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気さくな王女-22

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 アーハンブラ城は砂漠の真っ只中にある軍事拠点であり、人間とエルフとがしのぎを削って奪い合った要所中の要所……だったこともある。
 現在ではエルフの侵攻も絶えて久しく、城は規模の小ささから廃城となり、麓のオアシスが宿場街としてにぎわっている。
 そんなアーハンブラ城に軍の一部隊が駐屯し始めたのはごく最近、ここ数日間のことらしい。
 平民達は軍隊の目的について盛んに噂し、ある者はエルフからの侵攻が再開したと言い、ある者は宝物の発掘説を唱える。

 ハッ、そんなわけないじゃない。平民の噂話ってのはいっつもいい加減なことばっかり。
 ここに押し込められたミスコール男爵とかいう木っ端貴族は、近しい者にもそうでない者にも愚痴をこぼすことしきりだったとか。
 なぜ囚人親子の相手を自分がしなければならないのか、もっと相応しい人間がいるだろうに、と。
 色事にしか興味の無い助平親父は、王命とは守秘すべきものであるという基本のきさえ知らず、その配下の兵士達も休暇のたび街までやってきては酒場で店主相手にぼやいているらしい。
 今はまだ街の自称事情通が知るだけだけど、ちょっと時間が経過すれば皆が知ることになるでしょうね。
 これだから無能者は嫌なのよ。こんな簡単な任務さえまともにこなすことができないんですもの。おかげでわたしはここまでやってこれたわけだけど。

 父上だってもう少し気の利いた部下の一人もいたはずよね。
 そこをあえてミスコールの狒々爺に命じたってことは、やっぱり監禁場所を教えたかったってことになる。
 誰に教えたかったかというと、シャルロットの学友のなんたらいう胡散臭い連中。ふん。そうは問屋が卸しますか。
 幽霊から借りた双眼鏡は、魔法もかかっていないのに異常な高性能を誇っていて、町外れの廃屋からでも城の様子が見て取れる。
 鬼畜者は皆これを使っているらしいけど、確かに手放しがたい性能があるわね。よし、事が終わった後も適当にはぐらかしてわたしの物にしよう。

 城の門番は二人。ぼんやりしている者と舟をこぐ者。思い出したように頭を振ったり叩いたり。ふふ、眠気との戦いに一生懸命といったご様子ね。
 幽霊に持たせたポーションは悪くない代物だったみたい。惚れ薬とどっちにしようか迷ったけど、眠り薬にしておいてよかったわ。

 さてと。
 双眼鏡を懐中にしまい込み、壊れかけたカマドに火種を入れた。
 さあ、ここであらかじめ用意しておいた野鼠の肉を串に通します。じっくりと焼きましょうかね。
 油が滴り、火の中で弾ける音がする。壊れた天井の隙間から絶えず風が出入りしていたけど、それでも匂いが室内にこもった。
 ああ、いい匂い。てことは火が足りないってことよね。薪を足し、風を起こして火を大きく、もっと大きく、もっともっと大きくする。
 肉が焼ける音が激しくなり、いい匂いが焦げ臭い匂いに変わる。そろそろいい頃合いかな。もう二三本薪を入れるか。
 匂いに誘われて飛んできたハエが、炎に飛び込み蒸発した。これはこれで悪くない一生だったわね、ハエ。

 城の見取り図は頭に叩き込んだ。
 最近になってアーハンブラ城の部分部分を改修したという記録も探し出した。
 それに加えて外から飽きるほど観察したことで、重要な人物を監禁するならどの部屋か、ということも当たりがついている。
 周辺の地形は抜かりなく把握した。攻略するにしても脱出するにしても遺漏は無い。
 ポーションしかり、スキルニルしかり、城から持ち出したマジックアイテムは最も良いと思われる使い方をした。
 幽霊にもシルフィにも指示を出しておいた。当然わたし自身が何をするかも理解している。
 地下水への命令は、わたしが意識を失った時はわたしの体を操るということ。これならエルフの誘眠魔法にも対抗できる。
 助け出したシャルロットにどんな嫌がらせをしてやるか、なんてことまでしっかりと決めた。
 時刻は深夜。ここまで下準備をして、後は押し込むだけ……だったはずなのに、もう一つだけやることができた。

 部屋の中にはレンガが転がり、粉塵が堆積し、主のいない蜘蛛の巣には頭を失った蜻蛉のミイラが引っかかり、わたし以外には蜘蛛一匹いない。わたし以外の唯一の生き物は、先ほど炎に飛び込み焼け死んだ。
 寒々しい荒家の中、聞こえるのは野鼠の肉を焦がす音だけ。それ以外は衣擦れの音一つ無い。
 背負い袋を肩にかけ、炭化した串焼きを手に取り、カマドに水をかけ、窓枠を一跨ぎして外に出た。
 刹那、音無しを通していた暗闇から剣を抜く音が、一、二、三、四五六七八九十さらにさらに……多くない?
 抜き身をぶら下げた黒装束の集団という「剣呑」を絵として表現すれば、きっとこのような絵面になるであろう連中が、闇の中から染み出すようにあらわれた。

「淑女の出歩かれる時刻はとうに過ぎたようですが」
 戦士の一団の中から黒ローブを目深にかぶった女が一人進み出た。姿に見覚えはなく声に聞き覚えはない。
「王女殿下はどちらへお出かけでございますか?」
 もう音を消す意味もないと思ったか。背後から部屋を踏み荒らす足音が聞こえてきた。入り口からも来たってわけね。
 この家を囲んでるのはせいぜい十五六ってとこだと思ったいたけど……二十……二十五……三十人を少し超えるくらいか。
 一糸乱れぬ動き、隙を見出せない構え、流れるような足運び、鬼畜者ほどではないにしても見事な気配消し。
 それが全部合わせて三十人ちょい。無理やり血路をこじ開けるというのはわたしといえど難しい。

「ねえ黒ローブ。ちょっといいかしら」
「何か?」
 鼻にかかったような声。気に障る言い回し。これっぽっちも敬意を払っていない敬語に慇懃無礼そのものといった態度。
 初対面でも分かる。立場や状況といったものを抜きにしてさえ、わたしはこいつが大嫌いだ。
「道をあけてもらえない?」
「そういうわけにもいきません」
「届け物があるのよ」
 背負い袋から、頭だけ突き出ていた一本の長い長い杖を取り出した。
 わたしの杖じゃないってのに、いちいち黒装束達が反応する。いやぁね、臆病者って。
「なぜか宝物庫の隅にシャルロットの杖が放ってあったらしいの。持ち主に返さなきゃ泥棒でしょう。ガリア王家の人間として看過できないわ」
 左見右見。配置は完璧、どちらを見ても逃げ道は封じられている。
「それはまたの機会にどうぞ。今は我侭な娘を連れ戻せと命じられております」
「あと三十分待ってもらえると嬉しいんだけど」
「陛下は『できることなら命を奪うな』と仰せでございました」
「へぇ。事と次第によってはわたしを殺してもお咎めなしってわけ?」
「『できることなら』素直に従っていただければ、と」
 周りを固める男達が、ずい、と囲みを縮めた。わたしは退こうにも退く場所が残されていない。
「ここまで追いかけるだけでもずいぶんと苦労させられました。王女殿下は……ふふ」
 何よその笑い方。
「痕跡を消されるのがお上手なようで。平民の扮装も板についておられます。その辺の町娘と見間違えてしまいそう」
 包囲の輪がじわじわと小さくなっている。女の顔に蹴りをいれてやりたいけど、どうやらそうもいかないみたいね。
 炭化した串焼きを口にくわえ、返す手で首にかけていたタオルを取り、逆手でナイフを抜き取った。
 小さくなり続けていた包囲の輪がピタリと静止した。

「……どうかご自愛を。三十余名のメイジ殺し相手に大立ち回りは感心できません」
「悪いわね。他人から頼まれ事をされるって嫌いなの。特にスキルニルの頼みはね」
 黒ローブに覆われうかがい知れない女の表情が凍りついた……ような気がした。
「気づかれていたのですか?」
「誰一人としてまともな人間の匂いがしないんですもの。それにしても凄いわね、並のメイジならせいぜい数体が作るのが関の山ってところでしょう?」
 カステルモールが八体作ったところで気絶したことを思い出す。結局それが最多記録だった。
「ならばご理解いただけましょう。こちらとしても無用な剣を振るいたくありません」
 この馬鹿まだ気づいていないらしい。そりゃわたしの耳は特別製ですけどね。いくらなんでも愚鈍が過ぎるんじゃなくて?
「心配する必要はないわよ」
 摺り足で一歩踏み出した。それに合わせ、スキルニルの包囲網が一歩後退する。
「何も一人で挑もうってわけじゃないから。ほら、聞こえるでしょう」
 女の口元、唯一表に出している顔の一部分に困惑が浮かんだ。こいつ、まだ聞こえていなかったのか。
「年齢のせいで耳が遠くなったの? お気の毒ね。もっと注意してお聞きなさい」
「何を……」

 風を切って飛来する音が聞こえる。獣臭い臭いが上空いっぱいに立ち込めている。羽ばたきで巻き起こる風を肌に感じた。
 そして、そんなものが瑣末に思えてしまうようなこの鳴き声。ああうるさいったらないわ。

 きゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅい
 きゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅい
 きゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅい
 きゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅい
 きゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゃいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅい
 きゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅい
 きゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅい
 きゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅい
 きゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅい
 きゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅい
 きゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅい
 きゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅい

「ば……かな……竜の群れッ!?」
 はい、正解。気づくのが遅すぎたみたいだけどね。
 この黒ローブ女は、ネズミを焼いて食べるためだけに火をおこしたと思っていたらしい。どれだけ侮られているんだか。
 覚えておきなさいスキルニル使い。世の中にはね、月も星もない夜闇の中で立ち昇る煙を見て、それを合図にすることができる怪物もいるのよ。

 地下水が片端から騎士や貴族を乗っ取って、そいつらに城のスキルニルを使い尽くさせ、作りも作ったりシルフィ軍団総勢二十三名内本物一名。
 この女がスキルニルを持ち出したりしなければもう少し残っていたかもしれないのに。そりゃこれだけいれば充分だけどさ。
 子供でも知ってるごく当たり前のこととして、メイジを殺せるからといって竜を殺せるというわけではない。
 シルフィが降りて、また飛ぶという一連の動作の中途で黒装束の男達が次々に打ち倒されていく。
 人間なんてもろいものね。慌てふためき、こちらへの警戒が疎かになった黒ローブ女の脾腹に一蹴りくれて、その反動でシルフィの足首にタオルを引っ掛けた。
「イ、イザベラさま! わたしが手加減できるのはここまででごっぶげっ……」
 行きがけの駄賃にナイフを投げてやったら今度こそ黙った。いくらスキルニルとはいえ、首にナイフ突き立てたまま話されても困るもの。
 ありがたく思いなさい。結構な高級品よ、それ。

「さあ飛べシルフィ! 全速前進!」
「きゅいっ! えらそうに指図しないでほしい!」
「地下水、お前もやるべきことをやるようにね! 裏切ったら承知しないよ!」
「そりゃもう。あの幽霊と離してくれれば何だってやってみせまさあ」
 背中に据え付けておいた自転車に跨り、黒焦げになった串焼きを前歯で削ぎとった。
 この苦味は大人の味ってやつかしら。決戦前の晩餐としちゃ悪くないわね。
 プッと串を吐き捨てる。吐き捨てた串と下に転がるスキルニルのメイジ殺し達が瞬く間に小さくなり、やがて見えなくなった。
 同時に城が景色の大半を占めるようになり、城門では二人の門番がだらしなくいびきをかいていた。よし、最高のタイミング。
 シルフィの群れは一つの弾丸になって城へと殺到し、わたしは勢いをつけて自転車のペダルを踏んだ。

 欠伸を噛み殺しながら受けた歴史の授業を思い出す。
 トゥールの戦いではガリア・トリステイン連合軍七千が実数五百のエルフ相手に辛くも勝利した。
 つまり、トリステインの弱卒が混じっていてさえ十四倍以上の戦力で挑めばエルフ相手でも勝利は可能ということになる。
 エルフ一匹対二十三匹の竜、インテリジェンスナイフ、幽霊、鬼畜者。メイジ三百に相当する大戦力ね。これなら勝負になる。

 ロープと杖を取り出し、背負い袋を投げ捨てた。旅のおともが散り散りになって眼下に落ちていく。もったいないけど重量は少しでも軽くしておかないと。
 自分の杖と一緒に右手のハンドルを握りこむ。籠から出した地下水と一緒に左手のハンドルを握りこむ。シャルロットの杖はロープで背中に結わえ付けた。
 ふふ、杖があれば働けるでしょう。囚われのお姫様扱いすると思ったら大間違いよ。脱出の際に散々こき使ってやるんだから覚悟しなさいシャルロット。

 先行したシルフィの体当たりで城壁にヒビが入った。
 二匹目、三匹目でヒビが広がり、四、五、六が一塊になって突撃し、石造りの城の一角がボロボロと崩れ、壁面に大きな穴が開いた。
 わたしはシルフィの尾から首にかけて自転車を走らせ、頭をジャンプ台にして宙をとんだ。シルフィのうめき声が聞こえたみたいだけど気にしない。
 自転車は夜空を駆け、穴をくぐり、絨毯に焦げ跡を描いて壁際で静止した。
 寝台に腰掛け、手元で本を開いていた寝巻き姿のシャルロットが大口を開けてこちらを見ている。
 いいわね、こいつのびっくり顔。何度見ても飽きるってことがないわ。
「さっさと準備なさい。ぼやぼやしているとおっそろしいエルフが来るわよ」
 隣室へと続く扉の鍵を開け……るのも面倒だから蹴破った。木屑と金具が飛び散り、ドアが斜めに傾いでぶらついている。

 ふうん。内装は悪くない。家具もちょっとした物ね。いたるところに前カーペー朝の調度品が置いてある。荷物が無ければ持って帰りたいくらい。
 でも大荷物があるからそういうわけにはいかない。荷物であるババアは寝台の上でのんきにグースカやっていた。
 薬か、それとも先住の魔法か。ほほほ、エルフの大将も暴れる中年女には手を焼いたみたいじゃないの。
 おかげでこっちはやりやすくなった。ババアを背負い、頑丈な麻のロープでぐるぐるに巻いた。これだけ縛っておけば大丈夫。
 シャルロットには馬鹿長い杖を放り投げ……なぁんであいつは寝巻きのままなのよ! わたしが用意しなさいって言ったのに!

「ちょっとシャルロット。お前ねえ」
「……なんのつもり」
 あん? わたしに聞いてるの? なんのつもり、ねぇ。ふふ。我を取り戻したシャルロットが疑いの眼差しをわたしに向けている。
 そうよねぇ。シルフィに頼まれただけでわたしが来るわけがないものねぇ。
 もちろんわたしにはわたしなりの理由があってやって来たのよ。お前に嫌がらせをしてやれるという立派な理由がね。
「さすがに勘がいいじゃないのさ。そうよ。わたしが無償でお前を助けに来るわけがないでしょう」
「……」
「わたしの言うことを聞くなら助けてあげる。聞けないっていうなら助けられないね。ババアともども一生涯引きこもってな」
「……わかった」
 くぅっくっくっく。いいわよいいわよたまらないわよその表情。
 無表情でいるおつもりなんでしょうけどね、唇を噛む力がこもっていたり、目元が冷たくなっていたりするのよね。
 鬼畜者として人間を研究してきたわたしの前で感情を押し隠そうだなんてチャンチャラおかしいわ。

「それじゃ、一つだけ」
 一つ。だけどそれはシャルロットにとって致命的ともいえる一つ。
 ここに来るまでシャルロットの嫌がりそうなことを延々と考え続けた。考えて考えて、頭の中が茹で上がるまで考え倒した。
 その結果、わたしは一つの結論に到達した。シャルロットが大嫌いなものはごく身近に、嫌というほど近いところにいたのよ。
 父親を謀殺し、母親を毒で狂わせ、無理難題を押し付けた挙句に砂漠の城へ閉じ込めた。こんな男がいたらどう思う? わたしならいたぶり殺してまだ飽き足らない。

 そう、シャルロットがもっとも大嫌いなものはわたしの父上だった。
 だけどシャルロットを父上に近づけては元の木阿弥で意味がない。ここは父上に近い存在を用意する必要がある。
 父上に近い存在……父上の血を色濃く受け継ぎ、上司として難しい仕事ばかりを押し付け、嫌がらせに腐心する。
 騎士や侍女達が見守る中で鬼畜道を発揮して大恥をかかせたこともあったし、足を踏み潰して腕をナイフで突き刺したこともあった。
 もはや言うをまたない。シャルロットは父上に次いでわたしのことを憎んでいるはず。そうなればやることは一つしかない。

 わたしはピンと張った人差し指をシャルロットの鼻先に突きつけて言ってやった。
「お前、わたしと友達になりなさい」


幕間



 城を守るはずの兵士達が一人残らず眠っていた。
 ある者は壁にもたれかかり、ある者は寝言をつぶやき、ある者は机に突っ伏し、ある者は童のようにヨダレを流す。中には大の字でイビキをかく豪傑もいた。
「クソッ! 何が起きているのだ! 何が!」
 兵士の一人を蹴り上げ、ミスコール男爵は廊下を駆けた。
 兵士達の酒や食事とは別のものをとっていたため彼は眠らなかったのだが、そのようなことは本人にも分からない。
 贅沢な食事はわき腹に贅肉をため、生え際を後退させ、兵士達からの人望を損なってきた。
 まさかそれが原因で、囚人の脱獄が行われる中一人覚醒していることになろうなどとは、神ならぬ身で知る由も無い。

 何か異常が起きたことだけはよく分かり、それが分かるということが何も分からないことより恐ろしい。
 囚人親子の部屋からは壁を打ち壊すごとき轟音が響いてくる。彼が受けた命を考えれば、そちらへ向かう以外に選択肢は無いのだが、到底そんな気にはなれない。
 彼は走った。向かうべき部屋とは逆方向に向かいひた走った。
 そもそも囚人の警護役は別にいる。襲撃者が何者かは知らないが、エルフをぶつけてやればそれでいい。
 エルフで撃退できないような相手であれば、自分にも手を出してみようがない。
 そうなれば責任の所在はエルフにある。断じて自分のせいではない。責められる理由は何一つ無い。
 我田引水の極みといった責任逃れに頭をめぐらせ、彼は息を切らせてただ走った。
 心臓が早鐘を打ち、足腰が悲鳴をあげているが、それにかかずらっている場合ではない。
 書庫の前を通り、兵士溜まりの中を抜け、ホールに出たところでようやく目的の人物――この場合はエルフだが――を発見した。

「ビダーシャル卿!」
 つばの広い羽帽子、薄手のローブ、全体的にゆったりとした異国風の服、腰まで伸びた金色の髪、何よりも鋭角に伸びた長い耳。
 彼の知るビダーシャル以外の何者でもないはずだが、エルフは大階段から下を見下ろしたまま動こうとしない。
「ビダーシャル卿! ぞ、ぞ、賊が侵入しました! いったい何をやっているのです!」
 エルフはただ階下を見下ろしているだけではなかった。階下を鋭く睨みつけていた。
 ミスコール男爵の知るビダーシャルは、このように感情を表に出すような性質を持っていない。
 エルフ全般がそうなのか、ビダーシャル個人の性格なのかは知らないが、何が起ころうと超然と構え、涼しげな顔で受け流す。
 その態度で、所作で、雰囲気で、底知れぬ恐ろしさと、その恐ろしい存在が味方であることの頼もしさを感じさせる。
 そんなビダーシャルが感情をむき出しにして階段の下を睨みつけていた。だが、そちらへ目をやっても何もいない。何も見えない。
「何をして……」
「黙れ」
 たったの一言だったが、ミスコール男爵はそれ以上言葉を継ぐことができず、それどころか立っていることすらかなわず、倒れようとする体を支えるため手すりにしがみついた。
 原因は分からないがビダーシャルは極度の緊張状態にある。賊と無関係ではあるまい。
 このエルフをここまで追い詰める何かが階段の下にはある、ということだ。
 ミスコール男爵は我が身と神を呪った。娯楽一つ無い砂漠にまでつかわされ、なぜこのような目に合わなければならないのか。



 ミスコール男爵の眼には見えなかったが、ビダーシャルはその姿をはっきりと捉えていた。
 かつてエルフ達が悪魔と呼んだ存在が、無害を装い、どこにでもいるような人間の少女の姿をとってそこにいた。
「世界を汚した悪魔の下僕……否、悪魔そのものか」
「あのね」
「王女の相手をせよ、と言われた時は何事かと思ったが……」
「そうじゃなくてね」
「悪魔の助力を得てジョゼフの脅威になったというわけか」
「ボクのお話聞いてますか?」
「もはや蛮人の内紛ではすまされんな。我が戦う理由も過分にある」
「どう言えばいいのかなー」
「我らエルフ、たとえ血の一滴、髪の一本まで食い尽くされたとしても……」
「そんなの食べないって……」
「我はネフテスのビダーシャル! 貴様ら悪魔に負けはせん!」

「お姉ちゃん……ボクってやっぱり誤解されやすい気がする……」



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