきれないものも制御することができる。
 であればこそ、メイジ五人を相手にあのように立ち回りも可能なのだ。
 普通の人間であれば、いかに技が優れていようも体の動きがついていかなくなる。
 ルイズはそんな静嵐の能力を利用して、ウェールズの止血をしようと言うのだ。

『ルイズ。だけどもう彼は……』
 ルイズの願いに静嵐は言いよどむ。武器の宝貝である彼には、ウェールズがもはや助かりようもないことが見て取れるのだ。
 だがルイズは聞き入れず、懇願する。
「お願い!」
『……わかったよ。僕を彼に握らせて』
 彼女の願いに折れる形で、静嵐は了承した。

 ルイズは静嵐を手放し、ウェールズの指を開き刀を握らせる。
 意識も朦朧としているウェールズは静嵐の制御に対して抵抗もできない。
 静嵐はウェールズの体の血流を支配し、出血を留めて鼓動を制御する。
「……ミス・ヴァリエールか。……敵は、し、子爵は倒したのかね?」
 静嵐を握ったことで意識を取り戻したのか、ウェールズは問う。
 ほんの少しはマシになったとはいえ、やはりその顔色は優れない。本来ならば喋ることなど到底適わない体なのだ。

「ウェールズ様! 喋らないでください! 今は静嵐が止血をしてくれています、このまま医者のところへ……」
 ルイズの言葉に、ウェールズはゆっくりと首を振る。
「いや……、その必要はない。私はもう助からない……」
「そ、そんなことは……」
 必死になって否定しようとするが、ウェールズの様子はもはや素人が見ても危ういことは瞭然だ。
 せめてもの意地とばかりにかっこつけ、ウェールズは笑う。

「ふふ……月並みな台詞だがね、自分の、体のことは……自分が一番よくわかるさ……それよりも、頼みがある」
「……なんなりと」
 それがもはや、最後の願いだということはわかってしまった。
 だから、ルイズは素直に頷く。
「この教会の裏に火薬と油がある。それで、私の骸を……、焼き捨てて欲しい」
「!」
 驚くルイズ。仮にも一国の王子の亡骸をそのように無惨に扱わねばならぬことなど無い。

「奴らのことだ……。私の屍を、晒し者にして、それで対トリステインへの、戦意を上げる道具にするだろう……。
 私が、嗤われるのは、いい。だが私の死がそんなことに利用されるのは……我慢がならない……!」
 もはや余命幾ばくも無い王子の言葉に、強い怒りが篭められる。
 自身への嘲笑は甘んじて受け入れるが、それを利用され無辜の民が戦禍に晒されるのは看過できないというのだ。
「殿下、貴方は……!」

 最期まで、残されたもののことを考えている。改めて彼の、王族としての凄まじさに息を呑む。
 だが、それは王子としてのこと。彼個人の最後の願いは。
「そして、伝えて欲しい。姫に――あの誓いは守れぬ、と……」
 それが彼の、最後の言葉の一つ。
 もう一つが――

                  *

 再び刹那の時。ウェールズが静嵐刀にしたその瞬間。
 静嵐は、彼を友と呼んでくれた男と会話する。
『そういうわけだ。セイラン、会えたばかりで残念だがここでお別れだ』
『王子さん……』
 ウェールズは笑う。

『何、そう湿っぽくなる必要はないさ。これも、悪くない。これで私は、もう自由なのだからな。
 静嵐刀、異界の『風』の剣よ。このアルビオンの『風』を、私の誇りを守ってくれたことを感謝する。――ありがとう』
『……僕は何も。全部ルイズが決めたことです』
『いや、彼女の決断もまた君あってのことだ。これからも、彼女の事を守ってあげたまえ。
 彼女はきっと、これから大きな存在になるだろう。そして願わくば――アンリエッタのことを頼む……!』
『――はい』
『では、君達の行く先に『風』の守りがあらんことを……さらばだ、静嵐刀よ!』
 それがもう一つの言葉だった。

                  *

「…………」
 ルイズは事切れた王子の亡骸の前に、じっと立ち尽くしている。
 そんな彼女の肩に手をかけ、キュルケは言う。
「ルイズ。気持ちはわかるけど、今は王子様の最期の願いを聞いてあげなくちゃいけないわ」
「っ! ……そうね」
 キュルケの言葉にルイズはかぶりを振り、逡巡の後、迷いを振り切るように顔を上げる。

「私たちがちゃんとやらなくちゃ、ウェールズ様も安心できない、か。よし! ――キュルケ、ギーシュ。手伝って!」
 こと火付けということに関してなら、土と火のメイジに任せるのが最適だ。
「ええ! 一国の王子をブリミルの許へ送る『火』は、この『微熱』のキュルケが見事務めてみせようじゃない」
 普段の険悪さをも捨てた素直な願いに、キュルケは笑って答える。情の深い、彼女らしい態度だ。
「ぼ、僕も手伝おう! ここで何もしないとあらばグラモン家の名折れだ。あ、油の錬金は任せてくれ!」
 王子の死に様に何やら感じ入るものがあったのか、瞳を滂沱の涙で濡らし、鼻をすすりながらギーシュは言う。
 あるいは彼がこの中で一番感受性が強いのかもしれない。それは死に逝く者に対して流す、純粋な涙だ。

「タバサ、貴女はここで出口の確保をお願い。まだ敵が来るとは思えないけど、準備には時間がかかるから」
 コクリ、とタバサは頷く。
「あんたも行くわよ。静嵐!」
 ルイズはウェールズの手から静嵐刀を抜き取って握りしめ、礼拝堂の裏へ駆け出して行く。
 それを追ってキュルケとギーシュも走り出す。
 そして……


 礼拝堂に一人きり残されて。血塗れの王子を前に。囁くようにタバサは言う。
「――アルビオン王国皇太子。ウェールズ・テューダー。貴方の最期は私が見届けた」
 タバサは彼とは直接言葉をかわしてはいない。彼の存在は知っていたが、彼は自分のことなど知らなかっただろう。
 ましてや、今の自分のことなど。


「……少しだけ、貴方が羨ましい。私の生き方は、貴方のように立派なものではない。貴方に比べて私は……」
 彼の最後の言葉を思い出す。王子として、そして人間として精一杯生きた者の言葉だ。
 無論、彼とていきなりの死はさぞかし無念であろう。だが、あのように最後まで誇りを持ち続けれる人間が、どれほどいるだろうか。
 タバサは視線を下げる。王子の胸には、ワルド子爵が凶刃として振るい、彼の命を奪った槍が刺さったままだ。
 槍。暗器の宝貝、『震影槍』。それもまた、一つの力。
 自分が、タバサが渇望してやまない、戦い抜く為の力。
 それが今、目の前にある。ならば自分がすべきことは一つしかない。

 タバサは目の前の不可視の槍、その柄があると思しき場所へ手を伸ばし。掴み取る。
 冷たい槍の柄はおそろしいほど彼女の手に馴染んだ。
 それは、震影槍が宝貝であるからか、それとも彼女が『そういう存在』だからなのか。
 タバサは心中で自嘲する。
 隠された殺意。抜き身の刃。外道の武器。
 なるほど、自分に近いと言えるだろう!

「貴方の命を奪った血塗られた槍。それを使おうとする私は、外道なのかもしれない」
 それでもかまわない。この身がどんなに堕ちようとも、その本懐を遂げられるのであれば……。
 ぐっ、と力を込める。それだけで槍は、悲運の王子の体内からするりと抜け出る。
 引き抜いた震影槍を虚空で一振りする。それだけで、槍についていた血は完全にぬぐわれる。
 最初からそんなもの、存在していなかったかのように。
「それでも私には為すべきことがある。だから私は――」
 ルイズがワルドとの戦いにおいて、ウェールズの死を目にしたことで覚悟を決めたように。
 タバサもまた、ウェールズの死に己の決意を新たにした。


「たとえ外道と言われようとも戦い続ける」

                  *

 アルビオンを離れ、風竜シルフィードは夜空を滑るように飛んでいく。
 タバサはいつものように風竜の背の上に陣取り、星を読み方角を定めていた。
 キュルケはその後ろに座り、小柄な彼女の体が夜風で冷えぬよう抱きしめている。
 ギーシュは泣きはらした目のまま、珍しく真剣に何かを考えている。
 静嵐はシルフィードの負担を少しでも軽くするため、刀の状態のままルイズ手の中にある。
 そしてルイズは夢を見ていた。

 夢の中のルイズは六歳の少女に戻っている。
 夢の舞台は故郷のヴァリエールの領地、実家の庭の彼女が大好きだった秘密の場所だ。
 中庭の池に浮かぶ小船。そこは彼女の王国だった。
 そこでは彼女はお姫様で、王子様は彼だった。
「ルイズ、ここにいたのかい? お母様やお姉さまたちが心配しているよ」
 彼女より十も年上の、優しく立派な貴族の子爵様。
 彼はルイズを、魔法の練習がちっとも上手くいかなくて逃げ出した自分を探しに着てくれたのだ。
 小船の中に隠れるようにしているルイズに、彼は優しく手を伸ばす。
 しかしまだ幼い彼女は駄々っ子のように首を振る。

「もう魔法の勉強なんていや! わたしはお姉さまたちみたいになんかできないの!」
 姉二人もそして父も母も、魔法を得意としている。その中で、自分だけが何もできない。
 その疎外感、無力感は、それをまだ言葉にすらできない幼い少女にはとても辛いことだった。
 子爵様は苦笑する。
「そうだなぁ……そんな時は目標を決めるといいんじゃないかな?」
「もくひょう?」
「そう、目標さ。こうなりたい、こうでありたい、そんな自分を考えてそれを目指してがんばれば、きっと魔法も上達するさ」
「私のもくひょう……」
 彼はこれ以上ないというほど優しく微笑む。

「僕の小さなルイズ、君は何になりたいんだい?」
 いつも優しくかっこよく、自分のことを気にかけてくれる子爵様。ルイズは彼のことが大好きだった。
 だが、彼女の幼い恋心は自分自身を否定する。今の自分はまだまだ彼とつりあうような存在じゃない。
 幼く、弱く、何も知らず、そして何より魔法も使えない。
 ならばそう、自分がもし彼と並んで歩けるようになれたら……それはどんなに幸せなことだろうか。
 そんな未来のためならば、どんな難しい勉強でもがんばっていけるだろう。

「じゃあ……私も、子爵様みたいに立派な『風』の使い手になる!」
「私のようにかい?」
 驚く子爵。だがルイズが彼に憧れるのも無理はない。
 彼はすでに高位の魔法を使いこなす、優秀な風のメイジなのだから。
 それと、それと、とルイズは指折り数えていくように思いつくまま『夢』を語っていく。

「剣術だって覚えるの。それで、お母様みたいに魔法衛士の隊長になって……」
 今は引退したとはいえ、母は元魔法衛士隊隊長だ。数多くの伝説級の武勇伝を残し、今でも多くの人から尊敬されている。
 口うるさい母親は苦手だが、それでもルイズにとっては偉大な母なのだ。
「アンリエッタ様の騎士になってね、姫様のために……」
 姫は、ルイズのかけがえのない友達だ。公爵の娘と王女、どちらが格上かは言うまでもない。
 しかし姫様は、自分を友達だと言ってくれる。そりゃあ、喧嘩することもあるけれど、大事な大事な友達だ。
 いずれ、彼女のためになりたいとルイズは常に思っていた。

「悪いやつを、子爵さまといっしょにやっつけるの!」
 それはなんとも楽しそうではないか!
 すでにルイズの中では、自分が子爵とともに悪人どもをばったばったと薙ぎ倒す姿が浮かんでいる。
 目を輝かせ、夢を語るルイズを子爵はまぶしそうに見つめる。
「『風の騎士』というわけかい? それはなんとも素敵だね、ルイズ」
「はい!」
 満面の笑みでうなずくルイズ。そして――


「そうか……」
 十六歳のルイズはそれが夢だと気づいた。
 気がつけば小船の上には一人、十六歳の彼女が居るだけになっていた。
 子爵……ワルドの姿はもう無い。彼女が、ルイズが彼と戦うことを選んだから。
 すでに、彼女は全てを思い出していた。あの日、小船の上で語った小さな夢。
 それこそが自分を動かす原動力となり、そして彼を斬る力となったその皮肉を。
 さらにもう一つ思い出したこと。『風の力を使い』『剣を持って戦う』それもまた自分の夢。ならば――


「『風』の剣、静嵐刀――それは私が望んだものだったんだ」


 パチリ、とルイズは目を開ける。
『あ、ルイズ。おはよう』
 手の中の剣が意思を送ってくる。声ならぬ声ではあるが、どこかの間の抜けた青年の声のように感じた。
「おはよ……。私、寝ちゃってたみたいね」
『魔法学院まではまだまだみたいだよ。もう少し寝ていたら?』
 アルビオンへの強行軍に加え、ワルドとの死闘で疲れこんでいた彼女を気遣い、級友達は寝かせておいてくれたのだろう。

「ううん、起きているわ。姫様への報告も考えないといけないし」
『それはご苦労様だね』
 のん気に言う使い魔に、半目になってルイズはぼやく。
「……あんたもいっしょに考えなさいよ。正直、何から報告すればいいか見当もつかないわ」
『いろいろあったからねえ』
 あれだけのことを『いろいろ』の一言で済ます能天気。
 はぁ、とわざらしく溜息をついて見せる。
「……やっぱり、あんたには期待しないわ」
『ひどいなぁ』
 空の上を風が流れ。
 ふと静嵐が、思い出したかのように言う。

『あ、そうだ。ねえ、ルイズ』
「何?」
『夢の中でか、寝言でかはわかんないけど。――僕のこと呼んだかい?』
「――!」
 ルイズは息を呑み、答える。

「……ええ、呼んだわ。貴方のことをずっと……ずっと前から、ね」
『やっぱりか。何か用事でも――って、え?』
 聞き返す静嵐に、ルイズは優しく笑い。
「なんでもないわよ」
 その目からは一滴だけ。一滴だけ涙がこぼれて空へと消える。
 誰も、ルイズ自身も、その涙には気づかなかった。 


 そして。戦い疲れた少年少女達を乗せたシルフィードは、トリステインへと翼を向けて飛んで行った。

                                第二章 嵐を招くメイジたち 完

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