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風が揺らす翼と冠-02

 被害にあった家を調べ、若い娘を一か所に集める。
 村長宅にある客間が広いとは言え、15人程が集まれば窮屈だろうが我慢してもらうしかない。
 勿論、襲われたら一網打尽だという懸念もあったがウリエルが守るという事で彼女達を納得させた。
 そうして今、二人は客間の隣の部屋で休んでいる。
 尤も、休んでいるのはタバサでウリエルの方は魔法を使ってアレキサンドルの監視をしていたのだが。
「動きは?」
「まだ、なにも」
 吸血鬼が夜に活動する事を考え、昼間の内に睡眠をとっていたタバサが夕方になって目覚める。
「ウリエル」
「何?」
「どうして、彼が屍鬼人だと分かったの?」
「……生きている生命には、正の力が宿るわ。死ぬとそれが消える。そして、それを無理やりに蘇らせたり動かそうとすると正の力では無く負の力が宿る」
「だから、屍人鬼かどうかわかる?」
「あの人からは負の力しか感じなかったし、母親からは正の力しか感じなかった」
 自分の知らない魔法を幾つも知っているウリエルの技術に、タバサは今更ながらに頼もしく思う。
 錬金などの魔法はからきしだが、こうした戦闘に関する能力は素晴らしく高い。
「太陽が沈んだら外にいく」
「貴女の方に注意を向けると、アレキサンドルの動向が判らなくなるわ」
「構わない、私は囮。ウリエルがいれば、吸血鬼はここに手が出しにくい筈。そうなれば私を狙う」
 こうなってしまうと、当初のウリエルを騎士と偽った策が痛手になってくる。
 ウリエルが無防備だと油断させようとした案は、アレキサンドルが屍鬼人だと言うのを聞いた時点で捨てた。
 下僕である屍鬼人を手許に置いておかないとは、よほど自信があって大胆なのか慎重で用心深いのか、そのどちらかだ。
 どちらにしろ、下手な小細工は通用しまい。まがりなりにもトライアングルクラスの騎士が殺された後で、初日から何も出来ない無能者が送られた事を演技だと見抜けない相手ではないだろう。
 こちらのアドバンテージは、屍鬼人をイの一番に見つけ出せだし、監視下に置いているという事だけ。
 ウリエルを従者として、無防備に村を歩かせた方がよかったかもしれない。ウリエルは杖が無くとも魔法が使えるし、アレキサンドルへの監視も外さずに済む。
 何にしても、使い魔に負担をかける事になるのは間違い無いのだが。

「……ウリエル、少し休んで」
「この程度なら問題ないわ」
 主従の必要な事だけのやりとり。
 他人から見ればつっけんどんな態度に見えるかもしれないが、タバサにすればそれが彼女なりの優しさなのが解る。
 ごく短い付き合いだが……まるで生れた時から一緒の姉妹のように不思議とウリエルの感情はよく理解できたし、ウリエルもタバサをよく理解してくれていた。
「夜になれば、忙しくなる。少しでも休んでおく方が得策」
 日没までそれほど時間がある訳ではないが、このまま起き続けているより1時間でも仮眠をとった方が良いだろう。
「……わかった」
 そう言うと、ウリエルはベッドに腰掛け、壁に背を預けて静かに目を閉じる。
 杖を抱いているのは何かあった時、直ぐに動けるようにするためだろう。
 程なくして、寝息を立て始めたウリエルを見てタバサは思う。
 彼女は……いかにして、このような生き方を身につけたのだろうか?
 自分とそう歳が変わらない少女。学院の生徒たちがそうであるように、メイジであったとしても平穏に暮らせる者が大半なのだ。
 自分のように、こうした事件に対して慣れ過ぎている事の方が異常なのに。
 何も語ろうとしない自分の使い魔に対して、タバサは初めてキュルケ以外の誰かに興味を持つという事を覚えていた。



 日が沈み、二つの月が高く昇る。
 先ほどの予定通り、タバサはあえて村の中を歩き回っていた。
 周囲には誰もいないが、何かあればウリエルが瞬時に駆けつけてくれる手はずになっている。
 敵に自分がメイジであると悟られない為に杖は持ってきていない。
 タバサの彫像のような顔にほんの少しだけだが緊張がみられる。
 シュヴァリエとは言え、丸腰で囮になるのはやはり尋常ではない重圧であるのだろう。

 そうして、村を一周ほどしたタバサ。
 しかし、肝心の吸血鬼が現れる事は無かった。
 結局何もしないままに村長の家まで戻ってきたタバサは少しだけ嘆息する。
 ……やはり少し安直すぎただろうか?
 時間を置けば、自分やウリエルは兎も角、村の娘達が保たない。そう考えて早く解決したいのだが。
 仕方がない、明日からまた調査しその結果をふまえてまた何か策を……
 そこまで思考したタバサの耳に、悲鳴が聞こえてきた。
 咄嗟に二階を見上げる。
 違う、あそこからでは無い、それよりも少しだけ近く、そしてあの部屋に居る娘達よりもずっと幼い悲鳴。
 タバサは駆け出す。
 悲鳴の発生場所はすぐに解った。窓が叩き割られ、中で一人の少女がうずくまっている。
 その壊れた窓からタバサが飛び込むと同時に、扉を叩き開けてウリエルもまた部屋に駆け込んできた。
 そこに居たのは、五歳ぐらいの小さな女の子。
 笑えば愛くるしいであろうその顔は、恐怖で歪んでいる。

「いやぁああああああああああ!」

 二人を見て、少女は更に悲鳴を上げる。
 タバサはその少女の元に駆け寄り、ウリエルは叩き割られた窓から外を見渡した。
 夜目が利くウリエルであったが、既にそこには誰もいない。
 直ぐに術を起動させ、アレキサンドルの方に視線を向ける。
 ……彼は、自分の家で眠っている。
 だとすれば、ここに来たのは吸血鬼本人であるという事か。
 追いかけるべきかどうか一瞬迷ったが、夜の吸血鬼に不用意に挑んで勝てると思うほどにウリエルは愚かではない。
 それに、吸血鬼に襲われておびえる少女を放っておくわけにもいかないだろう。
 現に彼女は毛布を被って震えている。
「大丈夫、私たちは貴女の敵じゃない」
 ウリエルがエルザに呼びかけるが少女は震え続けるばかり。
 そこで、二人はエルザがメイジを恐れていることを思い出す。
「……タバサ、私は皆の様子を見てくるから、その娘をお願い」
 幸いにしてタバサは杖を所持していない、自分が相手をするよりもずっと良いだろう。
 そう考えて部屋を出て行こうとするウリエル。
 そこでふと、扉に目をやり、次に部屋を見渡す。
 タバサが飛び込んできた窓にまで戻ると、何かを確かめるように足先で床を探る。
 最後に、もう一度窓の外を覗き込んだ後、振り返ってタバサに訪ねた。
「タバサ、吸血鬼の姿は見た?」
「いいえ」
「そう、ならいいわ。……一応、気をつけて」
 タバサが頷くと、ウリエルはようやく部屋を出て行く。
 残されたタバサは、エルザが泣きやむまでずっと彼女の傍を離れなかった……



 夜も更け、ウリエルとタバサは自分たちに宛がわれた部屋にいた。
 そこには吸血鬼に襲われたエルザも一緒である。
「少し仮眠をとるから、何かあったら起こして」
「かしこまりました」
 エルザの目が在る為、自室でも演技をする二人。
 タバサの杖がベッドの下に隠してあるのを悟られる心配があったが、二人にはどうしてもエルザを一人にはしておけなかった。
「おいで」
 杖を恐れるエルザをタバサは手招く。
 壁を背にして座りエルザを抱きかかえると、その温もりに安心したのかエルザは目を閉じた。
「おねえちゃんは寝ないの?」
 この中で、唯一寝る気配を見せないタバサの事が気になったのかそう問いかける。
「うん、吸血鬼がきたら騎士様をおこさなきゃいけないから」
「大変だね」
「それが仕事だから」
「お姉ちゃん、まだ子供だよね?」
 自分よりも年下の少女に子供呼ばわりされるが、さほどタバサは気にしない。
 ……彼女の手が触れている場所を指して子供だと言われても仕方ないと自覚はしてる。
「子供なのにえらいなぁ。一生懸命、一生懸命働いてて。えらいなぁ」
「……」
「おねえちゃんと騎士様は姉妹なの?」
 唐突に、何を言い出すのだろうか?
 タバサは内心、少しだけ驚きながら首を横に振る。
「違う」
「そうなの? でもおねえちゃんと騎士様、そっくりだよ?」
 外見の事ではあるまい。
 見た目はタバサとウリエルは全く似ていない

「おねえちゃんのパパとママは?」
「ママいる、パパはいない」
「ママはどうしてるの?」
「寝たきり」
「そっか」
 少しだけ、空気が重くなる。
「私はね、パパもママも殺されたの。メイジの魔法でムシケラみたいに。ねぇ、お姉ちゃんのパパはどうして死んじゃったの?」
「……殺された」
「私のパパみたいに、魔法で?」
「魔法じゃない」
 タバサの胸中で憎悪が蜷局を巻いて蠢いている。
 だが彼女はそれを表に出すことはない。
 それは、母の心が壊れたあの日から被り続けた仮面がそうさせているのだ。
 そんな、タバサをじっと見つめていたエルザは呟く。
「お姉ちゃんお人形みたい」
「どうして?」
「あんまりしゃべらないし、全然笑わないし、表情も判らないんだもの。騎士様もそう、あんなに皆怖い顔してたのに、全然平気そうだったから」
 そう言われて、タバサはウリエルを見る。
 ウリエルは背を向けて寝ているため、ここから顔を見ることは出来ない。
 ただ、確かにタバサもウリエルが笑っているところを見たことがない。
 召喚されてからずっと、怒ることも泣くことも無い使い魔。
 ルイズの使い魔は、あまり主に従おうとはせずに何時も二人で喧しい騒動を起こしている。
 だが、ウリエルは契約をしてからよくタバサに尽くしてくれた。
 ……今まで住んでいたところから突然呼び出され、彼女はなんとも思わなかったのだろうか?
 ウリエルの父や母や、家族や友人達は?
 彼女の持つ杖は、師から与えられた物を再現したのだと言っていた。
 ならば、最低でも彼女には師が居て、彼女はその師を慕っていたはずだ。

 本当ならば、ルイズの使い魔サイトの様に不満を抱くのが当たり前で、ウリエルの方が異常の筈。
 今まで抱かなかった疑問が、タバサの脳裏を支配して行く。

「おねえちゃん?」
「……なんでもない」

 急に黙り込んだタバサを不審におもってか、エルザが顔を見上げる。
 そして、じっと自分が写るタバサの瞳を覗き込むと少しだけ笑った。
「やっぱりお人形さんみたい」
 そう言って、エルザはタバサに身を預け、寝息を立てる。
 その夜は、途中で起きたウリエルと交代で眠るつもりだったのだが、タバサは眠っている間もエルザを離そうとはしなかった。



 勿論、エルザが吸血鬼に襲われたという事件は村を震撼させた。
 だがそれ以上に、村人達を震え上がらせる事件が起きていたのである。


 ざわざわと騒がしい村人の中心で一人の老婆が慟哭の声を挙げていた。
 それを村人達は痛ましい様子で見つめている。
 無理もない、たった一人の息子が殺されてしまったのだから。

 アレキサンドルの遺体が発見されたのは、朝早くの事。
 畑仕事に出た村人達が、道の真ん中に倒れているのを見つけた。
 若い娘以外の、しかもエルザのような少女ならば兎も角、男が殺されたとだけあって村人には衝撃が走ったが、それ以上にアレキサンドルは何か大きな刃物らしきもので袈裟斬りにさていたことである。
「……多分、逃げる途中の吸血鬼に遭遇してそのまま殺されてしまったのね」
「では、吸血鬼にねらわれた訳ではないと?」
「血が吸われてないのを見る限り、そう考えるのが妥当」
「なるほど……いや、しかし」
 村長が老婆の方に視線を向ける。
 今日は憎たらしいほどに晴れ渡っており、太陽の光が惜しみなく降り注いでいる。
 無論、老婆に対しても例外ではなく、それが彼女が吸血鬼ではないとはっきりと村人達に証明する事になっていた。
「……まさか、息子の死が吸血鬼でない事の証明になろうとは。なんと皮肉な」
 ウリエルもそちらの方をちらと見る。
 そして、顔を伏せて目を閉じると持っていた杖を強く握りしめた。
「皆に、今晩から厳重に戸締まりするように伝えて。どんな事があっても、日が沈んでから外を出歩かないように」
「解りました。こんな事件が起こったばかりですからの」
 村長は村人達に声をかけ、色々な指示を飛ばす。
 自分たちがする事は、あそこでは無いだろうとウリエルとタバサは村の中を見て回る。
 一軒一軒、村中の家々の隅々まで調べて行く。
 しかし、吸血鬼の手がかりとなるものは何一つとして見つからない。

 不安と恐怖が沈殿して行く中、再び村は夜を迎えようとしていた。



 村長の家では、娘達ばかりでなく子供や赤ん坊まで集められている。
 流石に村人全員を屋敷に入れることは不可能である為、優先的に狙われやすい者だけを集めたのだ。お陰で喧しいことこの上ない。
 尤も、ウリエルもタバサもそんな喧噪など関係なく宛がわれた部屋で休んでいたのだが。
 今日は昨日のようにアレキサンドルの監視を行っては居ない。
 それでも、ウリエルはベットの上に座って動かない。
 タバサも、壁を背にして座っていると、部屋のドアを叩く音がした。
「騎士様、そこにエルザはおりますかの?」
 ドアの向こうから聞こえてきたのは村長の声だった。
 タバサとウリエルはお互いの顔を見合わせるとドアを開ける。
「エルザがどうかしたの?」
「いえ、さっきから姿が見あたりませんもので……てっきりこちらにいるのかと」
「いない?」
「はい……屋敷のどこにも……」
「タバサ」
「はい」
「探しに行くわ支度して」
「はい」
 二人の真剣な雰囲気とエルザがここにもいなかった事実に、漠然としていた恐怖がはっきりと形になったのだろう村長の顔がみるみる青ざめる。
「貴方たちはここで待っていて、窓もドアも全部締めて朝まで開けては駄目」
「き、騎士様……エルザは、エルザは……」
「エルザは私たちが見つける。だから、絶対に外に出ないで。私たちの声がしても朝日が昇るまで誰も入れない事。いいわね?」
 ウリエルの言葉に、村長は只頷くしかない。
 二人はそれを確かめると急いで階段を駆け下り、不安がる女達を無視して屋敷の外に飛び出す。
「タバサ、貴女は森を捜して。私は向こうを」
「わかった」
 二つの影が月光に曝され、胸が締め付けられるほどの静寂に閉じこめられた村の中を駆けていった……



 森の中の捜索を担当する事になったタバサ。
 昼間ならば兎も角、夜とも成ればより一層闇を深くする中で、タバサは注意深く周囲を観察しながら歩いていた。
 どんな些細な事でも見落としてはならない。暗いから解らなかった、では済まされないのだ。
 だからだろうか? タバサの耳にその声が届いたのは。

「おねえちゃん」

 紛れもない、エルザの声。
 タバサは迷うことなくその声の方角へ向かう。
 やがてたどり着いたのは、森の中にある少しばかり開けた場所。
 エルザの姿を捜すが、どこにも見あたらない。
 声の方角からして、こちらで間違いないはずなのだが。まだ奥なのだろうか?
 そんな風に思案していると、再びエルザの声が響いてきた。
 しかし、今度は先ほどのようなか細い声ではなくどこかしら妖しさと嘲笑を含んだ色で。

「枝よ。伸びし森の枝よ。彼女の腕をつかみたまえ」

 呪文。それも先住の。
 それを理解するとともに、その場から飛び退こうとするが、その程度で先住魔法からは逃れられない。
 あっという間に伸びてきた枝に、足と腰を捕まれてタバサの自由は奪われてしまった。
「クスクスクス……今晩は、おねえちゃん」
 タバサの前に姿を現したエルザは、タバサ達が知るような人見知りのする少女の顔ではなかった。
 年不相応とも、あるいはそれ故に少女らしい艶めかしい笑いをしている。
「……吸血鬼」
「そう、私が貴女たちの捜していた吸血鬼」
 髪をいじくりながら、エルザは事も無げに自らの正体を口にする。
 魔法の使えないタバサ如き、しかも自由を奪っているとあれば何の驚異でもないと言いたいのだろう。
「ごめんなさいね、おねえちゃん。だってあの騎士のおねえちゃん……ウリエルだっけ? とっても強そうなんだもん。だから、まずはおねえちゃんに死んで貰う事にしたの。いくら屍鬼人を一目で見破れるからって言っても自分の従者だもの、隙ぐらいできるわよね?」
 エルザはタバサの首筋に手を伸ばす。
 タバサはそれから逃れようとしても、拘束はビクともしない。
「綺麗な肌、白くてまるで雪みたい……あのおじちゃんみたいな醜い屍鬼人じゃなくておねえちゃんみたいなのが良かったな、私」
「……」
「そうそう、あのおじちゃんで思い出したのだけれど、おねえちゃんのもう一人の仲間は何処にいるの?」
「仲間?」
「とぼけてもムダよ。だってあの傷はどう見ても刃物……しかもかなり鋭い刃物で一撃の下に斬り伏せた傷だったし、おねえちゃんも騎士様もその細腕でそんな事無理だし傷の具合から見て結構大きな刃物よ? でもおねえちゃん達そんなの持ってなかったじゃない」
 傷から凶器の事がある程度解るなど明らかに子供の知識と知能ではない。
 だが、吸血鬼は人間よりもずっと長い時を生きられるのだ、エルザにしても見た目通りの年ではあるまい。
「ま、いっか。おねえちゃんを屍鬼人にしてからじっくり聞き出せば良いんだもんね。それとも、騎士様の方も屍鬼人にしちゃおうかしら?」
 無邪気な笑みを浮かべながら、エルザはそっとタバサの首筋に顔を近づける。
「ふふ、それじゃあさようならおねえちゃん。そして、ようこそ私の世界に……」
 そして、エルザの牙がタバサの白い肌にふれようとし……

 赤い花が、二人の間に滴った。

 だがそれはタバサの首筋から漏れた赤ではない。
 それよりも大量の血が、地面を彩っている。
「な、何?」
 唐突に、自分の体に起こった異変にたいしてエルザは迂闊にも理解が一瞬遅れた。
 その事を認識したのは、地面に転がる自分の左腕を見たときだ。
「わ、私の腕が……!」
 咄嗟にタバサの方に目をやれば、そこには鮮やかな金髪を風になびかせて、赤い瞳が自分を睨み付けている。
「騎士!? 何時の間に!!」
 不味い、これは不味すぎる。
 エルザの本能と経験がこの状況の危険性を訴え、エルザはそれにしたがって逃げ出そうとする。
 後ろに飛びのいてウリエルとの距離を取る。
 それに対して、ウリエルは呪文を唱えることも杖を構えもせずに、杖を持っていない方の手をエルザに向けた。
 ただ、それだけなのにエルザの背筋にえもしれぬ悪寒が奔る。
 無理に体を捻り、「直撃」を避けようとするがそれは大して意味のない結果に終わってしまった。
 ウリエルの手から放たれた魔法が、エルザの左半身を抉ったのである。
「ぎっ……ぎゃああああああああああああああああああああ!!!」
 響き渡る絶叫。
吸血鬼にとってそれは断末魔ではないものの、致命的な一撃であった事に代わりはない。
「い、今の魔法? 詠唱無しで、これだけの威力? そんな魔法、聞いたことも」
 肉の焼ける嫌なにおいの中で、もう一度敵の方に目を向ける。
 冷徹な目で自分をみるウリエルと、戒めから解放されウリエルから杖を渡されるタバサ。
「貴女も、メイジ、だった?」
 それともう一つ、エルザの目を惹いたモノ。
 それはウリエルの杖。
 先端が、輝いていた。
 見たこともない文字で、杖の先に刃が形成されあたかもポールアックスのようになっている。
「わ、私の屍鬼人を殺したのは、貴女だったのね……! その杖で……でも、何時!? 昨日の夜はずっと私が見張ってたのに!!」
「貴女が襲われた演技をした後すぐ」
「嘘よ! あの後、すぐに戻ってきたじゃない。そんな時間で出来るはずが」
「……昼間、あの家を調べたときに転移の下準備をしておいた」
「転、移? 空間、転移? そんな事が……そう、か、ここには……私は、逆にさそいこまれて……!」
 エルザの中で全てが繋がる。
すでにウリエルは昼間の内に村のあちこちに転移のための「下準備」とやらをしていたのだろう。
 自分は、自分を探しに来たタバサを上手く誘導して誘い込もうとしていたが、そんな目論見は全くのムダだったのだ。
 いや、ムダなどころか二人は最初から見抜いていた。
 タバサが一人で森に来ていたとき、気づくべきだったのだ!

「気づいていたのね、私が吸血鬼だって」
「そう、気づいていた」
「何時!?」
「昨日の夜」
 エルザが吸血鬼に襲われる演技をした時、ウリエルは扉を叩き開けた。
 そう、「叩き開けた」のだ。
 窓から吸血鬼が出て行ったのならば、何処から入ってきた?
 そこに思いついたのなら後は簡単だ。最初からそこに居たと結論づけるしかない。
「さっき、貴女がいなくなったと聞いて確信に変わった」
「だから、わざと二手に分かれて貴女を油断させた」
 タバサとウリエルの言葉に、エルザはがっくりとうなだれる。
 全ては二人の手の内だったのだ。
 しかし、この方法を成功させるにはウリエルの術が無ければ不可能だっただろう。
「……あなたは一体“何”?」
「……」
「屍鬼人を殺した手際、こんな強力な魔法……でもエルフじゃない、わたしのような吸血鬼でもない……あなたは……わたしなんか問題にならないバケモノよ……」
 エルザの疑問にウリエルは答えない。
 ただ、目の前の吸血鬼にとどめを刺すべく魔力を集中させる。
 すると、タバサが一歩前にでてそれを止めた。
「これは、私の受けた任務。……始末は私がつける」
 そう言って、タバサは土を握る。
「待って、おねえちゃんお願い殺さないで、わたしはわるくない。人間だってお腹が空けば家畜や獣や野菜を採って食べるでしょう? 私だって同じ。人間の血を吸わなきゃ死んじゃう、それが悪いことなの?」
 甘えたような、エルザの嘆願。
 たしかに、吸血鬼は人の血が無ければ生きて行けない。だからこそタバサは、それを否定はしなかった。
「なら、見逃して。この村を出て行くわおねえちゃん達に迷惑はかけないから……!」
 しかし、タバサはその嘆願そのものを聞き入れたわけではない。
 土をエルザにかけ、練金の術で土を油に変える。
 油まみれになったエルザは、青い顔をますます青くさせた。
「どうして、止めて! わたしは何も悪くないのに!!」
 静かに発火の呪文を唱えると、エルザの小さな体は瞬く間に業火に包まれる。

「わたしは、なにもわるくない……どうしてしななきゃいけないの……!!」

「こたえなさいよ、この……“悪魔”……!!」

 全身を振るわせ、呪詛の如くはき出すエルザ。
 しかし、それでもタバサの表情は変わらない。
 やがて炎はエルザだったものの形を崩し、その名残すら舐め尽くして小さくなって行く。
「……私たちは人間だから、人間の敵は討つだけ」
 ポツリと漏らしたその言葉は、果たして誰に向けたモノだったのか。
 エルザなのか、それともタバサ自身へなのか。
「帰りましょう、タバサ」
 ウリエルの一言にタバサは頷く。
 なにはともあれ、事件は終わったのだ。それで良い。

 二人は白み始めた朝日を浴びて、その場を後にする。
 一握りの灰が、まるで二人を追うかのように風に揺れたが結局はそれだけだった。




 任務を終え、二人は学院にもどっていた。
 着いたときにはもう夜で、兎に角つかれていたタバサは明日の授業の事も考えてベッドに潜り込む。
 ウリエルも、タバサと同じベッドで眠らせてもらっていたがその日はまだ眠っていなかった。
 隣で寝息を立てるタバサを優しく見つめる。
 タバサは、多分、自分の手でエルザを殺させたくなかったのだ。
 吸血鬼とは言え、幼い子供の姿をしたものを。
 何故、そんな事が解るのか。

 それは、自分とこの娘があまりにも似すぎているからだ。

 大いなる、そして忌まわしき魔法文明を築いた「黄金の民」の末にして「黄金の民」の長が作り出した最強の魔導兵器「聖天使」それが、ウリエルの正体。
 黄金の民が戦争によって討たれ、自分と姉は黄金の民と戦った「教会」に保護された。
 しかし、そこで待っていたのは平穏な生活などではない。
 姉・アニエルを人質同然にされ、姉に会いたい一心で訳も分からず命を殺め続けた日々。
 その中で研ぎ澄まされて行く魔導士としての資質。
 何時か終わる、何時か姉と暮らせる日が来る。
 けれども、そんな時は終にやってこなかった。
 ウリエル自身が壊してしまった。
 自分の願いと自分の心と自分の姉を殺してしまったから。
 もう、二度と優しい姉は帰ってこない。
 そんな資格も自分にはない。

 ずっと、そう思っていた。
 あの人に、マーガレット・ガルシアに出会うまで。


 彼女は、マギーは自分に優しくしてくれた。自分の事を知っても、全部受け止めて姉になってくれると。
 嬉しかった。
 だから、ウリエルは戦えた。
 世界を滅ぼさんと欲した聖天使ガブリエルと。
 結局、敗北してまったけれど何も後悔はしてない。
 世界は救われた。義兄が……ミカエルがガブリエルを倒したのだ。
 もし、ミカエルも敗北していたならばガブリエルは「月落とし」を成功させていただろう。地上のあらゆるモノが薙ぎ払われ、自分の骸も消えていたに違いない。
 けれども、自分は生きている。
 ガブリエルに敗北して死んだはずのこの身が生きていると言うことは、誰かが……いや、誰かなどと言うまい。師であるラハブ様が蘇生の儀式を施してくださったのだ。
 自然界に溢れる正の力をほんの僅かづつ骸に集めて生き返らせるこの秘術は、完成に何十年も掛かる。
 それでも、私は生き返った。それが、私の世界が救われたという証拠。
 唯一気がかりなのは、義姉マーガレットの事だ。
 果たして、幸せな人生を送ってくれただろうか?
 ミカエルが聖天使として覚醒するには、義姉の死が必要だ。もし、ミカエルが聖天使としてガブリエルを倒したというのならば……
 それを思うと、胸が締め付けられる。

 けれども、今の私には成さねばならない事がある。
 それは、この娘のタバサの……いいえ、シャルロットの力となること。
 私はこの娘の痛みを知っている。苦しさも悲しさも、全部。
 義姉や師や義兄がしてくれたような事は、私には無理なのかもしれないけれど。

「……シャルロット。何時かみんなでお花を摘みに行きましょう。学院の外に綺麗な花畑があるの」

 この娘と、母と、友人とそして……私の皆で。
 この世に、破れない術など存在しない。
 いつか私は、シャルロッテの母の心も取り戻してみせる。
 聖天使としての力はガブリエルに奪われたが、それは私の中で確固たる決意として宿っている。


 窓から覗く二つの月を背に、ウリエルはそっとタバサの髪を撫でる。
 気がついているだろうか? 月の光が写す彼女の影に。
 美しくきらめくそこには、仇敵に奪われた、忌まわしき力の象徴ではない

 本当の、冠と翼が輝いていたことに。

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