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虚無の王-13-2


   * * *


 もし彼等が魔法を使えない平民だったら、真っ赤なトマトと化して、無惨な最期を遂げた事だろう。
 貴族の三人は、地面のスレスレでレビテーション。無事に着地した。
 風竜からのダイブは、なかなか爽快な体験だった。これは金が取れるのではないか。貧乏貴族のギーシュは、ふ、とそんな事を考える。
 そう言えば、昔、貴族同士の決闘でチキン・ダイブなどと言う物が有った様な無かった様な……。
 空は魔法を使えない。たが、この時、誰も彼を助ける必要を覚えなかった。
 “翼の道”の担い手は、風を読み、掴み、“空”を舞う。
 それは訓練も重要だが、生まれつきの極めて特異な才能を必要とする。
 例えば、現“風の王”南樹は幼少時、電波塔の頂点から滑空、そのまま無傷で着地している。
 空は既に成人だ。体積に対する表面積の割合は、子供よりずっと小さい。
 それでも、彼にはイツキと同等以上の能力が有り、何より今はガンダールヴの力が有った。
 あらゆる武器を使いこなす、伝説の使い魔のルーン。
 そして“無限の空〈インフィニティ・アトモスフィア〉”を操る“王”にとって最大の武器とは、“空”に他ならない。

「まるで鳥ね……」

 滑空する空の姿を、キュルケはうっとりと見つめる。

「ミスタの正体がエルフでも、僕は驚かんね」

 空と合流。
 タバサも風竜共々降りて来た。
 そろそろ、道を確認する必要が有った。精巧な地図は製作も頒布も制限されているから、どうしても、標識や現地人に頼らない訳にはいかない。
 魔法学院の近郊と違い、目的地であるマルティニー村とその周辺は、じくじくとした場所だった。
 鉱泉や温泉の類が豊富に湧き出る地域だ。
 明るい草原に、濃緑色の森が被さる風景は、なんとも言えず美しい。

「地図は?」
「有るけど……」

 殆ど緑一色。何が何だかさっぱりだった。
 ギーシュが立て札を見付ける。標識か?……空は松葉杖を振り回して駆け寄る。
 森のすぐ前に立て札。何故、こんな所に――――ギーシュは唖然としている。
 立て札を覗き込み、空も声を上げる。

「なんや、こら?」

 立ち並ぶ立て札には、確かにこう書いてあった。

『私有地につき立ち入り禁止』
『侵入者にはエアニードル。生き延びたら告訴』

 これは正気とは思えない。
 空は構わず、その先へと踏み入った。ここまで言われたら、臍曲がりならずとも、入りたくなると言う物だ。
 不意の出来事だった。
 森から影が飛び出す。反射的にデルフを構えた時、刀身で火花が散る。
 空は力任せに剣を振り抜く。超人的な膂力が襲撃者を弾き飛ばす。
 だが、松葉杖一本ではどうしても支えとして弱い。地面を削り、後に蹌踉ける。



「ミスタっ!」

 襲撃者が再び躍りかかるのと、薔薇の花びらが舞ったのは、ほぼ同時だった。
 眼前にワルキューレが立ちはだかった。
 いつか見た物と形が違う。各所に小さな車輪を備え、全身は刃物の様に研ぎ澄まされいる。
 左右にも二体。こちらは通常型だ。足底にウィールを備えていなければ。
 まず、正面の一体が飛びかかる。
 続いて右の一体。
 左―――― 一番遅く動いた一体が、一番速い。レビテーションによるサポート。矢の勢いで腰溜めの一刀を見舞う。
 襲撃者の一撃が、最速の一体を止める。タイミングと速度のずれに、相手は惑わされなかった。
 更に、右を一打ち。 
 同時に、エアハンマー。魔法の一撃が正面の一体を跳ね飛ばす。
 ギーシュは唖然とする。
 左右の二体へ剣撃を繰り出していた筈だ。いつ、呪文を唱えた?いつ、魔法を完成させた?
 恐るべき手練れだ。
 ギーシュは残る四体を生み出すべく花びらを散らす。
 背後からキュルケが、タバサが駆け寄って来る。

「待て――――」

 と、襲撃者が掌を突き出して制した。

「君はトリステイン貴族ではないのか?」
「……無法者に名乗る名は持ち合わせていない」
「これは失礼」

 杖を降ろすと、襲撃者は森陰から姿を現した。
 年の頃は二十半ばと言った所だろうか。見事な鬚を蓄えた美丈夫だ。
 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。男はそう名乗った。



 子爵。そして、魔法衛士隊隊長。
 その肩書きを耳にすると、ギーシュは杖を収めて畏まった。
 魔法衛士と言えばエリート中のエリート。その隊長ともなれば、あらゆる高貴な少年の憧れの的だ。
 一方、空は首を傾げる。
 ワルド、ワルド……どこかで聞いた気がするのだが――――

「いや、済まなかった」

 ワルドは笑顔で詫びた。必要以上に爽やかな笑顔だった。

「てっきり、“路傍の猟師”供と勘違いをしてね」
「“路傍の猟師”?」
「狩猟の真似事に興じる、似非貴族供さ」

 ワルドは笑顔を崩さずに、顎を突き出し、両肩を竦め、軽蔑的な吐息を漏らして見せた。
 連中は服が汚れるから、危険だから、と森に入る事を嫌い、街路から数メイルの場所で、魔法を、矢を、銃弾を盲撃ちに撒き散らす。
 ついでに酒瓶や弁当、酒肴の包みを、所構わず放り出して帰って行く。
 そんな連中に、美しいトリステインの森が汚されて行くのだ。なんとも、嘆かわしい事では無いか。

「すると、この立て札は子爵が?」
「そうとも」

 白い歯が光った。笑顔だけは、どこまでも爽やかな男だった。

「ゲルマニア人供を締め出してやるのだ」

 どうやら、ワルドは不逞の輩の正体を、越境して来たゲルマニア人と考えているらしかった。
 その意見に、トリステインの貴族達は大に賛同する。
 似非貴族――――なるほど。そんな者がのうのう繁殖しているのは、神無き国ゲルマニアを置いては考えられないでは無いか。

「全く、野蛮人供の貴族気取りには我慢ならない。紳士諸君、こんな話を知っているかね?」

 或る男が、ゲルマニアの酒場において、自分こそ男の中の男である、と吹聴した。
 酔漢達は言った。このゲルマニアでそう認められるには、葡萄酒を1ダース飲み干し、オーク鬼と素手で渡り合い、トリステイン女を犯さなければならない。
 男は言われる通りに酒を飲み干し、オーク鬼を求めて街を飛び出した。

「数時間後、血塗れで帰って来たゲルマニア人は叫ぶのだ。『さあ、俺と素手で渡り合おう、て言うトリステイン女はどこだ!』とね」

 笑顔とは裏腹の、面白くも無さそうな口調だった。
 ワルドにして見れば、野蛮人とオーク鬼がまぐわったからと言って、おかしい事は一つも無いのだ。
 そんなワルドの話を、キュルケは笑顔で聞いていた。
 目が笑っていなかった。よくよく耳を澄ますと、キリキリと歯軋りの音がした。

「でも、ミスタ」

 キュルケは立て札を叩いた。

「私の記憶が確かならば、ここはヴァリエール公爵領。貴方の領地はお隣かと思いましたけど」
「そりゃあ、ここは僕の領地と言う訳ではないがね」

 ワルドは口元を歪め、眉を高く上げ、肩をすくめて両手を張り出すと、さも呆れた様に息を漏らす。

「だが、何しろ僕はトリステイン貴族だからね。連中の物よりは、僕の物に近いと言うものだろう。おわかりかな?」

 さすがのトリステイン貴族達も、この意見には賛同しなかった。

「まあ、この立て札で、少しは連中の狼藉も収まると良いのだがね。待てよ、ゲルマニアの野蛮人に、我が美しい女王陛下のトリステイン語が読める訳も無いか……だが、汚らわしいゲルマニア語など論外だ。これは、どうしたものだろう、お嬢さん?」

 何故、自分に聞く。
 何故、聞いておいて、返事を待たない。
 キュルケは人知れず米神を震わせる。
 ワルドは一人、いっそ無警告に駆除するか、とか、森から離れた場所でカッタートルネード、などと物騒な事を口走っている。

「ミスタ。こんな話を御存知かしら?」

 神がハルケギニアを創世した時の話だ。
 世界の国々は、神に抗議した。トリステインは狭いながらも肥沃な国土、豊かな四季と折々の風物、良質な葡萄酒に、数百種のチーズと、あまりに恵まれ過ぎている。贔屓が過ぎるのではないか。
 神は答えた。その代わり、トリステインにはトリステイン人を作っておいた、と。
 各国は納得して帰って行った。云々。

「つまらん」

 本当につまらなそうに、ワルドは言った。

「いかにも、神無き国の野蛮人が捻り出しそうな冗句だ」

 ワルドはまた、肩を竦める。
 殺してやりたい程、腹の立つ仕草だった。

「思い出したっ!」

 怒りのあまり、キュルケの手が杖に伸びかけた時だ。
 唐突に空が叫んだ。

「ワルド子爵言うたら、ルイズの許嫁やんか!」
「ヴァリエールの許嫁?」

 キュルケの眉が跳ねた。

「お似合いの婚約者同士ですことっ!」
「いや、有り難う――――君は僕のルイズを知っているのか?」
「使い魔や」
「ほう。人間の使い魔とは珍しい。なるほど、左手にルーンが有る。一つ見せてはくれないか?」

 手背のルーンを見ながら、ワルドは頻りに頷いた。ほうほう、これは珍しい。

「なあ。ルイズは最近、会えへん、言うとったで」
「ずっと忙しくてね。漸く休暇をとって、久しぶり領地に戻った所だったのだよ。すると、我が領地と言い、ヴァリエール領と言い、この有様だ。御陰で手紙を書く閑も無い。本当に申し訳なく思っている」

 二十歳過ぎと言うよりも、三十路手前の婚約者は、大げさに嘆いて見せた。

「君。まず、いつも僕の婚約者が世話になっている事に礼を言おう。所で、伝言を頼まれてはくれないかね?」
「なんて?」
「――――長い間、会えずにいて済まない。だが、僕の心は常に君とともに有る。愛しい君の、おヘソのずっと下の、可愛らしい所に接吻を送る。お口の恋人ワルドより」

 あまりに直接的な表現だった。

「不潔」

 タバサが呟いたのも、無理は有るまい。
 と、今まで笑顔だったワルドが、血相を変えた。

「なんだねっ。何か言いたい事が有るのかねっ。そこの“美少女”っ」

 水色の髪をした少女は、体ごと顔を逸らすと、無表情のまま両頬に手を当てた。

「なんや、チビっ子。褒められ慣れてないんか」

 タバサは頭を振って否定する。でも、

「簡潔で的確」
「自身満々やなあ、おいっ」

 そうそう。空はワルドに向き直る。
 マルティニー村と言う所に行きたいのだが、道を教えてくれないか――――

「任せてくれ給え。この辺りは僕の庭の様な物だからねっ」
「えー、そうでしょうともっ」

 キュルケが嫌味ったらしく言った。
 トリステインの子爵は意に介せず、事細かに道順を教えてくれた。
 ワルドに礼を言って、一同は出発する。

「トリステイン人の標本みたいな男だねえ」
「なんなのよ、あいつっ!」
「まあ、ええやんか。ワイはあいつが気に入ったで」

 空がそう言っても、キュルケの怒りは収まらなかった。相当、ワルドの事が腹に据えかねているらしい。
 シルフィードで低空飛行。指示された通りに道を辿る。すると忽ち、

「なあ、僕達、道に迷ってないか?」
「でも、子爵の言われた通りに……」
「しかしだね。地図とさっぱり方向が……」
「あーっ、もうっ!!」

 キュルケが叫んだ。

「あんた達、馬鹿じゃないのっ!トリステイン人が道を聞かれて、『知らない』なんて答える訳が無いでしょう!」
「ミス・ツェルプストー。それは偏見だ」

 だが、ワルドは偏見通りの男だった。

「全く!トリステインはいい所ね!トリステイン人さえ居なければ!」

 ここまで取り乱すキュルケの姿は、誰にとっても初めてだ。
 一同は――――タバサも含め――――さり気なく、怒り狂うゲルマニア貴族と距離を置く。

「とにかく、このまま無駄足は御免だ。どうする?」
「ギーシュ。僕は大変な事に気付いた」

 マリコルヌが手にしているのは、空が街で受け取って来たプログラムだった。

「見ろ。美人コンテストが有る」
「おお。怪しからん。女性を外見だけで判断しようなどと、実に怪しからんイベントだ。これは是が非でも、厳重に監視しなければならないなっ」
「いや、残念だけど、コンテスト自体はもう終わっている。だけど、パレードでは市長が優勝者と準優勝者を従えて歩く筈だ」
「む。確かに残念だが、まあ、それなら良しとしよう。益々、急がなければ」
「美人が二人も居るんだぜ。僕らの直感と霊感で、方向を割り出す事が出来るんじゃないか?」
「論理的な提案だ」

 むんっ――――ギーシュは眉間に指を当てて念じる。

「イッメ~~っジっっっ!!」

 マリコルヌも目を閉じて念じる。
 そして同時に刮目すると、二人は同じ方向を指し示した。

「あっちよ」

 キュルケが全く別の方向を示す。

「真っ先に私の方を向かない霊感なんて、当てになるものですか」

 大変な自信だった。
 この時、タバサが鼻をひくつかせた。風に混じる、ほんの微かな匂い。バターとガーリックの香り。

「あっち」

 キュルケはまた不機嫌になった。
 シルフィードが向かったのは、確かに二人が指さした方向だったからだ。


   * * *


 マルティニー村は端から端まで、歩いて五分とかからない、小さな村だ。
 中央の教区教会へと向かう、村にたった一本の大通りは、屋台で隙間無く埋まっている。
 スパイスのきいたソーセージに、ゴーフル、アヒル、鶏、鶉と言った鳥の類から、羊や牛が数頭まるごと、観葉植物から絨毯までもが売っている。
 プログラムに市が入っているのは確かだが、果たして、この日、この時、この場所で大きなベッドが売れる物なのだろうか。
 音楽の演奏は、あちらこちらの店が勝手気儘に楽器をかき鳴らすせいで、合戦の様相を呈している。
 一同を視線の砲列が出迎えた。見知らぬよそ者に対する、田舎特有の視線だ。
 それも束の間、バンドを先頭に、市長とビーティーコンテストの上位二名、関係者達の行進が始まると、一応はそちらに向き直る。

「ふん。大した事無いわね」

 二人の美女を片目に、キュルケは言った。

「私の方がずっと美人よ。ね、そうでしょう?ダーリン」
「ま、な」

 どうやら、機嫌は直ったらしい。
 村娘と張り合ってどうする。そんな言葉を、異世界人と二人のトリステイン紳士は賢明にも飲み込んだ。
 パレードは蝸牛の歩みの様に、遅々として進まなかった。
 何しろ、祭りに顔を出す過半は顔見知りだ。あっちで挨拶、こっちで雑談。
 市長が祖母の前で足を止めた時には、彼女が緩慢な動作で立ち上がるまでの間、全員が足踏みで待たなければならなかった。
 空は自ら、行進の最後列に歩み寄った。一人の男と挨拶を交わす。トリスタニアの酒場で小休止していた空を、この祭りに誘った男だ。
 フォワール・オー・エスカルゴは伝統あるマルティニーの年中行事。関係者は自前で、署名入りのプログラムや封筒を持っている。
 一同は手近な店に席を取った。気温は汗ばむ程で、風の心地よい屋外の席は、葡萄酒を傾けるにはお誂え向きだった。
 二人の紳士が葡萄酒と料理を調達する。
 蝸牛を大蒜とバターで焼いた簡素な料理、それにパン。
 アルヴィニーの食堂で時折使う、小さなやっとこが無い。どう食べる?
 辺りを見回すと、現地人達はパンの耳を千切って挟みに変えている。ピックで肉を一突きに鐺り出す。殻は置かずに、中の汁まで飲むのが作法と見える。
 ロマリアに入りては、ロマリアの法に従え。
 各人めいめい、見様見真似で突撃する。一見、何気ない動作だが、身だけを綺麗に抜き取るのは至難の技だ。
 まず、紳士二人がガーリックバターの洗礼を浴びる。元々、テーブルマナーと言う概念を持たない国の人間だから仕方が無い。
 キュルケは女性らしく気取ってみせるが、それでも無損害とは言えない。シャツから零れだした褐色の乳房が、油で蝸牛が這い回ったかの様にヌラヌラと照り光る様は、何とも言えず艶めかしい。
 空はまず汁を全部飲んでしまう、殻を皿の上に押さえつけるなど、様々な抵抗を試みはするが、やはり手慣れぬ身、ルイズに買い与えられた白いシャツがデロデロになる。
 唯一、用意周到にナプキンを持ち込んだタバサだけが、被害を免れている。
 珍味に酒も進む。
 空はガーリックバターで焼いたエスカルゴの粗野な味は、いかなるワインも受け付けないかの様に語る、色々と偏った自称食通の事を思い出した。
 可哀相に。本当に旨い蝸牛を食べた事が無いのだろう。
 ここの蝸牛は確かに大蒜は強いが、バターの風味が勝ってまろやかだし、口当たりも柔らかい。

 酒杯を重ねる内に、貴族達もたがが弛み始める。
 ギーシュはさめざめと泣き出す。未だ、ケティとか言う小娘が忘れられないらしい。その内、本当に刺されるのでは無いだろうか。
 マリコルヌは目が据わっている。呂律が回らぬ舌で、自分は酔っていない、酔ってなどいない、とひたすらに強弁する。
 キュルケは酔っているのか酔っていないのか判らない。彼女が空に言い寄るのは、いつもの事だからだ。

「蝸牛言うんは、スットロいさかい。求愛行動ものんびりやってなあ」
「雌雄同体なんでしょう。つまらないわね」
「どっちが男役かで揉めたりしてな。その点人間様は楽でええわ」
「男と女。はっきりしている物ね」
「せやけど、蝸牛かてバカにした物やない。前戯にたっぷり時間かけよる。交尾しとるとこなんかな、なかなかカンノー的やで」
「ああ、素敵ね。ダーリン」

 空も酔っているのかどうか判らない。人目も憚らずキュルケと熱烈に絡み合い、柔らかく弾力のある蝸牛を一つつつく毎に、別の柔らかく弾力の有る物もつつくが、素面でだってやるかも知れない。但し、今の様にルイズの目が無ければ。
 さすがに抜き身の剣は村に持ち込めない。デルフリンガーは鞘に監禁、沈黙を強いられている。
 タバサは一人、冷静だ。黙々、メニューに並ぶ蝸牛料理を端から片付けてゆく。
 ピックにフォークにナイフを手繰りながら、脳裏を過ぎる心配毎は、いざ満腹となった時、連れの酔っぱらい供をどう連れ出すか、と言う事だった。


   * * *


 腹がくちくなると、一同は撤退する事に決めた。
 このまま小休止して、第二ラウンドに突入しても良かったのだが、彼等は一人を除いて学生の身だ。明日の学業にも備えなければならない。
 帰還は夕食の直前だった。
 丁度良い。空は土産の蝸牛を膝に乗せ、厨房に向かう。
 ルイズに一皿増やしてやろう。一人楽しみ、酔って帰った後めたさが、彼に気を使わせていた。
 ギーシュもそれに続く。抱える木箱はやけに多い。

「ボーズも土産かい。しっかし、お前のコレ……モンモン言うたか?」
「モンモランシーだ」
「どんだけ食うねん。それとも、あれか。厨房で料理させよう腹じゃなくて、そこにも相手が居るっちゅう事か?」
「だから、ミスタ。貴方は誤解されている様だが、僕とあの娘は――――」
「違う言うなら、なんで直接持ってく?貴族が立ち入る所、違うで?」
「だから、それは――――」
「おう、シエスタ!居るか!」

 空は自宅のキッチンの気軽さで、厨房に入った。

「我等の風っ!」

 料理人達が大げさな呼び方をするのは、いつもの事だ。だが、態度がいつもと違った。
 それは決して、背後にギーシュの姿が有るからでは無さそうだ。
 料理人達の目に、小さな敵愾心が見える。
 沈鬱な空気が厨房を覆っている。

「なんやっちゅうねん。おい、シエスタはどした?」
「連れて行かれたよ」

 小太りの料理長マルトーが苦々しく吐き捨てた。

「なんや、拉致られでもしたんかい」

 空はまだ、脳をアルコールに冒されている様子だ。物騒な言葉と裏腹な、蝸牛の様に緩慢な口調。
 一方、ギーシュ。
 目つきが変わった。酔いが一発で醒めた。

「連れて行かれた?誰に?」
「今朝、王宮の勅使とか言うんで来た貴族が、値踏みをしていた様で……その後……」

 マルトーは口調を濁した。
 恐れ入っている訳では無い。思わぬ所に、思わぬ相手の姿を発見して、切り替えに苦慮している。
 下手をすれば、暴言が口を吐いて出かねない。
 ギーシュは身を震わせる。
 王宮からの勅使。モット伯爵だ。彼の人となりはよく知っている。

 なんと言う事だ――――。

 ギーシュは抱えていた木箱を、有無を言わせず、空の膝に乗せた。

「あん?」
「どうぞ、召し上がれ!」

 何事だ?
 空が振り向いた時、貴族の少年は、マントを翻して駆け出していた。


 ――――To be continued


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