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零魔娘娘追宝録 10

            マリー・ガラント号を襲う謎の空賊の
                             『正体』
                              とは?
                     そしてルイズにとって
                             『宝貝』
               とはいかなる存在であったか?

「このままあと半日ほど進めばアルビオンだ」
 宙に浮かぶ、アルビオンに向かう船。『マリー・ガラント』号の上でワルドは言った。
「へえ……! 船に乗るって言うのになんで山に登るんだと思ったけど、まさか空の上にあるとはね」
 帆に風を受け、空中を滑るように進む船に感心するように静嵐は声を挙げる。
「そうだ。アルビオンという国は空の上にあり、空中を移動している。この時期ラ・ロシェールの街にもっとも近づくんだよ」
 なるほど、と静嵐は納得する。
「それで船も浮いているわけだ。……落ちたりしないよね?」
 空飛ぶ船、というもの自体には特に疑問はない。仙界ではこの程度のものはどうというほどのものではないからだ。
 ただ、どういう仕組みで浮いているのかは気になる。メイジが空を飛んでいたように、なんらかの魔法の一種であることは確かだ。
 わけもわからない原理で浮かぶ船の上に乗っているというのは、静嵐でなくとも心配にもなるだろう。
 しかしルイズはそんな静嵐の不安を笑い飛ばして言う。

「まさか、落ちるわけないでしょ。船を浮かせる風石は足りないみたいだけど、心配しなくても――きゃっ!?」
 言いかけたとき、船体が大きく揺らぐ。何か大きなものがぶつかったような衝撃が船全体を揺らしたのだ。
「な、なんだ! 何事だ! 何があった!?」
 マリー・ガラント号の船長は船員を捕まえて慌てたように問いかける。
「きゅ、急に突風が」
「馬鹿を言うな、何の前触れもなくこんな風が吹くなどと!」
 たしかに奇妙な風である。それまで船上に流れる風は穏やかなものであったのに、
 このような突風がいきなり吹いてくるというのはありえないことである。

「船長、あれを!」
 周囲を見張っていた船員の一人が宙を指す。そちらを向けば、遠く雲の向こうに船影が見える。
 砲門の並ぶ黒い船体。あきらかに戦艦である。
「あれは……船か! あの船からあんな強力な風を送ったっていうのか?」
 どうやら先ほどの突風は『風』の魔法であるらしい。だが解せないのはその距離。
 この世界の単位でいうなら500メイルは離れている。それほどの距離を置いてあれほどの強力な魔法を発動させることは可能か?
「……並のメイジでは無理な芸当だな。トライアングルが数人か、さもなければスクウェアが一人以上は必要だ」
 同じく『風』のスクウェアであるワルドが冷静に推察する。だが、その表情は硬い。
『風』の使い手であるがゆえ、それが言うほど簡単な芸当ではないと気づいたのだ。

「だ、旦那ぁ! 旦那も風のメイジなんでしょ? なんとかしてくださいよ!」
 船長はワルドにすがり、懇願する。
 どうやら先ほどの風はこちらを停止させるのが目的であったらしい。
 その証拠に、こちらが帆を止めるとそれ以上の行動を見せず、静かにこちらに進み寄ってくるだけだ。
 しかし、もし逃げ出そうとするならば、またあの突風で今度こそは『転覆』させられるかもしれない。
 そんな船長の恐れに、ワルドは無慈悲に首を振る。
「残念だが、今の私では艦体の維持で精一杯だ。諦めるんだな」
「こんなところで貴族派に捕まるなんて……!」
 悔しげにルイズは歯噛みする。王党派が劣勢に追いやられている今、アルビオン近辺で制空権を握っているのは貴族派だ。
 この船は貴族派のために積荷――火薬を運んでいる船ではあるのだが、乗り合わせた静嵐たちにはそんな事情は関係ない。
 アルビオンへ向かう目的を問われれば一巻の終りだ。
 だが注意深く敵船を観察していたワルドは、そんなルイズの言葉を否定する。
「いや、待て、違うぞ。あれは王党派でも貴族派でもない。――空賊だ」
「空賊!?」
 驚くルイズ。そして静嵐もまた、ワルドに倣い敵船を見る。数百メイルの距離など、武器の宝貝の視力ならばどうということはない。
「所属を示すような旗の類は何も出てないね。甲板にはカタギには見えない柄の悪そうなおっちゃんたちが何人か」
 武装は剣や弓を持った者が幾人か、杖を持った者がまた幾人か。甲板上に見える人数はそれほど多くない。

「あの程度の戦力なら恐れるに足りないんだけどね。強力なメイジがいても船の上でなら大きな魔法も使えないだろうし。
僕とワルドさん二人でなら楽に制圧できたんだけどね。――陸の上だったら、さ」
「ああ。そうだな……。陸の上だったら、な」
 静嵐の言葉に苦々しく頷くワルド。
「そんな……なんとかならないの?」
「無理だよ。僕ら二人が敵船に飛び込んで暴れてる間にこの船が沈められちゃうからね」
「そういうことだ。仕方無い、ここは奴らの指示に従おう。だが、奴らとて空に浮きっぱなしというわけにもいくまい。
どこかの港に入った時、機会を見て脱出するんだ」
 ワルドの言葉にルイズは覚悟を決める。
「それしかない、のね……。でも、諦めない。必ず私はウェールズ様のところに辿り着く!」
 静かに拳を握りしめ。近づいてくる黒い船を迎えた。

                  *

「ま、なんだね? 覚悟を決めた割にはあっさりと会えちゃったわけだ」
「うるさい! あんたは黙ってなさい!」
 肩をすくめて軽口を叩く静嵐を怒鳴りつけ、ルイズは苦虫を噛み潰したような顔をする。
 ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべ、空賊船船長――を装っていた人物は言う。
「すまないね、ミス・ヴァリエール。敵を欺くには味方から、というわけだ。我ながら迫真の演技だっただろう?」
 冗談っぽく言う台詞にルイズは毒づく。
「いつでも役者になれますわ――ウェールズ皇太子様!」
 ルイズの言葉に彼は笑う。
「違いない! その時はミス・ヴァリエール、君にヒロインを演じてもらおうではないか!」
 そう。船長に扮していたのは誰あろう。ルイズたちがアルビオンにやってきた目的の人物、ウェールズ・テューダーその人であった。

 城を追われ、劣勢に追いやられた彼は空賊を装って貴族派の補給船を襲っていたのだ。
 だがその演技ぶりたるやなかなかどうしてたいしたもので、ルイズたちには見破れなかった。
 貴族派に与する恥知らずな空賊を装い、わざわざルイズたちにまで離反を促してきたほどだ。
 だがルイズはそんな話には乗らず、堂々と王党派に着くことを宣言した。普通の空賊ならばその場で縛り首になるところだが、
 しかし幸運なことに船長の正体ウェールズ王子であった。彼は正体を明かし、ルイズたちを信用することにしたのだ。
 が、騙されていたルイズにしてみればたまったものではない。死を覚悟してまで義に殉じたというのに、結果がこの有様だ。
 彼女でなくとも毒づきたくもなるだろう。

「――と、冗談はさておき。トリステイン大使の君たちが私に何用かな?」
 急に元の、王族らしい顔つきに戻るウェールズ。彼に触発されるように、ルイズも気を入れ替えて本来の職務に戻る。
 すなわち、トリステインのアンリエッタからの手紙を届けることだ。
 ルイズはアンリエッタから預かった手紙を取り出し、封がされていることを確認してウェールズに手渡す。
「殿下、これを」
 ルイズから渡された手紙を開き、ウェールズは無言で文面を読み進め、そして最後に一言だけ
「……そうか、彼女は結婚を……」
 と呟き、一瞬だけ暗く沈んだ顔を見せる。だがそれもすぐに消し去り、毅然とした顔つきで言う。

「手紙の件はたしかに承知した。しかし今は手元にないのでね、手間をかけるがニューカッスル城まで足労願いたい」
 ニューカッスル城。アルビオンの突端に位置するという古城で、現在は王党派の拠点――最後の拠点となっている場所だ。
 もちろんここで仕事が済むとは思っていなかったルイズは、その申し出を了承する。
 ウェールズは頷くと、何かを思い出したかのように口を開く。
「そうだ、これを先に渡しておこう」
 そう言ってウェールズは懐から何を取り出す。
 二十サンチほどの、細かな彫り物の施された細い棒。片側には房のように毛がついている。一見するとそれは絵筆のように見える。

「これは……筆、ですか?」
 問うルイズに、ウェールズは頷く。
「この筆の名はテンコヒツという。――パオペイと呼ばれるマジックアイテムだ」
 テンコヒツ、すなわち天呼筆。
「パオペイ! 皇太子様もお持ちだったのですか!」
 またしても宝貝。いくつもの宝貝がこの世界に落ちてきているらしいということは承知している。
 タバサが遭遇した『将軍』なる宝貝、オスマンを救いフーケを陥れた『符方録』、アンリエッタが所持しているという秘密の宝貝、
 そして昨日の仮面の男が使った『鬼神環』という指輪の宝貝。そして自分の『静嵐刀』……。
 いくつもの宝貝がさまざまな使用者の手元にある。

 ならば、ウェールズ皇太子が持ち合わせていたとしても不思議ではない。だが、最近どうにも宝貝づいているような気がする。
「その様子では知っているようだね。ご存知の通り、宝貝とは強力無比な異界のマジックアイテム、
このテンコヒツは周囲の天候を自在に変えることができるパオペイなのだ」
 ルイズは驚く。宝貝とはそんなこともできるのか! と。
 インテリジェンスソードの範疇に収まる静嵐刀や、魔法薬などに類することもできなくもない符方録の符はまだわかる。
 だが天候を自在に操るとは。筆という形でどうやって天候を操るのかすら想像できない。

「天候を? ではあの、マリー・ガラント号を襲った突風はそのテンコヒツによるものなのですか?」
 風の使い手としては気になることだったのだろう。ワルドが尋ねる。
「そう。このテンコヒツを使ったのだ。風の強弱は自由自在。午睡にちょうどいいようなそよ風から、あのような強風まで思いのままだ」
 ウェールズの説明に静嵐も納得する。
「なるほど、そうか。道理で何の前触れもない急な風だと思ったよ」
「温度の調整ができないという欠陥のせいで、雪を降らすことはできないがね。それでもなかなかのものだろう?」

 手中のテンコヒツを弄び、器用に指先でくるくると回しながらウェールズは悪戯っぽく言う。
 どうやらウェールズにとっては自慢の宝貝であるらしい。
 だがルイズが気になったのは、その入手経路だ。
「一体、それを何処でお持ちになったんですか?」
 宝貝は異界のマジックアイテム。そうそうその辺の古道具屋にあるようなものではない。
「……ふむ。そうだな」
 ルイズの問いにウェールズは数秒何かを思案するような仕草を見せ、ルイズの後ろに控えるワルドと静嵐に向き直る。

「すまないが、君達二人は席を外してくれないか?」
 席を外させる。内密な話をするというのであれば致し方ないことではあるが、それは信用されていないということでもある。
 のん気そうにしている静嵐はいざ知らず、ワルドはそのことに少し不満そうであった。
「そのお話、我々にはお聞かせ願えないと? 殿下」
 ワルドの口調に少し棘があることを感じたのか、ウェールズは苦笑しながら否定する。
「いや、君達を信用しないわけではないのだ。ただ少し、込み入った話になりそうなのでね。無闇に言いふらしたくはないのだよ」
「……そのような事情でしたら。御意に」
 ウェールズの言葉に一応納得したのか、ワルドは静嵐を促して部屋の外に出て行こうとする。

 自分で尋ねたからとはいえ、一人取り残されることにルイズは不安を覚える。その不安を少し込めて静嵐に目配せしてみるが、
「?」
 と静嵐は何も察せ無い様子でそのまま部屋を出て行った。
(あのバカ剣……! ご主人様を心配しようっていう気はないわけ!?)
 察しの悪すぎる使い魔に怒りを覚える。いくらウェールズ皇太子の命とはいえ、主人の護衛をあっさり放り出して出て行くとは!
 それは少し言いがかりに近いものであったが、怒りのおかげで少し不安が紛れたのも事実だった。


 薄暗い船長室に二人になり。さて、とウェールズは語り始める。
「あれは、私が貴族派の兵たちと戦っていた時のことだ。まだ戦況が五分と五分。いや、我々が有利だった頃かな?」
 つまりそれは反乱の起きた直後ということだろう。アルビオン王党派は反乱が起きてからしばらくは優勢を保っていた。
「私はその日、一軍を率いて貴族派の軍を迎え撃とうと陣を敷いていた。敵の数はそう多くない。楽な戦だと思っていたよ。
 それは当然だろうと誰もが思った。反乱といっても所詮は一軍、一国全てを敵に回すことなど無理な話である。だが、
「だが――裏切り者が出たのだ。いかな手を使ったのかはわからないが、我が軍から離反者が続出し、あっという間に形勢逆転だ」
 話によれば、どんな手管を使ったのか。有力な諸侯や軍人たちは寝返るか、あるいは寝返った部下に陥れられ王党派を離脱。
 どんどんと彼我の勢力は逆転していったという。そしてそれが、ウェールズの直接指揮する軍でも起こったのだ。

「瞬く間に私と私の手勢は包囲され、敵に捕らえられる寸前だった」
 敵の軍に包囲される陣営。逃げ道はすでに塞がれ、こちらの情報は筒抜け。あとは敵の手に落ちるのを待つのみだ。
「――しかし、その窮地に現れたのがこのテンコヒツだ。
このパオペイを使って急な雷雨を呼び、混乱する敵陣を突破してなんとかその場を脱することができたのだ」
 なるほど。入手した経緯はわかった。だが疑問は残る。
「パオペイが自ら現れたとおっしゃるのですか?」

 それが不思議だった。あまりにもタイミングがよすぎる話ではないか?
 生死の窮地にあって、まるで待っていたかのようにそれを脱する能力をもった宝貝があらわれる。出来すぎた話だ。
「最早これまでと覚悟を決めたその時、一筋の流れ星のような光が私の前に降り、その光とともにテンコヒツは現れた。
……まるで私の元に自ら飛び込んできたように、ね」
「まさか、このテンコヒツにも人間のような意思があるのですか?」
 タバサの言う『将軍』の宝貝や静嵐刀。宝貝の中には人間の形をとるもの、人間と同じような意思を持つものがある。
 そうであるならば、天呼筆がウェールズのもとに現れたのも納得がいく話だ。しかし、ウェールズはそれを否定する。
「意思? いや、そんなものはない。テンコヒツは物言わぬ、ただの筆の宝貝でしかない」
「では何故、殿下の前に現れたのでしょう……?」
 意思を持たないただの道具が、絶好のタイミングで使用者の元に現れる。
 もしそれが意思を持った何者かの仕業でないなら、あまりにもでき過ぎた話だ。

「……私が思うに、パオペイは意思とは別の何か、『本能』のようなものを持っているのではないかな」
「『本能』ですか?」
 本能。どんな生き物でも持っている根本的な衝動。それが宝貝にも備わっているのか?
「無論。我ら生物のそれとは少し違うものだ。しかし、であればこそ、この意思なきパオペイが私の前に現れたことも納得がいく。
あの時私は強く望んでいたのだ『この窮地を脱するための力が欲しい!』と。その願いに答えるようにテンコヒツは現れた。
私はこれをただの偶然ではないのだと思う。テンコヒツは意思以外の何かで私の思いを感じ取り、私の前に現れたのだ」
「それが、パオペイの本能だとおっしゃるんですか?」
 自らを望むもののところに、自らの力で現れる。そうさせる宝貝の『本能』。もしそうならばこそ、様々な事象にも納得がいく。

「彼らは道具だ。道具であるがゆえに、誰かに使われることを望んでいる」
 それは静嵐の語った、宝貝の持つ『道具としての業』のことだ。全ての宝貝は等しく誰かに使われたいと願っている。
「しかしそれは誰でも良いというわけではないのだろう。より自分を欲している、そんな主のもとに行こうとする、
そういう力があるのではないか……。このテンコヒツを手にしていると、そう思えてくるのだ」
 ウェールズは自分の手の中の天呼筆を大事そうに見つめる。それもそうだろう。
 天呼筆はウェールズにとって、自らの危地を救ってくれた恩人のようなものなのだ。

 自分はどうなのだろう? ルイズはそう自問する。
 ルイズが『静嵐刀』を呼び出したその経緯はどうであれ、間違いなく自分は『自分の意思』で静嵐刀を求めたことになる。
 人の形をとる刀の宝貝。異界のマジックアイテム。それはどう考えても真っ当な使い魔にはならない。
 だというのに数多の使い魔らしい使い魔ではなく、自分は静嵐刀を呼び寄せた。自分は静嵐刀を求めていたというのだろうか?
 それは一体何故……?
 ルイズの疑問の思考は、コトンという音でかき消される。ウェールズがその手にあった天呼筆を机の上に置いたのだ。
「ともあれ、このテンコヒツのおかげで私はこうしてここに居られるわけだ。……私の二つ目の宝物さ」
 そして、と天呼筆をルイズの前に押しやる。
「それを今、君に託そうと思う」

 最初からウェールズはそう言っていた。だが、この天呼筆がウェールズにとって大事なものであることは聞いた通りだ。
「そんな、これは殿下にとって大事なものではありませんか! 何故私などに?」
「何。最早使うこともないだろうからな。君に渡しておくのが一番だろうと思ったのさ」
「ですがこれは……かなり強力なパオペイなのでは?」
 天候を操る、と一言で言ってしまえばそれまでだが。ウェールズが言ったように雷雨を呼ぶこともできれば、風を呼ぶこともできる。
 その使い方は応用次第では幾通りにもなるだろう。それも、ただ便利な使い道だけではない。中には危険なものもあるだろう。
 ルイズの言葉に、ウェールズは同意する。
「そうだな。使いようによっては大変危険なものだ。雷の雨でもちょっと降らせれば街一つ滅ぼすことくらいわけもないだろう」
「……!」

 街一つ壊すことの出来る道具。それが今、ルイズの目の前にある。その事実にルイズは息を呑む。
 これを使えば数多くの人命を一瞬で奪うことができる。しかもこれは、兵器などではない日用道具の宝貝なのだ。
 あらためて、宝貝というものの恐ろしさを実感する。
「それ故に、これを敵に渡すわけにはいかぬ。このテンコヒツが姫に、いや、トリステインに害を与えるようなことがあっては困る」
 これがもし、レコン・キスタの手に落ちればその力は王党派に、そしてトリステインに向けられるだろう。
 数え切れないほどの雷の雨。トリスタニアを襲う未曾有の大災害。想像するだけでも恐ろしい。
 それほどの力、いくらなんでも自分のごときに身にはあまりにも――重い。
「……ならば殿下が御身に持ち続ければよいではありませんか」
 搾り出すようなルイズ声。重い責任から逃げようとするようで心苦しく、恥ずかしい。

 ウェールズはそのことを責めない。それが一人の少女の肩には重過ぎる荷であることは承知しているからだ。
 彼とて可能ならば、もっと勇気と責任感のある人間にそれを預けられればよかっただろう。だが、
「それは無理だ。私はもうすぐ……死ぬからね」
 青天の霹靂。いきなりのウェールズの言葉にルイズは驚く。
「な、何故そのようなことを!」
 自嘲するようにウェールズはおどけ、肩を竦める。
「簡単な話さ。私達王党派の軍はもはや敗北寸前だからだね。いかにテンコヒツといえど、この流れを変えることはできまいよ」
 自分が間もなく死ぬことを彼は悟っている。もはやそれはいかに強力な宝貝の力を持ってしても変えられるものではない。
「だから私は間もなく死ぬ。討ち死にだな」
 そう言ってウェールズは。己の死になど微塵も恐れを見せない様子で、晴れやかに笑った。

                  *

「……」
 ルイズはウェールズの部屋を出て、狭い船の廊下に立つ。力なく閉じられたその手の中には天呼筆が握られている。
 結局ルイズはウェールズの覚悟に何も言うことができず、ただ言われるがままに天呼筆を預けられたのだ。
 死を目前にしてもなお何の恐れも見せず、己の責務を全うせんとするウェールズの姿を見る。
 それは、今までただの貴族の子女として平穏に生きてきたルイズにとってはひどくショックな出来事であった。
 理屈ではわかる。王族として生まれるということは王族として死ぬということ。王族の義務、つまりはそれだ。
 敗軍の王は生きて恥を晒すものではない。王族がそのような醜態を晒せば、ハルキゲニアの王権は地に堕ちる。
 ルイズとて貴族。そのようなことは言われるまでもなく承知している。だが、実際にそれを目にした時、
 自分のそれはただの理屈。机上のものであることを痛感したのだ。

「ルイズ、ちょっといいかい?」
 そんなルイズに声をかけるものが居た。
「ワルド、何か用かしら? ごめんなさい、今は少し気分が悪いの……。後にしてほしいんだけど」
 今は何も話をする気にならない。このまま部屋で休みたかった。
 だがワルドはそれを聞き入れず、真剣な顔で言う。
「大事な話があるんだ」

                  *

「あ、ルイズ。もう話は済んだのかい?」
 ルイズが部屋に戻ると、静嵐が待っていた。部屋と言っても、さきほどまで捕らえられていた営倉ではない。
 城に着くまでの間。貴族であるルイズとワルドには、士官用の上等な(それでも手狭であるが)個室が与えられている。
 ルイズの使い魔である静嵐は、当然ルイズ同室だ。彼は刀の姿に戻れば部屋の狭い広いなど関係ない。
「……疲れたわ。少し横になってもいい?」
 そう言ってルイズはベッドの上に上がり、シーツの中に潜り込む。
「うん。今日はいろいろあったからね。ゆっくり休みなよ。僕は外で番をしてるからさ」
 そう言って静嵐は部屋を出ようとする。

「あ……待ちなさい」
 慣れない軍艦の硬いベッドの上。そこに一人取り残されることに不安を感じ、ルイズは静嵐を呼び止める。
「何? 水でも貰ってくる?」
 静嵐なりに気を使おうとしているのだろうが、的が外れている。
「ね、寝つけそうもないから。あ、あんたは話し相手になりなさい」

「……いいけど」
 静嵐は部屋に備え付けられてる椅子を引っ張り出し、ルイズの傍らに座る。
 いざ話をしようと思ったが、いい話題が浮かばない。話したいことはある、だがそれをどう喋ればいいのかわからない。


 仕方なく、ルイズはこれから向かうアルビオンの状況について話すことにした。
 武器の宝貝である静嵐ならば、そうした情報を欲するだろうと思ったからだ。
「戦況はかなり酷いことになってるみたい。今向かってるニューカッスル城も敵に包囲されているそうよ」
「ふうん、そりゃ不味いね。戦力も桁違いだって言うみたいだし。
武器の宝貝として状況判断をして言わせてもらうなら、残念だけどもう王党派に勝ち目はないだろうね」
 静嵐の言葉は正しい。もう王党派は勝てない。ウェールズは死ぬ。それは変わらない。
「……そう、勝てないわよね。勝てなければ死んでしまうだけ。なら、死に方を選べないといけない……」
 先ほどのウェールズとの会話を思い出し、ルイズの気分は再び暗く沈む。

「ルイズ? どうしたのさ、なんか変だよ。何かあったの?」
 そんなルイズの様子を不思議に思ったのか、静嵐は心配そうに聞く。だがルイズは感情を呑みこんで誤魔化す。
「……なんでもない、わよ」
 話を変えるため、ルイズは「そういえば」と切り出す。
「さっきね、ワルドに言われたの。『明日結婚しよう』って」
「結婚! そりゃまた急な話だねえ」
 驚く静嵐。そう、先ほどワルドから持ち出された『大事な話』とは、結婚の申し出。それも明日、ニュー・カッスル城で。というものだ。
 ルイズは16歳。結婚年齢としては少し早いかもしれないが、不自然というわけではない。
 親同士の決めた、ほとんど冗談のような決め事とはいえ、ルイズとワルドは婚約者同士。何もおかしくはない。
 ただ、あまりにも急なことで、ルイズ自身我が事として実感することができないでいた。
 何か、間の悪い笑い話のようにも感じる。死地へ赴こうという人がいる一方で、のん気に結婚式を挙げる。
 これが笑い話でなければなんだと言うのか?

「ちょどいい機会だから、って。王子様にかけあって、立会人になっていただくそうよ。……ホント、急な話よね。
……ふふふ。あはははは」
 口からは気の抜けたような笑い声が漏れる。――そう。笑い話ならば、笑うだけだ。
「ルイズ?」
 やはり心配そうに呼びかけてくる静嵐。どこかおかしくなったとでも思われたのかもしれない。
 しかしルイズは取り合わず、言葉を続ける。妙に気分が高揚してくる。疲れのせいかも知れない。
「学院もやめることになるのかしら? 正直、あまり未練は無いけれど……『ゼロのルイズ』を返上できなかったのは残念かもね」
 『ゼロのルイズ』。無能の証明。嫌いで嫌いでたまらない、自分の二つ名。
 どんなものでもいい。自分も普通の二つ名が欲しかった。たとえドットでもいい、普通のメイジになりたかった。
 しかし、自分はあまりにも無力。ゼロのルイズがお似合いだろう。それが、笑い出したくなるほどにわかりやすい現実。

「あんたはどうするの? まだ私の使い魔を続ける?」
 自分が結婚すれば、この使い魔はこれからどうするのか。それが少し気になった。
 静嵐は笑って言う。
「僕はルイズの宝貝だよ? 前にも言ったじゃないか、ルイズの行くところならどこへでも、さ」
 こののん気な使い魔は、いつもヘラヘラとしていて頼りない。だけど、いつでも自分を主人と思い助けてくれる。
 それだけが落ち込んでいるルイズにとっては嬉しかった。気恥ずかしくてそれを口に出すことはできないけれど。
 ルイズは誤魔化すようにして、ベッドの中に潜り込む。
「……そろそろ、眠るわ。城に着く前に起こして頂戴」
「うん。わかったよ」
 そう言って静嵐は部屋の外に出て行く。おそらく辺りの見回りでもするつもりなのだろう。


 狭い船室の中、一人になって考える。今部屋を出て行った静嵐刀。自分の使い魔。
 ウェールズの宝貝のように天から降ってきたのではない、自分の召喚した宝貝。
 彼が来てから様々なことがあった。
「大きなゴーレムをやっつけて『魔封の札』を盗んだフーケを捕まえて、アンリエッタ様の密命でアルビオンまでやってきて……
いろんなことがあったけど。でも、私は何もしていない。いつも、いつもただ見ていただけ」

 ルイズは呟く。
「……私は一体何ができるの?」

                             (続く)

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