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気さくな王女-25

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幕間



 普段の壮麗な輝きは鳴りを潜め、黒を基調とする装飾に縁取られたヴェルサルテイル宮殿の前栽を少女が歩く。
 喪服に喪章をつけた人間が行きかう中、一人赤いスカートを翻して歩く様は大いに目を引くが、誰も彼女に気を払わない。
 二人の門番が談笑する横を抜け、少女はプチ・トロワの入り口をくぐった。
「随分と客が集まるんだろ? まぁた仕事が増えるよなあ」
「まったくだ。娘一人の葬式にご大層なことでよ」
「結局のところよぉ、俺たちゃ死んだ後でもあの女にこき使われるってこった」
「人騒がせな姫さんもいたもんさ」

 主を失ったプチ・トロワの中はしんと静まりかえっていた……ということもなく、召使たちが忙しげに立ち働いていた。
 ただ、人数が集まれば、一人二人の不心得者は出てくるもの。上役の目を盗み、控え室でおしゃべりに精を出す侍女が二人。
「街で通り魔に殺されたんじゃないかってもっぱらの評判よ」
「最近は毎晩のように出歩かれていたみたいだものねぇ」
「悪い仲間ともつるんでいたみたいだし」
「いざこざがあって刺されたのよ、きっと。いつもシャルロットさまにしている意地悪をやくざものにもやったのよ」
「そうね。宮殿の外に出ても自分の我侭が通って当たり前、って人だったものね」
 少女は控え室を通り抜け、来た時と同じように咎められることなくプチトロワを後にした。ここには目当ての人物がいないかったらしい。

 グラン・トロワの廊下には東方から買い求めた豪奢な絨毯が敷き詰められている。弾力性に富んだ絨毯の毛に足をとられそうになりながら、少女は一生懸命歩を進める。
 遊戯室の扉を開けると、そこには騎士の人形に話しかける美髯の中年男性がいた。
 腰高の籐椅子に腰掛け、傍らには表情の無い小姓を控えさせ、物言わぬ人形と嬉しそうにお話しをしている。
「ビダーシャル曰く、悪魔と出会ったのだそうだよ。あのエルフをしてそこまで言わしめるとは……ふふ、わが娘はよほど恐ろしい化け物を召喚していたらしい」
 少女は男性の傍に寄り、顔を見上げた。どこかで見たことがあるような気がしたが思い出せず、首を傾げた。
「使い魔君とは一度会っておきたかったが、今となっては詮無きことだ。ミューズ、もう少し先のことを相談しよう、ミューズ」
 少女はしばらく男性の顔を見ていたが、やがて飽きたのか、部屋の扉を静かに開いて出ていった。

 厨房では噂話に花を咲かせながらコック達が大忙しで働いていた。口を動かしながらも手を休めることはない。
「庭師のハンスがよ、露店で物を買うところを見たってよ」
「そりゃ他人の空似だな。あのヒステリーが自分で買い物なんかするかよ」
「仕入れのオリガはよ、ドロドロに汚れて裏町歩いてたって言ってたぜ」
「そりゃでまかせだ。オリガの言うこといちいち信じてたら身上が潰れちまわあ」
「なあんか怪しい噂が多いよなぁ」
「俺ぁ男関係だと思うね。肌着一枚で宮殿の中うろつくなんざ、そこらの阿婆擦れ年増だってできねえ芸当だぜ」
 糖蜜でコーティングされた苺を一つをつまみ食いし、少女は厨房を後にした。

 少女はまだ目的の部屋を見つけることができないでいる。
 階段を昇り、通路を右に折れ、ドアを開けて中を覗くと、そこでは二人の騎士が密談にふけっていた。
 密談なりに施錠の魔法も唱え、それに加えて探知の魔法までかけていたのだが、二人は少女に気づくことなく会話を続けている。
「表向きには、アーハンブラ城で行われた実験が失敗。見学に出向いていた王女もろもとに城が倒壊した……ということになっています」
「表向きの話はどうでもいい。実のところは何が起きたのだ」
「北花壇騎士団の暴走です。私刑にかけるべくシャルロットさまの引渡しを要求したところ、すげなく断られ……」
「実力行使に出た、と。聞きしに勝る傍若無人ぶりだな。簒奪者の娘自ら無法者どもを率いていたのか?」
「はい。防衛を任された王軍と北花壇騎士団特殊部隊が交戦し、激烈な戦闘の末に城が倒壊。王軍は子飼いのエルフや攻城用のガーゴイルまで投入し、なんとか簒奪者の娘を討ち取ったそうです」
「実力の方も聞きしに勝るというわけか。シャルロットさまのご無事は確認した……と言ったな?」
「妃殿下とともにトリステインへ逃れられ、現在はトリステイン魔法学院にて保護されているとのことです」
「王軍と北花壇騎士団の争いに乗じて逃れられたか。簒奪者の内輪揉めも時として役に立つ」
 少女はぽん、と手を打った。階上を探してもいない……ということは、階下にいけばいるかもしれない。
 下に向かう階段を探すべく、少女は後ろ手で扉を閉めた。

 階段を一段降りるごとにぐっと冷え込む。肌を刺す冬の冷気ではなく、地の底の寒気が臓腑の内から滲み出してくる。
 扉を開けた先はさらに冷たく、生者の持つ温もりといったものが一切存在しない。
 少女は身震い一つなく扉の中へともぐり込み、寒さに頓着しないまま、部屋中央の棺へと歩み寄った。
 真っ白い大理石の横腹には季節の花々が彫刻されている。棺の中にも所狭しと花が敷き詰められ、むせ返るような匂いを寒々しい部屋の中に撒き散らす。
 色鮮やかな青い髪は、丁寧に梳かれた上で整えられ、どの花にも見劣りしない艶やかな光彩を見せている。
 化粧のおかげか、今わの際の表情がそのまま残っているのか、生きていた時にはけして見せることがなかった優しげな表情を浮かべていた。
 黄色いボロタオルは無い。懐にナイフを忍ばせていることもないだろう。真っ白なドレスでは露店を冷やかして歩くこともできない。
 だが、それでも、王女は微笑んでいた。胸に雪割草のコサージュを乗せ、悔いの無い生を全うした者にのみ許される笑みを浮かべて静かに横たわっていた。
 それを見て少女もにっこりと笑った。棺の上に身を乗り出し、肩に手をかけ、ゆさゆさと前後に揺すって呼びかけた。
「お姉ちゃん」



 ……誰か呼んだ? おねむのわたしを名指しで呼ぶなんて命知らずもいいところね。いったいどこの馬鹿よ。
 ううむ……いて、ててて……うう、節々が痛い。体を起こそうとするだけでかなりの重労働。冬眠直後の熊じゃないってのに。
「お姉ちゃんお姉ちゃん」
 随分と惰眠を貪っていたみたいで、なんだか意識がぼんやりしている。勤勉の代名詞とも言うべき鬼畜者がこんなことじゃいけないわ。
「ねえお姉ちゃん」
 体を慣らし、また悪事を働けるようになるまで回復しないと……。
「お姉ちゃんってば!」
 うるさい! と思ったのと同時に手が出ていた。いいわね、何も入ってない頭って。叩くととてもいい音がする。
「あいたた……起こしてあげようとしただけなのに」
 あくまでも反射よ反射、そんな恨みがましい目で見るのはよしなさい。
「うるさいわねえ。耳元でガンガンがなりたてて……お前はわたしの鼓膜に恨みでもあるの?」
「もう。お姉ちゃんってばいっつも寝起きが悪いんだから」
 これだけ長い間寝てれば誰だって寝起きが悪くなるわよ。
 体が痛くてたまらない……って何よこの硬い寝台は。石? 石の寝台? こんな所でまともに寝られるわけがないじゃない。
 おまけにこの花! 匂いはともかく、花粉がバラバラバラバラ……鼻がムズムズするわ。
 なんだか寒いし、ジメジメしてるし、景気の悪いことこの上ないわね。どこよここ? 思い出せそうで思い出せない。たしか……。

「……ちょっとずつ思い出してきたわ。ここはヴェルサルテイル宮殿ね?」
「うん」
「てことは戻ってきたのか……シャルロットはどこに行ったの?」
「シルフィちゃんとお母さんと一緒にトリステインってところに行ったよ」
 そうね。シャルロットはガリアにいない方が安全でしょうからね。わたしに礼の一つも無しに逃げたことは万死に値するけどね。
「地下水は?」
「一緒に行っちゃったよ。もうこの国にはいられないって」
 あいつも相変わらずドライねえ。副団長くらいには取り立ててやってもいいと思っていたのに。
「そういえばお前、一番大事な時にいなかったわね」
「ボクはボクで大変だったんだよー」
「どう大変だったのよ」
「お姉ちゃんがお城を壊すから兵隊さんたちを助けてあげなきゃいけなかったんだよ。エルフのおじさんとボクだけでやったから時間がかかっちゃって」
 あ、やっぱりエルフもいたのね。出てこなかったからいなかったのかと思ってた。
 なるほど、敵味方に怠け者が一人ずついてバランスがとれてたってわけか。納得いくようないかないような。
 ともあれ、幽霊の話を聞き、現状が掴めつつある。この寝台、そして花。じめついた冷たい部屋……おそらくは地下室。
 どう考えても父上の嫌がらせ。それ以外の何者でもない。わたしに負けた憂さをこんな形で晴らしているのね。いつまでも子供なんだから。
「起き抜けにすることが決まったわ」
「何をするの?」
「決まってるじゃない。勝者の義務として哀れな負け犬に挨拶するのよ。ユーモアに富んだ皮肉をたっぷりと交えてね」
 大きく伸びをして、寝台の上から飛び降りた。うん? 妙に足元がふわふわしていて落ち着かない。こりゃよっぽど体が弱ってるわ。

 幽霊に手をひかれ、ふらつく足で一歩一歩階段を昇り、扉を開けると、そこには田園風景が広がっていた。……あれ?
「お姉ちゃん、どうかしたの?」
「ええっと……どうしたんだっけ? いや、どうしたっていうか……んん?」
 わたしは自転車を転がして、幽霊がそれに続く。いつものことよね。何もおかしなことなんてない。何がおかしかったんだっけ?
 ええと……ええと……ううん……あまり悩まない方がよさそうね。すっきりさっぱりいきましょう。

 自転車は多少埃っぽくなっていたものの、長旅の疲れを微塵も感じさせず、颯爽としたスマートな佇まいで見る者を魅了する。
 さすがはわたしの使い魔、と独りごち、ドレスの裾で旅の汚れを拭ってから跨った。幽霊も続いて後部座席に座り、わたしの腰に両腕を回す。
「お姉ちゃん、今日はどこに行くの?」
「そうねえ……それじゃカレーを食べるための旅に出ましょう」
「やったー! ボク、たっくさん食べる!」

 石畳の上を走り、桟橋を通って、青い麦穂に囲まれた街道を走った。見覚えの無い道だけど、だからこそ新鮮味があるってものよ。
 自転車のペダルがいつも以上に軽く、背中の幽霊はもちろん、自分の体重すら感じない。力を入れなくても風を切ってすいすい進む。
 涼しげな川辺、虫の声でいっぱいの茂み、点々と日が差す森の中、場所を選ばず走り抜けた。ドレスをはためかせ、自転車に任せてハンドルを切る。
「いい天気だねー」
「ふん。鬼畜者に相応しいとはいえないわね」
「お姉ちゃんはホントにひねくれてるなあ」
「余計なお世話よ。……よし、それじゃこの上天気を台無しにするような鬼畜の歌を歌いなさい。いい歌を歌えば昼食がおかわり自由になるわよ」
「ホント!? えっと、えっとね……」

 べつに幽霊の歌に期待していたわけじゃない。だからといって期待以下であることを許すつもりもない。
「ひ~ねも~す隠れ~、ひ~ねも~す食らう~……」
 こいつ……またこの歌か。レパートリーが貧弱なんてものじゃない。幽霊世界はもう少し芸術に目を向けるべきなんじゃないかしら。
「な~にも~わか~らず~、な~にも~残~さず~……な~にも~、な~にも~……」
「あのね」
「ボクはい~もむし~」
「やめなさい。わたしはね、鬼畜の歌と言ったの。負け犬の歌なんて言ってないの。分かる?」
「なんで負け犬なのさー」
「イモムシなんて存在自体が負け犬なのよ」
「そんなことないよ」
 幽霊が心もち強い力でわたしの腰を抱き締めた。
「蝶や蛾になって空をとべるもん」
 どうやらこいつの中では蝶も蛾も同じような生き物らしい。世間の評価ってものを考慮してないわね。
「ひらひらひらひら~ってとぶんだ。どこまでもどこまでもとぶんだよ」
「どこまでもねえ」
 常識外れではあるものの、なかなかユニークな考え方ではある。蝶も蛾も同じ……か。

 幽霊の歌うメロディーに乗って自転車が走った。
 ペダルが徐々に軽くなっていく。ペダルだけでなく、自転車そのものが軽い。水鳥の羽よりも、空気よりも、風よりも。
 タイヤは地面から離れ、風に乗って太陽を目指す。太陽に近づくにつれ、陽光が強くなっていき、でもその光はけして不快なものじゃない。
 光に包まれ、わたしの意識が空に溶けていく。腰に回された幽霊の手が温かい。温かで、どこか懐かしくて……。



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