結局、失神していたルイズは朝食を食べ損ねた。胃が痛んでいるのは、必ずしも朝から食べ物を口にしていないせいだけではないだろう。
(とらのやつ……なにか仕出かさなければいいけど)
時間を見つけてコルベール師のところや図書館に行き、珍しい幻獣について調べてみようと心の中でルイズは誓った。
少しでも「アザフセ」の生態が分かれば、食事についても対応できるかもしれないし、上手くすれば自在にとらを従えさせることさえできるかもしれない。
はかない望みではあるが、ルイズに出来ることといえばそれぐらいだ。
せっかくとらが人語を解するのだから、もっといろいろな話をとらに聞いてみればいいものである。
しかし、ルイズはとらの前に出ると恐怖でどもってしまうのだ。(あったとしてだが)主人の威厳を考えると、口は軽々しく開かないほうがいいだろう。
少しでも「アザフセ」の生態が分かれば、食事についても対応できるかもしれないし、上手くすれば自在にとらを従えさせることさえできるかもしれない。
はかない望みではあるが、ルイズに出来ることといえばそれぐらいだ。
せっかくとらが人語を解するのだから、もっといろいろな話をとらに聞いてみればいいものである。
しかし、ルイズはとらの前に出ると恐怖でどもってしまうのだ。(あったとしてだが)主人の威厳を考えると、口は軽々しく開かないほうがいいだろう。
(まってなさいよ、とら! きっと、きっとアンタを使いこなせるメイジになってみせるんだから!)
ルイズが教室で悲壮な誓いを立てているとき、主人の心配をよそに、金色の使い魔は学園内ををうろついていた。その目的は――
「……ハラァ、減ったな」
――食料の調達である。
一応、人間にあっても騒がれないように姿を消してある。「驚かさず、ぶっ飛ばさず」ルイズの命令はきちんと守っている。
(喰うな、とは言われてねえしな……金臭くねえ、手ごろな娘は……)
途中、キュルケとすれ違う。が、とらは見向きもしない。香水のにおいが漂ってきて、食べるどころではないのだ。
(あいつぁ……嫌なニオイはねえが、まだ肉がついてねえな――む?)
本を読んでいるタバサの傍らもとらは通り過ぎる。貴族の娘は、ほとんどが香水をつけていて、とらの食事にはあいそうもなかった。
と、とらの足が止まる。香水のニオイもなく、ほどよく肉のついた手ごろな娘を見つけたのだ。大きな洗濯籠を抱えて通り過ぎたメイド――
と、とらの足が止まる。香水のニオイもなく、ほどよく肉のついた手ごろな娘を見つけたのだ。大きな洗濯籠を抱えて通り過ぎたメイド――
シエスタであった。
「まちな……娘」
その声が聞こえたとき、トリステイン魔法学園のメイド、シエスタはびくっと立ち止まった。どこから聞こえたのだろう?
きょろきょろと見回すシエスタの前に、いきなり黄金に輝く体毛を持った、巨大な幻獣が姿を現した。
きょろきょろと見回すシエスタの前に、いきなり黄金に輝く体毛を持った、巨大な幻獣が姿を現した。
「ひ、ひいいいっ!」
「わしはるいずの使い魔よ……『とら』だ、覚えとけ、娘」
「つつつ使い魔さんですね、ヴァリエールさまの。ととととらさんですか。なな、なんの御用でしょうかかか?」
シエスタは今にも失禁しそうなほどに震えている。ムリもないだろう。人語を解する幻獣など、平民であるシエスタは見たこともあるはずがなかった。
「ハラァへっててな。娘……選びな。『てろやきばっか』をわしに喰わせるか、それとも――」
幻獣は凶悪な表情でにやりと笑った。
「オマエがエサになるか、だ……」
「ててて『てろやきばっか』? わわわかりました。なんとかします! コック長、コック長――!!」
こうして、シエスタとマルトーコック長の、生命をかけた料理が始まったのだった……。
「美味かった……ハラァ、いっぱいだ」
「そそそうですか、よよよかったです……」
「そそそうですか、よよよかったです……」
トリステイン魔法学院の厨房では、自分はこれからデザートになるのかと怯えるシエスタを横に、満足げにとらが腹をさすっていた。
マルトー・シエスタ作の『テロヤキ・バッカ』を20個ほどたいらげ、とらはすっかりご機嫌である。
マルトー・シエスタ作の『テロヤキ・バッカ』を20個ほどたいらげ、とらはすっかりご機嫌である。
「娘……借りが出来たな。名前をいいな」
「ししシエスタです……」
「しえすたか……なにか手伝ってやる。ぶっころしてえヤツとかいねえかよ?」
「いいい、いませんっ!ででデザートを運ばなくてはならないので、ししし失礼します、とら様!」
「ししシエスタです……」
「しえすたか……なにか手伝ってやる。ぶっころしてえヤツとかいねえかよ?」
「いいい、いませんっ!ででデザートを運ばなくてはならないので、ししし失礼します、とら様!」
慌ててシエスタはぶんぶんと首を振り、足早にデザートの皿をつかむ。一刻も早く、この幻獣から逃げ出したかった。
そのシエスタの腕を、とらの巨大な腕ががっちりと掴む。こう見えて、とらはきちんと礼がしたいようである。
そのシエスタの腕を、とらの巨大な腕ががっちりと掴む。こう見えて、とらはきちんと礼がしたいようである。
「その役……わしがやってやる。何、人間に化けるなんざ、このわしには朝飯前だからよ……」
ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる……!!
とらの体が奇妙にねじくれ、形を変えていく。かつて、「たゆら」と「などか」という妖怪と戦った時に使ったのと同じ変化であった――
とらの体が奇妙にねじくれ、形を変えていく。かつて、「たゆら」と「などか」という妖怪と戦った時に使ったのと同じ変化であった――
(す、すごい! それに、きれいな人……)
シエスタは口をあんぐりあけた。
そこには、シエスタが着ているのと同じメイド服に身をつつんだ、四代目お役目……井上真由子の姿があった。
そこには、シエスタが着ているのと同じメイド服に身をつつんだ、四代目お役目……井上真由子の姿があった。
「さて、『でざと』を運ぶんだったな、しぇすた」
「は、はいっ……!」
「は、はいっ……!」
手にデザートの皿を持っていくとらを、慌ててシエスタは追いかける。
(案外、いい人なのかもしれない……)
シエスタはそう思いながら、パタパタと美しい少女の姿になったとらの後ろをついていった。
シエスタはそう思いながら、パタパタと美しい少女の姿になったとらの後ろをついていった。
「……で、どどどうしてそれがヴェストリの広場でギーシュと決闘することになるのよっ! 説明しなさい!!」
「しぇすたが、『ぎいしゅ』とやらの落としたビンを拾ってな、そいつがぎゃあこら騒ぐから、わしが軽ーく殴ったのよ」
「そ、そしたら、ギーシュ様の歯が三本折れまして、『平民のメイドだろうが容赦しない! 決闘だ!』と仰って……」
「はぁ……もういいわ……分かったわよ……」
「しぇすたが、『ぎいしゅ』とやらの落としたビンを拾ってな、そいつがぎゃあこら騒ぐから、わしが軽ーく殴ったのよ」
「そ、そしたら、ギーシュ様の歯が三本折れまして、『平民のメイドだろうが容赦しない! 決闘だ!』と仰って……」
「はぁ……もういいわ……分かったわよ……」
ルイズは深々と溜息をついた。あろうことか、ギーシュは真由子に変化したとらのことを、平民だと思いこんで決闘を申し込んだらしい。
そもそも、平民のメイド相手に決闘だと騒ぐこと自体、かなり恥ずかしい振る舞いなのだが。
はっきり言って、救いようがなかった。
そもそも、平民のメイド相手に決闘だと騒ぐこと自体、かなり恥ずかしい振る舞いなのだが。
はっきり言って、救いようがなかった。
「いいわ、行ってきなさいよ、とら。ただし……!」
ルイズは失禁しないように、ぐっと腹に力をこめた。ルイズはすべての勇気を振り絞り、変身を解いたとらに詰め寄る。
「殺さない、食べない、ひどい怪我はさせない! いい、約束よ!!」
「わあーったよ……」
「わあーったよ……」
とらはうんざりしたように言った。正直、とらにとってはあんな小者と戦っても面白くもなんともない。
だが、ケンカを売られた以上、ぶちのめすのがとらの性格だ。殺さないように勝つのは面倒であった。
だが、ケンカを売られた以上、ぶちのめすのがとらの性格だ。殺さないように勝つのは面倒であった。
「あと、ギーシュはあんたのことを平民だと思い込んでるんだから、平民に化けて行きなさいよ。
わたしの使い魔が決闘でギーシュをぶちのめしたなんて噂、広がったら困るもの」
わたしの使い魔が決闘でギーシュをぶちのめしたなんて噂、広がったら困るもの」
本音を言えば、少し嬉しい様な気もするのだが、早々に三人の教師たちの治療費を払わされたルイズとしては、これ以上の出費は避けたいのだ。