あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

罪深い使い魔-08

「やあ、ごきげんよう。ミス・タバサ」
「…………」

オスマンの陽気な挨拶に、タバサは無言で答えた。オスマンの顔が引きつる。
青いさらさらのショートヘア。表情に乏しいが整った顔立ち。
そしてルイズよりもさらに一回り小さい、小柄な体格。
オスマンはそんなタバサが、怯える子供のように見えたのでわざと明るく振舞って見せたのだが、
どうやらその心配も杞憂だったらしい。
それを知ってオホン、とわざとらしく咳払いをした。

「あー、別に緊張することはないぞ。ワシは君を罰するためにここへ呼び出したわけではないからの」
「…………」

タバサは何も答えない。
オスマンは「やりにくいのう」と心の中で呟いた。

「呼び出した用件は他でもない。昨日君が目撃したであろう光景についてじゃ。覚えはあるかね?」

オスマンの問いに、タバサは少しだけ沈黙を置いて、言った。

「図書館」

ようやく口を開いたタバサに、オスマンは安堵する。

「そう、君が図書館で見た使い魔の一件についてじゃ。君はそのことを誰かに話したりしたかね?」

タバサは首を横に振った。

「うむ。今後もそれを他言してはいかんぞ」

タバサは小さく頷いた。
オスマンはこの少女との付き合い方がなんとなくとわかってきた。

「さて、ミス・タバサ。実は君に、少し頼みがあるんじゃが――」


「オールド・オスマンは何をお考えなのか……」

塔内の階段を移動しながら、コルベールは報告を聞いたオスマンの、最後の言葉を思い出していた。

「監視を生徒にまかせるなどと……たしかに生徒の方が怪しまれずに監視できるだろうが、
もし万が一のことがあったら――おや?」

コルベールは通路の先、学院の宝物庫の前に立つ人影を見た。
それはコルベールの見知った顔だった。

「ミス・ロングビル。ここで何を?」

人影の正体はミス・ロングビル。
日々オスマンのセクハラに耐え続ける、美貌の秘書だった。

この日も達哉は一日ルイズに付き従い、午後は図書館に足を向けた。
しかしもうルイズは同行しない。その必要がなくなったからだ。

達哉は先ほどのやり取りを思い出す。

「はい」
「……これは?」
「勉強したんだから、それくらい読めるでしょ」

達哉はルイズが渡した、一枚の紙切れを手に取り、その文面を読む。
途端、その顔に驚きの色が浮かぶ。

「図書館の出入り許可証よ。私が学院に申請しておいたの。本は借りられないけど、中に入って読むことは出来るわ」
「ルイズ……」
「何かあったら私の責任になるんだから大人しくしてなさいよね」

そう言って顔を背けるルイズが、達哉には眩しく見えた。
もっとも今の今まで、昨夜夕食が食べられなくて癇癪起こしたルイズが、
自分を殴り飛ばしたことを根に持っていたのだが。

「ありがとう、ルイズ」

自然と言葉が出た。偽りのない達哉の本音だった。
しかし、なぜかそれを聞いたルイズの顔は赤い。

「どうした?」
「ななな、なんでもないわよ! さ、さっさとその紙持って図書館に行きなさい!!」

わけもわからず、その日達哉は半ば追い立てられるようにして図書館に向かった。
途中、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべるハゲ頭の中年と、
その中年とは不釣合いな若い美女が談笑する横をすり抜けたことは、特に覚えていない。


入り口で司書に紙を見せると、司書は何も言わずに通してくれた。許可証の効力は抜群だった。
これに気を良くした達哉は、意気揚々として図書館の中を探索した。
この日の目当ては伝承だった。もしかしたら、自分と同じようにこの世界に迷いこんだ
異世界の人間がいるかもしれない。それが物語や伝承の形で残っている可能性がある。
もしかしたら帰る方法もそこに載っているかもしれない。
そんな希望的観測に基づく選択だった。

しかし、そんな達哉を見つめる視線がひとつ。

「…………」

学院長であるオールド・オスマン直々に呼び出され、そこで同級生である
ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔の監視を命じられたタバサは、早速仕事にかかっていた。
なんでも学院は、当の使い魔が危険な存在でないかを危惧しているらしい。
だからそれとなく使い魔の様子を見ておいて欲しいというのがオスマンの命令だった。
学院長の命令ならば従うしかない。またこの件はどれほどの危険性があるのかわからないため
実力を見込める人物にしか任せられないと言う。
ならば使い魔の『謎』の一端に触れ、また腕の立つ騎士の称号、
『シュヴァリエ』を持つ自分に白羽の矢が立つのも当然だった。
合理的な理由なのでタバサも特に異論は唱えなかった。

……ついでに言うと、オスマンの言葉に少し安心もしていた。
やっぱり、オバケじゃなかったと。

使い魔の名はタツヤ。
達哉はタバサのことなど顔も覚えていないが、タバサは達哉のことをおおよそ把握していた。
彼女自身が達哉に目を向けなくても、『ゼロ』のルイズが呼び出した『平民』の使い魔という風聞は
勝手に彼女の耳に飛び込んでくる。
曰く、変な髪形。曰く、でも背が高くて美形。曰く、ルイズに奴隷のような扱いを受けている。
曰く、やっぱり変な髪形。
タバサにとってはどれも興味のない情報だが、今はそれが活きて来る。
今日もルイズは食事の席で、囃し立てる周囲に怒りを振りまきながら
使い魔に関する説明をいくつかしていた。タバサはそれを反芻する。

なんでもタツヤは、遠く離れた異国から召喚されたらしい。
タツヤという変わった名前も、いつも着ている珍しい服も、
一種独特とすら言える雰囲気も、異邦人となれば一応の説明はつく。
ただし事実かどうかはまだ疑わしい。そんなものは金と手間を惜しまなければ簡単に偽装できるからだ。

またタツヤは、その国では戦士だったと言う。
周囲はバカにしていたが、おそらくそれは事実だろうとタバサは推測していた。
タツヤの身のこなしを見ていればわかる。あれは戦い慣れした者のそれだ。
昨日『光』を出した時の対応も素早かったし、
少なくともタツヤが実戦経験を積んでいることはほぼ間違いない。

そして……だからこそ用心しなければならない。
謎の『光』を使う戦士。仮に戦闘になった時、
そんなものを相手に対メイジ戦の経験がどこまで通用するのかわからないのだから。

タバサは本を読むフリをしながら、注意深く達哉を監視した。

「…………」

一方の達哉も、自分を注視する視線には気づいていた。
『降魔』によって強化された身体能力は五感にまで及ぶ。
『他人の視線』などというあやふやなものも、図書館という静謐な環境ならばたやすく感知可能だった。
ただその視線に敵意が感じられず、どちらかというと探るようなものだったため、
あえて放置することにしたのだ。

……なんでも、平民の使い魔というのは前代未聞のことらしいからな。

達哉は視線の方へ目を向けた。
そこでは青い髪をした小柄な少女が椅子に座り、机に置いた大きな本を読みふけっていた。

今は見てないが、間違いない。あの子だ。

達哉は視線の主が小学生くらいの子供だと知ると、再び本棚に目を戻した。
なぜ学院に小学生がいるのか、それは達哉にとってどうでもいいことだった。

悟られた。
タバサは達哉の勘の良さに内心舌を巻いた。
監視しているといっても、もちろんじっと凝視していたわけではない。
あくまでも自然に、ただ何気なく視線を漂わせるようにして時折眺めていた。それだけだ。
なのに、気づかれた。
タバサはこの仕事が一筋縄では行かないことを痛感する。

「…………」

それでも……タバサは監視は継続した。
見ていることはバレたが、その真意までは見抜かれていないはず。
ならば……平民の使い魔に興味を持っているように見せかける。
こうなると向こうは容易に尻尾を現さないだろうが、こちらは常の生活ぶりを知ることができる。
あとは、根比べ。


「…………」

今度は目が合った。
先ほどよりもあからさまな視線を向けてくるようになった少女に、達哉は辟易した。

もの珍しいのはわかるが、俺は見世物パンダじゃない。

しかし文句を言ってやめるとも思えない。貴族はどいつもこいつも自侭で尊大だ。
目当ての本が見つからないことも合わさり、達哉は少しだけイラついた。
それでも表面上はなんでもない風を装って、先ほど手に取った本に目を落とした。

本のタイトルは『イーヴァルディの勇者』。触りを読んでみると、
伝承というより大衆娯楽の色が強いが、その分文字を習ったばかりの達哉でも読みやすい。

……試しにこれを読んでみるか。

達哉は『イーヴァルディの勇者』を片手に本棚を離れ、そして――

「…………」

青髪の少女の、真向かいの椅子に腰を下ろした。
見たければ好きなだけ見ろ、ということだ。

「…………」

タバサは身じろぎもしない。
戦局は新たな場面を迎えた。

図書館の中は変わらず静かだった。
騒ぐ者は一人もおらず、その一角を通り過ぎる生徒達も、特に異変は感じなかった。
けれども、そこにはたしかに意識された沈黙が存在した。

「…………」

タバサはこの状況でどうすべきか迷っていた。
『好奇の目で見る』のは遠巻きにするのがベストだ。
これだけ近いと見やすいが、見辛い。
しかし逆に考えれば、これはチャンスだった。
この状況なら自然に話しかけ、情報を得ることができる。
もちろん、すべて本当のことを言うとは限らないが、真偽はこちらで慎重に見定めればいい。
ただ問題なのは……自分は話術が得意でないということだった。


「…………」

子供相手に少し酷かとは思ったが、しかし達哉は現状少女に対して何もしていない。
問題が起こっても、責められる謂れはないのだ。
少女は何か言いたげな目を向けてきたが、達哉は応じず読書を続けた。

『イーヴァルディの勇者』は、有体に言えば英雄譚の一種だった。
元の世界で『神』や『キリスト』に相当する始祖ブリミルなる存在から加護を受けた
勇者イーヴァルディは光る左手を持ち、『剣』と『槍』を武器に竜や悪魔などの強大な敵を次々に倒していく。
ストーリー中では時に右手に槍、左手に剣を持っていたりするが、達哉は
「そんなことしても扱いにくいだけなんじゃないか」と無意識につっこんだ。
少なくとも達哉には真似出来ない。
あるいはイーヴァルディというのは筋骨隆々の大男だったのかもしれないが、
それにしては性格とのギャップが多々見られた。
女の尻に敷かれたり、怪物相手に怯えて見せたりと情けないシーンが多かったりと、あまり『勇者』らしくない。
なのにいざ戦いとなると、武器を振りかざして『勇者』と呼ぶにふさわしい活躍ぶりを見せるのだ。

「……どう?」
「…………?」

見ると、青髪の少女がこちらを見つめていた。

「その本」
「……ああ」

本の感想を聞いているのか。
達哉は得心する。

「ああ……面白いかな」
「その話は、平民に人気がある」
「そうか」

どうやら、このまま話を続けるつもりらしい。
この状況で無視するのも気が引けた達哉は、しばし付き合うことにした。

あまり上等な切り出しとは言えなかったが、なんとか会話に持ち込むことができた。
勝負は、ここから。

「異国」
「…………?」
「遠い国から来たって、本当?」
「まあ……な」
「どこ?」

タツヤは少しだけ迷ったような顔になる。
言いたくないのだろうか。

「……わからない」
「どういうこと?」
「俺のいた国は、少なくともここの地図には載っていなかった。それだけ遠いということだ」

嘘をついているようには見えない。
でもすべて本当のことを言ってるようにも見えない。
……何か隠してる?

「そこは、どんな国?」
「……こことは何もかも違うな。一言では答えられない」
「あなたは、その国の戦士だと聞いた」
「誰がそんなことを?」
「あなたの主人」

なぜかため息をつくタツヤ。

「……俺は戦士じゃない。たしかに多少戦いは経験したが本業は学生、お前達と同じだった」

嘘は言ってない。
でも……

「平民なのに、学生?」
「俺の国に貴族はいない。俺やお前くらいの年齢の子供は皆学校に通っていた」

これには私も驚く。

「信じられない」

思わず言ってしまった。
それを聞いてタツヤはふん、と鼻を鳴らす。

「なら信じなくていい」

タツヤはまた本を読み始めた。
……会話が終わってしまった。
いくらか情報は得られたが、核心に迫るようなものは何もない。

「……その本」

……読書の邪魔をするのは主義に反するけど、ここはもう少し聞き出しておきたい。

「どこが面白い?」

タツヤは顔をしかめたが、それでもゆっくりと、
言葉を選ぶようにして質問に答えてくれた。

「……このイーヴァルディという人物は……強い。体もだが、心が」

……珍しい意見だった。

「イーヴァルディは命がけで大切なものを守り通している。
怖くてたまらないと言いながら、最後まで戦い抜いている。
その強さは……見ていて気持ちがいい」
「…………」

タバサは達哉の言葉の中に、ある要素を見出した。

「……あなたは」

ようやく見つけた尻尾。だからタバサは、その尻尾を引っ張らずに入られなかった。

「守り通せなかったの?」

途端、タツヤの空気が一変する。
表情を失い、目が虚ろになり、瞳の奥から底知れない感情が覗く。
それは、タバサもよく知る感情だった。

「…………」

けれど、その姿を見せたのは本当に一瞬のことだった。
すぐに『無表情』に戻ったタツヤは本を閉じ、静かに立ち上がった。
私が見つめていると、タツヤは少し困ったような顔になる。

「……気に障ったわけじゃない。こいつが目当ての本じゃなかった。それだけだ」
「…………」
「異世界に関連した伝承を探してるんだ。……知ってるか?」

……コクリ


少女に待つように言われて、達哉は再び椅子に腰を下ろした。
ただ、ものすごく居心地が悪い。
今すぐにでも立ち去りたいくらいだった。

本の感想を言っただけで、自分の内面を見透かされた気がした。
いや、多分見透かされた。
でなければあんな言葉は普通出てこない。
察しがいいというか、勘がいいというか……

しかし――

「俺は……守り通したはずだ」

一度は守りきれなかった大切な人の命を、『やり直す』ことで生き長らえさせた。
自分があの世界を離れることで、今も守っていると言える。
間接的でも、守り通していると言えるはずだ。
なのに、先ほどはなぜ動揺したのか?

俺は……守り通せたと、納得していない?
不意に、この世界に召喚された夜に、ルイズが言った言葉を思い出す。

『使い魔は、主人を守る存在であるのよ! その能力で、主人を敵から守るのが一番の役目!』

あの時、達哉は即座に応じられなかった。
感覚の共有も秘薬の採取もできない代わりに、戦う力はあるのに、「守る」と言えなかった。
別にルイズを守ることに対して不満を感じていたわけではない。
宿を借り、『向こう側』へ帰る協力をしてもらう見返りとしては安いくらいだった。

それでも「守る」と誓えなかった。
その理由は……考えるまでもないことだった。

「俺には、これ以上何かを守り通す自信がない。また失うのが、怖いんだ……」

守るということは、失わないということ。
失うことを何よりも恐れる達哉には、その約束は重すぎた。
だからあの時、答えられなかったのだ。

程なくして、少女は戻ってきた。
少女は異世界へ行く話、異世界から人や妖精、怪物がやってくる話を扱う本数冊を手渡してくれた。
達哉は礼を言った。

タツヤは礼を言ったが、これはせめてもの謝罪だった。
自分の領域に土足で踏み入られることを何よりも嫌う自分が、
他人の領域を土足で踏み荒らしてしまった。
その謝罪だった。

本を受け取ったタツヤは早速一冊を手に取ると、それを黙々と読み始めた。
『イーヴァルディの勇者』を読んでいた時よりも、空気が重い。
とても娯楽のために本を読んでいるとは思えない。本が好きで読んでいるわけではないのだろう。
多分、何かに追い立てられている。

でも、何に?

「…………」

タバサも腰を下ろし、本を読み始める。
もうじろじろと見つめたりはしない。
正直、見ていたくない。
今タツヤを見ることは、自分の傷を見ることに等しく感じられた。
それでも、この場を離れる気にはなれなかった。

それから夕食まで、二人は一言も言葉を発することなく本を読み続けた。


ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔、タツヤ。
その正体には未だに謎が多い。
けれど、ひとつだけわかったことがる。
それは、彼もまた大切な何かを失い、今なお孤独に打ちひしがれている者の一人なのだということ。

翌日、タバサはオスマンに、「彼に危険性はない」という報告を届けることになる。

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