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封仙娘娘異世界編 零の雷 第五章 その二

 三


学院長室。
オスマン氏は帰還した四人の報告を聞いていた。
「申し訳ありません。『破壊の槍』は奪還したものの、土くれのフーケは取り逃してしまいました」
「一応、周辺に非常線を敷くように連絡しましたので、捕まるのは時間の問題だとは思いますが……」
メイジ三人娘は深々と頭を下げる。
オスマン氏は良い良いと手を振り、頭を上げさせた。
「構わんよ。『破壊の槍』を取り戻せただけでも御の字じゃて。
 それに、誰一人フーケの正体は見抜けなかったのじゃからな。
 ……しかし、まさかミス・ロングビルがのう」
隣に控えるコルベールが尋ねる。
「一体、どこで採用されたのですか?」
「ん、まぁ……ゴホンゴホン。そういうこともあるわい。男の子じゃもの」
果てしなく苦しい誤魔化し方である。
――街の居酒屋で、やけに愛想良く言い寄ってくるからつい、などと言えるか。
「ゴホン。ま、まぁ、何じゃ。ともかく、『破壊の槍』を取り戻したのは大手柄じゃからな。
 君たちに『シュヴァリエ』の爵位申請を宮廷に出しておいた。
 ミス・タバサは既に『シュヴァリエ』の爵位を持っているから、精霊勲章の授与をな」
ルイズとキュルケの顔がぱっと輝いた。タバサの方は相変わらずだが。
――と、ルイズの表情が翳る。
「……あの、インライには何もないんですか?」
「残念だが、彼は貴族ではない」
ルイズの後ろから殷雷の声が飛ぶ。
「俺はそんな物に興味はない」
オスマン氏は一言「すまんな」とだけ言うと、手を叩いた。
「さて、今夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。色々ゴタついてしまったが、予定通り執り行う。
 今日の主役は君たちじゃ。早く用意するといい」
キュルケがあっと飛び跳ねる。フーケの騒動で完全に忘れていたらしい。
三人は一礼し、ドアへと向かう。
――が、殷雷がルイズを引き止めた。
「ルイズ、お前は残れ。少しばかり話がある。
 ああ、キュルケとタバサは先に行ってな」
キュルケとタバサが部屋を出る。
オスマン氏は何かを察したのか、続いてコルベールにも退室を命じた。

学院長室には殷雷、ルイズ、そしてオスマン氏が残された。
オスマン氏が口を開く。
「何か私に聞きたいことがあるようじゃな」
「ああ。……と言っても、何から聞けばいいやら」
殷雷は頬を掻く。あまりにも状況がややこしすぎて、彼自身も混乱しているのだ。
とりあえず、適当な所から。
「……ワイバーン、と言うのはどういう生き物なんだ?」
ルイズが首を傾げる。そんなことを聞くためにわざわざ残らせたのか?
「どういうって、翼があって鋭い牙が生えてて……」
「それは龍の一種、なのか?」
「竜……まぁ、厳密には違うんだけど、似たようなものかしら」
「そうか。分かった」
とりあえず、それだけ分かれば十分だ。
殷雷はオスマン氏に向かって、言った。
「学院長。あの『破壊の槍』を、どこで手に入れた?」
オスマン氏は目を細める。
「あれは私の命の恩人の、遺物なのじゃ」
「遺物……」
つまり、それを持っていた人物は既にこの世の者ではない、と言うこと。
「もう三十年も前の話じゃ。森を散策していたら、ワイバーンに襲われてな。
 そこを、『破壊の槍』を持った男によって救われた訳じゃ」
「救われた。どうやって?」
「投げつけたんじゃよ、その槍を。あの時の凄まじい掛け声は、生涯忘れられんじゃろうな」
投げつけた、か。
「その構え、こんな風じゃなかったか?」
殷雷はオスマン氏の杖を借り、構える。
それは土くれのフーケを倒した時と、全く同じ動作だった。
オスマン氏が驚愕する。
「そ、それじゃ! まさに! 何故君がその構えを知っている!?」
殷雷は構えを解き、杖を返す。
そして、大きく息を吐く。

「これは砕鱗槍術。仙人が開発した、対龍用の槍術――の、基本だ」

ルイズはさらに首を傾げる。
「センニンって、あんたの国で言うところの、メイジのことでしょ?
 何でメイジが槍の技を?」
言われて思い出した。そう言えば、自分は仙界という『異国』から来たことになっているんだった。
「ああ、それは嘘だ」
「――は!?」
「俺は別の世界から来た」
ルイズとオスマン氏が絶句する。それはあまりにも突拍子もない話だ。
「その、槍の男とやらも、俺と同じ……かどうかは分からんが、別の世界から飛ばされてきたのだろう。
 もしくは、別の世界から来た何者かによって砕鱗槍術を伝授されたか。
 ――で、その男はワイバーンを仕留めた後、どうした?」
オスマン氏は殷雷の話を反芻しつつ、口を開いた。
「その時既に、かなりの大怪我を負っていてな。学院に運んで手当てをしたのじゃが……」
力及ばず、と。
「大型の獣……虎にでも襲われたのじゃろうか。あれほどの使い手を亡くすとは、惜しい話じゃ」
「でも、オールド・オスマン。ワイバーンを倒せるほどの槍使いが、虎なんかにやられるのでしょうか?」
殷雷は首を横に振る。
「砕鱗槍術は対龍用の槍術。龍以外の相手には、虎だろうが狼だろうが、兎にすら効果はないんだよ」
「それで、虎に対して使おうとして返り討ちにあった、と……」
何と不憫な話であろうか。
「しかし彼の死に顔はとても安らかなものじゃった。最後の最後に竜を仕留めることが出来て、
 本望だったのじゃろうな……」
オスマン氏は遠い目をして、窓の外を見つめた。


 *


「さて、次の話だが」
「ま、まだ何かあるの!?」
ルイズが悲鳴を上げる。正直言って、もう十分驚き尽くしたのだが。
だが、殷雷にしてみればむしろここからが本番である。
――と、言うところでドアがノックされた。

「毎度、九鷲酒造です。九鷲酒五十樽、お届けに上がりましたー」

……何やら、扉の向こうから恐ろしくも能天気な声が聞こえてきた。
「ああ、少々待っていてくれ。先にこちらを済ませてしまおう」
と、扉に向かうオスマン氏に殷雷が言う。
「丁度良い。……そこにいる奴も、今回の話に関係がある。入ってもらってくれ」

部屋に入ってきたのは思った通り、九鷲だった。
「あら。何やらお揃いで」
「こいつは九鷲器。徳利の宝貝だ」
殷雷はあっさりと言う。
九鷲は目を丸くした。
「……あんまり、人の素性をベラベラと話すのは感心できないわよ」
「ここだけの話に留めておけば問題ない」
そういうものだろうか。
九鷲とオスマン氏は面識があった。仕入先の居酒屋の常連で、何度か会話をしたこともある。
信用できる……と思う。
……やたらと尻を触る事に目をつぶれば、だが。
「君もパオペーじゃったのか……ううむ。確かに、どこか普通の人間とは違うと思っていた」
「……お尻が、ですか?」
オスマン氏はわざとらしく咳き込み、その場を誤魔化す。全然誤魔化せてはいないのだが。

「――さて、九鷲よ。ひとつ昔話をしようじゃないか。
 俺と和穂が、お前を回収した時の話だ」
その事は、九鷲もよく覚えている。だが、それが今重要だとは思えない。
殷雷は構わず話し始めた。
「お前は村人全員に五吼酒と七命酒を飲ませた上で武装させて、俺たちを迎え撃った」
と――
「え……それ、何の話?」
殷雷は構わず続ける。
「俺は万返鏡で己の分身を造り、真っ向から応戦した。
 だが、お前は万波鍾の力で分身を消し、不意打ちで万返鏡を破壊した。
 そして、お前と俺の一騎打ちの末に俺が勝ち、封印した」
九鷲は異議を挟む。
「ちょ、ちょっと! 何よそれ、全然違うじゃない!?」
それは、彼女の記憶と大きく食い違っていた。
確かに一騎打ちはした。だが、村人全員を武装させただの、万返鏡と万波鍾だの、
そんな話は一切無かったはずだ。
殷雷は何の話をしているのだろうか?
九鷲に分からない話を、ルイズとオスマン氏が理解できるわけもない。
二人はただ呆然と耳を傾けるだけだった。
「――話は変わるが、界転翼と言う宝貝を知っているか?」
今度は一体何だ。一体何の関係があるのか。
界転翼。聞いたことはある。鳥用の、足環の宝貝だ。
「知ってるけど、それが何か?」
「そいつで龍の能力を強化できる、という話は聞いたことがあるか?」
初耳だ。九鷲は首を横に振る。
界転翼はあくまで鳥用の宝貝であり、龍の能力を強化するならそもそも足環の形を取る必要もない。

先ほどから、殷雷の言うことはまるで筋が通らない。
「……結局、何が言いたいの?」
殷雷は目を閉じ、考える。

幾つもの事実が、一つの結論を導いている。
恐らく、これが正しいのだろう。
だが、それをこの場で言ってどうなる? 何か状況が変わるのか?
……どうせ変わらないのなら、少しでも可能性のある方に賭けるか。
どう転んでも、これ以上悪くなることはあるまい。
殷雷は目を開いた。

「九鷲。お前は、俺の知ってる九鷲器ではない。そして、俺もお前の知る殷雷刀ではない」

「……言葉の意味が、よく分からないんだけど」
殷雷の表情は真剣だ。決してふざけているわけではない。
「つまりだな。俺とお前は、異なる平行世界から呼び出されたってことだ。
 いや、それどころか幾つもの異なる世界から宝貝や人間やらが召喚されている」
甚来旗という宝貝がある。所有者の望んだ物や人を、平行世界より召喚する能力を持つ、旗の宝貝だ。
この騒動が甚来旗によって引き起こされたものとは断定できないが、限りなくそれに近い事態が起きているのは確かだ。
「これまでに幾つかの宝貝と遭遇したが、その中には破壊したはずの物や、能力が異なっている物も含まれていた」
「……あんたの知らない内に龍華が直してた、というのは?」
それはない。幾つかの宝貝は仙界に帰還した際、最優先で修復するよう依頼しておいた。
それらの修復が終わったら、真っ先に知らせる約束だったが、そのような話は聞いていない。
そして、蜂引笛や命運盤がそれらを差し置いてまで優先されるほどの宝貝とも思えない。

――と、ここでずっと黙って話を聞いていたルイズが手を挙げた。
「話は大体分かったけど……それって、やばいの?」
あまりに突拍子のない話の連続に、頭が付いていかないのだろう。無理もないことだが。
残念ながら、突拍子のない話はまだまだ続く。
「……そうだな。
 参考までに、かつて七百二十六個の欠陥宝貝がバラ撒かれた際の予想死者数を教えてやろう」
ここで一度言葉を句切る。
「およそ、二兆人だ」

……ルイズとオスマン氏が同時に噴いた。

「に、にちょうって……拳銃?」
「あれじゃな。パンツ二丁」
二人揃って訳の分からないことを口走る始末。
「二兆人だ。兆。億の一万倍」
「……あんたの世界って、人口何人いるの」
「人間界なら、二十三億と言ったところか。バラ撒いた時点では」
人口二十三億の世界で二兆人が死んだ? 計算が合わないではないか。
「最初に言ったが、あくまで『予想』だ。実際の死者数じゃない。
 まだ生まれていない者、生まれる予定だった者も数に含まれているしな」
「な、なるほど……」
その点は理解できた。だが、二兆人が死ぬ事態とは一体どのようなものなのか、ルイズには想像も出来ない。
「これは仙界が不干渉を貫いた場合の数字。聞く前に召喚されたから、実際に何人死んだかは知らんが」
実際には干渉したということだ。
「干渉って言うと、どういうこと?」
「一人の仙人が全ての仙術を封印して、宝貝回収のために人間界まで出向いたわけだ」
そして、長い旅の末にそれを成し遂げたわけだが……まだ何ヶ月も経っていないのに、遥か昔のことのようだ。
その時はまさか、こんな事になるとは考えもしなかった。
「センジュツを封印? 何で?」
「お前たちには想像しにくいかもしれんが、俺たちの方の人間界には基本的に仙術だの魔法だのは存在しないんだよ。
 そんな中に、宝貝だけでも大事なのに、さらに仙人なんぞ放り込んだらどうなるか」
その『仙界』と『人間界』の関係はよく分からなかったが、今は話の腰を折らないことにした。
「だが、このハルケギニアには元々魔法が存在する。ならばセンジュツとやらを封印する必要もなく、
 センニンが派遣されてくるんじゃろうか?」
オスマン氏の発言には一理ある。その可能性は高いだろう。
「事態を把握していれば、だがな。……まぁ、その点は信じるしかないが。ただ……」
どうにも、殷雷の口調は暗い。九鷲が後を続けた。
「つまり、あらゆる平行世界から仙人が派遣されてくる事を懸念している訳ね」
そう。今回の件は以前とは違い、宝貝の出所が単一世界ではないのだ。

メイジ。幻獣。先住民族。そして、宝貝。既に混沌の極みにあるハルケギニアである。
この上さらに無数の仙人が放り込まれた時、一体何が起こるのか……


 *


「ここの連中は状況をどの程度把握しているのか、元の世界に戻る方法を知っているか、
 ……なんかを聞きたかったんだが。その様子じゃ何も知らないようだな」
魔法学院の学院長ならばあるいは、と思ったのだが。
オスマン氏は申し訳なさそうに言う。
「すまんな。残念ながら、君の役に立ちそうなことは何一つ知らん」
そういえば、何か言うべき事があったような気もするが……まぁ、忘れるくらいなら大した事でもあるまい。
「別に謝ることでもない。ま、今後そちらで何か掴んだら教えてくれれば良い」
「分かった」
オスマン氏は頷いた。頼もしげに、とはいかないが信じるしかない。

――どうやら、殷雷の話はこれで終わりのようだ。
思いの外長くなってしまった。早く部屋に戻らなければ舞踏会に間に合わない。
……そういう時に限って、他に言わなければならないことを覚えているものだ。
「ねぇ、インライ。『竜の羽衣』のことは言わないの? って言うか、教えてくれないわけ?」
別に、殷雷は忘れていたわけではないようだ。
「ああ、それか。別に、大したことじゃないからな」
平然と言ってのけるが、ルイズにはどうも納得いかない。
あの刺繍を見た時は、あんなに驚いていたではないか。
九鷲がこの話題に食いついた。
「『竜の羽衣』……って何の話? 龍衣?」
「ズバリ正解だ。フーケの奴が着ていた」
殷雷は、足下に転がしてあった手提げ袋から龍衣の破片を取り出した。
緑色の輝きは既に失われている。
その破片には、『鏡閃』と刺繍が入っている。
「へぇぇ……」
鏡閃の名は、九鷲もよく知っている。それは驚愕の事実……のはずだった。
だが、ここまでの話を聞いた後では『ああ、そんな事もあるかもね』止まりだった。
感覚が麻痺してしまったのかもしれない。
「その『キョウセン』っていうの、人の名前でしょ? 何か知ってるんじゃない?」
意外に鋭いルイズ。
「まぁ、知ってると言えば知ってるが……俺の世界では、鏡閃の龍衣は既に破壊したからな。
 その龍衣の持ち主の人物像に関しては、何とも言えん」
殷雷の知る鏡閃は、かつて彼らの前に現れた最強の敵であった。
だが、本来の鏡閃は決して悪人ではない。
「まぁ、仙骨抜きで龍衣だけあったわけだからな。恐らく、本人は仙人のままこの世界に居るだろうな。
 敵ではないだろう。多分な」
仙骨。またルイズの知らない単語が出て来た。この男、本当に話を理解させる気があるのだろうか。
後でこの辺りは聞き直さなければ&言い聞かせなければ。
九鷲が龍衣の残骸を手に取る。
「敵じゃないなら、もしかしたら力になってくれるかもね。これ、貸してくれる?」
「別に構わんぞ。どうせもうそいつには何の力もないしな」
九鷲の顧客を通じてなら、近い内に見つかるだろう。

今度こそ、話は終わった。
大した収穫は無かったが、今できる事ももう無い。
――と、学院長室を出ようとする殷雷たちを、九鷲が呼び止めた。
「今日の舞踏会、殷雷も出席するの?」
「是非、そうしてくれ。フーケの件での褒美は与えられないが、せめて今夜だけでも盛大に楽しんで欲しい」
オスマン氏はそう言うが、殷雷は顔をしかめる。その視線の先には九鷲。
ルイズも、彼の言いたいことを察したようだ。

「……断じて、遠慮する」
「あ、そういえば私もちょっと気分が……」

九鷲酒だけは絶対に飲んでやらない。ルイズと殷雷の共通見解である。




 四


夜。
トリステイン魔法学院で、後に『叫喚のプレリュード』などと呼ばれたり呼ばれなかったりする饗宴――正式名称・フリッグの舞踏会――が
執り行われている時刻。
土くれのフーケは裏路地にうずくまっていた。
殷雷によって『竜の羽衣』と命運盤を破壊され、今や彼女の手には宝貝の一つも残っていない。
加えて、上半身はほとんど裸同然である。そこいらで拾ったマントを羽織っているので、即襲われるという事もないだろうが、
それでもあまり長くこのような格好をしていては、風邪くらいは引きそうだ。
しかも、先ほどから彼女を捜しているらしき声がそこかしこから聞こえてくる。
捕まるのは時間の問題だろう。
フーケはぽつりと呟いた。
「……ウッディ」
その身を犠牲にし、彼女を護ったオウムの名前。本当は命運盤というのだが、呼びにくいので適当な愛称を付けた。
特に意味も無い、五秒で考えた名前だったが、その名で呼ぶとオウムは喉を鳴らして喜んだ。
そのウッディは、もう居ない。死んでしまった。私を守って。
胸が痛む。丁度そこは、命運盤が納まっていた懐のポケットの辺りだ。
これは物理的な痛みではない。では、心の痛み?
せっかく手に入れた宝を紛失してしまったのは、これが初めてではない。
言葉を喋ろうが鳥の形をしていようが、所詮ただの道具に過ぎない。

なのに何故、涙がこぼれる?

フーケは顔を押さえた。万が一にも、こんな顔は見られたくない。
たとえ捕まって縛り首になろうが、それだけは我慢できなかった。

――その時だった。
「宝貝を一つ二つ失った程度で泣きべそとは、怪盗さんも意外としおらしいのね」
いつの間にそこにいたのか。そこには一人の女が立っていた。
フーケは素早く涙を拭き、身構える。不幸中の幸いだが、杖だけは常に携帯しているのだ。
既に魔力はほとんど底を突いているのだが、構うものか。
例え無駄なあがきでも、最期まで抵抗してみせる。ウッディのためにも。
女は手を挙げる。その手には何も持ってはいない。
暗がりで顔は見えないが、声や雰囲気から察するに自分より二つか三つほど年上と言ったところだろうか。
袖がやけに膨らんだ妙な白い服を纏い、そして何故か腰には瓢箪が括り付けられていた。
「そんなに警戒しなくてもいいわ。私はあなたの敵じゃない。
 ……まぁ、言っても無駄だとは思うけどね」
当然だ。警戒を解かないフーケに対して、その女は言った。
「話くらいは聞いてもいいんじゃない? ――マチルダ・オブ・サウスゴータさん」
フーケの顔色が変わる。
それはかつて捨てた――いや、捨てる事を強いられた、彼女の本当の名前。
何故、この女がその名前を知っているのか。
女は肩をすくめる。
「人から聞いただけよ。私はただの使いっ走りの伝言係兼送迎係。
 あなたのその名前にどんな意味があるかも知らない」
「……誰から聞いた?」
「さてね。名前は知らない。ついでに、仮面を付けてたから顔も見てない」
ないない尽くしか。全く訳が分からない。ああ、『ない』が一つ増えた。
「で、あんた――あんたらは、私をどうしたいの?」
「今は一人でも、多くのメイジが欲しいんだとか。優秀な、ね」
それで世辞を言ったつもりか。
メイジを集める? 一体何者が? それで一体何をしようと言うのだ?
フーケが聞くより先に、女が答えた。
「私たち――まぁ、正確には私は違うんだけど――は、この世界の未来を憂い、国境を越えて結集した貴族の連盟。
 無能で腐敗した王族どもを廃し、有能な貴族によって政を行う、と言うのがお題目。
 まずその手始めに、アルビオン王家を倒す」
「アルビオンを……」
かつて父を殺し、家名を奪った憎き存在。アルビオン王家。
仇敵に復讐する機会を与えてくれるというのか?
「……で?」
「ハルケギニア全土を統一し、『聖地』を取り戻す。そして」
女は続ける。

「そして、全ての『殷雷』の名を持つ者の破壊」

え――
フーケは呆気に取られた。何故そこで殷雷の名が出てくる?
「まぁ、これは正確には『連盟』じゃなく、その協賛者と言うか共謀者の方の目的なんだけど。
 あなたも、殷雷の事は知っているはずよ」
知っている。忘れるものか。まだほんの数時間前のことだ。
「あなたにとっては悪い話じゃないと思うけど?」
トリステイン。ガリア。ゲルマニア。そして、アルビオン。
未だに小競り合いの収まらぬ国々である。それらを統一するなど、とんだ夢物語だ。
それに『聖地』の奪還? 全土統一が夢物語なら、こちらは誇大妄想だ。
エルフどもの絶大な力は、この数百年で幾度となく学んできたはずだ。
馬鹿馬鹿しい。

……だが、そんなものはどうでもいいのだ。

「……分かった。協力する。あのインライを破壊するって言うなら、喜んで手伝わせてもらうわ」
『竜の羽衣』を破壊し、己のプライドを傷つけ、そしてウッディを殺した殷雷。
奴に復讐できるのならば、どこまででも付いて行ってやる。
「聞き分けが良くて助かるわ」
女は笑った……のだろうか? やはり顔は見えない。
この女は一体何者なのだろうか? 聞いたところ、『連盟』の人間では無いようだが。
いや、それどころかメイジですらない。
「さっきも言ったでしょ? 私はただの使いっ走りよ。
 連中の思想には興味無いし、この世界がどうなろうとも関係ないわ。
 報酬さえ貰えれば、ね」
「その報酬って……もしかして、パオペー?」
フーケがそう言うと、女はあら、と声をあげた。少しは驚いたのだろうか。
特に根拠もない、ただの勘だったのだが。
「連中が持ってる宝貝の中に、私の目当ての物があるみたいなんでね。そいつさえ戴ければ、用はない」
やはり、『連盟』は宝貝を持っているのか。ここまで大それた目標を達成しようと言うのだ。
一つや二つではないだろう。
「全部で幾つ持ってるかまでは私も知らないけど。ま、いくら強力な味方が付いてるからって、
 肝心の自分たちが丸腰じゃあ、話にならないものね」
強力な味方、というのが先ほども言っていた、殷雷を破壊したがっている共謀者か。

女はちらりと表通りの方に目を向けた。
「……あまり長居するのは危険ね。じゃ、案内するから付いてきて。
 ――おっと、いけない」
女はどこからか妙な仮面と巻物を取り出し、フーケに放り投げた。
「その仮面を付ければ、好きなように変装できるわ」
仮面を手に取ると、使用法、名称、欠陥などが頭に流れ込んできた。これも宝貝か。
「少しばかり精神力が要るけど、あなたなら問題ないでしょ」
仮面を顔に宛い、意識を集中する。……少々ぎこちないが、それなりに見られる顔を構成できた。
「巻物の方は、前払いの報酬。あなたの力をより発揮できるはず」
フーケは巻物を手に取った。
――なるほど、確かに。これ単品では大した能力は無いが、私と組めばかなりの相乗効果を期待できるだろう。
それにしても前金が宝貝二つとは、やけに羽振りが良いではないか。
女はフーケの反応に満足したのか、表通りの方へと歩き出した。
「二つ、聞いてもいいかしら?」
女が振り向く。
「あまり喋らない方が良いわね。顔が崩れる。……何?」
「その、貴族の連盟とやらの名前」
「『レコン・キスタ』よ。もう一つは?」
「強大な力を持つって言う、協力者の名前」
通りの外灯に照らされ、女の素顔が明るみに出る。
意志の強さを思わせる太い眉毛の下には、氷のように冷たい瞳があった。
眉毛の女は、何の感情も通わぬ声で答えた。

「混沌の覇者――静嵐神帝」

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