ルイズは後悔していた。
なぜ、素直に一言、「馬に乗っていくから」と言えなかったのだろう? 別に多少時間がかかっても構わないのに……
とらが、「乗るか?」と聞いたとき、なぜ自分は背中にしがみついてしまったのだろう?
頭を打ち付ける机が欲しいところであったが、目の前にあるのは、とらの金色の体毛に覆われた、大きな背中だけであった。
なぜ、素直に一言、「馬に乗っていくから」と言えなかったのだろう? 別に多少時間がかかっても構わないのに……
とらが、「乗るか?」と聞いたとき、なぜ自分は背中にしがみついてしまったのだろう?
頭を打ち付ける机が欲しいところであったが、目の前にあるのは、とらの金色の体毛に覆われた、大きな背中だけであった。
「ひょおおおおおおおおおっ!!!」
ご機嫌で飛んでいくとらの背中で、ルイズは必死に下腹部に力を入れた。貴族の娘のプライドは、お漏らしなど許さないのであった。
空気を切り裂いて飛んでいく黄金の獣。まるで光の矢が空を走るようであった。
空気を切り裂いて飛んでいく黄金の獣。まるで光の矢が空を走るようであった。
「と、ら、もう、ちょ、っと、ゆっく、り!」
「あー? 聞こえねーよ、るいず!!」
「う、そ、つ、き、いー!!」
「あー? 聞こえねーよ、るいず!!」
「う、そ、つ、き、いー!!」
町へは30分でついた。ルイズにとっては、生涯で一番長い30分であった……。
「小せえ町だな」
「冗談でしょ? トリステイン一の大通りよ?」
「冗談でしょ? トリステイン一の大通りよ?」
とらのやってきたところは、よほど大きな町があるらしかった。ルイズはあたりを見回す。
とらはどこから来たのだろう? とらに尋ねてみても、「東、と思うがな」と、要領をえなかった。
とらはどこから来たのだろう? とらに尋ねてみても、「東、と思うがな」と、要領をえなかった。
(エルフの土地? それなら、未発見の幻獣がいても不思議じゃないけれど……)
ちなみに、とらは先ほどから、いつものように真由子の姿に変化して歩いている。
「いきなりとらのような幻獣が現れたら町が大混乱するし、剣を買いに行くのだからそのほうが便利だ」というルイズのいいつけである。
おかげで、ルイズととらが二人で歩いている姿は、ひどく人目を引いた。はたから見れば、美しい少女が二人並んで歩いているかのようである。
男たちはみな通り過ぎるときに振り返った。主にとらをだが。
「いきなりとらのような幻獣が現れたら町が大混乱するし、剣を買いに行くのだからそのほうが便利だ」というルイズのいいつけである。
おかげで、ルイズととらが二人で歩いている姿は、ひどく人目を引いた。はたから見れば、美しい少女が二人並んで歩いているかのようである。
男たちはみな通り過ぎるときに振り返った。主にとらをだが。
「で、武器屋ってのはどこだ?」
「もうちょっとよ……あ、あった!」
「もうちょっとよ……あ、あった!」
ルイズが剣の形をした看板を見つけ、うれしそうな声を上げる。
「こりゃおったまげた。そちらのお嬢様が剣をお使いになるんで?」
武器屋は、貴族がいきなり入ってきて最初はずいぶん慌てたが、ルイズが客だ告げるのを聞き、カモと踏んだ。
どうせ、貴族に武器のよしあしなど分かるまい、そう主人は考えた。
どうせ、貴族に武器のよしあしなど分かるまい、そう主人は考えた。
「そうでございますな、こちらのレイピアなどはいかがでしょう? お嬢様の腕には、余る一振りかもしれませんが……」
店主が差し出した細身の剣を、とらは「ふん」と鼻で笑う。そんな武器が何の役に立つだろう?
「切っ先鋭く、切れ味は保証つきでございますよ。甲冑だって貫きます」
店主は憮然とした表情で言った。ついでに、素人め、と小さく悪態をつく。
「試してみるかよ?」
言うが早いか、とらはレイピアを手にとると、すっと腕に刃を走らせる。
「ちょ、ちょっとお客さん!」
「刃ぁ、毀れたぜ。け、使えるかよ」
「刃ぁ、毀れたぜ。け、使えるかよ」
店主の口があんぐりとあいた。確かにレイピアは刃こぼれし、一方、不適に笑う美少女の肌には、傷一つついていなかった。
「もっと切れる剣はねーか? 鎌鼬の刃ぐれえに鋭いのがよ……」
きょろきょろととらは店内を見回す。と、その視線が店の隅で止まった。
「なに、それ? 杖? ずいぶんかわった形ね……」
「骨董品でさあ。古いには古いが、貴族様たちが使うものでもねえようで、へえ。骨董品としては価値もありましょうから、新金貨300枚ですが」
「わたし、100枚しか持ってきてないわよ……」
「骨董品でさあ。古いには古いが、貴族様たちが使うものでもねえようで、へえ。骨董品としては価値もありましょうから、新金貨300枚ですが」
「わたし、100枚しか持ってきてないわよ……」
店主とルイズの会話をよそに、とらは熱心にその『杖』を見つめていた。
(こいつぁ……わしには使いようもねーが……まさか……)
黙りこんでしまったとらを、不思議そうにルイズと店主が見つめる。
と、別の一角から声が聞こえた。
と、別の一角から声が聞こえた。
「おう、そこのお嬢ちゃんよ! おでれーた、おめ、使い手じゃねーか、俺を買いな、俺を!」
「こら、デル公! 黙ってろ!」
「うっせ、使い手に会えるなんて千載一隅じゃねーか! 買え、こら、お嬢ちゃんよ!」
「こら、デル公! 黙ってろ!」
「うっせ、使い手に会えるなんて千載一隅じゃねーか! 買え、こら、お嬢ちゃんよ!」
ルイズは、ぎゃあぎゃあとわめく大剣を両手で懸命に引っ張り出した。さび付いたおんぼろである。
「なにこれ、インテリジェンス・ソード? ぼろぼろじゃない」
「娘っこ、俺は500年は生きてんだぞ! 見くびるない!!」
「へえ、口の悪い野郎で、『デルフリンガー』つーんですが……新金貨10枚でお譲りしますが……」
「娘っこ、俺は500年は生きてんだぞ! 見くびるない!!」
「へえ、口の悪い野郎で、『デルフリンガー』つーんですが……新金貨10枚でお譲りしますが……」
む、とルイズの心が動く。予算は100枚、大幅な節約になるではないか。
「とら、どうかしら?」
「いいぜ、訊きてーことがあるからよ、おい、小僧」
「いいぜ、訊きてーことがあるからよ、おい、小僧」
小僧と呼ばれてデルフリンガーは抗議した。
「使い手の娘っこ! てめ、俺は500歳だって言ってんだろ! 小僧はどっちだ!!」
とらがふんと鼻を鳴らす。
「わしは2000歳よ」
皆黙った。
「……おでれーた」
ポツンと、デルフリンガーが呟いたのが、皆の気持ちを代弁していた……。
二人が店をでることしばらく。キュルケとタバサが部屋に入ってきた。
「おやまあ、また貴族のお客様ですかい?」
「さっきの二人は」
「さっきの二人は」
タバサが訊くと、店主は首を振った。
「もうお帰りになりましたよ……そうそう、背の高い別嬪さんのほうが、その『杖』に興味を持っておいででしたがね」
「なによ、これ? 骨董品じゃない。ルイズの使い魔には、蒐集の趣味でもあるわけ?」
「買う」
「なによ、これ? 骨董品じゃない。ルイズの使い魔には、蒐集の趣味でもあるわけ?」
「買う」
タバサはさっさと『杖』を手にとると、驚く店主の言うとおりに新金貨300枚の金を払った。ひとえに、タバサのシルフィードに対する優しさである。
同じ使い魔のためでも、新金貨10枚にけちったルイズとは大きな違いであった。
同じ使い魔のためでも、新金貨10枚にけちったルイズとは大きな違いであった。
「恋愛はプレゼントから」
「……あんた、そういう知識は本で仕入れるの? そういうことに鈍いんだか鋭いんだかわかんないわね……」
「きゅいきゅいきゅい」
はしゃぐシルフィードに乗って、二人はトリステインに向かった。
「……あんた、そういう知識は本で仕入れるの? そういうことに鈍いんだか鋭いんだかわかんないわね……」
「きゅいきゅいきゅい」
はしゃぐシルフィードに乗って、二人はトリステインに向かった。
「わ、す、れて、たっ、か、えりも、あんた、に、乗る、のね!」
「ひょおおおおおおおっ!!」
「ひょおおおおおおおっ!!」
涙を堪えながら、ルイズはまた下腹部に力を入れることになった。はたして30分間我慢が持つだろうか、それだけが心配であった。
「おでれーた、こいつぁ、最強の使い手かもしれねぇ……」
デルフリンガーの呟きが、唸る風にかき消されていった……。