あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

封仙娘娘異世界編 零の雷 第五章 その一

第五章 大地を乱す龍の影 その一


 一


伯爵家での騒動より一日経過。
つまり翌日の夜。ルイズの自室。
「聞いたわよぉ。大活躍だったそうじゃない」
――突然、キュルケが踏み込んできた。ノックも無しに。
「何でお前がそのことを知ってる」
「――て言うか、何勝手に部屋に入ってんのよ!!」
などと立て続けに突っ込まれても、キュルケは平然としたものだ。
「ま、色々とね」
どちらの答えにもなっていない。
誰から聞いたのかは分からないが、あまり言いふらされて欲しい話題ではないのだが。
「――で、結局そのホーインテキ? とか言うのはどうしたの?」
「……どこまで知ってるんだお前」
「色々と、よ」
答えになっているような、なっていないような。
「で、どうしたの?」
「破壊したよ」
殷雷は嘘をついた。本当は学院内の林に埋めたのだが、それを教えればまた厄介なことになるのは目に見えている。
「ええー!? そんなもったいない! 色んな使い道を考えてたのにぃ」
「……だから壊したのだ」
拳をブンブンと振って悔しがるキュルケ。同時にその豊かな胸も上下している。
それが果てしなくルイズの気に障った。
ドン! と強く机を叩き、キュルケを睨み付ける。
「で! あんたは結局何しに来たのよ。
 ……ついでに、何でタバサも居るわけ?」
先ほどから一言も発さずに、部屋の隅で本を読む少女に視線を向ける。
眼鏡を掛けた、青い髪の少女だ。
ルイズよりもさらに小柄で、壁に立て掛けた彼女の杖は、その身の丈よりも長い。
ページをめくる以外の音を全く発さない少女の存在感は、騒がしい室内においては非常に希薄なものだった。
……ルイズも、たまたまそちらを見て初めて存在に気が付いた。
「本当は用があるのはタバサで、あたしの方はついで」
その割には自分一人で喋っていたが。

キュルケが声を掛けると、タバサは小さく頷き本を閉じた。
そして殷雷の方へと歩み寄り、手を伸ばす。
殷雷が手を差し出すと、その上に小さな銀色の環を乗せた。
「これは……そうか。お前だったのか」
タバサはこくりと頷く。
殷雷の心の中のわだかまっていた謎が一つ解けた。
「え、何それ! 指輪!? ぬ、抜け駆け!?」
「き、聞いてないわよそんな話! ちょっとどういうことよ!?」
キュルケとルイズが騒ぎ立てる。
殷雷が面倒くさそうに説明した。
「指輪じゃない。足環だ、足環。鳥用のな」
銀の環を握ると、その名前、使用法などが頭の中に流れ込んでくる。
界転翼。モット伯の屋敷の庭先で戦った竜の足に嵌められていた、足環の宝貝。
翼のある生き物の能力を飛躍的に上昇させる代償に、その体力を極度に消耗させてしまうと言う欠陥を有している。
あのまま大暴れしていたら、たとえ竜と言えどもただでは済まなかっただろう。
最悪、命を落としていたかもしれない。
「ありゃお前の使い魔だったのか。まぁ、何だ。運が悪かったな」
「借りは、いつか返す」
そう言うタバサの声にも聞き覚えがあった。
モット伯との戦闘中、かすかに耳――正確には『ワルキューレ』に耳は無いが――に流れ込んできた声。
彼女が魔法で蜂引笛の音を消してくれたのだろう。
笛の音の届かぬ距離からか、それとも自分の周囲の音を消して、意外と近くに潜んでいたのか。
いずれにしても、殷雷に気配を探られずに事を成したのだから大層な腕前だ。
「貸しなんぞ、あの一瞬だけで十分お釣りが来る。むしろ俺の方がお前に借りがあるくらいだ」
ルイズには何の話なのか理解できない。
「ねえ、何の話? 私にも説明しなさいよ」
「別に大した話じゃない」
「大した話じゃないなら教えてよ。何かやましいことでもあるわけ?」
「あのなぁ」
どうしてこう、毎度変なところで絡むのか。
今回の件で少しは大人しくなるかと思えば、この調子。
むしろこれまで以上に突っかかってくるようになった。
「お前な。俺に対して、少しくらいは感謝の情とかはないのか?」
「何がよ。使い魔が主人を助けるのは当然のことでしょ。
 それに、私はパオペーに操られただけなんだから、責任はないわ」
これである。彼女の気性は理解しているつもりなのだが、全く苦労の甲斐が無い。
その様子を眺めていたキュルケが、ふと口を挟んだ。

「一人じゃ何も出来ないご主人様に、何でも出来る使い魔。どっちの立場が上なのかしらね」

――地雷である。
「何ですって……?」
ルイズの顔面が激しく引きつる。キュルケは構わず続けた。
「昨日のことだって、ルイズが一方的に迷惑かけて、インライが苦労して尻拭いしたって聞いてるけど」
ルイズの拳がプルプルと震えている。
殷雷は一応フォローする。
「いや、まぁ別に俺だって万能じゃない。出来ないことは幾らでもあるし、
 所有者が居なけりゃ最大限の力を発揮することも出来ないんだがな」
「でも、別にその所有者がルイズである必要もないんでしょ? 昨日はギーシュに使われてたわけだし」
だから何故それを知っている。
「まぁ、それはそうなんだが……」
次の台詞がとどめとなった。

「ルイズ、要らないんじゃない?」

ルイズは椅子を蹴って立ち上がる。キュルケを睨むその瞳は怒りに燃えている。
「ツェルプストー……あんた、言って良い事と悪い事があるわよ」
対するキュルケは涼しい顔でその視線を受け流していた。
「あら? あたしは別に、間違った事を言ったつもりはないけど?」
「これ以上侮辱するなら、許さない」
「へぇえ。じゃ、どうする? 決闘でもやる?」
「――望むところよ!!」
キュルケも立ち上がり、二人は同時に杖を取る。
――が、タバサの起こしたつむじ風により、二人の杖は吹き飛ばされた。
直後に殷雷が机を叩き、その音でルイズの文句を遮る。
わずかな沈黙のあと、殷雷とタバサは同時に口を開いた。

「「おんもでやれ(やって)」」


 *


中庭へと向かう道すがら、キュルケの隣を歩くタバサが小さく呟いた。
「……何故?」
何故、わざわざルイズの神経を逆撫でするような発言を? という意味だ。
キュルケは小さく肩をすくめる。
「別に。あの子の態度がちょっと気にくわなかっただけよ。教育的指導って奴?」
タバサは特に突っ込まなかった。

中庭に到着。
ルイズとキュルケが杖を構えて対峙する。
殷雷とタバサは少し離れたところで傍観していた。
「……貴族って奴は何でこう、決闘が好きなんだか」
完全に呆れ声の殷雷。タバサは特に相槌も返さない。
キュルケが馬鹿にした口調で挑発する。
「決闘ってのはもちろん魔法でよ。いいの?」
ルイズも言い返す。
「構わないわよ! ――インライ、あんたは手を出さないで」
言われずともその気はない。子供の喧嘩にいちいち首を突っ込んでいられるか。
……まぁ、原因の一端が自分にもあるのは確かだが。

――刹那。
眩しいほど煌めいていた月明かりが、消えた。
雲一つ無い夜空に、双月を遮るものは存在しないはず。
殷雷の髪が逆立つ。

――月の光を遮っていたのは、全長三十メイルはあろうかという、土の巨人だった。

「な、何だありゃ!?」
その威容に、思わず言葉を失う殷雷。
ルイズたちも、流石に決闘どころではない。
「ゴーレム……」
タバサの呟き。
その言葉は殷雷も知っているが、彼の数少ない知識にある『それ』とは似ても似つかない。
ギーシュの『ワルキューレ』など、目の前の巨体と比べれば虎と子猫。もしくは龍とトカゲ。
……要はピンからキリまでと言うことか。

巨体が地面を踏みしめる度に、殷雷たちの元にも震動が伝わってくる。
ゴーレムはこちらへと向かって来ているようだ。
「まずいな……逃げるぞ!」
「あなたの力で何とかならないのー!?」
そう叫ぶキュルケは、ちゃっかり一人で逃げていたようだ。
「無茶言うな! 刀でどうにかなる次元か!!」
大きさ以前に、土人形に刃物が通用するかどうかも怪しいところだ。
ルイズとタバサも慌てて避難する。

先ほどまでルイズたちが居た場所で、ゴーレムは足を止めた。
そして、目の前の建物を殴り始める。
その建物は、魔法学院の本塔。そしてその場所は。
「五階の宝物庫……」
「目当ては中のお宝って訳か……ちっ、随分と豪快な泥棒だな」
高さがある上に夜闇に紛れかけていたが、よく見るとゴーレムの肩の上に人が乗っていた。
黒いローブに身を包んでいるため、その正体は計り知れない。
キュルケがあっと声を上げる。
「あの土のゴーレム……もしかして、『土くれのフーケ』!?」
最近、貴族たちを騒がせているという、怪盗の名だ。殷雷もモット伯の屋敷でその名前を聞いた。
――フーケの名を聞くと、ルイズは突然走り出した。
「! おい、何をする気だ!?」
ルイズは答えない。ゴーレムの方へと走り寄り、杖を向ける。

「――ファイヤーボール!」

杖の先から、火の玉は出なかった。その代わりにその向こうの塔が爆発する。
ゴーレムは足元のルイズには目もくれず拳を振るい続け、ついに外壁は崩壊した。
「そ……そんな!」
ルイズが目を見開く。気を取り直して、次の攻撃を――
――放つ前に、殷雷に襟首を掴まれた。
「さっさと離れるぞ。後は大人しく教師たちにでも任せろ」
ルイズの身体をひょいと抱え上げ、さっさとその場を離れる。

しばらく宝物庫の中に手を突っ込んでいたゴーレムだったが、目的を達したのか、悠然と引き揚げていった。
残された四人は、その場に立ちすくむしかない。
これだけの騒ぎだ。教師たちもほどなく駆けつけるだろう。
「あの黒ローブのメイジ、出て来た時には槍を持ってた」
相変わらず無表情で言うタバサ。
「槍、か……」
怪盗と呼ばれる者がここまでして盗むほどの品だ。相当の値打ち物なのだろう。
ルイズが地面を叩く。その目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「くっ……うぅっ!!」

――その涙の意味を、殷雷はまだ理解してはいなかった。

 *


翌朝。

『破壊の槍、確かに領収いたしました。 土くれのフーケ』
宝物庫の壁に残された犯行声明。オスマン氏はそれを眺めつつ、長い口ひげをさすった。
「まさか、この魔法学院に忍び込むとはのう……土くれとやらの肝は鋼鉄ででも出来ておるのか。
 いや、これはもはや『忍び込む』などという次元ではないか。
 『殴り込む』じゃな。どちらかと言うと」
誰に向けられているのか、呟きながら振り向く。口調はおどけているが、その眼は真剣そのものだ。
振り向いた先にはコルベールが立っている。
さらにその後ろにルイズ、キュルケ、タバサ。数歩下がって殷雷。
「この三人が現場を目撃しています」
コルベールの言葉に、使い魔である殷雷は含まれない。
オスマン氏は興味深そうに彼女らと、彼を眺める。
「……ふむ。詳しく説明したまえ」
キュルケが代表して、一歩前に進み出る。
「突然あの巨大なゴーレムが現れ、ここの壁を壊したのです。
 そして、肩に乗っていた黒いローブのメイジが、槍のような物を盗んでいきました。
 その後は城壁の向こうに逃げていったようですが……それ以上のことは分かりません」
決闘や、ルイズの誤爆に関しては割愛する。
「草原で、不自然な土の塊を目撃したという報告が幾つも入っております。
 ただ、そこには既に黒いメイジは居なかったと……」
コルベールが口を挟む。
「手がかり無し、というわけか……
 ――ところで、君たちは何故このような場所に居たのかね? 消灯時間は過ぎていたはずじゃが」
キュルケは平然と答える。
「あら、そういう気分になることもありますわ、女の子ですもの」
「……ううむぅ」
意味不明の弁解だったが、オスマン氏はそれ以上追求しなかった。

ふと、何かに気づいたのか傍らのコルベールに尋ねる。
「……そういえば、ミス・ロングビルの姿が見えぬようじゃが、知らんかね?」
「はぁ。それが朝から見当たりませんで」
「ふむ? この非常時に何をやっておるやら」
などと話していると、件のミス・ロングビルが現れた。
「失礼します。学院長」
コルベールが興奮気味にまくし立てる。
「どこに行っていたのですか! 昨晩土くれの――」
「土くれのフーケの居場所を突き止めました」
「そう、そのフーケが学院に何ですって!?」
「近在の農家で聞き込みをしましたところ、近くの森の廃屋に黒いローブの男が入っていくのを見た、とのことです」
ポカンと大口を開ける禿頭を余所に、眼鏡の女性はさらに続ける。
「そのメイジは、手に槍のような物を持っていたそうです」
黒いローブだけでは決め手に欠けたが、槍まで持っていたとなると間違いないのだろう。
しかも、こそこそと人気のない森に入っていった辺りすこぶる怪しい。
「流石じゃな、ミス・ロングビル。で、そこは近いのかね?」
「はい。馬なら四時間といったところでしょうか」
近い、と言うのはあくまで彼らの感覚での話である。
「結構。では早速捜索隊を編成せねばな。ミスタ・コルベール、教師を全員――」
「その必要はありませんわ、オールド・オスマン」
学院長の言葉を遮ったのは、キュルケだった。
「土くれのフーケの捜索……わたくしとミス・ヴァリエールで行います」
「なんと!」
「は!?」
目を見開くオスマン氏。――と、ルイズ。
うつむき気味だった顔をがばりと上げ、キュルケに食ってかかる。
微かに目の下が赤いのは気のせいではないだろう。
「ちょっとキュルケ! あんた何勝手に決めてんのよ!?」
「あぁら。あなたなら率先して志願すると思ったんだけどぉ?」
「ふぐっ……な、何で私が」
「まー、嫌なら嫌でいいわ。ルイズちゃんにはちょっと荷が重かったかしらねぇ?」
「何よその言い方……やるわよ。やればいいんでしょ?」
「いえいえ。むしろ、あたしは一人でやりたいんだけどね? 手柄独り占めできるし」
完全にキュルケのペースだ。ルイズは頭に血が上って、乗せられてしまっている。
「やる。やるわ。やります。上等じゃない。
 土くれのフーケ、この私がふん捕まえてやるわよ!!」
ルイズに見えないようにキュルケが笑うのを、タバサと殷雷は見逃さなかった。
本当に素直ではない。ルイズも、キュルケも。
その様子を見て、タバサが杖を掲げる。
「タバサ、あんたは別に……」
止めようとするキュルケを強い言葉で遮る。
「心配」
「……ありがと」

どうやら話は纏まったようだ。
オスマン氏は三人を見比べ、思案する。
タバサはこの歳にして『シュヴァリエ』の称号を持つ騎士。実力は申し分ない。
キュルケはゲルマニアの名家の出で、彼女自身も強力な炎の魔法の使い手。問題なかろう。
ルイズ。数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女。そして……ええと。
オスマン氏はコルベールと顔を見合わせた。

まぁ、何だ。彼女自身はともかく、重要なのは使い魔である。
殷雷刀と名乗るこのインテリジェンスソードの青年。彼が本当に『ガンダールヴ』ならば……

「分かった。この件は諸君らに一任しよう。
 ――健闘を祈る」
ルイズ、キュルケ、タバサは直立し、「杖にかけて!」と唱和する。
後方の殷雷も、一応姿勢だけは正す。
「では、馬車を用意しよう。ミス・ロングビル、現地までの案内と彼女らの補佐を頼む」
ミス・ロングビルは一礼する。
「元よりそのつもりですわ」

彼女は、まるでこうなることが分かっていたかのように、満足げに微笑んだ。


 二


五人の乗る馬車は屋根の無い、どちらかと言うと荷車と言った方が良い物だった。
フーケが操る巨大なゴーレムに奇襲されることを想定すれば、このような形の馬車の方が対処しやすいのだ。
雨さえ降らなければ問題ない。
ただ、車内は少しばかり狭いため、殷雷は刀の姿に戻っている。だから正確には四人と一振りか。
キュルケが、御者を務めるミス・ロングビルに話しかけた。
「手綱なんて、付き人にでも握らせればいいんじゃないですか?」
ロングビルは微笑んで答える。
「良いのですよ。わたくしは、貴族の名を失った者ですから……」
「でもあなたはメイジで、オールド・オスマンの秘書なのでしょう?」
「オスマン氏は、貴族だとか平民だとかには余り拘らないお方ですので」
そう言って、曖昧な笑顔を浮かべる。その表情は穏やかながらも、拒絶の意志が見て取れた。
興味はあったが、余り追求するべき事ではないのだろう。
それきり、会話が途切れる。

ふと、タバサは気づく。ルイズの横に置かれた殷雷刀がやけに激しく跳ねている。
最初は馬車の揺れにによるものかと思ったが、それにしては動きが不自然だ。
頬杖を付き、ずっと外を眺めているルイズは、気づいていないようだ。
タバサは殷雷刀を手に取り、語りかける。
『……何?』
『一つ、重要なことを忘れていた』

「ミス・ロングビル――だったな。一つ聞いていいか?」
タバサらしからぬ力強い口調に、その場の全員が驚く。
「あぁ、驚かせて悪い。俺だ、殷雷だ」
タバサは手に持った殷雷刀を振る。
「話には聞いていましたが……なかなか、その、面白いものですね」
ミス・ロングビルがくすくすと笑う。
タバサは顔をしかめた。
「……別に、面白がらせるためにやってる訳じゃないのだが」
それを見てキュルケが爆笑する。
「あっはははは! いやいや、これは面白いわ!」
「やかましい。ええい、本題に入るぞ!」
「はいはい、分かった分かった」
そう言いつつもキュルケとロングビルの頬は緩みっぱなしだった。
タバサはゴホン、と咳払いを一つして、言った。
「盗まれた『破壊の槍』とやら、どういった代物なのかまだ聞いていなかった」
非常に重要なことである。『破壊の槍』を持ったフーケと交戦する可能性は高いのだ。
相手の力を把握できていないのでは話にならない。
ミス・ロングビルは答える。
「わたくしも詳しいことは存じませんが……ただ、強大な力を秘めていて、ワイバーンをも一撃で葬ったとか」
「ワイバーンを一撃で? それはすごい」
キュルケが感嘆の声を上げる。
『……もういい?』
タバサが語りかけてきた。微かに顔が赤いところを見ると、照れているのかもしれない。
『ああ、悪いな』
殷雷刀を元の場所――ルイズの隣に戻す。
『ワイバーンを一撃、か。それだけでは宝貝かどうかも分からんな……
 ……ところで、ワイバーンって何だ』
また肝心なことを聞き忘れた。

そうこうしている間も、ルイズは一言も喋らなかった。


 *


森の中には魔法学院の中庭ほどの空き地があり、その真ん中に件の廃屋があった。
五人は茂みに身を隠し、正面の小屋を見つめる。
「あれが、フーケの隠れ家……」
人の住んでいる気配は感じられない。あの中にフーケは居るのだろうか?
タバサはちょこんと座り、己の立てた作戦を皆に説明した。

まず、偵察兼囮が小屋に近づき、中の様子を確認する。
中にフーケが居れば、これを挑発し、外におびき出す。
小屋の中に、ゴーレムを作り出せるほどの土は無いはずだ。
そして、出て来たところで魔法の集中砲火を浴びせ、これを撃破する。

と、ここまで説明したところでタバサは殷雷に視線を送る。
「この作戦に問題は無いか?」と言うことだろう。
殷雷は黙って頷いた。
「偵察兼囮は、俺の役目だな。――じゃ、行ってくるか」
そう言うと、殷雷は一足飛びで小屋の壁に張り付く。
束ねられた髪を広げ、周囲に雷気を放出する。雷気によって周囲の気配を探っているのだ。
まずは小屋内。そして、周辺。
しばらくそうした後、殷雷は頭の上で手を交差させる。
誰も居なかった時の合図だ。
隠れていた面々が恐る恐る近寄ってきた。
――少なくとも、小屋に罠は仕掛けられていないようだ。
意を決し、小屋に侵入する。

ルイズと殷雷が外で見張り、タバサとキュルケが中へ。
ミス・ロングビルは辺りを偵察すると言い、森の中へ消える。
相変わらずだんまりを決め込むルイズに、殷雷は話しかけた。
「……やけに無口じゃねえか。いつもの調子はどうしたよ」
「……別に? いつも通りでしょ」
そう言いつつも、殷雷とは目を合わせようとしない。
全くもっていつも通りではない。
――そうこうしてる内に、キュルケとタバサが小屋から出て来た。
一見何の変哲もない、ただの槍を持って。
「破壊の槍」
「壁に立て掛けてあったわ」
……随分と不用心な話である。
タバサは『破壊の槍』を殷雷に手渡した。武器の目利きなら、本職が一番優れていると判断したのだ。
「……これが、『破壊の槍』なのか?」
まじまじとそれを見つめる。
「間違いないわ。以前、宝物庫を見学した時に見たことあるから。触ったのは今が初めてだけど」
ふむ。殷雷は息を漏らす。『破壊の槍』。これは――

ズン。

――突然、大地が揺れた。
空を見上げると、丁度巨大な『手』が振り下ろされるところだった。
「逃げろ!」
急いでその場を離れると、『手』は小屋を押し潰した。
「フーケのゴーレムか……!」
昨晩と全く変わらぬ姿で現れた、超巨大ゴーレム。
その狙いも、昨日と同じく『破壊の槍』であろう。
「どうせ取り返しに来るなら、こんな所に放置しないで欲しいわ……!!」
キュルケは文句を言いつつも、胸に挟んであった杖を取り出した。
一方のタバサは、文句も言わず冷静に敏速に、既に呪文を完成させたところだった。
巨大な竜巻を起こし、叩きつける。続いてキュルケの杖から迸った炎が、ゴーレムを包む。

ゴーレムは無傷だ。

「無理!」
「撤退」
キュルケとタバサは一目散に逃げ出した。
そして、ルイズは――

ゴーレムの胸部が小さく爆発を起こす。

ルイズの失敗魔法だ。
ゴーレムの表面はいくらか削れたようだが、致命傷には程遠い。
殷雷はルイズに向かって叫ぶ。
「ルイズ、逃げろ!」
ルイズの口が小さく動くが、殷雷の耳に声は届かなかった。
ルイズが杖を振ると、今度はゴーレムの頭部が弾けた。
――が、やはり効果は薄い。
殷雷は神速でルイズへと駆け寄り、有無を言わさずふん捕まえる。
ルイズの身体は、まるで砂袋のように殷雷の左肩に抱え上げられた。
即座にその場を離れる。
ゴーレムの足が、今までルイズが居た場所を踏み潰した。

「何やってやがる! 死にたいのか!?」
「…………嫌」
「あぁ!?」
意味の通らぬ返答に、思わず聞き返す。
「私は、逃げない。逃げたくない」
「馬鹿かお前は! 無策で勝てる相手か!」
「敵に後ろを見せない者を、貴族と……」
それで死んでは元も子もない。どこまで難儀な人種なのだ、貴族というのは。
「……目当てのお宝は回収したんだ。このまま帰還してもバチは当たらんと思うがな」
と、言ってはみたものの、あまり現実的な手ではなさそうだ。
ゴーレムのこの巨体からそう簡単に逃げおおせるとは思えない。
馬車に向かって土の塊をぶつけられるだけで、殷雷たちは帰る足を失ってしまうのだ。
しばらく走った後、殷雷は手頃な木陰に身を隠し、ルイズを降ろす。
上空で、見覚えのある竜がきゅいきゅいと鳴いている。
タバサの使い魔の――確か名前はシルフィード。
その背中の上に、タバサとキュルケの姿が見えた。向こうはとりあえず大丈夫だろう。
ゴーレムは足元の敵の姿を見失ったのか、あちこち見回している。上にも敵はいるが、こちらは手が届かない。
……顔面まで土で出来たゴーレムが、どこで物を見ているのかは不明だが。
「まったく、こいつはどう考えても武器の領分じゃないな……どちらかと言うと兵器の――」
言いつつルイズの方を振り向き、絶句する。
ルイズは泣いていた。
「お、おい……」
「私は……あんたのおまけじゃない!!」
心の叫びだった。
「いつもいつも馬鹿にされて、キュルケにも、あんたにも……」
殷雷は目をそらし、気まずそうに頭を掻く。
泣かれるのは苦手だ。特に、女に泣かれるのは。
「うっく、あんたはギーシュに勝ったし、足も速いし、モット伯から私を助けてくれた……
 でも、私は? 私は一体何なの?
 キュルケには、私は要らないなんて言われちゃうし……そんなのって、ひっく」
殷雷は大きく息を吐くと、きっぱり言った。
「俺に対して劣等感を抱いてるなら、そんなもんはくだらん。捨てっちまえ」
ルイズは泣きやまない。
「大体だな。あー、素手で釘を打てないからって、大工が金槌に嫉妬するか?
 板前が包丁に仕事を奪われるか?
 ……まぁ、何だ。宝貝だなんだと言ったところで、所詮はただの道具だ。
 それ以上に意識することはねえんだよ」
「……納得できない」
「今納得しろとは言わん。まぁ、とりあえず何が言いたいかというと、だ。
 ……自分でも分からなくなってきた」
ルイズはぷっと噴き出した。
「と、とにかく。一人で先走ろうとするな。俺という道具を活用しろ。
 俺はお前の、使い魔なんだからな」
まだ目が潤んではいるが、ルイズは頷いた。


 *


「……さて、どうしたものやら」
未だゴーレムは殷雷たちを見つけられずにいるようだ。
作戦会議をするなら今しかない。
「『破壊の槍』の力で、何とかならないの?」
と、ルイズ。だが殷雷は首を横に振る。
……破壊の槍、か。一応、言うだけ言っておく。
「……奴の狙いがこいつなら、いっそへし折っちまうのも有りかもな」
「無しに決まってんでしょ!!」
速攻で却下された。まぁ、当然か。
「となりゃ、正攻法だな。ルイズ、お前の力が必要になるな」
「……いいわよ。どうせ、私は持ってるだけなんでしょ?」
殷雷は不敵に笑う。
「いいや。むしろ主役はお前の方。俺はその補佐、かな」


 *


「こっちだ、デカブツ!」
右手に殷雷刀を持ったルイズが、ゴーレムの前に躍り出る。左手には『破壊の槍』。
ゴーレムがルイズに向かって足を振り下ろす。
ルイズは後方に飛び退き、それを躱す。
巨大な拳は、一瞬前までルイズが居た場所を踏み潰し、土砂をブチ撒ける。
ルイズはそれを難なく躱し、足に殷雷刀を突き刺す。
ゴーレムの足は、ルイズを乗せたまま持ち上げられる。
ルイズは殷雷刀と『破壊の槍』を交互に突き刺し、ゴーレムの身体をよじ上る。
途中の膝、肘、肩などは重点的に刺しながらも、さっさと頭頂部に到達してしまった。
脳天に『破壊の槍』を突き刺すが、やはり効果はない。
別に、頭部で制御しているわけではないらしい。
……まぁ、それは薄々分かっていたことだ。
ルイズの心が悲鳴を上げる。
『たっ、高い……!!』
『我慢しろ。フーケの奴だって乗ってたんだ』
『あ、あいつは肩だったでしょうが!』
『そうだったか。まぁ良い。どうせすぐ落ちる』
『せ、せめて降りると言って欲しひぃぃぃぃぃぃ!?』
ルイズはゴーレムの頭から飛び降りた。
途中で肩や拳などを踏んでいるため三十メイル急直下という訳ではなかったが、それでも相当な高さだ。
しかし、ルイズは平然と着地する。
平然としているのは身体を操る殷雷だけだったが。
『ううう、心臓に悪い』
『心臓止めるのは全て終わらせてからだ。行くぞ。ここからが本番だ』
ルイズはゴーレムに杖を向ける。
上空のキュルケから悲鳴が飛んできた。
「無茶よ! 効くわけがないわ!!」
ルイズと殷雷はそれを無視した。
『照準は俺に任せろ。お前はとにかく撃ちまくれ』
『撃ちまくれったって……』
『大丈夫だ。自分を信じろ』
『――よし!』
ルイズは呪文を唱え、ゴーレムの右膝が爆発した。
ゴーレムがひるんだ様子はない。
――間髪入れず、同じ場所に二発目の爆発が撃ち込まれた。

一発。二発。三発四発。ゴーレムの右膝を次々に襲う爆発。
――元々、失敗魔法の難点は二つだけなのだ。
一つは、命中精度。これは昨晩、ゴーレムを狙おうとして塔を傷つけてしまったことからも明らかだ。
だが、今は殷雷刀によって補われている。百発百中とはいかないが、さほど大きく外れることはない。
二つ目は、ルイズがどんな魔法を使おうとしても発動してしまうこと。
これは言っても仕方がない。むしろ、今はそれに助けられているのだ。
それどころか、一つの魔法としてその存在を認めてしまえば、これほど頼もしい物はない。
……というのは、少々言い過ぎかもしれないが。

ゴーレムの右膝が八度目の爆発を起こし、ついにその巨体がバランスを崩した。
上半身は何とか持ちこたえたものの、下半身は完全にただの土の塊に戻ってしまった。
『魔法だろうが土で出来ていようが、人の形をして動いている以上、関節や筋肉の役割を果たす物が存在する。
 そして、その強度は決して一定ではない……ってことだ』
『や、やった……私が、倒したの!?』
歓喜するルイズに、殷雷は冷静に告げる。
『油断するな。まだ上半身が生きてる。次は右肩だ』
『分かった! ――うおおおおおおお!!』
ルイズはさらに失敗――いや、爆発魔法を撃ち込み続ける。

そして、右肩が三度目の爆発を起こした時――唐突にゴーレムが崩れた。
腕だけではない。全身が、ただの土くれに戻ったのだ。
激しい土煙が周囲を覆う。

『お、終わっ……た?』
『……のか?』
今ひとつ釈然としないが、ゴーレムが復活する気配はない。
――と、そこへシルフィードが降りてきた。
キュルケはその背から飛び降り、ルイズに抱きついた。
「すごい! すごい! やったじゃないルイズ!!」
「うぐぐぐ」
誉めてくれるのは有り難いが、ルイズの頭を自分の胸に思い切り押しつけるのは何かの嫌がらせか。
キュルケの後ろから、タバサが声を掛けた。
「フーケをまだ見てない」
キュルケははっとして、ルイズを解放する。

――その時、未だ収まらぬ土煙の向こうから拍手の音が響いた。
人影が、土の塊の上に突き立った『破壊の槍』を引き抜く。
土煙が晴れる。

そこにいたのは、黒いローブに身を包んだミス・ロングビルだった。

「まさか自力でここまでやるとは、流石に予想外だったわ」
ミス・ロングビルの元へ駆け寄ろうとするルイズを、殷雷が制した。
ロングビルは続ける。
「この私がせっかく苦労してお膳立てしてやったのに、無駄骨だったかしら?
 『破壊の槍』の使い方、あんただったら分かると思ったんだけど……拍子抜け。
 『ガンダールヴ』とか言うのも案外当てにならないものね。
 それとも、ハゲとジジイの単なる勘違いかしら?」
『破壊の槍』を弄びつつ、くすくすと笑う。
ルイズは吐き捨てるように言った。
「お前が、土くれのフーケだったのか」
ロングビルは平然と笑う。
「だったら、どうする――?」

相手が台詞を言い終わる前に、ルイズは駆けた。
ロングビルに肉薄し、鳩尾に殷雷刀の柄を叩き込む。

ガキン。

奇妙な感触。少なくとも、人の身体を打った手応えではない。
続けて肩、心臓、眉間を立て続けに打つが、やはり先ほどと変わらない。
ロングビルが口の端を歪める。

高速で放たれた拳がルイズの顎を打ち抜く。

ルイズは後方に転がり、膝を付く。唾を吐き出すと、そこには赤い色が混じっていた。。
「てめえ、まさか……」
この手応えには、覚えがあった。
考えてみれば、『それ』がこの世界にあったところで何の不思議もないのだ。
「あぁ、眼鏡がグシャグシャになっちゃったわ。結構気に入ってたのに」
ミス・ロングビル――いや、土くれのフーケは、フレームが曲がりレンズの割れた眼鏡を放り捨てた。
優しげだった目つきが、猛禽類を思わせる鋭い物に変わる。
「――ま、勝てる自信もないのにノコノコと現れるほど間抜けじゃないって事よ。私もね」
黒ローブの下から、緑の光が覗く。
ルイズは後方に向かって叫ぶ。
「キュルケ、炎!!」
キュルケは慌てて言う通りにする。
杖の先から炎が迸り、フーケの身体を包む。
「無駄よ。分かってるんでしょう」
紅蓮の内からは、先と全く変わらぬフーケの声。
炎が消える。

黒いローブは燃え尽き、その下に纏う緑の衣が晒された。
無数に散りばめられた龍の鱗の刺繍。その一つ一つが、フーケの呼吸に合わせて明滅を繰り返す。
「これが私の最大の武器にして、防具。

 ――秘宝『竜の羽衣』よ」

ルイズがギリギリと歯を鳴らす。
緑色に輝く『それ』の本当の名を、殷雷は知っている。……捻りのない話だが。
「…………龍衣じゃねえかッ……!」
フーケは、優しく微笑んだ。それはロングビルと名乗っていた頃の笑顔と寸分変わらない。

「かっこいいでしょう?」


 *


「もういいわ。こいつの使い方は後でゆっくり研究させてもらう。
 じゃ、第二ラウンド開始と言うことで」
フーケの足下の土が盛り上がる。
土塊が再びゴーレムとして蘇ったのだ。
「また振り出しか……!」
否、振り出しではない。
殷雷は心の中で舌を打つ。魔法を連発しすぎたルイズの体力は、もう限界に近い。
ゴーレムが間近に迫る。
ルイズはキュルケらと共にシルフィードの背中に飛び乗った。
間一髪。風竜は辛うじてゴーレムの拳を回避した。

どうにか上空に逃れはしたものの、今度こそ打つ手はない。
殷雷が手から離れ人の姿に変化すると、ルイズは竜の背中の上にへたり込み、荒い息を吐いた。
……やはり、ルイズはこれ以上戦えそうにない。
「あたしかタバサならまだ戦えると思うけど……」
キュルケが申し出るが、殷雷は首を横に振る。
「無理だな。……あの土人形は何とかなるかもしれんが、肝心のフーケを倒す方法が無い」
フーケの上着――龍衣は、物理攻撃だけでなく魔法に対しても非常に強い耐性を持っている。
先ほどからキュルケとタバサは何度となく魔法攻撃を仕掛けているが、どれも全く効果はない。
さらに、龍衣に覆われてない部分――頭や手足にも防御効果があるようだ。
たとえルイズが万全の状態だったとしても、状況に大差は無いだろう。
「逃げた方が良い」
タバサが言う。敵を倒せる見込みがない以上、他に選択肢は無い。
「駄目……『破壊の槍』が」
脂汗を流しつつ、ルイズが声を絞り出した。
――『破壊の槍』、か。
「せめてあの槍があれば、龍衣はどうにかなるんだが……」
その『破壊の槍』は、今や土くれのフーケの手の内にある。
キュルケが首を傾げる。
「そう言えば、さっきは何で『破壊の槍』を使わなかったの?
 土のゴーレムがあの『竜の羽衣』より頑丈とは思えないんだけど」
キュルケの疑問はもっともだ。
『破壊の槍』でさっさとゴーレムを破壊していれば、ルイズもここまで消耗することもなかったはずだ。
殷雷が何を考えているのか、キュルケには分からない。
ゴーレムに『破壊の槍』は通用しない。
しかし、ゴーレムよりも遥かに厄介な『竜の羽衣』に対しては通用すると言うのか。
「別に『破壊の槍』なんて大それた物じゃなくても良い。『槍』でさえあれば何でも構わん……
 いや、いっそ槍ですらなくても――」
そこまで言って、気づく。

あるではないか。すぐそこに。槍ではないが、その代替になる物が。

タバサが殷雷の方を振り向く。そして、杖を差し出した。
己の身長よりも長い、杖を。
「ありがたく、貸してもらうぞ」
殷雷はそれを受け取る。
「絶対に成功させて」
メイジにとって命とも言える杖を手放すのだ。タバサは殷雷の目を真っ直ぐ見据える。
「任せろ」
それに応えるように、殷雷は力強く頷いた。

竜の背から身を乗り出す殷雷に、ルイズが声を掛けた。
「殷雷……」
不安に満ちた眼差し。
その肩を、キュルケが優しく抱き寄せた。
「信じてやりなさいな、あんたの使い魔を」
「……うん」
この二人、意外と仲は悪くないのかもしれない。
「じゃ、行ってくる」
殷雷はシルフィードから飛び降りた。


 *


地面に激突する寸前、キュルケの唱えた『レビテーション』によって、殷雷は空中に一瞬静止した。
悠々と地面に降り立つ。
ゴーレムは殷雷より数十メイル離れた位置に構えている。
その肩の上のフーケと目が合った。
「インライトー。大人しくするなら、あんただけは見逃してやってもいいんだよ?
 あんな小娘なんかより、ずっと有効に扱ってあげるわ」
この距離でも不自由なく声が届くのは魔法の効果か、それとも龍衣の機能の一つか。
「悪いな。これでも今の立場が結構気に入ってるんでね」
「ああ、そう。まぁいいわ。知ってるわよ。パオペーってのは、気絶させれば本来の姿に戻るんだってね。
 遠慮無く踏ませてもらうわ」
フーケがそんな話をどこで知ったのかは分からないが、そんな事はどうでもいい。
ゴーレムは、一歩一歩殷雷への距離を詰めてくる。

――殷雷は左足を大きく前に踏み出し、腰を落とした。
弓を構えるように、タバサの杖を両手に持つ。
左手の親指と人差し指の間に杖を乗せ、右手で反対側の端を掴む。
そして、その先端をゴーレムの肩の上のフーケへと向ける。

メイジですらない殷雷が、今更杖など構えて何になる。
ただのこけ脅しに過ぎない。
フーケはそう断じた。
――だが、急に湧き出したこの感情は何だ?
分からない。不安だ。この構えは不味い。一体何が?
フーケは、相棒に話し掛けた。
「あの構えは、何? 何をしようと言うの?」
胸の中から答えが返る。
「ギー。フーケが砕かれる確率が半分。
 命運盤が砕かれる確率が半分」
な――

「うおおおお――――ッ!!!」
壮絶なる気合の絶叫と共に、殷雷は杖を投擲する。
その声を聞いた途端、フーケの――いや、龍衣の動きが一瞬だが止まった。

その次の瞬間、タバサの杖は龍衣を打ち砕き、フーケを地面へと叩き落とした。

殷雷は深く、深く息を吐く。
「…………その気になれば、槍じゃなくても何とかなるもんだな」


 *


大地に横たわるフーケ。その周囲には龍衣の破片と、先ほどまでゴーレムであった、大量の土砂。
死んではいないようだが、肋骨の何本かは折れているだろう。しばらくは動けまい。
殷雷は、フーケの傍らに転がる『破壊の槍』を拾い上げた。
特に目立つ損傷はないようだ。……あったところでどうという物でもないのだが。
「結局、その『破壊の槍』ってどういう物だったの?」
まだ少しふらつき気味のルイズが、当然の疑問を口にした。
トリステイン魔法学院にて厳重に保管されていた秘宝、『破壊の槍』。
かつてワイバーンを一撃で倒したという逸品だが、彼女の目には何の変哲もないただの槍にしか見えなかった。
当然だ。
「どういうもこういうも、見たままだ。ただの槍だよ。安物のな」
殷雷はそう言うが、ルイズにはどうしても納得できない。
「……でも、それならフーケにだって分かりそうな気がするんだけど」
それは確かにその通りだ。まぁ、詳しいことは本人に聞くしかあるまい。
とにかく、フーケが動けるようになる前にさっさと拘束してしまおう。
縄は確か馬車に積んであったはずだ。

――と、その時。
横たわるフーケが目を大きく見開いたかと思うと、彼女の周囲の土砂が爆ぜた。
猛烈な土つぶてが殷雷たちに襲いかかるが、所詮はただの土。痛手には成り得ない。

――土の嵐が止んだ時、そこに土くれのフーケの姿は無かった。

「逃げられたか……!?」
最後の最後に何という失策。
地中にでも逃げたのだろうか。フーケの気配は全く感じられない。
まだこれほどの余力が残っていたとは、信じ難いことだった。
その場には、龍衣の残骸だけが残された。
――いや、違う。
龍衣の中に、明らかに違う残骸が紛れ込んでいる。
中央付近で真っ二つに割れ中の珠が散乱しているが、『それ』もまた、殷雷には見覚えがあった。
「こいつは……命運盤だ」
オウムに姿を変え、未来を予測する能力を持った算盤の宝貝。
恐らくこいつが盾となり、フーケを杖の直撃から護ったのだろう。
命運盤を持っていたとなれば、納得のいかなかった幾つかの疑問が解消される。

――だが、同時にもう一つの疑問が湧いて出たのも事実だ。

龍衣の残骸を弄っていたルイズたちが、殷雷を呼ぶ。
「ねえ、インライ。これ、文字だと思うんだけど……読める?」
龍衣の内側の懐に施された刺繍。少しばかりひび割れているが、読むには不自由ない。
それを見た殷雷の身体が、びくりと震えた。

――何となく、薄々、そんな気は、していた。

『鏡閃』

――そう、刺繍されていた。

新着情報

取得中です。