トリステイン魔法学院の学長室を沈黙が支配していた。
応接用の長椅子には新城が座り、契約の証であるルーンが刻まれた右手を忙しなげにさすっている。
その対面にルイズと共に座ったオールド・オスマンが髯をしごきつつ困ったようにそれを眺めた。
ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールが行った『コントラクト・サーヴァント』は成功し、使い魔となった新城にはルーンが刻まれた。
それはいい。問題はない。
そのルーン、オスマンやコルベールにして初めて目にするそれの力なのか新城はルイズたちと意思の疎通をすることもできた。
それもいい。問題はない。
問題なのは、それによって明らかになった事実である。
この世界に<皇国>などという国はない。少なくともオスマンは知らない。
あるいは東方のどこかにあるのかもしれないが、確かめる方法はない。
だが新城と名乗る男はその国の軍人で、しかも近衛少将の地位にあったと言う。もしもそれが本当ならば大問題である。
オスマンは新城の軍服に着けられた階級章に目をやった。
魔法学院に奉職して久しいオスマンは軍を知らない。知り合いに軍人もいるにはいるが、階級章からその軍人の地位を知るようなことは出来ない。
だが彼の乏しい知識でも、階級章というものが階級が上がるほど線や星、花弁などが増えていくことは知っている。
それに従えば確かに新城のそれは軍で高い階級の者が身に着ける階級章に間違いはなかった。
勿論トリステインのそれと新城の故国の慣習が違うなどと言うことも考えられなくはないが。
自分の背後にロングビルと共に佇むコルベールを意識する。
元軍人である彼に言わせれば新城の持つ雰囲気はまさに歴戦の勇士のそれであり、ある程度以上の階級についていたことは間違いないそうだ。
もっともその彼にしても新城が少将などと言う高い地位にいるとは思っても見なかったようで、その点については確証が持てないと言っていた。
「ふむ、どうじゃろう。ミスタ・シンジョウ。ご自分の国に帰れる目処がつくまでの間、ミス・ヴァリエールの使い魔をやってはくれんだろうか」
「――――これは参考までに尋ねるのだが学院長。もし僕がその提案を断ったとして、その場合の僕の生命や生活の保障はしてもらえるのだろうか」
粘ついた雰囲気を変える為の学院長の発言ではあったが、しかし帰ってきたのは冷たい視線と毒を多分に含んだ言葉だった。
鼻白むオスマンを眇目で見やり、新城はふんと鼻を鳴らした。
どうにも魔法というものはよく解らないが、自分が無理やりここに拉致されたのは間違いない。
無理やり拉致しておいて、帰れるかどうかは解らない。解らないがそれまで従者をやれとはとんだ言い草だ。
喧嘩を売るにしては上等な手段だが、他人の協力を仰ごうとするなら最低な手段だ。
それともこの世界の魔法使いとやらはそんなことも解らぬ莫迦の集まりなのか。
そう言おうとして新城はその口を閉ざした。オスマンの横で俯き涙ぐんでいるルイズを見たからだ。
手に入れたと思った使い魔は実は異国の重要人物であり、自分がしでかした事の重大さを悟って混乱している少女を見たからだ。
敵を完膚なきまでに殲滅するのが信条の新城ではあったが、かといって年端もいかない子供を苛めるのは彼の趣味ではなかった。
有体に言えば新城は子供の泣き声が好きではない。もとからそうではあったが、あの雪の日以来その傾向は強まった。
彼の身体にしがみついて泣いていた許婚の幼子、その母親の死に様を思い出すからだ。
眉を顰め、口をへの字に曲げる。
しばらくあってようよう口を開いた。
「まずは学院長。僕にこの国での礼儀作法を教授願いたい。僕がそこの――――ああ、僕の恩人の使い魔を承るにしろ断るにしろ、早晩必要になることだ。まずは尊称からか。先ほどから言われている“ミスタ”というのは、男性につける尊称でいいのだろうか」
言いながら新城はルイズから目を逸らした。彼女に確認したいこともあるが、まずは落ち着かせる時間が必要だと思ったからだ。
それにこちらの考えを固める時間も。
応接用の長椅子には新城が座り、契約の証であるルーンが刻まれた右手を忙しなげにさすっている。
その対面にルイズと共に座ったオールド・オスマンが髯をしごきつつ困ったようにそれを眺めた。
ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールが行った『コントラクト・サーヴァント』は成功し、使い魔となった新城にはルーンが刻まれた。
それはいい。問題はない。
そのルーン、オスマンやコルベールにして初めて目にするそれの力なのか新城はルイズたちと意思の疎通をすることもできた。
それもいい。問題はない。
問題なのは、それによって明らかになった事実である。
この世界に<皇国>などという国はない。少なくともオスマンは知らない。
あるいは東方のどこかにあるのかもしれないが、確かめる方法はない。
だが新城と名乗る男はその国の軍人で、しかも近衛少将の地位にあったと言う。もしもそれが本当ならば大問題である。
オスマンは新城の軍服に着けられた階級章に目をやった。
魔法学院に奉職して久しいオスマンは軍を知らない。知り合いに軍人もいるにはいるが、階級章からその軍人の地位を知るようなことは出来ない。
だが彼の乏しい知識でも、階級章というものが階級が上がるほど線や星、花弁などが増えていくことは知っている。
それに従えば確かに新城のそれは軍で高い階級の者が身に着ける階級章に間違いはなかった。
勿論トリステインのそれと新城の故国の慣習が違うなどと言うことも考えられなくはないが。
自分の背後にロングビルと共に佇むコルベールを意識する。
元軍人である彼に言わせれば新城の持つ雰囲気はまさに歴戦の勇士のそれであり、ある程度以上の階級についていたことは間違いないそうだ。
もっともその彼にしても新城が少将などと言う高い地位にいるとは思っても見なかったようで、その点については確証が持てないと言っていた。
「ふむ、どうじゃろう。ミスタ・シンジョウ。ご自分の国に帰れる目処がつくまでの間、ミス・ヴァリエールの使い魔をやってはくれんだろうか」
「――――これは参考までに尋ねるのだが学院長。もし僕がその提案を断ったとして、その場合の僕の生命や生活の保障はしてもらえるのだろうか」
粘ついた雰囲気を変える為の学院長の発言ではあったが、しかし帰ってきたのは冷たい視線と毒を多分に含んだ言葉だった。
鼻白むオスマンを眇目で見やり、新城はふんと鼻を鳴らした。
どうにも魔法というものはよく解らないが、自分が無理やりここに拉致されたのは間違いない。
無理やり拉致しておいて、帰れるかどうかは解らない。解らないがそれまで従者をやれとはとんだ言い草だ。
喧嘩を売るにしては上等な手段だが、他人の協力を仰ごうとするなら最低な手段だ。
それともこの世界の魔法使いとやらはそんなことも解らぬ莫迦の集まりなのか。
そう言おうとして新城はその口を閉ざした。オスマンの横で俯き涙ぐんでいるルイズを見たからだ。
手に入れたと思った使い魔は実は異国の重要人物であり、自分がしでかした事の重大さを悟って混乱している少女を見たからだ。
敵を完膚なきまでに殲滅するのが信条の新城ではあったが、かといって年端もいかない子供を苛めるのは彼の趣味ではなかった。
有体に言えば新城は子供の泣き声が好きではない。もとからそうではあったが、あの雪の日以来その傾向は強まった。
彼の身体にしがみついて泣いていた許婚の幼子、その母親の死に様を思い出すからだ。
眉を顰め、口をへの字に曲げる。
しばらくあってようよう口を開いた。
「まずは学院長。僕にこの国での礼儀作法を教授願いたい。僕がそこの――――ああ、僕の恩人の使い魔を承るにしろ断るにしろ、早晩必要になることだ。まずは尊称からか。先ほどから言われている“ミスタ”というのは、男性につける尊称でいいのだろうか」
言いながら新城はルイズから目を逸らした。彼女に確認したいこともあるが、まずは落ち着かせる時間が必要だと思ったからだ。
それにこちらの考えを固める時間も。
上司の背後に立っていたコルベールは新城の発言に満足そうに頷いた。無論顔には出さない。
まずは彼がやはり礼儀を重んじる男だと解った男が一つ。
そしてもう一つは彼がルイズに恩義を感じているということだ。
確かに彼女のサモン・サーヴァントは彼を故国から連れ去ったが、ある面から見れば怪我をしていた彼の命を救ったと言い換えることも出来る。そして新城はどうやら後者の意味に捉えているようだ。
ふと訝しそうにしているミス・ロングビルに気がついた。
小声で問いかければ、ルイズは恩人と言うのに学院長には敵意を隠さないのが不思議らしい。
嘆息する。それは自分には自明の理ではあったが、確かに娑婆の人間には不思議なことなのかも知れぬ。
「男性がミスタ、未婚女性がミス。既婚女性がミセス、か。
なるほど理解した。しかし、女性の未婚か既婚かはどこで見分けるのだろうか。
また間違えたとして、それはどのくらいの不敬にあたるのだろうか」
「なに、解らなければミスと言っておけばいいじゃろう。
それには『若い女性』という意味もあるからな。若く見られて嫌がる女性もおるまい」
「――――失礼、ミス・ロングビル。ミスタ・オスマンはこう言われるが、女性としてはこの意見はどう思われるだろうか」
「確かに真理かもしれませんが、聞かない方がよかったと心底思いますわ」
そろそろ結婚適齢期な女性の、心からの言葉だった。
冷たい目で睨まれて小さく震えるオスマンに苦笑を浮かべ、コルベールが口を開く。
「ミスタ・シンジョウ。一つ質問があるのですが」
「なんだろうか、ミスタ・コルベール。僕に答えられる質問であればいいのだが」
「なに、簡単なことです。先ほどあなたはミス・ヴァリエールを恩人と呼びました。それはつまり、あなたを召喚した責任は彼女にはない、むしろ彼女には恩義を感じていると考えていいのですか?」
その問いに胡乱そうな目をした新城ではあったが、すがるように自分を見つめるルイズに気がつくと、緩みそうになる頬を慌てて引き締めた。
つまりこの男性教師は自分の疑問の解消のためではなく、教え子の罪悪感を弱めるためにこの話題を持ち出したのだろう。
よろしい、僕も恩人の泣き顔、ことに子供の泣き顔は好まない。その話題にのって差し上げようではないか。
「勿論だ、ミスタ・コルベール。僕は軍人であり、それはたとえ国を離れても変わらない。軍では行動によって生じた問題の責任は、それを命じた者だけが背負う。命じられた者ではけしてない。まさかとは思うが、この国では違うのだろうか」
「いえ、違いません。あなたの言うとおりです、ミスタ・シンジョウ。あなたをこの国へ召喚してしまった責任は全て私とオールド・オスマンにあります」
その答えに慌てて振り向く上司を一睨みで黙らせる。隣でロングビルがほうと熱いため息をついた。
「ミスタ・コルベール! でも、わたしは――――!」
立ち上がり、自分にこそ責任があると言い募るルイズにコルベールは優しく頷いた。
「ミス・ヴァリエール。あなたは正しい。あなたが責任を感じることは間違いではない。ですが、あなたと私たちでは手の長さが違う。対外的な責任問題は私たちに任せておいて、あなたは自分に出来るやり方であなたの責任を果たせばいいのです」
それになにより、と元軍人であった火のトライアングルメイジは抑え切れぬ憧憬を言葉に滲ませた。
「あなたはミスタ・シンジョウの命を救えた。あなたは、まだやり直すことが出来るのですから」
ルイズは口を閉ざした。普段と変わらない調子の教師の言葉。けれど少女にはそれが疲れ果てた老人の言葉のように聞こえたのだった。
「なあ、ミスタ・コルベール。君、性格かわっとらんか?」
「生憎と、実はこちらのほうが地でして」
胡乱そうに見るオスマンを軽くあしらう。
コルベール自身にも不思議なことだが、どうも新城を見ているとかつて軍にいた頃の自分が思い出されて仕方がない。
それは新城が持つ軍人特有の暴力的な匂いを嗅ぎつけたと言うこともあろうし、あるいは北領や虎城で勝ち目の見えない戦いに部下を駆り立てた男の影響を知らず知らずの内に受けているということなのかもしれなかった。
まずは彼がやはり礼儀を重んじる男だと解った男が一つ。
そしてもう一つは彼がルイズに恩義を感じているということだ。
確かに彼女のサモン・サーヴァントは彼を故国から連れ去ったが、ある面から見れば怪我をしていた彼の命を救ったと言い換えることも出来る。そして新城はどうやら後者の意味に捉えているようだ。
ふと訝しそうにしているミス・ロングビルに気がついた。
小声で問いかければ、ルイズは恩人と言うのに学院長には敵意を隠さないのが不思議らしい。
嘆息する。それは自分には自明の理ではあったが、確かに娑婆の人間には不思議なことなのかも知れぬ。
「男性がミスタ、未婚女性がミス。既婚女性がミセス、か。
なるほど理解した。しかし、女性の未婚か既婚かはどこで見分けるのだろうか。
また間違えたとして、それはどのくらいの不敬にあたるのだろうか」
「なに、解らなければミスと言っておけばいいじゃろう。
それには『若い女性』という意味もあるからな。若く見られて嫌がる女性もおるまい」
「――――失礼、ミス・ロングビル。ミスタ・オスマンはこう言われるが、女性としてはこの意見はどう思われるだろうか」
「確かに真理かもしれませんが、聞かない方がよかったと心底思いますわ」
そろそろ結婚適齢期な女性の、心からの言葉だった。
冷たい目で睨まれて小さく震えるオスマンに苦笑を浮かべ、コルベールが口を開く。
「ミスタ・シンジョウ。一つ質問があるのですが」
「なんだろうか、ミスタ・コルベール。僕に答えられる質問であればいいのだが」
「なに、簡単なことです。先ほどあなたはミス・ヴァリエールを恩人と呼びました。それはつまり、あなたを召喚した責任は彼女にはない、むしろ彼女には恩義を感じていると考えていいのですか?」
その問いに胡乱そうな目をした新城ではあったが、すがるように自分を見つめるルイズに気がつくと、緩みそうになる頬を慌てて引き締めた。
つまりこの男性教師は自分の疑問の解消のためではなく、教え子の罪悪感を弱めるためにこの話題を持ち出したのだろう。
よろしい、僕も恩人の泣き顔、ことに子供の泣き顔は好まない。その話題にのって差し上げようではないか。
「勿論だ、ミスタ・コルベール。僕は軍人であり、それはたとえ国を離れても変わらない。軍では行動によって生じた問題の責任は、それを命じた者だけが背負う。命じられた者ではけしてない。まさかとは思うが、この国では違うのだろうか」
「いえ、違いません。あなたの言うとおりです、ミスタ・シンジョウ。あなたをこの国へ召喚してしまった責任は全て私とオールド・オスマンにあります」
その答えに慌てて振り向く上司を一睨みで黙らせる。隣でロングビルがほうと熱いため息をついた。
「ミスタ・コルベール! でも、わたしは――――!」
立ち上がり、自分にこそ責任があると言い募るルイズにコルベールは優しく頷いた。
「ミス・ヴァリエール。あなたは正しい。あなたが責任を感じることは間違いではない。ですが、あなたと私たちでは手の長さが違う。対外的な責任問題は私たちに任せておいて、あなたは自分に出来るやり方であなたの責任を果たせばいいのです」
それになにより、と元軍人であった火のトライアングルメイジは抑え切れぬ憧憬を言葉に滲ませた。
「あなたはミスタ・シンジョウの命を救えた。あなたは、まだやり直すことが出来るのですから」
ルイズは口を閉ざした。普段と変わらない調子の教師の言葉。けれど少女にはそれが疲れ果てた老人の言葉のように聞こえたのだった。
「なあ、ミスタ・コルベール。君、性格かわっとらんか?」
「生憎と、実はこちらのほうが地でして」
胡乱そうに見るオスマンを軽くあしらう。
コルベール自身にも不思議なことだが、どうも新城を見ているとかつて軍にいた頃の自分が思い出されて仕方がない。
それは新城が持つ軍人特有の暴力的な匂いを嗅ぎつけたと言うこともあろうし、あるいは北領や虎城で勝ち目の見えない戦いに部下を駆り立てた男の影響を知らず知らずの内に受けているということなのかもしれなかった。
「さて、落ち着いたところで質問させてもらってもいいだろうか、ミス・ヴァリエール」
新城の声に、少女が弾かれたように顔を上げた。
緊張の色を隠せないルイズに、新城はかつて婚約者にして見せていたように笑顔を形作って見せると、落ち着いた声音で問いかけた。
「人間を使い魔にするのは珍しい、というよりも前例がないと先ほど聞いたのだが、きみはなぜ僕を使い魔にしようとしたのだろうか。きみたちの常識で考えれば、僕ではなく千早の方が使い魔に相応しいと思うのだが」
それに関するルイズの返答は、新城をして納得のいくものではあった。
この少女は彼と千早を別れさせるのを望まず、それ故に新城を使い魔とすることにしたと言うのである。
「それに、ミスタ・シンジョウは悪い人ではないと思いましたし」
最後に付け加えられたそれを聞いて、新城は皮肉げな思いを抑えることが出来なかった。
よもや自分を悪い人ではないと称する者がいるとは。
<皇国>での新城はいわば英雄であり、それを賞賛する声にもことかかない。
だがそれは彼の軍事的才能に向けられる賛辞であり、彼の内面に向けられるものでは断じてない。
伝聞でしか彼を知らぬものも実際に彼を知る者もそれは同じであり、むしろ彼の内面を知る友人たちにこそその傾向は顕著である。冴香やユーリアとても彼を悪い人ではないと言うには二の足を踏むだろう。
新城の内面を知りながら、あるいは目にする機会を持ちながらもそれに好意的な評価を下したのは今はもういない義姉とそしてもう一人、未だ十三歳だった彼に女性の扱いを教えてくれた伽女だけだった。
新城は始めて真正面からルイズを見た。
先ほど右手に刻まれたルーンが鈍い熱と痛みを彼に伝えてくる。
そう言えばと新城は自分を直様と呼んでくれた伽女のことを思い出した。
確か彼女は自分の下を去った半年後に女児を死産し、自身も産褥熱で死んだと聞いた。
ならばその時の子が生きていればちょうどこのくらいになっているのかもしれない。
そう思い、次の瞬間にはその考えを嘲笑った。
それは代償行為でしかないし、何より恩人に対する侮辱だと彼の心の中の何処か、彼を新城直衛たらしめている何者かが自身を糾弾した。
新城直衛は死人に縛られるような人間ではないし、あってはならない。
それが会ったこともない、産まれてさえいない自分の娘だとしてもだ。
ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールは自身の意思で新城と千早を助け、そして共にいられるように取り計らった。
故にその恩義は新城自身の意思で返さねばならない。
「よろしい、非常によろしい。ミス・ヴァリエール。僕はあなたに恩義があるというわけだ。そして僕は受けた恩を返さないことが恥だということを知っている」
義務や名誉、軍人としての誇りとは別に新城はそう断言した。
それは彼が彼であるために必要だと彼は信じた。
「<皇国>に戻れる目処が立つまであなたの使い魔を拝命させていただくとしよう、ミス・ヴァリエール」
そして黒衣の軍人は立ち上がり、実に色気のある敬礼をして見せた。
新城の声に、少女が弾かれたように顔を上げた。
緊張の色を隠せないルイズに、新城はかつて婚約者にして見せていたように笑顔を形作って見せると、落ち着いた声音で問いかけた。
「人間を使い魔にするのは珍しい、というよりも前例がないと先ほど聞いたのだが、きみはなぜ僕を使い魔にしようとしたのだろうか。きみたちの常識で考えれば、僕ではなく千早の方が使い魔に相応しいと思うのだが」
それに関するルイズの返答は、新城をして納得のいくものではあった。
この少女は彼と千早を別れさせるのを望まず、それ故に新城を使い魔とすることにしたと言うのである。
「それに、ミスタ・シンジョウは悪い人ではないと思いましたし」
最後に付け加えられたそれを聞いて、新城は皮肉げな思いを抑えることが出来なかった。
よもや自分を悪い人ではないと称する者がいるとは。
<皇国>での新城はいわば英雄であり、それを賞賛する声にもことかかない。
だがそれは彼の軍事的才能に向けられる賛辞であり、彼の内面に向けられるものでは断じてない。
伝聞でしか彼を知らぬものも実際に彼を知る者もそれは同じであり、むしろ彼の内面を知る友人たちにこそその傾向は顕著である。冴香やユーリアとても彼を悪い人ではないと言うには二の足を踏むだろう。
新城の内面を知りながら、あるいは目にする機会を持ちながらもそれに好意的な評価を下したのは今はもういない義姉とそしてもう一人、未だ十三歳だった彼に女性の扱いを教えてくれた伽女だけだった。
新城は始めて真正面からルイズを見た。
先ほど右手に刻まれたルーンが鈍い熱と痛みを彼に伝えてくる。
そう言えばと新城は自分を直様と呼んでくれた伽女のことを思い出した。
確か彼女は自分の下を去った半年後に女児を死産し、自身も産褥熱で死んだと聞いた。
ならばその時の子が生きていればちょうどこのくらいになっているのかもしれない。
そう思い、次の瞬間にはその考えを嘲笑った。
それは代償行為でしかないし、何より恩人に対する侮辱だと彼の心の中の何処か、彼を新城直衛たらしめている何者かが自身を糾弾した。
新城直衛は死人に縛られるような人間ではないし、あってはならない。
それが会ったこともない、産まれてさえいない自分の娘だとしてもだ。
ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールは自身の意思で新城と千早を助け、そして共にいられるように取り計らった。
故にその恩義は新城自身の意思で返さねばならない。
「よろしい、非常によろしい。ミス・ヴァリエール。僕はあなたに恩義があるというわけだ。そして僕は受けた恩を返さないことが恥だということを知っている」
義務や名誉、軍人としての誇りとは別に新城はそう断言した。
それは彼が彼であるために必要だと彼は信じた。
「<皇国>に戻れる目処が立つまであなたの使い魔を拝命させていただくとしよう、ミス・ヴァリエール」
そして黒衣の軍人は立ち上がり、実に色気のある敬礼をして見せた。