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鬼哭街 > Zero-5 V

V/

 かつての錬兵場を後にした濤羅の心境は果てしなく暗い。
 戦いながら勁を練ることはできた。ワルドとの真剣さながらの試合の中、左手から体の
コントロールを奪い返し、気脈を通じる内家の法を取り戻したのだ。だが、それは綱、否、
か細い糸の上に成り立ったあまりにも不出来なものでしかない。濤羅が全盛であった頃の
七割にも満たないだろう。
 確かに死に瀕した今の濤羅が十全の力を発揮するのは難しい。それがわかっていてなお、
濤羅はこの左手が煩わしくてたまらない。いっそ切り落としてしまいたいほどに。
 忘れたはずの悔恨が胸を焼き——そして周りに誰の気配もないことを悟ると、その激情
を吐き出すように咳き込んだ。血とは思えぬ程どす黒く変色した吐血の飛沫が地面を汚す。
膝を負った濤羅の体が細かく揺れ、力なく抜け落ちた倭刀が地面とぶつかり、乾いた音を
響かせるが、その音が濤羅に届くことはない。濤羅が聞こえるのは、轟々と耳元を流れる
血液と、罅割れた笛のような呼吸の音のみ。
 臓物を内から裂かれるような激痛に耐えながら、その乱れた血流と呼吸を必死になって
調息で整える。血に濡れた己が手を胡乱に見つめながら、濤羅は思う。
 もう死んでしまってもかまわないのではないか。
 そんな迂闊な思いを抱いてしまったせいか、濤羅の呼吸に致命的なまでの乱れが生じる。
致命的なまでの乱れが。そう、綱渡りを言うのであれば、彼の生の方がよほど危うい。
 死に傾いた濤羅の心ではバランスを取り直す暇もあらず意識を失い——

 玲々たる玉の音が濤羅の耳に届いた。

 霧がかかったかのように茫洋としていた濤羅の意識が、正しく正常を取り戻す。決して
覚めやらぬ眠りを打ち消すかのように鳴り響いた鈴の音の出所は濤羅の胸の中。
 服の上からそっと撫でれば、固い円環の縁取りが指先に伝わる。我知らず、濤羅はその
感触を確かめるようにその縁取りをなぞっていた。何度も、何度も。
 気付けば、内傷の痛みは治まっていた。濤羅が身に修めた呼吸法は、既に意識の埒外に
すらある。呆けているうちに、体のほうが自然とその呼吸を始めていたのだ。
 だが、真実濤羅の命を救ったのは、内家の呼吸法でも、それを無意識の内に可能にする
ほど積み重ねてきた修練でもない。
 懐にある銀の腕輪。安物でしかないそれが、濤羅の命を、心を救ったのだ。

 瑞麗——その名を呼ぶ。声に出して呼ぶほどに強くはない。ただ喉だけを震わせて——

 先ほどとはまた違う胸の奥の痛みを持て余して、濤羅は深く息を吐いた。こうしてただ
座っているだけでは、心に澱のようなものが溜まる一方だ。
 横目で周囲を見渡し傍らに落ちた倭刀を視界に納めると、濤羅は柄ではなく鞘を握って
立ち上がった。幸い、刀身に直接繋がらぬところを持てば紋章の効果が表れないことは、
広場からこの宿の死角に来るまでに実証済みだった。
 壁にもたれかかると、残る片手で顔を覆う。いくら内家剣法とはいえ、兇刃を振るい続
けた濤羅の掌は硬い。
 ましてその手は『紫電掌』
 いくつもの命を奪った悔恨と罪悪、その重さを寄る辺にして、濤羅は己の感情を沈めた。
それ以外に、心を落ち着かせる術を今の濤羅は持ち合わせてしなかった。

 だから濤羅は気付かない。己を罪人と断じるその姿勢が、ただの逃げでしかないことに。
 罪には罰を。では、罰を与えるのは誰なのか。罪人が自分で罰を与えたところで、その
罪は本当に償えるのか。
 今の濤羅は、罪の在処に逃げ込み、下される罰を避けているだけだ。
 そうして己を軽んじ、断罪すればするほど、刃が欠けるようにきっと何かが毀れてく。
その果てにいつかは折れてしまうだろう。
 今一度、焼いて刃を鍛えなおさぬ限り。

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