青い三日月と赤い満月が空にかかる夜に、顔をローブで隠した女が魔法学院の塔の屋根に降り立った。
女の名はフーケ。
土くれのフーケ。
今のトリステインでその名を知らぬ者を探す方が難しい名うての盗賊である。
そんな彼女が今狙わんとしているのは魔法学院の宝物庫だ。
その中には様々な、そして高価な宝が眠っているに違いない。「破壊の杖」と呼ばれるものには特に興味がある。
だが、それだけの宝が眠っているだけあって魔法学院の宝物庫は実に厳重だ。
綿密に調べてみたが隙がない。
扉にはロックの魔法。
壁や天井には固定化の魔法。
どちらも何人ものスクウェアのメイジ によって念入りにかけられたものである。
扉の鍵を入手しようとしたこともあった。
だが鍵を持っている学院長のオールドオスマンは普段は飄々としているのに、さすが高名なメイジと思わせる鋭さを時々見せる。
宝物庫の鍵の管理もオールドオスマンが未だもうろくしていないところ見せるところで、フーケは結局鍵を諦めざるを得なかった。
今、フーケは錬金の魔法を試している。
いかに強力なメイジによってかけられた固定化の魔法といえどもそこは人間のやること。
どこかにミスがあるのではないかと思い壁から床、天井に至るまで少しずつ調べてきたのだ。
そして今日、いよいよ最後の場所を調べているのだ。
結果、スクウェアのメイジ達の仕事は一分の隙もないことが判明する。
「さて、どうするかねえ」
無駄足は無駄足だが、中のお宝のことを考えると諦めてしまうのはおしすぎる。
「なら、あの方法を使うしかないようだね」
この学園の教師から入手した情報に宝物庫の壁は物理的衝撃に弱いのではないか、という話を聞いたことがある。
ただし、この壁はかなり厚く半端な力ではびくともしない。
その教師もゴーレムを使わなければならないと言っていたほどだ。
フーケはゴーレム作成と使役には自信がある。
それを試してみるしかないだろう。
ただ、今はできない。
そんなことをすれば、魔法学院の警備兵ばかりでなく教師をも相手にしなければならないだろう。
できれば警備兵や学院のメイジ達が一カ所に集まったときに決行したい。
「さて、どうするか」
悩むフーケに風が声を運んできた。
「!!!!!!!!!!!!」
その方向には女子寮があり、部屋のいくつかは明かりが灯っている。
普段はもうみんな寝ている頃なのに何をしているのか、と考えたところで思い当たる節があった。
「そうね、そろそろあの時期ね」
フーケのローブがばさりと揺れる。
唇を青い三日月のような形にしたフーケの姿は闇に溶けるように消えた。
女の名はフーケ。
土くれのフーケ。
今のトリステインでその名を知らぬ者を探す方が難しい名うての盗賊である。
そんな彼女が今狙わんとしているのは魔法学院の宝物庫だ。
その中には様々な、そして高価な宝が眠っているに違いない。「破壊の杖」と呼ばれるものには特に興味がある。
だが、それだけの宝が眠っているだけあって魔法学院の宝物庫は実に厳重だ。
綿密に調べてみたが隙がない。
扉にはロックの魔法。
壁や天井には固定化の魔法。
どちらも何人ものスクウェアのメイジ によって念入りにかけられたものである。
扉の鍵を入手しようとしたこともあった。
だが鍵を持っている学院長のオールドオスマンは普段は飄々としているのに、さすが高名なメイジと思わせる鋭さを時々見せる。
宝物庫の鍵の管理もオールドオスマンが未だもうろくしていないところ見せるところで、フーケは結局鍵を諦めざるを得なかった。
今、フーケは錬金の魔法を試している。
いかに強力なメイジによってかけられた固定化の魔法といえどもそこは人間のやること。
どこかにミスがあるのではないかと思い壁から床、天井に至るまで少しずつ調べてきたのだ。
そして今日、いよいよ最後の場所を調べているのだ。
結果、スクウェアのメイジ達の仕事は一分の隙もないことが判明する。
「さて、どうするかねえ」
無駄足は無駄足だが、中のお宝のことを考えると諦めてしまうのはおしすぎる。
「なら、あの方法を使うしかないようだね」
この学園の教師から入手した情報に宝物庫の壁は物理的衝撃に弱いのではないか、という話を聞いたことがある。
ただし、この壁はかなり厚く半端な力ではびくともしない。
その教師もゴーレムを使わなければならないと言っていたほどだ。
フーケはゴーレム作成と使役には自信がある。
それを試してみるしかないだろう。
ただ、今はできない。
そんなことをすれば、魔法学院の警備兵ばかりでなく教師をも相手にしなければならないだろう。
できれば警備兵や学院のメイジ達が一カ所に集まったときに決行したい。
「さて、どうするか」
悩むフーケに風が声を運んできた。
「!!!!!!!!!!!!」
その方向には女子寮があり、部屋のいくつかは明かりが灯っている。
普段はもうみんな寝ている頃なのに何をしているのか、と考えたところで思い当たる節があった。
「そうね、そろそろあの時期ね」
フーケのローブがばさりと揺れる。
唇を青い三日月のような形にしたフーケの姿は闇に溶けるように消えた。
「ぬわぁんんだこりゃぁああああああ」
ルイズが思わず両耳を閉じるような声でデルフリンガーが叫ぶ。
「俺の、俺の、俺の体がぁああああああああ」
デルフリンガーは錆びてはいても長剣だった。
幅広で身が厚い実用一辺倒な作りは貴族受けはしないもののそれなりに立派なものだ。
「おおぉおおおおおおおお」
ああ、なんたる哀れ。なんたる悲劇。
「何よ、そのくらいでうろたえないでよ」
「でもよぉ、でもよぉ、でもよぉおおおおおおおおお」
その姿は今や長剣とはほど遠い。
「あはは。ルイズ。もう良いかな?」
何とも言えない笑いを返すフェレット姿のユーノの背中にデルフリンガーは背負われていた。
むろんフェレットに長剣が背負えるはずもない。
なら、何故背負えているか。
デルフリンガーは今やユーノの背中でフェレットサイズの長剣という針のような変わり果てた姿になっていたのである。
「この世に生まれて6000年。こんな情けねえ姿になったのは初めてだ」
「ルイズ、そろそろ止めてあげようよ」
男泣きに泣くデルフリンガーがさすがに哀れになったユーノがルイズに頼むがルイズには聞く気はないようだ。
「いいじゃない。もう少し」
にやにやと面白そうに笑いを浮かべている。
そもそもこんなふうになったのは、デルフリンガーを以後どうやって扱うかを考えていた頃に始まる。
長剣は人間の姿のユーノと比べても大きい。
担いでも両手で持ってもずるずる地面を引きずってしまう。
空を飛んでいれば関係ないが、いつも飛びっぱなしというわけにはいかない。
フェレットの姿になっているときは論外だ。
ならルイズが持ち歩くというのもあるがこれも却下だ。
貴族が杖ではなく剣を持ち歩くのは格好のいいことではない。
様式と礼式に反してしまう。
貴族としてふさわしい態度を養う魔法学院の生徒としては、はなはだまずい。
そこで、2人でうんうん呻りながら考えてたときにルイズが唐突に妙案を出した。
「じゃあ、ユーノがそのデルフリンガーを背負ったままフェレットに戻ったらどうなるの?」
ユーノの本来の姿に関するルイズの勘違いは置いておくとして、ユーノは人間からフェレットの姿に変身すると服やマントに靴はまとめて消えてしまう。
この時、腰のポーチに入れている小物も消えてしまう。
なら人間の姿の時にデルフリンガーを背負って、そのままフェレットに変身したらどうなるだろうか。
試してみました。
さすがは魔法の剣。
服のように消えてしまうことはなかったが、人間の姿のユーノが小さくなるにつれて一緒に小さくなってしまったのである。
ユーノがうごくのにじゃまにならないサイズになってくれたのは嬉しい誤算だ。
と言っても、長剣デルフリンガーは今や針剣デルフリンガーだ。
そして嘆きのデルフリンガーとなってしまったわけである。
「ねえねえ、ユーノ。今度は剣を抜いてみて」
「うん、いいけど……」
背中でデルフリンガーがえぐえぐ鼻をすすっている。
どこに鼻があるのかは謎だ。
「ごめん、もうちょっと手伝って。後で元に戻すから」
「相棒、本当か?本当なんだな」
手足があったら拝んでいただろう と思うような声でデルフリンガーが喜ぶ。
ほっと、一息ついたユーノは背中の剣に手を伸ばす。
「んっ」
間違い、フェレットなので手ではなく前足だ。
「ふんっ」
体をちょっと強くねじった方がいいようだ。
ユーノは今度は勢いをつける。
「ふんっ、ふんっ、ふんっ」
「何してるのよ、ユーノ」
「ルイズ」
少し息切れをしたユーノが顔を上げる。
「手が届かないよ」
「え?」
当然だが、フェレットの前足は短い上にそもそも背中に手を回すようにはできていない。
おまけに人間のようにものを持つような構造にもなっていない。
「ちょっと、そんなはず無いでしょ。もうちょっとこう」
「え、え、待ってよ。ルイズ!」
フェレットの骨格構造を知らないルイズは納得がいかない。
ユーノの肩を持ってぎゅうっとねじり上げた。
「いいいいい、いたいいたいいたいたい。止めて、止めてルイズーーーっ」
「おおおおっ、止めてくれ、相棒がぁあーーーーっ」
抗議の二重奏を聴いてルイズはやっと自分が何をしていたかに気づく。
慌てて手を放し、ユーノの背中をさすってやった。
「ごめん、ユーノ。大丈夫?」
「うん、大丈夫。でも、ルイズ。デルフリンガーを抜く事なんてできそうにないよ」
「そっかぁ」
ルイズも何が何でも背中の剣を抜かせたかったわけではない。
ユーノの体には変えられないので、諦めてもいいのだがそれではとても困る者がいた。
「おおおおおっ。じゃ、じゃあ。俺はずっとこのままなのか?ずっと小せえままなのか?」
「うるさいわねえ。私が抜いてあげるわよ」
ルイズはユーノの背中のデルフリンガーを針でもつまむように親指と人差し指でつまむ。
針のように小さいのでこれが一番やりやすい。
鞘を逆の手の人差し指で止めて、そっと抜いた。
「きゃあっ」
抜いたデルフリンガーが突然光る。
その光はユーノが変身するときの光と同じだ。
ルイズはデルフリンガーを思わず落としてしまう。
床に落ちたデルフリンガーはこれもユーノが変身するときと同じようにサイズを大きくしていき、元の長剣に戻っていった。
「おおおお。俺の、俺の体が元に戻った」
またも号泣するデルフリンガー。
手足があれば踊っているかも知れない。
「ユーノ、これって」
「たぶん僕から放したら元のサイズに戻るんだと思う」
「じゃあ、ユーノがその姿の時は剣は使えないのね」
「うん。無理だと思う」
「そっかぁ」
実はルイズは小さい剣を振るフェレットを見てみたかったのだが、無理ならしょうがない。
ため息と共に諦めることにした。
ルイズが思わず両耳を閉じるような声でデルフリンガーが叫ぶ。
「俺の、俺の、俺の体がぁああああああああ」
デルフリンガーは錆びてはいても長剣だった。
幅広で身が厚い実用一辺倒な作りは貴族受けはしないもののそれなりに立派なものだ。
「おおぉおおおおおおおお」
ああ、なんたる哀れ。なんたる悲劇。
「何よ、そのくらいでうろたえないでよ」
「でもよぉ、でもよぉ、でもよぉおおおおおおおおお」
その姿は今や長剣とはほど遠い。
「あはは。ルイズ。もう良いかな?」
何とも言えない笑いを返すフェレット姿のユーノの背中にデルフリンガーは背負われていた。
むろんフェレットに長剣が背負えるはずもない。
なら、何故背負えているか。
デルフリンガーは今やユーノの背中でフェレットサイズの長剣という針のような変わり果てた姿になっていたのである。
「この世に生まれて6000年。こんな情けねえ姿になったのは初めてだ」
「ルイズ、そろそろ止めてあげようよ」
男泣きに泣くデルフリンガーがさすがに哀れになったユーノがルイズに頼むがルイズには聞く気はないようだ。
「いいじゃない。もう少し」
にやにやと面白そうに笑いを浮かべている。
そもそもこんなふうになったのは、デルフリンガーを以後どうやって扱うかを考えていた頃に始まる。
長剣は人間の姿のユーノと比べても大きい。
担いでも両手で持ってもずるずる地面を引きずってしまう。
空を飛んでいれば関係ないが、いつも飛びっぱなしというわけにはいかない。
フェレットの姿になっているときは論外だ。
ならルイズが持ち歩くというのもあるがこれも却下だ。
貴族が杖ではなく剣を持ち歩くのは格好のいいことではない。
様式と礼式に反してしまう。
貴族としてふさわしい態度を養う魔法学院の生徒としては、はなはだまずい。
そこで、2人でうんうん呻りながら考えてたときにルイズが唐突に妙案を出した。
「じゃあ、ユーノがそのデルフリンガーを背負ったままフェレットに戻ったらどうなるの?」
ユーノの本来の姿に関するルイズの勘違いは置いておくとして、ユーノは人間からフェレットの姿に変身すると服やマントに靴はまとめて消えてしまう。
この時、腰のポーチに入れている小物も消えてしまう。
なら人間の姿の時にデルフリンガーを背負って、そのままフェレットに変身したらどうなるだろうか。
試してみました。
さすがは魔法の剣。
服のように消えてしまうことはなかったが、人間の姿のユーノが小さくなるにつれて一緒に小さくなってしまったのである。
ユーノがうごくのにじゃまにならないサイズになってくれたのは嬉しい誤算だ。
と言っても、長剣デルフリンガーは今や針剣デルフリンガーだ。
そして嘆きのデルフリンガーとなってしまったわけである。
「ねえねえ、ユーノ。今度は剣を抜いてみて」
「うん、いいけど……」
背中でデルフリンガーがえぐえぐ鼻をすすっている。
どこに鼻があるのかは謎だ。
「ごめん、もうちょっと手伝って。後で元に戻すから」
「相棒、本当か?本当なんだな」
手足があったら拝んでいただろう と思うような声でデルフリンガーが喜ぶ。
ほっと、一息ついたユーノは背中の剣に手を伸ばす。
「んっ」
間違い、フェレットなので手ではなく前足だ。
「ふんっ」
体をちょっと強くねじった方がいいようだ。
ユーノは今度は勢いをつける。
「ふんっ、ふんっ、ふんっ」
「何してるのよ、ユーノ」
「ルイズ」
少し息切れをしたユーノが顔を上げる。
「手が届かないよ」
「え?」
当然だが、フェレットの前足は短い上にそもそも背中に手を回すようにはできていない。
おまけに人間のようにものを持つような構造にもなっていない。
「ちょっと、そんなはず無いでしょ。もうちょっとこう」
「え、え、待ってよ。ルイズ!」
フェレットの骨格構造を知らないルイズは納得がいかない。
ユーノの肩を持ってぎゅうっとねじり上げた。
「いいいいい、いたいいたいいたいたい。止めて、止めてルイズーーーっ」
「おおおおっ、止めてくれ、相棒がぁあーーーーっ」
抗議の二重奏を聴いてルイズはやっと自分が何をしていたかに気づく。
慌てて手を放し、ユーノの背中をさすってやった。
「ごめん、ユーノ。大丈夫?」
「うん、大丈夫。でも、ルイズ。デルフリンガーを抜く事なんてできそうにないよ」
「そっかぁ」
ルイズも何が何でも背中の剣を抜かせたかったわけではない。
ユーノの体には変えられないので、諦めてもいいのだがそれではとても困る者がいた。
「おおおおおっ。じゃ、じゃあ。俺はずっとこのままなのか?ずっと小せえままなのか?」
「うるさいわねえ。私が抜いてあげるわよ」
ルイズはユーノの背中のデルフリンガーを針でもつまむように親指と人差し指でつまむ。
針のように小さいのでこれが一番やりやすい。
鞘を逆の手の人差し指で止めて、そっと抜いた。
「きゃあっ」
抜いたデルフリンガーが突然光る。
その光はユーノが変身するときの光と同じだ。
ルイズはデルフリンガーを思わず落としてしまう。
床に落ちたデルフリンガーはこれもユーノが変身するときと同じようにサイズを大きくしていき、元の長剣に戻っていった。
「おおおお。俺の、俺の体が元に戻った」
またも号泣するデルフリンガー。
手足があれば踊っているかも知れない。
「ユーノ、これって」
「たぶん僕から放したら元のサイズに戻るんだと思う」
「じゃあ、ユーノがその姿の時は剣は使えないのね」
「うん。無理だと思う」
「そっかぁ」
実はルイズは小さい剣を振るフェレットを見てみたかったのだが、無理ならしょうがない。
ため息と共に諦めることにした。