学院の教室。一施設の設備としては広大な部類に入る。
そのまま教室に入ると一斉に視線を浴びる2人。
不思議に思い考え込む霧亥。周りをにらみ返すルイズ。
しばらくすると霧亥の興味は、見たことの無い生物に向けられる事になった。
中年の女性が教室に入ってくる。挨拶もそこそこに、彼女は使い魔について思うことを幾つか口にした。
その段になってまたルイズとクラスメートの諍いが起こる。近くの男によれば定番のやりとりらしい。
騒ぎが静まれば、今度はシュヴルーズ(中年の女性の名前だ)が魔法について講義を始めた。
霧亥にとってそれは幻想的な光景だった。もちろん余りに現実離れした、という意味で。
なにせこれだけの人間が一堂に会して、それなりに真面目に『魔法』なんてものについて語る。
ネットスフィアが混沌に沈む前までは残っていた、ありふれていた、現実だった筈の光景。
懐かしい、と思う自分がいることに気づいたのは、ルイズが壇上に立って現実を再認識した時だった。
「ミス・ヴァリエール。練金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」
「はい先生。私、やります」
力場が不確定要素により変化して不純物の塊を置換。次に、別のエネルギーが空間と対象の物体に干渉する。
それを認識してから0.5秒後に霧亥は空を飛んでいた。つまりルイズが魔法を行使して、石を机ごと吹き飛ばしたのだ。
「先生が倒れているぞ!」
「だからゼロのルイズに魔法を使わせるなって!」
「メチャクチャだ…誰か手を貸してくれ!」
さながらセーフガードに襲撃された集落を眺めているかのようであった。
その辺の地面に転がっている石を持ち上げれば、似たような状況を昆虫に見ることが出来るかもしれない。
つまり、パニックだ。
霧亥は『魔法』の存在を疑うことはしなかった。要するに理解できない未知の技術だろう、と納得していた。
しかしそんな中でルイズには心理的動揺が見られないこと、本人のダメージが少ない事に対しては驚かされていた。
いくつか理屈をもっともらしい分析で飾り付ければ、確かに彼女の状況を説明することは出来るだろう。
だけどそんなことを誰もしなかった。当の彼女自身でさえ、そんな理屈は必要としていなかった。
彼女の魔法は常に失敗するのだ、と誰かがぼやく。彼女もそれを認め、少し失敗したわ、と呟いた。
別室で老人が美女に蹴り飛ばされている頃、霧亥とルイズは2人で黙々と瓦礫の片付けを続けていた。
幸いにも生命活動を停止した生物はいなかった。ただ、ほんの少しの失敗で盛大に部屋が壊れただけである。
「私、魔法が成功しないのよ。だからゼロって呼ばれてるの」
「そうか」
それ以上、霧亥は何も言わず、ただ黙々と作業は続く。
霧亥は超構造体に無数に存在した建設者のことを思い出していた。
あとは作業が終了するまでの時間を概算し、タスクを解決するだけ。
ルイズも手伝ってくれているので、少しは早く終わるだろうか。
「ねえ、霧亥の世界に魔法は無かったの?」
「お前たちのような技術は無い」
「じゃあどうやって暮らしているの?」
「場所によって違う」
「…そう」
無事な机は元の位置に戻され、戻しようの無いほど壊れた机は適当に部屋の隅へ放り投げられる。
割れたガラス片はずた袋の中に纏められ、新しい窓を運び込む。煤で汚れた卓上を拭いて、元の位置に戻す。
所要時間89分。タスク完了。
「私、やっぱりダメなのかしら。満足に『錬金』もできないなんて」
ガゴン、と最後の机が元に戻る音がした。霧亥は手を止めて、こう答える。
「魔法そのものが使えないわけじゃない」
「私だって努力したわ!だけど何をやっても魔法使いらしいことは何一つできないのよ!」
「俺を転送したのは魔法じゃないのか」
「信じられないかもしれないけど、あんたが最初の成功だったのよ?次はコントラクト・サーヴァント。やった、と思った…」
そこまで言ったルイズの瞳から涙が流れていた。
「変わったと思ったのに!やっと魔法が使えるようになったと思ったのに!結果はこれ?どうしてなのよ!」
煤だらけのボロ布が空しく地面に叩きつけられた。
霧亥はそれを拾い上げ、ルイズを真っ直ぐに見つめて言う。
「お前は一瞬だが魔法に成功していた」
「……失敗してたのはわかってる、わ。嘘なんて、つかないで。そう、わかってるの…もういい…」
「練金の直後、別のエネルギーが流れ込んでいた」
「だって……詠唱は完璧、だったのよ……」
嗚咽が言葉を途切れ途切れにするのを聞きながら、霧亥は自分の理解できる事象に置き換えて説明を試みる。
「聞け。さっき見た限り『練金』というのを、机の交換を行うようなものと考えろ」
廃棄された机を掴み新しい机の前に立つ。ルイズは話を聞くつもりらしく黙った。
「これを交換するのが『錬金』だ。だが、さっきのお前の『錬金』は…」
机の間に立ち、両方を突き飛ばした。
「今の俺みたいに別の何かが邪魔をしている。だから吹き飛んだんだ」
机を元の位置に戻した霧亥を、ルイズは呆けたような表情で見つめていた。
そして彼女の内臓が空腹を主張したことで正気に戻った。ほんのりと頬に朱がさしている。
「……い、行くわよ」
「わかった」
不安定なドライバで動くハードウェアのような彼女に頷くと、霧亥も食堂に向かって歩き出した。
ほんの1歩だけ彼女が距離を縮めた事には特に気づかずに…。
そのまま教室に入ると一斉に視線を浴びる2人。
不思議に思い考え込む霧亥。周りをにらみ返すルイズ。
しばらくすると霧亥の興味は、見たことの無い生物に向けられる事になった。
中年の女性が教室に入ってくる。挨拶もそこそこに、彼女は使い魔について思うことを幾つか口にした。
その段になってまたルイズとクラスメートの諍いが起こる。近くの男によれば定番のやりとりらしい。
騒ぎが静まれば、今度はシュヴルーズ(中年の女性の名前だ)が魔法について講義を始めた。
霧亥にとってそれは幻想的な光景だった。もちろん余りに現実離れした、という意味で。
なにせこれだけの人間が一堂に会して、それなりに真面目に『魔法』なんてものについて語る。
ネットスフィアが混沌に沈む前までは残っていた、ありふれていた、現実だった筈の光景。
懐かしい、と思う自分がいることに気づいたのは、ルイズが壇上に立って現実を再認識した時だった。
「ミス・ヴァリエール。練金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」
「はい先生。私、やります」
力場が不確定要素により変化して不純物の塊を置換。次に、別のエネルギーが空間と対象の物体に干渉する。
それを認識してから0.5秒後に霧亥は空を飛んでいた。つまりルイズが魔法を行使して、石を机ごと吹き飛ばしたのだ。
「先生が倒れているぞ!」
「だからゼロのルイズに魔法を使わせるなって!」
「メチャクチャだ…誰か手を貸してくれ!」
さながらセーフガードに襲撃された集落を眺めているかのようであった。
その辺の地面に転がっている石を持ち上げれば、似たような状況を昆虫に見ることが出来るかもしれない。
つまり、パニックだ。
霧亥は『魔法』の存在を疑うことはしなかった。要するに理解できない未知の技術だろう、と納得していた。
しかしそんな中でルイズには心理的動揺が見られないこと、本人のダメージが少ない事に対しては驚かされていた。
いくつか理屈をもっともらしい分析で飾り付ければ、確かに彼女の状況を説明することは出来るだろう。
だけどそんなことを誰もしなかった。当の彼女自身でさえ、そんな理屈は必要としていなかった。
彼女の魔法は常に失敗するのだ、と誰かがぼやく。彼女もそれを認め、少し失敗したわ、と呟いた。
別室で老人が美女に蹴り飛ばされている頃、霧亥とルイズは2人で黙々と瓦礫の片付けを続けていた。
幸いにも生命活動を停止した生物はいなかった。ただ、ほんの少しの失敗で盛大に部屋が壊れただけである。
「私、魔法が成功しないのよ。だからゼロって呼ばれてるの」
「そうか」
それ以上、霧亥は何も言わず、ただ黙々と作業は続く。
霧亥は超構造体に無数に存在した建設者のことを思い出していた。
あとは作業が終了するまでの時間を概算し、タスクを解決するだけ。
ルイズも手伝ってくれているので、少しは早く終わるだろうか。
「ねえ、霧亥の世界に魔法は無かったの?」
「お前たちのような技術は無い」
「じゃあどうやって暮らしているの?」
「場所によって違う」
「…そう」
無事な机は元の位置に戻され、戻しようの無いほど壊れた机は適当に部屋の隅へ放り投げられる。
割れたガラス片はずた袋の中に纏められ、新しい窓を運び込む。煤で汚れた卓上を拭いて、元の位置に戻す。
所要時間89分。タスク完了。
「私、やっぱりダメなのかしら。満足に『錬金』もできないなんて」
ガゴン、と最後の机が元に戻る音がした。霧亥は手を止めて、こう答える。
「魔法そのものが使えないわけじゃない」
「私だって努力したわ!だけど何をやっても魔法使いらしいことは何一つできないのよ!」
「俺を転送したのは魔法じゃないのか」
「信じられないかもしれないけど、あんたが最初の成功だったのよ?次はコントラクト・サーヴァント。やった、と思った…」
そこまで言ったルイズの瞳から涙が流れていた。
「変わったと思ったのに!やっと魔法が使えるようになったと思ったのに!結果はこれ?どうしてなのよ!」
煤だらけのボロ布が空しく地面に叩きつけられた。
霧亥はそれを拾い上げ、ルイズを真っ直ぐに見つめて言う。
「お前は一瞬だが魔法に成功していた」
「……失敗してたのはわかってる、わ。嘘なんて、つかないで。そう、わかってるの…もういい…」
「練金の直後、別のエネルギーが流れ込んでいた」
「だって……詠唱は完璧、だったのよ……」
嗚咽が言葉を途切れ途切れにするのを聞きながら、霧亥は自分の理解できる事象に置き換えて説明を試みる。
「聞け。さっき見た限り『練金』というのを、机の交換を行うようなものと考えろ」
廃棄された机を掴み新しい机の前に立つ。ルイズは話を聞くつもりらしく黙った。
「これを交換するのが『錬金』だ。だが、さっきのお前の『錬金』は…」
机の間に立ち、両方を突き飛ばした。
「今の俺みたいに別の何かが邪魔をしている。だから吹き飛んだんだ」
机を元の位置に戻した霧亥を、ルイズは呆けたような表情で見つめていた。
そして彼女の内臓が空腹を主張したことで正気に戻った。ほんのりと頬に朱がさしている。
「……い、行くわよ」
「わかった」
不安定なドライバで動くハードウェアのような彼女に頷くと、霧亥も食堂に向かって歩き出した。
ほんの1歩だけ彼女が距離を縮めた事には特に気づかずに…。