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白き使い魔への子守唄 第11話 永遠の約束

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ここはどこだろう。
トリステイン魔法学院じゃないみたいだけど、そうだ、私はタルブの村に来たはず。
……タルブの村ってこんな景色だったっけ? 昨日散歩したはずなんだけど。
何だか建物の雰囲気が違う。屋根が藁でできてるなんて、変なの。
でも、何でだろう。懐かしい。
あ、誰か来た。小さな女の子。胸に白い猫を抱いている。
「おと~さん!」
え?
女の子が駆け寄ってきて、獣の耳と尻尾が生えているのが解った。
獣の耳と尻尾、オールド・オスマンの恩人がそういう種の亜人だ。
そういえば着ている服もハクオロに似てる。前にもこんな夢を見たけど……。
この女の子は誰だろう?
「アルルゥ」
私は低い男の声で女の子の名前を呼び、大きな手のひらで女の子の黒い髪を撫でた。
「ムックルの面倒はちゃんと見ているようだな。偉いぞ」
「んふ~」
可愛い子。本当の娘じゃない、でも本当の娘のように思ってる。
この人は優しい人。大地のように広大な包容力を持っている。
この人は誰だろう?
「ハクオロ、お疲れ様。それからアンタもね」
「カァちゃん、俺はついでかよ」
「うちの宿六なんかついでで十分だよ」
アルルゥの後ろから獣の耳を生やした女性が、
私の後ろからヒゲを生やしたおじさんが出てきた。
えっと、今この女の人、ハクオロって言ったけど……どこにハクオロがいるの?
「まぁまぁ、オヤジさんも今日は真面目に働いてくれましたし」
「アンちゃん、それじゃまるで俺が普段サボってるみてぇじゃねぇか」
「違うのかい? こないだだって、昼間っから酒を飲んで」
ははは、とみんなが笑う。とても平和で、心安らぐ光景。
ハクオロはどこ?
「さぁアルルゥ。早く帰ろう、エルルゥとトゥスクルさんが夕飯を用意して待っている」
「うん!」
そう言って私はアルルゥと一緒に歩き出した。
トゥス……クル……?
その名前をどこで誰から聞いたかを思い出すより早く、視界が黒に染まる。
待って。もっと見せて。これは何? 教えて!
火傷しそうなほどの熱さが胸を焦がした。

   第11話 永遠の約束

飛び起きたルイズは、荒い呼吸のまま胸を押さえた。
熱い、痛い、苦しい。激しい動悸が、目覚めたばかりの意識を遠のかせる。
「うっ、く……何なのよいったい。まさか変な病気じゃ……ちい姉様……」
ゆっくりと胸の痛みがおさまっていくのを待ったルイズは、自分が汗をかいてる事に気づく。
朝だけど浴場に行こうか、そう思ってから、ここがシエスタの家だと思い出した。
平民の家にお風呂はあるのだろうか? 昨日見た限りそういう場所は無かった。
仕方ない。シエスタに濡れタオルでも用意させて身体を拭こう。着替えるのはそれからだ。
寝巻きのままシエスタのベッドから降りたルイズは、
隣のベッドで寝巻きをはだけさせ大口を開けて眠るキュルケの姿を見た。
男が見ていないところではずいぶんとだらしないらしい。
そういえばシエスタは? 昨晩同じベッドで眠ったはず、姿が見えない。
もう起きているのだろうか。ルイズはシエスタの部屋を出た。


寝汗をかいたからと濡れタオルを用意してもらったルイズがシエスタの部屋に戻り、
しばらくしてから着替えを終えたルイズがキュルケと一緒に居間へやって来た。
すでにシエスタが作った料理がテーブルに並んでおり、
ハクオロもオヤジさんもすでに席に着いていた。
平民らしい質素な食事ながらも、味は十分おいしくルイズもキュルケも不満は無い。
朝食を終えて、ハクオロは突然意味不明な事を言い出した。
「シエスタ。食事の用意で灰や骨が出ていたら、それを集めてくれないか?
 できれば量があるといい。それから……そうだな、この辺りに貝殻はあるか?」
「は……? えっと、貝殻は無いですけど、灰や骨ならまだ捨ててない分が」
「そうか、それじゃ集めておいてくれ。それからキュルケ、力を借りたい」
「あら? 何かしら」
キュルケへの頼みは錬金だった。
その辺の石をに硝石に変えて欲しいと頼んだのだが、
火のメイジであるキュルケは錬金が得意という訳ではなく作業はやや難航した。
ルイズは手伝える事がなかったので、シエスタの部屋でのんびりする。
ベッドに寝転がって天井を見ながら、夢を思い返していた。

「やけにはっきり覚えてるのよねぇ……」
変な夢だった。多分、自分は夢の中でハクオロになっていたんだろう。
ハクオロになった自分が、獣の耳と尻尾の亜人達といた。
「……使い魔は主人の目となる……事もある……」
まさかあれは、ハクオロが見ていた夢だったのだろうか?
だとしたら彼は記憶を取り戻しつつある?
「……まさかね」
否定したい気持ちがふくれ上がってから、なぜ、と思う。
記憶が戻るなら、戻ればいい。
その方がいい。
その方が、いいはずなのに。
「何だか嫌な気持ち」
目を閉じて、開いたら、いつの間にかお昼になっていた。
変な夢で目が覚めたから寝不足だったのだろうか? ルイズは昼食に向かう。

昼食後、ハクオロはシエスタとオヤジさんを連れて畑に向かった。
やる事のないルイズは、自習のため持って来ていた本でも読もうかと思ったが、
キュルケがハクオロについていくと言い出したので仕方なく自分も同行した。


耕された畑からする土の匂いに、ハクオロはつい微笑を漏らす。
柔らかい土はオヤジさんが丹精込めてくわを振るったのだと解る。
聞けば、この新しい畑を作るための作業で腰を痛めてしまったそうな。
「タルブは年々不作になってきていてな。そこで畑を広げようって話になったんだ」
畑の側の土手に腰を下ろしているオヤジさんのすぐ前で、
ハクオロがシエスタと一緒に畑の土をいじっている。
キュルケは農作業など間近で見るのは初めてで、ハクオロの一挙手一投足を見守っている。
ルイズはつまらなそう、というより今朝の夢を思い返していた。
オヤジさんはハクオロの背中を見つめながら溜め息をつく。
「しかし日の光も水もたっぷりやってるんだが、なぜか作物の育ちが悪くてなー」
「いえ、これは土が枯れ細っているのです。芽がしなびているのはそのせいだ。
 シエスタ、私がさっき作った物を」
シエスタに持ってきてもらったかごを受け取ったハクオロは、
その中から灰色の粉末を手のひらですくうと畑の中に振り撒いた。
「あの、ハクオロさん。それってさっきすり潰していた物ですよね?」
「ああ」
シエスタの問いを肯定すると、キュルケも興味を持ったのか畑に入ってきた。
「これって、アレよね。灰と、骨と、石を砕いて混ぜてたやつ。何なの?」
「植物が生育するには色々と必要な成分があって、
 特に窒素、リン、カリウムの補充は必要不可欠なんだ。
 他にもマグネシウム、硫黄、カルシウム、マンガン、亜鉛……」
「……は?」
意味不明の単語に戸惑うキュルケ達。農業を生業とするオヤジさんもさっぱりのようだ。
「……つまりこれは、土に栄養を与える薬のようなものだ」
「でもそれ、灰と骨と石を混ぜただけでしょ? そんな秘薬、聞いた事ないわ」
「メイジの行う調合とは違うからな。これは化学……そう、化学肥料だ」
「カガク?」
やっぱり理解できてないキュルケ達に困り果てるハクオロだが、意外なところから助け舟が。
「ようするに、ハクオロの国の魔法みたいなものって事でしょ」
ルイズだった。
「ハクオロの故郷は、魔法の在り方とかがハルケギニアとは違うみたいだから」
「そうなの? っていうか、ハルケギニアとは違うって……まさか東方?」
「多分、東方より遠い国よ。ケナシコウルペとかオンカミヤムカイあたりじゃないの?」
「ケナ……?」
ルイズからも意味不明の単語が出てきてキュルケとシエスタの混乱は加速する。
が、オヤジさんはその単語の奇妙な響きに目を細めていた。
一方ハクオロも、ルイズの言に眉根を寄せる。
「オンカミヤムカイ……? ルイズ、その言葉をどこで?」
言われて、ルイズは思い出す。確か今日の夢じゃなく、タルブに来る前に見た夢だ。
「……違ったっけ? オンカミ何とかっていうのをオールド・オスマンが言ってたじゃない」
「それはオンカミヤリューだ。しかし……」
「何よ?」
「……何でもない」


もしルイズがハクオロの夢を覗き見ていたのだとしたら、
当然あの夢はハクオロが見ていた夢であって、
鉄扇の女との会話やアルルゥという少女の夢も覚えているだろう。
夢を盗み見てしまっているというのは、秘密にした方がいいとルイズは考えた。
夢の事をハクオロが話したいなら自分から話してくるだろうし、
話したくないなら「実は夢を盗み見てました」なんて言って気を悪くさせたくない。
それに正直に話したとて、夢を見なくする方法なんて解らないから対策もできない。
余計な心労を与えるのもどうかと思う、という考えは言い訳だろうか。
しばし、視線を交じらせていたルイズとハクオロだが、
ふいにハクオロがあくびをして視線をそらす。
「ハクオロさん、昨夜は眠れませんでしたか?」
「いや、ちょっと奇妙な夢を見て、そのせいかな。
 ともかく、こうして化学肥料……薬を撒けば、作物の育ちがよくなりますよ」
「ハクオロさんって博識なんですね。そんなすごい薬の作り方を知ってるなんて」
どうやらシエスタはハクオロの言をすっかり信じているようだ。
他の者は半信半疑といったところか。
ルイズもハクオロを庇護したものの、実のところ化学肥料とやらはあまり信じてない。
とはいえ、本当に効果があったとしてもせいぜい感心する程度で驚きはすまいが。

「ところで、聞いた話じゃその薬、材料も調合も簡単なようだな」
ハクオロが畑に肥料を撒く姿を見ながら、オヤジさんは思いついたように言った。
肥料を撒く手を止めてハクオロは振り返る。
「ええ。粉になるまですり潰して、後は混ぜるだけですから」
「それな、村のみんなにも教えてやってくれねぇか?」
「村のみんなに、ですか?」
「ああそうだ。その薬がどれだけ効果があるかは知らねぇが、何もしないよりはいいだろう。
 不作で困ってんのはうちだけじゃないからな、村全体が潤うに越した事はねぇ」
「そうですね。後で村長さんに人を集めてもらって、その場で話しましょう」
オヤジさんの提案を受け入れたハクオロに、今度はキュルケがすり寄る。
「ねえハクオロ。その薬の製法、うちの実家に教えてもいいかしら?」
「うん? 別に構わないが……」
「うふふ。これでまたツェルプストー家の財が増えるわね」
「……民の収穫が増えたからといって、税を増やすというのは感心しないな」
「全体の収穫量が増えればそれに見合った分だけ税は増すでしょうけど、
 あくまで見合った分しか要求しないわよ。領主も領民も儲けてこそ豊かになるもの」
その解答を聞きハクオロは満足気にうなずいた。
奔放に見えてキュルケはしっかりとした教育を受けているらしい。
どうも貴族としての在り方が他の生徒達と違う、
理由は彼女がゲルマニアからの留学生という点にあるのかもしれない。

オヤジさんの畑に化学肥料を撒き終えたハクオロは、さっそく村長に人を集めてもらい、
農作業を生業とする村人達に化学肥料の作り方と使い方を教えた。
ルイズやキュルケと違い、彼等はシエスタ同様化学肥料の効果をあっさり信じる。
最たる理由は貴族であるルイズとキュルケのお墨付きがあったからだが、
その二人が化学肥料に対して半信半疑である事実を知られたらどうなるやら。
化学肥料のお礼にと村長はまたもや宴を提案したが、またもや断るハクオロ。
シエスタ宅でのんびり彼女の作った家庭料理を味わった後の一服で平和な雑談をする。


「ほう、ゲルマニアでは平民でも貴族になれるのか」
「ようするに実力主義って事。稼げないメイジより稼げる平民!
 ハクオロがゲルマニアに来ればすぐ貴族になれるわね。
 そのための軍資金ならツェルプストー家が金利ゼロで融資するわよ」
「ちょっとキュルケ! ハクオロを野蛮なゲルマニアに引き込もうとしないでよ!」
ルイズがテーブルを叩き、カップの中の紅茶が揺れた。
葉はもちろん安物だったが、キュルケは構わず優雅に艶やかな唇で飲む。
「んー、おいし。ねえシエスタ、魔法学院のメイドをやめてツェルプストー家に来ない?
 私専属のメイドにして上げてもよくってよ」
「え、ええっ? そ、それは、あの、とても光栄です。でも、私はトリステインに……」
「ハクオロとシエスタ、両方ツェルプストーに連れ帰ったら楽しくなりそうねえ」
「……ハクオロさんも……」
シエスタの目の色が変わるのを見て焦ったハクオロが慌てて口を開く。
「いや、私はキュルケの所に行くつもりは無いぞ。
 平民でも出世できるゲルマニアの体制は好ましく思うが、私はルイズの使い魔だ」
メイジにとって使い魔は一心同体であり、その使い魔に逃げられたとあっては、
ヴァリエール公爵家のルイズの身分と誇りに一生物の傷をつけてしまう。
元の國に帰る手段が解るまで、あるいは完全に記憶を取り戻すまでは、
ルイズの使い魔で在り続けようと思っているのだ。

元の國に帰る手段が見つかったら? 記憶をすべて思い出したら?

(そうなったら、どうするかな)
ふいに、目の前で微笑ましい光景を繰り広げている少女達を遠くに感じるハクオロ。
家族、父娘、使い魔、契約者、様々な単語が脳裏をよぎったが結局自分は異邦人なのだ。

翌日、ハクオロは畑仕事を手早くすませると近隣の山を調べに行き、昼に帰ってきた。
「鉄を造れば売れるんじゃないか」
ここでようやくハクオロは知ったのだが、
キュルケによると平民の鍛冶師もゲルマニアやアルビオンでは珍しくないらしい。
貴族主義のトリステインでは平民が貴族の仕事に手を出すなどあってはならない事で、
その分技術力や生産力が遅れて国力を弱めているとか。
そんな訳でトリステインで平民が鉄を作っても品質の信用などまったくされず、
実際売れたとしても相当値切られるのは確実だそうだ。
「トリステインでの製鉄業は基盤から問題があるという事か……」
「でもハクオロったら、製鉄の方法を知ってるなんて、本当に博識なのねー」


さらに翌日、オヤジさんの腰が一人で歩ける程度に回復した。
まだ農作業は難しいがシエスタと一緒にリハビリの散歩に出かけたりする。
シエスタも久々に父親と穏やかな時間を持てて嬉しがっていた。
その間にハクオロは村の地図と睨めっこをして、
新しい水路を引く案を作成すると村長の元へ交渉に行った。
人手も時間もかかるが、完成すれば作業効率は抜群に上がる。
すっかり感心した村長は、宴が駄目ならせめてこれをとブドウ酒を渡してきた。
オヤジさんと一杯やるのも悪くないと思ったハクオロはそれを受け取り、
その晩はシエスタの家で酒盛りが行われた。
タルブの村で作ったというそのワインの味にルイズもキュルケも酔いしれ、
今度タルブからワインを買い取ろうかという話も出てきた。
シエスタも学院への奉公で貯めたお金でブドウ畑を買ってワイン作りをしたいと、
珍しく自分の夢を饒舌に語ってみせた。素面で。
ハクオロとキュルケがシエスタにもワインを勧めたのだが、
オヤジさんが断固阻止と瞳をギラつかせたのだ。聞けば酒癖が相当悪いそうな。

そんなこんなで楽しく忙しく充実した日々がすぎていく。
そしてタバサが迎えに来る虚無の曜日になって、オヤジさんはすっかり元気になった。
朝は畑仕事に精を出し、昼には誰よりも多く昼ご飯を食べた。
シエスタの手料理を当分食べられなくなるから、という理由もあっただろう。
ともかくオヤジさん完全復活である。
そんなオヤジさんが、危険だから入ってはいけないという森へ入っていくのを見つけたのは、
まさに偶然だった。水路の確認をしていたハクオロと、同伴していたシエスタは、
声をかけようかどうか迷った後、こっそりついていってみる事に。
ちなみにルイズは前日好奇心から畑仕事を手伝ってみて、筋肉痛を起こし眠っている。
キュルケはその看病と言いつつ同室で惰眠をむさぼってたりする。

「お父さん、どこに行くんだろう。腰が治ったばかりだっていうのに……。
 それに、森は危ないから絶対に入るなって、いつも口を酸っぱくして言っているんです」
それなのに森に入っていくオヤジさん。
随分と慣れているらしく、木の根や岩などを物ともせず進んで行った。
置いてかれまいと慌てて、しかし見つからないようにと追跡するハクオロ達。
見失うのは時間の問題だった。そして見失った。
「……どうしましょう?」
「帰り道は覚えているし、もう少し奥に入ってみても大丈夫だと思うが」
しばらく森を歩いて、二人はオヤジさんの声に気づいた。
誰かと話しているような口調だが、聞こえる声はオヤジさんのものだけだ。
ゆっくりこっそり、近づいてみる。
「……でな、そのハクオロって奴がなかなかしっかりした男でな。
 シエスタも随分とご執心みたいでよぉ、俺は嬉しいやらさみしいやら……ダッハッハッ」
そして声の方へ声の方へと向かっていくと、黒い岩の前に立つオヤジさんの姿があった。
誰に対して、何に対して話しているんだろう、と二人は目を凝らす。
オヤジさんの前にある黒い岩、金属のように見える、というか、人工物に見える。
あれは何だろう。
木陰からちょっと身を乗り出して、それの全貌が見えて、シエスタは小さな悲鳴を上げた。


「キャッ!?」
オヤジさんが振り向く。呆然とそれを見上げているシエスタと、ハクオロに気づく。
「……何してんだ、おめぇ等」
「ご、ごめんなさいお父さん。でも、あの、あ……」
シエスタは父と、父の話しかけていた物を交互に見て、口ごもってしまった。
おろおろと視線を泳がせ、助けを請うようにハクオロを見る。
ハクオロは見つかってしまったからか、堂々とオヤジさんの前に姿を現す。
そして、オヤジさんが話していたそれに近づき、その表面、足に、手を当てる。
「おい、こいつに触ると危な……」
「アヴ・カムゥ」
ハクオロは、それの名を口にした。
「……ナニィッ?」
「なぜ、アヴ・カムゥがこの國に」

――アヴ・カムゥ? 変な名前。これは、クスカミの腕輪のように、ハクオロの世界の物?

「やいハクオロ。おめぇ、記憶喪失の癖にアヴ・カムゥの名前を知ってるのか」
オヤジさんは自然にアブ・カムゥという単語を口にした。
まるで以前からその名前を知っていたような口振りで。
「……お父さん? ハクオロさん? いったい……」
困惑気味のシエスタが、恐る恐る二人とアヴ・カムゥに近づく。
そして、シエスタは間近で見るアヴ・カムゥの迫力に息を呑んだ。

それは巨人だった。
黒い鉄の鎧を着た巨人が、木々の間に膝をついている。
その大きさは十数メイルほどにも及び、明らかに『人が着る鎧』ではないと理解できる。
が、ならばこの鎧はいったい何だというのか。
「これは、眷属たるシャクコポル族にのみ与え、た、られた、力。
 クンネカムンがラルマニオヌを滅ぼす際に、我等が再び争った時に使われていた物。
 という事は、クスカミの腕輪同様、アヴ・カムゥもこの地に流れ着いていたか」
「……ハクオロさん?」
人が変わったように、淡々と言葉をつむぐハクオロに、シエスタは不安を覚えた。
今、手を伸ばせば届く距離にいる彼に、どれだけ手を伸ばしても届かないようにさえ思える。

――知っている。そう、私は知っている……でも、こいつは、誰?


「しかし、そうなると、如何にしてこのような場所にアヴ・カムゥを隠したのか。
 平民の力では到底動かせるものではない。
 かといってメイジがこれを見れば、興味を持ち調べようとするに違いない。
 となると眷属……シャクコポルの者が乗っていたと考えるのが妥当か。
 子は母の血を継ぐ。なるほど、この娘に耳が無い真の理由……納得がいく」
「え? えっ? 私の、耳? ハクオロさん、いったい何を……」
不安が、恐怖に変わり、震えそうになった肩に父の大きな手が置かれた。
「まあ、そうだな、シエスタが子供を作る前には教えなきゃならんかった事だ。
 ハクオロも色々と知ってるみてぇだし、今ここで説明すべきかもなぁ」
「聞かせてもらおうか、アブ・カムゥがなぜここにあるか、そしてシエスタの正体を」

――正体? 平民のメイドの? この巨人アヴ・カムゥと何か関係が?

時は二十年近く前にさかのぼる。
若く働き盛りだったオヤジさんは、ある日、とある衝動に駆られた。
「ハチミツ食いてぇ」
が、甘い物のお値段は高い。そこで彼は森へ行き、自分で蜂の巣を取ろうとした。
遭難した。
「……ここは、どこでぇ」
夜の森。右も左も解らず途方に暮れたオヤジさんは、とりあえず焚き火をした。
そうしたらその灯りに引かれてやってきたのが……黒い鋼の巨人。
オヤジさんはしばし呆然とそれを見上げ、慌てて駆け出した。
『あっ! ま、待ってぇー! 置いてかないでー!』
鎧の中から聞こえるくぐもった、けれど女の子のものと解る声。
余計に驚いたオヤジさんが立ち止まると、巨人は彼を掴まえようと手を伸ばした。
バキベキボキ。指が、木に触れて、折れる。
「ぎゃー」
下敷きになったオヤジさん。もう逃げられない。
取って食われるんじゃないかと怯えるオヤジさんだったが、
巨人は「わー! ごごご、ごめんなさいごめんなさーい!」と、
大慌てで倒木を持ち上げてオヤジさんを助けた。
そして。
『あの……つかぬ事をお聞きしますが、ここ、どこですか?
 それから……えっと……あなたは誰ですか? ここはどこの國ですか?』
「こ、ここぁトリステイン王国、タルブの村の近くにある森ん中だ」
『と、とりすてーん皇國? じゃあ、クンネカムンはどっちですか?』
「くんくんかむん? 何でぇ、そりゃ」
『えー! クンネカムンを知らないんですか!?
 ま、まあ弱小國だから仕方ないですけど……じゃあ、ラルマニオヌは?』
「らるるにおん? だから知らねぇってそんな国」
『……うわーん! おとーさーん! おかーさーん! ここどこですかー!
 ゲンジマル様は何処におられますかー! うぇえぇぇぇん!』


巨人との話は全然先が見えず、双方困り果ててしまった。
とりあえずデカいナリの割には小心者のようなので安心したオヤジさんは、
弁当にと持ってきていた果物を一緒に食べないかと相談した。
すると、巨人は恐る恐る訊ねてくる。
『あ、あの……シャクコポル族ってどう思いますか?』
「は? しゃくれあご族? 知らんなー」
『じゃあギリヤギナは? エヴェンクルガは? オンカミヤリューは?』
「ぎりぎりやぎ、えべんるが、おんかみゅーりゅー? 全部知らんぞ」
『じゃあ、私の事、いじめませんよね?』
「いじめる訳ねーだろ」
安心した巨人はその場に腰を下ろし、そして、その背中から人が出てきた。
「ふーっ。外の空気はおいしいです。もうお腹ペコペコー」
オヤジさんとそう違いのない歳の彼女は、
軽い足取りで焚き火の前まで降りてきた。そして顔がはっきり解るようになる。
パッチリとした大きな目に、黒く艶やかな髪、白い肌。
奇妙な衣装の上からでも解る大きな胸。でも、それらはとても些細な事で。
耳。
白い耳が横にピョーンと伸びてます。
「え、え、え……」
「ほえ?」
「エルフどぁぁぁぁぁぁあっ!?」
腰を抜かして尻餅をついたオヤジさんは、完全にパニックに陥ってしまった。
きっと『しゃここぽる』とか『ぎりやぎやぎ』とかはエルフが使う言葉で、
そしてこのエルフは焚き火を使って自分を焼いて食べちゃったりしつつ、
この鉄の巨人で村に下りていって子供をさらって身代金要求とかするのだ。
「そんな事しません!」
混乱のあまり考えを口にしていたオヤジさんをの言葉を否定する彼女。
「だいたいエルフって何ですか? 私はシャクコポル族です!」
不幸中の幸いというか、オヤジさんが腰を抜かしたため、
その場でじっくりたっぷり時間をかけて誤解を解く事ができた。

彼女はクンネカムンという小國の村に住む農民の娘らしい。
ラルマニオヌという大國の弾圧を受けひもじい思いをしていたとか。
「く、クンネカムンとラルマニオヌが国の名前って事は解ったが、
 そんな国聞いた事ねぇぞ。もしかして東方の国か?」
「多分そうだと思います。私は國の名前は詳しくありませんが、
 あなたの着ている服なんて初めて見るとても奇妙な物ですから。
 それに耳も尻尾も無いなんて……すっごく変です」
「……亜人か? お前?」
「違います。亜人って何ですか、私はシャクコポル族です。
 シャクコポル族はクンネカムンに住んでいる弱い民です。
 ラルマニオヌを納めるギリヤギナの弾圧を受けていて、
 あのアヴ・カムゥに乗った兵士さんが村を助けにきてくれたんです。
 でも村は私を残して全滅しちゃって……。
 兵士さんは私を助けるためにアヴ・カムゥを降りた隙をつかれて、
 半死半生だったギリヤギナの兵の放った弓に倒れてしまいました。
 私は、アヴ・カムゥの遺言を受けたんです。
 このアヴ・カムゥをクンネカムンの皇か兵か、
 ゲンジマルというエヴェンクルガのもののふに届けて欲しいと」


――ゲンジマルという名前を聞いて『彼』の胸がざわめくのを感じた。

しかし彼女はその遺言を果たせずに終わった。
彼女はアヴ・カムゥに乗って届けに行こうとしたが、
村から出た事がないため道に迷ってしまいうろうろしていたら夜になり、
気づいたら月がふたつに増えていて、木々も見慣れぬ物になっていて、
お腹は空いたし身内はもういないし悲しくなってくるし。
そんな時に、オヤジさんの焚き火に気づいたそうだ。

それから遭難者二人は、三日ほど森ですごした。
協力して食べ物を探し、一緒に食べ、他愛の無い話をしたり。
気がついたら、恋に落ちていた。

アヴ・カムゥの手に乗って木の上に出してもらうなどして、
オヤジさんはようやくタルブの村を発見した。
彼女は喜んだが、オヤジさんは悩んだ。
彼女を置いては行けない。
彼女を連れても行けない。
この白く長い耳を見れば、みんなエルフだと思う。
何とかエルフでないと誤解を解いても、亜人を受け入れる村など無い。
かといって森の中で彼女を匿うのも困難だ。
だから、彼女が「耳を落とそう」と提案した時、心から迷った。
耳を落とせば人のフリができる、一緒に暮らす事ができる。
だが、誰が耳を落とす?
決まっている、自分だ。
恐怖に震えながらも、一生懸命笑顔を作って提案してきた彼女に、
自ら耳を落とすなどという恐ろしい行いをさせられはしない。
だから、落とすなら、それは自分の役目。

オヤジさんは、山狩りように持ってきていた鉈を火であぶり、
彼女は、悲鳴を上げないよう手頃な大きさの枝を咥えて、
やけに双月が明るいのが印象的だった夜、耳を切り落とした。

彼女を連れ帰ったオヤジさんは、遭難中に彼女と出会ったと村人に紹介した。
どこの村の者か、名前は何というのか、すべて誤魔化すため、
彼女には記憶喪失という事になってもらって。
夫婦となった二人は、後年、一人の女児を授かる。
だが。
「子供は母親の血を継ぐから、生まれてくる子もきっとシャクコポル……」
危惧していた彼女は産婆を断り、夫と二人で出産に臨んだ。
そして生まれたばかりの女児の、白く長い耳を、オヤジさんは隠した。
布で包んで、絶対に耳が見えないようにして、
村の女達が赤子の世話を手伝おうと言ってきても断って。
そして、産婆無しで子を産んだ彼女は、産後の肥立ちが悪く弱っていった。


シエスタと名づけられた女児がある程度元気に育った頃、
オヤジさんは自らの手で再び、妻にそうしたように、愛娘の耳を削いだ。
その時のシエスタは、かつてないほど泣き喚き、熱も出して大騒ぎになった。

シエスタの体調が落ち着くとほぼ同時に、彼女は息を引き取った。
「子供は母親の血を継ぐ。シエスタもいつかお嫁さんになる日がくる。
 ……この子が幸せになれるように、後は、お願いね」
それが最期の言葉。

「そんな事が……お母さんが、亜人だったなんて……」
ショックを隠せない様子のシエスタを、オヤジさんは優しく抱きしめた。
ハクオロは無言でオヤジさんの昔語りを聞いていて、視線はアヴ・カムゥに向けている。
「おめぇの服を見た時、すぐ解ったぜ。あいつと同じ國から来た奴だってな。
 けど仮面はともかく、耳は俺達と同じだし、尻尾も見当たらねぇ。
 だからただ同じ服を着ただけの、関係ない奴かとも思ったが、
 このアヴ・カムゥの名前を知ってるんなら、やっぱり同じ國から来たんだなぁ」
「……確かにかつて、クンネカムンについていた時もある。
 しかし、シャクコポルの娘から聞いた話、それだけではあるまい?」
「シャクコポル族は、敬ってる神様が他の民族とは違って迫害されてるだとか、
 アヴ・カムゥはシャクコポル族しか動かせないとか、
 まあだいたいそんな事も聞いたがな。何分、あいつも元はただの農民。
 何でトリステインに来ちまったのか、何で月の数が違って見えるのか、
 なんもかんも解らねぇ事ばかりだったよ。なぁ、クンネカムンって国は――」
「滅んだ」
残酷な一言を、ハクオロは淡々とした口調で告げた。
「クンネカムンは他との共存を拒み、全土統一へと踏み出し……滅んだ。
 我が友、ゲンジマルも楔に抗い、その命を主君に捧げた。
 残されたシャクコポル族の数、そう多くはあるまい」
「……そうか。参ったなぁ、アヴ・カムゥをいつかクンネカムンに返すって、
 あいつと約束してたんだが……もう約束は守れねぇってこった」

――それからしばらく、三人は押し黙ったままだった。そして、私は。


頭に走る激痛でルイズは目を覚ました。
「いった~い……な、何?」
「いつまで寝てるのよ。もう来てるわよ」
「え?」
頭をさすりながらルイズは窓の外を見た。シルフィードが、部屋を覗き見ている。
「あ……タバサ、もう来たんだ」
「せっかくだから、こっちで夕食を食べて行きたいみたい。
 ハクオロ達はまだ帰ってこないのかしら? っていうか何してんのかしら?」
「のんびり昔話してるわよ」
言いながらルイズはベッドから降り、うんと背伸びをした。
目はもうすっかり覚めている。元々の睡眠が浅かったのも理由のひとつだが、
焼けたような胸の痛みが一番の理由だろう。
「ねえ、ルイズ」
そんな彼女にキュルケは問う。
「どうして昔話してるって解るのよ」

夢で見た。
なんて正直に答えずに、「そう思っただけよ」と言ってルイズは部屋を出た。

しばらくして帰ってきたハクオロ達は、迎えに来てくれたタバサを歓迎し、
さっそくシエスタがタバサ好みの料理を振舞ってくれた。
「今日の芋粥にははしばみ草も入ってますよー。たーんと召し上がれ!」
「おお! 今日ははしばみ草入りか、この苦味がいいんだよなぁ」
「……美味」
ハクオロとルイズとキュルケは芋粥以外の料理をたーんと召し上がったそうな。

夕食後、タバサのシルフィードに乗ってみんなは魔法学院への帰路につく。
何か悩み事があるような素振りを見せるシエスタの肩をハクオロが抱いていたが、
ルイズは「今日は特別」とぼやいて見逃してやる。
まさか夢だけでなく、オヤジさんとの秘密の話まで盗み見てしまったなんて、
もうどう説明していいやらとルイズ自身悩んでいたのもあるが、もうひとつ。

(アヴ・カムゥを見てからのハクオロは、何だか雰囲気が違って見えた……)

ハクオロを見るものを見、聞くものを聞く、この能力。
ハクオロの胸に刻まれた使い魔のルーンの仕業で間違いないだろう。
予感がした。
いつか、とんでもないものを見る日が来るという予感。

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