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零魔娘娘追宝録 7

                       静嵐刀により捕獲された
                     土くれのフーケを脱獄させる
                               『仮面の男』
                              の目的とは?
                                  そして
                       『空気の読めない男たち』


 牢獄の闇の中で、白い仮面をつけた男は言った。
「どうする? 土くれのフーケよ。ここで死ぬか、それとも俺に協力するか。二つに一つ、選ぶがいい」

 土くれのフーケは、トリステインの国を大きく騒がせた怪盗である――いや、であった。
 いけすかない貴族からそいつが大事にしているものを盗み出し、そいつ困らせてやることを生きがいにしていたフーケ。
 彼女は数日前、トリステイン魔法学院に潜入し、学院秘蔵の宝物『魔封の札』を盗み出した。
 ところがその『魔封の札』は尋常ならざる代物であり、並の人間が扱える代物ではなかったのだ。
 そして、フーケを追ってきた学院の生徒たちとの戦闘もあいまって、彼女は捕縛されてしまったのだ。
 最初にこの「白い仮面の男」が現れた時、すわ自分を殺す為に貴族が雇った刺客かと思ったが。
 話を聞けば自分を脱獄させ、手駒として雇いたいのだという。断れば命はないというおまけつきで。
 普通ならばそんな横暴な話、まともにとりあってやるフーケではないのだが、
 しかし、その『白い仮面の男』の雇い主が敵対する相手というのが面白かった。

「わかった。あんたに力を貸してやるさ。貴族に協力するってのは気に入らないが、
アルビオンの王族に一泡吹かせてやれるっていうならそれもいいさ」
 アルビオンの貴族とアルビオンの王族。どちらにもそれなりに恨みがあるが、どちらかと言えば後者に恨みは深い。
 ならば、貴族に力を貸して王族を倒し、その上で貴族を相手にすればいい。
 そう打算するフーケだが、男はそれを見透かしたかのように言う。

「……いい心構えだが、あいにくと俺はそう易々と他人を信用したりしないんでね。こいつをつけてもらう」
 言うが早いか男は風のような速さでフーケに近づき、その手首に何かリング状のものを嵌める。
「! 何をつけた!!」
 驚きの声を挙げるフーケに、男は面白がるような雰囲気を出す。
「ただの手錠だよ。と言ってもたいして重くもないし、邪魔でもないだろう? 
でもこれで、貴様はもう俺からは逃げられない――こんな風にな」
 男が何かに集中するような素振りを見せると、突如フーケの手首に嵌められた腕輪が重くなる。

「うぐっ! お、重い!」
 力自慢というわけではないが、そこいらの同年代の女よりはよっぽど力があるつもりのフーケであるが、
 その腕輪を持ち上げることはおろか動かすことも難しい。
 あまりの重みで、地面に縫い付けられるようになるフーケを見下ろして男は言う。
「こいつは俺の意思一つで自由に重くなる。また、俺からある一定以上の距離を離れたり、
俺が死んだり意識を失っても同じことが起きる。つまり貴様は俺から逃げられないってことさ」

 ただの手錠でないことは明らかだ。ならばマジックアイテムか? いや、むしろこれは
「これは、ただのマジックアイテムじゃないね……。! まさかこれは!」
「そう、パオペイさ。名をドウキンジョウと言う。どこの誰が作ったのか知らんが、便利なもんだよ」
 案の定、『魔封の札』盗難事件においても関ってきた異界のマジックアイテム『パオペイ』だった。
「……ちっ、よりにもよってあの忌々しいパオペイなんかに囚われることになるなんて」
「なんだ貴様、パオペイが嫌いなのか?」
 宝を好み、多くのマジックアイテムを盗み出してきたフーケが、
 パオペイをこのように嫌うことが意外だったのか、男は驚いたように言う。

「好きなものか! 私の髪がこんなになったのは何の所為だと思っている!」
 そう。彼女はパオペイの絡んだ事件において、使い方を誤ってパオペイ使用し、とても悲惨なこととなった。
 フーケは襟口の髪を引っつかんで見る。忌々しい。普通に考えればありえない、虹色の髪が見えた。
「……まだら模様の虹色の髪か。ずいぶんと派手な頭だな。
これからは『土くれのフーケ』ではなく『まだらのフーケ』とでも名乗ってみるか?」
「冗談じゃない!」
 男は面白いことをいったつもりだろうが、フーケにしては笑える話ではない。

「しかし、その頭では密偵の仕事などは無理そうだな。目立ちすぎる。
根元から染まってるところを見るに、これは髪を全部切っても同じ色で生えてくるだろうな。
……仕方無い。もともと面も割れているのだ、『彼女』の見張りは『ヤツ』に任せるか」
「それで? あんたはこの『まだらのフーケ』様に何をやらせようって言うの?」
 まだらの、に厭味ったらしいアクセントを込めていう。
 男はそんなフーケの虚勢になど興味がないと言った様子で言う。

「貴様には傭兵たちを雇い、ある人物を襲ってもらいたい」
「どうせろくな相手じゃないんでしょうねえ……」
 自分のような、実力はあっても出所の怪しい人間を使うのである。
 よほど強力な相手か、さもなければやんごとなき身分の人間。
 つまり、勝とうが負けようがろくなことにならないヤツの相手をさせられるのだろう。
 しかし男は「いや」と否定する。
「それほどたいした相手ではない。ろくに魔法も使えぬメイジが相手だ」
 魔法も使えぬメイジ? そんなものの相手をさせるためにわざわざフーケを脱獄させるのか?
「なんだいそれ? つまり雑魚の相手をしろってこと? 魔法も使えないっていうんだし」
「――今のところはな」
「?」
 男の言葉の意味がわからず、フーケはきょとんとする。


 牢獄の階段を上りながら、フーケは言う。
「ところでこの手錠。そのうち外してくれるんでしょうねえ?」
 そう簡単に外させるとも思えないが、少なくとも言質はとっておくに限る。
 この男、自尊心は人並みに高いようであるし、一度約束させてしまえばあとはなんとかなるかもしれない。
 男は少し、気まずそうに言う。
「……貴様もパオペイを知っているのなら、全てのパオペイが持つという『欠陥』の存在を承知しているだろう」
「……なんだかあまり聞きたくない話になりそうね」

 相手に『手錠を外せ』というと、相手は『手錠の欠陥』を語りだす。それが意味するところは?
「そのパオペイの欠陥はな。ずばり簡単、『一度嵌めたら最後、解除できない』ということだ」
「なんだって! あんた、そんなものを私にはめたのか!」
 予想通りだとは言え、あんまりな言葉にフーケは怒る。
 男はそんなフーケの怒りを聞き流すように言う。
「案ずるな。腕を切り落とせば外せんということもない」
 そりゃあ、拘束するはずの腕を切れば外せるだろう。だが、
「そんなことできるものか! ああもう、また貧乏くじを引いた! だからパオペイってやつは嫌いなんだ!」

                  *

 街道を馬で走りながらアニエスは思う。面倒なことをしている、と。
 アニエスはトリステイン魔法衛士隊グリフォン隊に所属する剣士だ。
 グリフォン隊、と言ってもアニエスはグリフォンには乗っていない。乗っているのはそれなりに上等な、しかし普通の馬である。
 いや、それどころかアニエスは貴族ではない。その上メイジですらない。ただの平民の兵士であった。
 しかし騎士の鎧を身に纏い、腰に短銃と剣をぶらさげ、馬に跨った姿は慣れた様になっている。
 つまりアニエスは、平民出身の騎士であるというわけだった。

「どうかね! アニエス君、我が魔法衛士隊の仕事にはもう慣れたかね?」
 上空から声が聞こえて、アニエスは上を見る。
 グリフォンに乗った黒い服を着た青年、グリフォン隊隊長であった。
 アニエスは馬を止め、ゆっくりと歩かせる。ようやく本隊に追いついたようだった。
「は。いえ、さすがは音に聞こえる精鋭、グリフォン隊です。私などではついていくのがやっとです」
「無理をすることはない、それは乗っている物の差だ。君のせいではないよ」
 このグリフォン隊の隊長は、そんなアニエスにやたらと気さくに話しかけてくるが、
 どうにもアニエスはこの男のことが好きになることはできなかった。

「そう言って頂けるのであれば。しかし、命令とは言え、私のような平民を部隊に加えるなど。さぞや迷惑でしょうに」
「なに、かまわんよ。隊の者にとってもいい刺激となる」
 事情があるとはいえ、名誉と伝統のあるグリフォン隊に平民が加わるなど。
 正直言って迷惑以外の何物でもないだろうに、なんでもないといったように青年は笑う。
 それがどうにも、気を使っている、いや、『気を使ってやっている』ように見え、それがまたアニエスの気に障るのだ。
 いっそ邪魔者扱いしてくれれば楽なものを、とアニエスは思う。
 そんなアニエスの憂鬱を知ろうともせず――そういうところだけは無遠慮な貴族らしい!――隊長は言う。

「しかし君も大変だな! トリステイン初の平民出身シュヴァリエ候補にして、
平民の女性のみで構成されることになる王女警護のための銃士隊の隊長候補だ。『気苦労』も少なくないだろう」
『気苦労』、つまりは平民の分際で魔法衛士隊に所属することに対する有形無形の嫌がらせのことだ。
「いえ、私は所詮『粉挽き風情』(ラ・ミラン)と呼ばれる程度の女ですから」
 まさか馬鹿正直に「困っています」などととも言えず、アニエスはそう言って謙遜してみせる。
 実際のところ、貴族たちの世界に片足を突っ込んで最初に覚えたことはこうした腹芸のやり方だった。

「謙遜することはないさ、アニエス君。銃士隊結成の経緯はどうあれ、君は平民ながら銃士隊の中でも生え抜きの実力者だ。
君のように、たゆまぬ努力を積もうなどと考えもしない、馬鹿な貴族の嫉妬交じりの揶揄など聞き流せばいい」
 銃士隊。それこそがアニエスがグリフォン隊に所属している理由であった。
 枢機卿であるマザリーニが考案する、平民の女性のみで構成された王室警護隊。
 今のところはまだ実験部隊ですらない、ただのお飾り部隊としてのものでしかない。
 そうであっても仮にも隊長職につく人間が、まともに士官として教育を受けていないのはまずいということで、
 隊長候補のアニエスが士官教育の一環としてグリフォン隊に出向してきているのである。

 しかし問題は、銃士隊が結成されるに至った経緯である。よくよく考えてみるならば、
 若くて才気あふれる――しかし平民の、それも女性が、畏れ多くも王女殿下警護の任という大役に着く。
 いかにも無知な平民が喜びそうな筋書きというものではないか?
 ようするにこれは、おそらく近いうちに起きるであろうアルビオンの貴族派との戦争に備え、
 平民からの支持を得るための見世物ということだ。
 そしてアニエスはその見世物の主役、と言えばまだ聞こえはいいが、つまりはただの道化であった。

「私はね、常々から貴族や平民と言ったくだらない違いで人を差別することはないと思っているんだよ。
ああ、無論。我が親愛なるトリステイン王家は別ではあるがね」
 どうにも上滑りしている。演技でやっているなら一流だが、冗談としては三流でしかない。
 だいたいそれを平民であるアニエス本人に言うとはどういうことだ。
 自己満足の意見ですらない、本音を隠していますよと言わんばかりの態度だ。
 そしてさらに厄介なのは、こちらが相手の腹に気づいていることを承知していてこの態度をしているということだ。
 それゆえに、これがただの道化の戯言でもないと思わせてきている。
 つまり、この男は嘘をついていない、だが本当のことは言っていないのである。

 男はじろじろとアニエスの鎧姿を見て、今気づいたように言う。
「おや、君は珍しい剣を持っているね?」
 目ざといな、とアニエスは舌打ちしそうになるのを我慢する。
 この剣は彼女の『切り札』だ。無闇やたらと人に見せてよいものではない。
 仕方なく、アニエスも相手の流儀に合わせることにした。
 すなわち、嘘は言わないが本当のことを言わない。

「どこかの錬金魔術師が鍛えたらしい、業物です。よく切れるし刃こぼれもありません」
「だろうね。僕とて剣には多少の覚えがある。剣を見ればよく切れるかどうかくらいわかるよ。
うむ、君によく似合っている。全てを焼き尽くす、“紅蓮の炎”のような刃の紋様だ。さぞや名のある一品だろう」
 気づいている。この剣が並の代物でないことに。
 アニエスは必死になって動揺を隠そうとするが、役者でもないアニエスにそれは厳しい注文であった。
「……私の禄で買える程度のものです。たいしたものではありませんよ」
 失敗した。やはりみだりにこの剣は持ち歩くべきでなかった。
 貸してみろ、と言われれば今の自分に断ることはできない。

 だが男は、そうしたアニエスの動揺を測ることが目的だったとばかりに、急に話を変える。
「さて、そろそろ魔法学院だ。我々は学院の中で陛下の周囲を固める。君は……」
「私は外で待機、でありますね」
 いつものことだ。今回の陛下の旅の訪問先、ゲルマニアなどならばいざ知らず、
 今のところただの平民でしかないアニエスは、魔法学院などの高貴な身分の人間が居るところに立ち入ることはできない。
「そうだ。学院には有力貴族の子弟も多数在学している。それらの中には君に好意的でない者も多いだろう。
まったくもって馬鹿らしいことであるとは思うが、大事な時期に無用な反撥は避けたいというのが枢機卿のお考えだ」

 たしかに馬鹿らしい。そのようなことで警護の任が全うできるわけがないだろうに。
 だが、貴族の子息子女などという懸命さとは無縁の存在の中に自ら進んで入り、
 謂れもない嘲笑や的外れの嫉妬を買うような趣味はない。外で待機しろというのならばそれはそれで結構だ。
「いえ、枢機卿のお考えは正しくもあります。栄えあるグリフォン隊の一員と言っても、私は仮の身分でありますから。
それに、たとい塀の外であっても陛下の御身を守る役には立てるはずです」
 それは半ば本心でもある。外では外でやれることも多い。
 アニエスの言葉を、冗談と受け取る『ことにした』男は、呵呵大笑する。

「まことに。いや、君は騎士の鑑だな! ならば一日でも早くシュヴァリエとなれるようがんばりたまえ」
 そう言って隊長は、グリフォンを操り、上空を舞う。
 いつもの手綱捌きに比べれば、その動作はゆったりとしていて、何かを待っているようである。
 アニエスはその間を、自分に質問を許した猶予だと判断し、隊長に話しかける。
「――隊長。いえ、『閃光のワルド』卿。お聞きしたいことがあります」
「……何かね、アニエス君?」

 男――グリフォン隊隊長、閃光のワルドは白々しく返事をする。
 いくつかの厭味、戯言、そういったものが頭に浮かぶが、アニエスは一つの質問を選び抜き、問いかける。
「貴殿は生まれの貴賎で人を差別することはないと仰ったが、ならば貴殿が人を評価するのは一体何によるものなのですか?」
 ワルドは考えるでもなくあっさりと答える。
「それは、無論。その者に」
 その答えは、アニエスのいくつかの疑問を解消するものであった。
 なるほど、それならばこの男が自分を気にするのも頷ける。そして、自分もまた同様に。
「『力』があるか否か、だよ」

                  *

「……悪かったわね、呼び出したりして」
 学院の外、正門の前でエレオノールは言った。
「いやあ、かまいませんよ。僕の主人も今は授業中ですから」
 そう言って静嵐は無闇にニコニコと笑う。いつも通りの表情だった。
 フーケの起こした宝物盗難事件から一週間ほど経ったある日、突如エレオノールが魔法学院を尋ねてきた。
 ルイズが授業中のため、一人暇を持て余していた静嵐は、エレオノールに呼び出されこうして門のところまでやってきたのだ。

「授業中、ってことはやっぱり貴方はここの生徒の従者だったのね」
「はい。挨拶するなら呼んできますが?」
 自分が、主人の知らぬところで別の貴族と会う。ルイズが知れば怒ることもしれない。
 だがエレオノールは、面倒はごめんだとばかりにそれを拒否する。
「けっこうよ。今日は貴方に話があってきただけだから」
「はあ、僕に話ですか?」
 自分のごとき一介の使い魔に何用かと思ったが、エレオノールは静嵐の左手を指差す。

「ええ。貴方のその、左手の刻印についてよ」
「これですか」
 静嵐の左手には刻印が刻まれている。ルイズに召喚された時についたもので、ルイズは使い魔の証だという。
 そんな静嵐の左手に触れ――何故か顔を赤らめる――その刻印を確かめながらエレオノールは言う。
「やっぱり。間違いないわね。――私はね、この学院の教師から資料の調査を依頼されてたのよ。
『とある生徒の使い魔が、とても変わった刻印をしている。それを調べてくれ』ってね」
「それが僕だと?」

「そう。この前会った時はどうしても思い出せなかったけど、貴方のそれが調査依頼の対象の刻印だったのよ」
 思い出してみれば、たしかにエレオノールは自分の左手の刻印に何か覚えがあるような素振りを見せていた。
「調べてみて私も驚いたわ。その刻印、『ガンダールヴ』のものよ」
「がんがる?」
 相変わらず、こちらの言葉、特に固有名詞には慣れないものがある。
 どうにも物事の名づけ方に違いがあるというか、名前の感覚が異なっているのだ。
 それはルイズたちにしても同じようで、静嵐を呼ぶときも「セイラン」と固い呼び方になる。
 以前にもロバ・アル・カリイエというのがよくわからなかったことを思い出したのか、エレオノールは苦笑して訂正する。

「ガンダールヴ。始祖ブリミルが従えたという、伝説の使い魔の一つよ。
神の左手とも言われ、あらゆる武器を操りブリミルを守ったといわれているわ」
「はあ。始祖ブリミルってのはあれですよね、なんか昔にいたって言う偉い魔法使いの人」
 ことあるごとにルイズたちはその名前を口にし、祈る。
 それは一体何なのかと問うたが、何か過去に登場した偉人であるということ以外はよくわからなかった。
「そう。およそ六千年前にこのハルキゲニアに降り立ったと言われているわ」
 六千年前とは。まるで仙人だ、と静嵐は思う。六千年と言えばちょうど仙主級の修行年数と同じくらいだ。
 ん?と何かが引っかかる。何か今妙なことに気づかなかったか?
 しかし静嵐は自分が何に気づいたのかわからない。

「……というか貴方、そんなことも知らないの?」
「ええと、僕はあの。あれですよ、田舎者なもので」
 静嵐の言葉に納得がいかないのか、不思議そうな顔をするが、
 彼女は静嵐がロバ・アル・カリイエとかいうところから来たと思っている。
 そういうこともあるだろうと思い、割り切ったようだ。
「……まぁいいわ。それで、貴方の処遇についてなんだけど」
「処遇?」
 何やら穏やかではなさそうな単語が出てくる。
「何せ伝説の使い魔の証よ? それが何故魔法学院の一生徒の使い魔になんかに宿ったのか……
まったく。アカデミーの同僚たちが聞けば、放っておかないでしょうね」
 そう言えば、以前ルイズが言っていた。アカデミーというところの人間は危険だと。

        「セイラン、あんたは自分がパオペイだってことはなるべく隠してなさい」
        「何故だい?」
        「あんたがパオペイなんていう変なマジックアイテムだと知れたら、アカデミー送りにされるわよ」
        「アカデミーって?」
        「魔法技術の研究機関よ。研究のためなら何でもやるような奴らなんだから、あんたなんかバラバラにされるわよ」


「うわあ、ってことは僕はバラバラに分解されちゃうんですかね?」
 恐る恐る静嵐はたずねる。武器の宝貝である静嵐は、死そのものに対しての恐怖はないが、
 破壊されてしまうのをよしとするなどということもない。
「バラバラ? 分解?」
「ええと、そのバラして研究材料にするとか……」
「――はぁ、やっぱそんな風に思われてんのね。アカデミーは。ま、無理もないけど。
安心なさい、仮にも貴方は私の恩人なんだから。そんなことしないわよ。
依頼された以上調査結果は学院の方には報告するけど、アカデミーでは内密にしておくわ。
貴方の主人に会わないのもそのためよ」
 そうか、余計なことを知らなければ情報が漏れるということもない。そう判断しての行動だろう。
 そうしたエレオノールの気づかいに静嵐は感謝する。

「いやあ、ありがたいです!」
 礼を言うと、エレオノールは何故か慌てたようになる。
「べ、別に貴方のためだけってわけじゃないわ! 変な風に誤解されるのが嫌なだけよ!
で、でもそうね。今度暇な時に、二人で個人的に会って改めて御礼を――」 
「待って。何か来るよ」
「したいかな……って、え?」
 宙に『の』の字を書きながらくねくねと身をくねらせていたエレオノールの言葉を遮り、静嵐は気を研ぎ澄ます。
 何者かがこちらにやってくる気配を感じたのだ。それも、人間のものではない大型の獣のもの。
 それに併せて感じるのは人間の、しかも武装した人間の気配だ。
 静嵐は気の出所を探り、見つける。

 上空を見上げれば、低空を飛びながらやってくるものが見えた。
 エレオノールも、静嵐の見た方向に目をこらす。
 武器の宝貝である静嵐の視力と、メガネをかけたエレオノールの視力では大きく差があるはずだが、
「――」
 エレオノールは何か呪文を唱える。どうやら光の屈折を操作し、望遠鏡を覗いたように見るのだろう。
「あれは魔法衛士隊のグリフォン……何故こんなところに」
 静嵐にもはっきりと見えた。
 獅子の体に鷲の羽と頭を持った獣。こちらの世界にいる獣だろう。それに跨るのは、黒い服を着た男だった。

 エレオノールの様子に、危険はなさそうだと判断する。彼女は特に警戒をしている様子はない。
 グリフォンは、二人の前で着地する。こうなると互いの声も届く。
「! これは、エレオノール様! お久しぶりですね」
 騎乗したままの、グリフォンに乗った男。――綺麗に整えられた髭を生やした、美青年は、驚いたように言う。
 どうやら知り合いであるのか、エレオノールはわずかに眉を寄せ、彼に挨拶する。
「ワルド……。ええ、お久しぶりね」
 ぞんざいな言葉に、どうやらエレオノールは彼のことをあまり気に入ってはいないようである。

 ワルドと呼ばれた青年は、気にした風も無く言う。
「何故このようなところに? もしや『彼女』に会いに?」
「いいえ、仕事のために来ただけよ。この――彼に用があってね」
 そう言ってエレオノールは静嵐の首根っこを掴み、彼の前に差し出す。
 静嵐はそれを特に気にすることも無く名乗る。
「あ。どうも、静嵐といいます」
 長身の男が女性に振り回されるというのはかなりみっともない姿であるが、静嵐はそんなことには慣れっこなのである。

「それで? 貴方こそこんなところで何をしてらっしゃるのかしら? 
領地を放り出して、グリフォン隊の隊長になったと聞いているけれど、まさか遊んでいるわけじゃないんでしょう?」
 何かトゲのある言い方だ。どう見ても仕事中と言った風体であるのに、遊んでいるなどということはない。
 やはり彼女は何か不機嫌なことが起きたらしい。――まるで、何かを邪魔されたかのような。
 ワルドは苦笑しながら言う。
「勿論遊んでいるわけではありませんよ。我がグリフォン隊の警護するアンリエッタ王女殿下がゲルマニア訪問の帰りしな、
こちらに訪問されるのでその先触れとして参ったのですよ」

 王女殿下、と聞いてさらにエレオノールの表情は厳しくなる。
「王女殿下が? なら私は、騒がしくなる前に退散するわ。私はどうも王女殿下が苦手であるし」
 用事があるから、ではなく、苦手だからという理由で立ち去ろうとするエレオノールに、
 ワルドは困ったような表情を浮かべる。そりゃあ、雇い主を苦手と言われて「そうですね。それではお気をつけて」とはいかない。
「苦手とは手厳しいですね。しかし此度のゲルマニア訪問は王女のお輿入れの前準備。祝福してさしあげればよろしいものを」
 今度は『御輿入れ』の単語に反応するエレオノール。もはやその表情は不機嫌を通り越した険悪なものになっている。
「御輿入れ? ……そう、そういうことね。なら、やはり私がいるべきではないわね」
 エレオノールが何かを遠慮しているのだと判断したのか、ワルドは笑いながら言う。

「そんなことは。このような目出度きこと、殿下の臣民としても実に喜ばしいではないですか。何せ結婚ですよ、結婚」
 やたらと『結婚』を強調するワルドに、エレオノールはついに怒り心頭に達する。
「だから駄目なんだって言ってんでしょうが!」
 うがー、と吠え。肩をいからせ、ずんずんと踏みしめるように歩き去っていくエレオノール。
 そりゃあ、少し前に婚約破棄をされた女が結婚祝いをするわけにもいかないだろう。と事情を知っている静嵐は納得する。
 しかし、そんなことは知りもしないし、気づいてもいないワルドは、怒鳴られたことに驚きぽかんと口を開けている。

 ワルドの様子に、何故か妙な親近感を覚える静嵐。
 それが、ワルドもまたあまり空気が読めない男であることに根ざしているとは気づかない。
「やれやれ。なんだかわからんが、怒らせてしまったようだ。
……しかし、あのエレオノール様があのように柔和な態度を取られるとは。人は変わるものだな」
 あれで柔和なのか! と静嵐は戦慄する。普段のエレオノールがいかに苛烈かということである。

 ワルドは肩をすくめ、静嵐に言う。
「さては君のおかげかな、静嵐くん」
 それはないだろう。と静嵐は思った。
 確かに自分は、以前に彼女の大事な荷物を悪漢から取り戻した(結果的に、ではあるが)恩人だが、
 だからといって別段気に入られるようなこともしていない。あくまで普通に、世間話をしただけだ。
 その世間話の内容が偶然にも、婚約破棄をされて落ち込んでいた(怒っていたとも言う)
 彼女を慰めるものであったことに、静嵐は気づいていない。
 やはりこの静嵐もまた、空気の読めない男であった。


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