「鳴り響け……」
少女は紡ぐ。力ある、言葉を。
眼前には、巨大な敵。拳を振り上げ、死を与えんとする土くれの巨人。
ごう、と大気の唸る音がする。
身の丈を大きく上回る硬き土の腕が、己を押しつぶそうとしていた。
だが、彼女の心に恐れは無い。
思いだしたから、あのメロディーを。
人間が自由に生きていたあの頃の、忘れかけていた『旋律』を。
(私はもう、何も出来ない『ゼロ』じゃない)
心の中で呟き、刹那。頭を振って、それを否定する。
眼前には、巨大な敵。拳を振り上げ、死を与えんとする土くれの巨人。
ごう、と大気の唸る音がする。
身の丈を大きく上回る硬き土の腕が、己を押しつぶそうとしていた。
だが、彼女の心に恐れは無い。
思いだしたから、あのメロディーを。
人間が自由に生きていたあの頃の、忘れかけていた『旋律』を。
(私はもう、何も出来ない『ゼロ』じゃない)
心の中で呟き、刹那。頭を振って、それを否定する。
―いや、違う。今この瞬間こそ、私は虚無<ゼロ>になったのよ。
今更ながらに気付いた事に苦笑を浮かべながら、ゆっくりと弓を構え、矢を番える。
後は弦を引き、解き放つだけ。
後は弦を引き、解き放つだけ。
「鳴り響け……」
聞こえるメロディーが導くままに、狙いを付け『力』を込める。
その体が。
その心が。
その、魂が。
喜び打ち震える。
ボロボロになり、所々破れた服の隙間から覗くは。
3本の黒線と、それを跨ぐ様に描かれた奇妙なマーク。
強いて言うなら音符に似ていた、彼女が召喚した使い魔にもあるそれは、戦士の紋章。
自由と、解放の象徴。
その体が。
その心が。
その、魂が。
喜び打ち震える。
ボロボロになり、所々破れた服の隙間から覗くは。
3本の黒線と、それを跨ぐ様に描かれた奇妙なマーク。
強いて言うなら音符に似ていた、彼女が召喚した使い魔にもあるそれは、戦士の紋章。
自由と、解放の象徴。
「鳴り響け―」
紋章が光り、その輝きが瞬く間に増して行く。
そして。
力が解き放たれる、その瞬間。
彼女は、思い返していた。
全ての始まりを。
彼女が、先生と呼び慕う事になる使い魔を召喚した、あの時を―
そして。
力が解き放たれる、その瞬間。
彼女は、思い返していた。
全ての始まりを。
彼女が、先生と呼び慕う事になる使い魔を召喚した、あの時を―
春。抜けるような青空の下。
ドオン、というこの日何度目になるか分からない、鈍い爆音が鳴り響いた。
此処は、トリステイン魔法学院内にある広場。
ドオン、というこの日何度目になるか分からない、鈍い爆音が鳴り響いた。
此処は、トリステイン魔法学院内にある広場。
「いたっ……!」
爆風にあおられ、尻餅をつく少女。
桃色がかった綺麗なブロンドと、透き通るような白い肌は煤であちこち黒く汚れていた。
彼女の名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
王の庶子を始祖に持つ、名門公爵家の三女だが―
彼女には、魔法の才能がなかった。
系統魔法はおろか、自分程の年のメイジならば誰もが扱えるコモン・マジックですら彼女は使う事が出来ない。
どんな呪文を唱えようとも、どんな魔法を使おうとも、爆発しか起こらない。
今も、2年に進級する為に必要な使い魔召喚の儀式において、彼女は召喚魔法の失敗を繰り返していた。
でも、何度爆風に吹き飛ばされようと、心無い級友達から嘲笑を浴びせられようと彼女は挫けなかった。
桃色がかった綺麗なブロンドと、透き通るような白い肌は煤であちこち黒く汚れていた。
彼女の名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
王の庶子を始祖に持つ、名門公爵家の三女だが―
彼女には、魔法の才能がなかった。
系統魔法はおろか、自分程の年のメイジならば誰もが扱えるコモン・マジックですら彼女は使う事が出来ない。
どんな呪文を唱えようとも、どんな魔法を使おうとも、爆発しか起こらない。
今も、2年に進級する為に必要な使い魔召喚の儀式において、彼女は召喚魔法の失敗を繰り返していた。
でも、何度爆風に吹き飛ばされようと、心無い級友達から嘲笑を浴びせられようと彼女は挫けなかった。
「もう一度―」
呟きながら、よろよろとルイズは立ち上がる。
ヴァリエール家の名を汚さないために。
1人の貴族として、己の誇りを貫く為に。
未だにくりくりとした鳶色の瞳から意思の光は消えない。
強く、熱いそれを炎の様だと例える人も居るだろう。
最も、炎と言うフレーズは彼女の宿敵でありライバルであり級友である、ある人物を彼女に連想させる為誰もそれを言う事は無いが。
ヴァリエール家の名を汚さないために。
1人の貴族として、己の誇りを貫く為に。
未だにくりくりとした鳶色の瞳から意思の光は消えない。
強く、熱いそれを炎の様だと例える人も居るだろう。
最も、炎と言うフレーズは彼女の宿敵でありライバルであり級友である、ある人物を彼女に連想させる為誰もそれを言う事は無いが。
「我が名は―」
「待ちなさい。ミス・ヴァリエール」
「待ちなさい。ミス・ヴァリエール」
尚も召喚呪文の詠唱を唱えようとする彼女を制止する、声。
声の主は、燦々と輝く太陽の光を照り返す禿頭が眩しい、ローブ姿の男性。
名はジャン・コルベール。トリステイン魔法学院の教師の1人だ。
儀式を行う生徒達を監督する役目を負う彼は、彼女の努力を十分に承知し理解した上で、それでも彼女を止めた。
声の主は、燦々と輝く太陽の光を照り返す禿頭が眩しい、ローブ姿の男性。
名はジャン・コルベール。トリステイン魔法学院の教師の1人だ。
儀式を行う生徒達を監督する役目を負う彼は、彼女の努力を十分に承知し理解した上で、それでも彼女を止めた。
「今日はもう止めておきなさい」
「そんな―」
「そんな―」
ルイズの顔が、この日初めて絶望の色に染まった。
この教師は私を見切ったのだろうか。
私には儀式を成功させる事は出来ないと、結局は『ゼロ』のままなのだと。
血相を変え瞳の端に光る物を浮かべ、ルイズはコルベールに取りすがる。
この教師は私を見切ったのだろうか。
私には儀式を成功させる事は出来ないと、結局は『ゼロ』のままなのだと。
血相を変え瞳の端に光る物を浮かべ、ルイズはコルベールに取りすがる。
「お願いします! 今度は、今度は必ず成功させますから!」
ルイズのその必死な姿はとても痛ましく、彼女をあざ笑っていた者達すら決まり悪げに顔を逸らさせる程だった。
そんな彼女の肩を、コルベールは優しく叩く。
そんな彼女の肩を、コルベールは優しく叩く。
「今の君は疲れきり、精神力も尽きかけている。そんな事では成功する魔法も成功しない」
「先生…」
「他の生徒にも迷惑が掛かるというのも、ある。だから、今日はもう休みなさい」
「先生…」
「他の生徒にも迷惑が掛かるというのも、ある。だから、今日はもう休みなさい」
そう、コルベールはルイズ1人の教師ではない。
儀式に成功した、他の生徒の面倒も見なければならないのだ。
その事実が、コルベールに苦渋の決断をさせた。
儀式に成功した、他の生徒の面倒も見なければならないのだ。
その事実が、コルベールに苦渋の決断をさせた。
「君の頑張りを見ている人は見ている。一度位の留年で君の名前は傷つかないとも」
「なんなら、追試と言う形で後からやり直させるよう掛け合っても良い」
「なんなら、追試と言う形で後からやり直させるよう掛け合っても良い」
其処まで言われては、ルイズもそれ以上抗弁する事は出来なかった。
気休めだと言う事は分かっていた。今まで追試どころか儀式に失敗した前例など無いのだから。
最低限出来なくてはならない事すら出来ない落ちこぼれを、わざわざ救済してやる程この学院は甘くない。
それでも。この教師の精一杯の気遣いに、ルイズは口を噤み、やり場の無い感情のままに唇を噛む。
硬く握り締めた拳からは、血が滲んでいた。
まだ儀式を続ける口実など、もう彼女の頭には浮かばない。
彼女の心には、諦めたくないという一念のみ。
既にルイズを突き動かすのは、留年とか家名を汚す事等ではなかった。
ここで諦めてしまえば、自分の中の『何か』が終ってしまう。
だから。気付いた時には、彼女はこう口走っていた。
気休めだと言う事は分かっていた。今まで追試どころか儀式に失敗した前例など無いのだから。
最低限出来なくてはならない事すら出来ない落ちこぼれを、わざわざ救済してやる程この学院は甘くない。
それでも。この教師の精一杯の気遣いに、ルイズは口を噤み、やり場の無い感情のままに唇を噛む。
硬く握り締めた拳からは、血が滲んでいた。
まだ儀式を続ける口実など、もう彼女の頭には浮かばない。
彼女の心には、諦めたくないという一念のみ。
既にルイズを突き動かすのは、留年とか家名を汚す事等ではなかった。
ここで諦めてしまえば、自分の中の『何か』が終ってしまう。
だから。気付いた時には、彼女はこう口走っていた。
「もう1回だけ、やらせて下さい……!」
「ミス・ヴァリ―」
「コレで失敗したら、もう諦めますから!!」
「コレで失敗したら、もう諦めますから!!」
窘めようとするコルベールの言葉を、ルイズは強引に遮る。
一歩も退かない、といった風情の彼女に根負けしたか、コルベールは小さく溜息をつき。
一歩も退かない、といった風情の彼女に根負けしたか、コルベールは小さく溜息をつき。
「……では。コレで最後ですよ」
「はい……!」
「はい……!」
自分の言葉に嬉しそうに返事をするルイズに、コルベールは世の不条理を嘆かずにはいられなかった。
何故ここまで頑張る彼女に、報いてはやらないのか、と。
奇跡の1つも、彼女に与えてはやれないのか、と。
彼は生まれて初めて、始祖ブリミルを恨んだ。
きっと、彼女は失敗するだろう。
今まで失敗を繰り返していたのに、此処に来て急に成功するようなムシの良い出来事など起こるわけがない。
そう、既に諦めながら。
それでも、心の何処かで彼女の成功を願わずにはいられないコルベールだった。
何故ここまで頑張る彼女に、報いてはやらないのか、と。
奇跡の1つも、彼女に与えてはやれないのか、と。
彼は生まれて初めて、始祖ブリミルを恨んだ。
きっと、彼女は失敗するだろう。
今まで失敗を繰り返していたのに、此処に来て急に成功するようなムシの良い出来事など起こるわけがない。
そう、既に諦めながら。
それでも、心の何処かで彼女の成功を願わずにはいられないコルベールだった。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」
杖を握り締め、彼女は最後の詠唱を始める。
その姿は、どこまでも直向きだった。
その場にいる誰もが固唾を飲んで見守る中、ルイズの詠唱は続けられる。
その姿は、どこまでも直向きだった。
その場にいる誰もが固唾を飲んで見守る中、ルイズの詠唱は続けられる。
「宇宙の果てのどこかにいる、私の下僕よ! 美しく、そして強力な使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ。我が導きに応えなさい!」
詠唱が終った、その刹那。一際大きい爆発が起こった。
やはり失敗か、と皆は呆れ顔で溜息をつき。
コルベールは力無く地面に膝を突くルイズに対し、沈痛な表情を浮かべる。
だがそれは、爆発の所為で発ち込めていた煙の中に動く影を見つけた事により、すぐさま喜色に取って代わる。
彼女は、ルイズは召喚に成功したのだ。
やはり失敗か、と皆は呆れ顔で溜息をつき。
コルベールは力無く地面に膝を突くルイズに対し、沈痛な表情を浮かべる。
だがそれは、爆発の所為で発ち込めていた煙の中に動く影を見つけた事により、すぐさま喜色に取って代わる。
彼女は、ルイズは召喚に成功したのだ。
「ミス・ヴァリエール! 見なさい! アレを!」
彼女に声をかけ、動く影に向かって指を刺す。
コルベールの声に、顔を上げたルイズは信じられないといった面持ちでそれを見つめ。
コルベールの声に、顔を上げたルイズは信じられないといった面持ちでそれを見つめ。
「やった……!」
溢れてくる感情を抑え切れず、それは滂沱となって頬を濡らした。
煙が晴れていく。朧気だった影がその輪郭を確かにしていく。
そこにいたのは―
煙が晴れていく。朧気だった影がその輪郭を確かにしていく。
そこにいたのは―
「ここは……?」
疑問の表情を浮かべている、1人の女性だった。
胸まで伸びた黒髪。顔にかけられている、良く分からない材質で出来た黒い眼鏡のようなもの。
その整った顔立ちは、美人と呼ぶのになんら差し支えはないだろう。
タイトミニのワンピースに身を包んだ彼女は、困惑顔で所在なさげに立ちつくす。
だが、困惑しているのはルイズも同じだった。
胸まで伸びた黒髪。顔にかけられている、良く分からない材質で出来た黒い眼鏡のようなもの。
その整った顔立ちは、美人と呼ぶのになんら差し支えはないだろう。
タイトミニのワンピースに身を包んだ彼女は、困惑顔で所在なさげに立ちつくす。
だが、困惑しているのはルイズも同じだった。
「平、民?アンタ、誰……?」
疑問の言葉を口にしながら、ルイズは近寄り彼女の顔を覗き込む。
黒い眼鏡のようなもの―後にサングラスと分かるのだが―の奥に凛々しく、それでいて優しい瞳を見つける。
黒い眼鏡のようなもの―後にサングラスと分かるのだが―の奥に凛々しく、それでいて優しい瞳を見つける。
「貴方こそ、誰なのかしら? それ以前に、此処は何処?」
最初は戸惑いがちだったものの、直ぐに落ち着きを取り戻し、ルイズに向かって問い返す。
「先ずは私の質問に答えて。そうしたら、答えられる限りの質問に答えて上げるわ」
小柄なルイズは、女性にしては身長が高めの彼女を見上げながら、精一杯の威厳をもって彼女に言葉を返す。
恐らく彼女が自分の召喚した使い魔なのだろうという、漠然とした、だが確固たる確信を持っていたから。
それを聞いた女性は、微笑みながら頷き。
こう、答えた。
恐らく彼女が自分の召喚した使い魔なのだろうという、漠然とした、だが確固たる確信を持っていたから。
それを聞いた女性は、微笑みながら頷き。
こう、答えた。
「私は音無 小百合。―メロスの、戦士よ」