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虚無の王-13-1


 サウナに不満が有る訳では無い。
 暖まるだけ暖まり、徹底的に汗を流した上で冷水を浴びる。それはそれで、堪えられない快感だ。
 だが、空は日本生まれの日本育ち。
 研究所を脱するまで日本社会と無縁で生活し、戸籍も偽造の無国籍系日本人とは言え、時には風呂釜に張った湯が恋しくなる。
 そんな時、空はヴェストリの広場の片隅で湯を使う。昼でも殆ど人が来ない場所は、人目を避けるのに丁度いい。使い古しの大釜が、五右衛門風呂代わりだ。

「ええ、お月さんや。おまけに二つも有りよる。日本じゃ考えられん贅沢やな」
「いい気分みてえだね、相棒」

 すぐ側の壁で、デルフリンガーがカタカタと身を震わせる。

「さいっこーや。デル公。お前も入るか?」
「冗談は止してくれ。ついでにデル公も止めてくれ」
「じゃ、フリ公」
「だから、何故略す」
「なんや、不満か。フリチン」
「絶対に止めてくれ。第一、呼んでる方も恥ずかしいんじゃないのかい?」
「剣は男のシンボルやろ」
「相棒は哲学的だねえ。じゃあ、女のシンボルはなんだね?」
「万力。もしくはペンチ」
「痛ててっ……聞いているだけで痛いやね。それよりも相棒――――」
「ああ――――シエスタ、なんか用か?」

 暗闇の中から、人影がぬっと現れる。
 シエスタ。“飛翔の靴”を履いたメイドは、何やら瓶を手にしている。

「よく、分かりましたね」

 今晩は、空さん――――丁寧に挨拶すると、シエスタは言った。

「この学校でそないな物履いとんのは、お前かギーシュの小僧くらいの物や」

 そして、ギーシュは練習したり、ワルキューレの改造案を練る時以外に履く事は無い。

「で、どした?こんな時間に」
「実は、とても珍しい物が手に入ったんです。以前の御礼も未だでしたし、空さんに御馳走しようと思いまして」
「珍しい物?なんや?」

 空が風呂釜から身を乗り出すと、シエスタは小さく悲鳴を上げた。
 目を覆うにも、大きな瓶とグラスを手にしている。
 逞しい裸体に、釘付けになっていた若いメイドは、数秒して思い出した様に顔を逸らす。

「あ、あの、東方、ロバ・アル・カリイエから渡来した、特別なお酒です。なんでも、お米で出来てるとか……」
「要は清酒か?」
「え、せい……?」
「あー、なんでもあらへん。こっちの話や」

 シエスタはグラスに酒を注ぐと、殆ど後手に手渡した。

「こらこら。人と話す時は相手を見んといかんやろ」
「え!……でも……そんな……」
「はは。冗談や冗談。ありがとな」

 チラチラと視線を送るシエスタからグラスを受け取る。
 限りなく無色透明に近い液体は、仄かな光彩を帯びている。
 米麹特有の甘く華やかな香りが鼻腔を擽る。
 一口。湿った感触が、するりと喉を通り抜けた途端、米の芳醇な香りが口一杯に広がり、鼻腔を抜けて、消えて行った。


「くっはあ~、堪らへん……っっ」

 空は満足気に息を漏らす。

「綺麗なお月さんに、熱い風呂に、旨い酒。こら、言う事無いわ」
「相棒はあれだ。ろくでなしだねえ」

 その声に、シエスタは辺りを見回した。

「……今、声がしませんでした?」
「ああ。この辺、出るっつう話やからな」
「冗談でしょう?」

 差し出されたグラスに酌をしながら、シエスタは猶も視線を巡らせる。

「私、そんな話、聞いた事無いですよ」
「七不思議言うてな。学校は大抵、その手の話を抱えとるもんや」
「幽霊扱いは酷いんじゃないかい?」
「ま、また……!――――」
「そこのメイドよう。お前さん、存外鈍いね」

 デルフリンガーは派手に刀身を震わせる。壁が鳴る。
 シエスタは振り向き、息を飲む。

「……け、剣が喋ってるっ!……」
「いいね、いいね。新鮮な反応だよ。貴族の小娘共は澄ましてた顔で、“なんだ”ときやがるからね。“なんだ”だよ、おめえさん。こちとら叶わねえよ」

 暢気に捲し立てるデルフ。
 シエスタはそれ所では無い。真っ青な顔で一歩退がり、二歩退がり――――濡れた地面に足を取られる。

「きゃっ」

 シエスタが悲鳴を上げた時、空は手を伸ばして、酒瓶を引ったくる。
 メイドの娘は、頭から風呂釜に転落した。



「……あーん。びしょびしょだあ……」

 シエスタは湯から顔を出すと、まず泣きそうな声を上げた。続いて全裸の空に気付き、真っ赤な顔で俯いてしまう。

「デル公。悪さが過ぎるで」
「GJと言って貰いたいねえ。いい月、いい湯、いい酒と来たら、後はいい女だろ、相棒」
「すすす、すみませんっ」

 慌てて風呂釜から飛び出そうとするシエスタ。
 と、その肩を空が押さえた。

「そ、空さん……っ?」
「待ちや」

 シエスタが飛び込んだ事、湯が派手に零れた。嵩張るメイド服は水分をたっぷりと吸っている。
 このまま出られると、水嵩が足りなくなる。

「後、五分付き合い」

 仕方が無い。シエスタは素直に従う。
 “飛翔の靴”に付着した泥土や、後で丹念に手入れしてやらなければならない、と言う事よりも、背後の空が気になった。
 湯船は勿論初めてだが、サウナ風呂に父や兄弟と共に入ったのも、かれこれ何年前の事だろう。


「そ、空さんは、ミス・ヴァリエールに召喚されたんでよね?」
「せやけど」
「空さんの国はどんな所なんですか?」

 好奇心と言うよりも、緊張を紛らわせる為に聞いた。
 空は顎を撫でた。
 さて、どう説明しよう。
 現代日本の現状をそのまま語っても、シエスタには理解不可能だろう。何か、ハルケギニアの人間にも通じる様な、巧い言葉は無いか……。

「日本言うてな。天皇陛下を中心とした神の国やな」

 言ってから、日出づる国でも良かったかな、とも思った。
 どの道、日本生まれとは言え、日本人として生まれた訳では無い空にとって、それ程、意味の有る言葉では無い。
 だが、これなら王政下、封建社会の人間にも通じるだろう。

「テンノー陛下?」
「ハルケギニアには始祖ブリミルの子孫ちゅう王家が幾つか有るやろ?それが一つだけ、て思えばええわ」
「始祖ブリミル、ですか……」

 シエスタは複雑な声で言った。

「私、昔から疑問だったんです。私達は神と始祖とを崇めています。でも、どうして、貴族と平民とを分けられた始祖を、魔法を使えない私達が崇めているんだろう、て」
「そうかなあ。分けたんはブリミルはんかいなあ?ワイ、違うと思うで」
「え?」
「苦労して魔法憶えて、おっかないエルフやトロル鬼と喧嘩するくらいやったら、料理作っとった方が、なんぼ気楽か判らへん。ブリミルはんが一握りにしか教えへんかったんやなくて、魔法憶えよう、言う奴がそもそも殆ど居らへんかったんと違うか?」

 シエスタは以前、空が口にした言葉を思い出した。
 一緒にされたないなあ――――
 “我等の風”。自分をそう称して崇拝する厨房の料理人達を、空が少なからず軽蔑している事は知っている。その理由を改めて聞かされた気がした。
 でも、どうしろ、と言うのだろう。6000年前の出来事など、自分達にはどうにも出来ない。
 シエスタは身震いする。
 今、自分が魔法を使えない様に、自分の選択一つが、また6000年後の子孫の人生までをも、決定してしまうのかも知れないのだ。

「ま、いつの時代も同じや。飛ぼう思った奴が飛ぶ。地べたに居った方が楽や気付いた、利口な奴は飛ばん。そう言うこっちゃな」
「利口、ですか?」
「飛べば落ちる事も有るわ。高く飛んでれば、それだけ落っこちた時は悲惨やで。なら、飛ばん方が安全やろ」
「でも、飛べない者は、飛べる者に対して無防備です」
「飛ぶ奴は、もっと無防備や。見てみ」

 シエスタは言われた通り振り向き、息を飲んだ。
 空が水面に脚を出している。膝から下が無かった。

「ワイは飛べるつもりやった。勘違いに気付いた時は手遅れや。グシャグシャに砕かれてもうてな。切断するしか無かった」

 空は大釜の縁を掴んで体を持ち上げると、湯船を出た。
 茫然としていたシエスタは、一部始終をはっきりと目撃してから、慌てて目を逸らす。

「ま、後悔は少しもしてへんけどな。あないなごっつい“空”見付けて、飛ばんかったら男やないわ」

 ギーシュは高い目標を“空”に譬えた。空も同様だろう。
 飛べる人間が飛ぶのでは無く、飛ぼうとした人間が飛ぶのだ。
 二人の話から、シエスタはそんな事を考えた。
 では、自分の“空”はなんだろう。
 どんな人生を夢見て来ただろう――――。

 空は踏み台にかけて、体を拭いている。
 広い背中に、入れ墨が彫られている。

「あら?」

 翼の入れ墨。右側しか無い。
 シエスタには判らない事だが、真ん中に彫られた“翼”の字もまた、切り取った様に、右半分だけだった。何故?

「鳥は一対の翼をもって初めて天を舞う―――― 一人では決して辿り着けへん場所も有る、ちゅうこっちや」

 衣服を身に着け、靴を履いたままの義足を装着すると、空は車椅子に腰掛けた。

「ほな、ワイはこれで消えるさかい。服乾かして、ついでに残り湯使ってったらどうや?」
「あ、待って」

 デルフを拾い上げ、立ち去ろうとする空を、シエスタは呼び止めた。

「なんや?」
「……私、空さんが羨ましかったんです。なんのかんの言っても、私達は貴族に怯えて暮らしてる。そうじゃない人が居るのが、自分の事みたく嬉しくて……」
「別に、貴族かて獲って喰いやせんやろ」
「ええ。そうです。ミスタ・グラモンと話していて、判ったんです。貴族にも怖い物が有るんだ、て。私達と変わらないんだ、て」

 そして、空。
 ギーシュが手を尽くして勝とうとしている人間も、過去に大きな挫折を味わっている。

「でも、私達と違う所は、あの人はその怖い物から逃げないんだ、と言う事。戦おうとしている事。だから、私も逃げません」

 シエスタは決然と言った。

「ミスタ・グラモンは空さんに勝ちます。絶対に勝ちます。大した事は出来ませんけど、私もそのお手伝いをします。絶対に勝ちます」
「なんや。宣戦布告かい?」
「そんな所です」

 シエスタは微笑んだ。
 気後れも無く、挑戦的な様子も無い、澄んだ笑顔だった。

「しっかしよう、小娘――――痛っ」

 何かを言いかけたデルフを、空は岩に叩き付けて黙らせた。

「なんぼでも相手になる」

 笑顔に笑顔で答えて、空はその場を去る。

「痛てて……酷いね、相棒。俺にもそうだけど、あの小娘にだってそうさ」
「なにがや?」
「教えてやんなくていいのかい?あの小倅、他の小娘ともう出来てるだろ」
「せやかて、お前の言う事違うわ」


   * * *


 朝――――
 ギーシュは弾む様な足取りで、アウストリの広場を歩いていた。
 モンモランシーとの復縁。
 そして、本日予定している小旅行が、貴族の四男坊を浮かれさせている。
 誘いをかけて来たのは空だった。以前、トリスタニアに出かけた時、仕入れて来た話だと言う。
 ゲルマニアとの国境近くに有る小村。マルティニー村でのエスカルゴ祭り。
 最初は人数を集め、馬車を雇って、泊まりがけの予定だった。
 タバサの参加が決まって、計画が変わった。彼女の風竜なら、日帰りでも行ける。
 参加者は発起人たる空。
 彼の誘いとあっては断る筈も無いキュルケ。
 貴重な“脚”を提供するタバサ。
 その脚を引っ張るバラストのマリコルヌ。
 そして、ギーシュだ。
 ルイズは授業をサボる訳にはいかない、と断った。モンモランシーも同様。

「こらーっ。なにしとんねんっ。遅いで、ボーズっ」
「済まないっ!もう少し待ってくれっ!」

 準備は出来ている。
 丁度、学院長の元に王宮からの勅使が訪れていて、遣わされた貴族は知り合いだった。出発前に、是非とも挨拶を済ませてたおきたい。
 本塔から学院長と勅使が姿を現す。背後には数人の従者。
 オールド・オスマン。モット伯爵。
 談笑する笑顔はなごかやかだ。二人は極めて趣味が近い。ギーシュの父、グラモン伯爵も、それは同じだった。

「おや、ギーシュ君。ギーシュ君じゃないか」

 ギーシュの姿を認めると、見事な渦眉、渦鬚の洒落者モット伯爵は、笑顔で手を広げた。

「お久しぶりです。伯爵」
「父上は御息災かな?」
「ええ、ビンビンです」
「そう言えば、お前さんとグラモンは悪友同士だったのう」

 ワシはここで失礼する。ゆっくり話していけ。モット伯の肩を叩いて、オスマンは学院長室へと戻る。
 何しろ、モット伯爵も、ギーシュの父も学生だった頃から学院長であり、老人だった人物だ。一体、何歳なのだろう。
 女王陛下の勅使たる伯爵と雖も、頭は上がらない。

「王宮からの勅使と言うお話ですが……」
「ああ。大した事では無いよ。君に話してしまっても構わない様な内容だ。“土塊のフーケ”は知っているね」
「聞いた事が有ります。貴族ばかりを狙う、土メイジの盗賊が居る、と」
「最近、被害がトリスタニアと近郊に集中している。そこで、十分に警戒する様、注意を促しに来た訳さ。魔法学院には貴重な宝物が山と有るからね。例えば、学院長秘蔵の“圓月杯”とか……」
「それは、どんな品なのでしょう?マジックアイテムですか?」
「さあねえ。私も知らないんだ。オールド・オスマンに聞いてみるといい。巧く煽て上げれば、見せてくれるかも知れんよ?」

 それよりも――――モット伯は話を変える。
 君はこんな所で何をしているんだ。もうすぐ、授業ではないのか?

「実はこれから、日帰りで旅行なんです。仲間達とマルティニー・レ・バンのフォワール・オー・エスカルゴに行く予定でして」
「おー、それは素敵だ。あそこの蝸牛は最高だからね」
「お土産をお持ちしましょうか?お邸はすぐ近くでしょう」

 邸と言っても、領地のそれでは無い。あくまで、王宮に出仕する際に使っている物だ。
 モット伯のそれは、学院から歩いて一時間の距離に在る。

「ありがとう。それにしても、昔を思い出す。私も時折、悪友と授業をサボって飛び出した物だが、その度に鞭打ちを覚悟した物さ。その頃に比べると、学院も随分、自由になったのだねえ」

 しまった――――モット伯の言葉に、ギーシュは表情を変える。
 学院の規律が当時に比べて緩いのは事実だが、堂々授業をさぼる事が容認されている訳では無い。
 勿論、父の感性が当時から変わっている訳でも無かった。

 と、その様子に気付いて、モット伯は目配せした。

「あー、私は何も聞かなかった。お父上には内緒にしておくよ」
「す、すみません。有り難うございますっ」

 では失敬――――モット伯は馬車に乗ると、去って行った。
 平身低頭で見送ると、ギーシュはアウストリの広場へ戻ろうとする。
 その体が、不意に浮いた。襟首を何かに掴まれた。
 気付いた時、ギーシュは風竜の背に乗っていた。そこには、参加者が既に揃っている。

「遅いで、ボーズ」
「ああ、済まなかった」

 ギーシュは一同に詫びると、居住まいを正す。
 さあ、出発だ!


   * * *


 目的地のマルティニー村は、国境に程近い小さな村だ。

「うちの領地と、目と鼻の先ね」

 キュルケは言った。つまりは、ルイズの実家ヴァリエール公爵家の領地内か、その近郊と言う事だ。

「そうなのか。ミス・ヴァリエールも来れば良かったのにな」

 空はギーシュと反対の感想を抱いた。
 なんだかんだと言っても、ルイズは未だ、家族の前で開き直れる程の自信はついていない。実家には近寄り難い気分なのだろう。一人で来てしまって、悪い事をしただろうか。
 まあいい――――空は満面の笑顔で寝そべった。
 トリスタニアとその周辺では、ここ一月で、二日しか雨が降っていない。埃っぽい事には閉口するが、陽は高く、空は澄んでいる。

「ええ気分や。ホンマ、サイッコーやな、この竜は」
「本当。何時見ても、貴女のシルフィードには惚れ惚れするわ」

 空とキュルケは、口々にタバサの使い魔を讃えた。

「なあ、チビッ子。ワイと使い魔交換しいへん?」
「ひでえっ!」

 空が言う使い魔とは、デルフリンガーの事だ。刀身には黒マジックでルーンが書き込まれている。
 とは言っても、ただのアルファベットだが。

「駄目」

 タバサはきっぱりと拒否する。
 不満そうにしながらも、空は納得した。空飛ぶ竜と、喋る剣では格が違い過ぎるだろう。
 空はシルフィードの背中を転げ回る。俯せになっては眼下を見下ろし、仰向けになっては太陽に手を翳す。手元には、デルフリンガーと松葉杖。
 車椅子は置いて来た。風竜の背に積むには無理が有る。

「今、決闘を挑んだら、勝てるんじゃない?」

 キュルケがからかう様に言った。

「ははっ。今日は折角の旅行だ。休戦とするよ。楽しみはとっておくに越した事は無いしね」

「なんや、自信満々やないか」
「先日の“ハードル”。平地でのスピードは対等だったが――――」

 障害物――――その時は岩場の絶壁――――を乗り越える時点で差が付いた。
 ギーシュが自身とワルキューレをレビテーションで四苦八苦しながら運んでいる間、空は恐るべき勢いで駆け登って行った。

「だが、それも対策が出来た。次は負けない」
「シエスタの入れ知恵かい?」
「彼女は優れた相談役だ――――しかし、知っていたのか?」
「ああ。お前を勝たせるんや、て息巻いとったわ」

 空は身を起こした。吹き寄せる風が心地よい。

「シエスタはええ娘や」
「うむ。全くその通りだ」
「せやけどな。ああ言う、一見大人しいタイプは、思い詰めると怖い」
「?……どう言う事だ?」
「月の無い夜道には気を付け、言うこっちゃ」
「なんだ、ギーシュ。お前、メイドに手出してたのか!」

 横から口を挟んだマリコルヌに、ギーシュは血相を変えた。

「ば、馬鹿な事を言わないでくれ!僕と彼女は、断じてそんな関係では無い!」
「阿呆。あっちがそう考えとらんかったらしゃあないわ。お前はなんだっけ、あれ、洪水のオンモランシー?」
「香水のモンモランシーだ」
「……せや。そいつと出来とるんやろ。お前が二股かけられる程マメな質違うんは、はっきりしとるんやから。早目にはっきりさせとき。終いには、刺されるで?」
「お、大きな御世話だよ、ミスタっ!貴方こそ、ミス・ヴァリエールとはどう言う関係なんだ?」
「……なして、そこでルイズが出て来る?」

 空は、本当に訳が判らない、と言った顔をした。

「貴方は彼女と一つ屋根の下所か、同じ部屋で寝ているじゃないか。これは問題ではないのか?」
「だって、ワイ、使い魔やもーん」
「何も起きて無いと言うなら、それこそ男として問題ではないのか?何かの病気とは違うのかね?」
「私も興味有るわね。本当に何も無いの?無いとしたら何故?」
「せやからなあ、ルイズは違うねんで。あいつは、あれや。妹みたいな物や」

 この時、マリコルヌが身を強ばらせた事に、誰も気付かなかった。

「妹?」
「せや。ワイ、あっちじゃクソ生意気な弟しか居らへんかったからなあ。そこん所来ると、ルイズは可愛くてしゃあないわ。可愛い妹や。妹に手出す鬼畜がどこに――――」

 と、言葉が途切れた。
 誰かがあっ、と声を上げた。
 空の体が不意に宙へ舞った。
 投げ出されかけた所を、ギーシュとキュルケが慌てて掴む。

「おい、ピザ」

 空は無表情で、犯人を睨み付けた。
 そこでは、マリコルヌが杖を手に震えていた。

「なんの真似や、おうっ!?」
「な、なんだ……こ、怖く無いぞ。師匠……いや、貴方はもう、僕の師匠じゃない!あんな愚かな事を言い出す奴が、師匠であるもんかっ!」
「あんっ?」
「何が妹だっ。何が可愛い妹だっ。そりゃ、ミス・ヴァリエールは美少女さっ。魔法は使えないし、胸は無いし、生えても無いけど、それだって、飛びっ切りの美少女には違いないっ!
その彼女が妹だって!可愛い妹だって!貴方は、このハルケギニアに可愛い妹なんて言う生き物が棲息しているなんて、そんな御伽噺を本気で信じているのかっ!」

 マリコルヌは絶叫する。魂の叫びだ。

「畜生〈ブリミル〉っ!僕には、妹が居るんだっっ!」

 その一言に、一同は沈黙した。

「しかも、僕そっくり」
「うわっ……」

 誰かが声を上げた。
 突き落とされかけた空さえ、怒りを忘れた。

「良かった……ホンマ、良かった……」

 空は心の底から、安堵の声を漏らした。

「ワイを召喚したんがルイズでホンマ良かった……」

 下手をしたら、マリコルヌの妹だったかも知れない。
 いや、更に下手をしたら、マリコルヌ当人だったのかも知れないのだ。
 いきなり、この世界に召喚された時は、運命の理不尽を呪いもした。だが、ああっ!自分は幸運だったっ!

「君はなんと言う愚か者なんだっ!」

 と、キブラに向かって平伏、神に感謝の祈りを捧げんばかりの空をよそに、ギーシュは叫んだ。

「ああ!マリコルヌよ!風上のマリコルヌよ!愚かなのは君だ!ミスタでは無く、君だ!何故、目に見える物に捕らわれる!何故、真実に目を向けようとしないんだ!」
「僕が愚かだって!?」
「そうとも、君は愚かだ!救い様の無い愚か者だ!」
「なんだと!なら、ギーシュ!君には、その真実とやらが見えている、とでも言うのか!」
「当然だっ!グラモン家の男は事実に惑わされたりはしないっ!――――いいかね、風上のマリコルヌ!逆に考えるんだっ!血の繋がっている女など、断じて妹では無いっ!!」

 刹那、百雷、頭上に轟いたかの衝撃が、マリコルヌを襲った。
 その頬を涙が伝う。

「ああ!ギーシュ!青銅のギーシュ!心の友よっ!有り難う!有り難う!よくぞ言ってくれた!よくぞ僕の蒙を啓いてくれたっ!」
「判ってくれたか、マリコルヌ!」
「ギーシュっ!」

 二人はひしっと抱き合った。
 キュルケは呆れ返った様に二人を見つめていた。汚い物を見る目だ。

「なんで……」

 タバサは“貴方はどうして、そんなにも愚かな事を言い出すのか”を意味する言葉を口走ろうとして、考えを改めた。

「さあ、ギーシュ!架空の妹について、心逝くまで語り合おうじゃないかっ!」
「ああっ!一門に一人、架空の妹だなっ!」

 今の二人には、とてもそんな言葉では足りない。
 タバサは読み途中の本を片手に、シルフィードの背を這い、空に寄りかかった。

「なんや?」
「ここ」
「読めばええんか?ええと……『彼女は言った――――』」

 なるほど。適切な要約だ。
 タバサは続いて、二人の下に躙り寄る。

「なんだね?何か用かね、チビっ子。今、僕らは大宇宙の真理について語り合っている所なのだ。邪魔をしないでくれ給え」
「待つんだ、ギーシュっ!彼女はチビっ子では無い。ロリっ子だ!言わば、今の僕らに必要な人間っ!」
「いやいや、待て待て。待つんだマリコルヌ。妹=幼女はあまりに短絡が過ぎる」
「とにかくだっ!さあ、ロリっ子よ!君のすべき事はただ一つっ!目に一杯の涙を溜めて、『お兄ちゃんの馬鹿!弱虫っ!』と僕を罵るんだっ!そうすれば、仲間に入れてあげようじゃないかっ!」
「なるほど。それは悪く無いな。良し、賛成だ。トリステイン貴族として、断然賛成でありますっ!」

 二人の狂態を、タバサはいつもの無表情で見つめていた。
 眼鏡の位置を直し、いつもの冷たい視線を二人に向けると、抑揚の無い声で呟く。

「童貞キモい」

 刹那、空気が凍り付いた。
 ギーシュは乾いた笑みを浮かべて蹌踉け、マリコルヌはその場に突っ伏した。

「あふんっ!ああっ!……もっとだ!もっと言ってくれ!君の様な幼い子に、そんな風に罵られるなんて、僕はっ!……ああっ!ああーっ!」

 風竜の背を散々転げ回ると、マリコルヌは翼下に転落した。
 キュルケが蹴り飛ばしたのが決定的だったが、被害者本人を含めて、それを責める者は誰も居なかった。

「ふ、ふふっ……君は間違っている」

 ギーシュは笑った。無理に作った笑みだ。
 態とらしく取り出した薔薇は、上下が逆さまだった。

「僕は童貞では無い。“清童”だ」
「“清童”?」
「その通りっ!つまり、それは将来、愛を捧げる女性の為に守られるべき純潔であり、乙女と同様、清純かつ価値の有る物なのだよ」
「“清童”のギーシュ?」

 ギーシュは息を飲んだ。嫌な予感がした。

「“清童〈チェリー〉”のギーシュ」
「そ、その呼び方は止めろーっ!……止めてくれっ!……うわーっっ!」

 ギーシュは蹌踉ける。
 蹌踉け、蹌踉けて風竜から転落する。

「なんや、紐無しバンシーかい。気持ち良さそうやん」

 呆然と様子を窺っていた空に、笑顔が戻った。
 えいっ――――自ら飛び降りる。

「あんっ、ダーリン。お待ちになって!」

 キュルケも飛び降りる。

 ――――そして、誰も居なくなった。
 翼上に一人残されたタバサは呟く。

「なんでやねん」


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