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Mr.0の使い魔 第二十八話

 砲列甲板では、間もなく人員の交代時間であった。先にこの場にいた
五人と交代要員の四人、合わせて九人の荒くれ者が雑談に興じている。
本当ならばもう一人、交代の者がここにいる筈なのだが。

「デニスの奴、相変わらず便所がなげーなぁ」
「自覚が足りないんだよ。時間に間に合うよう動けないんじゃまだ半人前って事さ」
「おいおい、それなら遅刻常習犯のエドワードは何人前だ?」
「あいつも先輩なんだから、もう少し規範になるような行動を」

 笑いながら、ふと一人が視線を持ち上げて、怪訝な顔をした。

「どうした?」
「いや、天井で何か動いたような……」

 目を凝らす男。天井から吊るされたカンテラは、下方を照らすよう、
光を集める傘が取り付けられている。その分上向きの光が遮られ、天井
には殆ど光が届かないのだ。影になるそこの様子は、一目見ただけでは
とても判別できない。
 もっとよく見ようと目を細めた、直後。

「おっと」

 彼はさっと身を退いた。天井から木片が落ちて来たのだ。床に転がり
乾いた音を立てた欠片は、親指の先ほどの小さなもの。
 破片を目にし、男達は一様に感慨深げな表情を浮かべた。このフネが
就航してから随分経つ。戦闘も幾度となく経験した。その都度傷付いた
所を修繕し続けてはいるが、いい加減ガタが来てもおかしく——。

 突然の雨音。同時に視界が闇に覆われる。
 一瞬の闇が晴れた後には、目の前に男が佇んでいた。商船から連れて
来た剣士だ。咄嗟に後ずさろうとして、全身が動かない事に気づく。

「な、これは!?」

 視線を下ろせば、足先から首元までこびり付く大量の砂。他の八人は
頭の上まで茶色い粒に梱包されている。土系統の魔法で捕縛された、と
顔を歪めていると、剣士の男が口を開いた。

「二つだけ聞こう。宝物庫と船長室はどこにある?」

 あからさまに見下した視線と嘲るような口元の歪み。空賊相手で優位
だからとはいえ、あまりにも不遜な態度だ。この状況下でその二カ所を
聞き出そうというのなら、狙いは宝の横取りと船長の命だろう。前者は
ともかく、後者はとても許せるものではない。

「貴様のような奴に、誰が教えるものか!」

 だからこそ、気丈な態度で拒絶した。自分が殺されても構わない。命
惜しさに頭を差し出すなど、そんな恥知らずなまねをするくらいならば
死んだ方が百倍もマシだ。
 拒絶された男は、激昂するかと思いきや平然としたまま。路肩の石を
戯れに蹴り飛ばすように、何とも味気ない別れを告げた。

「そうか。なら、てめェも死ね」

 再び視界を闇が覆う。今度こそ、その闇は晴れる事はなかった。


 Mr.0の使い魔
  —エピソード・オブ・ハルケギニア—

     第二十八話


 歓談していた九人の者が九つの物に変わるまで、要した時間は三十秒
にも満たない。あまりにも一方的で理不尽な殺戮劇を演出した張本人は、
車座に並ぶ屍の中央に悠然と佇んでいた。
 砂を踏みしめる唯一の生存者、クロコダイル。最期に空賊達が聞いた
雨のような音は、大量の砂が降り注ぐ音であった。前後に長い砲甲板、
その前側の階段から、砂になったクロコダイルは天井を這うように進み、
何も知らぬ空賊達の真上から襲いかかったのである。御丁寧にも、先に
木片を落として注意を逸らしてから。
 情報を引き出すために一人を残したが、口を割りそうになかったので
すぐに殺した。尋問に長々と時間を割くよりは、ここでの仕事を終えて
探しに行く方が楽でいい。
 力なく項垂れるミイラ達を一瞥すると、クロコダイルは自分の降りて
来た階段の方へ呼びかける。

「もういいぞ。片付いた」

 声に応じて、階上で息を潜めていたワルドとルイズが姿を現した。
 現場を目にしたルイズは、先ほどのように顔を歪めはしない。船倉の
一件で多少なりとも慣れたのだろう。

「大砲はどうするの?」

 しかしながら、声は幾分弱々しかった。空賊のものであっても死体は
死体、やはり近づくのはいい気分ではないようで、ワルドの隣にぴたり
と寄り添って離れようとしない。
 そんなルイズの問いを受け、クロコダイルは口の端をつり上げる。

「壁の穴を広げて放り出す」
「乱暴ね。下に人がいたら危ないじゃないの」
「空の上で戦争やってんだ。たまには大砲が落ちてくる事もあるだろうさ」

 他人事のようにいけしゃあしゃあと言ってのけるクロコダイル。
 ルイズは呆れとも諦めともつかないため息を零した。空賊とはいえ、
人を実に十人以上殺しても平然としている冷酷さ。そして他人の迷惑を
まるで顧みない厚顔さ。クロコダイルが『王下七武海』などと大それた
名を持つ海賊集団の一角であった理由は、彼がとんでもない悪人だった
からかもしれない。
 ルイズの様子を見てもなお普段通りの態度で、クロコダイルは二人に
階段を見張るように命じる。

「誰か来たらすぐに知らせろ」
「わかりました」
「早く済ませなさいよ」

 素直に頷くワルドと、あくまでも強気な所を見せようとするルイズ。
 持ち場に分かれる二人の対比を楽しみながら、クロコダイルは近場の
壁に手を伸ばす。大砲は全部で五十近くあるので、手際よく処理せねば
作業の途中で見つかってしまう。もっとも、その時は逃がすつもりなど
ないのだが。

「さて……いつまで恐怖を知らずにいられるかな」

 頭目の顔を思い浮かべながら、まず一カ所、壁の木材を砂礫に変えた。


「何よ、あの言い草は。使い魔だって自覚が薄れてるんじゃないかしら」

 階段の上に座り込んだルイズは、誰に言うでもなく呟いた。今更では
あるが、愚痴をこぼしでもしていないと不安で潰れそうになる。学院を
出る時には任務を果たそうという使命感で一杯だった。ところがどこを
どう間違ったのか、今は空賊に捕まって脱出に奔走しているのだ。
 アルビオンを目前に周囲は敵だらけ、頼みの綱はたった二人の男達。
その二人も、ワルドは杖を奪われてコモンクラスの魔法すらも使えず、
クロコダイルに至ってはそもそも人格面で信用や信頼とは無縁である。
仮にも己の使い魔なのだから見捨てられる事はなかろうが、仮に主従の
関係でなかったとすれば、戦力外のルイズは真っ先に放り出されるか、
あるいは殺されているだろう。

「というより、あいつなら今すぐにでもわたしを捨てそうね」

 自嘲するように言って、ルイズはますます不安になった。
 今までの人生、『ゼロ』と蔑まれ続けた自分。己を変える切っ掛けは
クロコダイルの言葉だった。相変わらず魔法が爆発するのは仕方ないと
しても、それを認めた、認めてくれた彼がいるからこそ悲観的にならず
にすんでいる。
 が、しかし。あの打算的で狡猾なクロコダイルが、内心でどう考えて
いたのかまではわからない。まして今のルイズは唯一の武器たる『爆発』
すらも使えない、本格的に足手まといの小娘だ。もしもクロコダイルが
使えないと、不要だと判断したら、その時自分はどうなるのか。

「ッ!」

 思考に没頭していたルイズは、不意の足音に目を見開いた。空耳では
なく、はっきりと廊下を走る音が聞こえて来る。しかも、それは段々と
こちらに近づいていた。

「知らせなきゃ」

 ルイズは階段を駆け下りた。壁という壁が取り壊され、随分風通しの
よくなった砲甲板。真ん中辺りにクロコダイルの姿がある。床に溢れた
砂を波打たせ、大砲とついでにミイラも外へと押し流していた。
 死者を放り捨てる、というのはあまりにも礼節を欠いた行動であるが、
ルイズは怒りよりも先に“捨てられる事への恐怖”を感じた。ミイラ達は
クロコダイルにとって全く無益な存在であり、故に大砲と共に無造作に
処分されたのだ。回収し利用するだけの価値が見出せなかったから。
 このフネで、クロコダイルにとっての『必要』から外れた存在の辿る
末路。邪魔だと判断されたモノの行く末に、例外はない。

「クロコダイル!」

 ルイズの口から、自分でも思ってもみなかったほど大きな声が出た。
クロコダイルがうるさげに顔を顰めているが、そんな些細な事は二の次
である。今は自分に割り振られた役目を果たすのが最優先だ。

「敵よ。人数はわからないけど、走って近づいて来る」
「ふん、やっと脱走に気づいたか」
「戦うの? それとも、移動するの?」
「退くさ。ここでやる事はもう終わったからな」

 外套を翻し、クロコダイルはワルドの待機する後方の階段へと向かう。
 慌ててルイズも後を追った。引き離され、置き去りにされるのが恐い。
自分の内心に気づいたとて、どうする事もできなかった。一刻も早く杖を
取り戻し、再び有用な力を手にする——それ以外に、今の恐怖を振り払う
手段はないのだから。


「やばい、また遅刻だ!」

 デニスは慌ただしく廊下を走っていた。
 当年とって二十歳、癖の強い赤毛の青年である。このフネに配属され
間もなく一週間になるが、他の面々に比べれば一番の若輩だ。そんな彼
は、どうにも仕事の前になると緊張して催してしまう。おかげで交代の
時間に遅れる事が何度もあるのだが、いくら気をつけていてもなかなか
改善しなかった。
 いつものように分かれ道を曲がり、いつものように甲板前側の階段を
駆け下りて、いつものように先輩にどやされ——。

「あれ?」

 妙だ。いつもなら足音に気づいた先輩に“お出迎え”される場面なのに、
今日は誰も姿を現さない。
 一瞬安堵したデニスは、すぐに考えを改める。普段から規律に厳しい
先輩方が、見逃してくれる筈がない。多分“出迎え方”を変えたのだろう。
階段に駆け込んですぐの拳骨がこなかったのがその証拠。下では新たな
仕掛けか新たな技が、手ぐすね引いて待ち構えているに違いない。
 ぶるりと身震いしたデニスは、それでも一歩ずつ歩を進める。どんな
モノが待っていようとも、仕事から逃げるわけにはいかないのだ。

(どうか拳骨以上に悲惨なものじゃありませんように!)

 一縷の望みにすがって、一段一段慎重に横板に足を下ろす。突然板が
抜け落ちたり、あるいは荒縄が張ってあったりといった罠はない。それ
でも最後まで気を抜かず、ゆっくりと足を動かすデニス。最後の段から
床に足を着け——じゃり、と響いた音と靴底の奇妙な感触に、デニスは
背筋を凍らせた。
 思わず目を閉じてしまったが、それでも何を踏みつけたのか確かめる
必要があろう。恐る恐る瞼を開いたデニスが見たものは。

「す、な?」

 それは、何の変哲もないただの砂。別に火薬を踏んだのでも、誰かの
体を足蹴にしたのでもない。
 ほっと胸を撫で下ろしかけて、デニスは気づく。

(ここは、フネの中だぞ!?)

 空に浮かぶフネとはいっても、時には陸地に停泊して積み荷の出納、
乗員の乗り降りをする事はある。その時樽の裏側や誰かの靴底についた
土が船内ではがれ落ち、船室や廊下の隅に溜まる事も多い。
 だが。
 目の前のように——“床一面に広がる砂”など、絶対にあり得ない。
 おまけに壁は至る所に大穴が空き、冷たい風が吹き込んでいる。整然
と並んでいた筈の大砲は影も形もない。風に吹かれてゆらゆらと揺れる
カンテラの明かりが、デニスの心を激しく揺さぶった。

「先輩、どこにいるんですか!?」 

 恐怖を紛らわそうと金切り声をあげるが、返ってくる声は皆無。
 何か、得体の知れない異変が、このフネに起きている。それはとても
想像の及ばない奇怪な現象。砂に覆われた砲列甲板、消えた人間と大砲。
まるで悪魔の仕業だ。
 そこまで考え、デニスはかつて小耳に挟んだ東方の伝承を思い出した。
砂漠に棲む精霊『ジン』——筋骨隆々とした褐色の体躯を持ち、風と砂
を自在に操るそいつは、エルフに捕らえられた人間の魂を糧として育つ
という。また、ひとたび怒れば何もかも砂に変えてしまう、とも。
 所詮古臭いお伽噺、とは思えなかった。目の前の光景は、そのジンが
現れた何よりの証拠ではないのか。そして姿の見えぬジンは、今もまだ
このフネのどこかに……。

「う、うわああアアアッッ!!」

 悲鳴と共に、デニスは元来た通路を駆け戻った。


   ...TO BE CONTINUED

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