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零魔娘娘追宝録 9

                        ひろがっていく
                         『小さな亀裂』


「そうら! この前の威勢はどうしたんだい?」
 虹色のまだら模様の髪を振り、フーケはゴーレムを操る。
 叩きつけられる岩塊。ゴーレムの拳が地を揺らす。
 間一髪、それをかわしたキュルケは苦々しく呟く。
「オバサンが調子に乗ってくれちゃって……!」
「誰がオバサンだ! 私はまだ二十三よ!」

 それを聞きつけたフーケは激怒し、再びキュルケを狙い拳を振りかざす。
 ギーシュのワルキューレの一撃が、タバサの風の魔法が、そしてキュルケの火球がゴーレムに炸裂する。
 だが純粋な岩の塊であるゴーレムにそれらは通用しない。
 ならばこそ、と。せめて意気だけでは負けぬとキュルケは言い返す。
「年齢のことを言われてムキになるのがオバサンの証拠だっていうのよ!」
「こ、小娘が! もう勘弁ならないね、潰されちまいな!」
 ゴーレムの拳をかわし、キュルケは岩陰に隠れたギーシュに問う。

「ギーシュ! あんたも土のメイジでしょ! ゴーレムの弱点とかないわけ?」
 そんなものは無いだろうということは承知していたが、それでも聞いてみずにはいられない。
 それほどのキュルケは追い込まれていた。
 ギーシュはあたふたと言い訳する。
「そ、そんなことを言われてもだね! 僕のワルキューレとはそもそも規模が違うからして……」
 ギーシュはドットクラスのメイジ、対するフーケは軽く見積もってもトライアングルクラス。
 同じ系統であるとはいえ、その魔法の威力は天地ほどの差がある。

「もう、役に立たないわね! タバサ、一か八か全力で攻撃してみる?」
 まだるっこしいのは嫌いなキュルケは、ちまちまと当てにならない攻撃を繰り返して消耗するよりは、
 いっそ攻勢に転じてみるべきだと提案する。だが、タバサは首を振り、ギーシュに問う。
「……ゴーレムの」
「え? なんだい」
「ゴーレムの破壊条件は?」

 ゴーレムについての基本的な知識は無論タバサとて承知しているであろう。
 だが、実際に知識として知っていることと、それらを操ることとはまた別だ。
 その系統のメイジであれば本能的にわかること、タバサならばある程度風の動きを読み、
 キュルケが普通よりも敏感に温度の変化を肌で感じるように、土系統のものでしかわからないことがある。
 ことゴーレムに関して言うならば、ギーシュはタバサよりも専門家なのである。

「い、いろいろあるけど。ゴーレムがゴーレムの形を維持できなくなればそれは破壊されたことになるよ」
 ゴーレムは少しくらい破壊されてもそのまま修復することができる。
 それゆえに、純粋にゴーレムを破壊するには以前静嵐がやったように完全に粉々にするしかない。
「そう……」
 タバサは杖を構え、ゴーレムの前に敢然と立つ。

「なら、試してみる」

                  *

 静嵐と仮面の男の戦いもまた続いていた。
 街道沿いの崖の上に戦場を移し、静嵐と仮面の男は切り結ぶ。
 男は剣状の杖に風の刃を纏わせながら静嵐に斬りかかって来る。
 男の杖から発生するカマイタチのような真空の刃は鋭い、触れればあっさりと物を切断するだろう。
 しかもその太刀筋は見事なもので、一般的な意味での達人の域に達しているといえる。
 とは言え、流石に正面からの斬り合いで人間相手に後れを取る静嵐ではない。
 風の刃とて鎧の役目を果たす静嵐の外套には通じない。

 静嵐は冷静にデルフリンガーを振るい、男の攻撃を捌いていく。
「さすが、なかなかやるな。ではこれでどうだ?」
 形勢不利と見た男は、風の魔法を使い大きく間合いを外し、胸元から血の色をした赤い指輪を取り出す。
「それは鬼神環!」
「ご明察、だ。効果は知っているな?」
「己の身体能力を限界以上に引き出すことができるんだろ。でもそれの欠陥を知らないのかい?」

 鬼神環。装着した使用者の身体能力を飛躍的に向上させ、文字通り鬼神の動きをできるようにする宝貝だ。
 宝貝の中には同じように使用者の身体能力を向上させるものがあるが、それは宝貝の力を人間に分け与えているものだ。
 しかし鬼神環は違う。使用者の体力を引き換えにして力を引き出すのだ。
「肉体の急激な老化だな。センニンが使えばただの疲労で済むが、人間が使えばただでは済まない」
 もしも仙人になる以前の存在、道士が使えば人間同様ただでは済まない。それ故に鬼神環は封印されたのである。
 静嵐は呻くように言う。

「そこまで知っていて使うとはね」
「貴様を倒す間くらいであれば問題は無い。それに、力を増しているのはお互い様だ」
 ぎくりとし、静嵐は己の手の中の剣に力を込める。その左手は刻印が光を放っている。
 どういう仕組みかはわからないが、静嵐は武器を握ればいつも以上の力や早さが出る。
 それは以前にギーシュと戦った時に証明済みだ。

 おそらくはこれがエレオノールの言っていた、『ガンダールヴ』とかいう、伝説の使い魔の証なのだろう。
 今も男の攻撃を難なく捌けていたのも、このルーンというやつのおかげだ。
 だがその静嵐の優位も、敵が鬼神環を使ったことで無くなってしまう。
 鬼神環による身体能力向上がどれほどのものかはわからないが、このガンダールヴの力より遥かに少ないということはないだろう。
 ならば今の自分たちは互角、いや敵はそれ以上だと見るべきか。
「では、行くぞ……!」
 再び男が、先ほどとは比べ物にならない速度で迫る。

                  *

『へえ? この世界の魔法ってやつは四つの系統にわかれているんだ』
『風、火、水、土の四つ。貴方の世界は違うの?』
『違うよ。まぁ、四つに分類することもあるにはあるけど、あんまり一般的じゃないかな』
『どう違うの?』
『基本的には物事の捉え方が異なっているんだけど。これは仙術の基本中の基本にあたる部分で、その名を――』

「……」
 タバサはじっとゴーレムを見据える。以前よりもなお強固な、硬く重い岩の体。
 あれに対抗するには、『試して』みるしかない。
 この程度の敵に勝てなくて、どうしてあの『将軍』に勝つことができるか。
 必要なのは覚悟。自分がどこまで自分を信じられるか、だ。
 フーケはタバサを見下ろし、笑う。

「どうしたいんだい、お嬢ちゃん? 逃げなくていいの? そんなところにいると踏まれちゃうわよ」
 タバサは取り合わず。フーケに、そして自分自身に確かめるように問う。
「岩を」
「ん?」
「岩を破壊するのに最も適切な力は何?」
 岩、すなわち目前のゴーレム。
 この強大な存在に、一人で立ち向かおうとするタバサに興味を覚えたのか、フーケは嘲るように言う。

「私のゴーレムを壊そうって言うのかい? 無駄だよ! 戦艦の大砲の火力でもこのゴーレムは――」
 これから自分が試すことは、これまで誰かがやったこと、しかし誰も『考えて』はいないこと。
 自分たちの持つ知識の枠を外れた、非常識の方法。
「この前はあのスットコドッコイにしてやられたけど、今度ばかりは」
 何やら喚き続けているフーケを無視し、答えを口にする。

「答えは『水』」
 タバサは杖を構え、意識を集中させる。
「水に耐えられる岩は存在しない。そう、――オンミョウゴギョウの法則において」
「な、何を」
 タバサの気配に、ただならぬものを感じたフーケは呻く。

「セイラン……彼は私にとても興味深いことを教えてくれた。
この世界のありとあらゆるものを、二つの種別と五つの属性に分けて考える、私たちの扱う四大系統とは異なるルール。
それを応用すれば、あなたのゴーレムを壊すことは容易い。――こんな風に」
 杖を振り、タバサは自分の眼前に『水の球』を発生させる。
 タバサの頭より少し大きいくらい。大人が一抱えする程度の大きさでしかない。
 それは、見た目だけならば、水の魔法の初歩の初歩である『ただ水を出す』というだけの魔法に見えるだろう。

「そんな水溜りで何をしようってんだい? しかも、それを出しただけで息も絶え絶えの未熟なメイジに」
 タバサの足元はふらつき、目元が霞む。
 この魔法は、思ったよりもタバサの体に負担をかけている。
 それほどの力がこの『水』に蓄えられている。何故ならば、
「私が作り出した水の量はあなたのゴーレムの体積の約三倍」
「……え?」

 ゴーレム。軽く三十メイルはあるその巨体。体積にするならばそれこそ小山一つ分は優にある。
 それのさらに三倍ともなれば、ちょっとした池よりもさらに大量の水だ。
 水を発生させること自体は非常に初歩的であっても、量が桁違いである。さらに、
「それを風でここまで小さく圧縮した」
 風の魔法は上手く使えば、水中ででも自在に行動できる空気の膜を作り出すことができる。
 それは水中にあって水圧に抵抗する空気の流れを操る魔法であるが、今タバサが行っているこれはそれの真逆。
 風によって水を弾くのではなく、水を押さえつける。ここまでの小ささに。そして、

「もし、それを貴女に向けて解放すれば?」
 タバサの脳裏に様々な単語が浮かぶ。

 幼い時に遊んだ水鉄砲のおもちゃ。紙風船を針でつついてみたこと。雨どいの下に置かれた古い庭石のくぼみ。
 公園の噴水。限界までよく振ったシャンパンの蓋を開けたこと。

 同じようなことを考えたのか、フーケが手を挙げて悲鳴をあげる。
「ま、待ちなさい!」
 制止の声。だがタバサは聞き入れない。杖を小さく、フーケに向けて振る。

「待たない。――発射」

 水の球を押さえつける、空気の膜のごく一部のみをフーケのゴーレムに解放する。
 高まった圧力は一気に水を噴出させ。サッ、と小さな音を立てて水はゴーレムを直撃する。
 水の射線はゴーレムの表面を袈裟懸けになぞるようにして移動し、そして。
 一瞬遅れて、ゴーレムの体が真っ二つになり、バラバラに崩れ落ちる。
「きゃ、きゃあああああああああああ!?」
 フーケが悲鳴を上げ、自らのゴーレムの破片から逃げ惑う。
 崩壊が収まった時、そこには少しだけ水に濡れた岩の塊があるだけだった。


「す、すごい威力ね……なんて名前の魔法?」
 湿り気を含んだ土ぼこりに塗れ、キュルケは唖然として呟く。
 タバサは地面にへたり込む。それほどにあの魔法は消耗が大きかった。
「名前はまだない。彼、セイランにいろいろと教わって思いついた」
 以前、『魔封の札』を巡るフーケとの戦いの後。
 タバサは静嵐から彼の世界について、とりわけ仙人と仙界、そして仙術について聞いてみた。
 静嵐は宝貝ではあるが仙人ではない。宝貝の中には仙術の一部を使うことのできるものがいるが、静嵐にはその機能は無い。

 しかし、ちょっとした仙術の基本的概念や根本となる事柄については知識として承知している。
 本来の宝貝の使用者は仙人であるからだ。仙人の道具たる宝貝が、仙術を理解していなければ話にならない。
 静嵐は請われるままタバサに仙術について、とりわけ陰陽五行について語った。
 その知識は、ここハルキゲニアの常識である四大系統の考え方にとらわれていたタバサに大きな示唆を与えた。
 五行相剋、五行相生、あるいはその真逆を応用しての攻撃。
 つまり、系統魔法と陰陽五行の融合。それこそがタバサの思いついたものであった。
 今使った魔法も、仕組みこそ系統魔法のそれを利用したものの、『土』に対して『水』で攻撃するという考え方は仙術のものであった。

「ふうん……ならそうね……」
 名前が無い、と聞いてキュルケは何かを思案し、そしてポンと手を打つ。
「針のように細い水の流れ、名づけて『アクア・ニードル』ってところかしら?」
 タバサはポツリと呟く。
「……そのままな名前」
「い、いいでしょ! わかりやすい名前のほうが!」
 友人の思わぬツッコミにキュルケは頬を染め、赤くなる。
 たしかに無駄に大仰な名前をつけても意味は無いが、しかし『アクア・ニードル』とはあまりにもストレートな名前である。

「……?」
 ふと気づけば、辺りからは自分達以外の気配は消えている。どうやら敵兵士――おそらく傭兵であろう――たちも、フーケも撤退したのだろう。
 フーケを取り逃してしまったことは痛手であるが、どの道今の自分の消耗具合では追撃は無理だ。
 そして、別のメイジに足止めをされているであろう彼。
「セイランは?」
 キュルケもまた辺りを見回す。
「崖の上だからわからないわ。でも、まだ戦っているみたい」
 その言葉を裏付けるように、崖の上から剣戟音が響いていた。

                  *

 仮面の男の一太刀をデルフリンガーで受け、打ち払う。
 男はそれ以上の剣閃を繰り出そうとはせず、再び大きく間合いを外す。
 静嵐の隙を窺うようにしてあたりを舞うように走り回る。
「速いな、武器の宝貝にも勝るとも劣らない」
 事実、ただでさえ身軽な風の魔法使いは、鬼神環を使うことでその素早さを大きく増し、そこいらの武器の宝貝よりはよほど速い攻撃をしてくる。
 左手のデルフリンガーが、自らを鼓舞するように言う。

『なぁに、相棒ほどじゃねえよ』
 その言葉に励まされ、静嵐は左手に力を込める。ガンダールヴの印がよりいっそう力を増す。
「まぁね。速さだったら、僕も少しは……自信があるよ!」
 静嵐もまた、男に追いつこうとするかのように走り回り、斬撃をしかける。
 他のことならいざ知らず、こと速さという面においては刀の宝貝は他者を大きく引き離す。
 そしてそれに加え、ガンダールヴの証があるのだ。生半可な動きでは静嵐に太刀打ちできはすまい。
 だが、男には静嵐にはないものがある。男はメイジ、つまり魔法が使えるということだ。

「――っ!」
 何事か、小声で囁くように呪文を呟き、男が杖を振るうと紫電が一筋静嵐に向かって伸びる。
 その速さは文字通りの電光石火で、静嵐も慌てて身を捻りかわすのがやっとだ。
 そしてその態勢を崩した静嵐に、男の一刀が浴びせられる。
 なんとかそれを受けたが、静嵐の反撃が出る前に男は再び間合いを外す。
 どうやら魔法でこちらの動きを封じ、その隙を突いて確実にこちらを仕留めるつもりの様だ。
 手堅く確実な方法。なんとも厄介な相手だった。

(あいつなら、こんな雷撃食らったりしないんだろうけど)
 自分と同じ、とある刀の宝貝。雷気を操るあの刀ならばこの程度の雷、避けるまでもない。
 しかし静嵐にはその能力はない。静嵐にできること言えば――
『ライトニング・クラウドだ。並の人間なら一発でお陀仏だぜ』
 思考はデルフリンガーの言葉で中断される。
「ってことは僕でも食らうと冗談では済まないかもね」

 人間よりもかなり頑丈にできているとは言え、人の形を取っている時の静嵐にさほどの防御力は無い。
 静嵐自慢の鞘が転じた外套も、雷撃が相手ではどれほどの効果があるかわからない。
 ならば、これ以上攻撃を受ける前にけりをつけてしまうに限る。
 そう判断し、相変わらず飛び回る男に間合いを詰めようと静嵐が踏み込んだ時、異変が起きる。
 グシャ、と何かが潰れる音がして、静嵐の視界がずれる。
(しまった!)

 静嵐が立っているのは崖の上、足場は当然岩場であった。その岩場が少し崩れたのだ。
 それは、崖の下で戦っているタバサたちの戦闘の影響であったが、静嵐はそれを知る由はない。
 崩壊はほんの少し、踏み込もうとした片足が少し取られただけ。
 だが、それは一瞬の隙も許さぬ仮面の男との戦いにおいては致命的な隙だ。
「もらったぞ!」
 体勢を崩す静嵐。無論、その隙を逃す男ではない。
 先ほどと同じように、男の杖の先端に光がともりジャッっと何かが弾けるような音がして紫電が静嵐に向かい伸びる。

「!」
 静嵐は反射的に左手のデルフリンガーで自分をかばうように掲げる。
 デルフリンガーには悪いと思ったが、今の自分の耐久力とこの剣の耐久力ならば比べるまでも無く自分のほうが弱い。
 しかしそれでも耐えれるかどうか。
 人の姿をとる宝貝は、己が破壊されそうなほどの損傷を受けると、己の元の姿に強制的に変化してしまう。
 それは、少しでも防御力の高い原型に戻って破壊を免れようとする宝貝の本能であるが、それは人間でいうところの気絶と同じだ。
 この状況下でもし意識を失い、己の原型である刀の姿を晒してしまえば、自分は手も足も出ない。
 半ば祈るような気持ちになりがら静嵐は己の左手に衝撃を感じた。だが、

「……あれ? 無事だ」
「何!?」
 静嵐は驚き、魔法を放った男もまた驚く。
 今の一撃はかなり危ないと思ったのに、何故自分はそれを耐えられたのだ?
 術の威力はデルフリンガーの言葉通りのものであることは間違いない。それは男の驚きが証明している。
 普通に食らえば並の人間ならば絶命、宝貝であっても損傷は免れえないほどの衝撃。
 だがしかし、自分はわずかな痺れを感じたのみで全くの無傷だ。

 これは一体どういうことだろう?
 疑問が静嵐の中で渦巻くが、しかし今は戦闘中。
 驚きから我に帰るのは、必殺の一撃を敵に耐えられた男よりも、それを耐えた静嵐のほうが先だった。
 神速の踏み込みにガンダールヴの力を乗せて敵を斬りつけようとする。
 だがそれは、意外なところから遮られる。
「セイランくん、危ない!」

 上空のグリフォンの上からワルドの放った魔法が、仮面の男を吹き飛ばす。
 吹き飛ばされた男は「くっ」と呻き、空中で器用に受身をとってそのまま姿を消す。多勢に無勢は不利と見て撤退したようだ。
「大丈夫かね、セイランくん」
「ええ……大丈夫です」
 男が退いたのを見届け、グリフォンを操ってワルドとルイズが静嵐のもとへ降りてくる。
 結果的に、敵への攻撃を邪魔する形となったワルドには余計なことをしてくれた、と思わなくもなかったが。
 心配そうにこちらを見ているルイズに気づき静嵐は微笑む。

「怪我は無いかい? ルイズ」
「馬鹿! それはこっちの台詞よ! あ、あんた大丈夫なの? ライトニング・クラウドを食らったみたいなのに」
 半ば涙目になりながらルイズは叫ぶ。静嵐を心配しているらしい。
 どうやら事の成り行きを上空から見ていたらしい。
 見ていたなら、最初から助けて欲しいと思うが、ワルドは自分の代わりにルイズを守っていてくれていたので文句も言えない。
 静嵐はおどけるように肩を竦めて言う。

「僕も無事さ。……でも危なかったよ。あの魔法を食らった時は駄目かと思ったけど、自分でもびっくりだよ」
 あの時、あの攻撃を耐えられなければ自分は負けていただろう。
 そんな静嵐の言葉に、左手に握っていたままのデルフリンガーが反応する。
『相棒。そりゃあ俺の、俺の……何だっけ?』
「何って、何が?」
『いや……すまん。忘れちまった』
 そう言ったきり、デルフリンガーは黙り込んでしまった。

                  *

 さて、とワルドは切り出す。
 ラ・ロシェールへ向かうルイズたちを襲った者たちとの戦闘は終わり、一同は再び街道の上に集まった。
「思わぬ足止めを食ったが、ラ・ロシェールまではあと少しか」
 いいことを思いついた、とキュルケは言う。
「なら、タバサのシルフィードで行けばすぐね」
 たしかにタバサのシルフィードならば全員乗ることができるし、普通に馬で進むよりも遥かに速いペースで進むことができる。でも、

「あんたたち、ついてくる気なの?」
 呆れたようにルイズは言う。最初から旅に同行する予定であったギーシュはともかく、
 自分たちが何の目的でアルビオンへ向かうのかもわかっていないキュルケやタバサがついてくる理由は無い。
「だって面白そうじゃない? それに、素敵な殿方も一緒なんだし!」
 素敵な殿方。間違っても静嵐やギーシュではない。ワルドのことだ。
 一段落ついてすぐ、キュルケはワルドに色目を使っていたのだが、ワルドはルイズが居るからとそれを頑なに拒んだ。
 それを見て、『微熱』の琴線に何やら触れるものがあったらしい。

 ワルドは思案し、タバサに問う。
「ふむ。乗せてくれるのなら助かるが……かまわないのかね、タバサくん?」
 かまわない、とタバサはコクリとうなずく。
「よし。それなら今日の最後の便には間に合うかもしれないな」
「ええ!? 休むんじゃないんですか!」

 強行軍を続けようというワルドに、ギーシュは悲鳴を上げる。
 ワルドの操るグリフォンに乗って進み、戦闘には参加していないルイズですら少し疲れがあるのだ。
 一日中馬で走り回っていて、それに加えて先ほどのあの戦闘だ。疲れないというほうがおかしい。
 同じように戦っていた静嵐は疲れた顔一つ見せていない。それは彼が武器の宝貝であるからだろう。

「休んでいる暇はない。一刻も早くアルビオンに向かわねば。――とは言え、君やタバサくんの消耗も激しいな」
 そう言ってワルドはギーシュとタバサを見る。見た目にもボロボロなギーシュはともかく、タバサはいつも以上の無表情だ。
 魔法を使えばたしかに精神力を消費するが、それを差し引いてもあまり疲れているようにも見えない。
「平気」
 案の定。タバサはワルドの言葉を否定する。
 だが、それに対してさらに異議を挟むものがいた。

「ホントに? その割には足元がふらついているよ」
 普段はあまり使われることのない、無駄な観察力を発揮して静嵐は言った。
 言われてみなければわからない程度であるが、たしかによく見ればタバサの足元はおぼつかない様子である。
 いつも以上の無表情さも、疲れを隠す為のものかもしれない。
「……余計なことを言わないで」
 無理をしていたことを見抜かれたタバサは、無表情を崩して少しだけ不満そうに言う。どうやら静嵐の言葉は図星であった。

(私だって疲れているのに……)
 それに気づかない静嵐にほんの少し苛立ちの念が沸き、――すぐにルイズは自己嫌悪に陥る。
 自分はタバサに比べて何をしたというのだ? ただグリフォンの上で戦いを見物していただけではないか?
 そんな自分が疲れたのなんだのということはおこがましい。だが、それでも自分を気遣わない静嵐への不満はある。
 そしてまた、自己嫌悪を繰り返す。静嵐もまた命がけで強敵と戦っていたというのに、自分は誉め言葉の一つも言っていない。
(嫌な性格! 何もしていないくせに、自分のことしか考えていない!)
 そしてルイズは押し黙る。この場にいるのが少し辛い。自分がただの足手まといであるように思えるからだ。
 疲れた顔を見せるタバサを、気遣うようにキュルケは言う。

「タバサ、無理しちゃ駄目よ。あの魔法、見た目の割りに消耗が大きいんでしょう?」
「……」
 タバサは答えない。キュルケに嘘はつきたくないのか、それは肯定の沈黙であることは間違いない。
 フーケのゴーレムを単独で倒したあの魔法の消耗はそれほどに大きいのだ。
「よし。ではこうしよう。当初の予定通り、私とルイズ。そしてセイランくんの三人でアルビオンに向かう。
ギーシュくんとタバサくん、そして付き添いのキュルケくんはラ・ロシェールで休み、そのまま学院に帰りたまえ」
 ワルドの言葉に、キュルケは驚く。

「三人で行く気? 大丈夫なの?」
「このままアルビオンに行けば、我々は敵の中心に飛び込むことになる。そうなれば、人数は少ないほうがいい」
「それはまぁ、そうかもしれないけど……」
 アルビオンの何処の港に行けるかはわからないが、少なくともそこは王軍の勢力範囲内ではないことは確かだろう。
 当初の予定では隠密裏にアルビオンに上陸し、戦争に参加する傭兵たちに紛れながら皇太子に接触する手はずだった。
 だというのに、ぞろぞろと何人もの学生メイジをひきつれて歩き回るわけにはいかない。
 故に、ワルドの言葉は道理であった。だが、またしても異議を口にするものがいる。静嵐だ。

「……僕は反対かな」
「セイラン?」
 静嵐は武器の宝貝である。武器の宝貝には高度な状況判断能力がある……と、本人は言っている。
 彼の性格上、その判断に全幅の信頼を寄せる気にはなれなかったが、それでも間違ったことを口にすることはない。
 静嵐が何かを考えた上での反対だというのなら、その言葉には聞く価値がある。

「たしかに急いで行くべきかもしれないし、潜入には人数が少ないほうがいいよ。でもここまで敵にこちらの動きを察知されてる以上、
戦力を削って急ぐよりも、ここはギーシュたちの回復を待って戦力を整えるべきなんじゃないかな?」
 消極的ではあるが、確実な意見だ。あの逃げた仮面の男やフーケがアルビオンで待ち伏せている可能性はある。
 ワルドは持論を譲るつもりはないようで、静嵐に反論する。

「彼らが我々を襲ったのは、我々がラ・ロシェールに近づいたからではないかね? 
ラ・ロシェールには貴族派に味方する傭兵が多数集まっている。そこから情報が漏れたのであれば、
まだアルビオン本国の軍に情報は届いていないかもしれない。グズグズしていればそれこそ後手に回ることになるぞ」
「そりゃそうかもしれないけどさ。いざ乗り込んでみれば敵に囲まれてました、なんていうのは洒落にならないよ」
 あくまでも急ぐべきだというワルドの意見、急がずじっくりとことを進めるべきだという静嵐の意見。
 どちらにも相応の理屈があり、相応の欠点のある意見だ。
 そんな二人を面白がるように見渡し、キュルケは言う。

「平行線、ね。でもこのまま進むにしても、態勢を整えるにしても、ここで突っ立っていても埒は開かないわよ。お二人さん?」
 キュルケの言葉は正論である。どちらにしろラ・ロシェールに向かわねばならないのであるから、ここで論議を重ねる意味はない。
 ワルドもそう思ったのか、ルイズのほうを向いて苦々しく口を開く。
「……ルイズ、君が決めてくれ」
「え?」

 ルイズは自分の耳を疑う。魔法衛士隊の隊長であるワルド、武器の宝貝である静嵐。
 この二人ですら意見が割れるようなことを、どうして自分のような戦闘の素人が決められるだろうか。
「な、なんで私にそんなことを」
「王女殿下に依頼されたのは君だ。つまり、君がこの一団のリーダーだ。
君が判断を下すんだ。僕とセイラン君、どっちの意見を採用する?」
 その理屈で行けばたしかにそうではあるが、ずっと自分はワルドについていくだけのつもりだったのだ。
 今さらそんなことを言われても困るしかない。

「わ、私は」
 ルイズは助けを求めるように全員を見る。
 ギーシュは「どっちでもいいからさっさと決めてくれ」と疲れた顔でラ・ロシェールのほうを見ている。
 キュルケはあえて口は挟むまいといった表情で、ルイズの判断を待っている。こんな時に限って不干渉のつもりなのだ。
 タバサは無表情の中に疲れの色を見せている。本音を言うならば彼女とてしばらくは休みたいだろう。
 ワルドはこちらをじっと見据え、自分の意見が正しいのだということを目で訴える。
 そして静嵐は、笑みを浮かべているのみだ。
 ルイズは迷う。だが、

           『――どうかルイズ、この手紙を、そしてあの手紙をよろしくお願いします』

 アンリエッタの悲痛な願いの声が、心の中に浮かび上がる。
 ならばいっそ、判断がつかないのであれば一刻も早く……

「――ワルドの意見に賛成する」
 ほっと息をつき、ワルドは笑いながら言う。
「と、いうことだ。異存はないね? セイラン君。君の意見ももっともだが、ここはやはり拙速を心がけるべきだ」
「ルイズがそういうなら仕方ないかな」
 静嵐はのん気に言う。自分が静嵐ではなくワルドの意見を採用したことについては気にした風も無い。
 いや、実際少しも気にしていないのだろう。静嵐はそういう男なのだ。気にしているとすればそれはむしろ――
「話はまとまった? それじゃ、とりあえずラ・ロシェールに向かいましょう」
 キュルケはそう言い、タバサに促す。タバサはコクリとうなずき、口笛を吹く。
 大きな羽音を響かせてシルフィードが舞い降りてくる。
 ギーシュたちは次々にシルフィードの背中に乗り移っていく。

 シルフィードの背中に手をかけたとき、ルイズの背後に控える静嵐に口を開く。
「セイラン、私……」
「何だい? ルイズ」
 自分は何を言おうというのだ? 貴方の意見を聞いてあげなくてごめんなさい、とでも言うのか。
 迷うルイズが何か言葉を続けようとした時。ルイズの手をワルドが掴む。上に引っ張り挙げてくれようというのだ。
「……」
 ワルドはこちらを無言で見つめている。ルイズの言葉を遮ろうとしているように。
 強引な力に引き寄せられ、ルイズは静嵐に背を向けたまま登る。
「……なんでもないわ」
 不思議そうな顔をする静嵐をそのままに、ルイズはシルフィードに跨った。
 ルイズの胸中で、言葉にならなかった一つの思いが渦巻く。

 自分を使い魔を裏切ってしまったのではないか? と。

                                  (続く)

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