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封仙娘娘異世界編 零の雷 第四章 その二

 三


世の中というのはかくも不平等に出来ているものか。
衛士は大きな溜息をついた。
我々が夜を徹して警備に勤しむ中、親愛なる旦那様はいい女とお楽しみ中、と。
まぁ、それで給金を貰っている以上、文句を言っても仕方のないことなのだが……
……しかし夜風が身にしみる。せめて屋内担当だったらまだ暖房が効いているのに。
それでいて外と中で給金が同じというのは、まったくもって納得がいかない。
「なぁ……そう思うだろ、あんたも?」
近くに立つ同僚に声を掛ける。
……返事がない。
元々愛想の良い奴ではなかったが、声を掛ければ返事くらいは寄越すはずだが……聞こえていないのか?
「おい」
唐突に同僚の身体が揺れ、その場に倒れた。
「! おい、どうした!?」
カタリ。
仲間の元へ駆け寄ろうとしたところで、背後から微かな物音。
咄嗟に振り向くと、目前に覆面を被った人間が立っていた。
「賊――!?」
仮にも戦闘訓練を受けている身。突然現れた敵にも冷静に対処する。
すぐさま槍を構え、目の前の賊に突き付ける。

賊は動じた様子もなく、無言で手に持った小壜から中の液体を振りかけた。

甘い香りが衛士を包む。
咄嗟に鼻と口を押さえるが、時既に遅し。
視界はぼやけ、意識が薄れてゆく。
衛士は力を振り絞り、敵の覆面を剥ぎ――そのまま倒れた。

覆面の下にあったのは、青銅の兜だった。
兜だけではない。鎧、籠手、具足、そしてその中の骨格さえも。
全てが青銅で出来ていた。
青銅のゴーレム。――すなわち、賊の正体は『ワルキューレ』である。

 *

「四号及び五号、コンプリート。これで屋外の敵は全て無力化、と」
伯爵家の敷地の隅の藪の陰。丁度警備の死角となる場所。
地面に掘られた穴からひょっこりと顔を出す覆面の男。その右手には造花の薔薇。左手には一振りの刀。
目の前のゴーレムに薔薇を突き付けると、ゴーレムはまた元の姿――花びらへと戻り、薔薇の中に収まった。
『どうだい! これが僕の本気さぁ!』
男――ギーシュが心を通じて刀に呼びかけた。
『……半分以上は俺が発案したんだがな』
刀――殷雷刀が突っ込む。

ギーシュの使い魔が穴を掘り、地中から敷地内に潜入。
『ワルキューレ』を操り、衛士に気配を悟られず接近。
そしてモンモランシー謹製の、催眠成分入りの香水でそれらを無力化。
その間、彼らはこの場を一歩も動いてはいない。

……ギーシュ自身の手柄はワルキューレの部分だけで、それも別に必ずしも使わなくて良かった、
などと言ってしまうのは少々意地悪がすぎるだろうか。
まぁそれでも、彼の助力無くしてここまで順調に事は進まなかった、と言うのは間違いない。
ギーシュの脇から、巨大なモグラが顔を出した。
功労者の一人――いや一頭。ギーシュの使い魔、ヴェルダンデである。
ヴェルダンデは興奮気味に鼻を鳴らしつつ、周囲を見渡している。
「もしかしたら騒がしくなるかもしれない。ヴェルダンデ、君はここで大人しくしてるんだぞ?」
ギーシュが言うと、巨大モグラは大人しく頭を引っ込めた。
使い魔と主人の正しい姿である。
『……それに引き替え、ウチのご主人様は何やってんだかな』
この位置からでは確認できないが、目の前の屋敷の中にルイズが居るのは間違いない。
『ルイズはあれでも公爵家の娘だ。そう悪いようにはされてない……と思うけどね』
……相手は稀代の助平人間であるモット伯なので、断言は出来ないが。
女を傷物にせずに手込めにする方法も、彼なら熟知しているだろう。
『いや、さすがに今朝連れてきて今夜いきなりってことはない……んじゃないかな』
『やけに歯切れが悪いな』
『まぁ……なにせ好色一代男だから』
何にしても、ここで考えていても埒があかない。しばらくすれば、縛り上げてある衛士たちが目を覚ましてしまうかもしれない。
『とにかく、行くぞ。冷静に、敏速に、隠密にな』
左右に動く人影がないことを確認し、ギーシュはゆっくりと立ち上がる。
そして、素早く建物の壁に張り付く――

――キュイィィィィィィ!!

突如、上空から響く甲高い鳴き声。風を切る音。

――そして、舞い降りる巨体。

凄まじい速度で降下してきた『それ』は、地面スレスレで急停止した。
巨大な翼。瞳。牙。角。爪。尻尾。それはまさしく――
『……ツバサオオトカゲ?』
『な、何言ってるんだい。竜だよ、竜! ドラゴン!!』
……やっぱりそうか。
その姿は殷雷の知る龍とは大分異なってはいたが、言われてみれば確かにそうも見える。
竜は甲高い雄叫びを上げると、再び空へと舞い上がっていった。
『……そういえば、使い魔のドラゴンが居なくなったとか何とか誰かが言ってたような気が』
『先に言え! くそっ、どこまでも面倒な!』
おそらく、この竜はメスなのだろう。
蜂引笛で魅了できるのは人間だけではない。
先にも述べたが、その対象は『無差別にして無条件』。
猛獣、幻獣の類すら例外ではないのだ。

翼が突風を巻き起こし、カマイタチが屋敷を削る。
爪が空を切り裂き、吐息が大地をえぐる。

その苛烈にして豪速の連続攻撃を、殷雷は躱すので精一杯だった。
一撃でも受ければ、致命傷は免れない。
それにつけてもこの動きはあまりにも異常だ。
六メイルを超える巨体が自由落下してきたかと思えば、そのまま速度を落とさず水平飛行に移り、
さらにこれまた同じ速度のまま、今度は急上昇。
これらの動作を間断なく行っているのだ。

「お、お、おかしいよ! これは!? 幾らドラゴンだからって無茶苦茶だ!!
 学園にこんな使い魔が居たなんて話、聞いてないぞ!?」
ギーシュが悲鳴を上げる。
……確かに、物理法則も何もあったものではない。
ギーシュが身を捻るたびに、敷地内は破壊されてゆく。
天から見下ろされては、屋敷の陰に隠れることもままならない。

――ひとつ、殷雷には気になる物があった。
『……あの足環、まさか……』
竜の右後ろ足に着けられた銀色の環。それには見覚えがあった。
大きさは合わないが、形、色は彼の記憶と一致する。
ありえない。ありえないはずだが……
『まさか、界転翼か……!?』
『か、回転……何?』

界転翼。かつて戦った、猛禽類の能力を強化する足環の宝貝の名。

『猛禽類って……鷹とか鷲のことだろ? 竜じゃないか!?』
そう。強化できるのは猛禽類に限る。それ以外のモノが身に付けても効果はない。
――その、はずだった。
ありえない。おかしい。矛盾している。いや、界転翼だけではない。
……実を言うと、蜂引笛についても致命的に引っ掛かる点がある。

が、今は目の前の状況を片付けるのが先だ。
既に庭は荒れ放題で、眠らせた衛士達に死者が出ていないのが不思議なくらいだった。
……一応、相手もその辺りは気を使っているのかもしれない。
とてもそうは見えないが。
「こんな相手と長々戦っていられるか……少しばかり荒っぽい手で終わらせてもらうぞ!」
殷雷はギーシュの声でそう叫ぶと、懐から小さな白い玉を取り出した。
『そ、そんな飴玉で何が出来るんだ!?』
ただの飴玉である。――少なくとも、外見上は。
『あ、ぶつけて目を潰すとか?』
『……潰せたところで状況が好転するとは思えんな。飴玉の使い道なんぞ、一つしかあるまい』

ギーシュが動きを止めたのを見て、竜はとどめを刺すべく急降下を仕掛けた。
爪か、翼か、それとも吐息で来るか。
……何でも良い。どうせすることに大した違いはない。
ギーシュの眼前で竜は大きな口を開け、牙を剥いた。
噛み付きか? 吐息か?

――どちらでも構わん!

竜の口の奥に飴玉を放り込む。

ギーシュは横に転がって身を躱し、とどめを刺し損なった竜は再び宙へと舞い上がる。
「……やれやれだ」
殷雷は大きく息を吐いた。
いらぬ所で時間を食ってしまった。この騒ぎは間違いなく屋敷内にも伝わっているだろう。
『え、終わり? ……何で?』
殷雷によって身体を操られた当人であるにも関わらず、ギーシュには状況が理解できなかった。
竜は未だ上空を飛び回っている。まだ何も終わっていないのではないか?
『今、何をしたんだい?』
『見ての通り、いや、やっての通りか。飴玉を飲ませただけだ。

 ……九鷲特製の、魂沌酒を練り込んだ奴をな』

キュィアアアアアアア!!

竜の鳴き声が変わった。先ほどまでと比べて、明らかに獣じみている。
「魂沌酒は、飲んだ者に強大な力を与えるとともに、理性を吹き飛ばして野獣へと変える。
 そう長い時間じゃない。……まぁ、飴玉に含まれる程度の量なら、せいぜい十秒か二十秒か」
……確証はないが。
『時間が来れば、ブッ倒れて意識を失う。
 それまでひたすら逃げ回れば、ひとまずは勝ちだ』
『……逃げ切れなかったら?』
『死ぬだけだ』
『ちょっ!?』
殷雷は、この飴玉を貰った時の九鷲の言葉を思い出していた。

――ちょっとした工夫をしてみたわけ。

ちょっとした工夫。何と不吉な言葉であろうか。この言葉にはロクな思い出がない。
そしてこの出来事も、『ロクでもない思い出』として記憶に残ることだろう。
さあ、あと十六秒。

完全に暴走状態の竜が、頭上に迫る。

――あいつ、少し龍華に似てきたな。

殷雷の頭に浮かぶのは、そんな場違いな考えだった。

 *

……さて。
まだ屋敷内にすら侵入できていないにも関わらず、予想外に手間取ってしまった。
モット伯はもう逃げ出してしまっただろうか?
――いや、竜が暴れ回る外よりは、屋敷内の方が安全か。
内部の構造は不明だが、人が住んでいる以上そう非常識な造りにはなっていまい。
『こうまで派手にやっちゃった訳だし、いっそ正面から突入するのも手かなぁ』
すこぶる疲れた様子のギーシュ。
先ほどまで大暴れしていた竜は、庭――と言うかかつて庭であった場所――に陣取って、大きないびきをかいて爆睡中。
出来れば、こいつが再び目覚める前に片を付けたいところだ。
『いや、複数の入口から同時にお前の人形を踏み込ませて、その隙に窓から――』

ガラッ。

「あ」
「あ」

唐突に窓が開き、そこから顔を出した人物と目が合ってしまった。

「へ……変態!」
「せめて泥棒と言え!!」
……ルイズだった。
「……って、その声、もしかしてギーシュ!?」
二秒でバレた。

「ギーシュあんた、こんな所で何やってんのよ……まさかこの騒ぎ、あんたの仕業?」
「ち、違うぞ。私は、ええと。愛の……いや薔薇の」
しどろもどろのギーシュに代わり、殷雷が代わりに突っ込んだ。
「何やってんのはこっちの台詞だ。お前こそ何故こんな所にいる」
突然変わったギーシュの口調に少々驚いたようだが、すぐに殷雷刀の存在に気づく。
「インライまでいたの……伯爵の屋敷を襲撃するなんて、何考えてんのよあんたら……」
誰のせいだと思っているのだ。
「質問に答えろ。何故、お前が、ここに居るんだ」
聞き慣れぬギーシュの強い語調にルイズはたじろぐ。
「え、ええと……そう! 公爵家の娘として、モット伯から学びたいことがたくさんあったのよ!
 別におかしい事じゃないでしょ!?」
「それならそれで、使い魔や級友に対して書き置きなり言伝なり残すのが筋というものだろうが」
「ううう」
ルイズは、一つのものに入れ込むと周りが見えなくなる気質なのだろう。
大きく息を吐き、後を続ける。
「お前が誰に惚れようが勝手だがな。最低限やるべき事はやってもらわないと、迷惑が――」
「な、な、な、何言ってんのよ! 誰が誰に惚れてるって!? 馬鹿言ってんじゃないわよ!!」
全力で否定された。
「だ、誰があんな、スケベで、金持ちなだけの、ヒゲの……その……か、勘違いするんじゃないわよ!!」
口ではそう言っていても、真っ赤な顔で説得力ゼロのルイズ。
『こういう形の愛もあるんだねぇ。いやぁ面白い。参考になる』
『……俺にはよく分からん』
将来こいつの恋人になる男は苦労するだろうな、というのだけは分かった。
「……ま、認めなきゃ認めないでかまわん。上がらせてもらうぞ」
「ちょ、ちょっと!」
と、窓枠に足を掛けたところで。

コンコン。

「ルイズ嬢。お怪我はありませんかな?」
扉を叩く音と、中を伺う声。
その声の主は――
『――モット伯だ』
と、ギーシュ。
好機到来。相手の方から近づいてきたのなら、さっさと目当ての物を奪ってしまえばいい。
窓から屋敷内に侵入、室内を横切り扉に手を掛けて、
「やらせない!!」
――突然の爆発に、扉ごと吹っ飛ばされた。

「な、な、何だ!?」
突然扉が吹っ飛んで向かいの廊下に叩きつけられ、しかもそこに謎の覆面男が張り付いていたのだ。
モット伯が驚くのも当然だろう。
ルイズがいきなり実力行使に出るのは予想外だったが、モット伯との距離を縮めるのには成功した。
――が、爆発の第二波が殷雷の追撃を阻止する。
「逃げて下さい、モット伯! 賊は、私が始末します!!」
部屋の中からルイズの声。モット伯は素直に従った。
「くそ、逃がさ――」
「逃がさない!!」
――第三波。

それにしてもこの爆発、かなりの威力だ。
皆はこれを『失敗魔法』と呼ぶが、素直に火の玉や突風を起こされるより余程質が悪いのではないか?

ルイズの攻撃を躱しつつ、モット伯を追う。
優れたメイジだからかどうかは不明だが、モット伯の逃げ足は意外なほど速かった。
そういえば、屋敷内に入ってから衛士を一人も見かけない。
最初から居ないのか、それとも全員逃げたか。

――大広間に出て、モット伯は足を止めた。
「観念したか? さっさと宝貝を渡してもらおうか」
しかし伯爵の表情にはまだ余裕がある。
「パオペー? 貴様、パオペーの事を知っているのか。
 ……もしや、お前が噂の『土くれのフーケ』か?」
土くれのフーケ。殷雷には聞き覚えのない名前だったが、ギーシュが教えてくれた。
『最近、貴族たちを狙って暴れてる怪盗だよ。僕らをそいつと勘違いしてるみたいだけど……どうする?』
向こうが油断してくれていた方が、こちらとしてはやりやすい。
「いいや。お前のお宝をフーケが狙ってるって噂を聞いたんでね。
 お先にいただいてしまおうと思ったのさ」
わざと小物っぽく振る舞うのも一つの策である。
「ほれ、さっさと宝貝をよこせ」
モット伯は余裕の表情だ。
「勘違いするなよ、コソ泥が。
 私が此処まで移動したのは、単に廊下では狭すぎたからだ。
 この『波濤のモット』の力、存分に目に焼き付けろ」
悠然と杖を構える。
はったりではない。この自信は実力に裏付けられた物だ。
と、緊迫した空気が流れたところで、ルイズが割り込んだ。

「ぜぇ……ま、待って。はぁ、はぁ。こいつは、私が」
……魔法を連発しながら走っていたため、息も絶え絶えである。
「しかしだな、ルイズ嬢」
「……お願いします」
「……では、無理はせぬように」
そう言って、数歩後ろに下がった。
杖の構えは解かない。やはりそう簡単に隙を見せる相手ではない。

ギーシュとルイズが対峙する。
その構図はいつぞやの『決闘』を思い起こさせた。
ただ一つあの時と違うのは、殷雷刀を握っているのがルイズではなくギーシュであること。
ギーシュは、相手にだけ聞こえる小声で言った。それは殷雷刀の言葉だった。
「……言っても信じないだろうが、お前のその恋心はモット伯が持ってる宝貝によって植え付けられた物だ。
 本当の気持ちではない」
「だ、だから恋とかそんなんじゃ……ああもう!
 ……で、それが本当だとして、あんたらはどうしたいわけ?」
「もちろん奪って、お前を正気に戻す。正確にはお前だけじゃないが」
「……そうなったら、私のこの気持ちも消えちゃうの?」
「当然」
「じゃあ、絶対に渡せない!!」
「……だと思ったよ」
頑固な娘である。
ルイズは杖を構え、ギーシュも空いた方の手で造花の薔薇を取り出す。
今度はルイズが話しかけてきた。
「……さっさと降参すれば、今ならまだ許してあげなくもないわよ。
 モット伯にもあんたらの正体は黙っていてあげる」
「冗談」
「……だと思ったわ」

二人の呪文は同時に完成した。

「ファイヤーボール!」
「『ワルキューレ』!」

爆発がギーシュを襲う。
……爆煙が晴れると、三体のゴーレムがバランスを崩し、倒れるのが見えた。
残り三体と、その向こうのギーシュは平然と立っている。
ルイズは舌打ちする。

――六体?

破壊されたゴーレムと、立っているゴーレム。計六体。
ギーシュの手の薔薇には、花びらは一枚も残っていない。
確か、ギーシュのゴーレムは全部で七体――

「はい、ご苦労様」
覆面の向こうでギーシュが笑う。その声は彼自身のものだった。

――ギーシュの手から、殷雷刀が消えている。

「後ろだ!!」
背後からモット伯の声。だが、振り向く前にルイズは意識を失い、倒れた。

殷雷刀を持った七体目の『ワルキューレ』が、香水を浴びせかけたのだ。

 *

『……人間以外の体も操れるもんだな。初めてやったが』
ワルキューレの一体に殷雷刀を握らせ、爆発のどさくさに紛れて回り込む。
遠くから見ればどうということはないが、間近にいたルイズには認識できなかったのだ。
殷雷刀を握る『ワルキューレ』の左手は淡く輝いていた。
モンモランシーからもらった香水は今ので使い切ってしまったが、問題はない。
残るはモット伯ただ一人。
「さて。四対一……いや、五対一かな? 大人しくパオペーを渡してくれれば、危害は加えないよ」
先頭の『ワルキューレ』が、殷雷刀の切っ先をモット伯に向ける。
残る三体も各々の武器を構える。
幾らモット伯が優れたメイジでも、この戦力差は覆せまい。

――だが、モット伯は余裕の笑みを浮かべるばかり。
そして、その口から紡ぎ出されたのは意外な言葉だった。
「私は、いつも孤独だった」
訝しむギーシュたちに構わず、後を続ける。
「私は金に物を言わせて、多くの女を手に入れてきた。
 逆らう者などいようはずもない。
 だが、女達はこの私に身体は許しても、決して心までは許そうとしなかった。
 地位、名誉、金、力。私は全てを持っている。
 にも関わらず、心だけはどうしても手に入れることが出来ない。
 私は、孤独だった……」
モット伯の顔が凶悪な笑みに歪む。
「『金で心は買えない』などとはよく言ったものだ。
 ――だがな。
 パオペーでなら買えるのだ! 世の中というのは上手くできているものだなぁ!!」
伯爵は高らかに笑い、杖を放り捨てた。
そして懐から紅色の笛を取り出す。
「ルイズ嬢はよくやってくれたよ。
 お前たちは、彼女が何の役にも立たずに倒れたように見えただろうが、そうではない。
 彼女のお陰で、私は良い物を見ることが出来たよ。

            ・ ・ ・ ・
 お前のその――女性型のゴーレムをな!!」

――しまった!
モット伯は蜂引笛に口を付けようとしている。
殷雷刀のゴーレムは即座に背後を振り向いた。
『ギーシュ! 人形を引っ込めろ!!』
駄目だ。『ワルキューレ』は声を出せるようには出来ていない。
ならば笛の方を――

『ワルキューレ』はモット伯めがけて駆ける。
――が、意外な人物にそれを阻まれた。
「ジュール様を、傷つけさせません!」
メイドの少女が両手を広げて立ち塞がる。――シエスタだ。
『くそ、こんなところで!』

ビィビョロビャビラリィ。

そして、虫の羽音のごとき笛の音が広間に響き渡る。
殷雷刀のワルキューレががくりと膝を付いた。
「どうした、ワルキュー……ぐへっ」
ギーシュの目前のワルキューレは、左右から主人の腕を掴み、地面に組み伏せた。
『そんな、馬鹿な……』

――異性でさえあれば、あとは無差別にして無条件。

ギーシュのゴーレム、『ワルキューレ』は確かに女性型だ。
ただしそれはあくまで表面的な装飾のみであり、中身は一般的なゴーレムと一切変わらない。
だが、蜂引笛は『彼女』たちを魅了した。ただの青銅の塊である『ワルキューレ』たちを。
蜂引笛の効果が無機物にまで及ぶとは、流石の殷雷も予想外だった。
『予想外、予想外……! くそっ、最近こんなのばっかりだ!!』
殷雷は必死で抵抗するが、『ワルキューレ』の手足は全く言うことを聞かない。

モット伯は驚いていた。
これまでの相手は全く抵抗する素振りもなく易々と魅了できていたのに。
目の前の何の変哲もないゴーレムだけが例外だとでも言うのか。
だが、効いていない訳ではない。確かに苦しんでいる。
モット伯は息を強め、駄目押しの曲を奏でる。
仮にも宝貝の笛。使用者が望む限り、幾らでも奏で続けることが出来るのだ。
長期戦では殷雷たちに勝ち目はない。

『くそったれめ……』
ここで屈してしまったら、自分はどうなる? ルイズは? ギーシュは? シエスタは?
……女性陣は無事かも知れない。自分も、『ワルキューレ』から解放さえされれば自由の身に戻れる。
だが、ギーシュはどうなる?
彼がグラモン元帥の息子であることを明かせば……駄目だ。
それを証明できる人間は今、催眠香水で夢の中。
たとえ証明できたところで、己を脅かす敵の存在をモット伯は許さないだろう。
……秘密裏に始末されるのが関の山か。
元々ギーシュが今回の件に首を突っ込む利点はない。
決闘で恥をかかせないでくれた借りを返すため?
……そんなもの、いつでも返せた。こんな危ない橋を渡る必要は何処にもない。
せめて、ギーシュだけでも助けてやらねば。

屈する訳にはいかない。

――その時。
笛の音が消えた。
笛だけではない。風の音。虫の声。全ての音が消えた。

モット伯の目が驚愕に見開かれ、思わず口を離してしまう。

再び、世界に音が戻る。
風に乗って、かすかに声が聞こえたような気がした。

――足環は、後で返す。

それが誰の声かは分からなかったが、考えるのは後回しだ。
モット伯は慌てて笛に口を付けようとするが、遅い。
ワルキューレは雷光の速度で立ち上がる。
シエスタの脇をすり抜け、モット伯の手から蜂引笛を奪い取った。
ついでに回し蹴りも食らわせておく。
……モット伯は昏倒した。

これでようやく、永い夜が終わる――

 *

ビャララリビャロルゥビャラ。

相変わらずの怪音。強力なのは認めるが、この音はどうにかならないものだろうか?
シエスタは蜂引笛から口を離した。彼女の小脇には殷雷刀が抱えられている。
「――では、モット伯。この宣誓書に署名をお願いします」
テーブルの上に置かれた紙切れには、以下のように書かれていた。

『わたくしは二度と宝貝を悪用致しません。
 また、ご迷惑をかけた女性たちに深くお詫びを申し上げます。
 女遊びは控えます。
 シエスタには手を出しません。
 あと、壊れた屋敷の修理代も請求しません』

概ねこのような感じ。
……後半になるに連れて文章がヤケクソ気味になっているのは気のせいだろうか?
モット伯は憔悴しきった表情でうなだれていたが、ゆっくりとペンを取り紙に文字を走らせた。

『ジュール・ド・モッ

――と、ここで止まった。
「……どうしたんですか? あと少しですよ」
モット伯の手が震えている。
彼は声を絞り出した。
「駄目だ……この宣誓書には、サイン出来ない」
殷雷刀が跳ねる。
『馬鹿な! 宝貝の力に逆らったというのか!?』
蜂引笛の威力は殷雷が身をもって知っている。
あの音色を聞いた以上、今のモット伯がシエスタに逆らえるはずがない。

モット伯はおもむろにシエスタの腕を掴み、すがりつく。
その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
「行かないでくれシエスタ! 私にはお前が必要なんだ!
 愛している! 愛してるんだよシエスタ!
 頼む、私の財産の全てをやってもいい!!
 だから私を捨てないでくれえええぇぇぇぇぇ!!」

……そうだった。正確には、蜂引笛に『異性を操る力』は無い。
ただ、『絶対的な恋心を植え付ける』こと。それが力の全て。

その対象から引き離そうというのだから、抵抗しない訳がない。
これを説得するのは、並大抵の労力では不可能だろう。

『……どうしましょう?』
『……どうしたもんかなぁ』


永い夜は、まだまだ終わりそうにない――

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