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封仙娘娘異世界編 零の雷 第三章 その一

第三章 どてらい魔剣のゆううつ

 一


『雪風』のタバサは虚無の曜日が好きだった。
趣味である読書にいくらでも没頭できる、貴重な時間だからだ。
邪魔する者には、問答無用で『ウィンド・ブレイク』を叩き込む。
それが彼女のルール。
まぁ、一部の例外を除いて、であるが。
そして都合の悪いことに、『それ』は数少ない例外に属する人間だった。

ドンドンドドン。
静寂を破る無神経なノック。
タバサはとりあえず無視した。
後で「本に集中してて気づかなかった」とでも言い訳すれば問題ない。
デンデケデケデケ、デケデケデデン。
ノックが止む気配はない。むしろ激しくなっている。と言うか何やら珍妙なリズムを刻み始めた。
少しばかり気にならないでもなかったが、それでもやはり読書の方が大事。
『サイレント』で音を消してしまおうと、机に立て掛けた杖を取ろうとしたその時。
「タッバーサー!!」
タッ↓バー↑サー→。
その頓狂な発音に、思わず手が滑る。
倒れた杖を拾おうとしている間にドアが開かれた。
「タバサ! 今から出かけるわよ!!」
『ウィンド・ブレイク』をブチ込まれない数少ない例外――友人、キュルケであった。
『ウィンド・ブレイク』をブチ込まないのは友人だから。でもだからって読書の邪魔をしても良いか、と言うと
もちろんそんな訳はない。
排除できない分むしろ余計鬱陶しいとも言える。
タバサはとりあえず自分の都合を簡潔に述べた。
「虚無の曜日」
つまりは休日である。それだけで十分だ、と言うことで机の上に置きっぱなしの本に手を伸ばす。
――が、手が届く寸前で取り上げられた。
キュルケが本を持った手を高く掲げるだけで、背の低いタバサには取り返しようがない。
「分かってる。虚無の曜日があなたにとってどういう日なのかはよぉ~く分かってる。
 でもね。今はそんな場合じゃないのよ! これは恋! すなわちラヴなのよ!」
お前は何を言っているんだ。そんなタバサの視線はちゃんとキュルケに届いたようだ。
「分かった分かった。ちゃんと説明するわ。あたし、恋をしているの。悲しいくらい!!
 んで、誘ったわけよ! アレコレ理由を付けて! でも全部華麗にスルー!!
 なぜ!? このあたしの魅力が――」
……はよう本題に入れ。

話はさっぱり見えないが、とりあえず一つだけ言わせていただきたい。
……さっさと本の続きを読ませてほしいのだが。




 二


トリステインの城下町。
その門の前で、ルイズはうずくまっていた。
息が荒く、頭がぐらぐらと揺れている。
……馬で三時間は掛かる距離を、二時間半で走破してしまったのだ。しかも己の足で。
無理もない話であろう。
「……やっぱり馬を使えば良かった」
疲労感はないが、違和感の方が絶大であった。
それに対して、殷雷の方は平然としたものだ。
「一旦学院に戻って、馬に乗って出直すか?」
そんな皮肉まで飛ばしてくる。
「あ……あんたは何で平気なのよ」
「そりゃお前、俺はお前の身体を操ってただけだからな。疲労は全部お前持ちだ。
 明日から二、三日は筋肉痛で動けんかもなぁ」
「ちょっ!? 聞いてないわよそんな話!?」
往復でもせいぜい一時間程度の短縮のために、その後二、三日を棒に振れというのか。
「冗談だ」
……面白くも何ともない冗談を冗談とは言わない。
全くもって納得のいかないルイズであったが、殷雷はそんな彼女に構わず歩き出した。
「もう休憩は良いだろ。置いてくぞ」
何と身勝手な男だろう。……まぁ、実際もう調子は戻っているのだが、それでも
「大丈夫か? 歩けるか?」とか、せめてその程度に気の利いた台詞は言えないのか。
「――て言うか、町を案内してあげるって言ったのは私の方よ!
 何であんたが先に行くのよ!!」
すると、殷雷は慌てず騒がず懐から一枚の紙を取り出した。
「地図を持ってる」
……ああ、そう。

 *

ブルドンネ街はトリステインで一番大きな通りである。
白い石造りの街には露店が建ち並び、通りは声を張り上げて行き交う商人たちで溢れている。
「大きな街ってのはどこも同じようなもんだな……」
殷雷が感心した声を出す。
「センカイって国もこんな感じなの?」
「ン……いや、仙界とはあまり似てないな」
「ふぅん」
正確に言えば仙界は『国』ではない。だが詳しく説明するのは面倒だし、信じてもらえるとも思えないので
適当にお茶を濁しておいた訳だ。
「まぁ、同じ程度の規模の街には何度も立ち寄っていたからな。どこも大体こんなもんだ。
 ――スリの数もな」
背後からどがらがっしゃん、と激しい音が聞こえた。
バランスを崩した男が屋台に突っ込んだらしい。
「……今の?」
「無視しろ。目を付けられると面倒だ」
そう言ってさっさと先へ進んでしまった。
慌ててルイズは後を追う。
その気になれば追いつけなくもないが、気を抜くとすぐ見失ってしまいそうな殷雷の歩み。
だが、そうなる前に必ず速度を落とし、追い付くまで待ってくれていた。
――きっと、私をいじめて楽しんでるんだろう。
ルイズはそう解釈した。――先に行き先を教えるんじゃなかった。
二人は狭い裏路地へと入っていった。

 *

剣の形をした銅製の看板。一目瞭然、武器屋である。
その扉には木で出来た札が掛けられており、そこにはこう書いてある。

『準備中』

――と。
「開店時間にはまだ早かったな」
「あんたの足が無駄に速すぎるからでしょうが!」
すかさず突っ込む。やっぱり馬で来れば良かった。
「丁度良い。先に俺の用事を済ませてしまおう」
何が丁度良いのだ。最初からそのつもりだったくせに。
今日一日で全ての血管がブチ切れてしまいそうだ。
「――で、その用事ってのは何? 何処で?」
無理矢理に冷静を装うが、少しばかり声が震えているのが自分でも分かった。
「この、斜向かいだ」
あぁ、そう。

――余談。
ルイズは怒ると口より先に手が出る。ある一点を突破すると、手よりも先に足が出る。
キックの鬼と言っても良い。

――そうこうしている間に武器屋が開店してしまったりもしたが、あくまでただの余談である。

 *

武器屋の斜向かい。
看板も表札も掛かっていない、粗末な小屋があった。
扉の向こうから漂うほのかなアルコール臭から、それが酒場か酒屋であることが推測できる。
酒蔵にしては、小さすぎる。
二人は今、その入り口の前に立っている。
殷雷は慎重に気配を探り、周囲に人影がないことを確認する。
小屋の中からも、人の気配は感じられない。
ゆっくりと、扉に手を伸ばす。

まず、一度扉を叩く。
一秒待ち、今度は二度。
さらに二秒待ち、最後にもう一度扉を叩く。

殷雷の不可解な行動に、ルイズは首をかしげた。
「何、それ?」
少しばかり息が荒く、顔にうっすらと汗を浮かべているが、あくまで余談であり特に意味はない。
殷雷は答えず、扉の前から一歩下がる。
――間髪入れず、その扉を蹴破った。
「ちょ、何して――!?」
ルイズの悲鳴じみた文句は、一瞬後響いた『音』によって遮られた。
すなわち。

ぼとり。
――猫が屋根から落下したような音と、
「――――ふぎゃっ」
――居眠りして屋根から落下した猫のような悲鳴。

天井の梁から落ちてきたのは、女だった。
病的なまでに白い肌と、色の薄い唇。どことなく儚げな美しさを持った娘。
だが、生命力に満ちた大きな目が、不健康そうな印象を打ち消している。

「……扉を蹴破れ、と書いたつもりはないんだけど?」

恨みがましい視線を送る彼女の名は、九鷲器。
徳利の宝貝である。

 *

『九鷲酒造
 トリステイン城下町 ブルドンネ街 ○○○-××××

 扉を一度叩き、一秒置いてさらに二度、二秒置いて一度叩く。
 これを合図とします』

酒樽に貼り付けられた紙には、そう書かれていた。――殷雷たちの世界の文字で。
「五秒で考えたにしては、いい手だと思わない?」
得意げな九鷲に対して、殷雷の顔は険しい。
「……その五秒のせいで、何人が丸一日苦しんだと思ってやがる」
「あなたは今までに食べたご飯が何粒だか覚えてるの?
 そりゃ、ちょっとくらいは二日酔いもあるかもしれないけど、安いものでしょ」
「ねぇ」
「どこが『ちょっとくらい』だ! 大体、以前は半日もあれば治まったのに、何で伸びてるんだよ!?」
「私だって、回収されてから無為に過ごしていた訳じゃない。己の能力を磨き続けていたのよ」
「あー、そうだな。確かにあの九鷲酒は美味かった。以前より遥かにな。
 だがそれで欠陥部分まで悪化してたら元も子もないだろうが!!」
「ちょっと」
「欠陥ね。でも、そう思ってない人も多いみたいだけど?
 全国から九鷲酒の注文が殺到してるんだから」
「そうやって、世界中に毒をばらまく気か」
「……今、何て?」
「だから」
「お前の酒は、猛毒だって言ったんだよ」
「――猛毒と申したか」
九鷲はゆらりと身を翻し、壁際に置いた水瓶に右手を付ける。
引き抜かれた手には握り拳大の水球――いや酒球が乗せられていた。
その手を一振りすると、酒球は一瞬つららのように伸び、一振りの剣へと変化した。

二人の間に緊張が走る。

――が、その空気は意外な人物によって破られた。

「ちょっとあんたら! 私を無視するんじゃないわよ!!」

ルイズだった。

「……あ、お前居たのか」
……いい加減、その程度の暴言では怒ることも出来ない。
(――こともないか。ムカつくものはムカつく)
まぁ、それはさておき。
「話が見えないんだけど、私に対して説明はないわけ?」
殷雷と話していた女性――九鷲と言うらしい――は、どうやら彼と旧知の仲らしい。
おそらく、殷雷のことはルイズ以上に詳しいのだろう。
「分かりやすく要約するとだ。俺はこいつに呼び出された訳だ」
「その人は?」
「私は徳利の宝貝、九鷲器。九鷲でいいわ」
『トックリ』と言う初めて聞く言葉も気になったが、それ以上に彼女の存在そのものがルイズには驚きだった。
聞けば、彼女も気づいた時にはこの街にいたらしい。
使い魔にはなっていないようだが、状況は殷雷と似通っている。
「……そのトックリさんがなんで上から降ってくるのよ」
先ほどの光景はルイズの脳裏に焼きついていた。
……見るからに不健康そうな女が、天井から落ちてきたのだ。あまりにもシュール過ぎる。
そもそも、本当に不健康な女は普通天井から落ちない、というかそんな所に登ったりしない。
その事実だけでも、彼女が見た目通りの存在ではないことは明白だった。
「ただ、隠れて様子を見ようと思っただけよ。失敗したけどね」
それはそれで結構なことなのだが、何故わざわざ天井なのか。
……あわよくばこちらから奇襲してやろう、などと考えていたのかもしれないが、
既に日用雑貨の宝貝の発想ではない。
「で、私はどうなるの? また、回収する?」
九鷲は抵抗する気はないようだったが、殷雷は首を横に振った。
「そのつもりはない。必要な宝貝も持っていないしな。
 それに、今お前をふん捕まえるよりは、適当に泳がせて情報を集めさせた方が良さそうだ」
「それはどうも。ま、今はまだ何の情報も入ってないんだけどね。あいにく」
仙界で何が起こったのか。何故我々がここにいるのか。
飛ばされたのは我々だけなのか。
……結局、今はまだ何も分からないのだ。

「ま、そのうち和穂か龍華辺りが回収に来るだろうが、その時までは好きにすればいい。
 ――いや、ほどほどにな」
一応付け加えておく。あまり野放しにするのは危険だ。
「ふぅん……ま、あんたの場合使用者も居るみたいだしね」
殷雷の左手を見てニヤニヤと笑う九鷲。この紋様が『使い魔のルーン』である事は知っているようだ。
「やかましい。これはちょっとした事故だ――ん、どうしたルイズ」
黙り込んでいたルイズがはっと気づいた。
そしてまた考え込む。
「……やっぱり、人間にしか見えない」
にわかには信じがたい話であったが、先ほどの酒剣を見る限りやはり事実なのだろう。
九鷲は杖など持っていない。つまり、少なくともメイジではない。
ルイズは素朴な疑問を口にした。
「パオペーってのは、全部で幾つあるの?」
「くだらん質問だな。お前だって世の中に皿が何枚あるか、剣が何本あるかなど把握してはいまい。
 つまりはそういうこった」
……言い方はともかく、内容は納得出来た。
「わかってるだけで、七百二十六個はあるわね。全部欠陥宝貝だけど。
 殷雷を足せば七百二十七個か。
 まぁ、『この世界にある』とは限らないんだけど」
と――
「……欠陥?」
確かにそう言った。……そう言えばさっきもそんなことを言っていた気がする。
仙術の粋を集めて作られたという神秘の道具、宝貝。
その力を、ルイズは既に身をもって知っている。
欠陥があるなど、信じられない。
「その欠陥パオペーに、インライも含まれるの?」
先ほどの九鷲の言葉はそのように受け取れた。
「あれ、彼女には話してないの?」
「……そうベラベラと話すようなことでもなかろう」
殷雷は露骨に嫌な顔をする。――肯定、ということなのだろう。
そうなると芋ヅル式に出てくる疑問。
「インライの欠陥って、何?」
当然の流れだった。
「どうする? 知りたくてたまらないみたいだけど」
「……俺の口から言えというのか」
「他人が言うことでもないでしょ」
「それもそうなのだが」
相当言いにくい欠陥らしい。
……協議の結果、殷雷が自分で言うことになった。
「俺の欠陥は、な。
 ……武器としては致命的に、情に脆いこと、だそうだ」

「嘘だッ!」

――思わず絶叫で返してしまった。

「……い、いや。嘘だと言われてもな」
流石の殷雷もいきなり全力で否定されるのは予想外だった。
ルイズは一気にまくし立てる。
「だって嘘じゃない! 何? 情? あんたは一回『情』の意味を辞書で引け!」
「…………まぁ、信じないなら信じないで、別に良いんだが」
「良くないッ! 今のが嘘なら他に欠陥があるって事じゃない!
 教えなさいよ、早急に!!」
「いや、あのな」
「あー、そう。もっととんでもない、口では言えないような肉体的欠陥があるってわけね!」
「肉体的欠陥ってお前」
「このドエロ野郎! 変態の極み!」
「お前は何を言っているん――」
いい加減殷雷の方も切れかけてきたところで、九鷲が割って入った。
「はいはい。二人とも落ち着いてー。
 そちらのお嬢さんも喉が渇いたでしょ。はい」
と、二人に湯呑みを手渡した。
二人は揃って口を付ける。

……殷雷だけ噴き出した。

「てっ、てめぇ……ッ! ゲホッ、どさくさに紛れて何しやがる!!」
「……美味しい」
「吐け! 味わってないで今すぐ吐け!!」
殷雷は慌ててルイズの背中を叩くが、もう遅い。
九鷲は落ち着いたルイズの様子を見て、満足げに頷いた。
「うんうん。やっぱり九鷲酒の酔いには人を幸せにする効果があるのねぇ」
「うるせえ馬鹿!!」

二人が飲まされたのは、九鷲酒。
地獄の二日酔いによりアルヴィーズの食堂を丸一日休業に追い込んだ、脅威の仙酒である。

……またこのオチか。
今後何かを口に入れる時は、必ず事前に匂いを確かめよう。
そう心に誓う殷雷であった。

それでも飲酒自体を止める気は毛頭無かったりするのだが。




 三


昼間だというのに武器屋の中は薄暗く、ランプの灯りによって照らされていた。
店内には剣や槍、甲冑、盾などが所狭しと並べられている。
そんな中、五十がらみの店主は、顔がニヤけそうになるのを必死で堪えていた。
二人連れの男女の内、一人は貴族の小娘。間抜けにも、「武器のことなんて分からないから適当に持ってきて」
などと言っていた。
もう一人は、平民の男。素性は知れないが、恐らく田舎出身の傭兵か何かだろう。
武器の目利きはできるようだが、相場や貨幣価値には疎いと見た。
しかしこの男、並の品では満足してくれそうにない。
ここは正念場だ。……頼むから、余計な口出しはしないでくれよ。
店主は店の端に積まれた剣の山に視線を走らせた。

「これなんかはどうでしょう。ウチで一番の業物でさ。魔法が掛かってるんで切れ味も抜群。
 ここまでの逸品は他じゃそうそう見つけられませんぜ」
店の奥から店主が持ってきたのは、一・五メイルはあろうかという大剣だった。
所々に宝石が散りばめられ、刀身は鏡のように光を放っている。
殷雷がほう、と声を上げる。
ルイズは殷雷がそれを気に入ったのだと考え、店主に尋ねた。
店一番の業物なら、貴族の従者が持つにふさわしいだろう。
「これ、おいくら?」
店主は指を三本立てる。
「三百?」
「いえいえいえ。三千でさ。新金貨でね。エキュー金貨なら二千」
「高ッ! 庭付き一戸建て買えるじゃない!?」
店主はやれやれと首を振る。
「名剣ってのは城に匹敵するもんですぜ。それが屋敷ですむなら安いもんでしょう」
……ルイズの財布には新金貨で百しか入っていなかった。
残念だが、諦めるしかあるまい。
しかし。
「こいつを買うくらいなら家を買った方がいいな」
そう言ったのは殷雷だった。
「そ、そいつはどういう意味で?」
「魔法のことは俺には分からんし、確かに悪い剣ではないようだがな。
 だが、こいつは観賞用だ。実戦向きじゃない」
図星を突かれ、店主がぎくりとする。
「この宝石の一つ一つに、異なる魔法が掛けられているのか?」
「い、いえ……そういう話は」
「ただの飾りか。なら、研ぐ時邪魔になるだけだ。
 ……金持ちが屋敷の客間にでも置いておくのがふさわしかろう」
店主はがっくりとうなだれた。

「ひゃっひゃっひゃ! 坊主なかなか見る目があるじゃねぇか!」
どこからか、低い男の声がした。
「ここだよ、ここ」
乱雑に積まれた、剣の山からだった。
「まったくこの親父は、ちょいと金持ってそうな客見るとすーぐ適当なモン押しつけようとしやがる。
 娘っ子よ。そこの坊主がいなかったらボッたくられてたぜ?」
「黙ってろ、デル公!」
店主が慌てて言葉を遮ろうとするが、もう遅い。
そうこうしている内に、殷雷が声の主を探り当てた。
「……ほぉ」
言葉だけ取ってみれば先ほどと同じだが、その声色は明らかに違っていた。
それは薄手の長剣だった。長さ自体は先ほどの大剣と変わらないが、刀身はこちらの方が細い。
「それ、インテリジェンスソード? ……それとも」
「宝貝ではないようだな」
少なくとも、殷雷と面識はない。
「デル公、とか言ったか?」
「違うわ! 俺様はデルフリンガーよ。覚えとけ」
「俺は殷雷刀だ」
「インライトー……んん?」
剣はしばらく黙りこくった。殷雷を値踏みしているのだろうか。
そして静かに喋り始める。
「おでれーた……おめ、同業者か。しかも『使い手』と来たか!」
「『使い手』?」
「ふん。知らねえのか。まぁいい。坊主、とにかく俺を買え」
ルイズは嫌そうな顔をする。
「か、買うの? こんなボロいのを? ……ま、まぁ、あんたが気に入ったなら良いけど」
「こいつなら、百で結構でさ!」
店主がすかさず口を挟む。やかましい商品を厄介払いできる好機に目を輝かせている。
殷雷はふむ、と少し考え――微笑んだ。
初めて見る優しい表情にルイズは驚く。
そしてその表情に似合う優しい声で、殷雷は言った。

「いらん」

そもそも、最初から目当ては剣以外の武器だった。

 *

武器屋から出てきたルイズと殷雷を見つめる二つの影。
キュルケとタバサである。
「ゼロのルイズめぇ……プレゼント攻撃とはやってくれるわね」
ギリギリと歯を鳴らすキュルケ。
一方のタバサは我関せずとばかりに読書に集中している。
ルイズたちを探すのには思いのほか難儀し、二人を発見したのは武器屋に入る直前だった。
……それが実はタバサの思いやりであったことを、キュルケは知る由もない。
知らぬが花である。この場合の花というのは、少なくとも薔薇ではない。
だからどうしたという話でもないが。
キュルケは二人の姿が見えなくなった後、武器屋の戸をくぐった。
「へぇ、いらっしゃい……あぁ、また貴族の方か。……はぁ」
店主の声はやけに沈んでいた。
その様子にいきなり気勢を削がれる。
気を取り直して。キュルケは色っぽく微笑む。
「……ねぇ、ご主人。さっきの貴族が何を買っていったか、ご存知?」
店主は、キュルケが期待するような反応は示さなかった。何だこの男。不能者か?
「いえ、特に何も。……はぁ」
そしてまた辛気臭い溜息。
――ふと、気づく。先ほどから何か聞こえる。
地獄の底から漏れる呪詛のような呟き……店の端に積まれた剣の山からだった。

「……そうだよな。そうじゃないかなー、とは思ってたんだよな。割りと最初から。
 でもまさか、買ってすらもらえないとはなぁ……しかし」

……インテリジェンスソード、だろうか。
「……何、これ?」
「あー、あまり気にしないでくだせえ。あ、ご所望とあらばお売りしやすが。新金貨八十で」
「いらないわ、こんなの」
「……ですよねー」
店主は既に諦観の境地に達していた。
結局、ルイズたちは何しにここに来たのだろう。ついでに自分も。あとタバサも。
「……帰るわ。邪魔したわね」
「またどうぞー……」
最後までローテンションな店主だった。

「……今日はもう店閉めるか」
店主はのろのろと立ち上がり、そこにはデルフリンガーだけが残された。


「いいもん。どうせ、いつものことだし。俺一人が涙目になって丸く収まるなら、
 いくらでも涙目になるし。別に寂しくなんかないもん。
 でもやっぱり――」

魔剣のすすり泣きは、三日三晩続いたとか続かなかったとか。

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