あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

豆粒ほどの小さな使い魔-21




扉の隙間から、細く明かりが漏れている。
夜も遅いのに、耳を澄ませば、かさりと紙を捲る音がする。
覗き込むと、部屋の奥のベッドで、上体を起こしたカトレアさんが、静かに本を読んでいた。
そういえば、笑顔以外を見たのは初めてかもしれない。引き締まった口元は、ルイズと似ていながら少し冷たさを感じる。
もしかしたら、カトレアさんも、自分でそのことを知っているから、いつも微笑んでいるのかもしれない。
くるる、と、奥の薄闇から獣の寝息が聞こえる。
さて、どうやって声を掛けよう。いきなり目の前に飛び出すのは礼儀知らずだし、驚かせたくない。
思い立って、帯から草笛を抜いて、今日演奏した曲の一節を小さく吹いてみた。
聞き取ってくれたカトレアさんが、こちらを向いて、すぐにあの笑顔を浮かべてくれた。
「来てくれたの? ハヤテちゃん」
ひざ掛けの上、栞を挟まれた本の上に飛び乗る。音は立てない。
「コンバンハ、かとれあサン」
「いらっしゃい。こんなに遅くに呼び出して、ごめんなさいね」
ちらと見た本の表紙には、まだあまり文字を覚えていない私には読めない難しい綴り。
そこに、私の腰くらいまである天鵞絨張りの、多分宝石箱が、カトレアさんの手でことりと置かれた。
「お客様を立たせておくなんてできないもの、どうぞお掛けになって」
ますます敵わない気がする。私の方が余裕がない。
「本当はね、貴女に逢えたら、一番最初にありがとうって言おうと思ってたのよ」
「ル……ソンナコト」
「去年の夏辺りから、ルイズからの手紙が少しずつ減ってたの」
少し、遠くを見る目で、
「頑張ってる。元気です……いつも手紙にはそう書いてあって、でも、家族にもそう言い続けるのが辛くなってるんじゃないかって」
カトレアさんの、ルイズには言えないこと。
「私ハ、今ハマダイイ、ダケドイツカハ、国ニ帰リタイ」
そしてこれが、私の、ルイズには言えないでいること。
ルイズは好き。だけど、あの小山も忘れられない。靴に穴が開いちゃったとき、心にも穴が開いた気がした。
ほう、と、カトレアさんが、やさしく吐息をついた。
「それでも、ハヤテちゃんがルイズの使い魔になってくれて、本当によかった。ね? 私は、小さなルイズさえよければそれでいいの」
だから怒るならルイズじゃなくて私にしてね、と、小さな私に向かって本気で頭を下げてくれる人。
ルイズは、きっとカトレアさんへのお手紙に、私のこと色々と書いたんだと思う。
頭のいいカトレアさんだから、気がついたんだろう。
「ずっと昔、子供の頃だから、ルイズは覚えてないと思うけど、私もよく癇癪を起こしてたの。その度に発作を起こして、寝込んでは癇癪を起こして」
くすっ、と
「あの子ったら、私に八つ当たりされるのに、いつも私の側にいてくれた。泣きながら。それで、馬鹿な私が血を吐いて倒れたときに、『わたしがおねえちゃんの代わりに怒るから、だからおねえちゃんは笑ってて』って」
「本当は、ルイズの方が大人しくて優しい子だったの。もう死んでしまったけど、最初に私の部屋に動物を連れてきてくれたのもルイズなのよ。一生懸命『騒がしくして私の邪魔しちゃだめよ』って躾けて、連れてきてくれたの」
両手で、小さな空間を作る。このくらいの、白いネコだったわ、と。
今とは全然違う二人の姿が、カトレアさんの口から語られるのを、私は黙って聞いていた。
「ルイズはもう覚えていないのかもしれない。忘れようとして、本当に忘れちゃったのかも。あの子の中では、私は最初から優しいちい姉さまみたい」
「お母様にも、お父様にもどうしようもなかった私を変えてくれたのは、小さなルイズだった。だから私は、ルイズを、ルイズが魔法を使えるようになることを、世界の誰よりも幸せになってくれることを信じられるの」
ルイズを信じて支え続けてくれてたカトレアさん、その優しい強さは、カトレアさんの心の中にいるルイズ自身だったんだ。
「るいずハ、本当ニ覚エテナイミタイダヨ。イツモ、チイ姉サマハ優シクテ最高ノ私ノ憧レダッテ言ッテル」
「まぁ」
「デモ、ナンデ私ニ話シタノ?」
これは、カトレアさんのナイショの宝物だと思う。きっとご両親にだって話してないはず。
それなのに、逢ったばかりの私に。
「だって、ハヤテちゃん、私のこと警戒してたでしょ?」
あ、あれは、違うの、ルイズがちい姉さまのこと好きだって何度も言うから、ちょっと変な気持ちになってただけ、なのに。
「ううん、それだけじゃなくて、私が笑うのに、不自然さを感じてたみたいだし」
あんまり鋭いから、びっくりしちゃった、って。
この人は、身体が弱い。走ったり馬に乗ったり、魔法を使うのもきっと大変なんだと思う。
だけど、すごく深い人だ。世話役とか、相談役の長老たちと同じ匂いがする。

「今日は私、お昼寝したから、結構元気なの。だからハヤテちゃんとお話できるわ」
なんで、だろう。
そう言われたら、ほろりと、涙が零れた。
全然、哀しくなんてないのに。
カトレアさんがちっとも慌てないから、私も不思議と落ち着いた。
それから、沢山話した。小山のこと。隊長のこと。組んでいるマメイヌのこと、今頃はきっとつがいができてること。大好きな桃のお酒のこと。
ルイズとあれだけお話してたのに、まだ話し足りなかった自分がちょっと恥ずかしい。

空も薄く白み始めて、
「アリガトウ、かとれあサン」
沢山話して、沢山泣いて。頭も身体も、すごく軽くなった気がする。
妹の前では泣けないものね、そうカトレアさんが言ってくれた。
そういうことだったんだろうか?
私みたいな新米お姉ちゃんには、まだまだ覚えないといけないことがありそう。
手を振ってくれるカトレアさんに見送られて、ルイズの部屋に駆け戻る。
よかった、まだぐっすりと寝てた。
畳まれたハンカチの布団に潜り込んで、だけど目は閉じずにルイズの寝顔を眺める。
つい、頬が緩む。
妹の寝顔を眺めるのは、妹に懐かれてる姉の特権なんだからって、本当にカトレアさんの言うとおりだと思った。


* *



くぅ、と伸びをして、あれ? と思ったけど、何が変なのか分からなかった。
ぐるりと見回して。ここは学院の寮じゃない、久しぶりのヴァリエール家だけど。
ああ、そうか。
枕元、ハンカチが盛り上がって、ゆっくりと上下してる。
ハヤテが私より遅くまで寝てるって、もの凄く珍しいから。
そうっと、振動を伝えないように、ハンカチの端を指で摘んで、そうしたら、解かれた豊かな黒髪に縁取られた整った寝顔。本当にお人形さんみたい。
起きてるときの凛とした様子からは信じられないくらいあどけない。
(だーれが、お姉ちゃんよ。まるっきり妹じゃない)

いつもの立場にはとりあえず目を瞑って、メイドが朝食の支度が整ったことを伝えに来るまで、つかの間のお姉ちゃん気分を味わった。




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