あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロのおかあさん-7

    ▽    ▽    ▽



荒垣がギーシュの再戦を受けていた頃、別の場所でも小さな決闘が起ころうとしていた。
風の音を遮るかのように並んでいるのはルイズとキュルケ。
お互い見ている場所は一緒らしく、塔にぶら下がった何かに意識を集中させる。
二人から少し離れた場所に立ち、興味なさそうにその様子を眺めるタバサ。
もっと月明かりがあれば本も読めるのだが、空を見る限りまだ雲は動かないようだ。
ルイズはとキュルケは、お互い肩を並べるようにして杖を構えている。
春先とは言え、夜の風はまだまだ冷たい。
それなのに、二人の周囲だけは熱したように暑くなっていた。
「いいわねルイズ。買った方がこのプレゼントを渡す」
「ええ。構わないわ」
「内容は簡単。あの塔にぶら下げた的を射抜いたほうが勝ち。
  ハンデとして、あなたは二回続けて魔法を使って構わないわよ」
真剣な表情を浮かべるルイズを尻目に、キュルケは勝ち誇ったように胸を反らす。
あえて魔法と言う部分を強調して、反応を愉しんでいるようだ。
眉をひくつかせながらも、ルイズは平然を装って腰に手を当てた。
頑張って胸を張るが、現実は希望に答えてはくれない。
「ふん! そんなこと言って、あとで「さっきのはナシ」とか言わないでよね」
「ええ。そんな言葉を言うつもりは無いし、必要もないもの」
「ぐぐ……」
会話では主導権を握れないと悟ったルイズは、舌を動かすのを止め前を見た。
眼前にそびえ立つ塔の先端から、一本のロープが垂れている。
下へ辿っていくと、その先には一辺が20サント程の四角い板が括りつけられていた。
板の表面には簡単な円が描かれているが、ルイズはそこまで気が回っていない。
(勝負に乗っちゃったけど、何の魔法を唱えればいいのよ!?)
いつかは成功すると信じていても、現時点での魔法の成功率は限りなくゼロ。
錬金もフライもレビテーションすら爆発する。どれもこれもが爆発。
負けるつもりなどなかったが、勝てる未来図もまた思い浮かばない。
(そもそも、なんで私がこんな勝負)
予定から大きく外れ始めている今日を振り返り、心の中で息を漏らす。
(文句を言うのは、あの的に魔法を命中させてからだわ)
気持ちを現在まで引き戻して、軽く呼吸を置いた。
手に持った杖を振りつつ、頭の中で描いた魔法を言葉に乗せる。
風に揺れる的を目で追いながら、ルイズは唇を小さく動かす。
唇が閉じるのに併せ、杖の動きもピタリと静止する。
(いけっ!)
杖の先に視線を集中するが、暫く待っても変化が起こらない。
しかも今回は、爆発すら起こらないのだ。
失敗したと肩を沈ませようとした瞬間、前方で物凄い衝撃音が響く。
「え?」
音の中心に視線を向かわせると、驚くような光景が飛び込んできた。
ひび割れているのである。吊るしてある板ではなく、塔自体が。
次の瞬間ルイズが考えたのは、結局爆発したと言う事より、してしまった場所についてだった。

「ねえルイズ。ちょっとマズいんじゃない?」
隣に居るキュルケも、どこか不自然な笑みを浮かべている。
彼女達がロープを垂らした塔は、魔法が効かないというお墨付きだったはず。
なのに、あろう事かルイズの失敗魔法でひびが入ってしまったのだ。
まさかこんな展開になるとは思わず、ルイズの顔が青くなっていく。
「どどど、どうしよう」
「どうしようって、こうなったら逃げるしか……タバサ?」
混乱気味な二人の前に、いつの間にかタバサが立っていた。
それも、二人に背を向けつつ、杖を構えながら。
「くる」
「え――きゃぁぁあ!」
何がと尋ねようとした瞬間、三人から少し離れた土が、突然盛り上がっていく。
土は見る見るうちに形を整え、大きなゴーレムへと姿を変えていった。
「ゴーレム!?」
「ちょっと、何よこれ」
未だ現状が掴めていないルイズとキュルケを庇うように、タバサは杖を構える。
幸い、ゴーレムはこちらを攻撃してくるような事はないが、安心は出来ない。
タバサがシルフィードを呼ぼうと、口に指を当てる。
下での動きなど気にしていないのか、ゴーレムはひび割れた部分に拳を打ち込む。
その衝撃で、三人の足元も大きくうねりを上げる。
「きゃぁ!」
「ちょ、きゃっ」
足を滑らせたルイズが、近くにあったキュルケの腰に掴まり、
耐えられなくなったキュルケもそのまま尻餅をついてしまう。
その間にも、拳を振りかざしていたゴーレムの腕が塔の内部へと捻じ込まれていく。
ひび割れた塔の外壁は砕け、その欠片は塊としてルイズ達の頭上へと降り注ぐ。
「きゃぁぁぁぁぁあああああああああああ!!」
空を埋め尽くすような瓦礫の雨に、身体が硬直したルイズは動けない。
潰される。と思った瞬間、物凄い速さでシルフィードが急下降してくる。
瓦礫がルイズ達のいた部分に余す所なく突き刺さるのと、
シルフィードが三人を咥えて飛び去っていくのはほぼ同時。
「は、ふぅ」
あまりの事に脳が追いつかなかったのか、今頃になってルイズの全身から汗が流れてくる。
キュルケも同じようで、喉を鳴らすのが精一杯のようだ。
そんな中、タバサ一人だけがゴーレムをジッと見据えていた。
視線の先にいるゴーレムは、空を舞うシルフィードなど気にも留めない。
ただ塔の中に伸ばした腕を引き戻すと、学園の外へと歩いていってしまう。
(逃げられる)
タバサは判断に迷ってしまった。追うべきか、追わざるべきか。
これが自分だけならば、即座に追っていたかもしれない。
だが、今シルフィードの背中にいるのは、自分を含め三人。
足手纏いとは言わないが、無理して危険な目に合わせる訳には行かない。
結果、タバサは追撃を諦め近くの広場へとシルフィードを着地させ、二人を下ろす。

「おーい!」
そんな三人に向かって、ゴーレムの去っていった方向から誰かが近付いてくる。
一瞬警戒して杖を傾けたタバサだったが、来たのがギーシュだと知って杖をおろす。
「はぁはぁ。無事かい?」
全力で走ってきて荒い呼吸なのだろうが、ポーズを取るのは忘れない。
けれども、そんなギーシュを見ているものは誰一人いなかった。
三人とも遠くへ去っていくゴーレムを眺めていたのだから。
「どうやら、君達以外に人はいないようだね」
髪を掻き上げながら、ギーシュは三人に流し目を送る。
腰から下がかなり震えているが、三人は見てみぬ振りをする事にした。
「やれやれ。彼は人使いが荒い……後で言っておいてくれよルイズ」
「どういう事?」
「だから、君の使い魔の事だよ。頼みを聞いたのが僕だったからいいものを――」
「シンジが? で、そのシンジは何処よ」
「ああ。彼なら」
ギーシュはゴーレムがいた方向を指差して薔薇を咥える。
「あっぢがわぶッ」
指差した瞬間、ルイズはギーシュを張り倒してその場から立ち去ろうとする。
が、ルイズが頑張って足を踏み出そうとも、一歩も前に進まない。
後ろを見ると、シルフィードが器用にもルイズのマントを咥えている。
「こら! 離しなさい!」
マントを咥えるシルフィードに文句を言うが、聞く耳を持たないようだ。
咥えられ宙吊りとなっているルイズの前に、タバサが静かに立ち塞がる。
「行っても危険」
「うるさいわね! 使い魔が追っていったのに、私だけここにいる訳には行かないでしょ!」
無表情のタバサと、頬を紅潮させたルイズの視線がぶつかりあう。
すでにかなりの時間が経っている。最悪の可能性だってあるのだ。
けれども、ルイズの瞳にはそんな可能性など考えていないと書かれている。
数秒後、タバサは何も言う事無くシルフィードの背中に乗ると、
シルフィードが咥えていたルイズもその背に乗せる。
「へ?」
「こっちのほうが早い」
主語が抜けているが、どうやら一緒に来てくれるらしい。
この申し出に、ルイズは俯きながらも小さな声を絞り出した。
「あ、ありがとう」
そんな二人に気にする事無く、キュルケがシルフィードの背にまたがる。
「ど、どうしてアンタまで付いて来るのよ」
付いてきたら危険なのだと睨みつけるが、あっさりと流されてしまう。
一番後ろに乗ったキュルケは、気負う事無く明るい笑みを浮かべた。
「貴女達だけじゃ心配だもの。ね」
「キュルケ……」
どう反応していいか分からず、ルイズは感情を持て余す。
「出発」
タバサが呟くと、シルフィードは一声鳴いて翼をはためかせる。
「ルイズ、タバサ、キュルケ……僕は……その……」
本当は自分も名乗り出たいが、ギーシュの足は前に動こうとしない。
ギーシュが同行を辞退しようとする前に、ルイズは胸を張って口を開く。
「アンタは学園長にこの事を報告してきて」
「だ、だが」
「頼んだわよ!」
「あ、ああ! 任せてくれ。その、君達も無事で!」
飛び去っていくシルフィードを見送りながら、ギーシュは顔を曇らせる。
どうして自分に勇気が無いのか。付いて行くと言えなかったのか。
後ろ向きになりそうな自分の頬を両手で叩くと、次の瞬間には普段通りの顔に戻す。
「まずは頼まれた事からやろう。うん」



    ▽    ▽    ▽



ゴーレムが学園の外に出てから、かなりの時間が経過していた。
デルフを握りながらフーケを追っていたものの、荒垣が自らの足一つなのに対し、
ゴーレムはその巨体で距離を離していく。そのためゴーレムとの差は開く一方だ。
来るまでに馬でも拝借するべきだったかと考えた荒垣だったが、
今更そんな事を悩んでも遅い上、上手く乗りこなせない可能性も考えやめた。
本来ならば道の真ん中を走れば離されずに終えるのだが、そうすると見つかる可能性がある。
だが、逆に道を挟む森には光が届いておらず、そのため森の中に入れば見つかり辛い。
多少の遅れは覚悟しての選択だったが、こうも後れを取るとは思っていなかった。
結果、見つかることはないものの、双方の距離は離れていく。
(いっその事、こっちに気付かせるか?)
地響きが凄いが、叫べば何とか気付かせる事が出来るかもしれない。
が、仮にこちらに気付いたとして、対応策があるわけではないのだ。
下手をすれば、後ろを振り返って潰されるのがオチだろう。
やはり可能な限り付いて、進行が停止した瞬間を攻めるべきだ。
「そもそも、何で俺が走ってんだか」
『どうしたんスかガキさん』
握り締めたデルフから、呑気な声が飛んでくる。
「なんでもねぇ……それよりデルフ。この力もテメェの仕業か」
うっすらと光る左手の甲を見せつけながら尋ねる。
本当はそのルーンの力なのだが、昼間そう答えた以上嘘をつくしかない。
『そ、そッス。ははは、すげーでしょ』
あからさまに動揺した口調だが、荒垣は特に気にした様子も見せずデルフを担ぐと、
再びフーケの後を気付かれないように追いかけた。
それから数十分後、好機は突然訪れる。
移動を続けていたゴーレムの足が止まり、そのうち形が崩れて土の山となったのだ。
なぜこんな場所でと思ったが、すぐにその答えが分かった。
一つ目は、道の真ん中に土の山を放置する事で、追っ手の足止めが出来る。
二つ目に、すぐ近くの木に待機させてあった馬だ。恐らく第二の移動手段だろう。
もっとも、一つ目に関しては荒垣が魔法を使うという可能性を考慮していないのだが。
出来上がった小山から軽快な足取りで地面に降り立つと、フーケは被っていたフードを脱ぎ、
頭を振りながら髪の埃を払い、隠していた顔を月の下に現す。
フーケの正体は、荒垣の見間違いではなくロングビルその人だった。
何か呟くと、左手に持ったケースに向かって杖を振るが、特に変化は見当たらない。
やがて諦めたのか、ロングビルは待機させていた馬の縄を解くと、その鞍に手を掛けた。
あのケースが、ギーシュの言った通り盗んだ品だろうか。

(今しかねぇな)
森の中で静かに体勢を落ととすと、一気に駆け出し距離を詰める。
「なっ――」
加速した足を止めずに、驚愕の表情を浮かべるロングビルに頭突きを喰らわす。
が、反射的に盾にしたケースに弾かれてしまい、防がれてしまう。
その隙に距離をとったロングビルは、襲ってきたのが荒垣と知って素直に驚く。
「これは……また驚かされてしまいましたわ」
眼鏡は掛けているが、その奥の眼光はやけに鋭い。
荒垣の担いでいるデルフを確認すると、右手に持っていた杖を構える。
一方の荒垣は、デルフを担いだまま全神経を張り巡らせてロングビルを睨む。
「ふっ!」
艶やかなフーケの唇が僅かに動いた瞬間、荒垣は杖目掛けてデルフを振り下ろす。
だが、半歩後ろに下がったロングビルはそれを難なく避けると、最後の呪文を唱える。
『下ッス!』
デルフの助言からワンテンポ遅れて、荒垣の居た地面が一瞬にして裂ける。
地面に広がっていく亀裂に行動を制限され、思わず方膝を突いてしまう。
こうしている間にも、地面は塊となり、ゴーレムの姿を形成させていく。
このままでは振り落とされてしまえば、追撃のチャンスは失われる。
デルフを盛り上がっていく土へと突き刺し、バランスを保ちながら立ち上がる。
そしてデルフを土から引き抜くと、バランスを取るようにデルフを担ぎ上げ、
その体勢のままゴーレムの上を駆け抜け、ロングビルの元まで距離を詰めた。
だが、突撃に気付いていたロングビルは、慌てる様子なく笑みを浮べ、
完成したゴーレムの腕で荒垣を地面へと叩き落す。
「うおあっ」
「くっ、なにをッ!?」
二人の叫び声が綺麗に重なる。荒垣は衝撃で、ロングビルは予想外の事に。
荒垣は自分とゴーレムの腕が衝突する直前、荒垣はロングビル目掛けてデルフを投擲したのだ。
飛来するデルフは持っていたケースとぶつかり、森の中へと弾き飛ばされていく。
だが、等身の何倍もあるゴーレムの腕を真正面から受け止めた荒垣は、
回避する事も出来ないまま急スピードで地面まで落下していき、容赦なく大地に叩きつけられた。
「ぐほッ」
予想以上の衝撃に、肺から空気が漏れ、内臓が千切れていくような錯覚を覚えた。
全身が波を打ったように痙攣し、空が渦を巻いたように歪んでいく。
そんな仰向けで無防備な荒垣目掛けて、ゴーレムの足が徐々に迫り来る。
「ッ!」
身体が悲鳴を上げるが、それを一切無視して森の中へと飛び込む。
口から垂れてくる血を地面に吐き捨て、デルフを投げ捨てた方向に走る。
「無事かデルフ!」
『へーきッス!』
すこし離れた場所から聞こえてくる声を聞くと、即座にその場に駆け寄る。
樹木に突き刺さったデルフの真下には、蓋の開いたケースと中身が転がっていた。
「こいつはまさか……」
『ガキさん?』
無造作に転がるそれを掴み取ると、頭の中に様々な情報が流れ込んできた。
(ロケットランチャーってやつか? しかも、このケース)
同時に、左手のルーンが暗闇の中を一気に照らす。
デルフを持った時と同じように、身体に力がみなぎっていくのを感じる。
「こいつはどういうこった?」
『ぅえ?』
「テメェを持たなくても、同じように光るみてぇだがよ」
『いや、それはその……あ、危ないッス!』
デルフの掛け声の直後、頭上から激しい石の雨が降り注いできた。
視線を上に向けると、ゴーレムがこちらを探して森へと侵入してきている。
このままくれば、すぐに見つかってしまうだろう。
「ちっ、話は後だ。とりあえずアイツをどうにかするぞ」
『う、ウス』
左手に持ったロケットランチャーを見つかり辛そうな茂みに放り込むと、
逆にケースだけは後で見つかり易いようにその場に隠しておく。
そして再びデルフを構えると、森を抜けて道へと飛び出した。

森の中から出て来た荒垣に向けて、一瞬厳しい目を見せるが、
その手にケースが無いのを確認すると、あくまで冷静に言葉を吐いた。
「破壊の杖は、一体どこへ隠したのでしょうか?」
「破壊の杖? 悪ぃが、知らねぇな」
「しらばっくれるんじゃないよ!」
激しい口調に変わったのを確認すると、荒垣は面白い物を見たかのように笑う。
この瞬間、纏った空気はロングビルからフーケへと完全に変わった。
「そいつが『地』かロングビル……ああ、フーケだったか」
「へぇ、たった三日間でよくその名前を耳にしたこと。
  けど、あの学園でアタシが話題に上っている光景を見たことはないよ」
「……」
荒垣がフーケと言う名前を知ったのは、ギーシュ経由だ。
この場合は、たまたま知っていたギーシュを褒めるべきだろうか。
「さて、もう一度聞くけど、破壊の杖を出してもらうかしら。
  素直に渡してくれりゃ、アンタの命は見逃してやろうじゃないかい」
「何度も言うが、俺ぁ破壊の杖とか言うものは知らん。
  もしさっきのケースの中身を言ってるんだったら、アレは破壊の杖って名前じゃねぇ」
その言葉に、フーケの眉間が微かに上下する。
荒垣の口から出てくる言葉を聞き漏らさないようにと、神経を集中させて。
一方、荒垣のほうもフーケの微妙な変化に気付いて言葉を選ぶ。
「あれの名前はな「シンジィィィィィ!」」
全てを言い終える前に、大きな叫びがそれを中断させた。
声の方向を見ると、そこにはシルフィードに乗った三人の姿が確認出来た。
「あいつら、何でここに」
背中に乗っていたのは、タバサとキュルケ。そして顔を真っ赤にしたルイズだった。
この隙を逃す事無く、フーケは森の中へと飛び込んでいく。
「くそッ!」
ケースから中身は抜き取っておいたが、重さですぐに気付かれてるかもしれない。
追いかけようとするが、腕を大きく払うゴーレムに阻害され足止めを喰らう。
その腕をデルフで叩き落とすが、すぐにまた再生してしまった。
この間に、シルフィードに乗った三人は荒垣のすぐ上まで近付いていた。
「テメェら、なにしてやがる」
早く帰れと手を振るが、ルイズはシルフィードの背中から飛び降りると、
そのジェスチャーを無視して荒垣目掛けて飛び掛ってくる。
「それはこっちの台詞よバカ! なんで勝手な真似するのよ!」
飛び降りてきたルイズを受け止め、なおも暴れようとするその身体を担ぎ上げる。
その間に、説明を求めるべくキュルケとタバサに視線を送る。
「ギーシュ」
「あたし達、あのゴーレムが現れた時、そばにいたのよ。
  その時は追いかけるか迷ったんだけれど、ギーシュからダーリンの事聞いてね」
どうやら、咄嗟の判断でギーシュを向かわせたのがマズかったようだ。
フーケの残した土の山も、空を飛んでいては障害にならない。
荒垣としては即刻帰って欲しいものだが、ルイズを見る限りそれは無理だろう。
言いたい事をグッと堪えて、担いだルイズを背中のほうに立たせて隠す。
今こうしている間にも、フーケはロケットランチャーを回収してしまうかもしれないのだ。
「とりあえずオメェはシルフィードの背中に乗ってろ」
「命令しないでよ! 第一、シンジはどうするのよ!?」
「……野暮用だ。おいタバサだったな」
荒垣に呼ばれ、タバサはコクリと頷く。
「倒さなくていい。俺が森から出てくるまで時間稼ぎしといてくれ」
告げられた言葉に込められた勝算を理解したのか、タバサは何も言わず頷く。
「あ、コラ、シンジ、待ちなさいよぉ!」
ルイズの叫びに止まる事無く、荒垣は森の奥へと駆けて行った。



    ▽    ▽    ▽



ゴーレムに荒垣達を倒す命令を下たフーケは、盗んだケースを探すべく森に入っていた。。
荒垣が出て来た方向を目安に踏み込んだのだが、どうにも暗すぎる。
明かりを灯す事も考えたが、余分な魔力の消費は避けたいが、
この暗闇の中でそんな事をすれば、見つけてくれと言っているようなものだ。
(くそッ、何処に隠したのさ!)
荒垣の前では余裕の表情だったものの、内心では苦々しい気持ちで一杯だった。
そもそも、破壊の杖の使用方法が解からないと言う点から出鼻を挫かれている。
逃亡中、試しにディテクトマジックを掛けてみたものの、杖からは何の反応も無い。
だが、宝物庫に置かれていた以上、これが破壊の杖であるのは確実。
ならば使用方法の分かるものを連れてくるべきだろうかと、
計画を練り直していたところ、荒垣に襲われたのである。
フーケの見立てでは、目撃者はいても追撃者はない筈だった。
それほど、学園の大人達は役に立たない。だから余裕を持って逃亡できると踏んだ。
だが現実はどうだろう。追ってきた使い魔に破壊の杖を奪われ、
さらには学園の教師でなく、生徒の方が自分を追いかけてきている。
唯一つ、幸運だったのは、荒垣が破壊の杖の使い方を知っている素振りを見せた事か。
もちろん、ブラフである可能性は十分あるが。
(とにかく、見つけるのが先決だね)
後方では、風を切る音と衝撃音が轟いている。
油断などはしていないが、世の中何が起こるか分からない。
早くケースを回収しようと奥に進んだ所で、自分以外の足音に気付く。
木の後ろに隠れ、杖を取り出し詠唱を始める。
万が一見つかったとしても、こうしておけば即座に魔法が撃てるからだ。
その土を踏み鳴らす音と間隔で、相手の人数を把握する。
(どうやら一人みたいね)
少しずつ近付いてくる足音に合わせるように、フーケは呼吸を整える。
この場所を確実に目指してこられるのは、あの中では荒垣だけ。
鴨が葱を背負ってくるというのはこの事を言うのだろう。
上手く捕らえて破壊の杖の使用方法を聞き出せるチャンスがすぐそこまで来ているのだ。
確かに身体能力だけ見ればかなり飛び抜けた部類に入る。が、それも限界があるだろう。
それに引き換え、こちらには魔法と言う絶対的に優位な武器がある。
距離さえ間違えなければ幾らでも対処できるし、なにより辺り一面が土だらけ。
属性の『土』を得意とするフーケにとっては、まさに願ったり敵ったりの場所なのだ。
だが、足音はフーケのすぐ傍まで来て停止すると、すぐに遠ざかっていってしまった。
(ちっ、そういやだったね!)
直前まで荒垣はフーケを追ってきたものだと勘違いしていた。
だが、荒垣が森に入ってきた本来の目的は、ケースの回収だけだったのだ。
目的が達成できると興奮して、ありえるであろう可能性をすっかり忘れていた。
慌てて足音のいた所まで辿り着いたフーケは、目の前に放置されたものを凝視する。
何度目を擦ってみても、地面に転がっているそれは自分が盗んできたケースであった。
「……どういうことだいこりゃ?」
罠があるかもしれないと、周囲にディテクトマジックを掛けてみるが反応は無い。
ゆっくりとケースに近付き、杖で軽く小突いてみる。
(罠……も無いみたいだね)
警戒しながら、ゆっくりとケースを持ち上げて気付く。
「ッ! そう言う事かい」
ケースの中身が、既に持ち去られた後であった事を。



    ▽    ▽    ▽



空中からゴーレムを牽制していたキュルケは、ゴーレムの頑丈さと再生速度に舌を巻いていた。
いくら自慢の炎で表面を焦がしても、すぐに下から新たな表面が顔を出す。
今のキュルケの力では、新陳代謝を活発にする程度しか効果がないのだ。
タバサの方も、牽制と囮を同時にこなしつつの攻撃であるためか、決定打に欠ける。
本来の実力を考えれば倒せるのだが、状況が悪すぎた。
その二人の後ろに乗っているルイズだが、魔法を唱えようにも何も思い浮かばず、
ただひたすらに杖を握り締め、悔しそうにゴーレムを睨みつけている。
「あっ!」
真ん中に座っていたキュルケが、森の方を見て指を差す。
その指の先に視界を絞り込むと、ここ数日で見慣れた顔が姿を現した。
「シンジ!」
荒垣は右手にデルフを構え、左肩には目的の物がぶら下げている。
足元の小さな存在を確認したゴーレムは、ルイズ達に攻撃するのをやめて荒垣のみに切り替えた。
巨大な拳を地面に振り下ろすが、それよりも早くゴーレムの足元まで潜り込む。
拳が地面を叩きつける瞬間を見計らい、荒垣はその腕に飛び乗る。
ゴーレムは片腕に乗った異物を払い落とそうと、もう片方の手を横薙ぎに払う。
「ふっ……オラァ!」
縄跳びをする要領でそれを飛び越えつつ、荒垣は空中でデルフを頭上に構える。
宙に飛んだ荒垣の身体が、地面に吸い寄せられるように落下していく。
その速度を利用し、一気に剣デルフをゴーレム目掛けて振り下ろした。
悲鳴を上げられないゴーレムの巨体がぐらりと傾く。
その隙に、荒垣は距離を取ってデルフを鞘に仕舞うと、ロケットランチャーを構えた。
が、それを邪魔するかのように、再生したゴーレムが荒垣目掛けて足を伸ばしてくる。
構わずロケットランチャーを構えていたが、突然荒垣の周囲に強烈な砂埃が巻き起こる。
「くそっ」
『ガキさん! ここはマズいッスよ!』
砂埃に視界を遮られ、狙いが上手く定まらない。
その間にも、鋼鉄となったゴーレムの足が荒垣を押しつぶさんとしていた。
ゴーレムと荒垣の距離が、ゆっくりと縮まっていく。
「シンジッ!」
今まで様子を見ていたルイズの体は、今までで見せた事の無いような素早さだった。
いつの間にかシルフィードの背から飛び降り、気が付けば杖を構えいたのだ。
落下していく最中に、タバサがレビテーションを唱えなければどうなっていたか。
そんな事は考えていなかった。頭の中は、目の前の窮地をどうにかする事で一杯だったのだから。
杖を構えたルイズは、思いつく限りの魔法を叫ぶ。
唱えた魔法全てが爆発を起し、ゴーレムの表面を削り取っていく。
致命的な一撃にはならないが、ゴーレムの動きがほんの少しだけ遅くなった。
効果があると一瞬喜んだルイズだったが、すぐにその顔が青く染まる。
足を上げたままのゴーレムが、今度はルイズ目掛けて腕を伸ばしてきたのだ。
そのあまりの圧迫感に、心が恐怖で埋め尽くされていく。
「ひっ」
前のめりのまま倒れてくるゴーレムの大きさに、ルイズの瞳が大きく開く。
やがてルイズの体をゴーレムの影が覆わんとした時、
前方から駆け寄ってきた荒垣に抱きかかえられ、間一髪でその場から離れた。
すぐ横に振り下ろされたゴーレムの拳にも驚いたが、
必死な形相でルイズを抱きかかえた荒垣の姿に対する驚きの方が衝撃的だった。

「バカ野郎! 何してんだオメェはッ!」
「だって、だってあのままじゃシンジが!」
「あれで良かったんだよ」
砂埃で目標が定まらない以上、ギリギリまで接近を許して撃つしか無かった。
いかにロケットランチャーと言えど、これの場合外してしまえば終わりなのだ。
もっとも、その時荒垣の身に起こる危険性は全く考慮していなかったが。
ぶっきらぼうなその態度に文句を言おうとして、言葉が詰まる。
「ちょっと、その怪我!」
降り注いだ幾つかの破片が荒垣の肩に突き刺さっており、破片を中心に赤く濡れていく。
さらに、遠目では気付かなかったが、上着の隙間から切り傷や赤黒い痣が見え隠れしている。
カストールの恩恵はあるが、それでも庇いきれなかったらしい。
何時どうやって傷ついたかは不明だが、肩の怪我だけは自分を抱きかかえた時に出来た傷だと理解できた。
ルイズが無傷なのは、荒垣が体を張って庇ってくれたからなのだ。
困惑したような表情のルイズとは違い、傷付いた体の持ち主は相変わらずの表情でゴーレムを睨んでいた。
「なんで……そんな怪我してるのよぉ」
口を開いた途端、思い出したかのように涙が溢れてくる。
「気にすんな。すぐ直る」
「駄目よ、すぐに手当てをしなきゃ……」
今にも大泣きしそうなルイズの頭を掴み、ゴーレムの方に向けさせた。
体勢を整えたゴーレムが、ゆっくりと二人に近付いてくる。
「いいかルイズ。何でもいいからあのデカブツに魔法を唱えてやれ」
「無理よ……さっきだって知ってる限りの魔法を唱えたのに、全部爆発したんだもの。
  そんな事より、早くキュルケ達の所に行かなくちゃ! その怪我を治さなくっちゃ――」
「それでいい」
「え?」
言葉の真意が理解できないルイズの頭を、荒垣は軽く撫でる。
「テメェの……ルイズの魔法が、俺には必要なんだ」
生まれて初めて誰かに頼られている。しかも、普段から自分に対して何一つ頼ってこない男にだ。
ルイズの芯に熱いものが込み上げてくる。
全身から余計な力が抜けていき、震えていた唇に生気が戻っていく。
消極的になりかけていた瞳は、普段と同じような積極性な色を取り戻す。
「やれるか?」
荒垣とルイズは真正面から向き合う。
「ふんっ、見くびらないで頂戴。私を誰だと思ってるの? 
  ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。シンジのご主人様よ!」
「いい返事だぜ」
二人が話している間にも、拳を鋼鉄に変えたゴーレムが、ゆっくりと両腕を空に振り上げる。
振り下ろされれば、二人は抵抗する間もなく潰されてしまうだろう。
けれども、ルイズは荒垣の後ろで余裕の表情で魔法を詠唱し、荒垣はロケットランチャーを構え直す。
ゴーレムの両腕が背中で輝いている双月を隠した。
ルイズは同じように魔法を唱え、ゴーレムを爆発させている。
ピタリと停止した腕が、重力に引き摺られるように振り下ろされていく。
眼前に迫ってもなお、ルイズは詠唱をやめない。
鋼鉄の拳が眼前まで来たその時、荒垣の口が小さく動く。
「上等だ!」



    ▽    ▽    ▽



森と道の境目に隠れていたフーケは、目の前で起きた光景に唖然としていた。
自慢のゴーレムは、一辺も残らず消し飛ばされてしまったのだ。
しかも、立っていた地面すら削り取っているではないか。
フーケは改めて、自分の盗んだ品の名前を思い出した。
(破壊の杖……ねぇ)
視線を横にずらすと、そこには腰を抜かして座り込んでいるルイズと、
破壊の杖を床に放ったまま、服に付いた埃を払う荒垣の姿があった。
上空には二人に向かって降りてくるシルフィードの姿。
(やるなら、今しかないね)
影に隠れ、杖を握って魔法を詠唱しようとしたフーケを遮るかのように、荒垣が声をあげる。
「お前ら! こいつをさっさと持って帰れ! こいつはもう使い物にならねぇ」
(なんだって?)
もしやこちらに気付いているのかと警戒を強めたフーケだったが、
荒垣がこちらに来る様子はなく、降りてくるシルフィードだけを見ていた。
荒垣よりやや高い位置まで来たシルフィードの背から、キュルケが顔を覗かせる。
「ダーリン。それってどういう事?」
「こいつぁ単発式でな。そもそも破壊の杖っつう名前じゃねぇ」
用済みだと言わんばかりに、空の筒を放り投げる。
受け取ったキュルケは、熱の残る筒に首を傾げたが、荒垣の言葉の方が気になるのか続きを促す。
「ロケットランチャーって言ってな。俺のいた所の武器だ。魔法じゃねぇ」
「嘘……」
武器と縁がある生活はしていないが、それでもキュルケの目は信じられないと訴えている。
ハルケギニアの何処を探しても、こんな武器など無いだろう。
「あなたのいた所はどこか」
会話を聞いていたタバサが、ポツリと言葉を漏らす。
別の世界だと説明するべきか悩んだが、下手な事を言っては不審がられるかもしれない。
結局、本当の事を言わずに、荒垣は遠い所だと答えておいた。
その解答に納得したかは不明だが、それに関してタバサが追求してくる事はなかった。
「それより、お前らはこれも持って帰れ」
これと言って渡されたのは、腰を抜かして座り込んでいたルイズだった。
先程起こった出来事に頭が追いつかず、未だ呆けている。
緊張の糸が切れてしまったのか、呼びかけても返事をしない。
そんなルイズを受け取りつつ、キュルケは不思議そうな顔をした。
「ダーリンは?」
「フーケとやらがいるかもしれないからな。少し探してみる」
「そんなッ! 危険よ!」
普段とは違い、やや真剣な表情で反対だと述べた。
が、そんなキュルケを無視して、荒垣は森の一点を見つめる。
「心配すんな。一人なら適当に逃げられる」
森から視線を外さない荒垣に、タバサが抑揚のない声で問いかける。
キュルケは気付かなかったのだが、タバサも荒垣と同じ場所をジッと見つめていた。
「帰りは?」
質問に答える事無く、荒垣は顎だけを動かす。
その先では、若干怯えた様子の馬が一頭だけ木に繋がれて待機していた。
「じゃあ、任せた」
二人に視線を戻す事無く、荒垣は森の方へと足を踏み出していく。
一緒に帰るつもりは無いと気付いたキュルケは、諦めたように肩を竦める。
「それじゃ、必ず帰ってきてよね」
背中から届く言葉に、荒垣は手だけを振って了解の意を示した。

シルフィードが飛び去り、学園の方へ戻っていくのを確かめた後、荒垣はやる気の無い様子で口を開いた。
「で、どうするんだ?」
「気付いてたのかい」
森の影から、フーケが姿を現す。
相変わらず余裕の表情だが、杖の先端は荒垣を向いている。
「そりゃ、あんだけ敵意剥き出しにされりゃあな」
「ふふ。そいつはどうも」
木の間から漏れる月明かりに照らされたフーケを見た荒垣は、一瞬眉をしかめる。
「ケースはどうした」
「中身が無いケースなんかあったって、大した価値にはならないよ」
つまるところ、捨てて来たと言いたいのだろう。
暗がりの中、一瞬だけ笑みを零した荒垣に気付かずに、フーケは言葉を吐く。
「で、あれが単発式ってのは事実なのかい?」
「ああ。信じる信じないは任せるがな」
お互い緊張感の無いような会話を続けるが、視線だけは鋭く光っている。
全神経を張り詰め注意深く見つめる先は、お互いの武器。
「実はさ……アタシ」
立ち位置はずらさずに、杖だけを小刻みに揺らす。
一方の荒垣も、鞘に入れたままのデルフを肩に背負う。
フーケから言葉が飛び出す前に、交錯していた視線がほんの僅かにぶれる。
次の瞬間、荒垣の眼前には鉄の礫が、フーケの手首にはデルフの先端が迫っていた。
「盗めなかったものは!」
荒垣は迫っていた礫を真正面から受け止めて血を噴き出す。
対するフーケも、手首に掛かる重い一撃に耐え切れずに杖を落とす。
それでも、双方止まる事なくぶつかり合った。
荒垣の額とフーケの額が火打石を打つようにぶつかり合う。
双方とも強烈な衝撃に膝をつきそうになるが、歯を食いしばって堪える。
「「ッ!」」
互いに両足で立っているのを確認すると、二人はまた額を突撃させる。
二度に渡る衝撃に耐えられなかったのは、フーケの方だった。
ゆっくりと地面に膝をつきながら、荒垣の足にもたれかかる。
「なかったんだ……よ」
最後にそれだけ呟いて、フーケの視界は真っ黒に染まっていった。



    ▽    ▽    ▽



フーケが目を覚ましたのは、それからしばらくしての事だった。
最初に目に飛び込んできたのは、美しく輝く二つの月。
次に視界に入ってきたのは、隣に座っている、自分が倒れる原因となった男だ。
「目が覚めたか」
荒垣は視線を遠くに向けたままで、フーケには視線を戻さない。
こちらを見て話さない事に腹が立ったが、すぐに体の異変に気付く。
額から手首に至るまで、痛みが全く感じられないのだ。
最初は神経を切断されたかと思ったが、すぐに違うと判断する。
試しに手首を動かしてみたが、感触があるからだ。
ゆっくりと起き上がり、他に異常が無いか確かめる。
が、気だるいだけで肉体的には問題はない。
「何をしたんだい?」
その疑問には答えず、荒垣は上着のポケットから小瓶を取り出し放る。
「テメェが渡したのと似たようなやつをたまたま持っててな」
空になっている小瓶を凝視しながら、フーケは呆れたように肩を竦めた。
「どうやって?」
質問の意図に気付いたのか、座っていた荒垣はフーケを一瞥し、また遠くに視線を向ける。
「その鼻を摘んだら、涎垂らしながら口を開けてくれたんでな」
具体的に返ってきた答えに、フーケは思わず口を拭う。
からかわれているのか真剣なのか判別できないが、
フーケとしては、やられた以上どうにかやり返してやりたい。
わざわざ荒垣の真正面に立ち、屈みながら胸を寄せ付ける。
「ホントかい? 何か悪戯したんじゃないの?」
そんな誘惑を前にしても、荒垣の視線は一切動かなかった。
精神的な何かが抉られたような気がして、フーケは力なくその場に座る。

しばらく無言の時間が続いたが、打ち破ったのは以外にも荒垣だった。
「あの時。なんで魔法を使わなかった」
荒垣が言っているのは、ゴーレムを倒してからの話だ。
あの時馬鹿正直にど突き合いなどしなければ、フーケは勝っていただろう。
少し躊躇いながらも、自虐的な笑みを浮かべてフーケは呟く。
「実を言うとね。あの時点で、殆ど精神力が切れ掛けてたのさ」
「精神力?」
「そんな事も……って、アンタ知らないんだったね」
初日に交した会話を思い出し、小さく溜息をつく。
「つまり、魔法が使えない状態で、しかも立ってるのも辛かったって事。
  あの場の空気に流されてあんな事したけど、良く考えたら大間抜けよね」
傷の残っていない額を擦りつつ、子供の様に足をバタつかせる。
こんなのはアタシのキャラじゃないんだけどねと呟くが、その表情は爽やかだった。
と、フーケの方も何か気になったらしく、荒垣の隣に座り直して疑問を尋ねる。
「アンタこそ、なんでアタシを殺さなかったんだい?」
荒垣が鞘を抜いたのは、ゴーレムの時だけだ。
向かい合った時も、敵意はあっても殺意は感じられなかった。
仮に鞘から抜いていれば、もっと優位な戦いに持ち込めたはずだ。
そもそも、気絶していた自分ならば、なんの抵抗もなかっただろうに。
「殺したりしねぇ……絶対にだ」
重い口調で、自分自身に言い聞かせるように声を絞り出した。
空気が変わった事に気付いたフーケは、何も言わず同じ方向を見つめる。
「で、これからどうするんだい?」
「……」
「アタシを捕らえて王宮に突き出す? それとも逃がしてくれるのかい?
  前者なら、ちょっとは抵抗させてもらうよ……って一人でどこにいくのさ」
フーケの質問に答える事無く、荒垣は馬の方へと歩いていく。
いつの間に回収したのか、その手にはケースが握られている。
「ちょっと、返事してくれたっていいじゃないのさ」
拗ねたような態度を演じるフーケに振り返らず、荒垣は空を見上げた。
「好きにしな。俺がここに来たのは、たまたまだ。
  別にテメェをどうこうしようとは思わねぇし、言うつもりもない」
もう用は無いだろうと呟くと、今度こそ馬のほうに消えていってしまう。
返ってきた答えを持て余していたフーケだったが、何か決心したように後に続く。
「あの馬はアタシのだよ。勝手に乗っていかないでおくれ」
少しずつ近付いていく荒垣の背中を、フーケは愉しそうな表情で眺めていた。
その顔には、これからどうやって荒垣に仕返ししてやろうかと書いてある。
「何が借りは返しただい」
フーケの掌には、秘薬の入っていた小瓶が握り締められていた。

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